500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第19回:踊る


短さは蝶だ。短さは未来だ。

月はほおずきそっくりの色で夜空に貼りついているのだし、
昼の日でむくんだアスファルトは、ちかたんちかたん、高く鳴って、
ついには影法師も踊り出すのだ。
群青の風はますます吹いて、電飾の鱗をまきちらし、
甘くしとった指が頬から首、二の腕をすべりおちて、
あたしはあなたの粘膜になる。



太陽が照らす
そよ風が流れる
菩提樹の枝が揺れる
木の葉が騒ぐ
青葉が清流にヒラリと舞う
波紋が広がる
水中生物が凝視する
そして、川の流れに身を任せリバーダンスが始まる。
ヤマメも、水蠆も、青苔も
岩も、小石も、流木も、すべてが踊るこのダンス。
それが生命の水、飲み込んだ僕の心もIt’s river dance



 彼のケーブルがショートしたのは、おもてでかかっていた流行歌のリズムをとろうとしたせいだった。



 姉が家を出た。大騒動になった。姉の婚約者の家族も巻き込んで、騒ぎはなかなか静まらなかった。僕は、つるりつるりと魚を飲み下しながら、彼らの様子をただ観ていた。親のくせに、と苦々しくさえおもう。
 親のくせに何年あの女に付き合ってんだ?姉がごたごたを引き起こすのは、いつものことじゃないか。
 愚にもつかない話し合いを繰り返すその集団の中にいて、姉の元婚約者だけがただひとり、落ち着いているように見えた。すらりと首をもたげ、前を向いている。全く、姉はばかだ。ここらで一番の魚捕り名人の彼を掴まえておいて、いよいよという時にするりと逃げて。
 男の本質なんて、皆おなじよ。自信たっぷりに笑って、姉は言った。出奔前夜のことだ。そして臆面もなく僕に話した。満ちたりた横顔をして。
 姉と連れ立った、その男の求愛は、それはそれは素晴らしかったのだそうだ。
 紅い夕日が、拡げた男の羽を隅々まで染めて、その真摯に舞う姿は風を生んでいるようにしか見えなかった、と。
 その時が来たら、ああいう風に踊れる男になってね。そう残して、姉は発った。 



 遊行中の捨聖様、山中で道を失い、男と女に遇う。
 男は歯車自縄斎、女は情一坊と名を言う。
 自縄斎、両手両足と全身体を朱縄にて縛られて、亀の態。
 情一坊、自縄斎の尻穴を棒先で抉り、
「良いのですか。捨聖様のように徳の
高いお坊様に見られながらするのが」
「な」
「な?」
「南無阿弥陀仏」
 まるで自縄斎の念仏に呼応したかのように、捨聖様の口からも、南無阿弥陀仏と六字の無生がころびでる。
 捨聖様、呵々大笑、自縄斎を踏みつけて、自在に踊る。



赤い靴をはいた娘は踊っていた。
踊ってばかりいたその報いに、赤い靴は脱げなくなり、
娘は食べることも眠ることもなく、踊り続けていた。
不思議と娘は倒れることも死ぬこともなく、
恍惚とした笑顔でただ町中を踊り回った。
踊る娘を初めは気味悪く思っていた町の人々も、
いつしか『蝶々が飛んできた』という程度に見慣れてしまった。
怖れのない目で見れば、娘の踊りのなんと素晴らしいことか。
時に力強くしなやかで、時に軽やかで愛らしい。
踊る娘は、けしてつまづいたり、転んだりしなかったけれども、
やはり危なかろうということで、娘のためにガラスの円形劇場がつくられた。
娘はガラスの舞台で踊りつづけ、踊る娘は町の名物となった。
町には遠くからも見物客が訪れ、『踊る娘の町』として大変に栄えた。
しかし、報いは報いだったのである。
娘は死ななかったが、確かに年老いていた。
娘がフケていくのにつれて、町はどんどん寂れていった。
やがて、町は廃虚となり、
赤い靴をはいた老婆だけが今日も踊っている。



フロアで足をくじいてしまったのだけど、
ちょっとだけ甘酸っぱい思い出になってしまった。



 砂糖壷の神様は氷砂糖が大好きなものだから、いつも口の中でころころころがしている。でも、砂糖壷の神様はやっぱりどちらかと言えば角砂糖よりの神様で、砂糖壷の中に入れているのは色とりどりの角砂糖。お茶会ではオレンジ・ペコの神様と一緒に他の神様をもてなす時には砂糖壷から幾つかを取り出してティー・カップの神様が用意してくれたティー・カップの脇に二つずつ並べたりするのがお約束。
 先日のお茶会でチーク・ダンスの神様にリードの仕方を習ったのだが、実際に使う機会がないのを砂糖壷の神様は淋しく思っている。夕暮れの涼しい時間に森を散歩をするのが砂糖壷の神様は大好きだ。たまに夕暮れ時には音楽の方の神様が誰か、素晴らしい演奏をしている時もある。
 湿った森に流れるフリー・ジャズはアルト・サックスのパッセージ。砂糖壷の神様は昔から恋いこがれているクルーニングの神様の影響で、詳しくはないもののジャズも大好きで、思わずつま先でリズムを取り始める。その振動で砂糖壷の神様の蓋からこぼれる角砂糖の、色とりどりの粒がひらひら舞い落ちる。
 氷砂糖をころころころがしながら砂糖壷の神様はクルーニングの神様の滑らかなヴィブラートを想像する。こんど、誘ってみようか。砂糖壷の神様はちょっと顔を赤くする。
 だって砂糖壷の神様は、口笛も吹けないので。



伊勢から始まった「平成版えじゃないか」は次第に人数が多くなり、とうとう200万人の大群集となり、人、人、人で異常な熱気に包まれています。
現在はここ永田町周辺をまるで何かにとりつかれたように踊っております。

「えじゃないか、えじゃないか、えじゃないかぁ」
「えじゃないか、えじゃないか、えじゃないかぁ」
「カネが無くとも、えじゃないかぁ」
「お札を刷れば、えじゃないかぁ」

この掛け声の高まりを受けてか、政府は紙幣大増刷を検討中とのことです。
その情報が漏れ始めた今朝から、株価が急上昇いたしました。
日本経済は奇跡的な復興を遂げるのではないかという予想です。
兜町周辺は久しぶりの大商いに、人、カネ、株券が踊っております。



 最近、手の甲にぜんまいが生えてきたので、ぐりぐり回すと自分の意志とは無関係に踊り出すようになってしまった。ブリキのぜんまいなので、ドライバーでこじ開けようと思ったけれど、こじ開ける振動でネジがぐりぐり。つまりは、結局のところ踊り出してドライバーを放り投げることになる。諦めてからよくよく考えてみれば、水槽の中の金魚全部にぜんまいはついているのだし、最近母親の背中がふくらんできているのもそのせいだろう。水道の蛇口にだって最近よけいなぜんまいがつくようになった。どうりで最近回すという言葉が廃れたんだ、と納得してしまったのだった。あ、踊り猫のぜんまいカッコイイ。



「その儀式の末に、天の神が我々に恵みの雨を降らせ給うなら、私の命尽き果てようとも惜しくはございませぬ」

祭壇は整った。
アヤメの四方を取り囲む炎の柱は、まるで龍がうねりを上げるが如く赤々と凶暴なまでの牙を剥いている。
村人達が固唾をのんで見守る。
やがて静かに立ち上がる。
白装束に身をつつんだアヤメは両手をゆっくり天へとかざした。

舞は始まった。
18になったばかりのアヤメから少女のあどけなさが消え、娼婦の表情で天を惑わし、般若の表情で大地を揺さぶった。
舞は果てしなく続く。
白塗りの腕は大空を舞う鷹のように。
か細い両足は、しかし野鹿が草原を跳躍するように。
手に持つ雷の杖は勇猛な戦士の槍のように。
その間にもアヤメの生命の欠片は炎に照らされ、キラキラと輝きを絶やすことはなかった。
その姿はまるでこの世の者ならざるファントムのように儚く、そして美しかった。

三日目の晩、力尽き倒れたアヤメの頬に、天からの雫がぽとりと落ちた。



 17世紀日本の視察団支倉率いる一行はアンダルシアの地に降り立った。そこで支倉たちが魅せられたものとは何であったのか、私はそれを知るため今この場所にいる。
 ハポンと名乗る住人達に見覚えはないが、懐かしい香りが漂っていた。私は故郷に似た夜空の下でサングリアを片手に、オリーブオイルたっぷりのサラダと小魚のフリッターを肴に余興を観察した。
 熱き詩と音楽とフラメンコの輪が真夏の夜を一層上昇させて、温度計をぶち壊す。やがて私の理性も破壊され、ハポン達の輪に飛び込ませた。心も体もすべてがその瞬間に燃え上がり、その炎はなかなか沈静する事はなかった。夏が終わり怪傑ゾロのマスクを剥がされた時、私には小さな命と炎で結ばれた女性が一緒に暮らしていた。
 そして私もハポンとなり、次の夏をこの地で待つ。この心をおどらせながら。



「チュチュ専門店ができるんだそうですウチの商店街に」
「ホウホウ」
「チュチュって何だかご存知か」
「金日成の」
「それはチュチェです。チュチュはバレエの衣裳のことですよ」
「スポーツ用品店ができると中学生が喜びますね」
「あなたバレーボールと勘違いしてないか。踊るほうのバレエです」
「お好きでらっしゃる」
「いや、私が好きとかそういうことではない」
ピチピチ
「お、白魚がきましたよ」



 第3幕、スターはグラン・フェッテを鮮やかに決めた。
 一時は利き足の膝の故障から引退説すらも囁かれたが・・・今日の舞台で見事な復活劇を見せてくれた。
 私はインタビュアーとしてここにいる、と言う事実を忘れ、1人のファンとなって舞台袖に駆けつけたのであった。

 ・・・そして私は見た!

 彼女が先刻とは逆の方向できっちりと32回、舞台袖で黙々と回る姿を。

※グラン・フェッテ:正式には「32回転のグラン・フェッテ・ロン・ドゥ・ジャンブ・アン・トゥールナン(grand fouette rond de jambe en tournant)」と言う。片足を軸に、もう一方の足で円を描きながら32回転する技。



炎にまかれて踊る姿が目に焼きついて離れない。



 星月夜。午前二時過ぎ。
 塀を散歩していたミケは、路上に奇態なものを見た。
 ネズミが直立したほどの背丈。赤茶けた色。エラがある。それが踊り歩いて
る。弧を描いて半歩進み、ぴたり体を反らせて止まる。その精妙な曲線。
 猫には猫の美意識がある。
 美しいモノには嫉妬する。
 人間にはわかるまい。
 塀をとびおり忍びよる。ぱっと跳びつく。それは円の動きでツとかわす。踊
りは全く乱れない。ミケ横っ跳び。だがもうそこには居ない。再び跳ぶ。

 遡ること十数分。
 部屋で男が縛られている。縛った女は何か見えないものに怯えながら時計を
見る。チクタクチクタク。秒針が12を指す。午前二時。踊りの時刻だ。
「うっ」男が身悶えする。「ううう」暴れはじめる。だが手足はがっちり固定
されてる。やがて静かになる。ほっ。女の吐息。
 ひょこっ。
 女は目が点になる。男の股間が。突っ立ってひょいひょいひょいと踊りだす。
ジッパーがジーッと開く。あわてる女。「あなたっ!」
 ぶちっ。
 ぎゃああああ。

 午前二時半。
 負けました。
 ミケは追うのを諦めた。きちんと座り、見送った。凄いよ。あんた。
 それはしゃなりしゃなりと踊りながら、闇の奥へ。闇の奥へ。



きのう きょう あした
きのう きょう あした
きのう きょう あした
わたしは まわる まわる
まいにち くるくる ぐるぐる まわる
そう、タンゴのように
何のため?そんなこと知らない。知るか。

この前、寝ていたら金縛りにあいました。

うごきたくない昼間にうごきまわり、
深夜、寝返りしたいのにうごけなくなった。
もがいても もがいても うごけない うごけない
そのうえ、だれかがノッテる気する・・・
あれね、頑張って目をこじ開けようとすると、あもしろいことになるんだよ。
目を閉じてても開けてても同じ景色なの!自分の部屋なの。
つまり、夢と現実の隙間にいるんだよね。すごい!
隙間にいる住民がノッテきたんだよね。
「ここさ、あんま人こなくてさ、もうちょっとゆっくりしてってよぉ。
いかないでよぉ。ねぇ、ねぇってば〜。」
って言ってんだよ。あれ。
しかたがないので、もうちょっといてやることにする。すると・・・
ノラレていたはずなのに、自分がノッテきた。

わたしは まわる まわる
ゆめでも くるくる ぐるぐる まわる
そう、タンゴのように
何のため?そんなこと知らない。知るか。



 伊豆の西岸に打ちよせる荒波は、
 うねりとなって近より、
 急峻な断崖の、硬い岩肌に叩きつける。
 紺碧の水は一瞬にして純白に変わり、
 跳ね返されて白竜となって逆巻き、
 「ドドドドーン」と音を鳴らして、激しく踊る。
 大粒の真珠の汗を辺りにふりまき、
 キラキラ光るダイヤモンドの涙を流す。
 無色透明な液体の、一世一代の晴れ姿である。



「貴乃花、来場所も休場との噂(サンスポ)」外国株が平均2円安。シカゴで暴動か?「ウチの在庫は大丈夫」牛肉相場(前引)2.5ポイント高。朝鮮くじ公社発売のオンライン・カジノで一攫千金。トルコききょうが開花。経済問題を語る夕べ(139)午後6時より兜町倶楽部で。「大蔵省のファックスが間違って流れてきた」円、急速に高騰。穀物メジャー介入で食品企業が共同防線。新聞に踊る「不景気」の3文字!「ウチの馬が死んだのか」損害10億の社長。再保険会社に人気。ステップステップ。あなたの不動産は大丈夫ですか?東京・晴のち曇(30%)今夜のBS映画劇場は「会議は踊る」。電光掲示板に人々も踊る。



 あたしの窓に、父ちゃんは飴色の新しいカーテンを吊ってくれた。
「これで、ひとりでも寂しくないか?」あたしは頷いた。
 朝日が射すと、あたしの部屋はカーテンを透ける光で白く包まれる。まるで雲の中。もしくは真珠。さもなくばミルキィ。素敵な目覚めよ、おいしい朝食に勝れり。
 でも、とあたしは思う。
 夜は、と言いたかった。
 暗闇で目を覚ましたあたしは、なかなか寝付けない。「父ちゃん母ちゃん」そっと呟いてみる。誰も居ない。ということはわかっていた。わかっている自分を確認して安心する。寂しくはない。怖くもない。でも、眠れもしないのに目を閉じたり、両親が帰るのをじっと待つのは、とにかく嫌だった。
 ふっと、影が、
 カーテンに映った。
 ▲ドレスの貴婦人と▼タキシードの紳士の影が、くうるりくうるりと踊りだす。月をテントと、決して開かない幕越しの舞踏会。

 朝起きると、ベッドの傍に母ちゃんが居た。「ごめんね。寂しかったでしょう?」なんだか身体が軽い。「うん、とっても寂しいよ」とあたしが元気良く言うと、母ちゃんはびっくりしたような、ちょっと笑った。
 「でも、平気だよ」あたしも笑う。



「ヒャハハハハハ踊れ踊れェ」
 追い詰めた目標の足元に向けトリガーを引く。ダンダンという低音の発射音にキュインキュインという高音の着弾音が乗り、そこに目標のぎゃあぎゃあという絶叫が心地よく響く。心おどる至福のひとときだ。この感動のためにこの仕事をしているといっても過言ではない。
「どうしたステップが甘いぜクケケケケケケ」
 空になったマガジンを付け替える。目標がむせび泣きながらごぼーぶえーどげべーと奇怪な声を発した。なんでもするから許してくださいとでも言ったんだろう。目を見ればわかる。尊厳も誇りもかなぐり捨てた亡者の目だ。
「ヌフフフフフもっとセクシーに舞ってくれよ」
 再びトリガーを引く。目標が嗚咽まじりの悲鳴をあげながら必死に跳ねまわる。本能が命じる迷いのない俊敏な動作。一斉に緊張し弛緩する全身の筋肉。恐怖に満ちた人間はなぜこんなにも美しいのだろう。



「魂と精子って形が似てるよね」
 背中越しに聞こえる盆踊りの太鼓と、ひゅるると甲高い音で空へ舞い昇る火の玉。
 たぶんあの娘なら、この花火だって魂や精子と一緒くたに扱うのだろう。
 そういえば、たしかに似ているかもしれない。なにせお盆だし。
 ただいま。
 おかえり。
 そして、
 また会う日まで。



  イ
ヒョ と足を揚げてご覧。
さあ、もう大丈夫だよ靴をお履き。



月鏡に映し出されて、やわやわとしたもの達が
月明かりの元、くるくる踊る。

宴は一晩中続く。
くるくると、くるくると。
踊る、踊る、くるくると。

ほらもう空が白んできた。
マツリの時間は終わり。

そして月鏡に吸い込まれ、次の宴まで眠りにつく。



 罪っを犯してっ、彼の耳の中に閉じこめっられ、罰っをっ受け続けてっいまっす。



え?踊りがうまい?ふふ。ありがと。
ま、私ってルックスは地味なほうだし、踊りだけが取りえかな。
今のご主人に買われたのも踊れるっていう特技のおかげ。
生まれは東南アジアだろうって?わかる?
こう、手先をくるんくるんって回して踊るのがエキゾチックでしょ。
この動きで東南アジア系ってばれちゃうのよね。
ええ?うーん。踊るのが好きかって訊かれてもねえ。
呼吸したり水を飲んだりするのと同じ。
生きるためには踊るのがあたりまえってところかな。
でもね、踊る気にならない時もあるのよ。
たとえば?ふふ。うちのご主人が歌う時かな。
あんなダミ声じゃ気分が乗らなくて。
綺麗なソプラノなら、ほらね、こんな感じ。
くるん。くるん。ひらん。ひらん。

まい・はぎ【舞萩】マメ科の木質多年草。産地:東南アジア 
二枚の側小葉が半円を描いて運動する。舞萩の名もその動きに由来する。先日、昆明の園芸博で展示された際は、女性の歌声を聞くと踊るという触れ込みであった。実際は女性の声に限らず、音に反応してゆっくりと小葉が動く。



 Mr.ダンディ、ダンスがキライ。それは誰でも知っている。
 雨がポツポツ降ってきた。つぎつぎ開くカサの花、くるくる回る雨降りワルツ。けれどダンディ踊ったりしない。上体ゆらりと雨をかわしてまっすぐ歩く。
 お日さまキラキラ輝いた。水たまりを飛び越すシューズは懐かしのステップ。けれどダンディ踊ったりしない。歩幅そのままジャブジャブ歩く。
 ところがダンディ、町の広場に来てみると、空から花が降ってくる。塔の上から気
の狂れたお姫さま、シロツメクサのかんむりを投げている。かんむりはくるくる回って落ちてくる。誰もがそれをかぶろうとするが、パラリと白くほどけてしまう。
 ダンディもはや、いても立ってもいられない。ステッキその場に投げ捨てて、たちまちかんむりの落下点。かんむりに合わせてくるくる回る。ひらひら踊る。花の輪ふわりと頭にのって、ダンディ忽然と消えちゃった。
 Mr.ダンディ、本当はダンスが大スキ。でも、それは内緒。



 踊る踊るよ 闘殺の踊り
 どちらかが死ぬまで終わることはないよ
 牙と牙とをかち合わせながら
 真っ赤な林檎に腕を伸ばしながら

 踊る踊るよ 凱旋の踊り
 興奮冷めるまで終わることはないよ
 腹の底から高笑いながら
 命あることを感謝しながら

 踊る踊るよ 婚礼の踊り
 酔い潰れるまで終わることはないよ
 篝火に煌々と照らされながら
 燃え盛る夜に胸弾ませながら
 
 踊る踊るよ 魂呼の踊り
 蘇るまでまで終わることはないよ
 蒼白い炎に手を伸ばしながら
 「次があるさ、くよくよすんなよ!」と励ましながら



「生ビールと踊り」。注文を告げるとその客は改めて正面の壁に眼をやった。そこには、メザシとか干物とかタタキといった飲み物屋にありがちなメニューが並んでいる。変わったものといえば、黒焼きとか地獄焼きくらいだろうか。
「おまちどうさま」。
「今日のは生きがいいね」。
「夕べ六本木から仕入れたばかりだからね」。
「でも、近頃の踊りは顔も動きも皆同じでおもしろくないよ」。
「今は養殖物や輸入物が多くてね。国産の天然物なんてなかなか手に入らないですよ」。
 皿の上には、まだ若い人間が二人乗せられている。客がそれを醤油につけると、苦しそうに身を震わせて踊りだした。口に頬張ってがりっと噛んだ。口からはみ出した足がばたばたと動いていた。



 僕の信じる仲間たち。耳障りの良い音楽に舞っている僕。僕が代表なんだから僕が踊る。

「あなたこそ救世主です」「教祖様はすばらしい」
 そうとも、信者をかき集めろ。財産はお布施だから、ぜんぶ僕がもらう。

 あの頃は良かった。こんな囲いの中では、もう踊れない。僕はいつになったら娑婆に戻れるの?



カッチン
ポッ

ビリ
カシャ カシャ カシャ

プチィ プン ポン ポン
カシャ カシャ カシャ

ポンポンポンポンポンポンポン
ポンポンポンポンポンポン
ポンポンポンポンポン
ポンポンポンポン
ポンポンプチ
ポン

あっちい
クシャ クシャ



 しゃんしゃんしゃん。鈴の音が鳴って、カラクリ人形が動き出す。1時間ごとに音楽とともに現れては、同じ動作をするその人形たちは、もうかなり古びており、大きな動きを見せるたびに、ぎーこぎーこと耳障りな音を立てる。
 子どもたちが寄ってくる。人形に合わせて動く子どもたちのなかに、妙にぎくしゃくとした動きを見せる子がいる。子どもたちの喚声のなかでは聞きとりにくいが、それでも耳をすませば、音がする。少しいびつな、ゼンマイの音。
 ほれ、やっぱり戻ってきた。
 どこからか現れた人形技師たちが、子どもたちを抱えてうつむかせる。背中と足の裏を引きはがすと、錆びついたネジが現れる。
 見られなければ、踊る楽しみもない。
 5分間の演奏時間が終わり、子どもたちはいつの間にやら散っていく。けれどもその場から動けない子どもが数人。背中と脚からさされた油を垂らし、次の演奏時間を待っている。



  私は現役バリバリのセールスマン、笑で始まり礼で終る。私の話術の右にでる者はいない。しかし、そんな私にも悩みはあった。それは本当の自分がイナイ事だった。だからいつも一人ぼっち、真っ暗闇の部屋に帰り、寂しい晩餐に、月光が青いことに気付き床に着く。そんなある日、扉の向こうに不思議の世界が広がっていた。一見今の世界と何ら変わりはないが、たった一つだけ違う事があった。それは、先すれ違ったカップルに教えてもらった。男は力強く怒涛の舞を、女は美しく華麗な舞を、やがて螺旋を描きひとつの愛が完成した。私は空腹を満たすためカレーの舞を、心を満たすため愛の舞を試みた。が、すべてが誤舞で途方に暮れた。気分転換に映画を観ればダンス物ばかり、いやオンリーダンスだった。私はベンチに腰掛け瞑想するしかなかった。瞑想中少女が現れ、にっこり微笑むと緩やかに踊り出した。あの舞は今でも私の基である。

「お父さん、いってらっしゃい」私は妻子に見送られながら今この扉を開ける。どうやらこの世界でも私の華麗なるステップは通用するようだ。そして今日も『踊るセールスマン』と呼ばれる。