1st Match / ツバメの速度 |
子供スズメはツバメに憧れていた。空を高速でかっ飛ぶツバメを一目見たときから、僕もあんなスピードで飛べたらと考えない日はなかった。毎日毎日、何年間もツバメと並んで飛ぶ自分の姿を空想し続けて、とうとう我慢できなくなった彼はある日、ひときわ速く飛ぶ大人ツバメに声をかけた。 |
ある一羽のツバメが海を渡るときに、力尽きようとしていた。ヤケを起こしたツバメは最後の力を振り絞り、自分の持てる最高のスピードで海面につっこむ。すると体は沈むことなく水の上を飛び跳ねた。 |
2nd Match / 群青警報 |
四時三十分。夕暮れにはまだ早い町にサイレンが鳴り響く。警報の発令。それを聞いた人々はすべてを投げ出して家に帰る。不自由で美しい夜がくる。その準備をするために。 |
100日のあいだ、日照りは続いた。 |
3rd Match / 食べるな |
夜のアタマ。 |
庭先で、自分の尻尾に噛みつきながらいつまでも回っている犬がいて、それを女がやめさせようと柄杓で水をかけるのだが、犬は一向に動きをとめず、ぐるぐると狂ったように回りつづけている。 |
4th Match / ごめんね。 |
いつの間にか背高山高に囲まれていて、アタシは隣に居たはずの父の姿を見失った。ピョコタン、ピョコターン。背伸びしてジメーンを蹴って、飛び跳ねる。何がピョコタンかって? ここは地面が固過ぎる。せっかく、余分なフトモモの筋肉を削って埋め込んだスピーカーなのに、飛び跳ねる度に音が割れてしまう。迷子の父にアタシを見つけて貰おうと、ボリュームを上げた。甲高いDJの声が入る。 |
「口先だけの心ない詫び言は聞きたくねー」とオトコ、だから私は口先だけじゃないよ心からだよ全身全霊で精一杯謝ってんだよって伝えようと頑張った。口先だけには見えないよう口を大きく大きく大きく開けて。そうね口裂け女もメじゃないくらい。頭が裏返って声帯が露出して、おおよそ肩あたりまで唇と化したはず。でもって謝ろうと剥き出しの声帯を震わせた。 |
5th Match / 日本製 |
「ずいぶんマニアックのにしたんだ」 |
鉛筆というのは大抵ひとつの箱に1ダース、つまり12本入っているもので、ジョージが日本で買い求めた鉛筆も当然12本入りのはずだった。しかしもし仮にこの鉛筆が13本入りだったなら、なかなか不吉な話じゃないか。思ったジョージはおもむろに箱を開け鉛筆を数えはじめる。「1,2,3,4,5,6,7,8」ここで合いの手が入る。「What time is it?」「It’s 10.11,12…13!」くらくらっときたジョージはしかし落語を知っていたので何とか踏みとどまる。踏みとどまるがここでジョージは考える。考えて疑問に思うのはだれが時間を聞いたのか。横で死んでるマイケルか。おやすみマイキー、君の腕時計は日本で作られたから正確だよ。だから時間を気にせずお休みよ。僕は君のために13本目の鉛筆でお経を写そう。震える手で。 |
6th Match / ポケットのなかのスキップ |
つまらないくだらないやめたいにげたいなにもしたくないどうしようもないとりかえしがつかないぼくたちはいつもポケットに手をつっこんで、溜息をつきながらお祭り広場を出鱈目に歩きまわる。祭壇に祀られた複雑な造形をした神がふいに動いた。ぼたぼたとオレンジ色の液体をあたりいちめん撒き散らし、神はなんとかしてぼくたちに加護を与えようとする。だけど、ぼくたちはみんな憂鬱そうな迷惑そうな顔でオレンジを避けて、祭壇を見上げる。 |
ボクはポケットの中にタイムホールを持っている。 |
7th Match / 踊り子たち |
そうです。、全ては私が悪いのです。 |
君の右手の上で小さな踊り子が一人。くるくる回って、二人になって、手を繋いで、広がった。二人の踊り子たちは手を離して、また回り出す。くるるるるるる……そして二人は四人になった。 |
8th Match / ニガヨモギの夜 |
月が顔を出し、薮は銀色に輝いた。やせっぽちは草を刈る手を止めた。声が聞こえた気がしたのだ。身をかがめ耳を澄ましたが、かすかな葉擦れがするだけだった。草の芳香に酔ったのだろうか。再び草を刈ろうと目を落とし、息を飲んだ。白い顔がこちらを見ていた。 |
隣の家に救急車が止まった。芽ちゃんが担架で乗せられていく。 |
9th Match / 鍵のくに |
管財人がやって来て、茶封筒を差し出す。わたしはそれを受けとり、ペーパーナイフをさしこむ。切り出されたのは予想どおり、小さな鈍色の鍵。わたしはそれを水といっしょに飲み込む。胸の中を冷たい鍵が下り落ちるのを感じる。そしてかちりと孔にはまりこむ。それを合図に、腹のなかで、種子が割れる。 |
鍵のくにでは人の心を開くのにも鍵が要る。恋人になろうとする男女はお互いの心の鍵を交換して、それぞれの心を覗き見しあう。それで、お互いの心のすべてを見て、付き合うかどうかを正式に決めるのだ。 |
10th Match / 百樂颱風 |
海の彼方に目を細め老師はつぶやいた。 |
わくわくしながら気象情報を聞き、待ちわびた。今度のは風が違う。年に一回あるかなしかのあれが来る。 |
11th Match / All of me |
僕には何かが欠けている気がするんだ。 |
腸カメラを覗きながら医師が言う、何の問題もないきれいなピンク色ですよ。私は、そうですか、腹黒いから中も黒いのかと思いました、と、言うと、医師は内視鏡室に響く声で大笑いをする。面白いですねえと。試しに胃カメラの後も同じことを言ってみたらやはり違う医師だが笑われた。採血の際に、思い出した。献血に行ったときに濃くていい血ね、血管もいいわねと言われたことを。喜んでいいのかわかりませんと言うと、万が一入院したら看護師さんにもてるわよと。入院して実感する。その通り、点滴も採血もものすごく好かれる。腹黒いはずの私の中は綺麗なピンクでとりあえずほっとする。もう少し行けるかな。どうにでも生きられるなと。痛むところも含んで私はまだもう少し生きていける。 |
12th Match / 50の方法 |
50人集まれば、50の方法がある、と小学校で、教えてくれた。 |
死んだ大ダコが砂浜に打ち上げられた。子供達が群れて見に行った。馬鹿でかいタコだったが、やはり足は八本しかなかった。八本足で走るんも難儀やな、と木島君が言った。足が絡まりそうじゃ、と水島君が受けた。ムカデなら百本やぞ、と土島君が叫んだ。子供達は足が多くある場合の走り方の議論をはじめた。意見はとてもまとまらなかった。50とおりの方法くらいは思いつけた。死んだら何本足でも同じや、と空島君がぽつりと言った。砂浜に横たわるぐにょぐにょの死体を子供達はあらためて見やった。誰もが、いくつ方法があっても、結論はひとつのような気がしていた。 |
13th Match / F |
いつの間にかまどろんでいたらしい。 |
ふとした切っ掛けで壁抜け男と友達になる。壁抜け男は壁抜けが出来るという点を除いても魅力的な人物で楽しい。待ち合わせ場所への向かいすがら以前に壁抜け男から聞いた話を反芻する。何でもビルの倒壊に巻き込まれた事があるらしい。 |