500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第109回:第二印象


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 第二印象1 作者:伝助

「確かに、そんなモノは必要ないぞと言った。すまぬ。やはり、わからなかった」 とうとう国境まで歩きまわって、夕陽を見ながら陽気に笑う王子様の背中に、私はガラスの靴を投げつけた。



 第二印象2 作者:奇数

公園前の歩道をカジュアルな服に身を包んだぱっと見の第一印象はどこにでもいそうな青年が歩いてくる。私との距離は30メートル。私は今年で83歳になる。私には特殊能力がある。私の10メートル圏内に入るとその人の(心の声)が聞こえる。青年との距離が10メートルになった時、青年の(心の声)が私の脳内に侵入し始めた。『この死に損ない目が。俺は基本的に老人が嫌いなんだ。ああ目が汚れる。汚らしい皮膚をこの世に晒して、ホント恥ずかしくないんでしょうか?ああバッチイ。こんな汚物に年金が支払われるなんてなんかウザイ。俺が代わりに使ってやりたい。おっ向こうから綺麗なネーチャンが来るぞ。最近ヤッてネーナ。一発やりてえナー。』私はふと思った。この青年の第二印象はまだましなほうだなと。多くの人間の(心の声)を聞いてるとまだこんなものマシな方なのだ。私は青年に軽く会釈すると鼻歌を歌いながら散歩を続けた。



 第二印象3 作者:瀬川潮♭

「あれ?」
 初めて本四連絡船に乗り込んだとき、既視感がさざ波のように私の心を揺さぶった。
 踏みしめる階段。
 がこん、と手応えのある客室への扉。
 畳敷きの座敷席。
「すいませんが、お会いしたことがありますかね?」
 座敷を通り越し三人掛けの椅子に座ったところで、前席の男性が振り返って私に聞いてきた。見知らぬ男である。だが、どこかで見たような気がする。
「いえ、初めてのはずです」
「ですよね。初めてのはずですよねぇ」
 繰り返すが二度目ではない。
「私は四国への旅は初めてなんですよ。だから、この船にも乗ったことはないはずなのに」
 乗ったことがあるような気がする、と言う。私と同じだ。
「でも、私と会ったことがあるような気がするだけでこの会話をしたわけではないですよね?」
 私は自分に言い聞かせるように男に話した。男は、「ああ、それはそうですね」と。
 この時、ラジオを聴いている後席の男の声が耳に入った。
「よし、行けっ! 三冠阻止だ」
 競馬らしい。
 だが、私は知っている。結果は三冠馬の誕生だ。
「ああっ! 畜生」
 ほら。
 そういえば、これは第二印象と呼ばれる病気らしい。
 医者によれば、害はないと言うような気がする。



 第二印象4 作者:峯岸

 第二子として生を受ける。第二次ベビーブームの時期であり、両親は第二次世界大戦の終わり頃の生まれだ。小学校は区立第二小学校に通い第二体育館でラジオ体操(第二)をしている最中に何故か人差指を折り診断書には「右第二指骨折」と書かれる。中学へ進学すると成績は常に学年第二位。偏差値が県で二番の私立高校に進学し、野球部に入部するとポジションは二塁。甲子園を目指すも予選はいつも第二回戦で敗退だった。大学は文科二類に合格する。第二外国語にはフランス語を選択、ボーヴォワール『第二の性』やマルセル・エーメ『第二の顔』、ボワロー&ナルスジャック『アルセーヌ・ルパンの第二の顔』等を原文で読む。第二種運転免許を取っていたので大学卒業後はタクシー運転手になったもののすぐに退職。第二新卒として警視庁に採用され、警察学校を卒業してからは捜査第二課に配属される。二番目に好きだった相手と第二日曜に第二の故郷で結婚式を挙げる。第二の人生を始める第二の決め手は第二印象。二次会は二時から第二宴会場にて。



 第二印象5 作者:脳内亭

 ベルが鳴った。目の前が真っ暗になった。まんまの意味だ。暗闇。何にも見えない。
 じっと身構えていたら、すぅーっと今度は目の前に顔が現れた。白い顔。いかにも幽霊といった感じの無表情でこっちを見て、おもむろに口を開いた。
「またお会いしましたね」
 はて。まったく覚えがない。よくよく見れば整った美しい顔立ちだ。だからだろうか、覚えてないのは。黙って考えているうちに、その顔はふっと消えてしまった。
 再び闇に取り残される。こまった。その場へ座りこみ、さっきの白い顔を思い浮かべてみる。あれは誰だったのだろう。
 するとだ。闇に浮かべたその顔が、ほのかに灯りとなって周囲を照らしだした。ぼんやりと手前にドアが見える。よし、と直行でノブを掴んだ。回る。思いきり引いた。
 目がくらむ。ドアの向こうは白い部屋。真ん中にベッドが、その上には全裸の女が横たわっている。その顔は、さっきの顔だ。女だったのか。眠っているようだ。
 またもベルが鳴り、真っ暗になった。ただ女の残像のみ、うっすらと光っている。残像はゆっくり起き上がり、こっちを見た。整ってはいるがよくある顔だ。それが今度はにっこりと笑った。
「はじめまして」



 第二印象6 作者:よもぎ

大通りに溢れかえるクリスマスソングに辟易した僕は、入ったことのない裏通りを歩いていった。どこからかか漂う馥郁たる珈琲の香り。足を向けるとふいに小さなレンガづくりの喫茶店があった。ドアをあけるとカランとチャイムの音。
「いらっしゃいませ」
カウンター越しにふっくらとした笑顔で白いエプロンのおばあさんが声をかけてくれた。カウンターには客らしき年配の男性がひとり。豊かな白いひげが顔を隠している。
「おお、もうこんな時間だ。すっかり話し込んでしまった」
男性は珈琲を飲み干した。
「また来るよ」
と席を立ち、すれちがいざま僕に青い瞳でにっこりと笑って、ドアを開けて出ていった。
あれっ?今の人、たしかどこかで会ったような?有名人?
珈琲を注文し、僕はそのことをおばあさんに尋ねてみた。おばあさんは、いたずらっぽく笑い
「ええ、ええ、あなたもきっと以前あの人に会っているはずですよ。だって、あなたも子供だったんですもの。いつかどこかのクリスマスの夜。覚えがあるでしょう?」



 第二印象7 作者:JUNC

間違い探しか何かか、これは。
服装や髪型は違うとしても。
顔の中だけでももう間違いが5つもある。
この3日で、こんなに。
大きくなるのか、ホクロ。
高くなるのか、鼻。
ぶ厚くなるのか、唇。
盛り上がるのか、頬骨。
低くなるのか、声。
…君は一体誰なんだ。



 第二印象8 作者:空虹桜

 @新日本現代美術館。
 ちなみにサブタイトルは「ウルトラ・モダン印象派と眼差しの行方」展。
 目当てはなんと言っても、ポスターにもなってるロナルド・J・マクソホンの「退化の誤謬」だけど、リアルスケールのホログラフ水彩だってのに、人の隙間からチラチラ動いてるのが見える程度でうんざり。混みすぎ。
 新日現は二回目なんだけど、キュレータのセンスに運営スキルが追い付いていないんだよなぁ。展示導線筆頭にReリトグラフ化したなりの展示形態を考えるべき!
 閑話休題。
 圧巻はタイの作家スルベイ・レングドシャの「エレファント・マンゴスチン」
 実態と本性というか、見え方と見せ方に自覚的な作品だし作家だなぁと。オーセンティックな印象派、つまり、マネやモネへのリスペクトをベースにアジアンカオスというか多幸感を、四次元エッチングって表現技法に上手く落とし込んだ傑作。
 アジア各国のエスニックさは、マイナー感が強いんだけど、サブタイよろしく、ローカルからこその土着化した混沌への眼差しが、古典的な芸術運動と融合した時、新しいアートが生まれるのではないか?と思いました。
 来週までやってるから、一度見て欲しい美術展です。



 第二印象9 作者:不狼児

婚約指輪に血塗られたダイヤモンドを望む女は不幸な結婚生活を送るのが当然だし、東日本大震災が天罰だとしたら、それは楽天のようなゴロツキ企業を球団に迎えた宮城県に対するものだろう。阪神大震災はオリックスのせいだ。札幌や幕張が無事なところを見ると、日本ハムやロッテはそこまでひどい企業ではないのか(もっとも幕張は液状化で沈んだが)。DeNAがどんな企業かは横浜を買収して見ればわかる。横浜が地震か、津波か、原爆投下で壊滅しなければ、楽天よりはるかにましな企業ということだ。それにしても——石原慎太郎の東京はともかく——橋下徹みたいなゲス野郎を知事に選んだ大阪に天罰が下らないのは解せない話だ。見かけの派手さを別にすればどこの知事も中身は同じ。権力機構のタチの悪さは古より変わりなく、「この程度で一々災害を起こしていては日本なんかとっくの昔に沈没してる」と神様は宣うかも。その点をどうお考えか、小松左京先生にお尋ねしたいところだが、残念。既に閻魔様がおひきとりになられた。この上は天皇不在の新嘗祭に不備があって機嫌をそこねた神罰で年号が変わるような事態を恐れるのみ。とはいえ毎度毎度ろくな人間を知事に選ばない大阪なら、次の天災で壊滅しても、あまり可哀想ではないので丁度いい。何も起こらなければ——天罰も呪いもないのだ。



 第二印象10 作者:山仙

「第一印象で判断出来る奴なんて滅多にいない」
 壇上の人は誰もが知っている事を強調した。問題はその応用。そこにエリートの真価が問われる。
 温故知新の謎掛けに、俺なりに出した答えは
『印象の固定には第二印象が決定的に効く』
 国民の不安なんか第一印象に過ぎない。『でも』日本は安心。揺り戻しの『でも』こそが鍵だ。
 壇上の人は
「人は易きに流れる」
「日本人は国際という言葉に弱い」
「有望な若者は常に反発心がある」
「自尊心は、知ったかぶりのニヒリズムを生む」
「世論は長つづきしない」
と説明を続け、俺達エリートは、
『便利さを繰り返し宣伝しろ』
『国際機関の情報のうち有利なものだけ翻訳しろ』
『真面目な熟年老人を煽てろ』
『危険を承知する自尊心をくすぐれ』
『3年待て』
と脳内翻訳しつづけた。その経験は12年前も大いに役立った。きっと今回だって・・・問題は、再々洗脳するまで利権構造を支えきれるか。
 俺は壇上の人となって若輩どもを叱咤激励している。反省とは負けであると。俺達には勝ちか負けしかない。



 第二印象11 作者:つとむュー

 私の彼は青年実業家。
 見た目はパッとしない醜男なんだけど、人気ネットショップ『印度すごいんど』を運営していて、かなり儲けているみたいなの。
 しつこく付きまとってくるのは嫌だけど、お金があるのは魅力よね。
 ある日、彼の住む家を訪れてびっくり。だって小象がかっぽしてるんだもん。
「まあ、可愛い!」
「すごいでしょう。インド象とは思えないほど耳が大きいのが特徴です」
「ホント。アフリカ象みたい」
「遺伝子操作なんです。ワシントン条約やら何やらでアフリカからの輸入は難しいですから」
「それって偽物ってことじゃない」
「でも、結構問い合わせがあるんですよ」
「へえ〜」
「それでいよいよショップで売り出そうと思っているのですが、どんな名前にしたらいいのか悩んでいるのです。何か良いアイディアはないでしょうか?」
「なんちゃってアフリカ象」
「アフリカ象はまずいんじゃないでしょうか。クレームが付くかもしれません」
「じゃあ、第二インド象」
「第二はいいと思いますが、インド象というのは興ざめですね。ネタバレしちゃってます」
「それなら……」
 第二印象。
 二人で決めた素敵な名前。
 この象が売れたらプロポーズしてくれないかしら。



 第二印象12 作者:紫咲

 やめろ。いくら仕返しだからって、これ以上わたしを殴るな。頬骨が陥没したらどうする。まったく下手な殴り方だよ、貴様のは。私とは違うんだよ!性急で短絡すぎると前から思っていたが。いいか、そのままの姿勢で聞け。私の鼻血が止血するまでとくとくと話してやる。あん?血が重複して使われている・・・だまれよ!それだけたくさん血が流れたんだ。貴様は知るまい。爽やかに晴れた日曜の朝のことだった。コンビニで雑誌を買ったんだ。表紙には美形が映っていた。得意顔で世界を睨み下ろしている。テカテカしていて500円だ。ほほえむんじゃない!第一印象の特集だった。裏表紙を閉じた私はしばらく茫然とした。そうなのか。誰もが印象第一とあくせくしているのか。区画整理されたこの世界。危機感を追いやるように、もっと努力せねばと使命感が漲った。似たような赤裸裸な雑誌を集め、研究した。研究が終わった時、私は印象の名人になっていた。ある時は遠くから優しく見守る。ある時は尊大に物のように無視する。心と姿を入れかえて、貴様の前に出没した。寄せては返えす津波のような第一印象が、どぎついコントラストで貴様の胸を翻弄する。はずなのに!どうして貴様は殴りかかってきたんだ。ちょっとちょっかいを出しただけじゃないか。貴様を、貴様は、貴様が。



 第二印象13 作者:氷砂糖

 黒いジーンズにブーツを合わせてファー付きジャケットの中はボーダーのニット。地味、と言うよりはイモっぽくて、黒田の彼女にしては華がないってところか。育ちが良さそうではあった。黒髪をポニーテールにしていて、なぜかゴム紐だけ赤くて、バランス悪いと思った。
 彼女を紹介する黒田は始終へらへらしていた。初彼女でもなかろうに。女のほうは始終にこやかだった。日曜のファミレスは家族連れで溢れていた。俺はランチセットを喰いながら黒田ののろけ話を聞き流していた。聞き流しながら女を観察した。黒田の前にもランチセット、女の前にはチョコレートパフェ。柄の長いスプーンで生クリームやらアイスクリームやらを少しずつ口に運ぶ。黒田の料理は減らない。俺はコーラを一口飲む。
 黒田の話が終わり、女はちらりと俺を見てパフェの最後の一口を頬張った。ドキリとした。会計は黒田が持ってくれた。女は笑顔でお辞儀をし、黒田に寄り添う後姿。揺れるポニーテール。本能的に、この女はビッチだと思った。疑いなく。なら黒田にお似合い。
 黒田にも女にも、会ったのはそれきり。俺も頭の中で女を犯してやろうとしたが、揺れるポニーテールしか思い描けなかった。



 第二印象14 作者:砂場

 あたしだって夢見がちな小さな女の子ってわけじゃないんだから、おばさんのこと最初から最後まで、猫好きの地味好きで人間嫌いで猫のおばさんって呼ばれるのが嫌いでちょっと意地悪なただのおばさんだと思ってたのに、あたしの前からぱっと、ほんとに真ん前から、ニヤッと笑ってぱっと消えちゃうなんて、常識のある小学生に、あなたが魔女だなんて分かるわけないじゃない! ねえ、またぱっと会える? ねえ、魔女なんだからあたしの声聞こえてたりしないの?



 第二印象15 作者:はやみかつとし

 初めて会ったとしか思えない。



 第二印象16 作者:加楽幽明

 前の席からプリントが回ってきた。印象希望調査書と書かれている。ああ、もうそんな季節かと、僕は思わずため息を漏らした。この学校では生徒の個性を尊重するために、クラス替えの前にどんな自分に見られたいか印象を調査する。お調子者、真面目、熱血、まとめ役、おしとやか。なりたい自分の印象を第一希望から第三希望まで記入する。教師はそれを参考に来年度のクラスを編成するのだ。これは希望する印象が被らないように生徒を配置して、生徒が理想の人格を形成できるように手助けするためだと言われている。
 僕はシャーペンをカチ、カチ鳴らしながら考える。来年は僕も三年生だ。この箱庭から、一年もすれば飛び立つ。たしかに学校生活は楽しかった。だけど理想の自分なんていつまで追えるだろうか。明るい言葉だけを紙上に並べ立てても結局のところはうまくいかない。うわべだけを取り繕っても、それは本当の僕なのだろうかと思うことの方が多い。外に出ても、僕は僕でいられるだろうか? そう思うと鈍く胸を締め付けられる。一番目は無理でも、せめて二番目の印象くらい叶えばなと思った。
目の理想くらい叶えばなと思った。



 第二印象17 作者:オギ

 高校の入学式で初めて会った時の君は、明るくのびやかで、いかにも賢そうで、人種違うな、と思ったのを覚えている。実際同じクラスながら、ろくに話すこともなく日々は過ぎた。
 あの日。忘れ物を取りに教室に戻ると、君がひとり、机の上にだらりと腰掛け外を眺めていた。一瞬誰だかわからなかった。
 怒りのような憎しみのような悲しみのような。十六歳の少年にはあまりに複雑で険しい表情。なにかが壊れる寸前のような、はりつめた静寂。
 ほんの数秒だ。君はすぐに僕に気付き、わずかに目を伏せた。ふっと息をつき、唇の端を引き上げる。顔を上げた時にはいつもの顔で、よう、と笑ったから、僕も普通に、やあ、と返した。
 挨拶を交わすようになり、いつの間にか誰より仲良くなって、けれど、君があんな表情を見せたことはその後一度もない。

「お前、ただでさえ無愛想なのに、怖いよこれ」
 最後に会った日、僕の伸びきった癖毛を弄りながら君は言った。
「……ほんとうは優しいのに」
 なぜか少し震えた声に、ふとあの日の記憶が重なった。

 君が消息を絶って一週間。返信のこない携帯を開いては閉じる。
 僕は伝えたことがあるだろうか。君だって優しい。
 君の望むままに、ほんとうに、優しい。



 第二印象18 作者:まつじ

 出来れば聞かせて欲しいなあ。
 だけど、会ってしまったら、ふたたび会うことはありません。
 一期一会の呪いでもかかってるみたい。
 もう会えないな。かなしいな。
 わたしが走っても、どうしてかあなたには辿りつけない仕組みです。
 だからせめて、いつも可愛くいようと努力はしているのです。
 だれかまた会いに来て、言ってほしい。
 君ってはじめて見たときより可愛いね、不細工だね、面白いね、つまらないね。とか。
 何でもいいんだけど。