珈琲愛好家 作者:瀬川潮
朝起きると、ずきゅ〜ん快晴だった。カーテンを開き窓をいっぱいに開ける。風になびくカーテンがほほをずきゅ〜んなでる。わたしの髪もさらさらと流れる。日差しも生き生きと強く、いい一日になりそうな予感。
お湯を沸かして、ブレックファストの準備。ソーセージをじゅっと焼き、エッグをじゃじゃっとずきゅ〜んいためる。コーヒーはストロングで。濃いのが好き。ウインナ入りの次にずきゅ〜ん好き。
玄関ドアの郵便受けから新聞を取る。やった。ロトリーがビンゴ! ずきゅ〜ん、ずきゅ〜ん! ああ、神様ありがとう。両手を組んでとりあえず窓の向こうの空に感謝する。それにしてもいい天気。何かが訪れて来そうな青空。もしも小鳥が窓から遊びに来たら、ストロングのコーヒーでもてなしてあげるわ。
ゴトリ。
窓から何か黒い重そうなものが飛び込んで来た。異国の銃。たしかニューナンブだったかしら。手にするとずしりと重い。下の通りから二階のこの部屋に投げ入れたのね。
こんこん、と玄関ドア。魚眼レンズのぞくと、ポリスマン二人がぎょろり。身の危険を感じて、あわててストロングなコーヒーも手にする。
ずっしりと命の重さを感じた。
金木犀 作者:まつじ
「女中さん、女中さん」
と私は家の中に向かって不躾に叫んだ。
緩やかな曲線を描き駅へ続く通りに面した小さな屋敷が私の生家だ。日当たりは良く、涼しくなってきた縁側に腰掛けて、もう一度
「女中さん」
と声を掛けると間もなく、奥から
「はい、はあい」
元気の良い返事がある。はたはたと足音を立てて来た彼女は
「どうしました坊ちゃん」尋ねてからすぐに
「あら、いい薫り」
と鼻を動かした。
「うん、金木犀だ」
私は彼女を見ていた顔を庭になおして言うと、本当は一番に気付いていたのだろうなと考えながら、暫く二人でそのままでいた。
十五で彼女がこの家にやって来て、もう七年になる。姉のようで慕ってもいたが、一昨年亡くなった私の母に家を頼まれてからは、自分の事を「女中さん」と呼ばせるようになった。以来、父と私の世話をよく見てくれている。
風が流れたのか、彼女の匂いがした。
忙しい父は気付いているかな、と言うと、どうでしょうね、と彼女は笑って、小さな枝を折ると父の部屋に飾った。
翌日台所に立つ彼女から微かに金木犀が薫ったが
「女中さん、女中さん」
と朝の献立を尋ねる以外、私には出来なかった。
つづまい 作者:脳内亭
とん、ととん、とおんとおん、とんとん、とおん。
外はとても寒いので、きびしく吹いてくる風に、添うように心臓を打って、からだを暖めているのです。あなたの手を離してからというもの。
どおーん、どーん、どおーん。
風が弱まると、却ってつよく打ってしまいます。けれども空回りなのでしょうか、つよく打てば打つほど寒さは身にこたえます。いっそ突風でも吹けば。
とつとつとつとつとつとつっつとつ、とつ。
いくらか暖まってきて、ぽかぽかとは云い難いですけれども、いかつい強張りも、こころなしほんのり和らぎます。
そうですね、わたしが今こうして凌いでいる様を、わたしはつづまい(鼓舞)と名づけました。そんなふうなひびきがよろしいかと思います。
とん、ととんとん、とおんとん、とつ。
つづまいの調べに身を寄せながら、わたしは頬にふれてみます。骨のかすかな震えにくっ、と指に力もこもるようです。ゆっくりと息を吸いこんで、ひたととめる、なおも調べはとんととんと響いてきます。過ぎ去れば、やがては止むのでしょうか、過ぎ去ってしまえば。
ゆっくりと息を吐きだします。ほんのりと暖かいのです。