500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第130回:ありきたり


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 ありきたり1

長いこと会っていない友人が夢枕に立った。死んだのを幸いに久しぶりに顔を見に来たと言う。道を歩いているときに、頭にドリアンの実の直撃を受けたのだそうだ。
面白い死に方をしたねと感心すると、「頭上注意」の看板も立っているのだけれど、気をつけていても当たる時は当たる、銀杏が今の1000倍の大きさだったらと想像してもらえば危険のほどが伝わるだろうか、伝統的な死因なんだ、車の天井だってベコベコなんだという。
朝、蒲団の中で、そういえばインドネシアの人と結婚して向こうで暮らしていると聞いてはいたが、ドリアンて、とおかしく思い出していると、起こしにきた家人が部屋に入るなり、何これ、何の臭い?と鼻をつまみ、窓を全部開け放った。



 ありきたり2

 ここに、二人の男がいた。テツはありきたりな事しか出来ず、リュウはありきたりな事が出来なかった。二人は酒を呑んで、街を歩いていた。
「テツ、もう一軒行こうぜ。いい店を見つけたんだ!」
「リュウ、またかよ。今度はオカマバーじゃないだろうな!」
「大丈夫。今度はちゃんとした女が出てくるから」
 その店は、古い雑居ビルの地下にあった。
「お前の見つけてくる店は、怪しい所ばかりだな」
「いらっしゃあぃ。あらぁ初めてのお客さんね。どのコースがいいかしら?」
「俺はいつもの絶叫コース。こいつは初めてだから、ありきたりコースにしてくれ」
 個室に案内されると黒のレザースーツに身を固めた女がいて、いきなり罵声を浴びせながら鞭を打ってきた。
「なんだこれは!ありきたりコースじゃなかったのか?」
「甘ったれてんじゃねぇ!このブタ野郎!」
 30分たっぷりサービスを受けた俺は、あまりの刺激に興奮していた。
「ありきたりコースでこの刺激なら、絶叫コースとはどんな凄いサービスなんだ?」
「平凡な身なりの女が有り合わせの材料で作ったような料理を出して、酒を注いでくれた。この店は、ありきたりな人には絶叫を。天衣無縫な奴には安息をサービスしているのさ」



 ありきたり3

居留地を貫く幹線路を歩いてる。ふいにびょうと横殴りの風。ころんころんと道を横切っていったのは転がり草ではなく、結跏趺坐のままミイラ化した覚者。
森の際や丘の上にも結跏趺坐した人影がある。生死は不明。

覚者は共同体の鎮静剤のように働く。かれらが増え過ぎると、共同体は活力を競争力を失い急速に衰亡する。加えてかれらは病弱で、危険な感染源になる。免疫がひどく非活発なのだ。まるで体内でさえ争いはしない、とでもいうように。隔離せざるを得なかった。

誰でもよかった。最初に出会った覚者に話す。
「集められたことによって、あなた方は一層弱っています。居留地は解体され、距離を置いて一人ずつ暮らしていただくことに」「気にしないで。僕達はここで一足先に滅びるよ」「そ、それは」
議論の余地はない。これは総意なのだ。かれらは厳密に同一の世界観を持っているのだから。
「先に、と言っても少しだけだよ」「え」「驚くことはない。ありふれたことさ。絶滅なんて」
私は思わずドローンとの接続を切り、肉体に帰還した。妄執も欲望もなくノーベル賞といえば平和賞しか獲らない賢者たちの郷を離れて。

息が荒い。
ここよりも近く今よりも高い場所を見た。ちらっと。



 ありきたり4

 あり、ありきたりて、ありきたりに在りたり。
 あり、ありきたりて、ありきたりに居りたり。
 あり、ありきたりて、ありきたりに飽きたり。
 
 嗚呼。
 アアアアア。
 ふ。
 溜息。
 
 ねむりたり。
 ねむりたり。
 起きたり。
 ありきたり。
 心の臓に、潜り来り。
 蟻、来り。蟻、ありきたり。蟻、来り。



 ありきたり5

ご挨拶  皆様は、「ありきたり」という言葉から、どのようなイメージを持たれるでしょうか。「平凡」「面白みのない」など、あまり良いイメージではないのではないかと思います。どうしてこんな言葉を社名にしたのかと、いぶかしく思われる方もいらっしゃるかも知れません。
 ところで、ここで辞書を繙いてみますと、「ありきたり」の語源は「昔からある」という意味なのです。昔からあることで、あることが当たり前になり、やがて「普通にあるもの」として「ありきたり」と言われるようになるのではないでしょうか。
 私どもは、業界のリーディングカンパニーとして、伝統に根ざしながら常に新しい価値を創造し、10年、20年後には「ありきたり」と言われるようになることを目指しております。

「ありきたり」であることの誇りを込めて。
2014年4月1日 株式会社ありきたり代表取締役 有野 喜太郎



 ありきたり6

 透明頭のトマトが言うには「あすこは悪魔のアジトです」だから十字架を手にいざ出発。
 道中、現れた赤蟻が背中のギターを差し出しおずおずと言う「妻子の仇討ちなのですその十字架は必ずや奴を滅ぼす切札となるどうかこのギターと交換してくだ」断る。
 非道外道と涙ながらに罵倒されるので渋々交換する。戯れに爪弾けば、音色がポロロンと階段になった。上り下りを進めば果たして目的の地。
 まるいお池にうじゃうじゃ居るのをトマトに訊ねる、あれが悪魔か「いえ、いかなごです」
 とその時、あの赤蟻がわっと飛び出し十字架を振りかざしてお池へザブン。あわあわと溺れあわれ昇天、アーメン、網持ってきて。
 いそいそといかなご釣りにいそしめば不意に暗雲たれこめて、鉤爪みたいな稲妻にのったトマトがどうやら悪魔のようだ「馬鹿めまんまと騙されたなさあ貴様の魂を奪」ギターを爪弾き呪文を唱える。

 ふゆきたりなばはるとおからじあめきたりなばはれとおからじからいかれえのあかとおがらしあきれたあじけもないでがらしあるきたりないありのとわたりあらがいきれないあらいてざわりあれはだれだとあくまきたるがあいむういなあとぎたああらびきありきりのありもき



 ありきたり7

 リボンは赤がいいわ。鮮やかなの。
 バラはピンク…そう明るいピンクね。
 それから白いかすみ草をレースみたいにしてね。
君からの花束のリクエストはいつもそんな感じで、必ず赤とピンクと白。
 だって全部好きな色なの。いいでしょ?
花束だけじゃない、服も小物も全部。赤とピンクと白。
 なんで?女の子はみんな好きよ?この色。

必ずしもそうとは限らないけどね。でも君は大好きだから喜んでいるよね。
君の部屋をこの色で飾ったから。赤とピンクと白。血と肉と脂肪で。



 ありきたり8

 4月1日なり、消費税が8%になった。近くのスーパーマーケットでは、閑古鳥が少なくとも1羽はいるようだ。
 今年1月から3月を振り返ってみると、皆、5%のうちに高額な商品、保存が出来る商品をまとめ買いに走っている日常を目撃。ニュースでは、「飲料水や洗剤、トイレットペーパー、ティッシュを箱買いしている客が目立ってきています」と報道していた。
 私も、大型スーパーマーケットへリサーチに行った。まっすぐ洗剤コーナーへ。60代と見られる客が3人いる。私も洗剤を品定めするふりをして近づいてみる。
「ねえ、洗剤、買う」
「そうねえ。でも、この間来た時、6個買ったからね」
「でも、安いし。私、あと5個買っていくわ」
「え。じゃあ、私も」
こんな具合に、商品棚の前で同じような光景が見て取れた。あとには、空間が広くなった棚があるだけ。
今度は駐車場へ行った。段ボールを車の中に、これでもかと詰めている客が多くいた。段ボールには、日常必需品の名前が書いてある。
 消費税が3%から5%に増税される前後の光景が頭の中に広がった途端、私もと、いつもより余計に1個、2個カゴに入れている自分がいた。私も、報道や光景に踊らされた一人だった。



 ありきたり9

 結局のところ、誰にだってガラスの靴を持った魔法使いはやって来る。
 近所のおばさんの姿をしていたり、ふらりと入った喫茶店のマスターだったりするかもしれない。郵便配達のお兄さんの姿のこともあるだろうし、一年間受け持ってくれた学校の教師かもしれない。よく行くコンビニの店員や、もしかすると道端で出会う野良猫、遊びに行ったテーマパークのぬいぐるみ、偶然乗ったタクシーの運転手、あるいは友人から預かったハムスター。姿形ではそれと気付かないこともあるだろう。けれど魔法使いは、来る。誰にでも。ガラスの靴だってガラスの靴そのものであるとは限らない。言葉かもしれないし、何か記念品、ゴミにしか思えない物のこともあるだろう。
 だから――ガラスの靴を履いて注目を集めているように見えるかもしれないが――私はことさら特別な人間ではない。魔法がかかっている間は誰もがそれぞれに特別で、つまり特別が溢れかえる世の中では本当の意味で特別な人間などいなくて。
 十二時の鐘が鳴ったときにどんな姿でいるだろうか。
 自らに問え。
 真摯に問え。
 それが、その姿が、その消え入りそうな小さな輝きが、貴方という人間そのものだ。



 ありきたり10

その病院には懐かしい笑顔が溢れていた――

近代化の波に取り残された山と山、谷と谷が折り重なる狭間の小さな集落。
その片田舎に佇む一軒の個人病院を目指して、多くの患者達が通院する。
噂を聞きつけた、地元タウン誌のライターの私は病院長に取材を願い出た。

「己は世に隠れた名医でもなんでもない、ごくごく普通のしがない開業医です。
 地域の人々に支えられて生きる恩を、ささやかながら返しているだけですよ」

型通り一辺の言葉をメモに取りながら、話の核心を聞きだそうと苦慮する私の
心中を他所に院長と私は受付に向かった。真正面に据えられたテレビ画面に
流れているのは、一昔前の昭和の日本のドキュメンタリー風番組の白黒画面。

「――地元の住民の方のご厚志による8ミリ記録をDVDにして流しています。 
 患者様に大変好評を頂いていますから、強いていえばこれが理由ですかね」

待合室に居る年寄り達が、顔を綻ばせて談笑しているのを見て私は理解した。
ありきたりの日々を、過ぎ去りし人と分かち合う稀有な場所がここに在ることを。

山のあなたの空遠く 
山のあなたになほ遠く
『幸い』住むと 人のいふ 

かつての古人の詩に想いを馳せつつ、私はそっと山郷を立ち去った。



 ありきたり11

 身の丈ほどもある能面が、横断歩道の上で学習用顕微鏡と偶然に出会った。
 それだけのお話。



 ありきたり12

 手土産に変わったものを、とガラス越しに探していると目玉と視線が合った。これもショートケーキというのだろうか。
「ありがとうございます」
 買ってしまった。
「パティシエもケーキも嬉しそうだったのよ」
「ふうん」
 訪ねた先の友人は懐疑の視線をケーキにのった目玉に投げる。目玉、反抗的に斜視で応じている。頼むから美味しそうにしてほしい。
 その時、テレビでドラマをやっていた。つまらないお涙頂戴ものだ。
「あら、塩味が利いてていいわね」
 ケーキのはしを食べて友人は言う。お陰で会話が弾んだ。目玉はテレビをさめざめ見ている。

 後日、再訪すると例の目玉が茶碗に浮かんでテレビを見ていた。
「いい塩味を出してくれるの」
 友人は満足そう。
 テレビは相変わらず、お涙頂戴もの。



 ありきたり13

「だめだ、だめだ、だめだ!」
 男は、原稿用紙をくしゃくしゃに丸めて放り投げ、頭をかかえた。「どんなに奇想天外、波乱万丈の筋立てをつくりあげても、エンドマークを打ったとたんに陳腐で凡庸な物語に堕してしまうのだ。いったいどうすればいい」
「先生、逆転の発想で、こういうのはどうです」
 編集者がいくつか提案した。

 ありきたりの服を着て、ありきたりの髪型をし、ありきたりの喫茶店に座る。
「ズームインすると、実はチンパンジーだった」

 ありきたりのフレーズを流し、ありきたりの旋律をつけ、ありきたりの振り付けをする。
「ズームアップすると、盆踊りに続いてオリンピックの入場行進が見えてくるという意外性!」

 ありきたりの侵略と、ありきたりの黒幕と、ありきたりの制裁措置。
「視点を変えると、この関係ってなじむんだよなあ、ここは出来レースのスパイもの路線で」

 ありきたりの女と、ありきたりの男と、ありきたりのゴールイン。
「これは誰の視点でも、ホラーに違いない」

「こんな感じで連作に仕立てるのは?」
「よし、それで行こう」
 さっそく机にかじりつく小説家のそばで、編集者はほくそ笑んだ。
「最後の手段は、絶筆というのもありますから」



 ありきたり14

「他に好きな人ができたの」
「以前つきあっていた彼と偶然、出会ったの」
「あなたのことを嫌いになったわけじゃないわ」
「でも彼とまた出逢ってしまったから」
「ごめんなさい」
 ふっ、わかりやすいね。元サヤ?バブルの頃のラブストーリーみたいだ。そう、キミは今、その主人公なんだね。ハッピーエンドで終わりにするんだ?でもボクにはキミが必要。そう。キミが。
 ボクは彼女を殺した。そして彼女を解体する。いくつかのパーツになった彼女を大きなプランターに植えてあげよう。この鉢には頭。この鉢には腕。この鉢には足。なんの苗木を植えようかな。under the rose?秘密を持つなら薔薇の下?いやいや日本人なら桜でしょう。
 また一緒に暮らせるね。毎日キミに水をあげる。悪い虫がつかないようにボクが守ってあげる。花が咲いたらまた一緒にお花見をしよう。ふふっ。ボクは笑った。よくある話だと思って。



 ありきたり15

 ――学校を爆破する。
 そんなことをネットに書き込もうとしているものだから、僕はあわてて麻里を制止した。
「ダ、ダ、ダメだよ、それを掲示板に投稿したら!」
 リターンキーを押そうとする麻里の右手を掴むと、彼女は静かに振り向いた。
「だって今日はエイプリルフールじゃない」
「だけど、そんなこと書いちゃダメなんだよ」
 いったい彼女は家庭でどんな教育を受けてきたのだろう。
 あ然とする僕の表情を眺めながら、麻里は静かに言う。
「じゃあ、警察を爆破、にしておく」
「余計ダメだって!」
 つい、声を荒らげてしまった。
 しゅんとなった彼女は、小さな声で僕に呟く。
「犬小屋は?」
「それなら……ってダメダメ、それもダメ!」
「じゃあ、何を爆破させればいいの?」
「うーん……」
 上目遣いで訊かれると困ってしまう。
 エイプリルフールに爆破予告していいものってなんだろう?
 腕を組んで僕は考える。
「芸術とか?」
 その答えを聞いて素早くパソコンに向き直った麻里は、ポチっとリターンキーを押した。



 ありきたり16

 あれは甥がまだ小学生にもなっていなかったころのこと。玄関前の道端にしゃがみ込んだまま、じっと地面を見ている甥の姿があった。傍らに立って覗き込むと、小さな水たまりの端で蟻の大群が右往左往しているのが見えた。
 帰るところがなくなったんだよ。そう甥は言った。だから困ってるんだ。
 そう、と小さく頷き、背後に佇む家屋敷を眺めた。誰も住む者がなくなった実家は近日中に人手に渡ることになっており、その日は最後の大掃除のための帰省だった。
 地面が水を吸って水たまりが小さくなる。甥は手元のプラスチックカップに入った水を、その上にちょろちょろと流し足した。水にまかれた蟻たちがくるくると流れる。その外側を行き場のなくなった蟻たちがうろうろしていた。
 甥の結婚祝いに昆虫図鑑を贈った。甥は戸惑った顔で、何これ、と言った。持ってる? と尋ねると、あんま興味ない、と答えてぱらぱらとページを繰り、なんの感傷もない様子でありがとうと言い、表紙を閉じた。帰るところは見つかった? と問うと、なんだそりゃ、と言い、訝しげな顔で眉を顰めた。



 ありきたり17

 朝6:30にアラームが鳴り、起きたら最初にコーヒーメーカーのスイッチ。顔を洗い、髭をあたり、パンを焼いてトーストに。
 時計代わりにテレビのモーニングショーを流し、食べて飲んで歯を磨き、スーツに着替えたら7:35過ぎ。
 EXILE聴きながら散歩気分で10分ぐらい。人混みに紛れて電車に乗り込み、日経読みながら急行で1時間ちょい。乗り換え2回。
 駅直結のビジネスビルの28階。始業5分前に着いたらパソコン起動し、そっから怒濤の一日。メールに電話に打ち合わせをこなし、残業1時間半でなんとか失礼。
 来た道を帰り、西友で淡麗ダブルと惣菜を買い、暗い部屋に帰り着いたらだいたい21時。スーツを脱いでシャワーを浴び、ネットとかテレビを眺めながら晩酌したりで23時。
 平日はいつも同じだけど嫌いじゃない。それなりに日々は楽しいし、悪夢も見ない。でも、痛風は怖い。いいことばかりはありゃしない。けど、一生をトータルすれば悪くない。オンリーでもオリジナルでもユニークでもない。退屈な世界。誰かに似たような人生。人生。が、とにかく好き。
 そしてあとは寝るだけの今日に、おやすみ。