500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第71回:赤裸々


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 すべてを忘れてください。
 わたしの肋骨にはトドがどん詰まりで、それどころではないのです。数多のトドを孕んでおくのは、それは大変なものです。
 最後に、あなたの肺胞を分けてくれませんか。どうにも足りそうにないのです。はだけた胸から透ける、その青紫の毛細血管の糸玉。ええ、半分もあれば、じゅうぶんです。
 トドたちの咆哮が、わたしの踝で谺して、痒くて痒くて、眠れないのです。
 もちろんです、それなら、必ずやだいじょうぶです。なにしろ、不健康な新鮮さが、いちばんなのですから。
だから、どうか、いただけませんか。 



男の肩の力が、すっかり抜けていた。
「俺には、光に対して負の走性がある。」
その一言から始まった男の身の上話は、耳をふさぎたくなるような逸話の連続だった。
今、自分にできることは何だ。語られたものの重さが、今度はこの肩にのしかかる。



 君は王様、何も見えない。
 素敵な服を撫でていたい。



 ある王様の話である。
 先代の王は一羽のコウノトリを飼っていた。以来、今にいたるまで同じ個体が宮殿に放し飼いになっている。コウノトリは毎年のように中庭にある四階建てほどの高さにそびえる石柱のてっぺんに巣をかけたが、卵も産まず、つがいをつくることもなかった。
 早くに父を亡くして王位を継承した現王は、敬意こそ失わなかったものの、白磁のように白い大柄な鳥が、風切羽の漆黒と嘴の真紅の類なき対照を見せながら、長く伸びた角質の脚で大理石の床を闊歩するさまに、漠然とした恐怖をおぼえた。
 ある夜、王は絶世の美女を夢に見た。
 薔薇の咲き乱れる庭園を歩む玲瓏たる貴婦人は、豪奢な綴れ織りの一枚布を羽織っているだけで素裸だった。肌は白磁のように白く、風になびく髪は黒く、唇は赤く、眸は日の光を思わせる金色だった。前をはだけて差し伸べた女の腕は細く、指は長く、掌は冷たく、仄かに夜の香りがした。
 翌朝、コウノトリは巣にこもり、十月十日を経て王の居室に布にくるまれた赤ん坊を運んだ。玉のような男の子だった。
「これで私に母のない理由がわかった。王家は代々、夢精生殖によって受け継がれるのだ。事実は世に隠れようもない。夢の卵を見事に孵すコウノトリこそ、すべての王の偉大なる母である」



 はじめはブログにアップしようかと血迷ってたんだった。英語に翻訳して。馬鹿だろ。
 とりあえずパソコンに打ち込んで、打ち込んで、打ち込んだ。パソコンの恐ろしさや、筆が進むったら。delキーひとつで消えるのだ。そもそも保存しなけりゃ残らない。
 だいぶ気が済んで沈んできたのでalt+F4、ワード終了しようとしたはずだけど代わりにctrl+Pを押してた。印刷実行。うるさい音を立てて、プリンタは紙を飲み込んで吐き出した。考えなしで打ってたけど二枚にしかならなかった。一枚半だ。そんなもん。重ねたまま長四角の紙を折った。縦に折り、開いて、三角を二つ、もう一度ずつ折り込み、さらにもう一度、最後に縦にまた折る。
 扉を開けると当たり前外は暗かった。星は見えない。見えた。西に一つ。あれは金星だよ。宵の明星。他は見えない。
 上向きに力任せに飛ばして、すぐに閉めた。三階下は川なのだ。けど、
「宇宙に飛んでけ」
 たぶん一メートル半でツイラクしたさ。こっちはこっちでベッドにツイラクする。柔らかなベッドだくそ。風にあおられて一階のベランダにおてがみ届いてたら最悪だなおい。其奴はフィクションで御座いまして。涙が出るよ。どうしても話の最後にちょろっと署名しての投稿はできませんでした。



 熱を運ぶ波長を外殻に帯びているのは、遠い誕生の記憶の唯一の刻印である。温度が臨界点まで上昇したとき始まった爆発的な反応、それが彼らすべての始まりであり、その瞬間に彼らのすべてはそこにあった。得られるであろうはずの世界のすべて、そしてそのすべてのありとあらゆる共鳴と融合。しかしそれはじれったいほど訪れないのだ。少し近付いたかと思えば遠のく。波間に揺れながら浜にたどり着かない木ぎれ。苛立ちの果てに、彼らは剥き出しの欲を露にする。原初のあの高温を渇望する。熱に惹かれる蟲たちを引き寄せ、粗くとげとげしい表皮で微塵に摺り潰す。ますます熱を帯びた色合いを深めながら、彼らの内面は絶望的なまでに冷めている。その温度差エネルギーの蓄積により彼らはやがて自ら弾け飛んでしまう。そしてそうなったことも知らぬまま、飛散した世界のなかで彼らはまた原初の熱を求めて狂おしくあがき始める。



 僕らは星の降る丘にいた。不意に流星が一つ。
「金持ちの——!」
 隣から叫び声。金持ちの?
 滅多に星が降らないのはこういうわけなのかもしれない。



 空のまんなかで私は自由。手足を伸ばしていれば、次々と服や汚れが溶けていく。モノが私を縛りつけることはない。なぜなら私は地球に捕まっていないから。
 影はいつも私を裏切って、どこか遠くへ行こうとしていた。あの日も、影は私から離れようとしていた。
 私は乾いて埃が舞い上がる足元に手を伸ばす。影は指紋の隙間に染みこんでしまって身動きがとれない。じたばたしている影のせいで、近くにいた蟻が、自らの場所を見失いその場で立ち尽くしている。
 そのとき、私のうなじにパチ、と当たる、水滴。
 雨。
 指の柔らかさよりも、水の流れのほうが闇には好ましかったのを私は知らなかったのだ。
 影はたちまち雨を足場にして、上へ、上へと登っていった。雨があがったときには、私はなにか、どこなのか、なぜなのか、わからなくなっていた。蟻もどこかに流されていた。
 私は自由になった。隠すものはなにもないし、なにが私を隠せるものか。どこまでも空で、まんなかは、今。



 不自然な程しろい空間に、向かい合わせで座る二人の男。泰然とした様子の一方に対し、もう一方はあからさまに落ち着きがなく四方に眼球を泳がせている。
「いつも誰かの視線を感じるんです」
 有形の診察が不要なこの医院にあって、首に掛けた聴診器は一種の象徴に過ぎないが、白衣との相乗効果か、訪れた患者は誰もが本音を曝け出してくれる。
「それは当然の事です。つまり」

 医師の言葉を唐突に遮って、娘が番組を替えた。
「ちょっと、今良いとこなのに」
「えー、あの若い方大根だし」娘は母親の意思も脈絡もお構いなしに続ける。「それより聞いてよ、お父さんさー」

 古びた硬貨式テレビが強制的に映像と音声を遮断した。ハリボテで構わないから団欒に触れていたかった。知らずにいた方が幸福な事実もあると知るには代償が大きすぎた。嘆息、場面移って若い男女の会話。「お前、俺よりコイツの方がいい訳? 現実見ろよ」「二次元の女の子追っかけてるアンタよりはマシでしょ」暗転。

「そういうものだと思えば気が楽になりますよ」
 医師の腹上で揺れる作り物の耳が、眼球に似た凸面を覗かせて時折自分を凝視している事に、彼は気が付かない。



きっかけは何だったのだろう。いつもの仲良しメンバーで
飲んでいた時に、秘密告白大会をすることになった。
ここで聞いたことは朝日と共に忘れること、それがルール。
「昔エンコーしてた」「お前の財布から金盗ってる」
「留年して5才年上なの」「このロンゲ本当はかつら」
全く聞くに耐えずに悪酔いしそうだ。
人はなんて秘密の多い生き物なんだろうか。
「実は、これ作り物なの」
胸の辺りに手をあてながら俺の彼女が言った。
「豊胸手術!」「シリコンでしょう?」
女子達のツッコミは早い。そうか、あの爆乳はニセモノか……。
少しガッカリしたけど、浮気告白とかでなくてよかった。
「ううん、違うの、作り物はこれ全部」
え……全部って?ち、ちょっと持ってくれ!
「全身整形!」「実は男だったとか?」
彼女はクスクス笑いながら続けた。
「ワタシ、宇宙人なの」
後ろを向いて、その長く綺麗な黒髪をかき分けた頭部には、
チャックの様な物がついていた。
その後、青ざめた酔っぱらい達を前に全世界に100万を越えるお仲間が
いることや、人類滅亡大計画などを赤裸々に語ってくれたわけだが、
俺は朝が来たらちゃんと忘れることが出来るのだろうか。



真っ黒なスーツを着た男が一人、キャリーカートを引いて目の前を通り過ぎた。
出張帰りだろうか、どこからだろう、と、ついついその去り行く手荷物を目で追ってしまう。
よくある黒のキャリーカート。しかし気づけばそれは、異様なまでに大きい。
まるで人が1人、まるまる入ってしまいそうな……そう思った途端、そのキャリーカートの中で、裸の女が両膝を抱えている光景が目に浮かんだ。生きているのか死んでいるのかわからない。まるで眠っているかのように。

その刹那、急に男が振り返り、こちらを見て、にやりと笑った。

「今、想像しただろう?そういうお年頃だ。」

男は、何を、とは言わない。しかし、私はその一言で、自分が一瞬で裸にされたような感覚に陥った。
ぞくりとした波が背筋をなぞる。
次の瞬間、男は再び踵を返し、雑踏へと消えていく。

私には確信のようなものが残された。あの中にはきっと、裸の女が入っている。
腕で抱きしめるように両膝を抱え、音もなく眠っているのだ。



赤い襦袢の下はむきだしです。
用意された赤い襦袢が芝居じみていて心が冷めます。
若い男だからしかたがないのです。だからまだやっていけるのです。
膝の間の深くをいったりきたりする男の黒髪を遠くから眺めるように見ます。
わたしは男のお道具になるのが好きです。
若い男の懸命さに首をのけぞらせ目を瞑ります。

亡くなった伯母のアパートを母と一緒に片付に行くと、部屋は予期していたかのように整頓されていた。
小さな三和土を上がると、迷惑をかけまいとしたプライドと慎ましく生活していた様が手に取るようにわかり、
胸が詰った。
水周りを母がわたしが居間をと手分けして作業を始めると、小さな棚に斜めに押し込まれた大学ノートを見つけた。
家計簿か日記か、父は見たがるだろうかと思いながら開いてみると、華奢な文字が躍るように並んでいた。
音符を読むように文字を辿り意味を捉えると急いでノートを閉じた。
跳ねる心臓をなだめ、台所の気配を探りながら処分品と書いた袋の深くにノートを入れると、
親しみのない香水が濃く漂った。伯母が香水をつけるような人であったかはわからない。
ただ、父にすこし似た面差しなのに優しげで寂しげな微笑が思い出された。



 私には昔から赤い糸が見えました。漫画とかだと、赤い糸は将来結ばれる人と繋がっているものとして描かれています。実際私の父と母も赤い糸で結ばれています。以前クラスの男の子とすれ違った際に、私の小指から伸びていた糸が、彼の小指に繋がっていました。その時の私はまだ彼に何の感情も抱いていませんでした。
 一学期の終わり頃になると、私は彼とかなり親しくなっていました。彼に好意を寄せ始めた反面、私には気がかりな事がありました。私のこの思いは、本当に私の中から生まれたものなのだろうかということです。見えるはずのない赤い糸が見えてしまうことで、彼をただ意識しているだけなのかもしれない。そう思うたびに気持ちは揺らぎました。
 赤い糸に絡め取られた「運命」という言葉で、片付けられるような軽いものでありたくない。私は自分の心に素直になりたいと強く思いました。思い続けました。それでも気持ちは変わりませんでした。だから私は彼に告白しました。彼は優しすぎたのです。か細い赤い糸が千切れてしまった今でも彼と結ばれていたいと、私は冷たくなった彼の掌を強く握りました。



 赤剥けの兎だったものの棲む門を潜り、その街区に入れば忽ち虚飾ははがされる。美々しい装いも猛々しい理論もすべてが無に帰し、ただその本性のみが残ると言われるが、ほとんどの人間はそのまま消えうせてしまう。実の伴わぬ骸の何と多いことか。
 自らを過信したものが潔癖さの証明という祭のために失踪し続けるなか、手をつないで越境した一卵性双生児の姉妹は、以前よりもなおいっそう一体感を強める。お互いが余りにも変質しすぎてしまったがゆえに。その意識すら絡み合い分かちがたいほどに、自分たちでもどちらがどちらか分からなくなって。



 釣書に遺伝子地図を添えるのが一般的になった。
「失敗しない結婚相手選び! 遺伝子地図のどこがポイントか」は十週連続で売り上げベストテンに入った。
 しかし遺伝子地図改竄がどのような罪に問われるのか、そもそも罪なのかという議論にはまだ結論が出ていない。



「おぎゃあ」という第一声が全てだった頃が懐かしい。憶えてはないけれど。



ルールは 四音が ライムな ゲームだ
 最後「あ」 替えるな リズムは 悪いが
並べば 語呂とか ちょっとは いいんじゃ?
 覚悟は できたか お題は 赤裸々
関川 佐々岡 古田が さよなら
 清原 桑田は まだまだ やる気だ
ドナドナ マナカナ アンミラ マリファナ
 パパママ 行こうか 三厩 旅行だ
三河屋 機関車 生湯葉 三文字や
 イライラ ムカムカ ガチャガチャ ざわ……ざわ……
吉川 「モニカ」だ じゃがたら 「それから」
 カンダタ? カンタダ? どっちだ? まいっか
あの馬 ダメだわ ダートは 重馬場
 青果さ ネクター ほうじ茶 スイカは
笑顔が 素敵だ 俺なら 告るわ
 マジバナ? マジかよ! まいった モンタナ
鰰 鮭トバ 居酒屋 無いから
 誰かが 描いた この絵は 奇怪だ
中村 駒野だ 中村! 高原!!
 二人は 中山 なかなか 似てるわ
願いが 籠もった ミサンガ 編んださ
 世田谷 住むなら あそこは どうかな?
彼女が 浴衣だ! 着て来た 見惚れた
 クッパや ビビンバ コリアか! 英語か!
お尻が 真っ赤な お猿は 裸だ
 スチャラカ ダラダラ スーダラ ウダウダ
なんとか 継いだが 字数は 足りたか?



 私に名前は必要ないの。名前ってなんだか私だけのものじゃない気がしてイヤなんだ。たとえばさ、私のこと「舞」って呼ぶとするじゃない。そうすると全国の舞さんがパッと振り向くような気がするんだよね。「まい」っていう発声はもう私だけのものじゃなくなっちゃう。
 見つけられる? 津々浦々の舞さんの中から、これといった特徴の無い私の顔を。

 体をバラバラにしたまま展示してくれる館があるんだって。手足を切断してもらって、めくれあがった皮膚とか筋肉を曝すの。そんな子がズラリと展示されている館。
 時間を止めてもらえるから手足の断面も切られたばっかりみたいに真っ赤のまま。私が飾られるのは階段の踊り場にある窓の縁だって。となりには虹色の花瓶がおいてあるからすぐにわかると思うよ。
 お腹を切るのが条件みたいなんだけど、泌尿器をみせるのが恥ずかしいからその代わり頭を半分に切ってもらうことにしたよ。ううん、そうじゃなくって、縦に。見るときは断面図から眺めてね。それが、私の本当のプロフィールだからさ。
 館の中では、私をもう名前で呼ばないで。私の色を見つけてほしいんだ。



きっかけは何だったのだろう。いつもの仲良しメンバーで
飲んでいた時に、秘密告白大会をすることになった。 
ここで聞いたことは朝日と共に忘れること、それがルール。
「昔エンコーしてた」「お前の財布から金盗ってる」       
「留年して5才年上なの」「このロンゲ本当はかつら」
全く聞くに耐えずに悪酔いしそうだ。
人は思うよりも秘密の多い生き物らしい。
「実は、これ作り物なの」
胸の辺りに手をあてながら俺の彼女が言った。    
「豊胸手術!」「シリコンでしょう?」
女子達のツッコミは早い。そうか、あの爆乳はニセモノか……。         
少しガッカリしたけど、浮気告白とかでなくてよかった。
「ううん、違うの、作り物はこれ全部」           
え……全部って?ち、ちょっと持ってくれ!        
「全身整形!」「実は男だったとか?」
彼女はクスクス笑いながら続けた。                   
「ワタシ、宇宙人なの」
後ろを向いて、その長く綺麗な黒髪をかき分けた頭部には、 
チャックの様な物がついていた。 

とりあえず酔いは一気にさめてしまった。      
俺は朝が来たら、ちゃんと忘れることが出来るのだろうか。 



 地球のあらゆる場所を覗くサービス「グー○ルアース」は熱狂的な支持を受け、月、火星、宇宙シリーズと続いてきた。
 その独走に対抗すべく登場したのが、「閻魔アース」だ。地球上に住む全ての人の心を覗くことができるという。
 個人情報保護を声高に叫んでも、監視カメラや対テロ盗聴、ネット検閲などで情報は特定権力に流れて行く。そういう不公平の是正を謳った「閻魔アース」は、人々に歓迎された。ほどなく選挙や結婚、就職で不可欠のアイテムとなり、腹の探り合いから人間を解き放った。

 だが、思わぬ混乱も起こった。
 ある民主主義運動の指導者がファッショ思想の持ち主と判明し失脚。さらに数十億の信者を持つ宗教の長が無神論者であり、ノーベル賞科学者の成果が捏造だと分かると、世の中の価値観がたちまち混沌に帰した。

 疑心暗鬼に苛まれた人々は、純粋無垢なペットに希望を託した。動物の心が覗けるという「閻魔」の改良版が発表されると、こぞって犬、猫、鼠、蛇等の心を覗くようになった。だが画面に描き出されたのは……。

 かくて人々は絶望的な孤独に陥り、ただ一人、「閻魔アース」の陰の開発者メフィストだけがほくそ笑んだ。



 十月十二日金曜日の夜です。私は私の頭に棲む声に殺されました。
 初めはただの雑音に過ぎませんでした。時おり現れては頭を這い回り、不意にカアンと甲高い音をあげるのです。どんなに診てもらっても止むことがないので、なかば諦めてその音とつき合っていた処、雑音はやがて、声として聴こえ始めました。声は女の声で、艶っぽく、欲情にかられた私は、毎夜その声を用いての自慰に耽りました。
 件の夜です。声が私に眼をつむるよう命じました。言われるままつむると、声は唇を重ねてき、舌をねじこんできました。そして私の腰へと降りていきました。吐息と唾の跳ねる音とがすこぶる熱く、昂揚しましたが、勃つまでには少々時間もかかりました。私は童貞でした。
 声が短く裏返り、重みを腰に感じました。ぴたりと合わさった肌に、ああ、感動しました。これほどにもあたたかいものかと。
 果てる寸前でした。声がまた唇を重ねてき、応じて絡めた瞬間、私の舌は鋭く噛みちぎられたのです。射精と同時に眼をあけると、当然そこには誰も居ず、声も音も、完全に止んでいました。
 これが私の最期です。せめて遺書代わりにと、ここに綴った次第です。眼が霞んできました。では。



 桃割れの娘が一糸纏わぬ姿で満開の紫陽花の傍らに立っていた。娘は見事な黒髪なのに碧眼で、私はその容姿に強く惹き付けられた。
 紫陽花はさっきまでの雨で濡れている。娘はにわかに紫陽花の花を枝から折り、身体に擦り付けはじめた。雨粒は花から娘に移り、若い肌の上で丸い露となる。あの露を舐めたら娘はどんな顔をするだろう。少しずつ近寄っていく。
 娘はひとつ、またひとつ、と紫陽花の花を折り、身体中を花で撫でる。肌は露でますます輝き、足元は青紫の花に埋もれていく。ついに私は娘の手を遮りひとつ花を折ると、彼女に差し出した。私に気づいた娘は目を見開き、顔をみるみる上気させた。いつのまにか私も素裸になっていた。
 娘の肌は火照っているのに、その肌を濡らす露を舌で掬うと、氷かと思うほど冷たかった。白昼夢にしては、あまりにも痛い。



 むしゃりもぶくしと聞こえる。たまにばりちき鳴る。くらいならまだしも、じげじげふたぁん、というまるで不可解なものも混じって「こりゃあとても何か食べている音とは思えないな」と考えたのが全て口からだだ漏れる。
 頭の中の事をいちいち喋ってしまう体になって面倒、というのも声に出る始末
「話に脈絡がないよなあ」
 これも独り言で、どうしようもない。
 ぼくの隠しごとと、隠しごとにフタをするためのどこかを吸い込んだのち奇妙な音をたてつつ噛むか飲むかみたいなことをしていた目の前にいる生き物状の何かは、げえふと一息、無数の文字を煙的に吐き出し、ぼくは「なるほどこれが周囲に漂い人に触れ自分の秘密その他いらん事諸々をあたり構わず曝してまわるのだな」と納得する。
「山下さんが七股かけてたのには驚いた」
 いやほんと。
「不細工なのに」
 というのを聞いてか聞かずか、彼はけたけた走りたちまち消え去る。
 のようなものが巷で騒がれ命名までされてるんです妖怪だなんてなんだかちょっと風情がありますねえと脳味噌からっぽで口を動かすテレビの中の女子アナの前でぼくは、それよりも外に出るとひどいことになるのでなんとかしてくれんかこれと部屋でひとりはきはき喋ってやんなる。



瓶からハチミツを人差し指ですくってやり、足の指と、指の間にそれを丹念に塗りこむ。甘い蜜の香りがカラダの体温の上昇によって鼻の奥をくすぐったら、あとはベッドの上で横たわり死んだふりをするだけ。
その誘惑の香りに引き寄せられるようにやって来たのはだぁれ。のそりのそりと近づいてきたのは毛むくじゃらの熊男だ。
熊男は、わたしの細い足首を持ち上げてハチミツたっぷりの指にむしゃぶりつく。舐めにくいように、窪みにまで蜜を塗った甲斐があってか、熊男は懸命に舌を細長くして凹んだ部分にまで、その先っちょを這わせている。ココアパウダーにコーティングされた生チョコのように、わたしのカラダは溶けやすいので、小さな小指は既に消失してしまっているかもしれない。
くすぐったさと羞恥心とか織り交ざった感情がやがて甘美な吐息に変わる時、わたしは声を出してアナタを呼びつづけるだろう。
「マイハニー。MY HONEY」



 告白します。
 あなたの服を縫ったのも、あなたの日記を綴じたのも、私です。あなたの箪笥を拵えたのも、あなたの部屋の戸を直したのも、私です。あなたが毎朝口に含むお茶も、夕方ひょいとつまむ儚い砂糖菓子も、私が作りました。夜に歌う虫の声を庭へ呼び寄せたのも、この家中をさまよう懐かしくて安心する匂いを漂わせたのも、この私。この家も私が建てました。
 けれどあなたを作ることはできなかった。泣き、笑い、誰かを愛し、誰かを憎み、誰かを貫き、誰かを抱く、そんなあなたを作ることはできなかった。私はあなたを愛しています。あなたに愛され、憎まれ、貫かれ、抱かれ、そして目の前で泣き、笑っていて欲しいと思っています。
 いつの日か、人は自分の手で自分の愛する人を自分の思う通りに作ることができるようになるのでしょうか。今朝、私はふと、胎児のように眠るあなたを頭に思い描きながら、そんなことを考えたのです。



 や。遅れてスイマセンね。いさやさん、空虹さんお久し振り。あ、生でいいですよ。どうもどうも。じゃ、はやかつさんの隣に。乾杯、ぐびぐび。今回のオフ会、いろんな人が来てますね。あそこの綺麗な女性の集団はマンジュさんにひょーたんさんにkoroさん。あっちの爽やか組がsleepdogさん井上斑猫さんオギさん。そこのまつじさんと三里さんの男二人は全評談義で盛り上がり、あの隅で怪しいオーラを放っているのは不狼児さん加楽さん、ハカウチさん瀬川さんの男二人女二人の計四人組、と。ぐびぐび。あ。某酒癖の悪い人と某蟒蛇の人はいないんですね。残念。あの甘党の人もいないからパフェ天国になってないのか。ぐびぐび。いやあ、それにしても楽しいですね。……あ、初めまして。モカさんですか、どうもどうも。え、私? 作者当ては選評締切り後に、というのは置いといて、もちろんあっしゃあ、日本でただ一人の脳内亭でござんす。無論ただとは言ってもただではなくただより高いものはないときたもんで……。え、脳内亭さんはあっちで見た? スイマセンね、悪乗りして。私、ミネギシと言います。え。いや。ほら、管理人の……。



 深夜に目が覚めて水を飲んでいるとお父さんが起きてきました。
「お前に妹を作ってやろう。お前も手伝うんだ」
 今までに見たこともない怖い顔でお父さんは台所に入ってきます。びっくりして動けないあたしをお父さんは床に座らせて、その前に大きな白い布を敷きました。
 それからお父さんは、小麦粉と牛乳を順番に大きなボウルに入れ、手で練っていきます。あたしは座ってただ見ていました。大きな手が粉と牛乳でベタベタになりました。力強く混ぜていくうちに、生地がまとまってどんどんなめらかになっていきます。お父さんの額から汗が流れ、生地に一滴混ざりました。お父さんが力を込めるたびに生地は白く輝いていきます。
「お前は顔を作りなさい」
 お父さんはあたしにリンゴくらいの大きさの生地をくれました。お父さんは残りの生地から体を作るようです。白い布の上に載せた塊をお父さんのごつごつした指がなぞり、妹の形ができていきます。
 いつも笑顔のお父さんが今夜は一度も笑いません。とても真剣な目で妹を作っています。
 あたしを作ったときのお父さんはどんな顔をしていたんだろう。
 そう考えながら作ったからでしょうか、妹の顔は父親似です。



 今日こそははっきり言っておこう。
 君の身体だけが目的なんだ。

 肩で切り揃えた艶やかな君の黒髪が好きだ。
 潤んで僕を見つめる君の瞳が好きだ。
 むしゃぶりつきたくなる君の唇が好きだ。
 ちょっと尖った顎からやさしい丸みを帯びた肩までのラインが好きだ。
 細い二の腕としなやかに動く白い指が好きだ。
 服の上からでもその存在を誇示し、柔らかな触り心地を与えてくれる二つの膨らみが好きだ。
 必要なだけの肉と弾力と僕の視神経を刺激する魅力を持った君のおなかと腰回りが好きだ。
 少しだけ突き出た、理想的な丸みを持つそのお尻が好きだ。
 そのお尻から伸びる脚の曲線と滑らかさが好きだ。
 扇情的な色香を備えた脹ら脛と足首が好きだ。
 太股の付け根にある黒子が好きだ。
 僕の指の動きに敏感なその肌が好きだ。
 僕のお願いを忠実に再現する君の舌遣いが好きだ。
 上目遣いで僕を見るその表情が好きだ。
 感極まって鳴くときの君の声が好きだ。
 引き締まった背中とそこを流れ落ちる汗の匂いが好きだ。
 小さい頃に怪我をしたという脇腹の傷跡が好きだ。
 もちろん、具合は最高だ。

 もう一度だけ、はっきり言っておこう。
 君の人格なんて、正直どうでもいいんだ。



 日本は外来魚に侵略されている。
 まだ小学生だった頃はフナしか釣れなかったこの池で、ブルーギルがわんさと釣れてそう実感した。
 とはいえ、引きは悪くないし、5分おきにかかる爆釣状態なので釣り自体は楽しめた。
 40cmという大物も釣れた。腹が毒々しい婚姻色になったギルを針から外していると水音がした。視線を向けると何やら赤いものが水面に見えた。
 犬の頭のように見える。しかし、毛がない。しかも真っ赤にテカっている。
 ぞばり。
 と、それが流木に載った。犬にしては前肢がない。しかも、木を踏みしめている足には水掻きが付いている。全身禍々しい赤だった。
 それがこちらを振り向いた。
 目が合った。
 それは赤ん坊のような声で鳴くと、こちらに一歩跳んだ。
 思わず腰が引けた。が、その跳躍ではこちらまでは届かず、水中に没した。
 もう釣りどころではなくなり帰宅した。
 帰宅した私は心当たりがあって書庫を調べた。中国の本草学の古書なのだが、そこに色こそ違うがあの怪物そっくりの挿絵があった。それに対応する本文には「名を裸々といい、これが現れると多いに凶」とあった。
 真っ赤な裸々が招くであろう凶事の不吉さを思うと滅入った。