G 作者:脳内亭
何とはなしに本を開いて、追うのは仰々しく陰気な言葉ばかり。「鬱」の字が黒いハートマークに見えて、ああ自分は本当におかしいのかもしれない、と哀しく思った。
何だか、哀しい。どうしようもなく。
鏡を見れば相変わらず鬱蒼と繁る黒髪だなどとわざとらしく自嘲に戯れる。きっと後ろから見れば黒いハートマーク。「鬱」は本当は象形文字。ああ、哀しい。哀しいんだ、どうしようもなく。
胸元を開いて鏡に映す。相変わらずの華奢な胸の、真ん中にあなたのつけた傷を見る。痛々しい。纏わるさまざまが思い出されてきて、鏡を伏せ、横になる。戯れる。ああ、どうしようもない。
キスが欲しい。
そう願ったら涙が出た。情けなくなってきた。やめだやめだ。バンドエイド一枚胸に貼る。少し思いなおしてもう一枚。最初は縦。重ねて横。
頭から布団かぶった。寝よう。眠ろう。
神様。
あおぞらとけむり 作者:秋山勇人
ある晴れた日の正午、鉄筋屋の息子が、鉄筋の雨に降られて死んだ。
片手で握った線香の束が、スルっと掌からすり抜けるように、クレーンのワイヤーがゆるんで鉄筋の雨が降ってきたのだ。
僕はその串刺しになった身体を見て、なんてコった、なんてコった、と頭をかかえてひざまずいた。
歯を食いしばって、なんてコった、なんてコった、といって地面を叩いた。
あるものは、運が悪かったと言い。ある者は自業自得だと吐き捨てた。
みんな疲れ果てて、優しい気持ちを失っていた。
そして何事も無かったようにまた日常がはじまる。
だから僕はなんてコった、なんてコった、といって空を仰いだ。
なんてコった、なんてコった、といって煙草をモクモクふかした。
僕の青空はもっと青くて、星空はもっと澄んでいるのに。
あおぞらとけむりがぼくの日課。
それも晴れた日のにわか雨の後が最高だ。
気分が清々して晴やかなになるのはなぜだろう。
すこしひんやりして、心が穏やかになるから。
それとも幼い子どもとおんなじで虹を見るのが楽しいから。
今は僕はもう再び、なんてコった、とは言わなくなった。
もう二度と言わなくなったので、青空にフウーとため息をついた。
夏の思い出に 作者:きき
目が覚めると、ベランダの向こうの空がずい分白かった。
白い空?
固定観念と現実がぶつかって、少しコンランする。
ああそうか。日照りの朝曇り。今日も暑くなるのだろう。
こんなところで一人夏を過ごすのは、望んだこととはいえ、二週間も経てばいい加減退屈になる。
黄泉への門をひょいとくぐるのも、あやかしの扉をギギギと開けるのも、できそうでできない。
かといって、避暑地でもない片田舎では、ときめく出会いもないだろう。
よし。それなら自分で事件を起こす!
午前中は街に買出し。午後は台所にこもってパイ生地をこねる。玉葱、じゃが芋、鶏肉を炒め、塩コショウ。生地を薄くのばして具を包み、オーブンでしこたま焼くのだ。
いい匂い!
一軒に五個ずつ。おじいさんおばあさんがたくさんいる、この村中に配る。
みんなどんな顔をするかな。
果たして。わたしのもとには今、返礼のなす、きゅうり、ピーマン、ミニトマトがいっぱい。三軒の家からお茶飲みのお誘い。(ほんとに行ってもいいのかな。)小学生は、時折連れ立って台所をのぞきに来る。
今日は、野菜をオリーブオイルで炒め、トマトソースで煮込んでみよう。バジルの風味も忘れずに。
変身した野菜たち、育てたおばあさんは喜んでくれるだろうか。
なんだか急に忙しくなってきた。世の中、やっぱり捨てたもんじゃない。