Jungle Jam1
夢を見た。
夜の森で、たくさんの人と、踊り狂う夢だった。
濡れた体が、いくつもいくつも闇の中で蠢いていた。
むせるような汗と果物の香りが漂っていた。
やがて森の上に月が昇った。
私たちは一斉に月に吠えた。
思い切り口を開け、あらん限りの声で吠えた。
私たちの雄たけびは森を揺さぶり、大地を震わせた。
体じゅうの血が夜の闇と溶け合っていくような解放感を覚えた。
愉快でたまらなかった。
私たちは大きな声で笑い、夜通し月に吠え続けた。
朝目が覚めると、喉は枯れ、唇が切れていた。
苦笑いするしかなかった。安アパートの一室だ。壁も薄い。もしかしたら昨日の晩は、隣室に迷惑をかけたかもしれない。
それにしてもあんなに派手な夢を見るのは久しぶりだ。疲れているのだろうか。
唇の血をふき取り、いつものように仕事に出かける。いつもの駅に着いた。いつもの人込みに合流し、いつもの列車のいつもの席に腰をおろす。
だが、いつものように携帯をチェックしようとしたところでふと違和感を感じた。何気なく顔を上げると、乗客全員の唇が切れていた。
Jungle Jam2
罪人達は磔にされる。衣服を剥がされ、蜜を身体に塗りたくられる。赤い蜜。青い蜜。黄色の蜜。橙色の蜜。最も重い罪の者には、黒い蜜。
蜜は罪人の身体を蝕む。じわじわと体内へ侵入し、隅々まで巡って元の体液をすべて排出させる。蜜に蝕まれて罪人は息絶える。否、転生する。甘い甘い色とりどりの樹木となるのだ。
陽を浴びて樹木は溌剌と映える。赤い枝。青い幹。黄色の葉。橙色の花。はじめに虫が群がり、それから鳥が、獣が、菌が訪れる。やがて、かつては頭だったものが、どさりと地面の上に落ちる。割れ目からのぞく豊満な果肉。実りの季節。
極彩色の森の広がる、今では観光や名産で潤うこの地で、一体どれほどの罪人が磔にされていったのだろう。とれたてのベリーを大鍋で煮詰めながら、先人の犯した罪を想う。
Jungle Jam3
「も…申し訳ありませんっ遅くなりましたっっ」
「おはよう。今日はよろしく」
「おっおはようございます。な…なんか緊張して眠れなくて…起きれなくて…緊急性が高いと聞いたのに遅れて…」
「大丈夫、そこまで急いじゃいないさ」
「ほっ本当に申し訳ありません」
「よし、じゃあ始めよう。そっち側持って」
「こ…ここですか?」
「もっと端。手が丁度かかる所あるだろ?」
「えっ…こ…こ?あれ?」
「いやそこじゃ無理」
「え…と…?」
「落ち着いて、ほらそこ」
「あっ…ここだ!」
「よし、いいかい?じゃあ引きあげるよ、せーの」
ぺりぺりとシールか何かの様に大地が薄く剥されて行く。アマゾン川をほぼ真ん中にして密林が持ち上がる。そこに生息していた生物も、ついでにエコツアーご一行様なんかも皆一緒に。
「おっと、そこたれてるよ。勿体無い」
「わわっすみません」
歪な端をまとめて縛った後に月の横に開いたホールに「それ」を滑り込ませた。
「よし、じゃあ次ね」
「すみません、手際、悪くて」
「いいのいいの、こういうのは経験。すぐに慣れるさ」
「そういうものですか…。それにしてもいい材料が豊富ですね。ここ」
「本当、間にあってよかったよ。汚染し尽くされる前で」
Jungle Jam4
バカっていわれた。もういい歳だよ、夢だけ追いかけるのもいいかげんにして、と。泣く啓子を慰めることもできず、ただいたたまれなくなって同棲しているアパートを飛び出した夏の夜。
ライヴ喫茶で働いている。自分のバンドでドラムを叩くこともあるし、出演バンドのサポートに入ることもある。演奏しないときはドリンクや軽食を作る。収入は確かに微々たるものだ。
行くあてもなく公園のベンチ。ツタッタッツタン。手持無沙汰だとリズムを刻んでしまうのは癖、あるいは職業病。東の空に真っ赤な月が見える。と、タタタタ、タンタン。どこからか別のリズム。目を凝らすと遊具にサルがいる。キキッキェーッキ。声に振り向くとこちらにもサル。群れだ。キキッキ、タタタン。さざ波のように音。命の危険を感じたがグルーヴに囲まれている。じとり。暑さではない汗が滲む。大きなサルが目の前に。手を掴まれ、バンバンとリズムを刻ませられる。
逃げた。出せる限りの速度で走って、公園からアパートに辿り着いていた。思えばセッション、だったのだろうか。人生を捧げられると思っていた音楽から逃げ出した自分に戸惑っていると、ドアから顔を出していた啓子と、目が、合う。
Jungle Jam5
目眩くポリリズムの森。
闇に目を光らせる獣たちが互いに目配せをする。セッションの始まりだ。誰かがカウントを刻む。一斉に噴き出す咆哮と乱打。血肉化された多様性こそが、ここの共通言語であり、対話の基盤だ。威嚇しあう一触即発の瞬間があっても、バンマスがうまく取りなしてスリリングなインタープレイに流れ込ませる。さあ、このまま夜明けまで。
Jungle Jam6
息子の絵日記の内容に得心いかない表現があったので担任を訪ね小学校に行くと担任は「よりネイティブな発音ですから」とか抜かしやがる。いいかこの窓の外から聞こえる蝉時雨の音を一体どう聴いたら……。
「蝉も、やっばり学校で育つと影響されるんですかねぇ」
いーや。俺は断じてそうは聞こえんJo!
Jungle Jam7
ジャガーを囮に邪魔者をジャングルの砂利道に誘い込み、ジャミングでジャイロもろとも制御を潰す。
ジャージにジャンパーというジャンキーな出で立ちの、弱冠二十歳の若輩なれど、
蛇は蛇の道、ジャイアントなだけのジャガイモ連中に負けはしない。
遠くジャムセッションが聞こえてくる。
Jungle Jam8
私は何でも持っている。そして何も持っていない。
何でも買える。金はある。成功も名声も富も時間も手に入れた。家族も愛もない。孤独に耐えろ。豪邸で一人ワインを開けてみる。赤ちょうちんで立ち飲みしてみる。私は、何がしたいかなあ。今を楽しむこと。楽しんでいるよ?
橋の上は空が広い。仰いで、都会のビルの間のくせに、人工衛星がすーっと走るのを見た。同じ速度と光度で空を横切りやがった。そこには日本人の女の宇宙飛行士が乗っていて、忙しく仕事しているはずだ。私は宇宙空間では食べられないラーメンをすすったぞ。胸やけして、足元にふとノラネコ。丸くなってにらみつけてくる。ああおまえとなら家族になりたい。しゃべらないおまえが良い。人生には無意味なこともあふれている。色即是空だが空即是色でもあるんだ。ノラネコの目線にしゃがんだ私の頭上で、楽しげに弾けた声「ジャンジャカジャン! ごはんがパン! Jungle Jam!」その声の主、男とも女ともつかない酔っ払いは踊り始めた。音もないのに愉快そうに。無意味だ。「踊れよ」腕を掴まれた。「夜はまだ長い」それだって意味はないだろ? ネコが逃げてしまうよう。
Jungle Jam9
ぼうけんだ ヘイ!ぼうけんだ
オレら ジャングルたんけんたい
歌っていくぜ シンガソング
かかってこいや キングコング
ドラミングなら 負けないぜ!
ぼうけんだ ヘイ!ぼうけんだ
オレら ジャングルたんけんたい
ツィスタァンシャウト アナコンダー
ヘビが鳴くか~い!? ツッコんだー
OK!ベイベー イッツオーライ!
道なき道ゆくオレらでも
ときには道に迷うけど
ぼうけんだ ヘイ!ぼうけんだ
オレら ジャングルたんけんたい
ルックソーグッ 極楽鳥
オレらはキング 絶好調
ゲラッパ みそっ歯 かめはめ波!!
Jungle Jam10
今夜は彼の家にお泊り。創作食品の会社を経営していて、輸出で儲けているみたい。三十半ばというのに都心の高級マンションに住んでいるところが自慢の彼氏なの。
でも、エッチの時にも商売の事を考えてるのが玉に瑕。この間なんて、私の下半身に顔を埋めながら大声で叫ぶんだから。
「これだっ!」
せっかく気持ち良くなってきたところなのに台無しじゃない。
「どうしたの? いきなり」
「新商品のアイディアが浮かんだんだ」
「新商品って?」
「今度、海外向けに昆布ジャムを売り出すんだけど、インパクトが足りなくて悩んでいたんだよ」
「昆布のジャム?」
怪訝そうに訊く私に、彼はキラキラと瞳を輝かせた。
「これが美味いんだよ。切り刻んだ昆布を蜂蜜や酒で煮詰めるとジャムになるんだけどね。それに歯応えのある金糸昆布を絡めたらどうかなって、今思いついたんだ」
後日、試作品を食べさせてもらったけど、かなり美味しくてビックリ。
「へぇ、和風マーマレードって感じね」
「そうだろ? 食感もいいから欧米でも売れると思うんだ。それで商品名も考えてみたんだけど……」
その名は『Jungle Jam』。
悪かったわね、ジャングルで。
Jungle Jam11
彼女は志願してこの地へ来た。赴任早々、上官に命令されたので、所持していたナイフを取り出し胸を切り開き、心臓を差し出した。
上官は無表情のまま言った。
「思っていたのとは違うな」
ぴくぴく動く自分の心臓が掌にあった。上官のことばが辛辣に感じられたせいか、彼女の顔から血の気が引いた。が、もとより得心していたのだろう。彼女は握り潰したそれをパンに塗った。上官は食して言った。
「俺のより甘味が上等だ」
熱帯気候のせいか、彼女の顔は上気した。制止する者がいるわけもない。体中を切り開き、彼女は次々と差し出した。上官は無表情のまま涙をこぼしていた。
激しい雨が降り、この地を嫋やかに濡らした。二人は溶けて、すっかり無くなった。
現地で聞いた話である。信じた者は、私を除いて一人もいない。
Jungle Jam12
長く甘い口づけを交わす――なんてこっ恥ずかしい夢のせいで目が覚めた。
"Tell me how can I forget you”
点けっぱなしのテレビから、そんな台詞が聞こえた。枕元のスマートなフォンは、ここが朝の6時で、東京は夜の7時だと表示する。
汗はかいたが、まだ怠さは抜けない。おはよう。鳴りを潜める怠け者。
異国で引いた夏風邪は、他人の言葉つなぎ合わせ、イメージだけに加速度つけて、無限の言い訳と完璧なイノセンスを組み立てるから、厄介なことこの上ない。
ベッドを離れ、冷蔵庫のミネラルウォーターで喉を潤す。夢が反芻され、いまだ心のベストテン第一位があの女だという事実に嫌気。
雨のよく降るあの街で、木も草も眠れる夜、風邪のせいでこの世の果てに放り込まれる。そんな気分の時、いっつも電話をかけて眠りたいとか、そんなメルヘンを立て続けに思い出してうんざりする。
抱え込み過ぎたこの毎日じゃ、電話することには臆病にならざるを得ない。
東京はまだ夜の7時。
Jungle Jam13
キッ
キッ
キッ
なあ、 キッ
トラはバターになったろ?
俺ら、ジャムになろうよ。甘くてベタベタの。
丸い籠の真ん中に腰掛けて、女は天頂の星を北極星だと指差す。
回ってるのは世界の方。ジャムもピーナッツバターも嫌い。
キッ
キッ
キッ
男はスピードを上げる。時にぶら下がったり。
夜の公園に刻まれるリズム。 キッ
キッ
サルだわサル。
ため息
の後、女の尻が感知したリズムのズレ。
ギッ
ギーッ ねえ 止めて
ギッ ねえ 止めて
ギッ ねえ 止めて
ギーッ ねえってば
なーにー? ギッ もう!
ギーッ
男は揺さぶりを加えて更に回る回る。
ギギッギギッ ギギー 止めてってば
なーーにーー? ギギ ギギギ ギギー ギギー
ギギギッ ギッ もうっ!
ギギギギッギギギッ ギシッ このサルっ!
ギーーーーー
Jungle Jam14
「Jungle Jam パンに1塗り魔法の森」というラベルの貼られた緑色のジャムが売られていたので、興味本位で買った。
家に帰ると、味が気になって仕方がなくなってしまった。そのまま食べるのもどうかと思ったので、朝食に食べて丁度1切れ余っていた食パンに塗って食べる事にした。面倒だったので、焼いたりはしなかった。
壜の蓋を開けて、バターナイフで食パンの表面に「Jungle Jam」を塗る。すると、緑色の物体がパンに付着するのと同時に、パンから森が生えて来た。
慌てて食パンから手を放すと、最初はミニチュアの様だった森が、どんどん大きくなって行く様に感じられた。
次の瞬間、家の屋根や、壁、床を突き破って成長し続ける密林の中で、バターナイフを手に、聴き慣れない鳥の鳴き声を耳にしつつ、呆然と立ち竦んでいる自分に気が付いた。
Jungle Jam15
聖者頽落 悪露不浄
蝮蛇蜈蚣 馳走遍満
緑林消失 終局無極
火球周至 三有寂滅
時を経る 時代を越える 石と砂しかない世界 一条の光明が西の空から差
し込むと 曲学阿世の死蝋の切歯その輪郭を照らし出し 讒謗と嘲弄の軌跡
が醜く顕現す
もういいかい まあだだよ
もういいかい まだやり残したことがある
Jungle Jam16
鈴が鳴る。
家の鍵を落としたらしい。
夜だというのに蝉が騒々しく、つい、生きているを主張しているよう感じるのは、私の身勝手というものだろう。なにしろ彼らは日中もうるさかったものだから。
鍵を拾い、熱帯夜に分け入る足取りで上る。水の中を進むのに似た苛立ちがある。坂の両脇に繁る木々から蝉の声が、不意に、まるで首を絞められた鳥の叫びで遮られた。
得体の知れない森に迷い込んだ錯覚に陥る。蝉と、不穏な鳥の鳴くごとに周りの樹木たちがその影を伸ばしもはや空を覆うようだ。月は、私の事を知らない顔でこちらを見下ろしている。やけに、見えない生き物たちの声で騒々しい。
鈴が鳴る。
家の鍵を落としたらしい。
明日も早いのだから、安らかに眠りたいのだが。
熱帯夜の坂を帰る。
蝉の鳴きやむ気配は無い。
Jungle Jam17
麦藁帽の下、流れる汗をぬぐって腰を伸ばす。積み上がった草の匂い。
中からまだ瑞々しくて虫のついていないものを選り分け、土を落として袋に取り分ける。
よく洗って土を落とし、根っこを切ってざっくり刻み、茹でてアク抜きをしてからミキサーにかける。同量の砂糖と一緒に鍋に入れて水気を出してからコトコト煮れば、我が家のジャングルジャムの出来上がり。
草葉の陰の人になると味覚が変わるようで、最近のうちのお盆には欠かせない。
Jungle Jam18
絡み合う樹のスキマをどろりとした液体が伝って流れる。すると樹々の面を覆う皮がボロボロと崩れはじめた。やがて皮を失ってむき出しになった枝々は隣合う別の樹の枝と絡まり瘤状の固まりを成す。いくつも出来た瘤からは小さな葉が芽吹き、そのまま新しい枝としてそれぞれが成長し始めた。そこで教授はプロジェクターを一時停止した。
「これが今、Jungle Jam を塗った君たちの皮膚の表層に起きていることのイメージ映像だ。だけどこれだけ無数の結合が発生しながら、どうして表面に現れるアニマル・スキンは単一種に収束するのか不思議に思う者も居るだろう。そこで画面下部の遺伝子パターン値に注目。進化というものはデタラメに起きるものではない。君たちのDNA内に蓄積された様々な因子を種にして特定の傾向に寄って行くんだ。いわゆるビッグデータ的視点で見るとそれは一つの流れとも言えよう。さて次は進化の樹形図についてテキストの……」
しかし教授の声は興奮した学生たちのざわめきの中に埋もれる。誰かが勝手にプロジェクターに別の映像を流し始めたからだ。数日前、セレブがこの薬で生えた鱗のみの姿で公の場に出たというニュース映像を。