1st Match / 今何時ですか |
お付き合いしたくて、時計をポケットにしまった。 |
今、何時ですかっておにいさん、さっきから時間ばっかり気にしておいやすな。そんな小心なことでは御出世できまへんで。花街に来やはったんやから、時間など忘れて遊んでいっておくれやす。へえっ、この子の年どすか? もう女の年聞くなんてほんまに無粋なおにいさんやこと。舞妓になりたてほやほやどす。加藤楼さんのお雪さんと同じ日にお店出しさせてもらいましてな、17になったばかりどす。ここだけの話やけど、お雪さん、異人さんとの縁談があるそうやってもっぱらの噂どすわ。確かモルガンさん言う名の大金持ちやそうで、お雪さんも運の強い子どすなあ。でも、この子も可愛いおすやろ。 |
2nd Match / 残像 |
夢とうつつのあわいは、壁と床とのあいだのほんの隙間にあるらしく、眠りに落ちる寸前、ぼくは見る、かれらが笑い声をあげながら浸みだしてくるのを。そのまま眠ってしまってもよかったのだが、ぼくは好奇心にかられて、眠りと目覚めのあいだに入り込んだ。かれらは次から次へとわき出てくる。手に持っているのはピンセット? モップ? 鋏? |
型崩れしかけたスーツの男が光秀を注文する。まだ若い声だ。マスターは微かに眉をひそめる。うちの光秀は剣呑でね。店には出してないんです、お客さん。 |
3rd Match / 森が消える |
地底ハト麦街の最深下層にして、廃棄バナナ処理施設階でもあるアンダーレベル83。清浄で暗い。そこで、複雑に入り組んだ排(検閲)パイプ同士の間隙を利用して棲家に、集めた皮の山を寝台にして、老くぬぎは夢を見る。 |
棒になった足を投げ出してそのまま寝っ転がる。雑草と防護服の擦れ合う音が聞こえ、強い匂いが鼻についたような気がした。私はイヤホンのスイッチをオンにする。 |
4th Match / 自転車に乗って |
先頭は曲乗りの神父さま。新郎新婦にその両親、親戚、友人、村人たちも連なって、懸命にペダルをこいでいる。青空の下を走る自転車の列。ずいぶん長い。 |
想いは行動で示すしかなくて、僕は必死でペダルを漕ぐ。 |
5th Match / 墓を掘り返す |
春が訪れると鍵を落とす。よく判らないのだけども兎に角、鍵を落としに落とし、鍵を落とすにつれ春が訪れてくる。 |
虹の始まりは誰かの街から、そして虹の終わりは僕の街へ。 |
6th Match / 誰も知らない言葉 |
おばあちゃんがね、おしえてくれたことばでおねがいするとね、お花がたくさん咲くんだよ。ひみつだよ。ひみつのことばでおねがいするとね、いつもはおこってばっかのママも、おかしでもおもちゃでも、なんでも買ってくれるんだ。 |
まるで伝わらないのだ。僕の思っていること全てが。 |
7th Match / 溺れる魔女 |
群青色の天蓋に覆われて、誰もものを言わなくなる季節が来ると、少女たちが部屋の隅に集まって、さいころを振る。 |
おぼれるまじょが みちのうえ |
8th Match / What A Wonderful World |
おはようございます。午前7時となりました。 |
地平線はどこまでものびていて、その端に立って手をさしだせば北極星にさわれるはずだった。けれど私の向かった先は西であり、また端に行きつく前に一休みしたから、その間に地平線ははるかかなたに遠ざかってしまった。 |