500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第83回:頭蓋骨を捜せ


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 よく転んで怪我をするので困っている。彼のことを考えているときなど、特にそうだ。今朝はとりわけ派手にやってしまった。昨晩の彼との喧嘩を思い出していたら、氷で滑って頭のてっぺん辺りをブロック塀にぶつけ、皮がごっそりはがれてしまったのだ。そのせいで、頭蓋骨をどこかに落としてしまった。幸い脳味噌は残っているし、眼も瞼でしっかり抑えつけているので、今こうして頭蓋骨を捜していられるのだけれど。
 まったく、こんなことで時間を潰してられないのに。頭蓋骨をはめたら、一刻も早く彼の許に謝りにいこう。浮気されたぐらいでがたがた言うなんて、あたしも大人げなかったな。それも、今回が初めてじゃないのに。財布から万札をすられたときだって、許してあげたじゃない。世界一の彼なんだから――。
 そんなことを考えていたら、小石につまずいた。今度は脳味噌が飛び出してきたけれど、あたしは辛うじてそれを両の掌で潰れないように受け止める。子ウサギくらいの大きさのそれは、皺一つなく、真っ白で、ところどころが紫色のぶちになっていた。
 ありゃりゃ。いつの間にか脳が死んでたのか。これじゃあ頭蓋骨が見つかっても、意味ないや。あたしは肩を落とした。



「これはどういうことかね」
 私を呼び出した部長は、表情をこわばらせて一枚の写真を差し出した。
 ついにばれてしまったか。
 目を落とすと、写っていたのは間違いなく自分であった。
「プライバシー保護が叫ばれる時代で、申し訳ないと思ったが調べさせてもらった」
 写真を持った部長の手は小刻みに震えていた。
 私はそんな部長をよそに、凶器になるようなものは持っていないな、などと考えていた。何かの間違いで部長を殺してしまうことはない。仲間より被害は最小限にしろと言われているのだ。
「こんなことになるなら、もっと、早く気づくべきだった」
 気づいたところで結果は変わらない。
「なぜ言ってくれなかったんだ」
 言えるわけがない。言ったら今までの努力が無駄になってしまう。
 私は再び部長が手にしたものを眺める。健康診断の時のレントゲン写真。よくこんな物で気づいたなと感嘆するのみであった。
「まさか、君が脳腫瘍だったなんて。しかも、骨が溶けてしまうまで進行していたとは」
 ああ、そうか。確かに写真の頭部は真っ黒い空洞になっていた。
 それにしても、なんて平和な星なんだ。侵略できるのも時間の問題だな。



 仮の幕屋は滅びても、神の備えた家がある。
(死んだら今より少しでも、自由になれると思ってたのに)
 少年は牧師の顔を睨み付け、屋上に揃えた靴を履き直した。
 信じる神が揺らぐなら、自分が神になればいい。
 自由を望んだ少年は、渇きの分だけ重い斧を手にした。
 新月の夜、この窮屈な世界から最初に救い出すのは母。
(だって、僕は母さんを愛してるから)
泥を打つような嫌な感触と共に、少年は母の『解放』に成功した。
 やがて割れた頭部から、ずるり、と脳が這い出す。
 母の次は父、その次は妹、祖父母…這い出した脳たちは、思い思いに外へと繰り出す。
 そして、夜が白み始める頃。
 ミチミチミチネチネチミチミチネチ。
 表通りは粘液の弾け絡まる音で埋め尽くされた。
 肉色の濁流は、街中の何千何万もの『解放された人間たち』が作った『脳の川』だ。
『解放者』は他にもいるらしい。
 少年は、抱いていた母の頭を階下へ放った。
 それは瞬く間に脳の川に飲み込まれる。
 脳たちはヤドカリよろしく新たな棲家を求め、奪い合いながら流れていく。
(なんだ、折角解放してやったのに…自由なんてこんなものか)
 血臭の中、薄く笑う彼の背後に鈍色の刃が迫る。



みながそれぞれに隠し持っている。収集家が奪いに来るからである。名付け屋が名付けに来て、製図屋がプロットを打ち、小説家が肉付けし、産声が上がってしまうからである。その口をそっと押さえようとすると横から祖母の、隣県に住む小言言いの私の祖母でなくもはや架空の祖母の手が伸び、抱きかかえ、「ああ、良い子だ」と言ったそばから祖父の架空の両腕がおどけるようにたかいたかいをしてみせる。まだ高いも低いも分からないのに違いない子を隣近所の人々が祝福し、三千円を包み、涎掛けのセット、水色のベビー服、牛の着ぐるみ、離乳食、くつ、内祝いの手配を終えたできたての両親は役所へ行き、出生届を出し、役所は受理する。祖父母は二組いるが私はどちらの祖父母でもない。では曾祖父母か。そうかもしれない。私は私でなく、曾祖母、父の父の母である曾祖母、いややはり違う。私は私でない。父の父の母である曾祖母はもちろん曾祖母としての私、私が私でない私、であろう。ただ私は私でなく悲しみにくれる。しかし私は私でないのに悲しいのだろうか。分からないので私でなくなった私は生まれていない子どもとガイドブックからまだ私のである頭蓋骨をそっと隠す。



「私の頭蓋骨、なくなっちゃったの」
 咲ちゃんは確かにそう言った。咲ちゃんは潜水メットみたいな真っ黒の反重力メットをかぶってる。これがないと重力で目玉や舌が飛び出してしまうんだって。(気持ち悪くてごめんね)
「一緒に探してよ」
 手を差し出される。反重力メットに僕の歪んだ顔が映ってる。



 危ない人みたいですけど、前世の記憶なんじゃないかと思うぐらい、ちっちゃな頃からずっと何度も夢に出てくる言葉があって、「あたまぶたぼね」っていうんですけど、音しかわかんないし、意味はさっぱりだしで、前に「二子玉川」ってなんかで耳にして、思わずビクッとしちゃったぐらい刷り込まれてるんです。
 で、中学の時、英語の授業中にふと「あたまぶたぼね」って日本語じゃないんじゃないか? って思いまして、そっから急に語学が楽しくなって、今回フランス語学科を受験しました。「あたまぶたぼね」フランス語に全然関係無いかもしれないですが、わたしにとっては他のなにより見つけなくちゃならないモノで、運命は信じないけど、この大学で一生懸命勉強して、絶対「あたまぶたぼね」見つけたいと思ってます。
 変な志望動機ですみません。でも、本気なんです。見つけます



 借り物競争で僕は唖然とした。必死で一番に箱へ飛びついたのに何というくじ運の悪さだ。
 パッと思いついたのは、二階にある理科室の人体模型だった。夕暮れ前のひっそりした校舎に突入し、階段を駆け上がる。理科室は突きあたり。「廊下を走るな」なんて張り紙は無視して全速力で突っ走る。そして、理科室のドアを勢いよく開けたとき、人体模型が血相を変えてこっちに振り向いた。定位置を離れ、ヘビをホルマリン漬けした瓶から骨を取り出そうとしている。
 ふたりのあいだの時間が止まる。
『一組ガンバレ! 二組ガンバレ! 三組負けるな!』
 校庭の実況が理科室にも聞こえた。やばい、足を止めてる場合じゃない。
 すると人体模型はヘビの骨を握り締め、僕のほうに突進してくる。僕はもう無我夢中になって、ラリアットで思いきり首をなぎ払う。激しい音を立て人体模型は分裂し、床に倒れた。起き上がるかと構えたが、首が外れるともう動かなくなった。僕は欲しかった頭部の模型を拾い、何も考えず理科室を飛び出した。
 廊下に出ると、薄暗いトイレのほうから「あら、邪魔されちゃったのね」と女の子の笑い声がした。
 あいつもまた校舎で誰かと競っていたんだろうか。



 いいえ、あなたたちはおそらく、見つけることができないでしょう。私が自分自身で匿してしまったのですから。手がかりは分子一つ残っていないはずです。そもそも、もし残って発見されたとしても、それは百万分の一にも満たない幸運なのです。これまでも、あなたたちはそんななけなしの幸運から、数十億年に及ぶ生命の歴史を、一定以上の蓋然性をもって描くことに成功してきました。私が見つからなかったとしても、大勢に影響はないはずです。
 とはいえ、そこで線が途切れている(ように見える)ことは探究心をかき立て続けるでしょう。そこは「どのように」つながっていたのか。祖先は、順調に直立二足歩行を発達させていったのか、それとも何らかの環境的要因により一旦四足歩行に退却したのか。私なしで答えを出すのは困難でしょう。そのかわり、あなたたちの祖先は、可能であったはずのあらゆるものであり続けます。そして、いつか別の方法でほぼ確実であろう推論が得られたとしても、可能であったはずのすべての人類は可能であったものとしてあなたたちの中に生き続けます。それでも私を捜しますか。きっと、それでもあなたたちは捜し続けるのでしょうね。健闘を祈ります。



 たった一行の指令を、私は自身の墨を使って書いた。
「色が薄めなのと生臭いのが、この任務にぴったりですね」
 新人の元田中は、これが初仕事だ。
「キセル貝は、支給されたか?広い砂漠で、砂マイマイの居所が判るのは奴らだけだぞ」
「大丈夫です、元斉藤主幹。でも、砂丘じゃだめだったんですか。正直怖いっす」
「砂丘で行き倒れる人間はおらんよ。それに、海を見たら帰りたくなるだろう?」
 初めて人の皮を被った蛸は、猛烈に怒っていた。伝聞では、魚屋の水槽から、蛸焼き屋の看板に、茹で蛸の丸い胴へ豆絞りの細帯一本、あられもない絵姿を見た乙女蛸が、羞恥の余り腕八本全部食って死んでしまった。その悲報が垣根の蝸牛を振り出しに、軟体動物の糸を辿って海底へ届けられた時、益荒男蛸達は、固く復讐を誓ったのだ。あれが頭と思う人間の頭を、狩ってやると。
 私が、斉藤の頭部に埋め込まれた頃には、人間を砂漠へ送り込み、絶滅寸前の砂マイマイの餌にした後、頭蓋骨を拾い集めるシステムができていた。集めた丸い骨の壷は、海底で我々の卵を抱いて揺れている。
「必ず全部集めます!」
 そう言うと、元田中は足早に出て行った。
 やはり骨育ちの蛸は、気骨がある



この交差点でいつも見かけるご婦人がいる。何かを探しているようなのだが…。
「何をお探しですか?」
「実は3年前にここで息子を亡くしたんです。酷い事故でした。大きなトレーラーが曲り切れずに、歩道の端にいた息子を巻き込んだんです。当然、息子の遺体はめちゃくちゃでした。」
「では、息子さんの遺品を捜しに?」
「遺品と言えますかどうか…。息子が夢に出てくるんです。『母さん、頭の骨が足りないよ』って。夢を見るとつい、ここに来てしまうんですよ。」婦人は自嘲気味に言った。
「すみません。見ず知らずの人にこんな話を。なんだか知り合いのような気がしてしまって。」そう言って去っていく婦人の後ろ姿を見ながら、私はにやにやしてしまうのを止められなかった。
ポケットから、3年前に拾った小さな白いかけらを取り出す。
これは、本物だったらしい。頭蓋骨が手に入るなんて、なんてラッキーなんだろう。

そう、私は事故に関係するものを集めるマニアなのだ。



「ねぇ、まだ見つからないの?」
 彼女の声が直接頭に届いた。振り返ると、彼女は形の崩れた頭を両手で支えて、フェンスに寄りかかって座っている。
「まだに決まってんだろ」
 ここは骨男爵の庭と言われる広い草原。このどこかに骨男爵の奪った骨はあるはずだけれど、草しか見えない。
「てかさー、なんで俺が捜さなきゃならないわけ? よくわかんない男に付いて行くおまえが悪いんじゃねぇかよ」
「だってぇ、カッコよかったんだもん」
 うっとりとした甘い声が届く。頭にきた俺は、彼女の横のフェンスを蹴った。
「馬鹿じゃねぇの。やってらんねぇ。自分で捜せよな」
 そして、彼女の隣りに座る。
「じゃあ、あんたの骨貸してよ。自分で捜すから」
 彼女はふよんと顔の肉を揺らして、たぶん笑った。
「断る」
「何よ。キスしてやるって言ってんじゃない」
 体を引いた俺に体当たりするようにして、彼女は自分の唇を俺の唇に押し当てる。ぐっと吸い込んで、俺の頭蓋骨を抜き取った。
「ちょっと違和感あるけど、仕方ないか」
 彼女はそう言って、いつもと少しずれた顔で笑う。俺は柔らかくなった頭を両手で支え、「早く返せよな」と声を送った。



「いて!」
 よく来たシンジロウ・マクノソト。とおどろおどろしい声が響き、照明がカッと点いた。まぶしいぜ。
「シンジロウ・マクノウチヤソト! これが何か分るか?!!」
「いいえ」
「そうか。」
 魔皇サンダーマシーン?世号はうなだれた。
「シンジロウ・マクノソト。お前の勝ちだ。・・・俺はもう疲れた」
「ふーん」
「うん。もういいや。世界征服とかってガラじゃないし。俺体機械って馬鹿にされてキレたらなんやかやでここにいるようになっちゃったってだけだし……。」
「で?」
「!」「え??」
「それで?」
「う。うう。……しくしくしくしく(ちらっ)しくしくしくしく」
「 そ れ で ? 」
「うえーーーーーーんっ!!」
「出せよ」
「はい」
 こうしてシンジロウの長い旅は終わった。

■1988年11月7日 カンザシマンション101号室…

 そこには元気にヘッドバンキングするシンジロウの姿が。
(ガンガン!!)おばちゃん「ちょっとマクノソトさん!!!!」(ガンガンガンガン!!!!!)
(ガチャ)「なに(寝起き)」
「いい加減……で……、!……。……~!~。。~   !!!!」
 うなだれるシンジロウ 気を付けろシンジロウ! また頭蓋骨を落っことすぞ!!



私が、お前を殺すのは、お前が彼女の愛に値しないからだ。
気まぐれに手折られて、汚され捨てられ踏みにじられた、彼女のために私は、お前を殺す。
首は、ナイフで切りとって高い木の枝に刺し、貪欲な烏たちの餌にしよう。体は、荒れ野で餓えた野犬の群れに与えれば、骨までもきれいに喰らいつくしてくれるだろう。
お前の首は、瞳の奥底まで啄まれ、やがて白く清らかな骨に還る。季節がめぐり、夏の嵐の夜に、お前の頭骸骨は、風にさらわれ天高く舞い上がり、遠い異国の森へと運ばれるだろう。
でも、私は知っている。彼女が、お前を愛し、捜し続けることを。いつか、彼女は、裸足のまま彷徨う冥い森の中で、茨の蔓草に埋もれた、お前を見つけ、傷だらけの胸に抱いて涙を流すだろう。
だから私は、それを見ないですむように、お前の首を切り取ったナイフで、自分の目をえぐり、烏たちに与えるのだ。
四つの眼球は、空を飛び、やがて永遠に朝の来ない夜の海に墜ち、言葉を忘れた魚たちの深い哀しみを知るだろう。



 二講目の終わりを告げるチャイムが鳴っている。
 しかし、ここは教室ではない。中央に置かれた就寝には向かないベッドとそれを取り囲むワゴン、それから独特のイソプロ臭さからして、ここはどうやら手術室のようだ。手術室であろうとチャイムは外に出ろと告げている。
 金属製のドアを開けるとそこはエアロックだった。エアロックの外は生物学的限界を越えた人口密度のためにすっかり空気が汚れてしまっている。呼吸5級の危険な大気だ。
 窒素ボンベを背負って外に出るが、何しろ窒素なので息苦しい。
 酸素不足の脳はどさくさに紛れてグルコースのフルコースを欲してのたうっている。脳をじかに頭皮が包んでいるから、脳のうねりで髪がどるりんどるりんと、オイデオイデのように褶動する。
 これは異常だ。夢に違いないと思うが、現実はそんなに甘くなく、つねると痛いし血まで出る。肉もそげるし骨もぽきぽき。脳みそリボース、むしろリバース。



ぺりぺりぺりぺり。街のあちこちで音がする。
座り込んで、むく。お互いに、むく。よってたかって、むく。
町中、ヒラヒラと包帯が宙を舞う。
通称ミイラ街。
この街の決まりはただひとつ、体中に巻く包帯だけ。
何百年もこの街は代々こうして生きてきたのに、
月が2つになり朝が来なくなった今、
死人も生きてるこの街に世界中がキバをむく。
『呪いを解くには頭蓋骨を捜せ、捜しだせ』
ぺりぺりぺりぺり。はりついた包帯をむく。
生きてる者は涙を流し、互いに見つめ合い、抱き合う。
ころんころん、転がり落ちた、骨・骨・骨。
その上を魂がゆっくりとのぼっていく。
これで呪いは解けるのだろうか。
『まだまだ足りない。頭蓋骨を捜せ』
朝が来るまで、一人残らず。
ぺりぺりぺりぺり。街のあちこちで音がする。
ぺりぺりぺりぺり。はりついた包帯をむく。



いつからだったか、俺の脳みそが宙を彷徨うようなった。実に軽やかに辺りを漂うんだが、木の葉まみれになったり釘にひっかかったりするからたまったもんじゃない。俺はそうそう動きゃしないのに、スライムみたいに勝手に流れ出すんだからしょうがない。
俺のふよふよの脳みそは未だかつて鍛えたタメシがないから意外に傷つきやすく、ばあさんの愚痴だの、子供どうしの喧嘩だの、そんなもんで余計よれよれになって帰ってくる。よしゃいいのにしかし、翌日になるとまたてれてれ出掛けて行くんだ。
ざんざん降りの雨の日、脳みそは地面近くを這っていて猫に喰われた。見事に半分しかなくなって、それ以来俺の体も半分しか動かない。何をするにも不自由で、ますますじっとしてるしかなくなった。
もうそろそろこいつを縛らにゃならんと思う。誰か俺の脳みその蓋を見つけてくれ。空をきっちり閉じ込める夜の闇的な、ヘビー級の頭蓋骨がいい。
ただしそうなると、今度は手が勝手に伸び出しそうだが。



 お問い合わせの件に関して報告いたします。
 当方調査の結果、黎明期、確かに脳なる名の機関が上位に存在し、他の機関を支配下に置いていたそうであります。が、この脳なるものは大変腐敗しやすい機関であったらしく、しばしば狂いを生じては他の機関及び諸外機関に甚大なる被害を及ぼすことが多かったため、後に廃用身となりました。
 心臓での諍いは存じております。情報がもたらされる度、世に戦争の種は尽きまじ、と嘆息しております。声高き者どもがもの言わぬ者たちの心情に頓着せず、己の価値観のみでもってして他者を攻撃する議論ごっこに終始しているようでは、到底先が明るいとは思えません。気付いている者はいるでしょうが、彼らが声を挙げることはありません。誰であれああいった輩には関わり合いになりたくないし、自らに矛先が向くことは恐ろしいからです。
 こういった現状を鑑みるに、脳なる過去の遺物を掘り返そうと考え至られたことは理解できます。が、先ほど申し上げた通り脳なる機関は大変腐りやすい組織であります。機関を守る外殻であったとされる頭蓋骨なる組織なれば、探索次第では発見に至るやもしれません。ですが、それを発見したところで何になりましょう。運よく中身が残っていたとして。それが蠅を呼び寄せるだけのものであれば如何なものか。
 そのようなことで議論を重ねるよりは、別件に力を傾ける方がよい。私にはそう思えてならないのです。



 私には、考えがあった。
 宇宙の外には、無限の深海が広がっているのではないだろうか。グロテスクな魚やぐにゃぐにゃへろんなクリーチャーがうようよしている。
 つまり、宇宙とはへろんなクリーチャーなどがぱくぱく吐き出す気泡。
 私は、くるくる考える。
 深海の上には、空があるのではないだろうか。海に潜ろう、潜ろうと空中で足掻いている猫たちやうねうねふよんな未確認飛行生物がゆらゆらしている。
 つまり、空の中心は底の底。
 私には、確信があった。
 気泡は空を目指し、空では上空に落ちていく。
 そして、私の空想。
 上空にあるのは、収縮型宇宙では?
 なぜなら、宇宙の外には宇宙ではないものがあるはずで、深海の外には深海ではないものがあるはず。そして空の外には空ではないものがあるはずなのだ。
 私は、テレポーター。
 私の考え、空想を確認するため宇宙の外を目指した。深海の外を目指した。空の外を目指した。でも、外には出られない。気泡を超えて深海に出ることさえできないのだ。
 私は考える。
 出口は、ないのだろうか。



 ひたひた、ではなく、ふかふか時流をただよっている。やにわに外界へ顔を出してはごそっと土を喰う。そうしてまた時流をただよう。ひり出される糞は、元の土へ帰ることもなく時流の内側に固くこびりつく。ちらちらとそこに、石柱やビニールや生物の骨やらといった残骸が混じるのを見ることがある。土をごそっと喰うとき一緒に巻き込んだものである。

 けたけた、ではなく、さらさら笑う声がしたのだ。振り向いてみると舌であった。大きな赤い舌。次の瞬間には腹の中。ひり出されてからはずっと、その生態をただ眺めている。赤土、黒土、黄土、砂利、苔むした石、雪さえも、ごそっと喰っては、ひり出して、ただようだけの、あれを。ちらちらと覗く、酒瓶、ショベルの先、雑誌、腕、カボチャ、配管の類。

 ぐったり、ではなく、しっとり横たわっている。どうやら死んでいる。もう動かないその腹から、鼠が這い出てくる。小さな赤い鼠。ちょろちょろと走り去った。結局あれが何であるかは、わからずじまいである。
 さて、話は以上であるが、いったい君はこんな処で何を捜しているのだ。



 宴の終わりはいつも虚しい。
 月明かりの許、幾十もの骸骨達が大量のパイに埋もれた自らの頭を捜している。



 頭を失くした骸骨が訪ねてきた。頭がないせいでバランスが悪く、今にも崩れ落ちそうにギクシャクと歩いている。
「やい、一体どこで頭を失くしたんだ」
 骸骨は頭がないから、口が利けないみたいだ。筆談でこう言った。
「砂浜を散歩していたら、砂に足を取られて、転んで頭が外れました。頭は波に攫われて、海に流れていきました」
 まったく骸骨のくせに砂浜なんか歩くからだ。やれやれ、仕方がない。俺はボートを出して骸骨を海に出た。
 ボートの上で、骸骨は不安そうに俺に寄り添い、しがみ付いてくる。夕日を浴びて、白い骨が美しく輝いていた。
 さてと、早くコイツの頭を捜してやらにゃ、この子の顔も見られない。



 ふらりと入ってしまった店。鱈の白子で、お湯割りが進む。始点からは遠く。



 泣き声があまりに煩いものだから、
「どうした」
と声を掛けると、
「こんな風船頭じゃあ、お務めになりませんよぅ」
とだるま落としのダルマが嘆く。
 試しに一段弾いてみると、ふうわりゆらゆらして一向に落ちる気配がない。
 悪かったな、きちんと片づけなかった僕のせいだなと思い、お手玉を開いて中の小豆を詰めてやったのだけれど、ダルマは下膨れの顔で胴体にへばり付いて、不満げな視線を寄こすばかりだった。



 産まれるのって結構、大変なのよね。ホント、選ばないといけないものがたくさんあるのよ。
 今日はね、かなり重要な日よ。
えっ?あぁ、両親なら最初に決めたわ。若いパパとママがいいって言ってた子もいたけど、私は40歳のパパと35歳のママにしたのよ。そうそう、「結婚10年目にして、やっと出来た子」ってやつ。なんか大事にされそうでしょ。

 早く、始まらないかしら。神様が来て、始めって言ってくれないと始まらないのよ。今日、選ぶパーツは女の子としてはかなり重要よ。皮一枚なんていう人もいるけど、やっぱりね…。

 やっと、来たわ。もう、話しかけないでね。私、結構、これに賭けてるから。

 神は重々しく口を開いた。
「頭蓋骨探し、始め」



 太古、人の脳の中に入り込める、浮霊の一族がいた。

 自身の意識を分離電位帯と化し、頭蓋骨の隙間から侵入し、他人の頭の中を泳ぎ、心の内部を覗き見る、特殊な能力。

 赤ん坊は頭蓋の継ぎ目が閉じてないので、入り込みやすい。普段は赤子の脳をたゆたい、その無垢な意識の中の景色を遊覧し楽しむのが、ルドラの日課だった。

 ある日、ルドラが赤ん坊の脳の中に入ると、いきなり視界が真っ白になった。

 「なにかがおかしい・・・!これは、本当に人の心の中か?」

 ルドラは危険を感じて、外の世界に戻ろうとした。だが、来た道を引き返せども、赤子の脳の空間から戻れない。

 「おかしい、オレは確かに骨の隙間を通って、こいつの頭の内部へと侵入したはずなのに・・・出口は何処だ?頭蓋骨の天蓋は、何故こんなに遠い?何処へ消えた?」

 ルドラがふと下を見ると、そこには渦を巻く白い積雲と、青く美しい海が見えた。それは球状をしていて、その周りには漆黒の空間が取り巻き、無数の星が燦燦と光っていた。



 インドの古文献『リグ・ヴェーダ』によると、世界は原初混沌の中に生まれた、ヒラニヤガルバ(黄金の胎児)が創ったと云われている。



 子が泣いている――息子は頭の骨がほとんどないので声のするはずがなかった――ああ、これは夢だな、と目をあけると、盛り上がった肩のその一部みたいに母親にしがみついている女の子の大泣きがガラス越しに聞こえているのだった。
 限界なのでおしっこをしに立つと、同胞たちの死んだ目が『SEARCH THE SKULL』(戦場跡なんかをリポートするプログラム)を眺めているのに出くわした。
 昨日仲良くなったバーバラに、禿げあがったあのリポーターとむかし結婚していたことがあるのと耳打ちしてやると、ほんの一瞬、彼女の瞳に明かりが点った。
 いくぶん軽くなった足どりでさっさとおしっこをすませると、息子の終の棲家を眺めるために設けられた粗末な特等席へと急ぐ。
 蚊が飛んでいる。たたく。ぴしゃり。手が血に染まる。なんびきも。なんびきも。たたく。つぶす……鉗子でつぶす。頭をつぶす。頭をつぶす……あの子たちのあの頭を集めてくればこの子の頭ひとつ分くらいにはなってそれでどうにかなるのじゃないだろうか……。
 誰かがわめいている――バーバラだ――私もすぐにああなる――鉗子がのびてきて、それで私の頭をつぶしてくれればいいのに。



「頭蓋骨が消えています」
 医師が俺のX線写真を指差して言った。「最近、高齢者に多いんですよ」
 付き添いの娘は眉を吊り上げ、食ってかかる。
「どこに隠したの」 
「な、なぜ俺のせいにする?」
「いろんなものを隠して失くすくせに。こないだなんかクッキーの缶がトイレの棚から出てきたのよ」
「ぬれぎぬだ!」 
 その日から、家族あげての大捜索が始まった。
 押し入れの奥をひっくり返す。
「あ、へその緒だ」「ボクの乳歯」
 物置をのぞき回る。
「こんなところに婚約指輪が」「ヤバい、昔の通知表だ」「きゃー!」
 息子は垣根の中に昔隠したガラクタを見つけ、孫は屋根裏で海賊マンガを読みふける。まるで、わが家はタイムマシンだ。懐かしくて、うきうきしてくる。
 気がつくと、俺の手に頭蓋骨が握られていた。
「どこで見つけたのよ?」
 本当に覚えがないのだ。
 ともかく病院に持って行き、埋め戻してもらった。それ以来すこぶる頭が冴えて調子が良い。
 騒動を忘れかけたある日、博物館から電話があった。標本室で見つかった頭蓋骨がDNA鑑定の結果俺のものだとわかったそうだ。
「それがですね、代わりに北京原人の頭蓋骨が消えているんですよ。心当たりありませんか」



 広大な砂漠をバイクで駆け抜ける。
 わたしは後ろにまたがり、振り落とされないように運転する男の体にしっかりと腕をまわしていた。
「腹、減っていないか?」
 男がわたしに尋ねる。
「砂漠の砂って、黄な粉みたいだよね」
「昨日から、なにも食ってないだろ?」
「うん、ぜんぜん寒くないから平気だよ」
「もう少し走ったら、積んであるパンを分けて食おうな」
「早く、星がでないかしら。わたし、お願いしたいことがあるのよ」
 男は急にブレーキを踏みバイクを止めた。
「ちょっと、ごめんな」
 男はそう言いながらわたしの頭部を軽く叩いた。すると、砂の上にするりと伸びたわたしの頭の影が右へ左へズルリズルリとズレる。右に動いたから右から叩くと今度は左へといき過ぎてしまう。右、左、左、右。
「ああ。頭のネジがゆるんでしまっているんだな」
 男はわたしの頭をやさしく撫でると、コメカミのあたりのネジをゆっくりしっかりと回し直してくれた。
「次の町に行ったら、もっとオマエに合う頭蓋骨を見つけてやるからな」
 わたしは、コクリと小さく頷いた。
 バイクは再び走り始めた。わたしは、男の背中が大きくて温かいことが嬉しくて、ギュッとしがみついた。



西暦2***年、基礎生物学研究所に未知の生命体が運び込まれる。
この未知なる生命体は、遠い未来の人類と判明した。
調査報告書によれば、生命体の脚と思われる部位は、異常に細く短くなっており、
ほとんど歩行する事ができないと思われる。また、生殖器官に関しては、ほぼ壊滅状態で子孫を増やす事は不可能と判断される。さらに頭部に関しては、不思議な事にその部位でさえなかなか特定する事が困難であった。
頭蓋骨と思われる部位が体の上部から異様な形で突起している。このことから、未来の人間は言語や思考など脳を使う事を放棄し、全てをコンピュータに依存したのではないかと考えられる。それ以来、脳の退化と収縮が始まったようだ。脳の収縮は、すなわちそれを支える頭蓋骨の収縮を促し、ついには頭部と胴体が一体化するという、いびつな姿へと変容していったようである。



 わたしは、小さい。
 わたしは、乾いている。
 わたしは、魂を持っている。
 わたしは、口をきくことができない。
 わたしは、人を呪う事をよしとはしない。

 わたしは、頭蓋骨を捜している。
 わたしは、うまくものを考える事ができない。
 わたしは、抜かれてしまった頭蓋骨を探している。
 わたしの、頭の中には小さな石ころがひとつ入っている。
 わたしの、頭蓋骨がもしわたしの元へ戻る事があるならば。
 わたしが、人を呪い殺さなければならないという呪いを解く事ができる。

 わたしの、頭蓋骨を捜し出してくれたのならば。
 わたしは、あなたのことを呪い殺す事ができなくなる。

 あなたが、生き残るためにはこの呪いを解かなくてはならない。