500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / 泥棒市場

赤コーナ : タカスギシンタロ

 老女はざばりと黒いものを引き出した。真っ暗な甕がしばし波打つ。
「こちらでございましょう」
 帽子に眼鏡に新聞紙。確かにこのシルエットだ。わたしはなにがしかの金を支払い、自分の影を買い戻した。別になくても不自由はないのだがなどと言い訳をしながら、影とわたしはすぐになじんで歩き出す。
 しばらくは快調だった。しかし通りの角を曲がったあたりで雲行きが怪しくなった。影がゆらゆら揺れたかと思うとうずくまり、たちまち四つ足で歩き出したのだ。影はそれなりに訓練されているようで、足のあいだをちょこまか縫いながらついてくる。つかまされた!
 血相を変えて市場に戻ると、老女はすでに店じまいの構えだった。引っ捕まえようとすると老女はすんでのところですり抜け、真っ黒な甕の中身をぶちまけた。
 たちまち訪れる闇、闇、闇。
「こんなに暗くちゃ影なんか見えやしない」
 わたしはぽつりとつぶやいた。
「それはおまえも同じこと」
 ぺろりと耳をなめられた。

青コーナ : snowgame

だからそうそうそういうこった

そんなわけでこんなわけで

さっきまでの喧騒は

呼子ひとつであっという間に消えちまうのさ

そいつはどこにあるかって?

ホッツェンプロッツにでも聞いてくれ



2nd Match / 庭園の美

赤コーナ : 松本楽志

「よし。次は女、館の方角へ20歩」
 二階のバルコニーに立った男爵が掠れた声を張り上げると、僕の斜め後ろにうずくまっていた女が起きあがって、館に向けてゆっくりと歩き始める。
「金絲猴と孔雀を交配させた罪を贖え」
 身体をくの字に折ると、女は口からどす黒い三角形を吐き出す。荒れ地の上、それは傾いて突き刺さる。血でぬらぬらと濡れた三角形の表面はすぐに乾き始める。
「よし。次は男、南へ10歩」
 僕は足を縺れさせながら、軟らかい土を踏んで歩き出す。
「赤ん坊に七色の絵の具を飲ませた罪を贖え」
 ふいに目の前が真っ暗になる。身体の内側から大きな恐ろしい物がやってくる。あらゆる恐怖を詰め込んで、それは僕の口から飛び出す。ごつごつとした岩が血塗られて荒れ地に転がり出た。
「よし。次は女、西へ50歩」
 罪を贖え。贖え。贖え。贖え。贖え贖え贖え。
 男爵の声が枯れても、造成は続く。
 館の左翼にある煌びやかな小部屋では、奥方の瞳が夜ごと細くなってゆく。

青コーナ : 銭屋惣兵衛

 この世で一番美しいとたたえられたフラクタル王の庭園は今は見る影もなく荒れ果てていた。
 信念のパズルのように王はこの庭園に己の命のすべてを嵌め込み、そして逝った。
 崩れかけた石のアーチ。雑草につつまれた樹木。枯れた小川。竹林の目のように見えるのは王の意思を守ろうとする執事ハウスドルフの東屋である。
 このままでは世界が腐りゆく。であってみれば知らないふりもできない。
 おりしも城下の街でおこなわれていたジャガイモ祭りに天下の魔術師シュガーマジックが訪れていた。執事は彼に頼った。
「この庭園のどこかに透明な図書館が隠されている。それを探し出せ」
 魔術師はそう告げると、泥棒市場から大量のブァリゾープの粉末を買い付けてくると、庭園の中心に魔方陣を設え、ドーマンセーマン状に撒いた。
「清き涙を与えるがよい。それがしいては世界を救うことに繋がるのだ。だがしかし、そこは、きみの知らない場所でもまたあるのだがね」
 執事はそれから魔法陣のなかで朝から晩まで泣き続けることを日課とした。誰にも何処にも届かぬ思いを抱いて。
 いつしか執事が泣き続けた地面に万巻の書物の代わりに真紅の薔薇が一輪咲いた。
 それは震えるほどの美しさであった。



3rd Match / 知らないふりもできない

赤コーナ :

だって放っとけないよ。君はずっと辛そうにしてて、僕にできる事があれば力になりたいと思ってたんだから。
誰だって分かる。悪いけど君の大好きな彼は、あんまり誠実な男じゃない。君との約束を度々すっぽかしたり、君に貢がせた金で仲間達と派手に遊んだり。そそっかしくて失くし物が多いなんて嘘だ。君に買わせた服や時計や小物類は、片っ端から質屋に行ってる。ずっと持ち続ける誠意も執着も彼にはない。
君も気が付いてただろ? 彼には他に女がいる。いや遊びじゃあない。向こうとは籍が入ってる。知らなかった?
だから無駄だよ、産婦人科行ったって話しても。第一彼は、何年か前にパイプカットの手術を受けてるんだ。
え、子供の父親? いや、僕だってそこまで知る訳がない。でも今まで君が、彼に貢ぐ金をどうやって作ってたか考えたらね。君は綺麗だし、健康な男ならね。ベッドでのことは、彼からも色々聞いてるし。
だから君も、こんな辛い片想いを続けなくてもさ。もっと楽に生きたっていい筈だし、僕にできる事があれば、力になりたいと思ってるんだよ。ね?

青コーナ : パラサキ

「気をつけなさい。」

地元の歩きなれた商店街を散歩していると、そんな声が降り注いだ。
でもそれは一度きりの出来事だったから、僕の空耳だろう。

―あっ、あの子は高校の時の好きな子で…―

数メートル先にいたその子を
僕は他人のようにしらんぷりして追い越した。

―あっ、母さんと父さんだ。あれ?父さんは入院中…―
―あっ、xxxとoooだ。大学の授業中じゃ…―

彼らは反対側から歩いてくるが、
話しかける言葉も思い浮かばないので、素知らぬ振りですれ違う。

―えっ、あの人スカートがめくれてる…―
―げっ、空っぽの車が走ってる…―

それでも、僕は知らん顔で歩き続けた。
気がつくと、道の両側に並ぶ店が全て鏡になっていたが、
僕は平然と歩いていく。
案の定、すぐに元の商店街が見えてきた。
けれども鏡の通りから出た時、
外にいたのは自分とそっくりな奴だった。
本物の僕はそこから動けないでいる。
そいつは本当だったら僕が歩くはずの、元の商店街を歩いていく。

「おいっ?お前っ!」

思わず叫ぶと、外にいる僕は一度だけ通りから出れない僕をみた。
そして不適に微笑むと、すぐにまた歩きだした。
何事も、なかったかのように…!



4th Match / 信念のパズル

赤コーナ : 神谷徹

男は言った。「愛されるより愛するべきさ」
女は言った。「愛するより愛されるべきよ」

満月の夜、男と女はばったり出会った。
二人はすぐに惹かれ合い、誰もが羨む恋をした。
男は女を愛したし、女は男に愛された。

「幸せかい?」「幸せだわ」
「幸せよね?」「幸せだよ」

それは完璧な恋のはずだった。
男は女の、女は男の、
空白を埋めるパズルのピース。

しかしやがて季節は移りゆき、
二人の心はすれ違う――。

男は嘆いた。女に愛されていない寂しさを!
女は泣いた。男を愛していない哀しみに……。

男は思った。「愛するより愛されるべきだ」
女は思った。「愛されるより愛するべきね」

そして太陽の朝、男と女はすっぱり別れた。

青コーナ : きき

変な爺さんに会った。歩道際のベンチに座ったまま、俺に紙切れを
差し出す。受け取ると今度は、あっちへ行けと顎で指図する。
なんなんだこいつ、と思いながら俺は家に帰った。
紙に書いてある文章には、いくつも空欄がある。ここを埋めろってのか。
俺は国語は苦手だが、穴埋めは嫌いじゃない。けっこう時間をかけて、
まじめにやってみた。
しかしこんなもの、どうとでも書けるじゃないかよ。

~例えば乗り越えねばならないものに直面した時。
 不「退転」の決意で望む。「港」は持たず、「敢」然とそれに立ち向かう。
 「克己」心に伴わせるのは「柔軟」な心。「我を通す」だけであってはなら
 ない。「戯」論は排し、「行動」あるのみ。「自分」を信じ、「失敗」は恐れ
 ない。「楽観」を友として、「精進」を続ける。~

何だか説教くさい文句だ 。そう思いながら紙をひっくり返すと、地模様の
中に小さい文字が並んでる。

~それが、何人たりとも崩すことのできない、おまえの心の魔方陣~

はぁ?心の魔方陣だぁ?・・
俺はつい読み直してしまった。・・・・・・・・・・誰だよあの爺さん!



5th Match / じゃがいも祭り

赤コーナ : よもぎ

カラリと晴れた十月の朝のことだっぺ。物干に大ぎな袋を吊るしでいると向かいのじじちゃが頭の上さバケツば縛りつけて出てきたんだず。
「あんれ、じじちゃ。よぐ似合っでるね」
「まだまだ若いもんには負げられねからな」
「んでも背負いカゴ忘れでいんでねの」
「こりゃしたっけ」
じじちゃは慌でて納屋へ走っで行っだ。おぼこたちも道端でやがまし。
「これ、おめだち!グローブじゃいぐらも取れねぇぞ。アミにしどけアミに」
隣の嫁はザルば庭中にぎっしり敷き詰めでいんのだず。
「おはよさま。今年はすんごく張り切っだなっし」
「んだず。貯えとがねえと1年持だねえがらな」
「そろそろ始まるのなっし。早ぐ行ぐっぺ」
どの家のアバも祭り用のブ厚いエプロンばつけで賑やかだぁ。オド達はカゴば背負いバケツば頭にのっけで勇ましいず。
「んだらお祭りば始めます」
村長の音頭に合わせで、オド達は空高く手ば差し伸べで、アバ達はエプロンのすそば両手でグッと広げで天を見上げだ。ほしてみんなで声揃えて唱えるんだず。
「ごんざえごんざえさいさいごっつぉうおしょうしなぁ」
んで。
今年も無事にじゃがいもの雨がしごたま降ってきたんだず。おしょうしなっし。

青コーナ : 空虹桜

「4年に一度行われる馬鈴薯の祭典、国際馬鈴薯競技大会。通称『ジャガリンピック』も今大会で10回目を迎えました。記念大会である今大会は、所縁の深いジャカルタやアンデスからも選手団を招き、史上最多36の国と地域から24種の馬鈴薯が美瑛の丘にそびえる『馬鈴城』特、おおっ! 大歓声です。ご覧下さい。バターです。醤油です。バター醤油です! バター醤油をまとって地元富良野・美瑛の『男爵』が入場です! この匂いをお届けできないのが誠に残念です。本当に、本当に美味しそうです!!
 失礼いたしました。今大会の注目は4日目。大会三連覇を狙う女王『メークイン』と『とうや』『さやか』姉妹の対決に期待の集まる『100度肉じゃが煮くずれー』が行われます。また、開会式終了後から最終日まで続く『蓄澱』は、選手たちのヨウ素反応を24時間インターネットで観戦することができます。
 招待選手『ポマト』の入場途中ですが、このあと午後7時15分より総合テレビにて開会式の模様をお送りいたします。どうぞお楽しみに。
 以上、『ジャガリンピック』開会式の模様を中継でお伝えしました」
「最後に円と馬鈴薯の動きです――」



6th Match / 腐りゆく

赤コーナ : たなかなつみ

 空が落ちてくる。蒼い、灰色の、薄汚れた水色の、空のかたまりが、ぼとりぼとりと落ちてくる。外出禁止令が出た街なかには、人影がない。粘菌質の空に半分しずんだ街を、長靴を履いてぐちゃりぐちゃりと歩いていく。
 抱きしめていた人形の腕が、ぽろりぽろりと欠け落ちていく。どろりどろりとおれの肩からも腕が腐り落ちていく。あわてて元に戻そうと反対の腕で落ちた腕を拾い上げるが、もうそれは元通りにはつかない。薄汚れた空の断片のなかにどろりどろりと溶けていく。
 たどりついたあなたの家は、もう半分がた傾いている。しめった扉を開けると、すえた匂いのする部屋のなかに、あなたが眠っている。
 「来たよ、おれ。あなたの欲しがっていた人形だよ」。
 けれども人形はもう形もなく、とろりとろりとおれの腕からこぼれていく。
 あなたの腕をとろうとしたが、すでにもう形なく、シーツの上に濡れたあなたの人影だけが残っている。おれは鼻をつく異臭を放つあなたの影の上に横たわり、目を閉じる。
 外では空がどろりぼとりと降り続く。

青コーナ : 秋山真琴

 奥の方は、さらに奇妙な様相を呈していた。
 鍾乳洞と言えば、鍾乳石と呼ばれる氷柱のような岩が天井から垂れていて、そこから水が垂れていそうなものだが、ここには地上からも同じように柱がせり出しているのだ。さすがは世界八不思議に数えられるだけはある。私は感心しながら、鍾乳石のひとつに触れてみた。何とも言えない触り心地である。指を見てみると、指紋が消えていた。正確に表現すると、皮膚がドロドロに溶けていた。えたいの知れない昂揚感を感じながら見上げてみると、鍾乳石を伝った水滴が目の中に入ってしまった。穏やかな衝撃が眼球を貫いて、脳に至る。
 目が覚めたとき、私の身体のあちらこちらが溶けていた。いつの間に眠ってしまっていたのだろうとうで時計を見ようとしたが、どうしたことか左うでが持ち上がらない。見れば、からだのあちらこちらがとけている。ひふはとけ、石のように白くなっていた。いつの間にとけてしまったのだろう。時けいを見ようとするが、ひだりうでがもち上がらない。いしのようにかたい。それにしてもここちがよい。どうやらいままでずっとゆめをみていたようだわたしはもともとここにいたのだここにいてゆめをみてい



7th Match / 透明な図書館

赤コーナ : マンジュ

 正しい名前を知らないので、私は彼のことを図書館司書とだけ呼んできた。それが彼の仕事だったし、清潔な符号には逆にエロチックな含みさえ覚えた。貸出しカードを扱う指が愛くるしくて毎日通った。
 いつからか、夜になると私たちはそこで抱き合うようになっていた。天井まで伸びた本棚と隙間なく収まった本で図書館の壁はどんな建物よりも厚いというのに、行為の間、私はいつも誰かの視線を傍に感じる。
 この図書館は僕のことを好きだから、僕が誰かと二人きりになることを赦さないんです。図書館司書はそう笑った。だから全部筒抜けにしてしまうんです。壁なんてあってないようなものです。でも何ら問題はありません。見たい奴には見せておけばいいだけです。
 はなはだアブノーマルですね。図書館と図書館司書のたちの悪さをどんなに私が指摘しても、彼はきっぱりと横に頸を振る。いいえそうではありません、純粋なんです。
 その顔があまりに奇麗だったので、私は昼間貸出しカードを扱っていた愛くるしい指を探り、私だってと噛みついた。私だって、純粋です。困難でも乗りきれない事柄はひとつもありません。そうですとも、見たい奴には見せておこうじゃありませんか。
 図書館司書はやはり笑った。隙間なく並んだ本の向こうで、たくさんの何かが揺らぐのがはっきり判った。

青コーナ : 水池亘

 聞こえてくるのは木々のざわめきと小鳥のさえずり。木漏れ日のさしこむこの道をまっすぐ進んだところに、その図書館はあるはずだった。

 かつて、僕が子供のころ、毎日のように通っていた図書館がある。森の中に隠れるように建っていたそこは、誰も知ることのない、僕だけの秘密の図書館だった。あざやかな黄緑のカーペット、美しいシャンデリア、すわり心地の良いソファー、そして木目の本棚にていねいにならべられた色とりどりの本。そういったもの一つ一つが織りかさなってできる、あたたかくやさしい空気につつまれながら、僕は、日がくれるまで、本たちのささやきに耳を傾けていた。

 今、目の前にはだだっ広い草原が広がっているだけ。君はもう大人なんだから、図書館の幻想なんて見られないんだよ。誰かが言う。あのあたたかい空気は、本のささやき声は、君の世界から永久に失われてしまって、もう二度と感じとることはできない。
 本当に?
 いや、そうじゃない。僕には確信がある。深く、大きく深呼吸。まぶたを閉じて、ゆっくりと、1、2、3。そして目を開ければそこには、図書館が、あのころのままの姿で建っていて、僕が訪れるのを、静かに待っている。



8th Match / シュガー・マジック

赤コーナ : 春名トモコ

 ノースリーブワンピースから伸びた長くて白い腕が自慢なの。

 東向きの窓から日曜の朝のきらめく日ざしが差し込んでフローリングの床に落ちている。部屋じゅうに散らばっているピアノの音色をほうきでかき集めて、窓から捨てるよ。向かいの三角屋根に座っている天使が手を振っているわ。

 あたしのこと好きだなんてただの思い込みでしょ。

 ママがキッチンで紅茶をいれていると、ポットのふたが持ち上がり、ピンクの花びらが次から次からあふれ出てくる。いつまでも止まらない花を見て笑い転げるあたしたち。
 クラクション二回。アパートの前、高級車が停まり、王子様がガラスの靴を持ってあたしを迎えにやってくる。ストロベリージャムをくちびるにたっぷりぬって、花をけ散らし玄関へ向かうの。近づいてくる階段をのぼる足音。チャイムと同時にとびっきりの笑顔を作って。

 足のサイズでしかあたしを見分けられない男なんて、けり飛ばしてやるんだから! 

青コーナ : sleepdog

 長い旅から帰ってくると、庭の甘夏の木のもとに、思わぬものが出現していた。大理石の原石が隆起したかのような、白い三角形の巨大建造物。庭先で遊ぶ鳥たちに訊いて、ようやく正体を知った。まっくろに日焼けした働き者たちが家に忍びこみ、おびただしい数の角砂糖を運んで積み上げ、女王の陵墓を築いたというのだ。
 ただひたすらに、敬愛する彼らの母の永遠を願い――

 白い三角錘のてっぺんに、ついに神事の夜がおとずれた。庭じゅうの草葉の陰から、おごそかな奉唱が巻きおこり、千年来の命の粒子がひろがる瑠璃色の彼方へと、一筋の淡い光が立ちのぼる。光は夜空と漏斗状につながって、砂時計が流れだし、神の息吹を地上へみちびく。働き者たちは触角のささやきを止め、くろい瞳をまっすぐ据えて葬送のときを見まもった。甘夏の青葉をすかし、星の手がさやさやと墓畔に降り注ぐ。そして彼らの母は、あまく香る永遠のなかにとけこんだ。

 残光のさす縁側に腰かけ、もぎたての甘夏を噛みしめる。若い酸っぱさが舌をわたり、まなじりに移っていった。



9th Match / 竹林の目

赤コーナ : 峯岸

 今夜は満月なので小鬼は河原で石を拾います。
 きんちゃく袋に石を溜めて竹林へ向います。竹の群れへ石を抛りますと、こーん、と返事をくれます。こーこーん、と重ねてくれる時もあります。小鬼はこれが好きです。
 竹たちに迎え入れられて奥へ進むとひんやりしてきます。濡れた匂い。ここーん。いつしか、川に流された子供たちや生まれて来られなかった子供たちが後をゆらゆらついて来るのです。こーここーん。
 この小鬼には友達がいません。きっと子供たちとも友達になれないのは判るんです。それでもお気に入りの場所を教えたくって歩きます。何度も振り返ります。
 小鬼は喋れません。思いを口に出来ません。だから石を並べます。ここからの満月を見せたかったこと、子供たちが喜んでくれること、子供たちと仲良くなる自分のことを祈りながら並べます。
 風はざわざわ歌います。しばらくすると子供たちは一人ひとり、竹の一本いっぽんに吸い込まれてゆきます。そして竹と一緒に小鬼と月を見ていてくれるのです。
 どのくらい時がたちましたか。
 夜明け前には帰らなくてはなりません。竹の間から月を見上げますと、月が竹と一緒に小鬼を見下ろしてくれます。こーん。

青コーナ : 青島さかな

 私に誘われるままに乗った列車は、やがてひび割れたアナウンスとともに終着駅に辿り着いた。お気を付けなさいという運転手の声も溶けてしまうほどの濃厚な夜に降り立った私を迎えたのは見渡す限りの竹林で、相変わらず私は私に導かれるままに奥へと歩き出す。一歩進むと後ろから誰かに見られているような視線を感じ、首にはちくりと刺されたような痛みを伴って小さな穴が空く。私は私が振り向くことを許さないので、視線に射抜かれたままでいたのだが、歩むほどに視線は数を増して私に空く穴の数も増えていき、穴だらけの私はついに頭と身体が離れてしまう。ごろん。転がっている首から上の私を、竹が節目という節目を開いて見ている。空洞のはずの節目ごとに目玉がぎょろりと浮かんで、幾十、幾百、幾千の目玉がただひとりの私を見ている。私は穴だらけになりながら最後まで残された瞼を閉じる。
 痛みはそこまでだった。笹が擦れ合う音に瞼を開ければ私も目のひとりとして私を見ている。私が私に穴を空ければ、また列車が私を乗せてくるだろう。



10th Match / ヴァリゾープ

赤コーナ : ゆっくり大王

 ピンポーン。台所で皿洗いをしていた彼女はスリッパの音をたて、エプロンで手を拭きながら玄関に向かう。宅急便です。判子ください。はい、ご苦労様。何かしら、あけてびっくりガラス板。一辺1メートル幅1センチの透明の。あら、でもうちのガラスは割れていないのに。差出人の名前を見て
 がっしゃーん。がっしゃーん。昔割りまくった理科室のカバーガラス、耳の奥の小さなところでぱき、と音を立てて鼓膜がそれを拾って中から外へ震えだし、共振、震える一辺1メートルのガラス板、手のひらで抑えるブルブル、いやな汗、蒸気がガラスに手のひらの形。ブルブル?この胸の震えは勘違いで、携帯電話でした。もしもし?ああやっぱり。やっぱりね。うん、うん、相槌のメトロノームに合わせて彼女、目の前の冷たいガラス板に爪を立て、ピアノ習いたて少女みたいに引きつった顔してキイキイ。

青コーナ : 根多加良

 ヴァリゾープさせた。

 1984年にアメリカで作られたスパイ映画『パーフェクトプロセス』。興業的にも作品的にも明らかな失敗作であったが、このビデオテープを貸し出していた一軒のレンタルビデオショップで興味深い現象が起こった。始まりから58分43秒の地点、FBIとKGBの二重スパイである主人公のフランケルが恋人であるアイネに向かって銃を突きつけるシーンがある。通常であれば銃口から飛び出した花束をプレゼントするだけの、軽いジョークシーンだった。
 だがそのテープでは画面がぶれると。突然フランケルが車のハンドルを握りながらヴァリゾープと意味不明の言葉を呟くシーンに変わる。テープが劣化して切れたところを店員が無理やり繋ぎあわせたためにおこった出来事だと推測されている。
 このため本来はスパイの陰謀劇だった物語は、ヴァリゾープをめぐる話に変化した。同時にヴァリゾープとは、コピーされたものにも独自のオリジナリティを認め、その現象を人為的に起こす現象を指すようになった

 ぼくはスーパーカブ。今日はお父さんといっしょにおんせんにいったよ。ちょっとのぼせたけどたのしかった。ちゃわんむしおいしー。