500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / カメラオブスキュラ
・「空に浮いていた」の文字列を使うこと。

赤コーナ : SNOWGAME

こっちの世界は
あっちの世界の丸写しだってさ

夜空に浮いていた星どもがいっせいに
ポラリスのふりをしているピンホールを指差した

青コーナ : 松本楽志

 草原に少年はうつむいて立っている。かれの父は架空
の存在であったが、それでもかれは父を信じた。草原に
は父が捨てた銀いろの小箱。やがて草原に原色の街が浮
かびあがってくる。それは箱の幻影。少年は気づいてい
る。父の残したものもまたすべて幻影だと。少年が見て
いる幻は、父の見ていた幻のまぼろし。でも、かれはい
つまでも箱の穴を見つめる。存在しえない父は、いった
いどこにいるのか。少年はうつむいて父に気づかない。



2nd Match / 桃色小道
・色の名前を使用してはならない。

赤コーナ : タカスギシンタロ

 たぬきがたらいの舟でやってきた。ぽんぽこ腹鼓を鳴らすのでしかたなく一杯振る舞うと、またぽんぽこ。花の下で杯を交わしていると、夕風が出てきた。
「船ガ流レルホドデハナイサ。セイゼイ花ビラヲ吹キヨセル程度サ」
 たぬきがふうっと酒杯の花びらを吹くと、湖面に浮かぶ花びらがいっせいに流れ、一筋の道となった。はっと息を飲む。岸辺にうさぎ娘が現れた。
 うさぎは耳に飾った風ぐるまをポイと投げ捨て、パチンとウインク。しずしずと花びらの道を渡っていった。マシュマロみたいな尻尾が右に左に揺れている。うさぎを追いかけようとして、花びらの道をびしゃっと踏み抜いた。風ぐるまを拾い、取って返す。たらいの船に飛び乗り、漕いだ。けれどたらいの船はちっとも前に進まない。うさぎ、花びら、風ぐるまがちらちらと視界をめぐって……。
 気がつくとたぬきが笑っていた。酒はあらかたなくなっている。こちらが口を開くより先に、たぬきは言った。
「セイゼイ花ビラヲ吹キヨセル程度サ」
 花びらの道はさらに形を崩しながら流れていく。たらいの船は風ぐるまに風を受け、その場でくるくると回っていた。

青コーナ : 月水

 他に適当な言葉がみつからないので「花びら」と呼ぶが宙を飛び交うそれらは色を持たずに数を増しつつ吹き荒れる。その中を歩いている私は、どうも花びらが増えるたびに考える力を失っているようだ。この花びらはどこから来て、どこへ向かうものか。思考をめぐらすたび花びらは増え、私はぼうっと立ち止まる。

 鼻血が出た。はっとした私の目にはあざやかな血が見えた。しかし一度まばたきをすると、もはや色を思い出せない。私が流す鼻血は色を失い、そこらの花びらと同じく舞い飛ぶ。

 体のありとあらゆる穴からさまざまの体液が、花びらとなって吹きだし、そのたびに記憶を失い、感覚を失い、思考を失い、身体を失う。やっと花びらの正体を知った私はある激烈な感情に襲われた。それは私がよく知っていたはずの感情だが、何と呼んでいたのか思い出せない。もはや私の届かぬところにあるその感情は熱い液体となり、目からこぼれ落ちると花びらに姿を変えた。その瞬間、私の目に映る全ての花びらが色づいた。目を閉じ、もう開かない。細く薄れる意識の道を遠く吹く。



3rd Match / まひるの神様
・死を描くこと。

赤コーナ : 峯岸

 太陽が照り刺すその下で子供は煤煙を生きる。汚れた手で盗み、物乞いをする。家はなく、体中が煤け、虚ろな目をしている。仕事をしても得られる金額は物乞いと同じ。
 子供を売る大人と買う大人の他に、子供を救おうとする大人がいる。読み書きも出来ない子供に学ぶ事と働く事の大切さを教えようと笑顔で汗を掻く。だが子供は再び泥と煤煙を選んでしまう。
 静かに子供だけに罹る病気が蔓延する。足は萎え、口がきけなくなり、夢を見る。やがて息を引き取る。顔は歪み、唇がひび割れて、しかし幸せそうだ。子供は病気の子の手を握る。名前を呼んでやろうにも誰も自分の名前を知らないし、掛ける言葉も知らない。
 大人は陽に灼けた腕で病気の子供を病院へ抱いてゆくが治す術など何処にも。子供の亡骸は驚くほど軽い。どちらの子供も救えず自分の無力さに涙を流す。
 ちょっした盗みでも捕まれば死ぬほど袋叩きに合うから子供は命懸けで逃げる。ほんの一つのパンでも必ず分け合い、ひと摘みしか食べられない時もある。
 夜。大人は子供を救おうと必死で話し合い、必死で心を痛める。同じ頃、親に棄てられた子供と親を棄てた子供は身を寄せ合い夜を過ごす。夢を見る事はない。

青コーナ : 春名トモコ

 うだるような暑さでハイになった僕たちは、汗だくのシャツで、坂道を転がるように駆け下りたり、ぶつかりあったり、意味なく大声を出しては壊れたように笑ってた。
「アイス食いてーっ」
 叫んだ直後、とつぜん僕の意識が一ミリずれた。
 頭の中が静まる。視界が広がって、ふざけあっている友達を、その中にいる僕も含めて客観的に見てた。僕の中に神様がおりてきたんだ。
 神様の目を通して世界を見ている。いろんなものが見えすぎる気がした。
 強烈な日差しの中で、彼らはありあまるエネルギーをまき散らしている。
 こいつら、いつかはみんな死ぬんだな。
 唐突に思った。
 生と死が等価値になる。そしたら、すごく自由な気がした。僕たちをしばりつけているものなんてちっぽけで、本当は、やろうと思えばなんだってできるんだ。
 悟りを開いたみたいに、そんなことを思って。でもその感覚はほんの一瞬だった。
 神様が出て行った。おりてきた時と同じぐらい、突然だった。
「置いてくなよ!」
 元に戻った僕は、友達の背中をつかまえるために坂道をいっきに駆け下りた。
 さっき思ったことなんて、風に飛ばされてすっかり忘れてしまう。



4th Match / 喜劇王
・登場人物は「喜劇王」ひとりでなくてはならない。

赤コーナ : たなかなつみ

 吾、人生なかばにして迷い、道化師の仮面をかぶりて門をくぐる。門の上には看板が立つ。汝らここに入るものいっさいの望みを棄てよ。そうして吾は盲となり、吾が王国からも追われ、家族らとも引き裂かれる。
 吾の頭のなかで声がする。「幕間から見るがいい。そこに並びし客席が、おまえの人生を決めるもの。そこには、老若男女、相集い、その双眸きらきらしく、その口からは辛らつな言葉が吐かれることになるのだ」
 声が続ける。「ていうか、ぼけの才能を引き出すのはつっこみなわけよ、つっこみあってこそのボケやろ。両方そろわんことには話にならん」「漫才師はネタやってこそなんぼやね。バラエティ番組でしょーもないコメントつけて、それでプロの漫才師かっつーの」
 そうして吾はそこが戦場であることを確認する。すでにここは吾の知っている国ではない。吾は冠をかぶりなおす。さすれば、吾、ここから逃げることあたわず。
 吾、深呼吸を二度三度と繰り返し、腹の底から大音声を発する。幕が上がる。
 「みなさん、ようお越しー」

青コーナ : はやみかつとし

 ガラクタを蓑虫のように纏って、彼はあらわれる。引きずるような足取り。客席はざわめく。いつもと違う反応に一瞬彼は顔を上げ、そしてまた何もなかったように歩き出す。ようやく舞台の中央。彼はずっこけてみる。がくっ。力なくよれよれと。変わらぬざわめき。パントマイムをする。重いステップ。ぎしぎしと軋む屑鉄。一呼吸おきながら、短いコントを繋いでいく。そのたびにガラガラと鳴る不用品。誰も、何も言わない。笑い声も聞こえない。

 全てを演じ終えた彼は、客席に挨拶しようと顔を上げる。揺れる、一面のひなげしの花。彼はゆっくりと跪き、その中へ倒れ伏す。
 ガラクタは光の霧と散り、色褪せすり切れた小さな翼があらわれる。