1st Match / 硬貨は回る |
硬貨一枚に未来を託す。今までこうして来た。空に向け弾けばぴんと軽い音。くるくる回って表も裏もなくなり半透明のぶれた球体となる。頂点で一瞬、宙に止まる。 |
グッドラックと言ってあいつは去った。 |
2nd Match / 対角線 |
痛み止めを打ってでも木更津まで行ったのは、これが最後かもしれないと思ったからだ。識ちゃんに会いたかったからだ。 |
向かい合わせに、でも恥ずかしいので俯きながら席に着く俺に「ご趣味は?」と聞いたアジ子さんの口元はとてもかわいらしかった。「水球です」と微笑み返しながら顔を上げると目が合った。 |
3rd Match / カルタ・カステラ・カルカッタ |
カルタ・打つから・死んじゃった |
世界地図のカルカッタをプロッ |
4th Match / 月の夜の星の |
夜の散歩をしていると、小人の行進に出会った。彼らに顔はなく、のっぺりとした体つきをしている。背中に星乾電池。今日は星のまたたきが弱いので、彼らの動きもにぶい。行進中の一匹をつま先で軽く蹴飛ばしてみる。ぺたんと倒れたその子に、まわりの小人たちがわらわらと集まって助け起こした。そしてまた一列になって歩き出す。 |
雲の流転、流転の速度、速度の向こう、向こうの星が現れ出でる。 |
5th Match / 黒い虹 |
少女の瞳は凛として躊躇がない。少女は迷わない。臆しない。だから女も少女に再度確かめることはしなかった。少女の鈍色の重い髪を、地肌が見えるまでに刈り込む。女はその髪を鋏で細かく刻み、擦り、溶く。そしてそれを口いっぱいに含む。照りこめる空の下。女の息が天に向かって勢いよく放たれる。墨色の放物線が、晴天にかかる。光る、空の下。少女が祈りながら、歩き出す。黒い虹の上。この虹の向こうに、少女を捨てたあの男が、少女を忘れて暮らしている。少女は迷わない。あの男と添い遂げると誓った。あの男がいとしがった髪でさえ、男に会うために必要なのなら、ためらわず差し出すのだ。 |
一匹の金魚がひらひらとしている。 |
6th Match / とらんじすた・らじお |
朝。そのニュースを知らされても、ボクは別に何とも思わなかったし。ふーん。 |
7th Match / 吊られた男 |
少女はそっと目を覚ます。部屋と世界をいびつに隔てる窓の、そのなかに薄藍色の夜が満たされると、かれが静かにやってくる。月のない夜は風に乗って、風のない夜は歌に乗って、かれはやってくる。かれを吊るワインレッドのロープが星の間をかき分けて、ゆらゆら揺れて。 |
足を紐で結わえ付けられた男が空からぶら下がっている。手を伸ばして指の先で地面を叩く。 |
8th Match / 恋とサファイア |
「大丈夫よ」携帯電話の向こうで彼女が言う。 |
サファイアは博物館に展示されている。ぼくは暇さえあれば博物館を訪れ、サファイアの前に立つ。それはひと抱えもある巨大な鉱物で、本当はサファイアではなく透明な結晶なのだが、誰もがそれをサファイアと呼んでいた。結晶の中には青い目の女の子が閉じこめられている。ぼくはきょうも博物館を訪れ、サファイアの前に立つ。 |