消臭効果1
生贄は村の娘の中から選ばれる。
正月三日、数えで十三から十五になる娘たちが集められ、お狗様の検分を受ける。
鼻の利くこの神獣は正しく生娘だけを嗅ぎ出して、その中の最も相応しい一人に吠え掛かるのだという。
五平にはハツという十五になる娘があった。
早くに母親を亡くし、五平が男手でひとつで育ててきた娘だ。
おととし、去年と、ハツはお狗様の鼻を逃れてきた。今年も無事そうなるだろうと、父娘の間には秘かな確信があった。
昼過ぎ、半鐘が鳴らされ、娘たちは親に付き添われながら社の境内に集まった。型通りの祈祷とお祓いが済むと、娘たちは半円形の陣に並ばされ、その中心にお狗様が放たれた。
鼻面をグイと押し付けながら、お狗様は娘たちの裾を嗅いで回った。
そうやって一巡が終っての二巡り目、ハツの顔色が変わった。
お狗様は真っ直ぐハツの前に寄ってきて、吠えた。
幾度も激しく吠え掛かり、ハツはその場に崩れ落ちた。
「そんなバカな」叫んだのは五平だった。「そんな筈があるものか!」
大声で更に何かを訴えようとする素振りだったが、そこで言葉を呑みこみ、後はそのまま押し黙った。
ハツは社に抱え込まれた。
五平はその晩、首を括った。
消臭効果2
君は僕とつきあい始めてから、短かった髪を長く伸ばして、僕の好きなツインテールにしてくれるようになった。僕は、本当はそれがうれしくてたまらないのだけれど、あえて、口には出さない。
今日待ち合わせた時計台の下、夕暮れの淡い光に照らされて、何度も腕時計をたしかめている僕の天使。世界でいちばんの、僕のかわいい人。君の笑顔を守るためなら僕は、世界を敵に回してもかまわない。だから、いつまでも、僕のそばにいて。
あっ、君が僕に気がついた。頬を膨らました顔がまたかわいいんだ。だから、わざと待たせてみた。
「もおーっ。あんまり待たせたら、知らないおじさんについて行っちゃうんだからね」
「僕も、かなりのおじさんだけど」
「いいの。私のことぎゅっとしたら、おじさん臭さなんてどっかいっちゃうから。だから待たせた罰っ。今ここで、ぎゅっとしなさいっ」
まいったな。
消臭効果3
彼女から彼へ「変な臭いがするんだよね」
Re「じゃあ掃除しに行こうかなあ?」
友人から彼へ「よかったな、初デートだな」
Re「デートじゃねえし」
彼から彼女へ「掃除用具をディスカウントショップで買っていきましょうか?」
Re「レシートも合わせてお願いします。お金はあとで払います」
彼から友人へ「スカートがかわいい。鼻血が出そう」
Re「チャンスだな。押し倒せ!愛のジャーマンスープレックスだ!」
彼女から彼へ「今日はありがとう。忙しいのに手伝ってくれてありがとう」
彼から彼女へ「いえいえ、僕はヒマなので」
彼女から友人へ「大掃除終わった。疲れたよう」
RE「お疲れ様。部屋が広いから一人で大変だったでしょう」
RE「ううん。同じクラスの子が来て手伝ってくれたから」
RE「・・・」
消臭効果4
朝起きると、鼻の下がぽっこりともりあがっていた。慌てて鏡をみるとなんと鮮やかな青色に腫れあがっている。
一瞬、ひ、となるが、これはあれだ。貼るだけ吸臭くんトイレ用だ。なぜならうちのトイレのドアにも同じものが貼ってあるからだ。
犯人は妻だ。なぜなら昨日、妻の新しい香水を、なんかくさいと言ってしまったからだ。
剥がそうと引っ掻くが、あまりにぴったりくっついていて、押しても揺らしてもぷにょぷにょするばかり。
「お似合いよ」
ふいに真後ろで妻の声がして、ひ、となる。
「ごはんよ」
姿が消えると気配が消える。いつもはほのかな甘い香りが、ふわりとした存在感を放っているのだが。無臭の妻、怖い。
キッチンに行くと、朝からカレーが湯気をたてていた。しかしびっくりするほど香りがしない。座ってスプーンを握るも、まったく食欲がわかない。
妻は静かにコーヒーを飲んでいる。切れ長の目、薄い唇。鋭利な美貌は無表情だと妙な迫力がある。でも昔より、柔らかくなったかな。
しみじみと見つめていたら、気づいた妻がふっと笑った。伸びてきた手がいとも簡単に無臭くんをひっぺがす。とたんにほわんと甘い香りに包まれた。甘い。甘すぎる。
発生源カレー。ひ。
消臭効果5
ニンニクを食べた後はニオイキエールスプレーを口腔内へワンプッシュ。
「おかげさまで彼女とのデートが成功しました!」
自分だけリア充になるとはずるいですね。
ニンニクをたくさん食べた後はニオイキエールスプレーGを口腔内へワンプッシュ。
「彼女の手料理を食べても味気なくなってしまったんですが」
匂いを感じなくなってしまったためですね。喉と鼻はつながっていますから。彼女に振られないよううまく演じてくださいね。
ニンニクをこれでもかというくらい食べた後はニオイキエールスプレーEXを口腔内へワンプッシュ。
「急に魅力がなくなったって彼女に振られたんですが」
フェロモンの匂いも消えたからでしょう。
その前にニンニク控えたらいかがですか?
消臭効果6
あなたの笑顔。とびきり素敵な笑顔。
わたしの醜い我欲や鋭い悪意なんて微塵も匂わないから、あなたは惜しみなく温かさを分け与えてくれる。わたしはその温もりを養分に艶やかな花を咲かせ、甘い実を結ぶの。
知らないうちに毒が回ってあたなは斃れる。そして、朽ち果てたあなたの骸に、わたしはその実を植え付けるの。
消臭効果7
水色の便箋には達筆な文字で愛が綴られていた。一年前にその手紙をもらっていたのなら涙を流して喜んでいたかもしれない。
君がいないと駄目になる、一生をかけて大切にするよ、心から愛している、漂ってくるのは虚言とナルシストと狡さのニオイだけ。そのニオイに溺れそうになったこともあるけど、決して幸せになることはないのだということを長い年月をかけて知った。
私は、机の引き出しから消臭文字(嘘臭い言葉にはご用心!)というスプレー缶を取り出した。偽りの言葉を消してくれるというものだ。缶のパッケージを開け便箋にスプレーをおもいきりかける。
あの人から私に送られた文字は、少しずつひらりひらりと便箋から落ちて机の上で雪が融けるように消えていく。代わりに、ふわっと甘くてやさしい香りだけがとどまった。
最後、愛しているという文字だけが残る。まさか、と思いながらもう一度だけスプレーを軽く押してみる。それも、綺麗に消えていった。
私は、すべて消えてしまった便箋にペンでそっと書いてみた。好きでした、と。
そして、スプレーを上からそっとかけてみる。
消えなかった。それなら、スプレーが無くなるまで続けてみようか。
消えないその言葉は、ただ滲んでいくばかり。
消臭効果8
私は道の真ん中に居座るウンコになりたい。
通りすがる人々は、私のそのインパクトに旋律を隠さず、しかし取り乱すことなく、謙虚に道を譲りながらそそくさと去ってゆくことだろう。やがて慰安の風は吹き、我が存在の一部は異臭となってまだ見ぬ人々にも切なき便りをしたためるのだ。
嗚呼、完全な自由を手に入れながらも人々より熱き視線を集め、しかも何一つ干渉さえされない私。行き過ぎる者は私を顧みてはその輪郭の思い出を心に刻むことだろう。
いつかさらさらと時は流れ、雨露の消臭効果が私を包みこむ。そして私は私を失効する。されどそれでいいのだ。私は決して消滅などしない。したたかに大地に滲みこんでは、変身の時を待つのだ。
何も持たずに生まれ、何も持たずに死んでいくなら。
嗚呼、私は雑踏に光るウンコになりたい。
消臭効果9
においがするのよ、私の部屋。
生ゴミに似た、ちょっと臭い感じの。
掃除はちゃんとしているのよ。今日だって天気が良かったから布団を干して、雑巾がけだってやったんだから。ほら部屋、隅まで綺麗でしょう?
でもにおうの。気にしているとどんどん強くなって、ひどい時は夜も眠れないのよ。
なのにどうしてかしらね? あなたがこの部屋に来ると、においがなくなってしまうの。不思議だわ。
「……前に僕が、『僕は人に嫌われてる』って言ったの、覚えてる?」
「嫌われ…? ——ああアレね。妙な冗談を言うなぁって思ったから覚えているわ。それがどうしたの?」
「あれ、ちょっとだけ、嘘。僕を嫌っている『ひとたち』ってさ——」
「なによ?」
「——みんな、向こう側が透けて見えるんだ」
消臭効果10
消臭効果があるの、と言って奥さんは打ち付けた釘にウサギの人形を引っ掛けた。手のひらほどの人形である。閑散とした和室の柱に、赤い紐で首を吊るされたウサギの足がぶらぶら揺れた。人形の中には今流行の、アロマの香りが敷き詰められているのだそうだ。
けれど畳以外家具らしいものがない閑散とした部屋にぶらさがるそれは異質で、あまり見ていて気持ちのいいものではない。
乱れた胸元を直しつつ俺は、もう帰りたいのですが、と切り出すが奥さんの耳には聞こえていないようだ。
「におい、早く消えてくれないかしらねえ」
彼女の視線は足元の、畳に広がる茶色いシミに注がれている。そのシミは、俺が以前訪れた時よりも確実に広がり、形をつくっていた。見覚えのある、何かの形を。
Yシャツの袖に腕を通しつつ、俺はこの家に足を踏み入れた時から妙な匂いよりも先に気になっていたことを口にした。
「ところで旦那さんは、今……」
いつの間にか背後にいた奥さんは、さあ…、と相槌を打ち、朱色のネクタイを首にかけてくれた。
消臭効果11
海辺の小屋で、磯臭い、海草や魚介類の匂いに包まれながら、私はタイプライターを打ってた。磯臭い原始的な匂いに包まれながら、何をタイピングしていたかと言うと、原始的な匂いからは遠く離れた、私の機械の魂の全て。私はロボット。原始的な匂いが私の無機質な魂を悶えさせる。機械で構築された私の魂を異物だと察知し、執拗に絡みつくかのような匂い。私はタイプを打ち続けた。そう、世界と私の接点を文字の中に見つけ出すかのように。文字の彼方で・・・。
消臭効果12
熱帯夜。
ぱちん、と腕に止まった蚊を叩くと鮮血がど派手に弾け飛んだ。小さい体にどうやってこれだけ血をため込んでいたのだろう。部屋に飛び散った血の跡が倒れた人物の形を抜いたようになっている。ちょうど人形の真ん中に部屋の蚊遣り豚あり、蚊取り線香の煙がのぼっている。
と、この時。
ぷぅん、と大きな音が聞こえた。
網戸の外を見ると鴉ほどはある巨大な蚊が上下にホバリングしていた。これがスズメバチなら明らかに威嚇音だが……。
来たっ。
こいつ、口の針をざすざす網戸に刺しはじめた。網戸の目が次々弾けていく。
うわ。通常サイズの蚊もわんさと連れてやがる。どんどん入ってくるじゃないか! しかもこの間にもざすざす網戸の目は弾け飛んで穴が大きくなっている。
侵入した蚊の大群にうわん、と巻かれる。手を振り回して避けていると足に何か当たった。
消臭剤である。
足をもつらせて倒れる。
ついに侵入した巨大な蚊の針が俺を刺し……みるみる小さくなっていった。
目を逸らした先、転がった消臭剤と蚊遣り豚が目に入った。蚊遣り豚は煙を吐き出しつつ「それは関係ない」とばかりにまあるく口を開けて眺めているだけだった。
消臭効果13
スコアレスのまま突入したセカンドハーフ。交代選手の名前がコールされると、地鳴りのような歓声のあと、スタジアムは異様な雰囲気に包まれた。代わりにピッチを去ったのは、代表のエースだったからだ。
交代で入った男は、ピッチ上を所狭しと躍動する。次々とピンチの芽を摘み、いくつもの決定的なパスを供給した。結果、スコアレスドローに終わってしまったけれども、相手に傾きかけた流れを取り戻したのは男のプレーにほかならなかった。
解説者は男を讃える。
「代表初招集とは思えない見事な活躍でしたね。前半と後半では、まったく別のチームと言っても過言ではないでしょう。彼が入ったことによって、不振のエースが漂わせていた嫌な臭いを完全に消し去りましたからね」
消臭効果14
「君と別れたいと思ってるんだ」
俺がそう言うと、彼女は壁についた赤いボタンを押した。突然、天井から霧状の液体が降ってくる。なんだか眠くなる。ぼんやりした視界の中で、彼女が緑のボタンを押したのが分かった。突然、足元から煙が出る。変な匂いがして頭がはっきりする。
「ラーメン食べたいと思ってるんだ」
俺がそう言うと、彼女は壁についた赤いボタンを押した。突然、天井から霧状の液体が降ってくる。なんだか眠くなる。ぼんやりした視界の中で、彼女が緑のボタンを押したのが分かった。突然、足元から煙が出る。変な匂いがして頭がはっきりする。
「犬飼いたいと思ってるんだ」
俺がそう言うと、彼女は壁についた赤いボタンを押した。突然、天井から霧状の液体が降ってくる。なんだか眠くなる。ぼんやりした視界の中で、彼女が緑のボタンを押したのが分かった。突然、足元から煙が出る。変な匂いがして頭がはっきりする。
「君と結婚したいと思ってるんだ」
「その言葉を待ってたの! うれしい!」
彼女は満面の笑みで俺に飛び付いてきた。それを抱きとめて、自分の頭や服が湿っていることに気付いた。しかし、その理由は俺にはわからなかった。
消臭効果15
手首を切る。赤い血が腕を伝う。鉄の臭いがぷうんと鼻をつく。最初のひとしずくが床に垂れ落ちる前に、隣に座る彼が我慢できないとばかりに唇を寄せ、舐め取った。そのまま一滴でも多く吸い出さんとばかりに、私の腕をぎゅっと掴んで、傷口を吸いあげる。冷たい私の腕が、体が、彼の暖かさに侵蝕されていく。夢中になって傷口を舐める彼の頭が私の胸に押し当てられる。時たま彼が漏らす甘い吐息と、シャンプーの良い香りが鼻腔を擽る。
彼は蓮の花みたいだ、と私はいつも思う。泥水を吸って芳しい香りを放つ蓮の花のように、彼は、私の生臭い血を舐めて、それでもなお芳しい匂いを放っている。私は、汚い。汚い私は、彼によって浄化されていく、消臭されていく、赦されていく。私は彼を、愛している。
消臭効果16
「だいじょうぶ?」
玄関先で互いの体をくんくん匂い合う姿も、過去のものとなった。
消臭にんにくやカテキン強化茶などの加工食材を摂取した結果、都会人から臭いが消えた。あるのは、かすかな匂いだけ。いや、犬なら気付くだろうが、猫ならもはや分からないレベルだ。
公臭条例によって、ありとあらゆるものに消臭スプレーを吹きまくり、日に一度は、消臭カーが街路を清める。ホームレスとて例外ではない。それ以上の臭源となる者はアウシュビッツ並みに隔離される。
これならセシウムの臭いだって嗅ぎ分けられよう。
20年越しの日本無臭化プロジェクト。だが、それは計画の前座に過ぎない。
嗅覚に過敏になった日本人は、ほんのわずかな臭気でぶっ倒れ、中枢すら麻痺するだろう。支配なんて簡単だ。もちろん、そういう危険を唱える連中や頑固な自然主義者もいたが、彼らを「悪」と誹謗して社会から葬るのは簡単だった。
本物の悪の組織に武器は要らないのだ。我々のように。
消臭効果17
登場人物
遮光(サングラス)
断熱(手袋)
防音(ヘッドホン)
開幕。と同時に鼻をつく臭いが舞台から放たれる。中央に円卓。その上に林檎が一つ。三人が円卓を囲んでいる。
遮光「変な臭いがするね」
断熱「何の臭いだろうね」
防音「臭いとは何だろう」
遮光「確かめてみよう」
とサングラスを外す。照明が落ち、真っ暗になる。
断熱「まだ臭うね」
防音「臭いは光ではない」
遮光、サングラスをかけ直す。再び照明が点く。
断熱「確かめてみよう」
と手袋を脱ぐ。空調が止まり、室温が下がる。(夏ならば上がる)
防音「まだ臭うね」
遮光「臭いは熱ではない」
断熱、手袋をはめ直す。再び空調が動く。
防音「確かめてみよう」
とヘッドホンを外す。
遮光と断熱、順に口をぱくぱく動かす。
防音、ヘッドホンをかけ直す。
遮光「臭いは光ではない」
断熱「熱ではない」
防音「音ではない」
遮光、林檎を手に取る。
遮光「林檎でもない、のかな」
断熱「美味しそうだね」
防音「確かめてみよう」
順に林檎をかじり、卓上に置く。
三人、血を吐いて円卓に突っ伏す。充満していた臭いが消えゆき、替わりに林檎の芳香で包まれる。閉幕。
消臭効果18
お前の五感のいずれかと引き換えに、願いを一つ叶えてやろう。
そんな悪魔との取引に応じて、僕は嗅覚を差し出した。
そして、君は帰ってきてくれた。
悪魔は嗅覚という概念そのものを持って行ったらしく、今の僕は嗅覚と、それにかかわるすべての記憶を失っている。
自分の昔の日記には、君の淹れてくれたコーヒーがいい香りだとか、君がいつもとは違う香水をつけていただとか、いろいろ書かれているんだけれど、それらがどんなものだったかも思い出せなくなっているんだ。
君との思い出が少し失われて少し寂しいけれど、君と再び暮らせるようになったのだから、惜しいとは思わない。
君との新しい生活で、以前と変わったことといえばそう、君が少しふっくらとしていることかな。あと、動きも前よりゆっくりとしているね。
でも、そんな小さなことはどうでもいい。だって、君は海から帰ってきたのだもの、それくらいは仕方がないよね。
最近では何故か、周りの奴らが君を避けるようになったけど、僕が君を思う気持ちは変わらないから大丈夫。
ああそうだ、ただ一つ不満があるとすれば、ときどき君が僕に齧りつくことかな。
ねえ、これだけは、さすがに止めてくれないかな。
消臭効果19
新築マンションの見学に行った。ご案内いたしますと先にたった男の整髪料の香りが不快だった。ところがエントランスに入ったとたん匂いが気にならなくなった。男が営業スマイルで説明した。
「このマンションは異臭をなくすために最新の設備が整えられております。エントランスホール、エレベーター、廊下、もちろん各お部屋にも超強力空気清浄機が設置されており匂いを感知するとすぐに反応しあらゆる悪臭を除去します」
俺はその空気の清浄さに感動した。すぐに契約し入居となった。素晴らしい。トイレで用を足したあとはもちろん、生ゴミでさえ匂わない。うっかりエレベーターの中ですかし屁をしても迷惑をかけることもない。そのうち俺は外出が億劫になった。外の世界は悪臭に満ち満ちている。マンションを1歩でたとたん俺に押し寄せる匂い匂い。排気ガス、ゴミ置き場、タバコ、香水、すれ違う人人人。耐えられない。俺はマンションに引きこもった。ここはいい。俺は快適な生活を手にいれたのだ。突然、めまいがした。吐き気がする。ガス警報機が鳴りだした。けれどガス臭さはない。目の前が暗くなった。
消臭効果20
隣の星との平和会議が何事もなく終わり、特使が一言「地球は色々なニオイがしますな」と言った。
二日後、隣の星から御礼状と贈物が届いた。贈物を開けると、手の平サイズの消臭ロボが沢山入っていた。箱の中に入っていた手紙には「地球全体は無理ですが、国内だけでも」と書かれてあった。王は早速、ロボを起動させ国内に放った。暫く経つと、国内のあらゆる匂いという臭いが消え始めた。
ロボはせっせとニオイを集め、電気エネルギーに変換していった。そのエネルギーを国外に売り外貨を得て、国は大金持ちになった。
その頃、国民はニオイに飢え始め、国外に流出し始めた。収集するニオイが無くなりだし、ロボは動かなくなっていった。
そして最後は王だけになり、国がひとつ滅びた。
ロボを送った隣の星の特使が宇宙船から見ると一言、「良い結果が取れた」と言い、地球征服計画を発動する事に決めた。
消臭効果21
あの年、仕事もプライヴェートもなかなか身動きが取れず、伯父の手伝いに行く算段がついた頃には夏になっていた。
新幹線の停車駅まで迎えに来てくれた伯父は
「どうよ? この新車の中古軽トラ」
なんて軽口を叩いて笑った。
伯父の町へ向かう道すがらは、あの頃報じられてた典型的な画ばかり探してしまい、現実には足場を組んだ建物が多い程度で、正直な話、多少のガッカリと罪悪感を抱いた。橋を越えて町に入るまでは。
「ヘドロくさい以外、綺麗なもんだろ」
軽トラを降りて自分の家だった場所に立つと、伯父はタバコに火を点けながら、そう言った。煙が流れる先は僅かな木と雑草と、誰かのモノだったなにかや墓石の山、腐った汚泥。穏やかな水平線。
「どうせなんも無くなっちまったんだから、も一回大きいのが来て、どーんと、ヘドロとか放射能とか、いらんもの持ってかねぇかなぁ」
伯父の軽口が本気すぎて、ヘドロくささなんて消え失せた。
消臭効果22
ヒトであった頃のことを消してゆく。本とか写真とか、思い出とか知識とか。食器とか日記とか。
わたしはドール。
わたしはドール。
わたしはドール。
わたしはドール。
命なんてありません。感情なんてありません。ただここにお行儀良く座り続けます。手に取ってくれるあなたに全てを染めてもらうために、着るのは質素なお洋服。切りそろえたナイロンの髪。ガラスの瞳で忙しい世界を眺めます。ドールハウスは静止した時間。あなたにお買い上げいただくまで、いつまでも続くのでしょう。
脈とか体温とか思考とか、全部消してしまって、最後に息を、終える。さよなら、そしてこんにちは。くちびるは動きませんのでご了承ください。
消臭効果23
「あっ、あれってカレイチョウじゃね?」
誰かが叫んだ。その先にはオレンジ色のみすぼらしい蝶が舞っている。
「やだぁ、こっちに来ないで」
その名のごとく、枯れたイチョウの葉のような風貌の蝶。飛んで行く先を避けるように、通行人達は逃げ去った。
加齢蝶。
いつしか街で繁殖し始めたその蝶は、加齢臭の強い人に集まる習性を持っている。そんな調査結果が発表されると、たちまち人々に嫌がられる存在となった。
「ちぇっ、今日もこっちに来なかったか……」
蝶のおかげで我が社の臭い消しはバカ売れしたが、加齢臭を餌にしている蝶は最近その数が減って困っている。俺は会社の命令で、加齢臭エキスを全身に振りかけて蝶の餌やりをしているのだ。
「どのような成分にしたら蝶が集まってくるのだろう?」
今日も俺は、エキスの配合を試行錯誤しながらイチョウのようなひらひらを探して街を歩いている。
消臭効果24
MIKEに追われていた昔、HITOに勧めらるまま試してみると私は消えてしまった。色でも形でも温度でも重さでもなく、自分がにおいだったのだと知った。取り込むとまる一日、私は世界から点線でくるりときれいに切り取られ、まる一日が済んだ後、じわりと世界に浸みていく。消える時は一瞬に近く、現れる時は徐々にであった。幾度となく試した。そして今も試している。消えている間世界の外のどこにいるのだろう。私がつぶやくと、隠れているだけだとSHIROは言う。色を失う透明人間のようなものだと。透明人間には会ったことがない。眠るようなものだろと夢食いは食事をしながらながら笑う。ほとんど食べ終わった彼に聞いてみる。「その夢には匂いはあった?」彼が口を動かしているのが分かるのだが声が無い。代わりに私はじわりと浸みていく。気持ちの問題だ、そんな言葉が浮かぶ──目の前に現れたKUTSUSHITAを横目で見ながら。いつものことながら、今回は特に思いがけない場所に出てきてしまった動揺を、私は懸命に飲み込む。
消臭効果25
まぁ、あたしも歳が歳だし、ここの仕事決まってよかったと思ってるわよ。朝早いのなんて高血圧にとっちゃ願ったりだしね。やることだって単純な掃除だから。家とおんなし要領よ。
あたしらの頃は「南高はトッポいのが集まってる」って嫌う子も多かったけど、今じゃ進学校なのね。変わるもんよね。女の子もネンネっぽいのばっかりだしさ。
けど部室棟なんか掃除してるとさ、特に野球だのサッカーだののとこは、なんていうの若い男の匂いっていうの? 昔を思い出しちゃうわよね。Aまで行った、Bまで行った、なんて、そんな話ばっかしてたわよ。いまの子に比べたら地味だったかもしれないけど、みんなピカピカしてたわ。
そういえば教頭の清水先生ってここの卒業生ですってね。岡本さんの話だと、あ、岡本さんは火木で入ってる人なんだけど、若い頃は「南高の清水」ってブイブイ言わせてたらしいんだけどね。今はダメね。ぜんぜん色気がないの。いや顔は悪くないのよ? でも、「あ、検討します」って、あの言葉と態度がもうダメ。
子供がいても、お腹が出ても、ハゲてても、ある人はあるもの。やっぱり守りに入っちゃだめなのよ。本当。
消臭効果26
妙な爆弾が世間を騒がせているみたいだけれど、私にはよく分からない。なぜならだって、嗅覚がないのだもの。
たとえばカレーの売り上げが急速に減ったようなことを新聞が言うのだけど、だいたいが私はカレーを食べる気にならない。どうしてなぜかって、見た目も食感も、いいものではないのだもの。
だれかにとって、それはドラマなのかもしれないけれど、私の場合はそうじゃない。私は踝とか肘のこりこりした感触が好きだけど、においフェチの人もいるらしいからこの騒ぎによって世界の恋する確率は上がるのだろうか下がるのだろうか気になる、というくらいで、色んな人が困るんだろうし人もそれ以外も世の中はずいぶん混乱しているみたいなのに実感が湧かないというか、私単体に関しては何も変わらなくてちょっと面白いなんて言ったら怒られるか。
テレビによると、あと十年はこれが続くらしい。
ふーん。
すごいなー。天才だね。今めちゃくちゃ肘こりこりしたいなー、と彼にメールを送ると、ハイハイ明日ね、と返ってくる。
さすがに私の彼氏だな、と思う。