500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / うさぎ爆弾
・家族の話でなければならない

赤コーナ : 大鴨居ひよこ

「いいか。このうさぎのぬいぐるみには手榴弾が二発仕込んである。耳を引っこ抜い て、うさぎのぬいぐるみごと投げつければいいんだ。両耳を掴んで一気にひきちぎ れ。両方が同時に爆発すれば大成功。仮に片一方が不発だったとしても、誘発されて 大爆発になるはずだ」
「この距離ならアタシたちもオダブツね」
「ま、一種の自爆テロだからな。どうせ一家心中するなら、権力者の一人もヤッつけ て死のうじゃないか。」
「この子、どうする?」
「あぁ。ぬいぐるみを投げる直前に、オレが抱きかかえている腕からこぼれたフリを して道に投げ出す。道に投げつけてもいい。とにかく大声で泣かせるんだ。警備員か ら観衆から、みな子供のほうに眼がゆくから、そのスキにお前はうさぎのぬいぐるみ の耳を引きちぎって、一気に車に投げつけろ。」
「ねぇ・・・やっぱ、ただの一家心中じゃいけないの?」
「だって、おれ達一家が生きていた証を得るには、死に方を選ぶほかないじゃない か。緩やかに社会に圧殺されるより、権力を道連れにして一気に決着をつけた方がイ イだろ?」
「アタシたちきっと"うさぎ爆弾犯"って呼ばれるのね」
「"食い詰め心中一家"よりマシだろ?」

青コーナ : たなかなつみ

 手品を成功させるのは言葉とタイミングだ。うさぎをしこむこと自体は難しくはない。彼女の注意をぼくに向けさせ、そのあいだに彼女の手のなかにスポンジうさぎのこどもたちを忍びこませればいいだけだ。ところがまだまだへたくそだったぼくは、間違ってしまった。彼女の手は腹に、スポンジうさぎのこどもたちは本物の子兎たちになってしまい、彼女はうんうんうなりながら、ぼくがしこんだ子兎たちをひりだすはめになったのだ。ぼくは産み落とされる毛の濡れた子兎を、1匹は産湯につけ、1匹は布で拭いた。彼女は産み終わった濡れたこどもを、1匹はなめてきれいにしてやり、1匹はそのまま食べた。残ったウサギをどうにかしようと、ぼくは洋食屋で修行を始め、彼女は獣医学校に入った。
 ある日、彼女が、あの手品、あたしもできるようになったよ、と言って帰ってきた。そして、彼女はささっとぼくの腹をかっさばき、スポンジうさぎのこどもたちを取り出してみせたのだ。ぼくたちはその子たちをきれいに洗い、流し台と風呂場で掃除を手伝ってもらうことにした。お礼に彼女の好きなウサギの煮込み料理をつくった。彼女はその子の名前を呟いてから、おいしいね、と言った。



2nd Match / 水色の町
・「赤い月」「ラベル」「おもちゃ」の3つの言葉を使わなければいけない

赤コーナ : タカスギシンタロ

 たらいの船で漕ぎ出した。湖面をのぞき込むと、水底におもちゃのような町並みが見えた。夕暮れどき、風の凪いだときにしか現れない町だ。
「ニンゲンハミナ、アソコヘイッテシマッタ」
 タヌキが言った。
「ダカラ、オレサマモ、アソコヘイクノダ」
「ソウトモサ」
 キツネはタヌキの首に、風呂敷包みをギュッとしばりつけた。中にはゴムマリが入っている。
「ヨイカ。クルシクナッタラ、オモリヲハナセ。ソウスレバ、プカット、ウクデアロウ。コレヲ“プリョク”トイウ」
「ゴタクヲナラベルナ」
 タヌキはほこらから失敬してきた小さな石仏を抱き、ドブンと水に飛び込んだ。タヌキはゆらゆら沈んでいった。風がまた吹き始め、タヌキも町も見えなくなった。
「オーイ、タヌキヨ。マチニツイタカ?」
 呼びかけるキツネの顔のすぐ横に、勢いよくマリが浮き上がった。
 キツネは赤い月を見たかのように、ぴょーんと跳ねた。

青コーナ : よもぎ

 夜の青さをひとつひとつ消していくサービスエリアにバイクを停めて、僕は皮のグローブを外し、ポケットからコインを3枚取り出す。いつだってこの時のホットコーヒーは僕の手のひらと心にしっくりに馴染んで温かい。ヒマつぶしに缶に貼られた
「今日の占い」というラベルを剥がしてみる。裏にはホームページのアドレス。空き缶を灰皿に一服しながら、携帯電話を取り出しアドレスを打ち込む。すぐにサイトが現れる。おもちゃじみた天使が「今日のキミは...」とおどける。
「今日のキミは、空を泳ぐ魚。君を待ている人がいるよ。口を大きく開けて深呼吸してみよう。今日はキミの声が届く日」
 ふふっ、そうかい?そして大きく深呼吸。天使にウインクして携帯を閉じる。空き缶をゴミ箱へ投げ入れ、メットをかぶる。バックミラーに映る西の空。沈む赤い月を一瞥し、スコンとギアを入れる。風が透明感を増す。最後の峠に向かってアクセルを開く。空の青がふっと明るくなる。コーナーを滑らかにクリアしていく。眼下に町が見えてくる。いらかの波にひるがえる魚の群れを抱いて、町が朝に満たされていく。おはよう。迎えにきたよ。



3rd Match / 夜を生む
・「月」という字を部首としても使ってはいけない。また「つ」「き」という音も使ってはいけない

赤コーナ : 峯岸

 シンナが充満するガード下の、壁に描かれたでかい拳に見下ろされ俺、この拳より小さい。誰かが描いてたのの上にでたらめな文字だか模様だかを一面に塗ったくってる。スプレからは夜の欠片が迸り、俺、人差指は痺れてる。何度も色を重ねる事にのめり込んでて、こんな事してどうなるのかなんて解らねえ。
 排水溝から三本足の太った鼠が飛び出しどこかへ隠れる。先天性なものか徒に齧られでもしたか。
 そして俺、後ろの拳に頭を殴られ、人類は力の変遷だ、目がよく見えねえ。何処からともなく『ムーン・リバー』が鳴り響いてくる。昨日は何描いたんだっけ、俺。
 ただスプレを押す。想像力で一瞬、見渡す限りが碧み渡るがそれもすぐに戻り残ったものは陽炎。俺の周囲、ひたすら揺らぐ。出口が見えねえ。
 ボイラの内部みたく蒸したガード下で踊る。スプレを振れば内側からは甲高い打撃音。汗で首許からべったりと、俺を柔らかくくびる。
 でたらめな文字だか模様だかが完成するその一瞬、夜が夜になる。雑多で生暖かい、迫ってくる夜だ。仕上げにサインを入れ、夜に乗じて隠れる。あんなサイン俺、自分でも読めねえんだ。

青コーナ : やまなか

 あなたの涙が、黒く固い毛に覆われたわたしの背を、銀の針のようにか細く冷ややかに流れるので、わたしは醜い八本の足をいっそう早めた。
 わたしの足には、ねばねばとしたものがにじんでいる。
 ほう
 ほう
 あなたは、わたしの背で眠っている。わたしの足が、その青ざめた音をからめとり小さく丸め、細く長くのばしてゆくと、あざやかな色をした一本の糸になる。
 かるく瞼をとじて、眠っているあなたには感じられるだろうか。
 桜貝のように、柔らかく透明な、あなたの唇からこぼれる匂い。わたしの足は、痙攣をおこした中毒患者の骨張った手のひらのように、せわしなく震えて糸を生む。そのうち、糸は身を寄せ合い、互いをなぐさめあいながら、目のくらむような深さの紋様をかたちづくる。あなたの涙の幾筋かは糸の上をすべり、そのまま星になってかがやく。
 わたしは眠っているあなたのために、夜を織っているのだ。
 目を閉じているあなたには、みえるだろうか。
 このあざやかな夜の色が。



4th Match / くちづけ
・50字以内でなければいけない

赤コーナ : 香名月

とにかく。彼女の口内を嬲り尽くす。
三年後、長男のお気に入りは全部唾液漬け。
それを見て何か合点がいく。

青コーナ : スケヴェ・キング

そこ。