500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / 今何時ですか

赤コーナ : 596

お付き合いしたくて、時計をポケットにしまった。
「今何時ですか?」
あなたが私に尋ねてくれた。
うれしかったわ。待ってて良かった。
「今何時ですか?」
今は10時。永遠に終わることのない愛の時間です。

青コーナ : スケヴェ・キング

 今、何時ですかっておにいさん、さっきから時間ばっかり気にしておいやすな。そんな小心なことでは御出世できまへんで。花街に来やはったんやから、時間など忘れて遊んでいっておくれやす。へえっ、この子の年どすか? もう女の年聞くなんてほんまに無粋なおにいさんやこと。舞妓になりたてほやほやどす。加藤楼さんのお雪さんと同じ日にお店出しさせてもらいましてな、17になったばかりどす。ここだけの話やけど、お雪さん、異人さんとの縁談があるそうやってもっぱらの噂どすわ。確かモルガンさん言う名の大金持ちやそうで、お雪さんも運の強い子どすなあ。でも、この子も可愛いおすやろ。
 何でそんなおびえたような顔おしやすのん?あんたら頭がおかしいって?ようそんなてんご言わはるわ。ほんま、ご維新から後、おにいさんみたいな失礼なお客さんが増えましたわ。ほんま困ったことどすなあ。何、へいせい?へいせいって何ですの?もう、そんな辛気臭い顔しんと、かばん置いて、もう一度座っておくれやすな。今、何時ですかって、もう何べん聞かはるんどす。
 祇園に時間はおへん。ささ、このお婆のお酌を受けておくれやす。ほーれ、おにいさんの体も透けてきましたやろ。



2nd Match / 残像

赤コーナ : たなかなつみ

 夢とうつつのあわいは、壁と床とのあいだのほんの隙間にあるらしく、眠りに落ちる寸前、ぼくは見る、かれらが笑い声をあげながら浸みだしてくるのを。そのまま眠ってしまってもよかったのだが、ぼくは好奇心にかられて、眠りと目覚めのあいだに入り込んだ。かれらは次から次へとわき出てくる。手に持っているのはピンセット? モップ? 鋏?
 かれらは隙間をねらってやってくる。ぼくのまぶたとまぶたのあいだ、ぼくの記憶と忘却とのあわい。まぶたの隙間から眼球の裏へと回り込み、網膜をスキャンし、視神経にまぎれ込み。そして引き出す。掃き出し、探り当てる。ぼくが封印していたもの。忘れ去ろうとしていたもの。思い出させ、映し出そうとする。やめてくれ。ぼくは叫ぶ。
 叫びながら。目ざめるとかれらはいない。壁と床とのあいだに隙間なんかない。かれらなんかいないのだ。ぼくは開いた目をもう一度閉じ、顔を洗う。すると水音にまじって聞こえてくる笑い声。かれらの姿がまた見えてくる。そしてかれらのあいだに見え隠れするのは。ぼくはそのまままた眠りに落ちていく。まぶたの裏側に、消えていこうとするきみを追いかけて。

青コーナ : 歩知

 型崩れしかけたスーツの男が光秀を注文する。まだ若い声だ。マスターは微かに眉をひそめる。うちの光秀は剣呑でね。店には出してないんです、お客さん。
 グラスを磨きながら訊ねてみる。ナポレオンはいかがで?戴冠式1804。自信が漲り、飲むほどに輝きを増すという、名にし負う逸品。だが男は光秀にこだわる。マスターは諦めて男が突き出した札束から一枚を抜き取り、ラベルのない小瓶をカウンターに置く。男はのっそりと立ち上がり、店の中で封を切って一息に呷ると瓶を棄てて出てゆく。
 上司と喧嘩か、馘にでもなったのだろうか。マスターは吐息をついて店仕舞にかかる。本能寺1582は迂闊に出せる品ではない。世界は今も無意味な辛辣に溢れているけれど。あの炎は放った者の魂をも焼き尽くし、命まで旬日に奪ったのだ。だから先刻は熟成前の若い光秀を出した。放浪の青年を包みこんだ夕焼けが飲む者の網膜に蘇るはずだ。腹が減って切なくて、頑張って何時か一旗揚げようと思う、知られざる佳品。
 本物の残像が飲めるささやかなバーに休息が訪れる。今夜の一杯はベートーヴェンの第九初演1824。耳がぼぉんと霞み、彼方から喝采が潮のように押し寄せてくる。



3rd Match / 森が消える

赤コーナ : 伝助

 地底ハト麦街の最深下層にして、廃棄バナナ処理施設階でもあるアンダーレベル83。清浄で暗い。そこで、複雑に入り組んだ排(検閲)パイプ同士の間隙を利用して棲家に、集めた皮の山を寝台にして、老くぬぎは夢を見る。
 夢を見た。
 デジタルに再現された光合成ドラッグをキめて、らりらりのパーで。


 月の丘は、以前、森だった。
 現在でも、森だ。ただし、森とは呼べず、単なる木材の養殖地に過ぎない。
 計画的に植林されているので、順番に右隣から成長して、成長し切って、切り倒されていく。その作業の全ては、主に電気ブラン充填式人形たちが行う。消えた樹木の跡には、その欠損を埋めるために粗末な木製の墓が打ち立てられる。それが、苗木か。それとも、何だ? あんた、いったい何なのさ?

 モハメド・アリ。
 一瞬だが、全ての墓には、そう刻まれているように読めた。
 そこで、ようやく自分が手ぶらで捧げる花束も酒瓶も用意していない事に気付き、仕方なく、お小水を掛けて弔いとした。ぽくぽくぽく、ちーん。
 あ、違った。
 墓標に刻まれているのは、人名ではなく、ずっと昔の格言だった。
 メメント・モリ。

 「森を想え、だと?」

青コーナ : 香名月

棒になった足を投げ出してそのまま寝っ転がる。雑草と防護服の擦れ合う音が聞こえ、強い匂いが鼻についたような気がした。私はイヤホンのスイッチをオンにする。
「遂に到来した宇宙時代、ようやく地球を離れ、独り立ちする道を選んだ人類は母なる大地に最高の贈り物をしたのです」
 風が強くなってきた。羽音のような葉々のざわめきが無限にこだましている。
「それは荒れ果てた大地をガイアの名に相応しい肥沃な大森林地帯にすることでした! 直ちにプロジェクトが」
 イヤホンを切った。上半身を起こし這いずるようにして、近くの大木に身を預ける。危険な行為だ。何かの拍子に防護服が綻び、外気が少し中に入り込めばそれでお終い。自分もそこらに転がっている髑髏の仲間になってしまうのだから。
 最初で最後の親孝行は単なる植林では終わらなかった。あらゆる専門家が集結し、気がすむまで品種改良を行った。そして、植林されたそれらは瞬く間に広がり、人々が誤算に気づいた時には全てが遅かった。
 風が凪ぎ、辺りに耳が痛くなるような静寂が満ちる。宇宙から見た景色を思い出す。地球を覆う毒々しい緑たち。
 ふと、思った。何も育めなくなった彼らは何と呼べばいいのだろう。



4th Match / 自転車に乗って

赤コーナ : タカスギシンタロ

 先頭は曲乗りの神父さま。新郎新婦にその両親、親戚、友人、村人たちも連なって、懸命にペダルをこいでいる。青空の下を走る自転車の列。ずいぶん長い。
「誓いのくちづけを」
 神父の言葉に二人はだまって見つめあう。ハンドルが触れる。花婿が花嫁のベールを上げる。ペダルとペダルがガチャガチャいう。顔を寄せる。泥よけが重なる。キスをする。スポークがもつれる。からだを寄せる。ギアが噛む。抱きしめる。チェーンがからむ。キスをする。
 二人の自転車は猛スピードで坂道を下っていく。一同あわててペダルを踏むが、もう追いつけない。青空の下を走る自転車の列。ますます長い。

青コーナ : 空虹桜

 想いは行動で示すしかなくて、僕は必死でペダルを漕ぐ。
 大きく左に曲がったカーブは、いつかの映画のように、その頂点で右へとカーブする――
「ねぇ、ちょっと。重かったらアタシ降りるよ」
 子どもの頃から何度となく、上り下りを繰り返したこの坂。
「いいから。黙って掴まってろ」
 ギュッと、腰に回された腕に力が籠もる。
 ガキの頃はあんなに軽かったペダルが、すっかり運動不足になってしまった足には重い。
 もちろん、彼女を後ろに乗せているからでもある。
 心には重すぎて、言葉には軽すぎる。
「あっ」
 彼女が息を呑む。
 額から流れた汗と潮風が鼻孔をくすぐる。
「そうだ!これが僕の街だ!」
 うんざりするほど長い下り坂を、今はとても軽やかに。



5th Match / 墓を掘り返す

赤コーナ : 峯岸

 春が訪れると鍵を落とす。よく判らないのだけども兎に角、鍵を落としに落とし、鍵を落とすにつれ春が訪れてくる。
 鍵を落とすとじっとり湿る。よく判らないのだけども兎に角、じっとり湿りに湿り、じっとり湿るつれ鍵を落としてゆく。
 じっとり湿ると関節が痛む。よく判らないのだけども兎に角、関節が痛みに痛み、関節が痛むにつれぬるぬるしてくる。
 関節が痛むと未来が見える。よく判らないのだけども兎に角、未来が見えに見え、未来が見えるにつれ関節が痛んでくる。
 未来が見えると何もかも忘れる。よく判らないのだけども兎に角、何もかも忘れに忘れ、何もかも忘れるにつれ未来が見えてくる。
 何もかも忘れると墓を掘り返す。よく判らないのだけども兎に角、墓を掘り返しに掘り返し、墓を掘り返すにつれ何もかも忘れてゆく。
 墓を掘り返すと音楽が聞こえる。よく判らないのだけども兎に角、音楽が聞こえに聞こえ、音楽が聞こえるにつれ墓を掘り返してゆく。
 音楽が聞こえると春が訪れる。よく判らないのだけども兎に角、春が訪れに訪れ、春が訪れるにつれ音楽が聞こえてくる。

青コーナ : はやしたくや

 虹の始まりは誰かの街から、そして虹の終わりは僕の街へ。
 僕の住む街には虹の湖がある。虹の終わりはいつもこの湖に沈む。七色の放物線を描き、湖の中へ飛び込む。様々な色の飛沫が弾け、それっきり。
 僕は虹の奇蹟をもう一度見たかったので、湖の水を手で掬い、鍵職人の元を訪れた。少しずつ滴り落ちる水を差しだし「これで鍵を作って下さい」と頼んだ。ここの職人に作れない鍵はないと聞いている。だから鍵職人は僕の依頼を快く引き受けてくれた。
 そうして僕は鍵を手に入れ、そのまま湖へと駆けた。
 虹の湖に依然として変化はない。僕は腰を屈め、湖に鍵を差し込んだ。
 ひやり。鍵と鍵穴が口づけ。同じ属性であることを確かめ合うかのようにゆっくりと、抱擁し、一つになり、溶けて、混ざった。鍵は静かに湖へと還った。
 しばらくの沈黙。その瞬間、中から虹が開けた。まるで爆ぜるように。色褪せた虹はどんどん精彩を取り戻し、七色を咲かせる。虹は太陽へと駆け上り、輝きながら日差しを射る。あまりの眩しさに世界はくらむ。
 こうして虹の始まりがこの湖から生まれた。そして誰かの街の湖に、いつかきっと七色の放物線を落とすことになる。いつか、きっと。



6th Match / 誰も知らない言葉

赤コーナ : やまなか

 おばあちゃんがね、おしえてくれたことばでおねがいするとね、お花がたくさん咲くんだよ。ひみつだよ。ひみつのことばでおねがいするとね、いつもはおこってばっかのママも、おかしでもおもちゃでも、なんでも買ってくれるんだ。
 でもね、こないだね、ようちえんでね、しんちゃんがまたいじわるするからね、「しんちゃんなんかしんじゃえ。」っていっちゃった。そしたらしんちゃん、本当にしんじゃったよ。お花もね、いっぱい枯れちゃったよ。でもね、だれもまぁちゃんをおこんなかったよ。だって、まぁちゃんのことばはひみつだもん。
 それでね、でもね、やっぱりしんちゃんにあやまろうとおもったんだけどね、「ごめんね。」っていっても、もうお花は咲かないの。
「しんちゃん、元気になれ。」って、そぉっといってみたけど、しんちゃんはもう、焼かれて骨になっちゃったんだって。
 だからね、ガイコツのしんちゃんにもきこえる「ごめんね。」をね、ずぅっとさがしてるの。きっとみつかったら、またたくさんお花が咲くよ。

青コーナ : amane

まるで伝わらないのだ。僕の思っていること全てが。

他人同士は意思の疎通が出来ているようだ。

孤独、不安に苛まれる。

世界にひとりぼっちだ。声を張り上げてみても振り返りこそするもののそこまで。

故に僕は努力すらやめてしまった。

閉じこもって、思いのたけを書きなぐる。

そしていつしか果ててしまった。

僕は永遠に世界に交われない。

表現もなす術も知らないままに。



1,2,3,4,5,6,7,8,9,10…。



7th Match / 溺れる魔女

赤コーナ : 松本楽志

 群青色の天蓋に覆われて、誰もものを言わなくなる季節が来ると、少女たちが部屋の隅に集まって、さいころを振る。
 じくじくとした肉色の出目はいつも1。世界が収束して、水が溢れだす。
 どうどうどう。どうどう。
 少女たちは細胞壁に包まれて、どうどうどうと広がりゆく海へと乗り出す。どこまでも流されて、流されて、流されて。
 流されて行き着いたのは、世界の果て。狭くて暗い海の果て。
 不愉快な温もりに満たされて、少女はひとり残らずもがき死ぬ。
 だが、少女たちはすぐに目覚める。
 水底からゆっくりと浮かび上がった無数の少女が、世界に響き渡る大声でおぞましい宣託を告げる。
 握りしめたさいころは、肉色の出目。まだ振らない。
 少女を孕んだ世界が、拡散をはじめる。

青コーナ : よもぎ

おぼれるまじょが みちのうえ
とんがりぼうしと あたまだけ
はやくたすけて あげないと
どんどん じめんへしずんでく
スプーンなんぞじゃ すくえない
そいつはちょいと おそすぎた
いぬも たすけにきたけれど 
ぺろりとなめて いったきり
すっかりちんぼつ まじょこさん
とんがりぼうしが みえるだけ
ふねのとうちゃく はやくても
おぼれるまじょは たすからない



8th Match / What A Wonderful World

赤コーナ : 大鴨居ひよこ

 おはようございます。午前7時となりました。
 この世界も、いよいよあと2時間。世界標準時午前0時、日本時間午前9時に、この世界は終了します。
 わたくしどもは1ヶ月間にわたって「この50億年をふり返る」という特集をお送りして参りましたが、いよいよその最後のコーナーをお送りします。
 私は、この2時間を、テレビカメラの前で過ごすことに決めました。もっとも、電波が出続けるという保証はありません。しかし、そうなっても私はカメラ脇にいる家族に向けて語りかけるでしょう。
 いま、外は静かです。昨夜までは街のあちこちで暴動や崩壊などが起きていましたが、夜明けとともに、その音も静まりました。
 わたくしたちの過ごした文明発生からの営みは、今や「我々の世はいつも素晴らしかった」と言うしかないところまできました。ここで批判的評価を下しても、もう、それは誰の薬にもならないからです。今は、一枚一枚の枯葉を惜しむのをやめ、大樹全体の美しさを眺めたいと思います。この世界はこんなに素晴らしかったのです。
 ・・・では、ニュースをお伝えします。

青コーナ : 春都

 地平線はどこまでものびていて、その端に立って手をさしだせば北極星にさわれるはずだった。けれど私の向かった先は西であり、また端に行きつく前に一休みしたから、その間に地平線ははるかかなたに遠ざかってしまった。

 寝ころんで、草を燃やした煙を吸っていると、背中にごつごつしたものが当たる。石であった。正確には石板の角が土からとびだしていて、それが私をつついたのだった。掘り起こし、手の平を押しあててゆっくりこすると、文字が浮かびあがった。私はこれを探していたのだと、しばらくぶりに思い出した。

『君たちにはわかるまい。我々も気づかなかった。常にそこにあったというのに』

 大きな石板にそれだけが書かれてあった。顔をあげれば、手ごろな星を支えにしてのびていく地平線が見える。すべてが片づけられ、さえぎるもののなくなった大地だから、それが見えるのではないかと私はいらだった。見当外れの言葉を残した彼らには同情も起こらない。

 石板を丸めてポケットに押しこむ。灰になった草を投げすて、跡形も残らぬようふみつぶす。北極星は地平線に押しやられて、今にも輝きを失いそうだ。そろそろ歩きださないと、私は帰る方向を見失いかねない。