500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第01回:峯岸選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

ひつじの春 作者:よもぎ

除夜の鐘を数えていたら、ひつじがごぉんと夢枕に飛んだ。ごぉんごぉんとひつじは群れて108匹のひつじは1かせの毛糸だまになった。それがみるみる東の空へ、あたりを朱に染め初日の出。ご来光に手を合わせ今年もひつじでありますようにと願う。すると、めえと一声あげておひさまはパカリと割れた。中からは「謹賀新年」の垂れ幕と金銀あかねのぼたん雪。手の平にふわりのひとひらが「まちびとひつじ」と告げたので、手紙結びにして食べた。春になったら会えるよね。ひつじはもうすぐそこ。



綾 作者:大鴨居ひよこ

頬を思い切りひっぱたいたら、丁度咥えていた団子の串が頬を破って俺の掌に突き刺さった。この場合被害者は誰なのだろう。叩いたのは俺である。「悪いな、ほっぺたに穴があいちゃっただろう」まずは謝った。頬に穴があくときっと不便に違いない。水を飲む時漏れたりするのはさぞ困るだろう。しかしもっと困ったのは串が刺さった俺の掌だ。刺さった先が神経を刺激しているのだろう、ズキズキしてしょうがない。きっとこのまま化膿するに違いない。頬の穴も大変だろうが掌の痛みも大変なのである。こんなことなら別の場所をひっぱたくんだった。「おい、俺の掌、凄く痛いんだが、どういうことだ」「団子のタレが染みているんだろう。ざまぁみろだ」酷いやつだ。人の掌に串が突き刺さったことに「ざまぁみろ」などと言っている。自分が頬に小さな穴をあけられた腹いせにそんなことを言っているんだろう。こんな腐れ根性のやつはこうしてやる。俺はブーツで金玉を蹴り上げた。そしたら「痛いッ」と声をあげて頭を振り上げ、俺の顎を直撃し、俺は舌を噛み切った。もう許せない。



共振 作者:春都

 生徒を殴って、家に帰らせた。30分後、母親が血相を変え怒鳴り込んできた。生徒の家まで往復1時間かかる。
 実験は成功だ。



夢相見 作者:庵之雲

 壁越しに父母のいさかいの声が聞こえてきます。
 まっ暗な部屋で私はコントローラーを握りしめ、上上下下右左右左Bボタンセレクトと指押します。するとブラウン管をとおり抜け、渦状指紋の迷宮に出ます。剣と魔法の世界です。私の姿は妊婦のマトリョーシカに変わっています。
 この世界では魔法は麻薬と同じで、瞬発的な力は産んでも肉体と精神がボロボロになります。中毒者が、だからうようよしています。奴らと闘うたびに私はどんどん小さくなります。はっきりいってピンチです。
 見上げると母が飛んでます。空を、ため息で。そこで目が覚めました。


▼警告夢です。「人形」は身近な人との関係を暗示します。近親的な人物に対して、あなたは不満や忍耐を多く抱えているみたい。性的なものでしょう。近々何らかの進展がありますが、びっくりするほどの幸運、でなくば精神バランスの崩壊を招くこともあります。ご注意を。



郵便 作者:春都

 手紙は真夜中に配達される。人に読まれてはいけないからだ。だから配達途中の手紙を読めるのは人でないものだけだが、我々はその人でないものを見ることはできる。街灯の明かりから一歩はずれた闇に、闇よりも濃い大きな影が立ち止まっていたら、ああ、今日も誰かから誰かに手紙が書かれたのだと人は思うのだ。