500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / 硬貨は回る

赤コーナ : 峯岸

 硬貨一枚に未来を託す。今までこうして来た。空に向け弾けばぴんと軽い音。くるくる回って表も裏もなくなり半透明のぶれた球体となる。頂点で一瞬、宙に止まる。
 新しい街で新しい恋人と新しい生活を始める。互いとも働いているので会えるのは夜だけ。夕食を済ませ風呂に入り体を重ねる。話をしている内どちらともなく眠る。そんな毎日が続く。
 ある日、恋人が自分を食べて欲しいと言い出す。そして自身も食べたいのだと切実に訴えて来る。抱き締める。相手の首を撫でながら頷く。互いが互いを食べ合う。食べ終われば互いは一つの一人となる。
 翌朝は仕事を無断で休んでしまう。次の日、職場に行くなり上司から手刀で首を切る仕草を見せつけられる。どちらの職場でも二人が一人となった事は気付かれない。この街を後にする事を決め、家財道具を売り払う。
 硬貨一枚に未来を託す。まっすぐ落ちて来た未来を手の甲に押し付けて隠す。どうでだって生きていける。何もかも揺蕩いながら回っている。自分自身すでに残像で、今。

青コーナ : 花粉男

 グッドラックと言ってあいつは去った。
 旅先で知り合っただけの男だった。三日間、バッグパックを背負い、まるで兄弟のように並んで歩いた。砂塵の舞う荒野の長い長い一本道を励ましあいながら歩き抜けた。バグダットカフェを思わせる店で、しこたまビールを飲み、肩を叩きあって笑いもした。

 人生を変えたかった。
 一大決心をして海を渡った。だがそこに待っていたものは、あらゆる意味で僕を打ちのめすものばかりだった。本当に孤独である自分を嫌というほど見せつけられた。圧倒的に無力だった。

 とびっきりの笑顔を見せて去っていったあいつは、翌日のテレビのニュースで大きく取り上げられた。異邦の地で暴漢に襲われ、命を落した若い男として。
 涙が止まらなかった。僕の何処にこれほど熱い涙が隠されていたのか、驚くほどの量だった。安宿のベッドが津波に呑み込まれてしまうほど僕は泣きつづけた。
 冷たく静かに、窓の外にダークムーンが浮かんでいた。

 きょう、あの日のあいつがしたように、世界の全ての人にむけてグッドラックと言おう。あの日のあいつを真似て、あいつからの最後のプレゼントである小さな塊を、大空にむけて指で弾きあげた。力強い太陽の輝きを受けて、それは澄んだ青い世界をきらきらといつまでも回りつづけた。



2nd Match / 対角線

赤コーナ : amane

痛み止めを打ってでも木更津まで行ったのは、これが最後かもしれないと思ったからだ。識ちゃんに会いたかったからだ。
僕らの距離は決して縮まらない、そして隣り合わない。飲んでも飲んでも酔わない2人はそれでもたくさん飲んで、電車のなくなる九時半前にさよならをする。
初めての街、初めての場所であたかも時間を紡いだかのように話をする。表情のない識ちゃんが時折見せる小さい笑顔に少し喜びながら。
ロボットのように正確、迅速、冷静な識ちゃんの仕事にも憧れていたかもしれない。
いつしか入院し、ベットの上で識ちゃんを思い出すのだけれど、いつの間にか仕事を辞めてしまったので、もう連絡も取れない。
だけど僕らはなぜか繋がっているからこの空の下から識ちゃんの見る空が幸せであるように今日も祈っている。

青コーナ : 月水

 向かい合わせに、でも恥ずかしいので俯きながら席に着く俺に「ご趣味は?」と聞いたアジ子さんの口元はとてもかわいらしかった。「水球です」と微笑み返しながら顔を上げると目が合った。
 
 互いの目の奥脳裏の奥深く辿り着こうと一直線に細く両者の脳裏の鋭角、もう0度といっても差し支えないほど奥まったところにある両人の鋭角を攻めるそれは視線ベクトルの透過が形作る対角線だった。意識や思考にスピードがあるとしてもそんなものは軽く超えて何の問題もない速さで角膜水晶体硝子体網膜視神経を貫通し、破れる網膜の向こう側から心配そうな顔を覗かせる大脳のぐにゃぐにゃ脳幹のへべれけをも射し透して俺のそしてアジ子さんの中にももちろんある0度に限りなく近い鋭角に向かって双方向に伸びる対角線は今まさにその鋭角の奥の奥、深淵、頂点に到達しようとしてあ、あ、あ、心が、開く、開く。



3rd Match / カルタ・カステラ・カルカッタ

赤コーナ : 大鴨居ひよこ

カルタ・打つから・死んじゃった
食った・カステラ・高かった
狂った・街なら・カルカッタ
カルタ・カステラ・カルカッタ。

払ろた・銭なら・安かった
困った・事なら・聴いたった
貰ろた・菓子なら・食うたった
あんた・あたしら・なめとったん?

塗った・壁なら・剥げました
吸った・ケムなら・吐きました
乗った・バスなら・捨てました
捨てた・街から・逃げました。

走った・道なら・長かった
奪った・金なら・撒いちゃった
殴った・人なら・死んじゃった
屠った・場所なら・忘れちゃった。

咲いた・花から・枯れました
抱いた・時から・褪めました
褪めた・恋から・捨てました
去った・後から・泣きました。

言った・事なら・聞き飽きた
知った・嘘から・誠出た
タラタ・タラタラ・タララッタ
ラタタ・ラタタラ・ラタタッタ。

カルタ・カステラ・カルカッタ
カルタ・打つから・死んじゃった。

カルタ・カステラ・カルカッタ
食った・カステラ・高かった。

カルタ・カステラ・カルカッタ
狂った・街なら・カルカッタ。

カルタ・カステラ・カルカッタ。
今日も小銭が1ルピー。

青コーナ : はやみかつとし

世界地図のカルカッタをプロッ

としようとしたのだけれど
なくて

コルカタというらしい ちかごろは

電話をテーブルに置いたまま
午後の人通りを眺めてたのさ
世界中どんな場所からでも
君は連絡をくれるはずだから

もて余した時間を占いにつぎ込んでは
都合のいい明日が来るのを待ってる
毎日は甘く軽やかに過ぎてく
遠くの物音なんて 聞こえやしない

カルタ・カステラ・カルカッタ
滑舌気取ってかろかっくいいけれども 片腹痛し
語るに落ちる形容しかできないなら
話題を変えようか

コルト・コルカタ・コカコーラ
標的になってないのは幸いと言うべきかもしれないけど
あまりに多元的な宇宙の善悪の混沌は
カウボーイには裁きようがないんだろうな
拳の振り下ろしどころを外され 焼き切れる空

そろそろ行かなくちゃ
席を立つときに紙きれが一枚 こぼれて落ちた
いや 違ったかも
どっちにしても同じこと
つかの間気に留めたふりしたことは風に飛んでく
君からの便りも一緒に
ほどけてく
ほどけて
ほどけ



4th Match / 月の夜の星の

赤コーナ : 春名トモコ

 夜の散歩をしていると、小人の行進に出会った。彼らに顔はなく、のっぺりとした体つきをしている。背中に星乾電池。今日は星のまたたきが弱いので、彼らの動きもにぶい。行進中の一匹をつま先で軽く蹴飛ばしてみる。ぺたんと倒れたその子に、まわりの小人たちがわらわらと集まって助け起こした。そしてまた一列になって歩き出す。
 行進についていく。大きな橋の真ん中にたどりつく。小人は欄干のすきまから次々と川に飛び降りていた。見ると、真っ黒な川面に映る三日月の上に落ちている。たぷたぷゆらぐ三日月は、小人が落ちると船に変わった。五匹ほど乗るとゆっくりと動き出す。同じ場所にまた三日月が映り込む。小人が落ちる。船になる。その繰り返し。三日月の船が黒い川にいくつも浮かんでやわらかく光っている。
 夜が裏返る。星がばらばら降ってくる。ぼくは持ち歩いている傘をさす。小人たちは降ってくる星を受け止めて、背中の星乾電池に埋め込んだ。
 朝が遠ざかる。三年と十一ヶ月、夜が続いている。
 川のずっと奥に、神様が住む高層ビルの森が煌々と輝いている。三日月の船はそこに向かって流れていく。

青コーナ : 赤井都

 雲の流転、流転の速度、速度の向こう、向こうの星が現れ出でる。
 星の連なり、連なりの影、影の錆、錆の紫、紫の月が現れ出でまた隠される。
 月の明滅、明滅の波、波の曲線、曲線の夜を私は漕ぐ。
 漕いでゆく夜の舟、舟の舳、舳の光、光の青。光の青が座っている。
 光の青、青の魂、魂の私、私の魂、魂の青の座る舟を漕いでゆく。
  ――舟の揺れ、揺れる海の空を漕ぎ続けなければ魂から取り残されそうな夢の。
 夢の出立、出立の訪れ、訪れの円環、円環の夢。
 夢の出立、出立の夜、夜の雲、雲の波、波の果てに行こうとする魂の青の投げかける光の先。
 先の探索、探索の夜、夜の出立の夢。
 夢の空、空の旅、旅の雲、雲の海、海の舟、舟の舳、舳の魂。
 魂のもたらす星明かりの波間。波間の雲に映る星明かりの夜の継続。継続の波の雲の谷の現れては隠れる月。
 月の逃亡、逃亡の果て、果ての拡大、拡大の探索、探索の舟出、舟出の舵、舵の握り手、握り手の痛み、痛みの質感、質感の膨らみ。
  ――膨らみの揺れ、揺れる海の空の痛みの。
 痛みの魂、魂の星明かり、星明かりの夜の逃げてゆく月の影の追跡。追跡の夜の星の月。月の夜の星の。



5th Match / 黒い虹

赤コーナ : たなかなつみ

 少女の瞳は凛として躊躇がない。少女は迷わない。臆しない。だから女も少女に再度確かめることはしなかった。少女の鈍色の重い髪を、地肌が見えるまでに刈り込む。女はその髪を鋏で細かく刻み、擦り、溶く。そしてそれを口いっぱいに含む。照りこめる空の下。女の息が天に向かって勢いよく放たれる。墨色の放物線が、晴天にかかる。光る、空の下。少女が祈りながら、歩き出す。黒い虹の上。この虹の向こうに、少女を捨てたあの男が、少女を忘れて暮らしている。少女は迷わない。あの男と添い遂げると誓った。あの男がいとしがった髪でさえ、男に会うために必要なのなら、ためらわず差し出すのだ。
 けれども、少女の幼い祈りは、続かない。いや、続かせるわけにはいかないのだ。
 女の口からさらに息が解き放たれる。それは雲を呼び、雨を呼ぶ。少女の口から恐怖の悲鳴がもれ出る。少女は脅え、惑う。墨色は洗い流され、幼い少女の上に、光はそそがない。雨とともに少女は地に流され、伏し倒れる。女は墨に汚れた唇でそれに口づけする。
 男には、二度と少女を思い起こさせまい。女のまじないは少女の祈りを凌駕する。女は振り返りもせず、男のもとへと急ぎ帰る。

青コーナ : 青島さかな

 一匹の金魚がひらひらとしている。
 それは昨晩、恋人が買ってきたもので、夜に浮かぶ赤はとても綺麗なものだったのだが、日が昇り昼といって良い時間になってしまった今では、私を脅迫しているような錯覚を抱かせ、それは火にかけた冷水がだんだんと熱湯に変わっていくようにゆっくりと、だが確実に穏やかざるものへと変化していき、恋人から貰ったものであるにもかかわらず、私は窓から捨ててしまいたい衝動に背中を押されるのだった。しかし外は飛行機雲の長く伸びる晴天であるのに、霧雨が降るというちぐはぐな天気で、窓を開けることができずに諦め、雨の向こうで太陽が白くぼうっと光る姿をぼんやりと眺めていると、そこに虹が架った。
 七色は窓硝子のこちらから覗いていると、私の不安を飲み込んだのか、来るべき夜を吸い込んだのか、反転し、内側からめくりあがるようにして裏返り、黒くなっていく。虹の裏側を初めて見た私は、私の裏側にあるものについて少し考えてみるのだが、答など出るはずもなく、やがて虹は完全に黒くなる。
 私はこの十二階の切り取られた青空に金魚を放り投げ、黒の虹に赤い線が引かれるのを夢想してみるが、窓を開ける気にはなれなかった。



6th Match / とらんじすた・らじお

赤コーナ : 伝助

 朝。そのニュースを知らされても、ボクは別に何とも思わなかったし。ふーん。
 でも、学校では、同級生たちがしきりに悔しがっていた。
 「タイガーさん、負けたー」 「頑張ったけど、タイガーさん」
 「でも、負けてもよかったと思うんだ、俺は。」一人が机の上に立ち上がった。
「あの後ろ姿は、正しく少年法に則っている!」
 そんな風に嘯く友人に、ボクは目を瞠った。
 昼休み。むやみに焦った気持ちで、保健室に逃れた。

 と、そこまで話したボクに、貴女は「それで?」と尋ねる。
 「あの、お願いです。どうか、ボクの腕をきつくネジってヒネり潰してください」
 おずおずと右腕を差し出すと、貴女は少し驚く。
 「ボクは自分がどれほど歪んでも笑っていられるのか、知る必要があるんだ。だってさ、たぶん、それが男の子って性らしいから」
 貴女は黙って首を振った。
 でもタイガーさんが、と呟くボクに、でもタイガーさんが? と貴女は諭して、
 「ねぇ、結局、何がどうって、なにも知らないのに気安く『タイガーさん』呼ぶな。という話なの。あれで、彼は、とら、、とらん 」
 言葉を言いよどむ貴女に、先回りしてボクも考える。
 トランス=ジェンダー。。ラジオアイソトープ?

青コーナ : SNOWGAME

 夜になると カラカラ砂漠の真ん中に一軒のカフェーが現れる 
カクタスビールがうまい店だが 裏で星明りの結晶を使った部品を密造しているようだという噂がたった

 先日 青の旅人から手に入れたちいさなラジオが宵な夜な
  
 ボヤン 

と光るところをみると あながちウソではないらしい



7th Match / 吊られた男

赤コーナ : 松本楽志

 少女はそっと目を覚ます。部屋と世界をいびつに隔てる窓の、そのなかに薄藍色の夜が満たされると、かれが静かにやってくる。月のない夜は風に乗って、風のない夜は歌に乗って、かれはやってくる。かれを吊るワインレッドのロープが星の間をかき分けて、ゆらゆら揺れて。
「やあ、こんな綺麗な夜に、俺みたいな死人と話していていいのかな」
 ロープに触れて落ちてきた星の欠片が、うつむいたかれの髪の上できらきら光ると、胸がいっぱいになって少女は何も話せない。やっと口を開きかけたとき、かれはひらりと身をひるがえす。
「おっと、口を開いたら終わりだよ」
 気づけばかれは、藍色の彼方に浮いている。うつむいたままそっと手を振って、かれは天蓋へ消えてゆく。
 少女はふと首筋に手をあてて、溜息をついてベッドに潜り込む。

青コーナ : 根多加良

 足を紐で結わえ付けられた男が空からぶら下がっている。手を伸ばして指の先で地面を叩く。
「硬い」
 建物が全部水っぽくなって溶けちゃったのがきっかけとなり、世界がだんだん緩くなっていく。山はとろとろと海に流れて、木はポッキリ折れてぐちゃっと落ちた。
「まだ硬いなあ」
 男は気だるそうに呟いたが、声は飛ばずに地面に落ちて、しばらくはうねうねと蠢いていたが、へそから光が漏れると諦めて静かになった。
 窒素がやる気を失ったので、空気の中には体から逃げたカルシウムに、軽くなりたかった鉛、落ちていた水銀が入りだした。中には勝手にα、β崩壊しているのもいる。 
 地平線が垂れ落ちるのを空がなんとかがまんしている。でも雲が疲れたといって地平線に寄りかかったから、真ん中がへこんでいる。地上はもうボケている。どろどろになった水の惑星。
「柔くなった」
 男を吊っていた紐が切れて男の頭は地表に突き刺さり、そのまま地中に埋もれていく。
 ひかれ合う力で正しい方向へと地球の肉を切り裂いてある一地点を目指して深く潜っていく。
 男の体はみごとに中心を射抜いて、受精完了。



8th Match / 恋とサファイア

赤コーナ : よもぎ

「大丈夫よ」携帯電話の向こうで彼女が言う。
「海に落ちた空は浜辺に流れ着くものよ。そういうものなのよ」
 なぜ君がそれを知っているのか知らないが、僕はひとまずホッとした
 シロギス釣りの朝まずめ。思いきり投げた一振りが勢い余って夜明けの空へガチャン。僕の前で砕けた空がざらざらと海に降り注ぐ。やっぱり金剛石の重りなんて使うんじゃなかった。そして僕は無性に彼女の声が聞きたくなったというわけ。
 やがて彼女の言うとおり、浜辺に空の破片が流れ着く。夜から朝へ霞むカシミアンブルー。今日を予感させるピンクやオレンジ。星が白く瞬くかけらもある。僕はそれを拾い集めた。すると薄明かりの向こうでやはり空の破片を拾っている人がいる。誰かと思ったら君だった。
「来ちゃった」君はてへっと笑って、夜明けの色に光る破片を僕に見せた。
 僕らは拾い集めた夜明けを砂浜に並べていく。難しいジグソーパズルだけれど、君が僕のそばで笑っていてくれるのなら、このまま何ピースでも何ピースでも空の破片が流れ着けばいい。君の髪が香る。

青コーナ : タカスギシンタロ

 サファイアは博物館に展示されている。ぼくは暇さえあれば博物館を訪れ、サファイアの前に立つ。それはひと抱えもある巨大な鉱物で、本当はサファイアではなく透明な結晶なのだが、誰もがそれをサファイアと呼んでいた。結晶の中には青い目の女の子が閉じこめられている。ぼくはきょうも博物館を訪れ、サファイアの前に立つ。

 すべてはフィルムの速回しだった。建物が消え、木々が消え、丘が消えた。光と闇の明滅がしばらく続いた後、なにもかもまばゆい光に包まれて終わった。最後に残った青い光を見つめながら、彼女は「顔」のことを考えていた。幻のような風景の中で、唐突に現れた若い男の顔が、あっという間に年老いて消えていった。その笑顔がおかしくて、一瞬、彼女は微笑んだ。そしてまた、目の前の青い光に見入るのだった。