500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第100回:気がつけば三桁


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 気がつけば三桁1 作者:クリヤマ

 休日。寝転んでTVを見ていたら、突然警備員みたいな奴らに羽交い絞めにされてベランダに放り出された。戸惑ってる間に中から鍵をかけられてしまう。状況についていけずに呆然と六畳一間を眺めていると、程なくしてGパンにTシャツ姿の男女数人が部屋にあがりこんできた。
 それに続くように後から後からいろんな奴らがあがりこんで、あっという間に小さな部屋は人で埋め尽くされていく。叫んでみたり窓を叩いても、誰も俺のことを気にとめる様子はない。
 何だか部屋へあがりこんでくる人数が、時間の経過とともに増えているような気がする。住処を取られるのではないか、という恐怖と同時に、担任が昔言ってた、本を買いすぎて部屋が傾いた話を思い出す。ぎしぎしと畳がきしむ音が頭をよぎる。冗談じゃねえぞ、床が抜けたら責任取ってくれるんだろうな! 
 もはや部屋の中はラッシュ以上の人口密度で、そこかしこで人間が押し込まれ、折り重なっている。四十人前後、だろうか。窓に押し付けられた女性が持ってるチラシをのぞきこみ、ここで外タレのライブをやることを知る。どうやって歌うんだよ、と悪態つく間にも、客は入場しては折り重なっていく。



 気がつけば三桁2 作者:タキガワ

 このところ、わるい夢ばかりみるの。
 友人の前でそう嘆息した日の夜。夢のなかでその彼女が手を振り、私を待っていた。
 ほつれた髪に、うす紅の花片が点々と見え隠れしている。ひらいた花の中心は夢の入口だ。不器用な彼女はそこを分け入る時、さぞ沢山の花びらを散らしてきたことだろう。だが当人はけろりとして、ふたりで獏を数えるのだと張り切っている。
 獏なんているのかしら。私が困惑していると、友人が指笛を吹いた。すると、跳ねるような足どりで、獏の群れが私達をめざしてくる。
 友人はてきぱきと、獏を勘定しはじめた。私も慌てて十匹ごとに指を折るが、すぐに両手はふさがった。
 突然、友人が悲鳴をあげる。
「大変。牛が混じってるわ」
 おおきな声に驚いた動物達は、押しあい圧しあい暴れだす。私はひしめく白黒の毛皮に目を凝らす。確かにホルスタインが紛れこんでいた。
 砂埃と狂乱の波に友人が呑まれてゆく。
 結局、三日にいっぺんは遅刻するはめになる。私は一瞬現実にかえり、そしてモノトーンの海で力尽きた。



 気がつけば三桁3 作者:ぱら

二人の男女が部屋に入ると、そこは真っ白な空間だった。壁も床も天井も。その真っ白な中、壁にポツンと1つ時計がかかっていた。今は3時だ。ただし15時の方だ。これから特殊な密室での実験が始まる。
「あっ」
女が嘆いた。男がどうした?と聞くと女は寂しそうに答えた。
「あっという間だわ」
「いや?時間はまだまださ」
女はため息をついて黙りこんでしまった。コチコチと秒針の音がする。男は28秒まで声を出して数えていたが、飽きてしまう。男が話しかける。
「おいくつで?」
「34歳」
「僕は35歳。昭和50年生まれ」
「そう」
「んー。特技とか何かある?」
「特に何も」
「僕は、水中に長く潜ってられる!最高77秒!」
「はぁ。あと86分」
女はうんざりしたように言った。男が首を傾げる。
「百文字も五百文字もあっという間なのに、100分はこんなに長い」
「文字?まぁ、せっかくの当選したお見合い実験だし、100分間楽しく話そう。何か芽生えたりして!」
男は悲しそうな女をよそに、笑顔でしゃべりだす。そして、ひたすら一人で話し、ついに終了のベルが鳴る。

「あ、もう終わりか」
「あぁ、やっと終わったのね」



 気がつけば三桁4 作者:もち

 私(今日)=私(一昨日)+私(昨日)

 12日目のフィボナッチ数は想像する。
 私たち階段は一日一段増えること。
 私たち階段は下から消えていくこと。
 私は明々後日には消えること。

 感傷には浸らない。
 他の私も気づいているし、気づくだろう。

 144は人知れず気づいた。



 気がつけば三桁5 作者:@ki

 今の彼とは良く続いている方だ。目立ってルックスがいい訳ではないし、飛び抜けて高収入という訳でもない。だけど、一緒にいて飾らずにいられる。そんな相手は彼を置いて他にいなかった。
 少しマメ過ぎるところもまた魅力のうち……なんて言ったらノロケ過ぎかな。
「乾杯」
 気取らない大衆居酒屋で、私たち二人は、グラスを合わせて互いを労い合った。
 三ヶ月記念のデート。記念日にはあまりこだわらない私だけど、こうして会えるのはやっぱり嬉しくて頬が弛む。
「ところで来週の金曜日って、空いてる?」
「あれ? 何かあったっけ?」
「ほらさ、もうすぐ……」
「あは、なるほど。大丈夫空いてる」
 私は、付き合ってから今までの約百日をふと思い起こした。
「……そういえばさ。今までに何人と付き合ってきたの?」
 どうしてそんなこと。私は反射的に身構えた。でも。私は自然と上目遣いになって言う。
「私の瞳に映ってるのは一人だけだよ?」
「俺は、お前の全てを知りたいから。今だけじゃなく、過去も未来も」
「……ありがとう」
 私はそっと目を伏せて応えた。この人ともそろそろ潮時だなと、直感がそう告げた。



 気がつけば三桁6 作者:空虹桜

「そうそう、今の彼氏がさ、小っちゃくて早いんだよね」
「ウチの彼氏も~」
「まだもうちょっとってのに、自分だけイっちゃうからさ」
「やっぱり身体の相性って大事だよねぇ」
「結婚したら10年とかずっとスるわけだしね。あたし1度で3回ぐらいシたいし」
「もしかしたら、性格とかよりも大事かもしんないよねぇ」
「今の彼氏『独立したら、結婚しよう』って言ってくれてて、それは超嬉しいし、あたしも大好きなんだけど、小っちゃくて早いのが」
「悩ましいねぇ」
「今までなんのために男漁りしてたんだろう。って、つい思っちゃう」
「喰い散らかしてたもんねぇ」
「分け隔てなく愛を捧げてきたの!」
「試食してただけじゃなくて?」
「生じゃなかったもん」
「そういう問題じゃなくて。えーっと、次なに呑む?」
「じゃあ・・・キューバ・リブレ! 身体の相性だけなら前の前の彼氏が良かったんだよなぁ——」



 気がつけば三桁7 作者:三里アキラ

土曜の夜は街角でおヒメ様。「……ゴムは着けて」連絡先は教えたことがない。だって誰も王子様じゃなかったから。どれだけページを重ねても絵本の中には帰れない。



 気がつけば三桁8 作者:脳内亭

 のどがゴロゴロするので、医者に診てもらうと「ああ、これは桁ですね」と言われる。桁?
「じゃあ、お薬だしておきますから」
 家に帰り、薬を袋から取りだしてみて、首をかしげる。何だこれは。

   \↑/
   +○+
   (∞)

 処方せんには、

 『これは桁の薬です。
  一口に丸呑みしてください今日中に必ず。
  さもないと桁が増えます。
  味はなるべく気にしないで。
  アレなら粉末にしてのどに塗るもいいだろう。
  ぶっちゃけプラシーボですけど。』

 呑まずに翌日また診てもらうと「あらあ、二桁になってますね」と言われる。
「じゃあ、お薬だしておきますから」
 家に帰り袋を開ける。

   ≦*≧
  <〇◎〇>
   〒…〒
    ?

 処方せんは昨日と同様いやもう一枚ある。

 『桁を増やしてやつが来る
  どこかで桁郎の桁の音
  K・E・T・A ケタデーナイト
  笑うのどには厄ケタる
  桁の脅威に負ケタが最後
  あとは野となれ桁となれ』

 調子は悪くなる一方だ明日もまた診てもらおう何しろゴロゴロのどが鳴るのだゴロゴロゲラゲラゲタゲタってあれ楽しくなってけたケタ桁?



 気がつけば三桁9 作者:無多家反三

 次々と結ばれていくのだ。左の村と右の村。分かたれた二つの村の男女が出会い、次々と結ばれていく。このような奇跡は今までにはなかったし、これからもないだろう。百組の男女は、一夜限りの逢瀬を狂乱の祭りのうちに過ごした。
 三等寝台で棒のようになって眠っていたすね毛男は、ベッドを下りようとして二階から転げ落ちた。左右のすね毛が結ばれていたからである。



 気がつけば三桁10 作者:茶林小一

 気がつけ場の橋桁には、毎日様々な者が流れ着く。
 朝目を覚ましたら毒虫になっていたとかいうよくある者から、気がつけば乳がアザラシになっていたとか、初めて正選王になっていたとか、体重がボクシングでいうところの六階級を制覇していたとか、奇妙な者まで枚挙に暇がない。
 価値観が画一化されたためか。近頃あまりに似たような者が漂着するので、気がつけ場が増設された。あれはダメ、これはダメばかり言って、自分の価値観に合わないものを排除するのをよしとする。そのような風潮がなくなれば、このような設備投資はしなくて済むのだが。だが現状では、仕方がない措置であるように思えた。
 これで、気がついたら魔王になっていた者たちと勇者になっていた者たちが喧嘩を始めることもないだろう。そう思っていた矢先だった。
 同じ顔と衣装を纏った四十八人組アイドルグループが流れ着いた。
「海外進出して、気がついたら、姉妹グループが百になってました! イエーイ!」
 翌日、新しい気がつけ場が増設された。イエーイ。



 気がつけば三桁11 作者:まつじ

 「子供の時分はお前ともよく遊びに来たもんじゃが」
 と、体を屈め
「最近はあんまりじゃのう」
 手に取っては石を川原に戻す。
 幼馴染みのおこうが「そうでございますね」と、二歩ほど下がった場所にいる。
 平吉は、それだけで嬉しい。
 天気が良いので水切りをしようと外へ出たらおこうと鉢合わせ、ふたりでここに来たのはこれで九十と九度目のように思う。
 おこうは、覚えておらんだろうなあ。
 今日のおこうはいつもと調子が違う。しかし平吉は気のまわる方でない。いい石も見つからずどうしたものか、なぜかおこうが平吉の父の健在を喜びなぜかしどろもどろでふたりの不仲を「だって。ほら。ね」と心配し幼少の平吉が家出をしたことに話が及んで、平吉は「あ。」と声を出した。
 いいのがあった。
 いやそれよりもあのとき平吉を迎えに来たのはたしかに俺より幼いおこうであった。
 あやうく約束を破るところだったが、
「おこう、突然じゃが」
 平吉が石をすいっと投げると。水面で八回跳ねた。
「おれと夫婦にならんか」

「子供の時分はお前ともよく遊びに来たもんじゃが」
 玄孫に石を見立ててやりながら平吉が言う。
「今は見ているくらいが丁度いいなあ」
 白寿を越えた妻がとなりで返事をする。



 気がつけば三桁12 作者:トゥーサ・ヴァッキーノ

拝啓お元 ですか?
私は元 です。
でも最近年のせいか、天 が悪いと膝の具合がダメです。
 を張ってやってるうちはいいのですが。
まあ何事も前向きに、勇 を出して!
お互い の合う者同士がんばりましょう!
敬具
(九十九字)



 気がつけば三桁13 作者:瀬川潮♭

 初めて住む大阪の、雨のしとしと降る日だった。
「おやおや〜ん、今日は雨やね。ということは全品1%オフやね」
 そんな看板の立つ居酒屋を見掛けた。大阪の店ってセコいなぁと感じ、故郷の彼女と電話で話して笑った。
 3日後。
「おやおや〜ん、今日も雨やね。ということは全品3%オフやね」
 何とその居酒屋、そんな看板に変わっていた。あの日から3日連続で雨の日だった。大阪の店って細かいなぁと思い故郷の彼女にメールした。

 そして、3カ月と数日後。
「おやおや〜ん、今日も雨やね。ということは全品100%オフやね」
 そんな看板を例の居酒屋の店頭で見掛けた。あの日から100日雨が続いている。
 もちろん、店は1カ月も前に畳んでしまっている。
 以前ならこれが大阪かと驚くが、すでに私もこの街に馴染んでいるので特に何も思わない。
 故郷の彼女とは音信不通である。しとしとと、100日目の雨。
 見上げた空一面にはびこる雨雲の底がいまだ、黒くて重い。



 気がつけば三桁14 作者:紫咲

付き合おうとさりげなく告白した8時間後にメールが来て「いいよ」で100人目の恋人ができたぜ目指せ百人斬の俺は恋と性を一致させすぎる真面目すぎる青年だなあのところに「その前に会ってほしい人がいるの」とは父か大家か元彼かと思ったら100人の元彼でそのうちの87番が俺の14番の元彼女と因縁ありで他の人にもよもやま聞いてみると驚きも怒りもなくて世間も狭いなあからの「みんなで仲良く、ね」でお互いの過去をぶりかえしたりぶっちゃけたりすると愛がどんどん育まれて広く深くなったおかげで世界中がホカホカしてきて未来の産婦人科は大繁盛で迷惑かけそうだけど熱い鼓動は止まらないし迸る情熱が私たちを突き動かすから地球は100兆乗っても大丈夫だよね「うん、いいよ」



 気がつけば三桁15 作者:デルタモアイ

奇妙なアルバイトの広告に誘われて訪ねた瀟洒な洋館で、執事に請じ入れられるまま応接間に通され、執事から詳しくアルバイトの説明を受けた。時給は千五百円。バイトの内容は棺桶に昼食の時間以外は朝の九時から夕方五時まで入っているという物だった。トイレに行ってはならずオムツ着用との事だった。仕事内容に興味は無く、時給に誘われて来たのだから文句は言わない。それともう一つ絶対に守らなくてはならない事があった。雇い主が棺桶をコンコンと叩き、棺桶の小窓を開くと絶対に雇い主と目を合わせてはならず死んだふりをしなければならないとの事だった。もし目を開け雇い主の顔を見るとその時点でクビとの事。さっそく別室に移り棺桶の中に入った。外から雇い主らしき声が聞こえる。これで気がつけば雇った人は三桁だね。この死体役はいつまで続く事やら。そう言うと雇い主は別室に移り二時間程して又この部屋に入って来た。そしてコンコンと棺桶を叩き小窓を開くと雇い主の顔は凍りついた。そこには苦悶の表情に顔を歪ませ死に絶えていた男がいた。持病の心臓発作が原因だった。あまりの衝撃に雇い主も心臓発作になり死んだ。



 気がつけば三桁16 作者:三浦

バレンタインもクリスマスもお互いの誕生日も祝わなくていいから入籍した二七日を毎月必ず祝おうと約束を交わした。それから五年して奥さんが病気で亡くなった。乳癌だった。毎月二七日のお墓参りの行きか帰りに、あなたは必ずビー玉をひとつ買っていく。約束を交わして以来の習慣なのだ。部屋には大きな壜が置いてあって帰宅するとそこに放り込む。随分たまった。休日、ラジオをかけながら、ビー玉をぜんぶ壜から取り出してひとつひとつきれいにしていく。ゆっくりやっても一時間とかからなかった。最後に壜をきれいにして、数をかぞえながらもとにもどす。もうじき一〇〇個だ。いつもそう思った。約束というほどでもないが、一〇〇に届いたら長い休みをとってお互いの故郷を旅してまわろうと話をしていたのだ。二人ともが二〇代のはじめに両親を亡くして相手の両親への挨拶というものを経験できなかった。その挨拶の代わりのようなものとしてこの旅を考えていたのだ。ある二七日、あなたは一〇〇個目のビー玉を購入した。これまで色つきのみだったが、はじめて透明のものを買った。あなたはその足で駅へと向かった。長い休みの始まりだった。



 気がつけば三桁17 作者:松浦上総

 数十年前に恋人と観に行った映画のリバイバル上映があることを知り、私は久しぶりに鏡の前に座り口紅をひいた。
 映画館の前まで行ってみたものの何故かそれだけで満足して、昔、彼と待ち合わせた公園のベンチに腰を下ろした。水銀灯の下で黄色く変色したパンフレットを読んでいると懐かしい視線を感じた気がした。顔をあげると彼がいた。昔とすこしも変わらない姿で微笑んでいた。
「あなたに会いたかったの。私ね、あと三ヶ月の命なんだって。それを伝えたくて」
「そう。うらやましいな」
「あなたならきっと、そう云ってくれると思った」
 笑ったつもりだったのに、頬には大粒の涙が流れる。彼は隣に座ってやさしく髪を撫でてくれた。
「私、今度はうんと意地悪でわがままな女の子に生まれ変わるの。それで、あなたのことうんと困らせてあげるの。だから……、世界中のどこにいてもかならず私を見つけ出してね」
 彼はだまって私の肩を抱いた。
「あんまり強く抱かないで。私、もう六十七歳のおばあちゃんなのよ。ねえ、あなたは本当はいくつなの?」
「さあ。九十九までは数えていたけどあとは忘れた」



 気がつけば三桁18 作者:峯岸

 いつもの通り耳の中に紙切れが涌いて出たので、いつもの通り人目に付かないようそっと取り出す。そして、いつもならそのまま捨ててしまう。でも数年振りになるだろうか、何とはなしに開いてみると——777。さすがにちょっと驚いた。ちょっと良い事があるか、もしくは酷く悪い事が起こりそうな気がする。
 子供の頃から耳の中から紙切れが出てくるようになった。紙を開いてみれば単に数字が書かれているだけで、実害こそ無いけれども気持ちの良いものではない。基本的には一日に何度でも出て来る。たまに三日くらい出て来ないときもあれば、二枚が重なっていることもある。こんな事、恥ずかしくて親にも友達にも話した事がない。
 数字を確かめずに紙を処分する様になって久しい。そういえばこの数字も初めは八桁くらいあったと思い返す。どんだけこの紙が耳に涌いて来てんだか。まったく恥ずかしい。
 でもこの数字が「0」になったら一体どうなるんだろう。ただ単に数字が増え始めるだけだったりして。



 気がつけば三桁19 作者:海音寺ジョー

 象が死期を悟り人の知らぬ深い、深い谷へ向かうという話は有名だが、アマゾンで生きるワタリという種族も自分の天命を知覚していて、心臓の鼓動回数が残り少ない事に気づくと本能の示す共通の墓地へ向かう。日本語に訳すと『残り水の道』という湿地帯の間道を通っていく。ほとんどが老人だが、なかには若いのも混じっている。彼らはこの道を通りながらそれまでの記憶を思い起こす。墓地まで千歩を切ったあたりで、いつもなら気にもとめなかったささやかな出会いや路傍の景色を、とても鮮やかな美しいかけがえのないことだったと驚きの発見をする。なぜその事をその瞬間に気づかなかったのだろう!と感極まりつつ、まどろんでくる意識で濃い深い暗い域へと歩を進めるのだ。



 気がつけば三桁20 作者:東空

 国の借金が九百兆円なんて途方もなさ過ぎて笑う。
だが身の回りを見まわしてみれば、それは冗談どころではなくて、親の失業や給食費の不払いなどのためにクラスでイジメが頻発している。もう、私が育った時代とは違っていることを肌で感じる。地方の企業城下町では、どこにも増して厳しい現実に直面している。親も、そして子どもたちも。
一日の終わり、ピンクの表紙のノートを開く。恩師の言葉が耳によみがえる。耐えきれなくて相談にもならない愚痴をこぼした私に先生は言った。
 「葉山さん、よく見ることです。生徒は昨日とは違います。彼らの成長ほど私たちに勇気をくれるものはありません。そして、彼らの成長を気付いている人の存在ほど、彼らの前進を助けることもまた無いのです」
恩師宅からの帰り道、一番好きな色のノートを買った。ノートを開き、子供たちの顔を思い浮かべる。
<<106 賢治君は一歩を踏み出しかけている。鉄棒の逆上がりができなくて先週は照れ笑いでごまかしていたが、翔君ができたのを見て顔つきが変わった。失敗しても、真剣に悔しそうな顔をしている。>>
ノートを閉じて、ベッドにもぐりこむ。顔に微笑の余韻を感じながら眠りに落ちる。



 気がつけば三桁21 作者:オギ

 助けた子供の視線の先を辿って、その場所を指先でなぞります。震える子供の向こうに、大きな鏡がありました。足元に広がる惨事とはあまりに掛け離れた明るい空、濡れた刀を下げたままの私。その指の下でうごめく紫色の痣。
 神を語る人々は、それを罪人の烙印と呼びます。人の命を奪うたび、その数を数えるように形を変える痣。平和な世界では忌み嫌われるそれが、この国では一種のステイタスになります。
 愚かな価値観は愚かな人間を生みます。クラスメートを毒殺し刻印を得た友人。生き延びてその命を頬に刻んだ私。顔という隠しようのないその位置は、私を普通の人生から遠ざけました。
 一桁。保身と見栄のために数を増やしたがる輩に追われました。
 二桁。襲われることは少し減り、けれど相手は手強くなっていきます。その頃から、鏡を見るのをやめました。
 人を殺してでも生き残ろうとする性根を、人助けという偽善にくるみ生き延びる間に、私は、救いがたい物になったようです。こんな数値を貼りつけたまま、脅える子供に優しく笑い、美しい青空にみとれる。
 刀を振って血を払い、鞘に納めます。それでも私は、明日もきっと同じように生きるのです。



 気がつけば三桁22 作者:つとむュー

「エネルギー充填、六○%」
「小鯛君、よく狙って撃つのじゃ]
「はい、わかりました新艦長。七○%、八○%、九○%」
「小鯛君。今だっ!」
「一○○%、一一○%、一二○%」
「こ、小鯛君?」
「一三○%、一四○%、一五○%」
「…………」



 気がつけば三桁23 作者:根多加良

 片栗粉をまぶした鳥のモモ肉が熱したサラダ油の中でパチパチと音を立てている。
 彼女の誕生日だったので、家でお祝いをしようと言った。バースデーケーキはすでに予約していた。
 でも、彼女は乗り気じゃなかった。理由は知っている。今、俺に隠れて付き合っている男がいるから。
 知ったのは一ヶ月前。コンビニにアイスを買いに行くといって、左手でケータイを引っつかんで出ていった。ストップウォッチで五分ちょうど測ってから家を出ると、百メートルほど離れた公園のベンチでケータイで楽しそうに話をしていた。
 そうか。アキラというのか。
 こんがりキレイなキツネ色に揚がったからあげを、キッチンペーパーを敷いたパッドの上に並べていく。
 彼女はからあげが好きだったので、たくさん作っている。
 予感がしたのでたくさん買い込んでおいた、冷凍の国産もも肉2キロの袋はすでに三つを空けていた。
 今、九十四個揚げている。ねっとりと濁った油の中から黒ずんだからあげを取り出す。
 ご、ろく、なな、はち……
 私はまだ唐揚げが入っているアブラの鍋を引っつかんで、事前に調べておいたアキラの家に向かって走った。
 
 きゅ、じゅ



 気がつけば三桁24 作者:はやみかつとし

1: hope

ぼくは「友だち百人できるかな」です。
今日は、たけちゃんが達成してくれました。三年と三ヶ月遅れ。
たぶん、まだ気がついてないと思うけど。でも大人になるころには気がつくだろうな。

ときどき思うんです。
気がつくまでもなく失われてしまった多くの希望にくらべて、ぼくはなんと幸運なのだろうって。
気がつくまで忘れられていられることの、なんという幸福、なんという贅沢かって。

じゃ、あなたにも幸運を祈ります。でも、とりあえず忘れちゃっていいんじゃないかな。目の前の今に夢中ならね。

2: prayer

お百度踏んだつもりはないのです。
ただ、心配で心配でしょうがないときは、自然に足が向いたから。
でも、いずれにせよよかった。
おかえりなさい。

3: gift

ただもう、授かったのだと。
望んで得られたものではないのだと。
長寿を祝われた老婆は、そう答えた。
何を授かったのかなど既にわからなくなっていた彼女にも、授かったというそのことはわかっていたので。



 気がつけば三桁25 作者:砂場

 どうしたものか。
 うっかりしていた。いや、本当はぽうっとしていたのだけれど。
 正午が僕の仕事の時間だ。明日の日付を記すのだ。それが今日は書き込もうとして三桁目を書く欄がないのでやっと気づいた。8月99日。ちゃんと見れば、すぐ横に掛けてある月めくりのカレンダーが8月だけべろんと長くなっている。まったくもって僕のせいだ。
 人間たちはいつも通りやっているようだった。辻褄は合うようになっている。2月だって、ひと月だけ28日までしかない。それにしたって99日はない。現在それが常識になっているわけだけれど。8月だけ99日まである理由がどうなったかなんて、僕は断じて知りたくない。
 上を見れば、太陽は一応照っている。なんだかそっぽを向いてしまっているので表情は分からない。が、空はもう、自信のなさげな、よく分からない顔だ。去年の今頃はどんなふうだったか思い出せないのだろう。そりゃそうだ。僕のせいだ。夜になったらまた戸惑った星たちがいくつも並ぶのだろうか。
 ああ、やっかいなことだ。恋は盲目。この長い8月、僕はひとつの風鈴の音色だけをぽうっと聞いていたのだ。いくらなんでも明日から9月だ。そして秋がやってくる。どうしたらいいんだろう。



 気がつけば三桁26 作者:不狼児

 死刑になるのが当然の重罪に死刑を適用しても抑止力にはならない。人を殺すにはそれなりの事情か覚悟がいる。軽犯罪に対して重い罰を与えれば効果はてきめんだ。振り込め詐欺の現金を引き出しに来た使い走りはその場で射殺するとか。万引きをしたら指を詰めるようにすればいい。一回捕まると一本。それでもめげずに盗み続ける者はいて、右手に三本、左手には二本しか指がない女子高生とか、足の指が全部ない剛の者も現れる。逃走犯は足の指も落とされるのだ。スクール水着は着れるにしても水泳の授業では溺れそうになる。さんざん罰を受けた人間は前科×犯としてではなく、艱難辛苦をくぐり抜け生き延びた者として尊敬されるようになるだろう。信号無視で目を抉られ、嘘をついて舌を抜かれ、職務質問に答えないか逆らうかして歯を折られ、盗みと詐欺で両手両足を切り落とされた達磨のような受付嬢が大企業の窓口を飾る日も、そう遠くない。



 気がつけば三桁27 作者:破天荒

 東南アジアのとある国境沿いの村から風土病が発生した。最初は単なるインフルエンザと思われていた病気は、やがて人類を思わぬ方向へ向かわせる事になるとはその時は誰も気付かなかった。風土病の調査に向かったWHOの職員はそこで奇妙な光景を目にした。人肉が調理され食された跡が残されていたのだ。この奇妙な風土病にかかると、豚などの食肉は食べなくなり、かわりに人肉を渇望して食するようになるというショッキングな内容の調査報告書が提出された。各国の政府はこの事実を隠蔽しようとしたが、ネットの裏サイトではすでに人肉料理のレシピが人気をよび、一般市民が歯止めなく殺害される事態となっていった。 
 不幸な事に、この病気に対する特効薬の開発は、一向にはかどることなく、やがて、69億いた人類は世界各国で3桁程度まで減少し、絶滅危惧種になっていったのである。



 気がつけば三桁28 作者:koro

 母の遺影は、オッケーサインを作りながらガハハ笑いをしている。生前の母そのものだ。
 母は冗談の好きな人だったけれど、家計簿をつけている時だけは浮かない表情で溜息を吐いた。
 私の頭を撫で「マリは父さん似で器量が良いから石油王と結婚してね。マリ・フセイン! やっぱ第一婦人よ」とか「華僑の大富豪に嫁いでね。商売上手な人がいいわ。ニホンノオトウサンオカアサン、マイツキ、タッタヒャクマンエンノシオクリデイイノデスカ? ってならないかしら」と笑いながら、でもどこか真剣な眼差しで言う。
 母が留守の時に、こっそり家計簿を覗くと残高が八百円や三百円と家族三人が暮らしていくには厳しい金額が記されていた。
 父が事業で失敗した借金の返済があるのを知っていたので、金持ちと結婚して両親に仕送りしようと子供ながらに真剣に考えた。
 けど、結局は同僚と結婚。サラリーマンの妻となった。
 遺影の母に向かって私は呟く。
「お金はあるに越したことなはい。でも、無くても幸せ。母さんと暮らしていてずっとそう思っていたよ」
 母は、そうだねとオッケーサインを出しているのか、やっぱりお金よと言っているのか、どちらなのかわからないけど笑っている。



 気がつけば三桁29 作者:山仙

 朝5時起床。  5時半に散歩に出る。夕方と違って自転車が無いから安心だ。庭がわりの神社で、その折々の花をつぼみの出る前から散るまで楽しみ、勝手に寄付した灌木が今日も無事である事を確認して、7時頃に家に帰り着く。
 朝食の後はラジオでも聞きながら小説に漫画、そして執筆だ。インターネットのお陰で、こんな歳になっても、心だけは70年以上前に戻って、新しい青春を次々に待っている。夢は枯野を駆け巡り共有する。そこにはもしかしたら曾孫達もいるかも知れない。
 昼は昨日の夕食の残りをレンジで温め、そのまま昼寝を楽しむ。昼寝が終わるとスーパーだ。別に買い物をする訳ではないけど、それでも生鮮品を見ると心が和む。それが終わった頃にお手伝いさん・・・もとい介護・・・が来て夕食を準備する。洗濯や掃除をする事もある。一日1時間契約で月8万円。そのくらいのへそくりはあるのだが、孫達が健康チェック代とか称して出してくれる。彼らにしてみれば病院にかからない私は安上がりだそうだ。
 子供6人、孫17人、曾孫37人、曾々孫34人、曾々々孫5人。私が大台に乗るのが先か、子孫の数が大台に乗るのが先か。これほど子孫に恵まれた者は日本ではもはや1000人程しかしないのかも知れない。
 60年後の私は恐らく幸福者だ。



 気がつけば三桁30 作者:よもぎ

夕焼けに誘われて、4歳になる娘のミヤと公園に散歩にでかけた。
一番星みーつけた。二番星みーつけた。
「すごいなぁ、ミヤはもう10まで数えられるんだね」
「もっともっとかぞえれるよ」
娘は歩きながら数をかぞえた。
23、24、25・・・
秋の日暮れは早い。あたりはどんどん薄暗くなってきた。
51、52、53・・・
そういえば百の怖い話をすると幽霊に会えるとか。
そう思ったとたんゾクッと背が震えた。
78、79、80・・・
なにかいる。池の葦の茂みに、木立の暗がりに。
数えるのをやめなさい、そう思ったが声がでない。
98、99、!
なにかが襲いかかってくる。
とっさに娘を抱きかかえると、背にドンと衝撃が走った。
生臭さと悪寒に包まれた。
「パパ!100だよ!」
娘の明るい声に、悪寒がうそのように消えた。