外れた町1 作者:由希
広場にはたくさんの町の長が集まっていた。国中の町の長たち。
何列にも分かれて並んだ先では、番号の書かれた紙が配られていた。その紙を握り締め、列から外れて待つ長たちの姿もあった。
ようやく全ての長に紙がいきわたると、一人の少女が広場の中央へと歩み出る。その少女を遠巻きに囲むように長たちも移動する。
「番号を読み上げます」
少女のよく通る声が、次々に数字を読み上げた。読み上げられた数字の書かれた紙を持つ長は、小さく歓喜の声をあげて広場を出て行く。自分の町へと帰るために。
読み上げられなかった数字の書かれた紙を持つ長たちは、うなだれてその場で祈りをささげ始めた。
国では年に一度、町の大移動が行われる。増えすぎた人口のため、城壁の内か外か、こうして抽選で決めるのだった。
抽選に外れた町は、城壁の外へと移動しなければならない。そこは国の兵士たちの警護も薄く、山賊に襲われることも多い。
それと同時に、長は町民の信頼をなくし長の座から引きずりおろされる。時には生贄として真っ先に山賊に差し出される。
抽選に外れた町の多くは、翌年の抽選を待たずに消滅してしまうのだった。
外れた町2 作者:瀬川潮♭
火車が空を駆け巡っていた。私は間もなく森に差し掛かる。
「ヒヒヒヒ、ここから先に行くにゃ? 行くにゃらウチのなぞなぞに……」
「そもさん」
木の枝にしなだれる猫又に「せっぱ」を言わせ、この先がどうなっているか聞き出した。悔しがる猫又を背に先を行くと、がしゃっと目の前に大きな足。
「カカカカ」
見上げると、がしゃ髑髏。通過を待って先を急ぐ。右手にある塗壁よりはまし。新たに一反木綿と出合ったが、きょうびの一反木綿はお洒落らしい。明らかに素材はスパンコールだ。一反という単位も怪しいものに思えてくる。いや、ゆえに妖怪か。塗壁の表面も耐熱加工がしてあるかもしれない。
うひゅひゅひゅ、うひゅひゅひゅ。
突然そんな鳴き声を聞いた。ぷにぷにぷるぷるな何かが盛り上がり、あっという間に港のまちなみを造り上げる。金魚売りの声が遠くで聞こえた。
ふと、路傍にしゃがみ込む童を見つけた。
「あうあう」
顎が外れている。開いたままの口から、餓鬼どもがきききと躍り出ている。
「大丈夫。君は嘘を吐いていない」
声を掛けると童の顎は元通りに。
見上げる空に日は高く、港町は往来する人でにぎやかだった。
金魚売りの声は、聞こえない。
外れた町3 作者:デルタモアイ
A氏の証言 あの「場所」にはそんな町はありませんでした。確言出来ます。 B氏の証言 A氏は嘘をついていると思われます。あの「場所」には確かに町はあったのです。 C氏の証言 あの「場所」はA氏にとっては「村」の規模と認識されB氏にとっては「町」の規模と認識されているという訳ではありません。決して認識の捉え方の違いにおいて意見が食違っている訳ではありません。私はA氏と一緒にあの「場所」に訪れた事もありますしB氏と一緒にあの「場所」に訪れた事も御座います。もちろんA氏とB氏は同一人物で二重人格の持ち主と言う訳では御座いません。A氏もB氏も別々の人物で御座います。では私が二重人格の持ち主でA氏とB氏が同一人物であるにも係わらず別々の人物と看做していると仰られるのですか?その可能性は信じたくはありませんが否定はできません。 A氏とB氏の証言 我々は同一人物ではありません。C氏は二重人格ではありません。しかし我々が同一人物であると証明できるものは何一つ御座いません。町の存在の証明の前に我々が同一であることの存在証明を・・・
外れた町4 作者:オギ
生まれてこのかた宝くじの末等すら当たったことのないA氏は、就職以来一度も天気予報の当たったことのない気象予報士で、幹線道路からも線路からもだいぶ離れた小さな町に住んでいる。
その町に住む人は皆A氏に似たり寄ったりの運勢で、町中には食中毒0、交通事故0の町という幟ばかりが誇らしげにはためいている。
ある時、この星に隕石群が迫ってきて、綿密な計算の結果、その地域一帯に避難勧告が出された。その町の住人も慌てて山の上へと避難したが、いざその日が来てみると、いくつかの小さな欠片が隣町に落ちるも、あとは大気圏で燃えつきるばかり。
被害がないならなによりさと、皆と隕石饅頭の試作品を頬張り、美しく降り注ぐ流星を眺めながら、A氏は、明日も晴れだな、と呟く。
外れた町5 作者:三浦
午前0時。日付が変わった。一〇〇台の列車が一斉にこちらに近づいてくるような音が緞帳のように重々しく我が家を覆うと、少し遅れてやって来た地響きが食器棚の皿やテーブルの上のライターを小刻みに揺さぶり始めた。鋼鉄の壁による町の封鎖が始まったのだ。耳障りな轟音と苛立たしい震動はおよそ五分間続いた。音と揺れが治まってもなお、わたしと妻は呆けたように立ち尽くしていた。耳と身体からまだ振動が抜けなかったのだ。
妻は軽く息を吐くと、黙ってコーヒーを淹れにいった。カップの横に支給品のオートマチックを無造作に置くので、ホルスターに収めるよう注意しようと思ったが、思い直した。彼女のほうが冷静のように見える。私がしっかりしなくては。
「コーヒー飲むときぐらい、それ置きなよ」
「あ、ああ」ショットガンを抱いたままだった。「俺たち、生き残れるよな」
「家は新築だし、食糧は二年分はあるし、大丈夫でしょ」
そうだ。バケモノが何十匹襲って来ようが三年は持ち堪えると業者は請け負ったのだ。しかし……「一年は長いよな」
「でもこれを乗り切れば五年は安心ってことだから」
「そうだな」そうだ。先は長い。
銃を放せるようになろう、まずは。
外れた町6 作者:紫咲
資源/観光/魅力=絶無な町のJASCOがつぶれてから傘のシャフト工場が撤退して町は失業。0社の企業が物資を送る。町人は在庫を食べつくして役場の広場に腹ペコ集合=飢餓。自家用車有/スタンド有/ガソリン無だからみんな徒歩で出発。隣町まで徒歩800分で遠いから国道ファミレスがあると襲撃&調達。目撃者は一生懸命追いかけて!←惨殺/時間稼ぎ。山を越えてトンネルを抜けると「灯りだ」言うのはだいじろう/55/二世町長。新しい町<やさしい家庭の明かり<食料。「呼んでるね」みすず/35/女ニート。「間違いないっす」たかし/19/チンピラ見習い。一晩で一人残らず住民を殺害→崖に塗りこむのが公共事業第一。朝が来るまでに戸籍を入れかえる町長がAEONを誘致して他の人は傘工場を建設=これでしばらくは大丈夫。きっとー。
外れた町7 作者:松浦上総
子供の頃から何度も繰り返し見る夢がある。夢の中で私は辺り一面が田んぼの中の細い農道を歩いている。しばらく歩くと全く人気のない灰色の町に出る。その中央に大きな木があって脇には木造の平屋がある。私は建付けの悪い引き戸を開けて中に入る。土間に靴を脱いで茶の間に上がると卓袱台の上には蝿帳がある。中には皿に載ったふかし芋があり私はそれを食べる。いつもたいてい同じ内容なのだが今回だけはすこし様子がおかしい。一面の田んぼにはヘドロの溜まった汚水が満ち大きな木は無残に立ち枯れている。すんなりと引き戸が開いて中に入ると夥しい蝿の大群が飛び廻っている。私はそれを手で追いながら蝿帳を持ち上げる。中には私の生首が入っている。空ろな目をした私の生首は如何にも残念そうに「ハズレ」と告げる。いつの間にか私も蝿の一匹になって旋回している。外れたのだから仕方ない。
外れた町8 作者:まつじ
贅沢は言わないので町をひとつ下さい。
その体に強大な力をもつ魔王の慎ましやかな望みを、わが国はむしろよろこんで受け入れた。
なにせ滅ぼされてはたまらない、抽選を行いいまの国に居残ることが出来るか否か、当選したのは彼女の住むところ以外すべての町で、もしかしたら二度と会えないのではないかと思い慌てて引っ越そうとしたけれど、そんなことはなかった。
彼はとてもよい町長であった。
魔王って。誰が。
というくらい、よすぎてやがてはほかの町よりいろいろはるかに抜きん出た。
町会費をもとに適度な観光施設をつくり景観はくずさず、けれど利潤を生み出す住みよい町。
これが魔力のなせる業か。
いつか国を乗っ取るのではと外ではもっぱらの噂だったが、彼女もその家族もそれ以外も
「町長さんに限ってそれはないない」
それはいいとして、ぼくと彼女が結婚できない仕組みになっているので参った。
国との面倒な取り決めがあったのらしい。
結婚しなくてもずっと一緒で、ちょくちょく会えばいいじゃない。
と言われて十年近く。
不老不死の町長の影響か、彼女たちがなかなか年をとらないのでぼくのほうが先に死にそうだなと思いつつ今日も彼女に会いにいく。
外れた町9 作者:破天荒
首都東京から南西へ1600km離れたサンゴ礁に囲まれた美しい島には、外来の巨大軍事基地が鎮座する。平地が少ないこの島の一等地とよばれる場所には、柵で囲まれた敷地内に、島の質素な暮らしとはかけ離れた歪な建物や近代兵器がこの島をひいては、この国を守っているのだと言う風説が今もまことしやかに信じられている。
本土から外れた島の外れたこの町には、今も深い怒りと悲しみが藍色の海にしみ込んでいるのだと、タクシーの運転手はそっと教えてくれた。
外れた町10 作者:koro
「お嬢さん、お待ちなさい」
お嬢さん? もう五十に近いオバさんに向かって度胸があるわね、と振り向くと案の定そこには熊がいた。こんな場所に、いや熊がいかにも森だくさんの町なのだけど。
「ちょぉっと、おとしもの」
きたー! やっぱりね。でも、あたしゃ白い貝殻のイヤリングなんてするほどウブではない。
「ほら、腕」
熊が腕を口にくわえている。
ええっ! ってアンタそれは、私の腕じゃない。いや、じゃない。私が殺した男の死体の一部だ。
「あら、熊さん。ありがとう。でも、それは落としたのではなく捨ててきたのですよ」
「燃えないゴミしかここには捨てられませんよ」
「煮ても焼いても食えない男なのだから、きっとそれは燃えないわよ」
「例外は認めません」
ここにも、決まりごとにうるさいものがいる。
私は、胸に隠しておいた小さなピストルをかまえた。
パァンッ、パァンッ。
横たわる熊にそっと近づく。森に落し物をしてはダメよ、とそこにあったであろう鼓動を感じない胸に耳をペタリとくっつける。
「こういう場合でも例外を認めないつもり?」
外れた町11 作者:砂場
昔、分譲地の抽選があって、もちろん外れたのだった。だから町は、こんな辺鄙な所にあるのだ。昔、というのが正しいのかよく分からないほど他の町たちと離れてしまった。この町は──別の宇宙である。別の言い方をすれば、この町だけ宇宙の外にある。
何かの罰なのだろうか、と思い悩むよりも、何だか特別である、という気持ちの方が大きかった。道ではなくてよかった。町である。だから人々がいる。町は特にさびしくはなかった。栄えている、と言った方が正しい。一つ外れているので、比べてもしょうがないのだが、それでも町は桁外れに儲けていた。町民はテンションが違った。これだけ外れた場所にいれば、さもありなんというものだろう。箍が外れたようなお祭り騒ぎが日常だ。それで、観光で私益を上げている。接骨院など特に人気である。宇宙の外までどうやって客が来るのか。ツアーがあるのだ(そのお話はこう始まる。「昔、行き先の抽選があって、もちろん外れたのだった」)。注意書きには洒落か本気か、この旅行に期待をしないでください、とあるらしい。
町は町歌を持っており、夜半、町民観光客こぞって調子っぱずれに歌うのが、妙なハーモニーになって響く。
外れた町12 作者:よもぎ
世界の外れのそのまた外れに、外れた町があった。外れた男が住んでいて、頭のネジが外れていた。タイヤの外れた車に乗って、今日もあのコに会いに行く。素っ頓狂な愛の言葉でハートを狙ってみるが、およびじゃないわと外された。男はヤケのやんぱち、町の外れの居酒屋で栓の外れたビールをしこたま呑んだ。男はすっかりゴキゲン気分。調子っぱずれの歌をうたって、町の通りをそぞろ歩き。待っていたのはマンホール。外れたフタはどこへやら。どってんざぶんと落ち込んで、溺れる男はクジをも掴む。男の掴んだ宝クジは、なんと見事に1等賞。外れた町の大当たり、男はあんぐりアゴが外れた。
外れた町13 作者:加楽幽明
昔、この町は町興しの一環で、ある企画の誘致に立候補したらしいんだ。だけど残念ながらこの町は選ばれなかった。それだけの魅力がこの町にはなかったんだ。現状を鑑みても仕方がないね。まさに無謀だったんだ。それで選ばれたのが、少し離れたT町。ここよりかは、あちらは街だからね。すごい盛り上がりだったらしいよ。何もかもが書き換えられて、面影一つ残らないくらいにね。毎日がお祭り騒ぎで、町の人口より多くの人が集まったらしい。今は見る影もないって?そりゃ、祭りの後だからね。熱もすっかり冷めてしまっているよ。あそこでは奇妙なオブジェや、馬鹿でかい空き地が無造作に転がっている。出会う人は精気がなくて、その癖あの頃の話をすると昨日のことのように嬉々として話すんだよね。まるで抜け殻だよ。それに比べてここは何も変わらないよ。そこの駄菓子屋なんて、僕の父親が子供の頃からあるらしいんだ。まあ何もないけどゆっくりしてきなよ。
私はその日その町を後にした。
外れた町14 作者:溝村狂詩郎
私の住む町を、すっぽりと覆うくらいの影。見上げれば浮遊した大きな岩盤。
地図にさえ載らないけど、確かに営む人々を見た者もいると言う。
外れた町15 作者:はやみかつとし
近隣自治体との連結を解かれた町は自走のために議会を招集する。賛成は多数。よって多次元全方位無軌道走行は成立。
外れた町16 作者:不狼児
関東でいちばん暑いからと言って全国一位ではない。
テレビの画面には熊谷の焼け焦げたビルの壁が映っている。多治見の町並はまだ炎を上げていた。町全体が紅蓮の炎に呑み込まれ、なのに住人はそこにいた。心頭を滅却すれば火もまた涼し。子供達は頭上の炎をなびかせて裸で走り回った。湿気がないので熱中症も起こしにくい。
太陽が沈むと業火も静まる。大人達は燃え残った服を着て地下のビヤホールへ涼みに行く。上昇気流が浄化した夜空に星が瞬き、焼け跡には涼しい風が吹いて過ごしやすい。
熊谷や館林から逃げ出した住人を埼玉難民とか関東流民と言うのに対して、いち早く適応した彼らを岐阜原人と呼んだ。毎日のように全財産が焼失する町では補償の額も半端なく、住人は仕事もせずに遊んで暮らせた。昼間、燃えるほど暑くならない周辺の町では中途半端な被害が暮らし向きを悪くするばかりだ。炎に適応しそこねた関東流民など、貧乏くじを引いたのは俺達だと嘆くことしきり。
いずれは補償も途絶えよう。が、原人になれないと生き残ることさえ難しいのだ。
京都が燃えるのは当たりか外れか。観光都市としては致命的な痛手だろうが、日本中が原始化する魁に、京都原人がどんな生き物になるか見てみたい気もする。
外れた町17 作者:ぱらさき
男はこの地図の先へ行くといって、家を出た。広げた地図は真ん中に大きな国があり、周りがぐるりと水で囲まれ、その水をぐるりと囲うように森があった。その森の周りはもう地図にはない。男は、地図の端っこからちょっと飛び出た何もないところを指差して、ここにある場所へいく、といった。地図に載ってない場所があるものか、と家族や友達は止めたが、男はここには地図から外れた町があるんだ、といって聞かなかった。
それから数年後、国の地図は新しく作り直された。真ん中に大きな国、国を囲む水、水を囲む森。そして、森をぐるりと囲む草原とその中に小さな町が1つ。
女はこの地図の先へ行くといって、家を出た。広げた地図は真ん中に大きな国があり、それを囲む水と、水を囲む森、森を囲む草原と、その中に女の住む町があった。女はその地図の端っこからちょっと飛び出た何もないところを指差して、ここにある場所へ行き地図に載せる、と言った。この町以外に地図から外れていた町があるものか、町中皆が止めたが、女はまだ地図から外れた町はあるんだといって旅立った。
それから、数年置きに国の地図は直されてゆき、最後はぐるりと丸い玉になった。
外れた町18 作者:炬燵蜜柑
昭和七年五月、下関の奥座敷川棚温泉に鉄鉢を手にした乞食坊主が現れた。滞在二日にして湯と景観に惚れ込んだ僧は、此の地を終の住処と決めた。
当時の川棚温泉は、湯治客が宿で自炊、下駄を鳴らして大衆浴場へと通う昔ながらの湯治場であった。しかし大正三年に山陰本線が開通して以来、観光客が湯治客を上回っていく。週末に訪れる観光客は宿泊所に内湯を望んだ。此の為、僧の木下旅館逗留中にも町に響く内湯掘削の騒音に悩まされたそうである。
僧は、妙青禅寺の寺領地を借入れ庵を結びたいと地元に掛合ったが、交渉は遅々として進まない。地元住民は、素性の知れぬ独身男が居つくことを警戒した。乞食行の浄財で酒を買う生臭坊主を拒絶した。百日の交渉の末、身許保証人を得ることならず、同年八月、僧は追放同然、此の地を去った。
乞行放浪の自由律俳人、種田山頭火五十一歳の事である。同年十二月、温泉は住民による管理から資本家の手に移り、湯治場から観光温泉への転換を加速していく。川棚に山頭火の庵が結ばれていたとしたら、彼の終焉の地として、聖地として、この鄙びた温泉町はまた違った姿を見せていたであろう。
外れた町19 作者:もち
1:号外もらったんだけど、今度は町が外れたってさ。
2:町外れか。
1:いや、洒落じゃねぇって。また外れたんだと。
2:どこが外れたのさ。
1:太田町。中田市の外れ。
2:中田市って何県だっけ。
1:こないだ小田県になったね。
2:あれ、こないだまで村田県の外れじゃなかった?ここンとこ合併とか独立とか急がしくて。
1:よく外れるね。最近。
2:次は太田町の外れだろうね。西太田二丁目とか。いや、三丁目かも。
1:どっちでもあんま変わらないけどね。遠いし。
地球が回っているのが隣の太陽だと気づく人はまだいない頃。
外れた町20 作者:三里アキラ
子供の頃から、地図をしょりしょりと鋏で切るのがなんだか楽しいのです。最初のそれは、縁にたくさんの広告が入った住んでいる地域の細密な地図で、何丁目、とかまできちんと表記してあって、眺めているうちにその境界線を鋏でしょりしょりと切りたくなったのです。気の向くままに町を要る/要らないと選別しながらしょりしょりしていると、かいじゅうの形をした紙が出来上がりました。このかいじゅうは私が作り上げたんだぞ、と妙な達成感を感じてから、地図をしょりしょり切るのが楽しみになりました。今はネットで地図なんていくらでも見つかるので、週末は適当な町の地図をプリントアウトしてはしょりしょりと切っています。
ある時、出来上がったかいじゅうの紙を眺めていると、丁度良くかいじゅうの目になりそうな町を見つけました。少し躊躇ったのですが、ちょりちょりと慎重に切り外しました。目を持ったかいじゅうは、今までより立派で、今にも動き出しそうでした。動き出しました。ぺらぺらの体で「がおー」なんて吼え出して、のっしのっしぺらり、と歩いてどこかに消えてしまいました。あとに残されたのはかいじゅうが居なくなった紙くずを持つ私でした。
外れた町21 作者:sleepdog
海風の急ぐ午後、浜辺一面にハマナスの葉が広がっている。もうこの先には線路がない。ひと気のない石積みのホームで流木に座っていると、腰の低い駅鳥がそう説明にきてくれた。
車両が走ってきた太い竜骨の線路はここで空へせりあがり、ねじ切れたようにブツンと終わっていた。あとは見渡すかぎりの海。
「お一人ですか?」
駅鳥は穏やかに尋ねたが、答える気力はなかった。私は生まれ育った町に二度と帰れなくなっていた。町は、海の底でもなく彼方でもない場所へ運ばれてしまったのだ。駅の行き先表示は白く塗りつぶされている。
電車は折り返してしまい、ひと月はこの駅に来ないようだ。話せる生きものは駅鳥しかいない。
「町はどうなりました?」
「……すいません、実は、去年に生まれたばかりでねぇ。五人兄弟なんですが、長男は大工に、次男は配達夫に、で、三男の私は駅員になり、四男、五男はまだ学校に──」
適当なところで話を切る。
「あの、町は?」
「……ですから、すいません、実は、去年に生まれたばかりでねぇ。五人兄弟なんですが、長男は──」
浜辺を見るとテントがあり、初老の女性が手を振っていた。
「あれが長男の嫁です」
外れた町22 作者:根多加良
東京都千代田区永田町1丁目−1は宮内庁である。そこから1を引くと国会議事堂前になる。国会議事堂にたどり着くためにはさらに5を引かなければならない。
そこから1足すと内閣府へ行き、そして2を足すと社会文化会館にたどり着く。つまり永田町1丁目から1から8までの数を引き算することで場所を指し示している。
周りはすべて砂漠である。
外れた町23 作者:JUNC
大きな大きなタライが空から降ってきた。
先週は、白い粉が町中にバラ撒かれた。
町対抗クイズ合戦が始まって以来、
月曜日に問題が出され、木曜日に町ごとに答え提出。
日曜日の12時は、家族揃って結果を待つ。
地方の結束力を高め、家族団欒を目的とした
日本政府の政策のひとつ。
参加しないと、町の来年度の予算を削られるのだ。
正解すると予算上乗せにボーナスもつく。
この政策が始まって2年。
残念ながらこの町は、
まだ一度も正解を出していない。
外れた町24 作者:脳内亭
高台に、円盤が降り立つ。
突如、黒雲が空を覆う。
雷が落ちて、円盤は回りはじめる。
錠が外れて、町は世界から滑り落ちていく、オルガンの調べと共に。
迫りくる向こう側に、浮かび上がる「DOORS」の文字。
誰かが云った。「終末だ……」
そう、これで終わりだ。終わりだ、友よ。
外れた町25 作者:空虹桜
「二十年ぐらい前までかなぁ。商店会に元気があったのは」
そう語るのは駅前商店会の猫川宏さん(人間でいうと百八歳)
「あの頃は、夕食の買い物時なんて、それこそ鼠一匹走る隙間が無いぐらい賑わってたもんですよ」
転機はやはり、十五年前に市東部でオープンした大規模ショッピングセンタだという。この十年で郊外と駅前の地価は逆転し、名実ともにショッピングセンタ周辺が市街地となった。商店会も手をこまねいていたわけではない。独自のポイントカードやイベントの開催など、打てる手は打ってきた。しかし、時代の流れには逆らえないと猫川さんは睨んでいる。
「六十過ぎたら、チマチマ商店まわって買い物するより、ブーンと行って、パパッと買って帰ってくる方が楽だしね」
不景気の波はいち早く地方へやってきたかが、景気回復の波はいつまで待っても打ち寄せない。
「まぁ、ゆっくり朽ちていくのを見守りますよ」
商店会でも数少ない「元気な店」である鮮魚店からくすねた大きな煮干しを舐めながら、猫川さんはそう言う。
長年、商店会の看板として活躍した猫川さんは、アーケードで日向ぼっこしながら、終わりを静かに見届けようとしている。
外れた町26 作者:江木院もめる
誘致運動もむなしく、けっきょく線路はこの町を迂回し、新しい駅は隣町にできた。新駅建設用に準備された、町の中心にぽっかりと空いた広い土地。しかし町長はそこにあえて新駅を建設した。しかもふたつも!
新しい駅はふたつ並んで寄り添うように建っている。十両編成の車両は、ふたつの駅にまたがり、出発する間もなく、もう着いている。時刻表通りにドアを開け閉めするだけの電車の、時刻表はふたつの駅でまったく同じ。乗った瞬間にはもう着いているということで、世界最速の鉄道の名を欲しいままにしている。
そんな世にも珍しい電車に乗りたくて、きょうも鉄道マニアがやってくる。この町は、隣町の新駅からバスに乗らねばたどり着けない、ちょっと不便なところにあるのだが。
外れた町27 作者:つとむュー
水道水がものすごく美味しい町があると聞いて、早速俺は車を飛ばした。
町の境界の峠には、土産物屋があって水汲みに必要な道具が並んでいる。
ポリタンクが千円、柄杓が五百円、そして水道の蛇口の栓が——えっ、一万円!?
「ここで買っておいた方が無難じゃよ」
冗談じゃない。一個一万円もする蛇口の栓なんて聞いたことも無い。
俺は店主の忠告を無視して車を走らせた。
まずは公園。ここで水道水を拝借しよう。
持参したポリタンクを持って水飲み場まで行くと、案の定、蛇口の栓が無い。これは想定内とレンチを取り出してみたが、複雑な形でレンチが使えない。
「お兄ちゃん、蛇口の栓、貸してあげようか?」
いつの間にか子供達が俺を囲んでいる。皆、首からペンダントのように蛇口の栓をぶら下げていた
満面のニヤニヤ顔から判断して、とてもタダとは思えない。
「十秒千円で」
おいおいそれはガキの小遣いにしちゃ高すぎるだろ。
しかし、どこに行っても蛇口の栓は外れていた。
途方に暮れた俺は急な腹痛に襲われ、コンビニのトイレに駆け込む。無事に用を済ませて水を流そうとすると——タンクの上の蛇口の栓が無い。そして横には、一個二万円の蛇口の栓の自販機が鎮座していた。