種
以上、僭越ながら松本楽志が評させて頂きました。出来るだけ評価軸を明示して評価を下したつもりでありますが、言葉足らずのこともあるかと思いますのでそのあたりを補いながら総評を。
僕は超短編に物語の萌芽を感じたいと思って読みます。そこから無数の並行世界が分岐するような、そんな作品を高く評価しています。毎回どのような傾向なのか分かりませんが、今回目についたのが、せっかくの物語を短いながら観察し、収束させてしまう作品(この文脈での〈収束〉という言い方は説明しにくいのですが、単純に「オチがある作品」と分類されるものだけではないことは付記しておきます)。実にもったいないと思います。説明を放棄するというのではなく、枝打ちをして姿を良くして欲しいのです。それから、たんなるエッセイの断片も目につきました。エッセイだからと言って超短編になりえないわけではありませんが、そこにはやはり物語を感じさせることが重要なのではないでしょうか。ただ普段思っているアフォリズムを語るだけならば物語として書く必要はないと僕は思います。
さて、次の選者はたなかなつみさんです。僕はこの方の評価をたいへん信用しておりまして、競作などですとこの方に受ければ自分の中で「勝ちだ」などと決めていたりしているくらいです。彼女がどんな作品を選ぶか楽しみにしています。
[優秀作品]橋を渡る : 峯岸
> 鼻削ぎが現れた。
まるでテレビゲームRPGにおける、モンスターとの遭遇めいた出だしですが、これはなかなか効果的です。現れた、という現在の状態を無造作に投げ出しておき、その後に視点の心情を書く。あとは状況と心情を行ったり来たりして話を進めていく。そこにふらふらとした感覚があり、「橋を渡る」という動作とちゃんと関連しています。唐突に終わるラストも気持ち悪くて良いです。
ところで、「目玉蒐集人」もそうですが、単語一つでイメージのあるものを使うときは気をつけなければならないと思います。その単語そのものの持つイメージに振り回されかねないからです。とはいえ、そういった個人のイメージ想起力に依った評価というのは難しいところもありますが、さて、この作品はどうでしょうかね? そのあたりに僅かな疑問があって、これを優秀作として推すか推さないかとても迷いました。でも、それを補って魅力のある作品だという結論に至りましたので、これを優秀作とすることにします。
逃走 : 三澤未来
> 全身どころか影までライトグリーン一色の人影が、いくつも雑踏をすり抜けていく。
アイデアだけを見ると酒飲み話に出て来そうなもので、間違うとそれこそただの雑文になってしまうのですが、ギリギリで物語に仕立てています。エッセイ的なアイデアを使った作品であってもちゃんと装飾すれば超短編になると言う一例だと思います。
目玉蒐集人 : ひまわり
> 戻ってきて袋をのぞいた。
「目玉蒐集人」というアイデアだけではもはや安易ですが、そこに付加された別の要素が素晴らしいと思います。短さもちょうどよく、終わり方もいろんなことを想像させます。
影分身 : こしゆ
> 葬式をさぼった。
僕自身は幻想的だったり言葉遊び的なものばかりにどうしても目がいってしまうのですが、こういう超短編もちゃんと拾い上げていく必要はあると思っています。これは短いながらもドラマを感じさせ、テンポも良い。話だけを追えばたいしたことは書いていないはずなのに、なぜか広がりがある。このバランスがとても大事だと思うのです。
スクウィイー : たなかなつみ
> かれの名前はスクウィイーで、ぼくには名前がなかった。
「鼻削ぎ」や「目玉蒐集人」と比べ、この作品の言葉は既存の言葉を組み合わせてはいません。完全な固有名詞を創って作品に仕立てています。こうなると「語感」がきわめて重要でありましょう。この作品における「スクウィイー」という名前は、小さなィにさらに大きなイが続き、そのまま発音が引き延ばされる。この間延びしたような感覚と作品全体の雰囲気とマッチしているように思います。
進路指導室
奇妙な展開は面白いと思うのですが、詳細に描きすぎているせいかテンポが悪い気がします。
オルゴール
スケッチとして悪くないです。ただ、まったく動きのない素描なので、この長さは超短編としてはやや冗長かと思いました。風景画で超短編に仕立て上げるのは僕もたまに試みますが、成功した試しがありません。おそらく山尾悠子なみの描写力がいるでしょう。
雪の降る町で僕らは
これはかつてのトーナメントのお題のひとつですね。4つのシチュエーションが語られますが、すべてが互いに交換可能なのが弱いところだと思いました。それぞれの断章には魅力があるんですが、4つをただ並べただけで物語が動き出しそうな気がしないのです。
鵺
分かち書きも超短編の一つのスタイルです。詩との境界の一つですね。となると言葉の選び方などがそれだけ重要になってくると思います。その意味ではこの作品は良いところまで行っていると思うのですが、最後一行で説明的になってしまうのがもったいない。
確率
見せ方とタイトルにもう一工夫欲しかったですね。前半の説明的な文章がイメージを妨げる気がしました。かといってそれを省略してしまうとなんのことか分からないわけで、そこを補う必要はあるかと思います。