500文字の心臓

トップ > 自由題競作 > 作品一覧 > 第12回:タカスギシンタロ選


短さは蝶だ。短さは未来だ。

[優秀作品]旅するレリーフ 作者:雪雪

岸のない島の山上の港に裏返しの船が着き、埠頭に乗客を彫り付ける。



わずかの冒険 作者:根多加良

 止まらないように体を動かして。左足でばねのように飛んで、右ひざのクッションで着地して。両手をぐるぐる回して。コキコキ関節が鳴って。腰がグニュリとまがって、腹をよじって。両足の指に力をこめて、重力から逆らうように斜めに立って。ひじとひざがくっつくように小さくなって。やがては球体みたいに転がれるように。首をガクンと落として、視界が急に変われるように。体中の細胞ひとつひとつが違ったかたちになれるように。
 耳をすましてあたりをうかがえば、さっきと同じ声が聞こえる。



三つの願い 作者:赤井都

 マンホールの蓋に鬚を挟んで身動きつかなくなっていた天狗を助けたら、願い事を三つ叶えてやる、という。
「早く早く言え、もう日が昇る」
「えーと、えーと、宝くじを買ったら、必ず当たるようにしてください」
「よし、一つ。次の願いを言え、早く早く」
「ゴキブリを二度と見ないですむようにしてください」
「よし、二つ。では最後の願いを言え、早く早く」
「あ、あの。お風呂いっぱいのプリンをください」
「よし、三つ。聞き遂げたぞ」
「待って、毎晩! 毎晩お風呂いっぱいのプリン!」
「願い、聞き遂げた」
 天狗は暁の空に飛び去り、私の願いは叶えられた。
 三百円の宝くじを買うと、三百円が当たる。
 ゴキブリの姿は見ない。部屋の隅でかさかさと怪しい物音がするが、振り返ると姿はない。
 お風呂は毎晩、いっぱいのプリンで満たされる。どんなプリン好きであっても、毎晩お風呂いっぱいのプリンは食べられない。カラメルに到達するまで縦の長さが五十センチのプリンは売れない。掬って崩れたプリンは誰も欲しがらない。年末年始も一日も休まず、生ゴミ三杯の処理をする。
 呼んだらいつでも来て私の願いを叶えてください、という願い事は賢かっただろうか。



夜警 作者:永子

ポ、 と灯が点る
夜が近くまでやってきている
(夜もすっかりくるのがはやくなったね)
囁きながら人々が橋を渡る
夕暮れと夜のあいだを渡るのはすこしあやうい
足早に 決して振り向かず
夜に橋を渡っていく
渡るもののため渡らないもののため
いつも彼はいる
人々の列がとだえるとすっかり夜更けだ
夜が橋を渡っていく
眠っているもののため眠れないもののため
いつも彼はいる
彼は目を閉じることができない
見ていなくてはならない
夜を橋が渡っていく



夜のキリン 作者:春名トモコ

 日が暮れて、空が濃い青紫に沈む時刻。
 工事現場に伸びているクレーンのシルエットが突然しなやかに動き、それはキリンになっている。
 工事現場を抜け出したキリンは、長い足で何台もの車とたくさんの人をまたぎ、高速道路に沿って、まるで月夜のサバンナを歩くようにゆっくりとわたしの家にやってくる。
 コツコツと、鼻先で二階の窓を叩く。わたしはポットにいれたあつあつのコーヒーとリンゴを用意してその合図を待っている。
 キリンは最近恋をしているらしい。
 あれからどう?
 なかなか、思い通りにはいかないものだねえ。
 眠れないわたしたちは一晩じゅう窓辺で話をする。
 朝が来る手前、空が色を失っていく時刻。
 キリンは高速道路沿いに工事現場に帰り、一日クレーンのふりをする。



みがきにしんの夜 作者:赤井都

 米沢街道と越後街道の拠点である山中の城下町ですから みがきにしんのさんしょうづけという食べ物があって 磨き鰊ではなく身欠き鰊で 光りはしていますが縦の皺だらけの小さな切り身です 盛り付ける器も昔から土地で焼いています 土の板を貼り合わせた四角い灰皿のようなもので 角型のその鰊鉢に 四角い鰊の切れを並べれば収まりがよいのです 蕎麦屋でその小鉢を一つもらって三合呑みました 外に出ると雪が固く凍っていて静かです 明治になる前に内戦で焼かれ負けた町です 雪にたわむ黒い軒が隙間なく並んでいて 風はなく 空には大きな帆布のような雲が音もなく航行していくばかりで 冴えた半月が鬼瓦の縁に掛かっていました 歩道の上は雪の板ががっちりと蓋していて 東軍墓地を過ぎた辺りの坂道はなおさらつるつる滑ります 酔っていたのでなおさらつるつるに滑ります もしか滑って転んでそのまま寝ていたら死にますから 酔いつつも凛とした月光を浴びて慎重に歩きました 負けた東軍の遺体は二月になるまで埋葬を許されなかったそうです 今は二月です 血の匂いが肩の後ろで凍っています 身欠き鰊の山椒漬けはおいしかったです また食べたいです



月みずく 作者:松本楽志

 部屋でうつらうつらしていたら、玄関で大きな音がした。階段をのぞき込むと玄関のあたりがほんのりと明るい。こんな寂しい季節にいったい誰が来たのだろうと、階段を下りると、なんとハモカさんが月みずくになって突っ立っていた。
「なんでそんなことになってるの?」
 ぽたぽたとしたたり落ちる月光が、月だまりを作っている。
「昨日の満月は、新月の欺瞞だったみたい」
 とにかく、身体にまでしみこんだ月光を何とかしないと。
 おろおろとあたりを見回すぼくに向かってハモカさんは笑いながら言った。
「そのうち、欠けてなくなるわよ」