ドミノの時代1 作者:サジ
最近アイコが思うのは、「ユウタが私に恋しちゃえばいいのに!」の一点に尽きる。ユウタに対するトキメキバロメーターは常にマックスだ。この人間のどこがいいのか、聞いてはならない。
一方、ユウタはどうしてこんな人間ができあがったのか現代の七不思議に数えていいくらい古い考え方をする。子孫を残す相手はもっと慎重に選ぶべきだ、なんて悠長にもほどがある。
そんなふたりの転換期は、アイコがイノシシを仕留めたことだ。その姿にユウタはうっかり惚れてしまった。これなら生存競争を楽に戦い抜ける!ユウタの持つ条件がそろったところでふたりはめでたく子をなすことになった。
めでたしめでたし。さて、これでとりあえず絶滅寸前の人間は難を凌いだ。彼らの子供が無事生まれれば、そしてその子供がまた子をなせば、衰退しすぎた種はなんとか未来へ駒を進める。目的地があるかどうかはわかっていないが。
ただ、今際の際にある人間のアイコが今思うのは「ユウタが私に恋しちゃえばいいのに!」の一点に尽きる。
きっと恋心だけが目的地を知っている。
ドミノの時代2 作者:はやみかつとし
歌から《うた》が失われて久しい。
美しいメロディが、ある朝突然精彩を失っていた。 同じ音列、同じアーティキュレーションなのに、陽に曝され褪色した写真のように味気なく響いた。変奏曲は第何変奏まで行っても、並んだ土偶たちのように同じに聴こえた。
ありえたはずの、しかし今ここでは響いていない他のいくつもの奏で方、それが歌を《うた》たらしめていたことを人々は知った。歌だけではなかった。物語も、日常さえも、語られた以外の語り方で語り直されることはおろか、そうした語り方を想像されることすらなくなった。
それが歴史の可塑性を抑制するために実行された高度配向処理の副作用だとわかったときには既に遅かった。
時系列演算の安定性が過剰に強化された分、平行分岐した複数の時間に働く相互干渉力は相対的に無視できる水準となり、それぞれの時間は線形的で不可逆的な閉じた系となった。
だが、それ以前の時代──いくつもの物語がありえた時代のこと、そしてそれが失われたという記憶は、生々しい感覚をもって人々に残っている。それらの物語に、どうして手が届かないのか。ありうるものは、ありうるのではないか。
思い描くことのできない「その他の物語」を人々は空しく思いつづける。
ドミノの時代3 作者:sleepdog
一年ぶりに会って、時代が変わったね、と一人娘に向かって彼女は言った。娘は三十を過ぎたばかりだ。ご大層にも、娘は少し値の張るお土産を持ってきて、それをつまみにチュウハイを飲みながら二人で笑った。これをゴールインと言うのはおこがましい。スタートラインと期待を込めて呼ぶのも気恥ずかしい。分岐点くらいがちょうど合っている。
生まれた瞬間から、時間は一方向に均等なテンポで流れ、人は少しずつ大きくなり、少しずつ小さくなっていく。そんな普通の摂理にあらがうでもなく飲まれるでもなく生きてきたが、思いがけないターンテーブルがあり、違うステージに転がることになった。
ならば、分岐点とは何と何の分岐なのだろう。この年になってどんな流れを選ぶのだろう。
「再婚なんてないと思ってたよ」
「私もね」
「まあ、いいじゃないの。自分の幸せのために、少しはお金を使いなよ」
「そんなに持ってないよ」
「そうそう、私のまわりもね、ダダダーとなるのよ」
「あんた、出す一方じゃないか」
「遅れた気はしないけど、お母さんに先越されると思わなかったなぁ」
あきれ顔の娘に見つめられ、彼女は左薬指につけてもらった指輪をなでた。
ドミノの時代4 作者:オギ
バレエ用の白タイツを着た男たちが、まっすぐな道路に敷きつめたマットレスの上どこまでも一列に並ぶ。胸を押された先頭の男が“きをつけ”の姿勢のまま倒れていく。後ろの男はさらにその後ろへ。彼らの後頭部はあやまたずその後ろの男の股間へと激突し、その無駄な計算の確さに感心するやら、顔をしかめるやら。
誰かの頭が自分の股間に倒れこんでくるのを直立不動で待つのはいかなる気分か。後頭部を男の股間で受け止められるというのもなかなか気色悪かろう。
当然、倒れた端から悶絶する男たち。私などはつい腹を抱えて笑ってしまったが、放映後は抗議の電話が鳴り響き、真似して怪我をしたあほな子供がわさわさいたという。私とか。
たしか同じ回のメインは自然史博物館貸し切りで、あらゆるギミックを駆使して館内を一周。精密かつ壮大、完成までの準備作業のハードさ、恐竜展示室の床に1面の銀河系が広がった時の美しさなど、実に感動的だった。えらい落差だ。
しばらく季節の特番を賑わせていたが、いつのまにかとんと見なくなった。思い出すと無性に見たくなり、リクエストの葉書でも書こうかと思うが、いつもなぜか少し寂しくなってやめる。
ドミノの時代5 作者:不狼児
いちじくの実が熟する季節になると、砂ノ子守リ蟻は口を閉じた果実の内部にしのびこみ巣をつくる。砂ノ子守リ蟻は無きに勝るの諺どおり、赤蟻の千分の一の大きさで、無論人の目には見えない。女王は種の一つ一つに卵を産む。人や獣が食すとその実はひときわ甘く、芳しく、爽やかな酸味に恍惚をおぼえるという。いちじくの種は消化されることなく腸に達し、そこで孵った砂ノ子守リ蟻の幼虫は腸壁を破って血管に入りこみ、たどりついた頭部で脳を食べながら、ゆっくりと成長する。なにしろ非常に小さいので、幼虫に食べられたくらいでは宿主に害はない。むしろ火口のような微細な瑕疵と幼虫の排泄する酸性の糞が脳の活動を刺激して才気煥発、獣ならば妖怪変化と成り、人であれば天下を獲ると伝えられる。孫悟空と同様、秦の始皇帝もまたいちじくの実を食べたろう。年を経て、少食の砂ノ子守リ蟻といえど餌を食べ尽くす時がくる。宿主は痴呆化して、愚行と狂乱と衰弱の時期のいずれかにいちじくの木とめぐり逢う。砂ノ子守リ蟻は耳の穴から体外へ、巣作りの遠征に発つ。
ドミノの時代6 作者:砂場
わたし、倒すくらいしか知らないんだけど、なんだかすごく流行っているみたい。お正月に親戚みんなでドミノしたって、珍しいよね、今時親戚が集まるって、合コンでもドミノするんだって、ネットでドミノ対戦もできるみたい。友達、新婚旅行ドミノだって。今度写真見せてくれる。お土産もらった、これがドミノなんだよね。わたし、倒すくらいしか知らないんだけど。朝ごはんドミノってどういう意味かな。三食ドミノでいいよって。夢で駅前で会ったわたしの未来の結婚相手が言っていたの。全然知らない人、いきなり。ほんと流行っているんだね。わたし、テレビ見ないから。ラジオはよくつけてるから、そうだね、ロックもポップスもドミノっぽいかも。よく分からないけど。仕事がドミノだっていう人がいて。倒れるのかな、夢で駅の手前の携帯ショップで会ったわたしの結婚相手の二番目なんだけど。四番目がいて、これは知っている人で、幼馴染みの、性格もいい子だし、いきなり四人目と結婚したらだめなのかな。あのね、三番目は、言いにくいんだけど、ドミノなの。ほんと分からないんだけど、すごい勢いで流行っているんだね。わたし、家ではテレビ見ないんだけど、ニュースもバラエティも毎日ドミノでしょう。クレイアニメだってあるし、小説もドミノ揃い。それでわたしも一つ、書いてみたんだけど、なんだかよく分からないの。
ドミノの時代7 作者:まつじ
昔のひとは、ぼくたちを贅沢だという。
でも別にめちゃくちゃにしようってんじゃない。
たくさんの争いや諍いや罵りあい称えあい奪いあい騙しあい信じあい傷つけあい慈しみあい愛しあいを通りすぎて世のなかは一度はまるくなったけど、それじゃあちょっとつまんないやって、わざわざ少し欠けてみていつもの和音にならない。そのかわり、もっとおもしろくなったらいいと思う。
ドミノの時代8 作者:koro
転校生の玉三郎とかいう野郎のことが、どうしてもいけ好かない。
「俺の時代が来たのさ」
玉三郎は涼しげな顔でそんなことを言う。
「風を味方につけているんだ」とも。
気味悪いやつだと思いながらも、とりあえず俺は「次のテストの時間にでも発揮してみせてよ」と言っておいた。
するとテスト真っ只中に、とつぜん小さな竜巻が起こりクラス全員の答案用紙だけが巻き上げられ、吹き飛んだドアから消えていってしまったという事件が起きた。
翌日、全校朝礼のさなか俺の前に立つ玉三郎が振り返り、この前の風はどうだったかと訊ねてきた。
「その能力、人の為になることに使えよ」と俺が言うと、玉三郎はフーッと息を吹き自分の前髪を揺らした。
すると、整列している女子の制服のスカートが、先頭に立っている子から最後尾の子のまでパラリラパラリラとどんどん捲れていくではないか。所謂、下から風が吹き上げられるマリリンモンロー状態だ。俺の好きな山田さんのスカートまでがヒラリと捲れイチゴ柄と白い太腿があらわになった。
玉三郎は、涼しげな顔を向けながら何かつぶやいた。
「は?」と聞き返すと、「ドミノ」と口パクした。
悔しいが、確かに野郎の時代がやってきたのかもしれない。
ドミノの時代9 作者:松浦上総
新刊書評『ドミノの時代』
ミステリーの新人賞受賞作で、このタイトルなのだから、ハードボイルド的な作品を予想して読み始めたのだが、その予想は見事に裏切られた。ミステリーの形を借りた、近年まれに見る美しい純愛の物語だったからだ。
心に大きな傷を負っている少年と少女の運命的な出会いから物語は始まる。二人は、お互いを深く愛するあまり殺人という大罪を犯す。少年は少女の父親を、少女は少年の母親を殺す。言ってみればそれは「交換殺人」なのだが、二人の間になんらかの取引があったわけではない。お互いへの愛情が、偶発的に同時に爆発しただけなのだ。しかし皮肉なことにその行為は相手への救いにはつながらず、さらなる試練を与える結果になる。二人はあてのない逃走を続ける。そして、その果てに二人の前に突きつけられる、あまりにも残酷な真実とは。
大いなる破局へと向かうラストシーンの衝撃は、大河の奔流に飲み込まれる二艘の笹船を思わせる。少女が最期の瞬間につぶやく「おにいちゃん」の声、少年の胸によみがえる遠い日の記憶。深い海に沈んでいくかのような余韻とともに作者がタイトルで仕掛けた罠に堕ちていく快感。傑作である。
ドミノの時代10 作者:アキラ
人びとは、気の遠くなるような作業を繰り返す。押し倒す瞬間を味わうため、単なる達成感のため。
それは、すでに時を支配しているのではないか、というくらいに人びとを追い詰めていく。
ある喫茶店に入ると、カウンター席に男が座っていた。男の横には女がいた。男はその女のことを「ドミノ」と呼んでいた。
「ドミノ、今日は話したいことがあって呼んだんだ。聞いてくれる?」
彼女は「ええ」としおらしく返事をした。
「……結婚しよう」
男ははっきりと言った。その顔は不安と喜びとが入り混じり、妙に歪んでいた。
「そうね。それもいいかもね」
彼女は静かにそう言った。そんな彼女を、彼は後ろから抱きしめ、そのままキスをした。
帰り道、ドミノは一人で歩いていた。そこに一人の男がやってくる。ドミノは知らないふりをして通り過ぎるけれど、男がそうはさせなかった。男はドミノの前に立ちふさがる。ドミノは路上へと倒れ込んだ。男はドミノを抱えあげると、店の中へと連れ去っていった。
ドミノは可憐だ。可憐でいて上品である。そんな彼女が悪いかのように、人びとはドミノに惹かれていく。
ドミノの時代11 作者:茶林小一
レとファとラとシの音が出ない世の中になって、どれくらい経つだろう。
はじめはレの音だった。それはほんのちょっとした変化で。耳聡い幾人かが、何だか不便になったな、と。そう思うくらいのものだった。
そのうちファの音を耳にしなくなり。ラもシも次々閉じられて。
気付いてみればいつの間にやら。いくら耳を澄ましてみても、ドとミとソの音しか聞こえてこない。
昔は一冊にまとまっていた楽譜も今では三分冊され、なのにどこを開いてみても、同じに見える。目に留まるのは二つの記号。
「あなたはこれをしてはいけない」
「あなたはこうしなければいけない」
三音しか発音できない人々の言葉は平坦になり、聞き取れず、すれ違い、些細なことでの殴り合いがはじまる。
耐えられなくなった一人が、ぱたりと倒れる。それを目にした次の一人が、ぱたり。
ぱたりぱたりと倒れていって。最後はどこに、たどり着くのか。
人々はただ順番を待ち、列を成す。屍を誰も、越えてはいかない。
ドミノの時代12 作者:カホル
誕生、青春、希望、求愛、欲望、利息、休息、永遠。
人々がそれぞれの言葉を持ち寄ってドミノを並べていく。
言葉のドミノ倒しが開催されるにあたって、私も言葉をもって参加した。審査員が皆の言葉に重複がないかどうか、それぞれが持ち寄った言葉を確認しているらしい。何十万という人達が私の前後に並んでいて、これではいつまでたっても終わらないだろう。行列に沿って黒いハンチング帽の男が、またとない機会に言葉を売りつけようとしている。どうやら審査で却下された人達が、そんな輩から言葉を売りつけられているようだ。私も予備の言葉を買おうとしたが、それがあまりに馬鹿らしいほど高額だったので止めにした。
習性、歪曲、博愛、暴露、軽蔑、真実、色々な言葉をもった人達が後方からざわめきだした瞬間、後ろにいた忘却という言葉を持った男に、摂理という言葉を持っていた私は押し倒され、前にいた時代という言葉の女を押し倒していた。
ドミノの時代13 作者:紫咲
双六を広げてしまうと息子が帰ってきた。連れの娘は晴れ着の袖を揺らして挨拶した。いらっしゃい。私は精密な笑顔を作る。敷きつめられたマス目を踏まないように、丁寧にソファへと迂回させた。
コーヒーの湯気の右に木箱を置き、くり抜かれた穴に手首を入れる。今年もドミノがお目見えする。五と一。一の目に父の血が塗られている。先祖となったカルシウムの塊は、幾何的に研磨されたのち箱に納められる。
私は駒を六マス、前へと進めた。息子と娘も順々にドミノを取りだし、遊戯に参加した。盤上で私は大統領に就任し、二度破産して殺人鬼になった。息子はバーテンになり、娘は力士になってからチャンコ屋を開いた。冬はガラスの向こうに積もったまま、休息を許している。
箱が空っぽになっても、誰もアガリには辿りつかなかった。来年も再来年も無理だろう。だがいつかはドミノが足りる時がくる。私の頭蓋骨を磨いたら、息子は泣くだろうか。私の考えた全てのことが、彼の心に受け継がれる日が来るのだろうか。
膨らむモチをつつく二人を眺めて、コーヒーを喉に流しこんだ。整然と彫刻されていく私の位牌を想像した。冷たさと温かさがほどよくブレンドされている。
ドミノの時代14 作者:水池亘
彼女は産まれたときから足腰が弱かった。普段は車いすで生活し、立ち上がるときは必ず何かに寄りかからなければならなかった。
学生時代、印象的だった出来事がある。学校の図書室に僕と彼女はいた。彼女は本が好きだった。彼女の借りようとした本は、棚の一番上にあった。僕が取るよ。そんな親切を彼女は拒否した。いやよ、自分で取るわ。立ち上がり、彼女は本棚に身を預けた。そのとき、ミシッと嫌な音がして、本棚がゆっくりと向こう側へ倒れた。棚は隣の棚に激突、連鎖して次々と棚は倒れていった。まるでドミノ倒しのように。僕たちは唖然としてその様を見つめていた。そして、不謹慎なことだけれど、なんだか無性におかしくなって二人で声を上げて笑いあった。
一生僕に寄りかかってくれていいよ。そう彼女にプロポーズしたのはそれから数年後のことだ。彼女は微笑み、一言、いやよ、と言った。まだ、彼女が生きていた頃の話だ。
ドミノの時代15 作者:脳内亭
童謡作家としても知られる詩人・西條八十の作『トミノの地獄』は、声に出して読むと凶事が起こる“呪われた詩”だといわれている。事の真偽はともかくとして、禍々しくも美しい哀しみを湛えた一篇である。
さて、『ドミノの時代』という詩をご存じだろうか。
黄金時代、大航海時代、戦国時代などといったふうに、古今東西の節々で立ちあらわれる時の波涛は、後世になって特色づけられ「〜〜時代」と呼ばれるようになる。そうした波のひとつとして、とある詩人が表したのが『ドミノの時代』だが、当時の穏やかならざる様相が刻みつけられているというこの詩もまた、曰くつきのものである。
『トミノの地獄』と同様に、声に出して読むことに縁起があるそうだが、何が起こるのかは明確にされていない。というのも、読むのを試みた者は誰もが途中で眼を伏せ、青ざめた顔にわずかな笑みを浮かべるばかりとなる為である。一説には、最後まで読み通せればその者は時代の寵児になれるとも囁かれている。
以下に記すのがくだんの詩である。吉か凶か、声に出して読むか否かは、読者諸氏各々の判断に委ねたい。
ドミノの時代
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ドミノの時代16 作者:鶏肉
規則的に並べられた長方形の板がバタバタと倒れていくその最後に
何があるのだろうと先を見据えるが、どうやら最後にあるのも同じ1ピースであるらしい
何が楽しいのだろうか、それらは等しい感覚で音を立て倒れていく。
彼らに表情はない、歓喜も憤怒も悲哀もない
ただただ、バタバタと倒れ最後の1ピースへ向かい彼らは滅びの道を歩む。
私は干渉を決めた
これでは彼らがあまりにも不憫でならない。
倒れていく彼らの先を私はひとさし指で遮る。
程なくして、倒れていくだけの悲しい連鎖は私の手で止まる。
その指の先から声がした。
「何をしているんだい?」それは私が断ち切った悲しい連鎖の1ピースだった。
「何をしているんだとは、どういう事だい?私は君達を不憫だと思い助けたと言うのにだ」
「だから何をしているんだいと聞いているんだ、我々は倒れるのが役割なんだ、君は君の役割を果たせばいいんだ」
「役割……だって?」
「あぁそうさ君には君の役割がある。そうだろう?」
あぁ、あぁ、そうだった。
私には私の役割がある、震える指で私はそれを押す
それらは再びバタバタと倒れる
倒れた先に何があるのか
私がまた彼らを呼び起こすのだ。
私もまたドミノの中の1ピースなのだ。
ドミノの時代17 作者:ぶた仙
全ての言動が狩られる時代、始めることは常に難しい。巷には閉塞感が満ちている。だからこそ誰かが最初の一歩を踏み出さなければならない。
そこで俺は、空港カウンターで僕の後ろに並んでいた女に振り向いた。
「好きだ。結婚してくれ」
「あんた誰よ」
女は俺から逃げ出すと、別の便のキャンセルを見つけて行ってしまった。
「申し訳ありません。今のが最後のお席でしたので」
女の直後に飛び込んで来た男は飛行機に乗れずに、デートをすっぽかすハメになり、彼の恋人は怒って、不細工な上司とのデートをOKした。
上司は鼻息も荒く、妻に離婚をつきつけ、慰謝料をもらった妻は「こんな金、宇宙の塵にしてやる」と火星に土地を買った。
妻が火星を望遠鏡で覗いていると、植民のため飛来した宇宙船が宇宙ゴミとぶつかる様子が、ちょうど映った。
「大変!」
妻の通報でさっそく救助ロケットが差し向けられ、八本と二本の手は固く結ばれ、宇宙戦争は未然に防がれた。宇宙人たちが地球人に次々と恋してしまったからだ。
この話の教訓は、要するに、誰だって世界の運命を変えられるってことだ。
そして、この話の最も不幸な点は、俺が今でも独身のままだってことだ。
ドミノの時代18 作者:瀬川潮♭
——次は、市役所前駅〜。市役所前駅〜。
はっ、と気付いて俺の隣に座っていた女性が立ち上がり逃げるように下車した。
昨日もそうだ。その前の朝も、そしてその前も。
俺の隣に座り、俺の肩に身を預けるようにして居眠りし、そして慌てて降りる。
肩に残る重さの手応えは甘く、翻った長髪の香りは鼻をくすぐり続ける。
それでいい。
そういう、関係。
俺は今朝も彼女に元気をもらった。
——次は、桟橋南駅〜。桟橋南駅〜。
よし、と立ち上がる。俺は‥‥。
俺は、時代に負けずに今日も頑張るんだあっっ!!!!!!ぁぁぁぁああああ//////
ドミノの時代19 作者:三里アキラ
コインに準えるのは快と不快の二面を軸とするから。彼女たちは賽の時代、すなわち五感+αが研ぎ澄まされる時期に深く繋がった。ドミノとはつまり、知覚を操作できるようになることを意味する。
廊下で笑いあった翠も、藍里も、桃子も、葵も。皆、病んでいった。一人健やかにある茜は自身に引け目を感じる。病んだフリを演じ始める。喋ることを自ら禁じ、赤いサインペンでスケッチブックにバツを四つ描く。大きく。空白は斜めの正方形。一枚捲る。またバツを描く。繰り返す。気付けば朝焼け。気を失うように眠る。夜になり痛覚に目を覚ますが、黒い光を眩しく感じる。苦いパンを口に押し込む。吐き気が鼓膜を叩く。またスケッチブックを開き赤いサインペンを手にする。そんな日が半年続き、お望みどおりの入院。ただし任意。
白い病室は、想像とは違いとても穏やかだった。四人もこんなに穏やかだろうか。茜は服薬を見守られながら思う。そうだといい。
手にまた赤いサインペン。持ち込んだ一冊のスケッチブックはバツの上書きで真っ赤だ。茜の目には襲い掛かる極彩色の波。中央に残る白い正方形。黒い正方形の残像。誰か、止めて、遮って。悲鳴は体の奥底に押し込めた。
ドミノの時代20 作者:
(都合により削除しました)
ドミノの時代21 作者:JUNC
知り合いを見つけた。
そーっと後ろから背中をポンって叩いた。
ビクッとして、くるっと振り向いた知り合いが
哀しそうな顔をしてバタッと倒れていく。
その前にいた人も、そのまた前にいた人も、
バタバタバタと倒れていく。
ああ、しまった。
ビックリさせちゃった。
倒れた人は、24時間固まって動けなくなる。
地球温暖化による酸素減少の影響で、
ビックリすると人間は倒れてしまうようになった。
その人の半径200メートル範囲内にいる人も同じように倒れてしまう。
「きっかけセーフ」っていう変な暗黙のルールつきで。
倒れた人ごとの半径200メートルだから、なかなか止まらないよな。
今日はどこまでつづいていくかな、この連鎖。
…しかたない、今日はもう家に帰るか。
ドミノの時代22 作者:空虹桜
トキヨはプロの暗殺者だ。したがって、彼女の人生には死体が連なる。
「あっ、すみません」
通勤ラッシュの中、トキヨは禿げたサラリーマンの膝をカックンする。
「最近の若いもんは」
優先席でケータイを操るじーさんは、詫びないサラリーマンへのありがちをWebへ吐き出す。
「どっちもジジィじゃん」
拡散されたありがちは、400km離れたヤンママの機嫌を損ねる。
「んぎゃー」
母親の機嫌に刺激された赤ん坊は、蒸れたおしめに耐えきれない。
「よく降るわねぇ」
赤ん坊の泣き声は、街に三日三晩続く雨を招く。
「うわぁ!」
雨雲の滞留はジェット気流を乱し、某国政府専用機を14000km離れた大地に墜落させる。
「本来ならルーブ・ゴー」
「長すぎ」
思うがままに因果を並べられる彼女の二つ名は、あまりに適切で、まるで必殺な仕事人のよう。
「じゃあピタゴ」
「可愛すぎ」
第三帝国総統は、トキヨのターゲットとも知らず、氷と政府専用機の間で永すぎた命を終える。
ドミノの時代23 作者:もち
彼らは(性別があるのかはわかりませんが)こんにゃくにそっくりなのです。
四角くてぷるるんとした、ひとくちサイズのこんにゃくこんにゃくが、ぷるるんとならんでいます。
なぜでしょうか、私には彼らがちいさく前ならえをしていたようにみえました。それで、ぷるるんとちいさく前ならえをする彼らをみるともなくみていたら、金縛りっていうんでしょうか、いきなりうごけなくなったんです。そしたら、前の方から(先頭は見えなかったのですが)たおれていきます。ぷるるんぷるるんとたおれていきます。
気がつけばわたしのまわりはこんにゃくばかりで、どこまでもぷるるんぷるるんとたおれていくんです。
たおれていく気配がなくなるまで四百年ちかく、わたしはうごけませんでした。
ドミノの時代24 作者:よもぎ
星がひとつ、流れた。
赤い星にコン、と当たって赤い星も流れた。
白い星にコン、と当たって白い星も流れた。
青い星にコン、と当たって青い星も流れた。
コン・・・コン・・・コン・・・コン・・・コン
やがて、流れる星が空にあふれて、ひとつが地球に落ちた。
落ちた星は光る卵になって、いのちが爆発した。
ドミノの時代25 作者:つとむュー
ゴールデンウィーク分散化法案が可決した。
週末の集会場は、説明を聞きに来た住民でごった返している。なんでも、人によって休暇になる週が異なるらしい。
「今年の五月の第一週は、顔にホクロが一つだけある人が休みになります」
すると、中年の男性が手を上げて質問した。
「俺はホクロ二つだから休みは第二週だか?」
「そうです」
男性はさらに続ける。
「ウチの娘は顔にホクロが三つあるだけんど、一緒に休めねえだか?」
「家族なら一緒で結構です」
すると、男性の娘と思われる女の子が立ち上がって文句を言い始める。
「何勝手に決めちゃってんの? 私はホクロ三つの友達同士で、第三週に遊びに行こうと相談してんのに!」
「そういう事情なら、その友達も一緒に第二週に休んで構いませんよ」
これを皮切りに質問が相次いだ。
「私はホクロが三つで従兄弟は一つなんですが」
「一緒で構いませんよ」
「僕は一つで彼女は二つです」
「どうぞご一緒に」
「アタイは二つで、オヤジは五つ」
「OKです」
「ワシは四つで……」
「あっ、あなたはダメですよ。ホクロの数が前と繋がってない」
「私はカシオペア、愛人はサザンクロス」
「ノープロブレム!」
ホクロの連鎖は夜まで続いた。
ドミノの時代26 作者:ぱらさき
昔々、ある国にお姫様のことが大好きな王様がいて、そのお姫様はドミノが大好きなものですから、自分の夫はドミノの才能がある人がいいと言い出しました。
それを聞いた国中の男達は、あっちでカタカタ、こっちでパタパタ。
だんだん周りと差をつけようと、特別な素材でカララン、綺麗な色でコロロン。
いつだったか、国の東端の男と西端の男が、互いに大きなドミノで目立とうと企てて、お城よりも背の高いズッシリした板が国の東と西からズンズンと立ってゆきました。
男達はドミノ並べに夢中で、国の真ん中にお城があることをすっかり忘れていましたから、いざ、お姫様に求婚だ、とドミノを倒し始めて気づきました。
「このままじゃ、東と西からの板がお城を挟み潰してしまう!」
国中の人々が息をのみ、お城を真ん中にして東と西から板が倒れてきました。ところが、東と西の板はお城の上に三角屋根を作るように、互いを支えあってとまっていました。
それは、あまりにも見事なバランスとタイミングで、人々は大歓声をあげ、お姫様もたいそう喜び、2人共夫に迎えました。
こうしてドミノがバタンとお城を潰すまで、国は平和に続いて行きました。