超短篇ブック・ガイド vol.1
以前より紹介したいと言っていた超短篇関連の書籍ですが、今回は比較的手に入りやすい3冊をご紹介したいと思います。
■稲垣足穂『一千一秒物語』新潮社文庫
これはもう改めて紹介する必要もありますまい。余りにも有名な、最高に軽やかでユーモラスな作品集。この一冊で足穂は多くのフォロアを生みました。稲垣足穂、19歳の処女作。
百聞は一見にしかず。『一千一秒物語』から作品を一つ、引いてみましょう。
- 黒猫のしっぽを切った話
ある晩 黒猫をつかまえて鋏でしっぽを切るとパチン! と黄いろい煙になってしまった
頭の上でキャッ! という声がした
窓をあけると 尾のないホーキ星が逃げて行くのが見えた
天体や都市、人間がすべて同列である世界を足穂はこともなげに描いてみせました。こうしたとりとめのない、鮮やかなファンタジーは日本における超短篇の元祖と言えるかも知れません。
■佐藤雅彦『クリック 佐藤雅彦超・短編集』講談社
佐藤雅彦の名前は知らなくても『だんご三兄弟』や『ポリンキー』『バザールでござーる』と言えば、きっと多くの人がそれらの作品を思い浮かべる事ができるのではないでしょうか。
『クリック』はCMプランナ、佐藤雅彦がそのアイデアから来る一瞬のひらめきを「カチッ」という擬音になぞらえて名付けた超短篇集です。ちなみに『だんご三兄弟』はこの『クリック』に収められている一篇から生まれました。
佐藤雅彦は何かを判りやすく説明するのが上手な人で、今の経済の成り立ちなどを考える『経済ってそういうことだったのか会議』(共著)や身近な問題を考える切っ掛けを与えてくれる『プチ哲学』みたいな本も出していますが、こうした良い意味での手軽さは『クリック』でも活きていて、一目で誰にでも楽しめる工夫と魅力に溢れています。
そのエンタテインメント性を支えているのは視点の切り替えの妙。ちょっとした事でも見方を変えて新鮮な驚きを生み出しています。イラストも可愛い。
■本間祐/編『超短編アンソロジー』ちくま文庫
古今東西の超短篇を網羅した、日本ではじめてのアンソロジー。海外作品がいささか少なめなものの、238ページに95篇もの作品が収録されており、読みごたえのある一冊です。
この本の特色は何と言っても、そのジャンルの広さでしょう。掌篇や詩はもちろん、短歌、寓話、エセー、評論、アフォリズム、はては新聞記事まで、あらゆるジャンルから超短篇的な文章を拾い上げ、網羅しています。稲垣足穂の『黒猫のしっぽを切った話』も採録。
巻末に記された編者本間祐の解説も当を得ており、より深く超短篇を知るのに格好のテキストとなっています。必読。
そうそう。トーナメントの募集もはじまり、掲示板でのやり取りも活発になってきた最近の「500文字の心臓」ですけれども、その活気に拍車を掛ける嬉しいビッグ・サプライズがありました。
先頃発表された第11回日本ホラー大賞短編賞には大和王子『お見世出し』が選ばれたのですが、この大和王子さん。実は当サイトに参加して下さっているスケヴェ・キングさんなのです。
日本ホラー大賞はプロ作家の応募も多い、ハイ・レヴェルな賞である事を考えてもらえれば、これがいかに凄い事かは御理解いただけるかと思います。
これに伴い短編集の出版も決定したとのこと。
スケヴェ・キングさん。本当におめでとうございました。
次回の自由題は結婚式を間近に控えた松本楽志。こちらも何だかおめでたい。
武者谷 : 赤井都
> 喉が乾いて川に降りると、三人の僧が私を留めた。
物語がぽんと投げられていて、寓意があるのかないのか、その淡いが独特の読後感を生んでいます。こういうリドル・ストーリーは超短篇との相性が良いですね。
森と都市 : 雪雪
> 【森】
「森」は「自然」、「都市」は「人工」のメタファで句読点の有無がそれを象徴している作品。それぞれ一つでは作品にはなりませんが、二つを並べる事で遊びが生まれています。筒井康隆や養老孟司のエセーを彷佛とさせます。
蝶々 : 春名トモコ
> 彼女の白くなめらかな背中の肩甲骨が隆起して、翼がはえてきた。
切ない話。実はどことなく既読感を受けましたが、それでも作品の完成度を取って掲載。
タイトルは「蝶々」というくだけた幼児的な言葉より「蝶」の方がすっきりしていて良いのではないでしょうか。
佳人 : 赤井都
> 梅林に着いてみれば、二人きりの宴に招待してくれた主は不在で、
オリエンタルで、また妖艶な匂いのある作品。想像力豊かな描写に魅力があります。とりとめのない話なのですが、しっかり錬られた文章が作品を引き締めています。
「ふいと~」の連続のリズムは面白いですね。
エベレーターの中で
スプーナリズムが売りなのでしょうけれども、「エレベーター」を「エベレーター」と言い間違えたというだけでは作品として成り立たせるのは難しいのでは。
手の平の物語
これは悩みました。発想も面白く、掲載させたかったのですがあと一歩。前半の説明部分が冗長でした。作品の肝は「余談」を語る後半部分にあります。その後半部分だけを抜き出して、そこで前半にあるような設定を付け加えれば作品としてシェイプ・アップされるでしょう。
挑戦的な冒頭は、楽しめました。次回も期待しています。
夜爪を切る
タイトルの付いた俳句という体の作品。小説である事は俳句である事と矛盾しないので、こういう作品もありだと思います。ただタイトルにある「夜爪を切る」という迷信に作品が引っ張られ過ぎていて、理に落ちるというか、詩的な飛躍に乏しく感じられました。一行作品は異化が肝になります。タイトルなしの一行詩としては面白いとは思うのですが。
枯木
夜に包まれた時の、暗闇と一緒に自分自身が何者かに囚われてしまうような感じはよく描かれています。でも、これだけでは物語として足りません。100%書いて、しかし短い。それが理想だと思います。
荒ぶる神
開発による森林伐採をテーマにした寓意性の高い作品。ただ、些かその寓意性に寄り掛かり過ぎているか。ラストのレトリックは鮮やかに決まっています。
同盟
すべての段落が一行空けになっていますが、そうすべき意図が判りませんでした。通常一行空けは時間や人物、問題などの乖離を表わしています。つまり改行と一行空きでは多くの場合、意味が違っている訳です。
この作品とは直截関係ないのですが、「?」「!」の後の一文字空きなど一般的な書式に倣っていない作品がタイトル競作を含めけっこう見られます。そう書く意図があるなら良いと思いますが、そうでないならば作品が読み難くなるばかりか、書き手の意図が正しく伝わらなくなってしまう事もあるので、注意が必要だと思います。
星
綺麗な換喩ですが、これだけではやはり足りない。美しいイメージに何かもう一つ、欲しくなってしまいました。
少年/少女
繰り返される目醒めはある種の通過儀礼を表わしているのでしょうか、切ない作品。ただ言葉の使い方が些か固く、こなれていない印象を受けました。少なくとも思春期的な言い回しとは言い難いかと。
今回掲載の『蝶々』と似たようなテーマですが、人が飛べないというのは何らかの喪失感を引き寄せてしまうのでしょうか。