500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / 銀の鈴
・タカナを使わないこと
・人名を3つ使うこと 

赤コーナ : スケヴェ・キング

 銀鈴ねえさんの「銀の鈴」言うたら祇園で知らんもんはいいひん。なじみのだんなさんから名前にちなんでもろた言うて、簪につけてお座敷のたんびに披露しやはるのはいいんやけど、舞を舞うときに必ずすっ飛んで、みんなで大騒ぎで探さんとあかん。
  今日もそうやった。最後の舞でくるりと身をひねった瞬間、ぱーと鈴が飛んで、坪庭の古井戸にはまってしもたんや。でも、気ぃついたんは舞妓の豆千代だけやった。盛り上がる宴席を離れて、豆千代は古井戸の前で一心にお祈りしやはった。「古井戸の神さん、どうぞ鈴を返しておくれやす」すると、あらおとろしや、全身こけだらけの神さんが現れて、おまえの鈴はこれか言うて金色の鈴を見せてくれはった。豆千代は、へえ、おおきに言うて神さんの手から金の鈴を奪うと、驚く神さんの頭をぽかりと殴ってさっさと庭から逃げださはった。
 同じ屋形の舞妓の豆喜久が後を追ってくる。「千代ちゃん、どうしたん?帰ったらあかんやん」豆千代は思案顔でこう言わはった。「うち、名前変えよう思うねん」そう言いながら、古井戸の前で祈る銀鈴ねえさんの姿が目に入った。「銀鈴ねえさんも変えはると思うけど」

青コーナ : 大鴨居ひよこ

 朴さんは窯を見つめながら静かに口を開いた。
「汰親方の銀の鈴は評判だなぁ」
これを聞いて、親方は暫くじっとして居たが、やがて懐から錫の硬貨を一枚取り出し て「これ、軽く爪ではじいて試ろ」と言った。
 りーん・・・・・りーん・・・・・りーん・・・・・
「本物の銀ではこんなすゞやかな音は出ない。」汰親方は目を細めて錫貨を三枚、坩 堝に投げ込んだ。
「錫が銀の音色を出すのだ」
「しかし・・・張さんの注文は『銀』の鈴だったろう?」朴さんは問い質した。
汰親方は更に三枚、錫貨を坩堝に投げ込んだ。六枚の錫貨がたうろりたうろりと溶け はじめた。
「俺は音色を売っているのだから、音が『銀』であることのほうが重要なのだ」
「騙されているような気がするのだがなぁ」
「鈴を眺めて買う奴はいない。必ず音で判断するのだ」
溶錫が坩堝の底でぐつぐつと沸いてゐる。
「・・・ところで、ゆうべのおかっぱ頭は『銀の鈴』だったな」
「日本女は趣味か」
「趣味だ」
窯を見つめていた汰親方と朴さんの視線が、やがてたうろりたうろりと溶け始めた。



2nd Match / ひなげし
・ひなげし以外にもう一つ、花の名前を出すこと
・促音(っ)を使わないこと          

赤コーナ : タカスギシンタロ

 ひなげし座の公演がはじまる。ひらひらと蝶が舞い、ヘビがぎこちなく伸び縮みする影絵を、ぼくはあくびしながら眺めている。
 時計を見る。そろそろかな、と思うまもなく、青い花びらに包まれたキャンディーが配られた。花びらを開いて、小さなオレンジ色を口に放り込む。ほんのり甘く、不思議な香り。
 時計を見る。時計はトケイソウに変わていた。影絵はと見れば、カラフルかつ、りたい的になていて、しぽをくわえたヘビのわかを蝶がひらひらくぐたと思たら、ラパがプーと鳴て、いよいよゾウの空中ブランコ。ところが。
 警官隊が突入してきて、芝居小屋はしちゃかめちゃか。舞台では、はぽうするてぽう隊とパペトのシルエトが、おかけこしている。ぼくもささと逃げようと思たが、トケイソウがからんで、身動きとれない。ついにはブランコのゾウが宙を飛び、どかんと天井をぶち抜いた!
 天井の穴から差し込む光、光、光。光がすべてを覆いつくし、蝶も、ヘビも、ブランコも、警官も、トケイソウも、ぼくも、キャンディーも、なにもかも風のように透明となり、そして。
 これらすべてはひとつ残らず、ひなげしの花の上で起きたこと。

青コーナ : 峯岸

 見知らぬ男と手錠で繋がれている。何とはなしに手錠を手で引いてみると、鎖がぴんと張り詰める。男も同時に引いているのだ。こちらが緩めれば、緩める。手を上げれば、上げる。振れば、振る。間を開けていきなり力を入れたりしてみるのだが、男は何度でも合わせて来やがる。
「真似するな」
「真似スルナ」
 同時に叫び、同時に逆立ちをする。同時に立ち上がり、同時に睨み合えば互いの鼻がぶつかる。突然、隣の部屋から怒声と銃声。扉をぶち破ろうとする音がして、俺たちは窓から飛び出す。
 同じ歩幅で走る。同じ形で大きく手を振り上げ、二人して柵を飛び越える。同時に角を曲がり、一目散に逃げる。
 小高い丘でひと休みする。薄紙で折られたような小さな花が一面、風に揺れている。
「あ、ひなげしだ」
「ア、虞美人草ダ」
 はん、これはひなげしだろうが。しかし男は男で譲らない。互いに口調がクレシェンドしてゆき、いつしか俺たちは互いの胸ぐらを捻り上げている。同時に振り返るーー遠くから、汽笛だ。
 汽車がこれから丘の麓にある線路を通過するらしい。線路で手錠を。と、どちらも思い付くのだが、どちらが汽車の下に潜るかで、埒があかない。
 再び怒声と銃声。罵り合いながら俺たちはいつまでも走り続ける。