500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第107回:サマ化け


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 サマ化け1 作者:カー・イーブン

 ワンマン、と陰口しながら社員らは裸の王社長のために会社の裏の洞窟へ向かう。
 化け物が棲むというので敬遠されてきた洞窟は、冬には氷に閉ざされるだけあって猛暑日でも涼しい。珠算七級の経理課長が仕留めた自称竜王が王社長の計らいにより蒲焼きとして社員食堂で振る舞われたおかげか誰ひとり夏バテと無縁だったのみならずこの夏の純利益が前年同期比百六十六パーセントとなったのはさておき、取引先の派遣社員と不倫している総務課長は洞窟の奥の奥の奥で氷を発見する。社長室の浴槽を満たすのに充分な大きさである。総務課一同はさっそくこれを砕いて持ち帰った。
 作業にはそれなりの時間を要したけれど溶けている気配はない。よっぽど冷えているのにちがいない、心臓麻痺を起こさないようにとすでに裸の王社長はまず右足を親指から、つぎに左足を、ゆっくりと腰までを、いぶかしげに肩までを、浴槽に沈めた。
 看破したのは無表情な社史編纂室長だった。氷とダイヤモンドを区別できる社員はもはや絶滅したと思われていたのだが。ダイヤモンドの臨時ボーナスを支給された社員らに王様と崇められるようになっても、王社長は裸だ、そこが夏であるかぎり。



 サマ化け2 作者:茶林小一

「てめえヤりやがったな!」
 白五枚を台に叩きつけて、男が立ち上がった。
「あら。だって、隙だらけだったんですもの」
 ジョーカー二枚をひらひらさせて、黒髪の女が答える。
「まあまあ御二方とも、落ち着きいな……おっと」
 袖口から磁石やマイコンを落としながら、茶髪の女が宥めた。
「まあプロとして、恥ずかしいのはわかりますけどね」
 側のベッドで、全裸の男がコンマ一秒の速さでコンドームを着脱しつつ、女性の股間にスポイトを差し込む。
「それより、こちらの方々は?」
 カメラを構えつつ、男が指さす。そこには統一感のない男女が一列にずらり。
 一人目の男が軽く頭を下げる。帽子代わりに、頭髪を外してみせた。隣の女は巨乳を持ち上げ、まだ新しい傷跡を晒す。次の男は手抜き工法の設計図、次の女は二十枚の結婚届と、次々に正体を明かしていく。
「あんたは?」
 まったく何の変哲もなさそうな最後の老人に、全員が尋ねた。
「わたくしは、いちばんの老舗でございますよ」
 老人が頭に木の葉を乗せた。



 サマ化け3 作者:瀬川潮♭

「時代は、変わったもんだなぁ」
 定年間近の男はしみじみ言ってカードを見た。
「昔は、『切符を拝見します』って車掌が回ったもんだが」
 通勤列車に乗って、もうすぐお別れかもしれない喧騒にもまれながら思う。
 いつもの駅のはさみの切り込みの形はもう、思い出せない。
 十枚綴りの回数券。一番上の大きな部分がサービスの十一枚目の回数券だと気付かず捨てたのはいい思い出だ。
 すうっ、と列車が走り出した。
 揺れも、もしかしたら変わったかもしれない。
 車内吊りの広告もいつの間にかなくなり液晶パネルだ。
 すっかり世の中様変わりしてしまった。
 いや、もう様変わりと言っても若者には通用すまい。
 改めて、見回す。
 周りの若者たちの肌は紫外線の影響を受けにくい黒色となり若干硬質化し、表面が傷付かないよう油を分泌している。触覚も頭頂部から二本、延びている。羽もある。少しなら飛べるらしい。とんだ話だ。
 半面、年配者はもう世の中の様変わりに対応できず昔の柔らかい肌のままだ。
「まあ、いい」
 人類は、これで長く長く存続できるのだろうから。



 サマ化け4 作者:奇数

私は近所で変人扱いされている親父だ。庭にある3本の桜の木には8体のマネキンが首吊りをしている。塀の上には等間隔にマネキンの首が25置かれてある。庭の土からはマネキンの足が生え、赤く血塗られている。これらのオブジェはごく一部なのだが変わった物を収集するのが好きで変わった事を収集する事で他者とは違った自分を見つけ出し自分に酔っている所が少なからずある。しかし今年の夏休みにそんな自分と決別せざるを得ない出来事が起こった。隣に引っ越して来た親父なのだが、こいつが紛れも無く本物だった。庭木に猿轡をした野良犬を吊るすとチェーンソーで切り刻んで苦しむ姿を楽しんだり、庭で糞をしてその自分の糞便を顔に塗り、一日中その顔で私の家を覗いていたり・・・。私は中途半端な自分に酔っていた事を悔やんだ。なぜならもう私には帰る場所が無い。近所でも職場でも変人扱いされ、かと言って隣の親父の様に本物でも無く貫けるものが無い。吊っていたマネキンを片付けながら後悔していた。



 サマ化け5 作者:はやみかつとし

 夏のきら砂をかけられるとその場所からぼくの体がほどけゆくのを感じて、透きとおっていく肩先を見つめた。
 無数の多角形と多面体が織りなす一連の構造体。
 そのそこかしこから腕のように突き出した官能基が、砂粒が当たるたびに一瞬ちいさな閃光を放ち、消えてゆく。かすかに焦げたような芳香を残しながら、ぼくの体は剥き出しの結晶構造になっていく。まるで大きくごつごつした氷塊から滑らかな氷像を削り出すように。
 あなたと夏とぼくとの束の間の化学反応は大気のなかに拡散して跡形もなく、ただ晩夏の光を乱反射するぼくの塊だけがひとり取り残される。



 サマ化け6 作者:オギ

 次々と開き落ちていく花火の間を無軌道に動き回る丸い光は、たぶん新作花火ではない。
 三列前のシルバー着けすぎの柄の悪い集団の間で、さっきからちょんまげが二本、踊るように揺れている。
 ていうか左横にいる人ときたら絵にかいたような落武者だし(折れた弓付き)右横の着ぐるみの一団は人のようだが、その前にいる後ろ姿の綺麗なお姉さんは、全身いささか赤すぎる。顔さえ見なければ大変愛らしいフリルのドレスのご老人は、いったいどちら側だろう。
 冬服の子供たち、オレンジに光るUMA。ほかにもいろいろ、形すら定まらないものが、あたりを埋め尽くす人の群れの間に、たくさんたくさん混じっている。
 花火が終わると、あたりは闇に包まれる。ざわめきは徐々に静まる。有象無象のそれぞれが、一点を見つめ待ちわびている。同じものを待っている。
 まぁいいかなんだって。夏で、お盆で、野外だもの。
 ライトが闇を焼き上げ、轟音が胸を切り裂いた。噴き上げる熱気にのせて、たまった叫びを吐き出す。夜空に拳を突き上げる。



 サマ化け7 作者:水池亘

 スイカの亡霊に取り憑かれたのだった。
「わて、あんさんのこと、呪い殺しますわ。女だとて、容赦しまへん」
 どうやら先日のスイカ割りが原因らしい。きちんと全て食したのだから良いではないかと反論すると、
「あんさんは、全身きれいに食されるのやったら、木刀で頭かち割られてもええと思えますんか?」
 まあ、確かに。
「絶対許しまへんからな。一生を棒に振ったと思うときや。木刀振るっただけにな」
 それから十年が過ぎて、私達は小さなスイカケーキを自作して、包丁で丁寧に切り分けた。ウエディングケーキの代わりだ。
 こんな形でしか祝うことができなくてごめん。
 そう謝ると、亡霊は「かまへんかまへん。どうせ人に認められん関係やさかい、気持ちだけで嬉しいわ」と笑ってくれた。
 ケーキは甘く爽やかな味がした。



 サマ化け8 作者:JUNC

サとマに文字化けしている。
【たかしが、だんだんサマになってる(ハート)】
あいつから送られてきたメールの一文。
添付された何枚かの写真は、
押入れを整理してたら出てきたという、
幼なじみであるがゆえの昔なつかし写真の数々で。
【たかしが、だんだんサマになってる(ハート)】
絶対これは、スとキって文字が、
サとマに文字化けしているに決まってるって、
何度も何度も読み返してばっかいる、俺、17の夏。



 サマ化け9 作者:三里アキラ

 休みの間キンパツにしていた髪に黒を入れる。肌は少し焼けてしまったけれど、この程度なら長袖とメイクでごまかせる。
 人生二度目の独りぼっちの誕生日を過ごした。海に行った。川に行った。ライブに行った。騒いだ。飲んだ。キスをした。でも全部、封印する。カラコンも捨てる。服も捨てる。写真と知り合った人の連絡先は消去する。思い出もできるだけ忘れる。街ですれ違っても<私>だとは誰も気付かないだろう。大丈夫、元の生活に戻るだけ。だって結局は何も変わってなんか。
 開けたピアスの穴だけ消えない。それは私の破瓜の証。



 サマ化け10 作者:不狼児

 久しぶり!
(絶句)
 狂言綺語註釈隊の隊長は、ほんの半月前、知っていた人と同じ女性とは思えず、「冥土イン野蛮」と「猿のお尻は真っ赤っか旗めく空のとうがらし」の間に広がる泥の海に言葉の橋を架け渡し、すっくと立って曰わく、
「きまぐれ障子は浅葱色。藍の風鈴。ヤマカガシ。軒端に垂れてゆれている」
 僕はだんまり。頭の中の泥沼に裸の小人を泳がせる。なにしろ彼女はこの夏の全熱量を集めたほどにも眩しくて。
「銀の雲には金の蜘蛛。しぶき硝子の緋の投網」
 それでも、小人にはしっぽがある。とらぬ狸の化かし合い。
 寄せては返す嘘の浪。岸の浪。遠い浪。浪また浪の八重垣にたたなづく。
 出演御礼奉ります。その心は。
 一年間続く夏休み。



 サマ化け11 作者:koro

 茹だるような夏の空気が、周りの景色をぼんやりとさせていた。
「私に他にも男がいることを、亮介さんに告げ口でもするつもり?」
 どこか遠くから聴こえてくる死ぬ間際の蝉のような声を女は発した。黒いキャミソールが白いノースリーブのシャツから透けている所も、唇から少しはみ出した赤いルージュも、すべてが下品でおぞましく見えた。
「お兄ちゃんには言わない。大切な人だから」
 大切という言葉に反応して嘲笑うような笑みを見せたかと思うと、じゃあ仲良くしましょうよと手を差し伸べてきた。
 私はその手を払い除けた。一年前に死んだ、ばぁばがよく口にしていた言葉が脳裏を過ぎる。
「お盆の夜、聞こえちゃいけない声を耳にしたら、両耳を塞げ。じゃないと化け物さまが……」
 でも、私は聞いてしまった。とても恐ろしかったけど、ずっと聞きたかった声。
 駅のホームの端に追いやられていることに気づいた女が、目玉が飛び出んじゃないかというくらいに瞳孔を開いた。あと、もう少しで電車はホームにやって来る。
 地獄に煮えたぎるあぶくの音のように、どんどん近づいてくる。



 サマ化け12 作者:もち

 水の中。すれ違いざまにくじらを抱きかかえ、無人のプールを割いてゆく。見上げた水面ははるかに遠く、意識がとおのく。気がつけば目の前にはくじら雲が口を開けていて、そのままくじらの内と外が裏返る。ぼくはくじら雲にまたがり、茫然と夏の午後を泳いでいた。



 サマ化け13 作者:紫咲

 私はデッキチェアに寝そべり休日を楽しんでいる。シャツを脱いでしまったので太陽を遮るものは何もない。剥きだした背の肌に夏の光が降ってきて、形容するなら熱した針に貫かれるように。いや、熱い布でくるまれるように。いや。皮膚の充実感を存分に堪能していると、喩えることが割に合わない重労働に思えてくる。脳の余分をちまちまと遊ばしているだけなのに、物草が出張ってくる。「あーあ」伸びを律儀にすると、足の親指で反対のくるぶしを撫でたくなった。やろうかな、やるまいかなと悩む程度で、欲望というにはあまりに押しが弱い。弱い押しに負けるくらいだから私の心も相当に緩んだとわかる。くるぶしは把握していたより近くに触知され、形も丸かった。「おおー」身体地図の更新に人知れず驚く。危うく声を挙げるところを鼻息を奮発して誤魔化す。この顛末を笑ってくれる知人を思いうかべ、自分が話しているところを夢想する。プールの方角から水と子供の戯れが聞こえたので、急いで顔を澄ました。激しいもの、突き動かすもの、遠くへと駆り立てるもの、それらは脳の底で眠っている。それらが宝なら私は船だ。私は船だ。私は船だ。私は船だ。私は船だ。私は船だ。「あーあ」夏の底に沈没、完了。



 サマ化け14 作者:脳内亭

 というとあれか、古くなった傘の妖怪(それ、傘化け)
 悪い子はいねがー(それ、なまはげ)
 あちゃーぜんぜん読めなくなってるわ(それ、文字化け)
 ごはんには結局これが一番(それ、玉子かけ)
 てんぷらも美味しいよね(それ、さつま揚げ)
 魚も塩がきいてて(それ、新巻ジャケ)
 けっこうけだらけ(猫はいだらけ)
 昭和の爆笑漫才(それ、ダイラケ)
 中野ブロードウェイ3Fの(それ、まんだらけ)
 大穴きたー!(それ、万馬券)
 冨樫のことかー!(それ、働け)
 さおやーあー(それ、さおだけ)
 ブルーレット(それ、置くだけ)
 月曜日は(市場へ出かけ)
 月曜日は(ウンジャラゲ)
 幸せーって(何だっけ)
 時の流れに(身をまかせーそれ、テレサ・テン)
 ……はぁー(るばるー来たぜそれ、函館)
 やはり無理して呑むもんじゃないな(それ、ヤケ酒)
 すこし摂生しないとダメだよな(それ、いい心掛け)
 きっとこの暑さで疲れてるんだ(それ、夏バテ)
 だから変なのにも憑かれるんだ(それ、もののけ)
 何かいちいち突っ込んでくるし(それ、オマエがボケるからやんけ)
 では改めて訊くが、誰だキサマ(おれ、サマ化け)



 サマ化け15 作者:まつじ

 とにかく俺は偉いんだ、って、ええ、そう言うんですよ。
 どれくらい偉いかというと、名前が必要ないくらいである。であるから、呼ぶのも本来ははばかられるはずだが、致し方ない場合は敬意のみをもって「様」と言うように。
 と、言うんですよ。そう、その「様」が。
 口答えをすると、えらい目に遭うぜ、なにしろ俺は偉いのだからな、とふざけたことをのたまうこれが冗談ではなく、いい案配にぎりぎり死なない程度のえらい目に遭います。実際偉いかどうかはともかく、もともとが超常な存在ですからね。ああ、超常って言葉、喜びそうだな。「様になる」、というのは実は俺が語源なんだぜとか、ふんぞり返ってたし。

 と、いう訳で、です。
 話は戻るんですが、それ、その「様」の御指名で。
 何故と聞かれても、偉い人の考えることは、さっぱりですねェいやあ、はっは。
 とにかく、おとなしく話を聞いていれば、なんてことはないですから。えらい目に遭わされないように、一応教えましたよ。なに、たかだか、ひと夏です。やっぱり夏が一番「様になる」からな、とか、ふんぞり返ってたりしたなあ。
 いやいや、信じられないのはよく分かります。
 ま、でも、出ますよ。
 保証します。



 サマ化け16 作者:sleepdog

 僕が知る一番明るい街・新宿はオーバーヒートした。闇に三割奪還された感じだ。
 夜十一時、新宿から小田急でもっと夜の濃い湘南の海に向かう。隣にはゲタを履いたほっかむりの女の子。とりとめない話をすると、ぽわぽわと心がはずみ温まる。町の背丈が低くなるにつれ、乗ってくる客から海の匂いが漂い、小麦色の肌が増えていく。
 この季節、湘南にはスイショウホタルが現れる。蛍の一種で体が水晶みたいに透明なのだ。夜行く人は割合それが目当てだった。話を振ると、女の子はガムをモグモグして言った。
「スイショウホタルは夏の繁殖期までオスとメスの区別がないんだよ」
 それは知らなかった。
「じゃあ、春に恋人を作っても天を仰ぐやつがいるね」
 女の子はおなかを抱えて笑った。
 終点の片瀬江ノ島駅から、橋を渡り、ちょうどいい暗さの海に出る。女の子は浜辺でゲタを脱ぎ、つま先で砂を掘り、紋章のような印を描く。冷たいZIMAを手に眺めていると、その印に小さな光が集まり出した。肌の白さが足下から奇麗に照らされる。
 手を振ると、
「慌てない慌てない」
 と女の子は満足げな瞳で笑う。こうなって見ると、やはり夜は夜であるべきだ。



 サマ化け17 作者:空虹桜

 最初に君と出会った社交界としてのパーティで、わたしは君を「お客様」と呼んだ。なにせ、わたしはバイトのボーイで、君はゲストだったから。
 君がこちら側の人間だと一目でわかった。不貞腐れた十代を過ぎて、分別もついて大人になった君。不器用な笑顔で、背景に馴染もうとする君。
 生き難い社会をやり過ごすために、わたしたちは時と場所と時間に応じて呼び方を変える。
 誰もいない海。幸福の向日葵。悲しいだけの旅。授かった命・・・呼び方の数だけ思い出がある。
 わたしの奥様だった君は、新たな名を得て旅立った。
 今、わたしはなんて君を呼べばいいのだろう?
 そっちへ行くまでに、神様でも仏様でもなく、今の君に相応しい呼び方を探そうと思う。
 愛しているよ。おやすみ。



 サマ化け18 作者:加楽幽明

暑いのが嫌いなので、夏を殺すことにしました。右手のナイフを強く握ると、僕は何度もそれを夏に突き立てました。切っ先が夏の内を深く抉る度に、蝉のような喧しい鳴き声を、夏は何度もあげました。僕はその声に苛立ちを募らせ、息の根が止まるまで執拗に夏の胸元を刺し続けました。夏が暮れ泥む空のような真っ赤な色を飛び散らせるので、みるみる世界が沈んでいきます。僕は無性に淋しくなり、懐中に入れていた線香花火を取り出すと徐ろに火を灯しました。火花はちろちろと爆ぜ、辺りを俄かに照らしていきます。やがて線香花火は勢いを失くし、先端の玉だけになります。茫と灯る火の玉は、ふとした弾みで地面に落下してしまいました。僕は途端に胸を締め付けられるような郷愁に襲われました。季節が巡っても、僕の知っている夏にはもう二度と逢えないのだと悟ったのでした。



 サマ化け19 作者:たなかなつみ

 仕事があんまり忙しかったので、狐を呼んだ。狐は賢くも黙々とパソコンに向かって宛名ラベルを作ってくれたが、なぜか「御中」がすべて「サマ中」と印刷されてしまっていて、わたしは大量のタックシールを手にうなだれた。
 「御中」にするか「様」にするか迷ったんだよね、と狐は言う。だから折衷案で。
 そのとんでもない言い訳もどうかと思うが、「様」がカタカナになってしまっているのはまったく解せない。印刷したらどうしてだかカタカナになっちゃったのよ、と狐は言う。こういうのってなんて言うんだっけ。文字化け?
 狐は、ほほほ、と笑って、どろん、と消えた。狐に仕事を手伝ってもらおうなんて、考えたわたしがばかだった。
 手元に残った宛名ラベルをまとめてシュレッダーにかけると、もくもくと煙が上がって、「サマツカレサマ」という文字が中空に浮かんだ。どうやら狐の辞書では、「御」はすべて「サマ」と変換するらしい。鬱陶しいことこのうえない。わたしは大きく息を吸い込んで、その文字列を吹き飛ばして消した。



 サマ化け20 作者:松浦上総

 夏がうわさしてるわ、あなたのことを、モンスターみたいで気が抜けないの。
 好きでデカくなったわけでもないさ、味のないゼリーと思ってみないか?
 漁師さん大迷惑、網にかかるそのときに、みんな口をそろえる、増えて増えてエサ泥棒。
 エチエチエチエチエチゼン。クラクラクラクラクラゲ。みんな、俺を嫌ってる。
 だけど突然数が減って、絶滅危惧種になれば、急にやさしくなる。



 サマ化け21 作者:つとむュー

「おーい、みんな久しぶりだな。ちゃんと夏休みの宿題をやって来たか?」
「もちろんですよ先生。親とかには全然手伝ってもらってませんから」
 いや、絶対手伝ってもらってるだろ。これってイカサマ?
「先生、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
 あらら、こっちは泣き出しちゃったよ。オコサマか?
「余はちゃんとやっておるぞよ」
 珍しくやって来たもんだから、トノサマになってる生徒もいるぞ。
「先生。絶対、絶対、ぜったーい、明日までにやって来るから許してね」
 いやいや、それはアカラサマだから。
「先生こそ、短パンにサンダルでどうしたんですか?」
「先生の頭の中もまだ夏休みのままじゃないですか!」
 げっ、俺としたことが。オタガイサマか。



 サマ化け22 作者:砂場

 嫌な思い出が、あったのだ。おそらく、だから私の世界にその季節はない聞こえない見えない匂わない感じない。代わりに違うものがそこを埋めている。他の記憶はあるので、何の代わりかは見当が、ついてしまう。
 あの電柱のあそこにはセミがいるのだな、とか、今空を横切ったのはセミだろうな、とか、この道端にあるのはセミだろうな、とか。たとえ二十面体(数えた)をしていようが、口に入れたら(入れてみた)トマトだろうが、信号機のように色変化(青は点滅する)しようが。
 鳴いているのだろう、コオオオオというような低い風音や、エレキギターのような音や、ただ眩い点滅していたり。ツクツクボウシなのか、アブラゼミなのか、クマゼミなのか、適当に決める。
 ところで別にセミは好きでも、嫌いでもない。
 ただ、嫌なことがあった、あの季節のことばかり、私は繰り返し考えている。どんな嫌なことがあったのか、やったのか、思い出せるのだろうか。そうしたら、次に行けるだろうか。私の成仏する先は、秋だ。塗りつぶされたような空を見上げてうんざりする。私は、秋の夜空が見たい。秋の星空も、思い出せないのだ。きっと、きれいだろう。



 サマ化け23 作者:よもぎ

最後の花火がぽとりと落ちた。笑みだけを残して君が闇に溶けていく。
白い浴衣がはらりと落ちた。僕の知らない生き物になって飛び立った。



 サマ化け24 作者:永子

尊い方が次々に姿を消していった。
殿様は白塗りに甲高い声でしゃべるようになり、姫様は茶髪にどぎついつけまつげ。お父様はへらへらと薄っぺらく、お母様は気取った声で空笑い。お医者様は金のことしか口にしなくなり、神様仏様にすがろうとしたら、お賽銭を受け取ったあともっさりした尻尾を揺らしながらどこかへ行ってしまったという。
ついにはお天道様も。真っ逆サマではまったくサマにならない。
「問題の担当はどこなんだ」
「やはりアカシックレコードの印刷局じゃないか」
「おい、責任者はどうした」

「すみません、休暇中です」