衝撃のできるまで
今回の投稿作は三十数編。面白い超短編が多くて、選考にはたいへん苦労をしました。結果として、掲載作はいつもより少し大目になりましたが、気になりつつ触れられなかった作品もあります。今回投稿した人はライバルが多くてちょっと不運だったかもしれません。
さて、投稿いただいている方は、すでにそれぞれ立派な超短編の書き手であるわけですが、500文字の心臓をごらんの皆さまのなかには「超短編の書き方がわからない」という方もいらっしゃるのではないかと思います。そこで今回はタカスギの実作を例にとって、あくまで一つの例としてですが、超短編のできるまでを追ってみたいと思います。
ここでは作品の内容ではなく、思考の過程に注目するために、あまり傑作ではなく、適度な凡作を用意したいと思います。前回のタイトル競作「衝撃」がちょうどよさそうです。
■1.衝撃とはなにか
まずはタイトルの「衝撃」について考えました。広辞苑 第四版には「突き当って激しく打つこと。激しい打撃」とあります。ぼくは破壊的で強力なエネルギーが、瞬間的に伝播するさまを思い浮かべました。また、衝撃には物理的なものと心理的なものがありますが、物理的なものに心理的なものを仮託しようと考えました。
■2.破壊的で強力なエネルギー
このあたりは安易です。なにか正体不明のエネルギーで、送電線の鉄塔が倒れたらすごいなあと考えました。
■3.瞬間的な伝播
次々と鉄塔が倒れることで、その破壊エネルギーの巨大さを出そうと考えました。そしてそれは、ものが落ちてから地面に着くまでの一瞬のあいだに起こるようにしようと考えました。このあたりですでに、ねずみが宙に浮きはじめています。
■4.実作例a
- 衝撃
塀の上、猫の恋人たちがキスした拍子にねずみを落とした。
はるか彼方で送電線の鉄塔が倒れる。すぐにその手前の鉄塔が倒れる。さらにその手前の鉄塔が倒れる。鉄塔がつぎつぎ倒れてくる。
ねずみはまだ宙に浮いている。
猫を材料にしたことで、奇妙な世界の感じは出たと思うのですが、肝心の衝撃の方が弱い気がして、つぎに、恋人たちを人間にしてみました。
■5.実作例b
- 衝撃
恋人たちがキスした拍子にリンゴを落とした。はるか彼方で送電線の鉄塔がひとつ倒れる。そのすぐ手前の鉄塔が倒れる。さらに手前の鉄塔が倒れる。そのまた手前の鉄塔が倒れる。鉄塔がこちらに向けて、つぎつぎ倒れてくる。恋人たちはキスをしている。リンゴはまだ宙に浮いている。
人間を登場させたことで、衝撃のエネルギーと恋のエネルギーの結びつきが出たように思いました。でも超短編としてはなんだか面白みがない気がして、また猫に戻そうと思いました。
■6.実作例c(投稿作)
- 衝撃
塀の上。猫の恋人たちがキスした拍子にねずみを落とした。
送電線がびゅんとひと鳴り。はるか彼方で鉄塔がひとつ吹き飛んだ。そのとなりの鉄塔が倒れ、そのまたとなりの鉄塔が倒れた。こっちに向けて鉄塔がつぎつぎ倒れてくる。
ねずみはまだくるくる宙に浮いている。
と、ここまで書いたところで、すでに締め切りを半日過ぎてしまったことに気がつき、あわてて投稿した次第です。もちろん、これで作品が完成したわけではなく、ここからまた直していくわけですが、作例は、ひとまずここまでにしておきます。
一言に超短編の書き方といっても十人十色ですし、ぼくの作品に限っても、一つとして同じプロセスを経てできたものはありません。今回はあくまで一つの作品のできるまでを紹介してみたのですが、これから超短編を書こうとする人の、なにかの参考になればうれしく思います。
[優秀作品]旅するレリーフ :: 雪雪
> 岸のない島の山上の港に裏返しの船が着き、
競作ではなかなか一行作品が正選王となるのはむずかしい。そこで優秀賞として、この奇妙な光景を讚えましょう。
わずかの冒険 : 根多加良
> 止まらないように体を動かして。
畳みかけるような描写は超短編の得意とするところ。躍動感ある文章をタイトルがぐっと引き立てています。
三つの願い : 赤井都
> マンホールの蓋に鬚を挟んで
くすっと笑える作品って、なかなかむずかしいのです。すばらしい。ところで、なんで天狗がマンホールの蓋に鬚を挟んでたの?
夜警 : 永子
> ポ、 と灯が点る
夜も橋も人も、すべてが混ざり合ってしまう闇の中に、夜警の視点を持ち込んだことで、“夜が橋を渡って”いき、ついには“橋が夜を渡って”いく異常な事態をとらえることできた。
夜のキリン : 春名トモコ
> 日が暮れて、空が濃い青紫に沈む時刻。
重厚なクレーンからしなやかなキリンへの転換があざやか。二階の窓でキリンと会話なんて、わくわくします。
みがきにしんの夜 : 赤井都
> 米沢街道と越後街道の拠点である山中の城下町ですから
身欠き鰊にそっと死がしみ込んでいるような、おそろしくも詩的な作品。あるいは詩そのもの。
月みずく : 松本楽志
> 部屋でうつらうつらしていたら、
タルホ的な月の世界に、ハモカさんのキャラクターがとぼけた味わいを加えています。「昨日の満月は、新月の欺瞞だったみたい」には舌を巻きました。
飼われる
かしゅかしゅという音には、あらかじめ恐怖がプログラムされているかのようだ。かしゅっ。
伝える人
じゅうぶん掲載レベルの作品なのですが、今回は不運にもライバルが多すぎた。タイトルは変えたほうがよいかも。
黄昏の家族
視点がスピーディーに入れ替わる構成で、単なる小話の域を突破している。
赤いしめ縄
小指の間に揺れる赤いしめ縄のイメージは、なぜか軽やかでステキです。
複雑系
陳腐な登場人物にギリシャ文字を当てはめるだけで、途端に別の世界と通じてしまうという、超短編の摩訶不思議。蝶との関連はわかるが、タイトルにはもうひとひねりほしい 。
すてる
きまじめな一本の棒のような作品。途中でポキンと折ってみたら、もっと面白い超短編になるかもしれなせん。