500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第84回:納得できない


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 納得できない1 作者:砂場

「あれ?」
「あ、なんだよお前ー」
「なんだよってことないでしょ。そっちこそ何してんの」
「ふつーに仕事。それより、ちょっと、なあ、リンゴか?」
「え?」
「お前、リンゴだよな?」
「違うって。なんてこと言うかなー」
「だって、いや……リンゴじゃないか」
「待ってよ」
「待つけど」
「待たれても。あー、とにかくリンゴじゃないよ」
「いや、でもさ」
「って、私のことばっかり言うけど、なんで、そっちはパイナップルなの」
「なんでってな、うん、パイナップルなんだ、なんでか」
「え、あ、ほんとに?」
「言い当てといて、ほんとに? かよ」
「なんで?」
「知らん」
「ふうん……。でも私はリンゴじゃないよ」
「……」
「……」
「あら。どうしたの? リンゴが二つも揃って」
「あぁ、皆して……」
「俺はリンゴじゃない」
「あ、ごめん。バナナだわね、二本とも」
「あぁぁ、茸に言われたくない!」
「はい? 茸?」
「茸?」
「おや。皆さんお揃いで……」
「ちは。あ、俺、仕事行かないと」
「私も……」
「あたしもかな。じゃ」
「ご苦労様です」
「あの、ちょっと」
「はい?」
「さっきの……皆プルーンじゃなかったですか?」
「ええ、何でしょうね。それで、あなたがブドウなのは……



 納得できない2 作者:sleepdog

 これで何枚目だろうか。とうとう見合い写真がロボットになった。
 熱いお茶をすすりながら、しばらく眺めていると、「テレビが見られるらしいわよ」と母は付け加えた。



 納得できない3 作者:破天荒

底値で買った株は、寄付きから上昇していった。
株は再高値を目指して順調に上昇していった。
インサイダーまがいの情報を仕入れた俺の読みは完璧だった。
濡れ手に粟だな。俺は思わずほくそ笑んだ。
だが、後場になって、株は急落し始めた。
すぐに反転するだろうと高を括っていたが
下落は続き、ついに買値を下回った。
体から徐々に血の気が引いていくのがわかった。
.....なぜだ、なぜなんだ。納得いかない。
決断を鈍る俺を尻目に、さらに下落は続いた。
あわてて株を売却した俺の狼狽ぶりをあざ笑うかのように、
株は上昇に反転し、今日一番の高値を記録した。



 納得できない4 作者:根多加良

 私はよく気を失う。ほぼ毎日。精神的に困難な状況に追い込まれたときになるみたい。
 気を失ったとき私は夢をみている。
 この私はまどろみの中、気持ちを円卓にして論争に参加している。思想家のあの私とファシストのこんな私が言い争うのをなだめるあんな私がいる。そのとき私は考えるだけでなにもいわずに、どの私も優柔不断。いつか私は遠い理想ばかり追いかけるけど、やっぱり私は面倒臭くなってやめてしまう。
 おはようの時間がやってきたとき、それでは私がまとめようといって、じゃあもっとがんばるってことでよろしいですか、納得しましたら拍手でお答えくださいと言い。あの私、こんな私、あんな私、そのとき私、どの私、いつか私、やっぱり私、それでは私がパチパチと両手を打ち鳴らすとき、この私はムッとしたまま、両手を組んで動かさない。どうせ多数決だろう。この私がいなくても、私は目を覚ましてしまうのだ。そしてまたがんばれなくて、夢の中で会議するのだ。それを高いところからみている、私、バカだろ。
 この会議に意味はあるのか。肝心の私がいないじゃないか。私、いい加減にしろ。
 でてこい私。この私が受けて立つ。



 納得できない5 作者:雪雪

エデンの東、なだらかな丘の裾には、カインが独りで造り上げた史上最初の町が広がっていた。無人の町並は斜光を浴びて陰翳を強め、なにかふしぎなものに見えたが、文明はまだ経験に乏しく、喩える語彙が彼にはなかった。西側の川沿いの畑地で、妻とエノクが並んで種を播いていた。彼は手伝うことができない。呪いによって地から実りを引き出すことができないから。
後世の人はいつか編まれる聖書を読んで、アダムとイヴとその息子カインしかいなかったとき、カインの妻がどこから来たのか訝しく思うだろう。妻は彼女自身の呪いにより、世界を経巡りながら産みの苦しみを味わい続ける。名を剥奪され妻とのみ呼ばれて。エノクも成長すれば、アダムと、彼と、おなじ妻を娶る。
息子にはさいわい彼の呪いは受け継がれなかった。やがて生まれ来る女たちには妻の呪いが受け継がれないよう、彼は祈らずにいられなかった。祈る先は、呪いをくだした当の神しかいないとしても。
それぞれの寿命という尺度から言えば彼は老い果てており、世界はまだ若く、人間はもっと幼かった。そして永遠なる神がいつも、もっとも幼い。
その考えを見咎めるように冷たい風が吹き抜け、くしゃみをした途端腰に激痛が走り、彼は立ち上がることができなくなった。カインはじっと蹲っていた。息子と妻の呼ぶ声が近づいてくるまで。



 納得できない6 作者:はやみかつとし

 踏切を越えてみればまた次の踏切である。それを越えるとまた別のが。そんな 調子で踏切を渡っては踏切を渡り、踏切を渡っては踏切を渡る。振り返れば所々 で上下している遮断機の列が果てまで続き、前を見れば所々で上下している遮断 機の列が果てまで続く。下りた遮断機のところを列車が通るので、踏切だけがや たら無意味に設置されているのでないことは明らかだが、かといってこれだけ線 路が並行して走っているというのは、仮にここがどんな大都市であったとしても いささか過剰なインフラと言うほかない。どころか、この道を歩いているのは私 ひとりである。前にも後ろにも人の姿はない。にもかかわらず無数の線路に分断 された一本道をひとり歩き続けるという、このひどくアンバランスな状況は、暗 にこれら無数の線路だけが存在であり、道は単にそれに作用する認識であり、踏 切はその痕跡なのだと告げているようでもある。そんなことを告げられても困る のだが、苦情や相談を受け付ける窓口なり機関なりがあるわけでもなく、そもそ も列車の運行も踏切の動作も本来求められている役割機能を全うしていて文句の つけようがない。つまり万事快調なのである。誰にとって、と言われても困る。



 納得できない7 作者:松浦上総

 真夜中の交差点で抱き合う僕たち。
 このまま朝が来るまで、こうしていよう。朝が来るまで、僕たちは安全だ。
 この暗闇の中でだけ、僕は君のぬくもりを感じることができる。

 本当は、僕たちの幸せをこわすのが、朝の光なんかじゃないことを僕は知っていた。
 あと、すこし、ほんのすこしの勇気があれば、僕は君を失わずにすむ。

 納得できない。君がもういないなんて。



 納得できない8 作者:侘助

 「が」? ……ん「が」ぁあ? 「が」だとぉ?
 「が」って何だよ、「が」って。
 お店でメロンパン「が」売っているって、売ってんのは店員さんでメロンパンじゃねぇだろが!
 それとも何か? メロンパンが三角巾被ってチョココルネとかクリームパン売ってんのか?
 アキバで限定版ゲーム「が」売ってたって、お前正気で言ってんのか?
 限定版ゲームが名札の代わりにシリアルナンバー胸に付けて、いらっしゃいませー、残り十セットでーす、って客引きするのか?
 だ・か・らぁ!
 「が」って何だよ「が」って!
 「売られている」ならまだいいんだよ。勘弁してやるよ。
 でも、○○「が」売っているっていうのが、どうにもこうにも納得いかねぇんだよ、俺は!
 お前らいい加減にしないと、ホントに訴えてやるぞ!
 覚悟してやがれ。畜生。



 納得できない9 作者:ハカウチマリ

(消えた30人)⊂豸
∵log(世界)×(感覚器)/(理解)≦ 1.80×10^10 
(∀x)(x∈豸 ⇒ x∈己) ⇔ 考/自=φ
己∩(消えた30人)=φ
∴汝⊃(消えた30人)



 納得できない10 作者:日棹打蔵

 三角公園に紙芝居がやってきた。おじさんが「お菓子を買わない子は後ろだよ」というので水飴せんべいを買って一番前にしゃがみ込み、紙芝居を見上げた。
「透かし透かし猿ほころび、お辞儀さんとお馬鹿さんが折れました」
 ぼくには意味がさっぱり分からない。なのにお菓子を買わない後ろの子たちは、けらけらと大笑い。絵も色を叩きつけたようなむちゃくちゃなもので、なんだか見ていて気持ち悪い。やがてお話は紙芝居でひとりお菓子を買った馬鹿な子が人さらいに連れて行かれてしまうという展開になり、後ろの子たちはやんややんやの大騒ぎ。ぼくは悲しくなって、紙芝居を見ずに地面ばかりを見ていた。
 紙芝居が終わって誰もいなくなった三角公園で、ぼくはブランコに座っていた。水飴せんべいを食べ忘れていたことに気づき、一口かじった。それは、いままで食べたどんなお菓子より、甘く、甘く、甘かった。



 納得できない11 作者:脳内亭

 風穴ですか、それはいい。結構なことでございます。きっとお気に召すでしょう、何しろ、観音にも似たその造形だけでも、一つや二つと言わず欲しくなる代物です。
 扱い方はご存知で。そう、そこの「9」の型と「6」の型とを8の字でむすぶんです。そしたらまあ、よくよく回る。ええそう、9・6・8の要領。準備整ったなら、では早速いきますか。唄いますよ。

 くろっくろっくろくろが回る黒目がくらむ転げて皿割る
 黒雲来ようと黒焦げだろうと廓に狂うは黒子の玄人
 空路の苦労は黒ぱん食ろうてきゅーろっぱ旅行いっといで
 (くらっぱやはーんず! くらっぱやはーんず!)

 そら御覧、そら開いてきた、開いてきた。胸の辺り。綺麗なもんです。おや、ほらほらカラスがやってきました。さあじっとしてて、まもなくあのカラスが、そこを突き抜けていきます。ちょっとだけチクッとしますよ。
 どうです、跡形もないでしょう。これで一丁上がり。ご気分は如何です。お気に召したでしょう、何しろ……何です?
 萌え? いえいえ崩れです。



 納得できない12 作者:若端丈

 納得できない

 確かに 彼に尽くしてきた

 イケメンの彼

 アタシは 彼にぞっこんだった

 いっぱい デートもした

 いっぱい エッチなこともした

 ベッドの中で 彼はこう言った

「もう 離さない」 と


 それなのに

 それなのに


 なんで 彼はアタシを捨てたの?


 いくらブームだからと言って

 なんで 美男子と付き合うの?


 アタシ 腐じゃないし BLなんて読まないょ


 納得できない




「……だから、納得がいかねぇんだよ」
「おいおい、お前は一体、何に対して怒ってるんだ!?」
「だから、こんな作品でも賞を取れるのに、何で俺の超大作が見向きもされねぇんだよ!」
「仕方ないだろ。文章が高度になればなるほど、ケータイ小説の読者層は読まなくなるんだから」



 納得できない13 作者:六肢猫

アンパンかジャムパンか、それが問題だ。
『目を閉じて 掴んでみれば メロンパン』
噛み締めれば、ジャリッと甘い敗北の味がした。
こういうことが積み重なってくうちに、あたしはあっという間に死んじゃうんだと思う。

(ああ、お金払ってでも決断力が欲しい!!)

そんなある日の昼休み、雑誌の裏に怪しい広告を見つけた。

『優柔不断解消グッズ☆ミラクルG これであなたも決断王!』

4190円で生まれつきの悩みが片付けば安いもの。
早速注文すると、届いたのは一匹の桃色の熊だった。

「お前を決断王にしてやるぐま、俺を大事にしろぐまよ」

その日からあたしの生活は変わった。
お昼のパンでも今日の予定でも、何でもGが決めてくれる。
悩みは確かになくなった。
でも、喜べたのは最初だけだった。
「俺はいつだって正しいぐま」
自分の決断力を鼻にかけ、何にでも口出しするGの態度が我慢できなくなったのだ。

数日後、返品用の箱に押し込められたGは捨て台詞を吐いた。
「お前は俺を返すという決断ができたぐま。それだけでもよかったぐまな。ぐまははは!!!」
あんまりムカついたから、ガムテは三重巻きにした。


その日の夕方、『宛先不明』と書かれた箱が速攻で戻ってきた(涙)



 納得できない14 作者:モカ

「これぞまさに神の配合!」と
コーヒーと牛乳が大嫌いという君が
お風呂上りのコーヒー牛乳を美味しそうに飲んでいる。



 納得できない15 作者:瀬川潮♭

「ちょいと、お客さん」
 会計を済ませ店を出ようとしたところで、仲居に止められた。
「当店では持ち帰り運動を推進してまして」
 そう、包みを持たされた。開けてみると、青い梅がごろりと入っていた。見覚えがあるような気がする。
「お客さんがご注文された梅酒ロックに入っていた梅です。毎回、残されてたでしょう?」
 そりゃあ、残してたよ。しかし、こんなに飲んでいたのか。酒量を抑えろと言われていたことを思い出すにつけ、忌々しい。こいつらがうまかったからこうなったのだ。こいつらが悪い。
 すると、梅の方も一斉に渋面を作る。私への恨みか、それともまた顔を合わせたからか。顔合わせに関しちゃあ、お互い様だ。
 しかし、そんな顔をされてもなァ。
 こいつらがなぜこんなに渋い顔をするのか不明だが、ばつが悪い。そろいもそろって、なぜにそんな顔!
 とにかく、極力この青梅たちと目を合わさないようにして帰宅した。
 結局、それらは焼酎漬けにしておいた。何が不満で渋面を浮かべているか分からないような奴らだ。とにかく酒を飲ましておくに限る。
 後日。
「私が言ったこと、守ってないでしょう?」
 医者に注意された。
 みんなあいつらが悪いのだ。



 納得できない16 作者:三里アキラ

 わたし達は一緒にいる。同じものを食べ、同じ部屋で眠りにつく。
 あなたはいつも笑顔です。少なくとも、わたしといる時はずっと。どんな時も揺らぐことのないあなたの大きな笑みを、わたしは訝しんでいます。だからわたしはあなたを試します。あなたが長い髪の子を好むと聞いて、10年伸ばし続けた黒髪をばっさりショートカットにしました。笑顔でした。白が好きだというから、真っ黒なコートを着ます。「似合うね」って。ショパンが好きだと知ったから、レッドツェッペリンばかり聴いています。アールグレイティーが好きだと言っていたから、わざわざエスプレッソマシンを購入しました。アニメ好きだから、チャンネルはケーブルテレビの日テレニュース24に合わせます。いつもお酒を呷っています。隠れてタバコを吸います。月に2度は知らない男と寝ます。でも、あなたがいやな顔をしたのは一度だけ。あなたには好きなレタスチャーハンを作って、けれどわたしが素うどんを食べた時。
 わたし達は一緒にいる。同じものを食べ、同じ部屋で眠りにつく。
「どれだけ……!」
 どんなにどんなにあがいても、あなたには勝てやしない。あなたの掌で転がされているだけなの。



 納得できない17 作者:楠沢朱泉

「理解は出来るんだけどね」
 それが彼の口癖だった。
「何事も対等な話し合いで解決したい」
 彼はそう言うけれど、少しでも意見がすれ違うと、二言目にはお決まりの台詞。それが一度吐き出されると、こっちが何を言っても覆されることはない。人の話を受け入れるように見せかけて、美しく正面から拒絶。
 別れ話を切り出すまでに、そう時間はかからなかった。
 彼は珍しく不満そうな顔を表に出した。なぜ、私がそんなことを言い出すのかわからない、と。
 腑に落ちないことが多すぎる、それは考え方の違いなのかもしれない、でも自分にはそれを受け入れることが出来ない、譲歩してばかりもいられない、例えそれが私の寛容さが足りないだけだとしても。
 話をじっと聞いていた彼は、私が一通り言い終えると一つ深呼吸をして口を開いた。
「理解は……」
「理解してくれれば充分よ」
 それ以上話し合うのは時間の無駄。
「バイバイ」
 私は足早に歩き出す。
 ごめんね、私は理解すら出来なかったよ。
 背後から私の名前を呼ぶ声がいつまでも聞こえる気がした。



 納得できない18 作者:JUNC

母親のお腹の中で誰もが
その手にギュッと握りしめていたこのボール。
ボーンボールBornBall、略してBB。
ちょうど10円玉くらいの大きさがある。
20歳になった日、親父から手渡された僕のBBは赤色だった。
「どうしようもなく困った時にこれを使え」と親父は言った。
「俺はまだ使ってないけどな」とも親父は言った。
結局、死ぬまで使わない人の方が多いらしい。
ホラって言って見せてくれた親父のBBは白色でお袋は黒色だった。
今でもはっきりと覚えてる。
それにしても。
今が使い時だろ?っていうくらい、僕は今、困ってる。
ビルの屋上で銃を向けられている。
・・・思い出してよかった。これで助かる。
ズボンのポケットの赤色のBBを取り出して僕はニヤリと笑った。
・・・あれっ!?どうやって使うんだ?
使い方がわからないっ!チクショーッッ!!
BBを手にギュッと握りしめながら、僕の人生は終わった。
うすれゆく記憶の中で僕は思った。
なんだったんだ、これは。どうやって使うんだ。
ううっ・・ダメだ・・・納得できない。



 納得できない19 作者:koro

「女性はお父はんに似とる人と結婚すると幸せになるって言うやない」
 って、たしか君は僕のプロポーズを受けた後、はにかんで笑っていたよな。
 じゃあ、目の前の俺よりも十倍以上も大きな体と金棒を持った、赤鬼は誰だって言うのだ。
「やから、お父はんだってば」
 冗談だろ。
 俺は確かに赤ら顔だよ。けどな、それくらいしか似てねぇよ。
 そういえば、ちょっと柄が悪いけど世界でいちばん強くて大きな男だとも言っていたっけ。そりゃぁ、そうだろうよ。
「娘がほしかったら、俺を倒してみろ」
 赤鬼は、胡座をかきながら余裕をかましていた。
 俺は「そうおっしゃると思って用意してきましたよ。お父さま!」とビビっている気持ちを悟られぬよう平静を装い、ご都合主義な異次元バッグから柊の葉や鰯の頭を出して、それを赤鬼にかざした。
 が、赤鬼は「ふん」と鼻を鳴らしながら尻を掻いて笑っただけ。
「じゃぁ、次はこれだ!」
 バッグから、熱々に炒った豆を投げつけるも、赤鬼は大きな口を開けてそれらを上手くキャッチしジャリジャリと食べてしまった。
 こうなったら、ダメもとであの手だ。
「来年、出直してきます」
「おぉ、そうしてくれ」
 笑わねぇじゃんかよぉ!



 納得できない20 作者:マンジュ

「あなたの舌のざらざらしたのが具合がいいの」と小さな彼女が言うので、僕は彼女を自分の口のなかに住まわせることにした。彼女の冷たい裸足や柔らかな手が粘膜のあちこちに触れるのは気持ちがよかったし、何より彼女が僕の舌を使う様子を直截感じ取れるのがよかった。「あ、あ、あ、」と彼女は息を荒くする。
 僕は食事のとき彼女を噛み砕いたり呑み込んだりしてしまわないよう細心の注意を払っていたし、彼女も僕の口のなかを動き廻るのはお手のものだった。僕たちはうまくやっていたと思う。
 痛みは突然やってきた。朝起きると左の奥歯に激痛が走り、頬に触れてみると腫れて熱を帯びていた。どうにも堪えきれずに、彼女には舌の下に隠れていてもらって歯医者へ行くと、「虫歯ですね」との返事。
「甘いものばかり食べているからよ」と彼女も言うが、口のなかに住む彼女のために僕は毎日入念な歯磨きを欠かさなかった。何より夜中、夢うつつの意識の端で耳にする、歯ぎしりとは異なるしょりしょりという音の説明がどうしてもつかない。



 納得できない21 作者:三浦

 勝田さんが手を差し出してくる。それに気がつかないふりで辞去する。
「ねえ、勝田さん手だしてたよ」
「知ってる」
「うわ、ひどい」
「恵は嫌じゃないの」
「握手?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって」
 いったん握って、ぎゅっ、とやるのだ。
「潔癖?」
「ちがうけど、ほら、ぐっ、てやってくるじゃない」
「え?」
「……いや、うん、潔癖症だ」
 ああいやだいやだいやだいやだ。
 ジムにいって直帰。
 緊急措置的断酒禁煙。ストイックな気分。
 その翌週のこと。
 深夜0時に電話をもらい、病院へ赴く。
 着飾った恵の目元がぬれていた。デザイナー勝田緊急入院。
 まあ、すぐに笑い話になった。事務所はもちろんやめなかった。
 ぽっかり空いたので帰省。見目麗しい青年と鉢合わせる。結婚の挨拶だって。
 断酒解禁につき飲み明かし、翌朝、真っ赤に目を腫らした妹に悪鬼羅刹の形相で睨まれるも頭痛が痛いだけの姉に覚えなし。暮れ方、鈍器での嬲り合い然とした語彙の足らない姉妹喧嘩をし、仕舞いには孤軍奮闘のかたちとなったためほうほうの体で自宅へと引き返す破目になった。
 勝田が恵にふられた。
 というわけで私と勝田は交際をはじめる。
 まあ、納得はしていない。



 納得できない22 作者:葉原あきよ

 メモ用紙に「納得できない」と書き、パソコンのディスプレイに貼った。
 翌朝見ると「結婚できない」に変わっていた。



 納得できない23 作者:空虹桜

 だってもうズルいじゃない。わたしはあの子に2回、決定的な勝ち方をしたのよ? 最初と最後の2回。たしかにトータルではわたしの負け越しかもしれないけど、実力も実績も、あの子よりわたしのが上。だいたい、あの子ったら、イザって時に限って怪我とかばっかしてる。わたしは真っ先に男社会飛び込んで、海外にだって何度も遠征して、何度も醜態晒して、経歴もプライドもボロボロになって、その上でやっと頂点を掴んだってのに、なのにあの子ったら、なにもかもキレイなまま嫁入りとか! 結婚すれば人生上がり? ふざけないでよ。「ドバイ、一緒にガンバろうね」って、2回言って、結局2回とも来なかったじゃない!
 幸せな家庭だなんて、勝手に逃げ切ったと思ってなさいよ。最後は必ずわたしが2cm前にいるんだから。世界一にだってなってやるんだから!



 不意に、彼は神妙な面持ちで、西から昇る陽を一瞥した。けれど他の誰もがそうしたように、彼もまた、数秒と経たずバス停へ向かって歩みを速めるのであった。



 納得できない25 作者:ぶた仙

 生物学や地質学の多くの証拠が、世界がかつて一体だった事を示唆している。だが、マントル対流すら知られていなかった当時、大陸を具体的に動かすメカニズムをウェーゲナーは完璧には説明できなかった。理論と証拠の両方が揃ってこその学説である。学会の重鎮たちは彼の説を馬鹿にし、不自然な辻褄合わせで説明した。納得できない彼は自説を本として出版し、新しい証拠を集めては改訂を重ねた。その執念が実り、彼の死の数十年後に大陸移動説は甦った。
 量子力学は逆のケースだ。ボーアやハイゼンベルクといった学会の巨星たちがアインシュタインを何度論破しても、「神がサイコロを振るとは信じられない」と言い切ったこの大科学者を納得させるのは不可能だった。ボーアはそれでも良しとした。というのも、碩学が最後まで立ちはだかったからこそ量子力学は堅固な学問となったのだから。
 第三のパターンもある。バイオ先端企業に勤めるA子は、もう何年も進化論に関する実験を重ねている。
 自分に相応しい最高のパートナーを求めているのに、選んでしまうのはハズレばかりだそうだ。
「種に保存本能があるなんて絶対信じないワ」
 彼女を納得させる男は現われるだろうか。



 納得できない26 作者:加楽幽明

「神様はいらっしゃいます」
円らな瞳をした少女のまなざしは、忙しそうに行き交う群衆の下へと降り注ぐ。しかし、誰もが気に留めることなく、銘々目的の場所へと足を速める。
「神様は皆さんの行いを常に見ておられます」
彼女の言葉が熱を帯びるほど、僕のところへ空しく響く。彼女に時折中てられるのは怪訝な視線、好奇な視線、侮蔑の視線ばかりだ。それらが彼女の心を割るかのように深々と突き刺さる。
それでも彼女は小さな勇気を振り絞って、耳を貸さぬ人々へ必死に訴え続ける。彼女だって本当はうっすら感じている。神様なんていないかもしれない。家に帰れば、酒に溺れた暴君がいるだけだ。自分の行き場なんてどこにもない。ただ縋り付く場所だけが欲しい。
僕は彼女の心を読むほどにいたたまれない気持ちになる。神様は残酷だ。こういう日は早く仕事を終わらせるに限る。彼女ならきっと天に昇れるだろう。僕は仕事道具の鎌を強く握り締めると、黒衣を翻しゆっくりと彼女の元へと向かって行った。



 納得できない27 作者:まつじ

 まだたくさん話したいことがあったのに、彼の首から上が見つからない。
 猟奇的殺人、と世間や警察は簡単に言うけれど、けんかをして、それきりなんて。
 あるとき、こころってどこにあるのか、という話になったとき「頭のなか」と答えた彼に「冷たいなー」と冗談みたいに責めたわたしを見て、
「実はぼくは人造人間なのだからね」
 と、まるで生身の体で彼は笑って、頭をこつこつ叩いた。「ぼくの記憶や気持ちは、頭のここら辺りに残るのです」
 けんかの原因は彼の嘘で、それをあのときの私は許すことができなかったけど、よく考えたら私はまだ何もわかっていない。
 何か伝えたいことがあって彼は私にだけ分かる記号を遺したのだと思うから、その頭のいちばん深いところにあったはずの本当のことを私は見つけなきゃいけない。
 怒るのはそれからでも遅くない。
 泣くにはまだ早い。
 かわらない結末、かなしい恋物語、SF、ホラー、サスペンス、まさかのハッピーエンド、どこにたどり着くかは知らないけれどいまは何も決まっていないのだから、足を踏み出してから考える。考える。思い出す。つなげる。考える。を繰り返しながら、歩き続ける。



 納得できない28 作者:海音寺ジョー

神農が岳山を遊行していた時、碌羊という小さな集落で揉め事が起きていた。神農が人だかりに近づくと、輪の中心に巨大な餅のような肉塊があり、塊の真ん中には目玉が二つあった。集落は断崖に面していて、崖の所々に肉片がこびりついていた。これは、昨夜の大水で山の上から転がり落ちてきたものらしい。人々は不安を募らせ、「凶兆ではないか」「潰せ」「焼け」と方々で罵声が聞こえた。 神農はその中に割って入り、言った。
 「これは視肉と云い、喰ろうても喰ろうても尽きることがなく、喰べるそばからまた別の肉が元どおりに生ずる奇妙な生きものじゃ」
 神農は匕首を懐から取り出し小さく切り分けて埋火で炙り、村民に分け与えた。人々は恐る恐る口にしたが鹿肉より柔らかく、味はたいそう良かった。神農が言ったとおり視肉は切り取られた部分を半刻後には復元していた。
 「なんと不思議なものじゃ」
 「さすがは神農様、知恵がおありじゃ」
 村民はこぞって神農に拝礼し、謝辞を述べた。その半刻後、村民と神農は腹痛でたおれた。



 納得できない29 作者:キミヒラ

あいつが僕の父親だと言うのか。全く似ていないじゃないか。僕は、あんながにまたに開いた不恰好な足は持っていない。泳ぎやすいスマートな尻尾を持っているだけだ。

あいつが僕の父親だなんて信じられない。僕はあんな汚い声でげろげろ鳴いたりしない。だいたい、あんな大きな口もしていない。あいつは、あの口で虫なんか食べるんだぞ。僕は、この上品な小さな口で水の中の小さな生き物や藻を食べている。ハエなんて、気持ち悪くて食べられるものか。

あいつが僕の父親であるはずが無い。色が全然、違うじゃないか。僕は黒いが、あいつはびっくりするような緑色だ。親子でこんなにも色が違うなんて考えられないじゃないか。

あいつが僕の父親のわけが無い。こんなにも違う親子なんているものか。僕は絶対に信じない。