500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第13回:峯岸


短さは蝶だ。短さは未来だ。

武者谷 作者:赤井都

喉が乾いて川に降りると、三人の僧が私を留めた。
「あなたが私に、何か話を聞かせてくれるなら、水を汲ませてあげましょう」
「あいにく、話の持ち合わせがありません」
 応えたとたん夜になり、三人の武者が前にいた。立派な鎧装束をつけているのだが血と泥に汚れていて、いかんせん首がない。
「また一人来よったわ」
「おぬしなら見つけられるかの」
「早く見つけてたもれ」
 傍らのうすくらがりには、川原の大石と見えて、首の塚があった。どれも刀で切り取られたものらしい、血みどろの首の山にすっかり驚愕していると、背後からどん、と突かれる衝撃があって、首塚の中に押し倒された。首が幾つも私の両脇を転がり落ちた。
「さあさあ、夜が明けるまでにな」
「われらの首を見つけてたもれ」
「できなければ、おぬしの首も切って塚に混ぜるわな」
 私は首を一つずつ取って、武者の肩の上に載せた。目を剥いたもの、舌が飛び出したもの、血で髪が固まったもの、どの首も置いたとたんにごろごろと転がり落ちた。
後ろから、どん、と飛ばされる衝撃があった。
「これで話が、できるわな」
「今日する話が、できたわな」
「人にする話が、できたわな」
 朝だ。喉がからからだった。



森と都市 作者:雪雪

【森】
主語が主語であるという文章の主語は主語であるという文章の主語は主語が主語であるという文章の主語であり述語は主語であるである

【都市】
「『主語が主語である』という文章の主語は主語である」という文章の主語は、「『主語が主語である』という文章の主語」であり、述語は「主語である」である。



蝶々 作者:春名トモコ

 彼女の白くなめらかな背中の肩甲骨が隆起して、翼がはえてきた。
 翼は毎日大きくなっていく。養分を吸い取られるのか、彼女は見る間に痩せていった。痛々しい体つきになって、なのに肉が落ちれば落ちるほど満足そうだった。
 彼女は飛ぶつもりだ。だが、どんなに痩せても人間の体は重すぎる。彼女は食べるのをやめた。それでも順調に育っていく白い翼。まるで化け物だ。背丈を超えて、まだ大きくなっている。
「飛んで、どこに行きたいの」
 僕の問いに、声も出なくなった彼女はひからびた笑顔を浮かべる。食事を摂らせようとする僕に敵意をむき出しにしていたのに、僕が諦めると安らかな表情になった。
 泣く僕を不思議そうな目で見る。
 生を保つ極限になったとき、彼女は大きすぎる翼ではばたくだろう。
 アパートの二階の、いつか彼女が飛び立つ窓から見えるものは、同じ形のアパートの窓と、街中に張り巡らされた送電線。
 それは彼女を絡め取る。森の中のクモの巣のように。
 彼女は空に届かない。



佳人 作者:赤井都

 梅林に着いてみれば、二人きりの宴に招待してくれた主は不在で、林間には柔らかな香が舞い落ちるばかり。頭を下げて満開の枝をくぐって進むと、楽器と酒器が散らばっているところに出た。主は今しがたまでここにいたようだ。私は草の上に腰を落ち着け、座を外した主が残した徳利を拾い、呑み、奏しかつ歌った。穏やかな晴天と乾いた枯れ木と、枯れ枝と見えるところに現れ出ている整った五枚の花びらと、ほころんだばかりの蕾からのぞく蕊と、その蕊に射す光と、光がこぼす影と、影を揺らす風と、それを見ている私、私が呑んでいる酒の口の中での広がりを、口を開けて歌った。
 ふいと光が揺れて、体が小さくなった。ふいと風が吹いて、私は梅の花の中に座っていた。そびえる蕊の横に、主が先に来ていた。黙って主は肩から衣を滑らせる。陽光を受けた裸の胸に蕊の金が照り映えて、小さな体は花びらを踏み超えてもそれを散らせない。かぐわしい髪が頬に触れ、私の背は花弁の内側の脹らみを滑った。穏やかな晴天と整った形と、蕾からのぞく蕊と、その蕊に射す光と、光の下で揺れる影と、影をつくる穏やかな陽光、透ける花びらの壁の上の晴天。