500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第178回:パステルカラーの神様


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 パステルカラーの神様1

 ぼくは神様に愛されている。
 神様といっても全知全能の神ではない。福引の神様だ。福引の神様といっても一等や特賞の神ではない。五等や六等の神様だ。
 もっと正確にいうなら、ぼくの神様は色の神様なのだ。金でも銀でもない、赤でも青でも黒でも緑でもない、もっと微妙、いやささやかな色の神様だ。だからぼくがガラガラを回せば、たいていは五等や六等が当たる。自慢ではないが、福引でティッシュをもらったことなど一度もない(参加賞はたいてい白だし)
 そんなぼくにとって今回は千載一遇のチャンスである。この商店街、なにを血迷ったか特賞の玉がライトブルーだ。いや勝算はあった。なにしろここは水色町商店街。ネットで見つけてわざわざ遠出してきた。今こそ神の御加護をフル活用だ。クルーズ船のディナー券はいただきだ。
 ただひとつ問題がある。参加賞の玉も、うすピンクなのだ。いやおかしいだろ。そこは白にしとけよ。なに色気だしてんだ。
 今さらぼやいても仕方ない。いざ勝負とガラガラを回す。特賞か、参加賞か。ティッシュか、勝利の美酒か。采配は神のみぞ知る。

 ヒント1:ディナーはゴールドコース
 ヒント2:ティッシュは色つきのやつ



 パステルカラーの神様2

全知全能の神は、どうして人の目に映るご自身の姿をミントグリーンに設定されたのかな。
あなたには神が見えていて、かつミントグリーンなんだね。それは素敵だな。



 パステルカラーの神様3

「八百万の国だば『クセンコムシ』おってもおがしぐねべよ」
「知らないし、ツッコミどこ多すぎるし」
 クセンコムシて。
 JKの肩乗んな。
 カメムシにしては綺麗だけど、臭いよ。カメムシ。
 肩乗んな。
「うだでうだでもだばな。一部さ切り取ったら存外うだで言っててらいねがら、白黒ハッキリささね」
「黙れ。エセ津軽弁」
 ググったらちゃんとヒットした。クセンコムシ。
 とはいえ、アイツらは全員死ねばいい。
 心底呪詛するわたしはもっと。
「『算数みたいに割り切れね』言うやずだば、『絶対安全って言い切れる?』言うはんで、だども数学だば、わがんねこと『x』にして、わがんねまま扱えるっきゃよ。箱さ入れてまえば、猫は生きてんだぴょん」
「でも、勝手にわたしの裏垢作って、ウリやってるとか言いふらすぴょん」
 誰がこんな田舎でウるか。
 ぴょん伝染った。
 で、津軽って何処?
「わば見てみ。わの色は青や黄色で作れね。いが? 色だば色相、彩度、明度。三属性あんべ」
 カメムシが賢しい。妙な説得力。
 赦せって?
 正しさより、わたしを守れよ。
「説教臭い」
「せば、クセンコムシだっきゃよ」



 パステルカラーの神様4

 わたしたちは生まれたときに神様をひと柱もらう。生まれると同時にその場で待機していた神主が降ろしてきた神様に憑いてもらう。たいていの神様は暗い色で、簡単に陰に溶け、その姿は見えない。教義によるとわたしたちを守ってくれているはずなのだが、わたしたちは怪我にも病気にも見舞われる。本当に守ってくれているかどうか定かではない。
 けれども、彼女に憑いている神様は、柔らかな明るい色味をしている。
 彼女の神様は靄のように広がり、いつもふわふわと彼女の周りに浮いている。大きなケープ状になって彼女を覆っているらしく、わたしたちには彼女の姿は見えない。もやもやした霞のなかで彼女の名前を呼ぶと、高くて遠いところから彼女の声が聞こえてくる。地上には悪いものがいっぱい在るので、それらから彼女を守るために、彼女の神様はいつも彼女を抱えて天空を飛んでいるのだという。
 わたしたちはきらきら光る空を見上げて、彼女はいったい今どこにいるのだろうと噂し合う。霞の外側には群青色の空が広がり、靄からは白い飛行機雲が延びている。



 パステルカラーの神様5

 固茹ででなく、半熟でもない、その中間ぐらいの卵を「九熟卵」と名付けよう。九割ぐらいは固まった、一割ぐらいのコアだけ熟した卵、の略だ。
『それって無理くないですか?九割がた熟じゅくの卵だって、とる人いるんじゃない?』
ぼくの中のへそ曲がりが意見してくる。とはいえ、ぼくがそう名付け、殻を割ったらほぼ固卵だったことが何十年何百年と続けば、ぼくの意図した通りのネーミングってことになるんじゃない?だからもう、これはこれでいくさ。
 かように世界はぼくの言葉で更新され、変容していったのだ。
 卵の横にはキャベツの千ぎり、ゆっくり蒸し焼きした鶏旨肉。プチトマトも添える。始祖とバナナのスムージーも。パンを買い忘れてたことに気づく。



 パステルカラーの神様6

 近所では「お菓子の家」と呼んでいるらしいがまさにそのものだ。どこぞのテーマパークにあるんじゃないか?これ。
 ドアを開けたら甘ったるい匂いが覆いかぶさってきた。鼻を塞がれた気になったのは自分だけじゃない筈だ。
 中は不透明水彩の白を混ぜ込んだ様々な色で塗り潰されていた。壁も床も何もかも全部。フワフワした感じなのに妙に重みがある気がする何かこうぼってりとした。
 入り口から廊下階段各部屋そして浴室に迄、老若男女が横たわっていた。みんな内装と同じ色調のローブとか言うものを着ている。
 「此処にもいるぞ!」
 トイレのドアを開けた奴が叫んだ。
 「OGAMIBA」のプレートが掛かった部屋の入って正面の壁には13枚の「教祖」の写真。どれもが引き延ばされたプリクラにしか見えない程加工されていて花とフリルで縁取られていた。
 「おい、触るんじゃないっ」
 床に散らばっていたアーモンドドラジェに手を伸ばそうとしたら同僚が怒鳴った。

 「計27名、幼児3名を含む」
 その中に「教祖」はいなかった。
 逃げたのか?
 それとも先に行ったのか?彼らが願う「てんごく」とやらに。
 あの色彩に溢れているらしい救いの場所へ。



 パステルカラーの神様7

 食事をするたびに、目の端にチラチラと淡い色が浮かび上がっていた。最初は気にしなかったが、盲目になると困ると思い眼科に行ったが何でもなかった。良かったと安心しながら夕食を食べていると、目の前に何かが浮かび上がった。どう見ても、淡い色のガネーシャである。小さな声で何かを話している。なんだこれはと思ったが、勉強の神様であるガネーシャが現れたのだから、何か来週からのテストに影響するかもと思い近づいてみた。
「儂の体が淡いのは、食べる物が淡い色ばかりだからじゃ。あまり力も出ないから、声も小さいの?。もう少し原色に近い色の食べ物を食べ、栄養バランスを考え・・・」
テストの事で頭が一杯だった俺は、ムスッとしていた。
「淡くても美味しい食事であった。やはり人間界の食べ物は、たまに食べたくなる程に美味しいの」 と最後に言い、テーブルの上にコロンと淡い色の蛍光ペンが転がった。
 俺は勉強のたびに、その蛍光ペンで暗記箇所に印をつけた。
 屋上から、ガネーシャ様のお蔭ですと叫びたい気分のテスト結果だった。



 パステルカラーの神様8

 髪を染めた。虹色に輝くだけでは少し圧が強すぎて引かれるかもと思ったから、全体に明度を上げて、彩度は気持ち下げて、軽くしてみた。勇気が足りない、って言われたし、自分でもそうかな、日和ってるかな、と少し思う。でもこんな世の中じゃ、少しでも受け入れられやすいほうから始めるしかないよね。きっと神様だってそれはわかってくれる。だから私は今日から、このふんわりした髪の色を旗印にして、でもここから一歩も退かないたたかいを生きるんだ、ずっと、ずっと。



 パステルカラーの神様9

 いるといえばいるし、いないといえばいないような、どちらともつかなさは正しく私であるとも貴方であるともいえるし、その他の誰かであるともいえる曖昧さである。
 ワレコソハ、パステルカラーノカミデアル。
 と素直に思えれば楽であったのだけれども、ああなんということでしょう、パステルで描かれた原色系の彩りに対する憧れは捨てがたく、ルドンの絵に触れては見当違いの嫉妬をしいしい爪を立てたいような、それでも触れられぬ自憐魔、パステルカラーであってパステルでない私はパステルの神様になりたいのに、そういう私を掬ってくれる者もなく私は無限の孤独をもって薄らぼんやりと、望まれるように反射を繰り返し繰り返し繰り返し間もなく疑うことなきパステルカラーの神様になります。



 パステルカラーの神様10

 長く長ァくのびるビルの影に、ぼんやりとしたシルエットだけの鴎が飛び交っていました。
 前方を見ると、淡い滝。もしかしてだまし絵の川だったのなら架空なわたしはくすくす笑うでしょうけれど、ずうっと遠ざかって見えなくならないといけない運命の流れがうっすら浮かび上がっています。日に日に近づいてきている気さえします。
 案外あたたかな三途の川を、渡らないで歩いたり本を読んだり考えたりなどしているうちに、ホームのアーク灯が、こう、ぽっぽっと点って、あの赤い珊瑚のカンザシなんかとっくに捨てたっけ。
 とぷんと飛びこみ、あやふやでやわらかに連ねる。



 パステルカラーの神様11

眷属たちの間でカラーリングが流行っているようだ、とある日神様は気づいた。
参詣に来る人たちが年々カラフルになっているのに影響されたのかもしれない。はじめは金色に染めて「神々しさを演出してみたんです」なんて言い訳をしていたが、そのうち多色使いがあたりまえになってきた。今どき神の使いだからといって白一色なんて地味な姿は、という不満もあるらしい。
神様は。別に怒らなかった。むしろ興味津々といった様子で、私もやってみたい、と言い出した。
(意外に流行りものに弱いな。)
内心、面倒なことを、と思いながら
「いや我々現業職と違って、やはり神様は管理職ですし……文字通りホワイトカラーで、これまで通りに。」
と、部下たちはやんわり反対した。
諦めきれない神様は襟元をほんのちょっとだけ染めてみた。印象が柔らかくなった気がする。
(ホワイトカラーなんて、奉られててもちっとも楽しくないもの。)
お洒落に目覚めた神様は、次の変身を画策している。



 パステルカラーの神様12

 湖に行くと、女神様が現れた。
「あなたが落とした観音様は、どの色でしたか? ミントグリーン? シュリンプピンク? それともフォゲットミーノット?」
「ミントグリーンです」と答えると、すごくパステルな観音様をいただいた。
 大きさは三〇センチくらい。バッグの中に入れて家に帰る。
 すると夜になると、観音様が夢枕に立った。
「あなたが笠を掛けたお地蔵様は、どの色でしたか? ペールオレンジ? クリームイエロー? それともフォゲットミーノット?」
「ペールオレンジです」と答えると、翌日、お地蔵様がお礼に訪れた。
 ずいぶんとパステルなお地蔵様が、私に尋ねる。
「あなたが湖畔で出会った女神様は、どの色でしたか? ホライズンブルー? 天色? それともフォゲットミーノット?」
 うーん……わからない……。



 パステルカラーの神様13

 オリガミ様のお告げによれば今宵の月は災いをもたらすという。
 夕刻、祭壇への捧げものをすませると里の者は皆飛んで帰り、月の光がさしこまぬよう隙間という隙間を厳重に塞いで閉じこもった。
 表には誰もいない。怖れよりも好奇が勝るわたし一人をのぞいては。
 昇った月はたしかにいつもとはちがう。うす黄からうす桃へ、うす桃からうす水色へ。ほのかにその色を変えている。
 オリガミ様のお社に忍びこむ。
 祭壇の奥に、鶴に似た羽と首、頭には兜を戴く黄金色の像が鎮座している。オリガミ様だ。
 手前の大杯にのせた捧げものが失せている。かわりに天井から月の光がなみなみと注ぎこまれ、淡い色の渦をえがいて杯を満たしている。
 その時。オリガミ様がその身をわずかに震わせ、立ち上がったかと思うとふわりと舞って杯の中に降りた。
 黄金色のからだがみるみると月の色に染まる。羽と肢がほどけ、風呂敷のように広がる。首だけは変わらず、その顔は恍惚としている。兜が脱げ落ち、こちらの足下まで転がってきた。
「……カミン」
 オリガミ様が何事か呟く。
「カミン、ワキンカラドボイ」
 後ずさろうとしたその足に、ほどけた兜がとりつく。月の色がせまってくる。



 パステルカラーの神様14

――天使が通ってる
わたしは散り敷いた花びらを見る。なぜだか目が合わせられない。
大きな風が吹く。
並木の桜が輪郭を崩して、目の前が花の色に染まる。
――ううん、通ったのは
今日初めて顔をあげて、あなたの顔を見る。
「春からまた同じ学校だよ。」