1st Match / マメ |
そおーんなにちっちゃなからだで |
シカゴ穀物取引所の相場が明日のカウボーイたちの飯に影響を与えている、ということを考えたことがあるか。そうだ、豆というものはとにかく保存がいいからストックしやすい。従って、本当は値段が安定してしかるべきなのだ。 |
2nd Match / ねじれの位置 |
昔、一ヶ月に一回映画館を育てるための特別上映があった。 |
ぼくらは人形のミミとピピで、でも一体のマリオネットの右手と左手に思いつきではめられた指人形だった。ぼくらにそんなつもりはなかったけれど、ジョルジュが操るぼくら二人のやりとりはいつもちぐはぐで、毎度観衆のざわめきを誘っていた。ミミとぼくの糸の長さがひどく違ってることには気づいてたけれど、何故そうなってたのかはよく思い出せない。ミミが来た日のことを憶えてないせいかもしれない。 |
3rd Match / 煙突 |
廃棄物を焼却する施設の煙突は赤と白の縞模様。発生する熱で隣の市民プールに温水を提供している。目出度い配色と有意義な機能とは裏腹に、毒ミミズのようないかがわしさを醸し出しているのは上空に集っている烏の所為だろう。煙が出るのは朝昼晩の三回、特に〆の夕方は見事な煙が放出されて烏の量もすこぶる多く、山に帰る烏はごく少数。煙を何度も突っ切る奴、ボバリングで目一杯浴びる奴、煙突の中に飛び込む奴も居る。ガンメタどものシン黒ナイズド墨イング。煙を浴びた彼らはきまって急に左折したり、直立不動で落下したり、ダミ声3度でハモったり、8の字を∞に描いたりする。なにやらハイになっている。見渡せば界隈に停まっている車はどれも妖しげだ(フルスモーク!)。むしろ一番怪しいのはこんな所で独り体育座りをしている僕かもしれない。立ち上がる度に砂嵐に包まれてしまう。モザイクの主は頭上に集っている大量の羽虫だった。僕の湯気だって羽虫をハイにさせるのかもしれない。それとも、死臭でも? |
船長は勇気を振り絞って喇叭を取り出した。深呼吸をして高らかに吹きならす。すると、おうおうおう、待ちわびていた小さな船員たちがいっせいに口を開いて、放水をはじめる。恋文が虹を作りながらまっすぐに飛んで行く。ぐんぐんぐんぐん。恋文は寸分の狂いもなく、幾何学模様を作っている煙突に命中。余所余所しかった煉瓦がみるみるうちに頬を染めはじめる。いえいえ、そんな。困ります。煙突は遠回しに断りを入れようと、雲をもくもく吐き出した。雲はいまだ続いている恋文の水流を逆さに辿って、やがて船員たちの回りに立ちこめる。船員たちの足踏みは大いに乱れ、吐き出す恋文はてんでばらばら噴水状態。船長は大慌てで煙の中へ。「ええい、たいきゃくじゃあ、おもかじ、いっぱーい」すっかり煙が晴れれば、船団はもうどこにも居ない。あとには恋の名残の水たまり、乾きはじめた煙突一つ。 |
4th Match / サイコロとステッキ |
サイコロ ころころ 転がって |
宇宙船地球号の一室に、テーブルと乗組員四人が宙に浮いていた。 |
5th Match / ごめんね、さよなら |
僕はぴったりと彼女に寄り添い、耳元で囁く。 |
ポンとける。 タンと返る。 |
6th Match / きゅっきゅっ |
待ってよう。 |
学年末のクラス全員でやる 恒例の大掃除は、毎年決まって、はかどらない。 |
7th Match / きみの知らない場所 |
今日も僕(私)たちは一緒に眠る。今日はあそこへ行けるのか。ふくれあがる期待で高鳴るこのどきどきが、彼女(彼)の耳に届いてほしいような、ほしくないような。 |
テレビの画面を眺めながら、機械的にポテトチップスを口に運んでいた息子の手が急に止まった。私は心臓を鷲掴みにされたように感じた。 |
8th Match / A to Z |
アフリカにはバナナをコントロールすることができるドクターがいるらしい。それを聞きつけたエジソンの子孫はフランスからガーゴイルに乗ってホーキンズ邸を訪れた。アイリッシュ製の玄関には、コーンが等間隔に並んでおり、ライトが灯され、とても目立った。土産のモンブランをニックというオットセイにプレゼントし、クイーンのロックをシンプソンズを見ていたトナカイにアンダースロー。なんてバイオレンスな客人だとワープマシンに放り込まれ、エックス線が全身を駆け巡り、気がついたらそこは見渡す限りの雪原。イエティが襲ってくるここは、どこのズーだ? |
1匹のガマガエルが本を読んでいた。真っ赤な夕日を頼りに眺めていたのは「たのしいえいご」という絵本だ。昔、田畑に溢れていたようなガマガエルがお受験の子供の如く、アルファベットをまねるように「ゲッゲッ」と短く、時に「ゲーッ」と長く鳴いているのだった。ビルの隙間からの細い光が高い所から鋭く射して僕の目を痛める。狭い路地にカエルと真向かいになってしゃがむと、僕の姿は汚らしい服を着た浮浪者が青のポリバケツからディナーにありつけた姿に見えたに違いない。 |
9th Match / なないろ |
油絵具でざんざん。ナナがキャンバスに鈍色を塗り込める。針金でこつこつ。ナナが石を穿つ音がする。おれはふつうのサラリーマンなので、ナナのやっていることはよくわからない。「げーじゅつか」とか「あーてぃすと」とか、ナナの肩書きはそんなのだとおれは思いこんでいるのだが、ナナはおれがそう言うと、いつも淋しそうに笑って首を振る。 |
「ねぇ、ねぇ聞いてる?」 |
10th Match / 辞書をたべる |
ふたりはナイフとフォークを握っている。でも使わない。ナイフとフォークを立てたまま、むしゃむしゃたべる。前菜はシックな英字新聞。サラダはカラフルなファッション誌。メインディッシュは切ればインクがしたたるような分厚い辞書。 |
デスクの上には、見慣れた筆遣いで書かれた封筒が置かれていた。それを裏返さずとも男には差出人が誰かは既にわかっている。くるり。やはり彼女のものだった。 |
11th Match / 風船ジャック |
噂には聞いていたが、彼女が赴任したクラスは死に絶えた森のように静かだった。子供たちは誰一人しゃべらない。頭の大きさほどの風船をめいめいが胸に抱え、それをこすり合わせて会話するのだ。きゅ、きゅん、きゃわっ、きゃお……。夜半のイルカの嘆きを見ているような光景だった。 |
僕の手首にロープを結わいつけてジャックは言った。 |
12th Match / なりそこないの鳥 |
あの日、ヤツは墜ちていった。目の前で。この海に。 |
彼の背中には金色の羽根が見える。僕はしがないマネージャー。スターになる子には何故か羽根が見えるのだ。かけだしのタレントはペンギンといわれる。まだ飛び立っていないから。僕の担当はペンギン。でも、僕には見える。小さいけれど彼の羽根が。きっと彼は世界を掴むよ。僕がついている。歌を忘れたカナリアではなく、まだ雛であるだけ。いつか羽ばたく大きな金色の羽根が見えるようだ。僕は叶えられなかったけど、君はすべてを掴むために生まれてきた。 |
13th Match / 春に降る雪なら桜の枝に |
なみだ? |
天使の卒業式。 |
14th Match / 黒く塗れ |
明かりの漏れる木戸から路地を出ると、そこは両側黒塗りの板塀が続く道だった。変なとこ入り込んじゃったな、と見回すと、少し先に人影がある。 |
僕はリンゴを投げ捨てた。 |
15th Match / 雲をつくる |
窓からこんにちは。窓際に寄せてわたあめみたいな雲を停める。 |
雲作りの少女が触れる白色は何でも雲になってしまう。だから雲作りはできるだけ肌を出さないで、夏だというのに長袖なのはもちろんのこと、フードも被って赤い手袋までしている。 |
16th Match / タイムマシン |
私の大好きな人は、タイムマシンの研究をしていた。 |
実家の押入れを整理していたら、数枚のジャズレコードと共に古いレコードプレイヤーが出てきた。こんなアナログな機械で音楽を聴いていたのは、もうずいぶん昔のことになる。僕は懐かしさに駆られて電源スイッチを入れてみた。カチッ。オレンジ色のランプが律儀に点灯したところを見ると、どうやらまだ動くらしい。 |
17th Match / 花の音 |
蓮の花から爆音がするなんて迷信だよ。蓮の音はね、空間を満たすだけさ。色でいうと薄い青だね。人によってはむず痒かったり息苦しくなったりしてしまう。でもお前ならその音で宙に浮く事が出来るだろうよ。遠くに行っても怪我はしない。ただゆっくり落ちるだけさ。 |
終電で帰って軽い食事を終えたら熱があった。水枕も床も自分で用意しなければならない。明日のノルマ、電話口の厭味。そんなことも考える。だけれどすぐに面倒になった。 |