500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第103回:天空サーカス


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 天空サーカス1 作者:原 瑚都奈

 気づいたらボクは、サーカスにいた。
 空中ブランコ、ジャグリング、双子のナイフ投げにおどける赤鼻。
 ボクはパジャマのまま、ぼうっと彼らを眺めていた。
「少年、何してるんだい」
 不意に、声をかけられた。
「なにもしてない」
「それじゃあつまらない、他にすることもないんだし、一緒にやろうよ」
 声の方へ向くと、そこには誰もいなかった。
「あぁ、ごめんね。僕の身体はないんだよ」
「なんでないの」
「さぁ、なんででしょう」

『どうして……どうしてあの子が死ななくちゃいけないの……』
『仕方ないさ、今までがんばって生きてくれたんだ。そのことは、誉めてあげなくちゃ。隣の病室の子は、もう何年も昏睡しているらしいし……。哀しいのは、ボクらだけじゃないんだ』

 遠くから、父さんと母さんの声が聞こえた……ような気がした。でも、振り向いても誰もいない。
 あぁ、もうボクは父さんと母さんには会えないんだ……。
 明るい声だけが辺りに響いてる。
「死ぬことはもうないんだから、どんな怖いことでも思いっきり楽しめるよ。ようこそ、山中病院天空サーカスへ!
 さぁ、君は何をしたい?」
「え……と、じゃあ、綱渡りしてみたい。お医者さんに、ずっと綱渡りだって言われてたんだ。意味があんまりわからなくて」
「へぇ、いいじゃないか。じゃあ、衣装に着替えなくちゃいけないね……」



 天空サーカス2 作者:つとむュー

 また一人、関係者が死んだ。
 巨額発注の闇をマスコミに追及され、耐えきれなくなって自殺したという話だ。これで真相はうやむやになった。
「はい、お仕事、お仕事」
 そんな話をした後でも平然としている上司が地獄のピエロに見える。いずれ私もコイツから任務を渡されるだろう。ヤバくなった時は秘密を抱えて死ねという暗黙のルールと供に。同僚だってみんな同じ気持ちのはずだ。辺りを見回すとみんな必死に平静を装っている。私達は巨大組織に踊らされているサーカス一座に過ぎない。

 マンションに帰ってヒールを脱いだ私は、ふかふかのベッドに体を投げ出した。悪魔に魂を売った見返りに生活は十分潤ったが、心は冷たく乾ききった。
 私は一人天井を眺めながら、子供だった頃を想い出す。
 あの頃は、天国にはまだ沢山の人がいた。おばあちゃん、おじいちゃん、そして優しかった人々。その人達が一人、また一人と姿を消していく。
「ごめんね、おばあちゃん……」
 すっかり空っぽになった天国に、一人残るおばあちゃんの輪郭もかなり薄くなってしまった。その最後の姿を目蓋に焼き付けようと、目を閉じた私は暗く長い眠りに落ちていく。



   天空サーカス3 作者:ぺる沢

オーロラの幕を開け円形の巨大ステージが降りてくる。
西の空から”ラプター”と呼ばれる演者たちが現れる。
東の空から新進気鋭のパフォーマー集団”パクファ”たちもやってくる。
見物はコブラ、フック、クルビット、900°フラットスピンと呼ばれるアクロバット。

緩やかに地表に近づくステージは青いレーザーを放ち演者たちを薙払う。
未熟な演者たちは破裂し舞台を彩る花火に変わる。
らせん状に交錯する機体はレーザーを掻い潜り、更に白煙を吐き出す。
空中ブランコから全弾吐きつくした演者は機関砲からオレンジの軌跡を描きだす。
ステージ表面に爆発。パフォーマーも爆発。光線。白煙。爆発。
七色の背景にオレンジ、白。青、オレンジまた白の色を塗りつける

この惑星の存亡を架けるにふさわしい、素晴らしくて浅ましい、統制のとれた無秩序な最高のショー。



 天空サーカス4 作者:ぱらさき

ぐるぐる、すぽん。
ぶらーりぶわーり、がしっ。
人間の能力が、時代と共に進化していく。最初は剣山を歩いていたが、いつのまにか寝転んでいた。しかし、今やその剣を飲み込んでいる。エンターテイメントとして、綱を歩くだけでは古いが、自転車や一輪車は既存品。空中ブランコで飛びかう人数を競うのも、定番化。
ゆらきし、ゆらきし。
ひゅんひゅう、ぱしっ。
誰も出来ない技、誰もやったことのない表現を求めた結果、ある一団が舞台を空へ空へと押し上げた。風の抵抗を無視したバランス技と、空中妙技は確かに凄い。客も連日、大入り満員。空に張られた綱の彼方から、人が現れる。髪や服は風に引っ張られる中、平然たる足どり。客からは驚嘆の声が上がる。空から吊された複数のブランコでは、人が飛びかう。風に負けずブランコへ移りゆく。客は喉が痛くなるほど見上げる。この雲の高さに浮かぶ野外スタジアムで、客席にいる人々は、皆真剣だ。双眼鏡で隅々までみて、席をあちこちまさぐる。
綱やブランコはどこに繋いでいるの?
柱もエンジンもないのに、スタジアムはなぜ浮かんでいるの?
この技術が知りたい!
企業秘密と隠された知識を探るため、今日も研究者達で公演は満席だ。



 天空サーカス5 作者:ぶた仙

 落ちるかと思えば落ちず、ぶつかるかと思えばすれすれでかわし、要所要所で噴煙をたなびかせ、極め付きは分身の術、あっという間に数万、数億の光を作り出して夜空にちりばめる。お立合いの方々、とくとご照覧あれ!

「彗星ブランコの次は、オーロラによる演舞です」



 天空サーカス6 作者:もち

 ぶらんこが大きな弧を描き、干からびた地にそよ風が吹く。一瞬の風にあなたはふと立ち止まる。遠い歓声になつかしい声を聞き、あなたは思わず空を仰ぐ。

 空は遠く、雲ひとつ見えない。



 天空サーカス7 作者:脳内亭

 赤白黄いろの彩りで、ぶうらんころんと宙返り、青いテントを昇ってく、神さま退治ご一行さま。



 天空サーカス8 作者:不狼児

 上空一万メートル。飛行中の旅客機の中で四千年前のミイラが発見された。
 トイレに立った乗客の一人が寝ぼけ眼で戻った席に、突如鎮座ましましていたのである。
 高貴な身の上らしく波乱赤に染められた布に幾重にもくるまれ、空調を通して美人脳髄の汗腺香が馥郁と薫るのが、はっきりわかる。
 布の隙間から覗く肌は年を経て、完璧に干からびていた。装飾品の類はいっさいない。
 遡ること紀元前、天変地異により副葬品も、殉葬者も、棺すら用意できなかった家臣と神官はいにしえの呪術を使って死者を未来へ送り届けたのである。
 機長は神官の霊に憑かれ、機内アナウンスする。
「本機にご搭乗のお客さまは時を越えて、死せる王のため、殉葬されることと相成りました。何卒残り少ない寿命をお楽しみ下さい」
 乗客が騒ぎだし、正気に戻った副操縦士が緊急連絡。
 どうやら美術館を副葬品に、住民をさらなる殉葬者に加えようと、大都市を狙って突っ込む気らしい。
 撃墜命令。乗客の英雄的行為なんかに期待しない。
 撃墜失敗。パイロットの脱出。
 群青に一点の白い染み。見るまに大きくなって落下傘が花開くと、下界では見世物の始まりだ。
 雲雀の囀りのはるか上、高射砲の弾幕が炸裂した。
「高射砲って、第二次大戦か!」
「タイムスリップ?」
「朝鮮戦争だ。中共軍がいる」
 迎撃ミサイルを避けるため旅客機は時間のはざまをくぐり抜ける。
 猿の手が命綱を引く。
 飛行機は墜落する。
「本日はお日柄もよく」結婚式の会場あたり。



 天空サーカス9 作者:砂場

 寝るときには、電気を全部消す。カーテンが少し開いたままなのを思い出したが、布団に入ってしまった後だった。眠れないまましばらく、目が慣れてくると、見えるようになった。天井の辺りを、逆さに、うろうろと歩く小さな小さな人たち。彼らが、見上げていた。私も仰向けで、見上げている。天井から30センチほど手前に渡された綱をゆっくりと歩く、小さな小さな人を。ためらいなく梯子を登って行き、空中ブランコが始まる。トランポリンは逆さの上に私の顔の真上でやっていて、とても見難い。玉乗りしている動物は、犬なのか、熊なのか、なんなのか、分からない。観客たちは、少なくもないが、うろうろとしている。本番ではなく、練習しているようだった。隅っこで、ピエロがお手玉を失敗する練習をしている。火の輪があったら明るいだろうなと思ったが、見当たらない。今夜は新月で、掛け布団の上にも、絨毯の上にも、きっと私の顔の上にも、砂粒ほどの星々が散らばっている。空中ブランコをする小さな小さな人の腰から伸びるワイヤーは、おそらく砂粒ほどの星の一つと結ばれていて、ぶらんと揺れる拍子、仄かに砂粒たちの光を反射して、流れ星のようにきらめいた。



 天空サーカス10 作者:たなかなつみ

 サーカスが来るのだという。少年たちは村の端にある広大な空き地まで走っていく。祭りはすべてあの空き地で催されることを、少年たちは知っている。
 けれども、準備にかかっているはずのサーカス団はいない。テントの影すらない。殺風景な空き地の上には、季節はずれの雪が降り始めている。口伝えの報せでは、明日からサーカスは開幕するはずなのに。
 翌朝、ひと晩のうちに積もった大雪のなかを、少年たちは空き地まで駆けていく。地面はすっぽりと雪で覆われ、サーカス団の姿は見えない。悪天で中止になったのだろうか。
 そのとき、空から大音声が降ってくる。「ようこそ、賢い子どもたち。今日きみたちが目撃するのは、他に類するもののない素晴らしいパフォーマンスばかり」。雪雲の向こうから大歓声が聞こえる。動物たちのうなり声。雲を突き抜けて降ってくる七色の光線。
 少年たちは雪に足を埋めたまま、見えるはずのない雲の上の饗宴を見守る。かれらの意識が空にある限り、天空サーカスは続く。幕を引くのは少年たち自身。最後のひとりが目を伏せたとき、天上サーカスは閉園する。



 天空サーカス11 作者:sleepdog

弟の車椅子を押しながら、ヒコーキ雲をゆっくり歩く。

どんどん音が近くなる。

どんどん音が近くなる。



 天空サーカス12 作者:きき

いつの頃からか空ばかり見ている。目の前の眺めには、何の魅力も感じなくなっった。電車が空いてても混んでても、女の子のスカートが長くても短くても、どうでもいい。うれしいとかがっかりとか、気持ちがぜんぜん動かない。そのかわり、高い所の様子が面白く思えるようになった。ビルのてっぺんが区切る空の形、雲の移り変わり、木の枝とその向こうの色の対比。そんなものを眺めるのが好きだ。だから昼間でもよくそこらへんのベンチにひっくりかえっている。いまに誰からも相手にされなくなりそうだが、べつにかまわない。そのうち空からすーっと紐でもたれてきて、そっちの世界にひっぱり上げてくれないだろうか。上がりながら、体が振り子みたいに大きく揺れる。動き出したら止まらない。僕
は調子に乗って、逆立ちしたり、片手で一回転したりする。つまんない想像でも、今の自分が唯一楽しめることだ。最近それを夢でも見るようになり、いよいよやばいなと思う。揺れてる先に看板みたいなのが後ろ向きにあって、なんて書いてあるのか知りたいんだけど表側までは行けない。そんな夢だ。何度か見た。看板の字を、誰かおしえてくれないだろうか。それさえわかれば、完璧気持ちよく揺れていられる。



 天空サーカス13 作者:遊具。

猫が揺れた。
空間の、少し上。いや、中間?
赤と黄色がほとんどを埋め尽くした空間。
僕はひとり客席で、それをぼんやり眺めている。

猫が揺れて、いる。
細く頼りないベルベットの紐に掴まって。
さて、これはなんというのだっけ。
僕は悪趣味な仮面の下、思案する。

猫が飛んだ。僕は手を打つ。

猫が弧を描き、落ちた。

「嗚呼、空中ブランコ」
さて、次は僕のジャグリングの番だ。



 天空サーカス14 作者:はやみかつとし

 「踏み外すなら、雲の上から」
 そう言って彼女は両手で陽の光を握り締め、反動をつけて足先からしなやかにダイブした。

 以来杳として知れぬ彼女の軌道を、占星術師だけが計算しつづけている。



 天空サーカス15 作者:青島さかな

 右手に絵筆を、左手に希望を握り締め、わたしは飛びました。
 ポケットいっぱいに詰めた絵の具のチューブが、わたしの身体から放たれていきます。ぱららぱららと散った絵の具が、空に星を描いて「綺麗だね」いつの間にか隣にいたナイフ投げの少年が、ウィンクをひとつくれました。
 少年から放たれたナイフが見事に縄を切断しますと、暗幕が空へと消えていき、すべての絵の具を奪い去っていきました。サーカスが始まります。
 一切の音をたてずに開いた花火。化粧を落としていくピエロ。火の輪を潜り抜ける魚。種から急に育っていく野菜。卵とひよこと鶏のループ。数秒の永遠に、まばたきすることも拍手をすることもできません。
 そもそもわたしに許されることは少なかったのです。散っていった絵の具の重さの分くらいは、祈ることができるのかもしれませんが、いまさら誰に何を祈れば良いのでしょう。
 左手の希望がすっかりなくなりますとサーカスも終わりを迎え、最後にわたしがそっと吐いた息で、乗り手を失ったブランコが僅かに揺れました。わたしの髪が地面に接するのと同時に咲いた花の色を、わたしは必ず連れて行きます。



 天空サーカス16 作者:空虹桜

 新月で真っ暗だった夜空に現れた光は、アクロバットに分裂を繰り返し、重力なんて無いみたいな幾何学模様を奏でる。
 そうしてプラネタリウムに結ばれる線分は、実存する宇宙船の輪郭を浮かび上がらせる。
 撃ち上げられる火線。宇宙船たちが降らせる宇宙線。弾頭をビームが捕まえたら、歓喜の華が宙に咲く。
 華麗な殺戮の中、逃げることすらできず見上げるだけな僕は、一方的な現実の観客より、道化師でも当事者でありたいと考える。
 だから、宇宙船たちが描くマスゲームなんてナイフ投げの的みたいなもの。頭の中でドラムロールが轟く。クレッシェンドして、クレッシェンドして、僕は、担いでいたスティンガーを、解き放つ!



 天空サーカス17 作者:オギ

 姉たちの喧嘩は、ついに物を投げあうまでに発展し、しかしながら二人ともすこぶる運動神経がよいものだから、受け止めては投げ投げては受け止め、CDだの本だのキャンディだのぬいぐるみだのそれを追い掛けて猫のミーシャだの、片端からくるくると飛び交う様はなんともシュールで見事で、うっとりと見上げていたのだが、唐突に投げることに飽きた姉たちが投げていたものを適当に放り出したものだから、それらが次々と降ってきて頭にごつごつ当たり、ちかちかと星が舞う。



 天空サーカス18 作者:白縫いさや

 引力が斥力に変わったとき彼らは母なる星を追いやられ、以来流浪の民となる。
「上も下もなくてね」
「ぴょんぴょん跳ね回ったってみんな欠伸しちゃう」
「困っちゃったね」
 球状のドームの全方位に客はいた。無重力の世界でジャグリングや火の輪くぐりをやっても、客は退屈そうにため息をつくのだった。
 彼らは途方に暮れた。かつてのやり方はもはや通用しなかった。
“かつてのやり方”
 彼らは顔を見合わせる。
 以下はプログラムを一新してから最初の公演記録である。13歳のシャーリは舞台の袖で、爪先に神経を集中させていた。

(暗闇)
 かつて我々は一つの星で暮らしておりました。生まれた時から重力が私たちを縛り、我々にとって空とは見上げるものでした。不幸でしょうか? いいえ、決して。
(照明)
 シャーリが11歳になった最初の朝、彼女の枕元には真っ赤な靴がありました。彼女はプレゼントを履き、早速家の外に飛び出しました。靴は足によく馴染み、足を繰る度に芝が柔らかく彼女の体を押し返すのです。そうして緑の丘を駆け登り、海の見える高台で仰向けます。火照った体を潮風が冷やし、眼前には空が迫っていました。
 重力。
 赤い靴はとてもすばらしいプレゼントでした。



 天空サーカス19 作者:三里アキラ

 晴れ。音色にひかれて土手に行くと、金ピカのサックスを吹く白いカラスがいた。
「いい音ですね」
 話しかけてから気付く。往年の名クラウン、アレン・カラスだった。カラスはにやりと笑みを浮かべ、メイクはしていないが俺はまだ道化をやれるぜ、とサックスを吹く。
「そういえば今日は天覧公演ですね」
 ああ、と頷いてカラスは空に音色を響かせる。
「戻りたい?」
 問うとサックスの音が大きくなった。怪我をした脚で不器用ながらも愉快なステップを踏む。
 観客は天界人だけじゃない、今目の前にいるアンタだって観客だ、俺は笑わせるのが仕事だ、生きるのが仕事だ、天界人に魂を連れていかれる前に地べたを這ってでも笑いを取ってやる。
 ——そう言ったのはカラスか、私か。世界がよく混ざりあったいい日だ。



 天空サーカス20 作者:紫咲

「落下するエレベーターが地面に激突する。その瞬間を正確に見計らって」Aは真顔で言った。「飛べばいい。怪我をすることはない」
それからぴょんと、革靴を履いた足で飛んでみせた。テーブルが揺れ、ウエイトレスがトレイ越しにこそこそ観察してくる。
「面白いが科学的じゃあない。正確に言えば、物理に反する」
「実験は?したことあるの」
「あるわけないだろ」
「じゃあそれは信仰」
「はっ」どうしようもないのでせせら笑う。「ははっ!」
 Aは私をかわいそうな生物のように見つめた後、深夜の国道に出ていった。ガラスの向こうで、猛スピードのトラックに割りこむAがいた。脳がドーパミンで充満する。ぶっ飛ばされたAは、コンビニの看板に激突する直前、顎と胸を前に突きだした。それだけだった。
「さっ、次は応用だ」Aが月を指す。
「ああ。うん?そうかもな」私は焼け糞な気分だった。 
「重力が発生するほんの少し前、その瞬間を正確に見計らって」
「飛べばいい。落ちることはない」
 それからぴょんと、私たちは飛んでみせた。ウエイトレスが写真を撮った。下には夜景が、上にはAの安い革靴が見える。Aともっと仲良くなりたい。



 天空サーカス21 作者:よもぎ

目を開ければ闇。
私は木の根を手繰りよせ、汁を吸っては、眠りに落ちる。
眠りの底には、誰かの記憶が満ちていて、私はじんわり身を沈める。

そらにさえずる鳥の声、遠くから聞こえ来るは、じんたの調べ。
広がるテントは丸天井。
さあさあ、ショウの始まりだ。
まずは愛らしき大熊小熊の玉乗り。
そこへ美しきカシオペイアのおでましだ。椅子の上にて見事な軽業。
次にまかりこしたるは、大蛇かついだ蛇使い。
獅子の火の輪くぐり。オリオンと蠍の大格闘と続きまする。
道化ものの牛飼が下手なラッパでおなぐさみ。
さすれば今夜のハイライト、双子の空中ブランコでござあい。
失敗すれば、あわれ双子は流れ星。
見事演技ができましたらば、盛大なる拍手でお迎えください。

ショウは巡る。
目を開ければ闇。
私は木の根を手繰りよせ、眠りに落ちては、時を待つ。



 天空サーカス22 作者:渋江照彦

 男は、目を瞠っていた。
 勿論、自分が白い雲の上に浮かんでいる事にも多少なりとも驚いてはいたが、それ以上にこの空の上で繰り広げられている華やかな宴に瞠目していた。
 それは、サーカスだった。美しい音楽と共に、派手な衣装を着たクラウン達が自由自在に動き回り、その横では絵本でしか見た事の無いドラゴンがそのままの姿で火を輪状に吐き、その火の輪を、これも絵本でしか見た事の無いユニコーンが背中に少女を乗せて潜っている……。
 「これは、一体……」
 男がそう呟きながらサーカスの一団を見ていると、トントンと後ろから肩を叩かれた。ギョッとして後ろを見ると、其処には一人のクラウンが居た。両手には沢山の色取り取りのボールを持っている。そのボールの一つが、ピカリと光った。途端に男の身体は消え失せて、代わりに緑色のボールが現れた。
 「また、ボールが一つ増えたな」
 クラウンはそう言いながら、緑色のボールを手に取った。
 そして、クラウンはサーカスの音楽に合わせてテンポ良く、その場でお手玉を始めた。



 天空サーカス23 作者:こけし

流星群の出た夜に虫採り網をもって外に出た。
流れ星はきっと星たちの空中ブランコ。
たまに失敗して地上に落ちる星がいるから、この網で掬ってやるのだ。
流れ星というものは考えなしに流れては後で慌てて戻れなくなってしまう、迷子のようなものだ。
迷子の迷子の流れ星、あなたのおうちはお空です。
そう唄いながら虫採り網を肩にかついでぶらぶらと流星群の夜空の下を歩いていく。
上を見上げると、案の定、沢山の星座が芸をせっせとしてくれている中、空中ブランコで沢山の星が失敗している。
サーカスの主役は空中ブランコだけじゃないんだぞ。
お前たちが目立ってどうする。
仕方ない。
そう呟いて星を掬っては、網をブーンと投げ回して掬った迷子の星をまた夜空に戻してやる。
これじゃあきりがない。
次のサーカスまでには空中ブランコうまくなってくれよ。



 天空サーカス24 作者:昴(すばる

神々が見下ろし給う天空
真白きペガサスは舞い踊る
其の中空に無尽の天幕ありて世界を隔てん

何人も垣間見ること叶わぬ時空

ペガサスを見あげし道化は
天幕が世界をこの世と断じ
奇妙なる舞踏をあらがうこと無し

道化が自ら創りし天幕と
神々は憂いを浮かべ給いて
ペガサスを使わしたこととて知らず
地球の道化のサーカスは続く



 天空サーカス25 作者:松浦上総

 この惑星に来るのは何度目だろう? 前に来たときとは、ずいぶん様子が変わってしまった。僕らにとっては、ほんの数年の感覚だけど、この星の上では何百年の時間が流れてしまったようだ。でも、感傷に浸っているヒマはない。さっそく始めることにしよう。

 月が不在の闇の中、虹色金色獣たち、流れて弾けてさけて散る。僕らのショーの始まりだ。
 無垢な子供の目にだけ見える、一夜かぎりの夢花火。
 もちろん、お代はいただきません。
 小さな胸に閉じ込めた、虹色金色獣たち、いつか必ず目を醒まし、汚れた大人の世界など、流して弾いてさき散らせ。

 僕らは天空雑伎団。革命前夜の流れ星。



 天空サーカス26 作者:瀬川潮♭

 鬼は見上げる。空高く落ちゆく人たちを。
 鬼は見とれる。手を水掻きのようにくねらせもがきばたつき回り恐怖の叫びを上げ豆粒になる人々を。その姿は空々しくもある。
 空は眩しい。人々も眩しい。その不安と恐怖に満ちた表情に心踊らされる。
「おじちゃん、どうしたの?」
 足元からの声。見るとランドセル姿の少女が見上げていた。
「お嬢ちゃんは空が眩しくないのか?」
「ワタシ、別に空に興味ないんだから」
 そんな人攫いの空繰り物語に用はないものと駈けていった。
「いい娘だなぁ」
 俺は空に落ちたかったのに、と大地の鬼。目の前の沸き立つ大釜で水掻きのように手をくねらせもがきばたつく人々につっ突き棒を何度もくれてやる。
「くそっ!」
 突くだけ。こぢんまりとした仕事だ。そこにセンスもワンダーもない。空想するだけ。
 イヤになって見上げた空。わらわらともがく人が落ちる中、ブランコが渡り逆さ虹を描く。
 突き、突き、突き。
 鬼の憧憬は、大釜でもがく人々のくすんだ瞳に空と似た空ろを呼び起こし、ぎぎぎと何かを動かし続ける。



 天空サーカス27 作者:まつじ

 きっと むちゃくちゃおもしろい と おもうんだよね。そりゃもう、えんもくのすべてが まさにかみわざで、ちょもらんま から きりまんじゃろまで を、いかにも めがみ ふうに ふくよかなおんなのひとが つなわたり、しながら ちゅうがえり とか、そらからたらす くものいと でもって つるされた ぶらんこ は、せかいいっしゅうするほどのかず で おわりがないんだけど、ぶらんこより ぶらんこのりのほうがひとつおおくて むげんぶらんこ。はんらで まっちょの、えにかいたような それっぽいおとこたちの だれかがどこかで かならずぶらさがってんのね。てんしにおいかけられて ぺがさすは、めりーごーらんどみたいに ぐるぐる ひのわをくぐりつづけるし、せんじゅかんのん の じゃぐりんぐ は あっかん、なにがなんだかわかんないくらい。
 ぴえろを かみさま、だんちょうを ほとけさまにしようよ。
 りゆうは。
 かみさまのほうが きらいだから。
 あら。ま、いいけど。で、なまえは ごにょごにょ こんなのはどうかな。
 うん、めるへんで うさんくさいかんじが いいね。あいつらったら あたしたちを みはなしたんだから、てんに めされる このたましいの いきおいで しこたまやっつけ さわがせて、やまほどたのしませてもらおうね。
 ね。