500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

1st Match / あなたからの便り
・ケンカのシーンを入れなければならない。
・3つの段落でできていなければならない。

赤コーナ : 春名トモコ

 恋人がリスになりたがっていると人づてに聞く。知った時、すでに彼は小学生ぐらいの背に縮んで、やわらかそうなしっぽが生え始めていた。

「どうして話してくれなかったの」
 正座で向き合い問い詰める。彼はくりくりした目を合わせずに答える。
「怒るから」
「なぜリスなの」
「大きなふさふさのしっぽを丸めて眠りたかったから」
 それを聞いて無性に腹が立った。
「あなたがリスになったら、あたしはどうなるのよ!」
「ほら怒るだろ。だから内緒にしてたんだよ」
 言い合っている間も恋人の背は縮み、頭から耳が出てくる。茶色いしっぽもぐんぐん伸びる。まったくバカにしている。
「もう知らないっ」
 あたしが立ち上がると、彼は窓からひょいと出て行った。

 それ以来、恋人には会っていない。ときどき窓辺にどんぐりが届く。それを庭に埋め、木のうろで眠る彼を想像しながらいそいそと水をやる自分が、少し嫌になるのだ。

青コーナ : はやみかつとし

あ、その手紙だけは投げないで。それはわたしをつなぎ止める、たったひとつの。

ぴかぴかのLDKを真っ白い皿やカップが、ハードカバーの本やCDが飛び交う。わたしはそれを斜め上のほうから眺めている。手当たり次第に物をつかんでは投げてるのはわたしのぬけがら。あわてて戻ると暴れる右腕をなんとか押しとどめる。途端に全身の力が抜け、へたり込んでしまった。泣いた。からっぽになるまで泣きじゃくった。

手の中のあなたはくしゃくしゃになってもう読めないけど、手放してしまうよりは。



2nd Match / 物語の物語
・三人称で書かれていなければならない。
・固有名詞を一つだけ出さねばならない。

赤コーナ : 松本楽志

 蒼色の椅子に縛り付けられているタカスギシンタロの前で、ふいに扉が開く。男とも女とも一人とも二人以上とも判らぬ同調者どもが、足音もなく現れる。部屋の中に、あらゆる賞賛や罵声や羨望や無視や蔑視や激励がまき散らされ、それらがやがてひとつの音となって彼の中に満たされると、彼は静かに嘔吐を始める。彼の体を構成する物語の断片たちが、ぎりぎりと彼の喉を引き裂きながら後から後からあふれ出す。断片は蹂躙者たちのつま先を濡らし、膝を超え、鳩尾を浸し、肩に至り、眼球へと迫る。すると、嘆願者たちの眼窩から球体が零れ落ちて、部屋のなかに浮かぶ。さらに彼の生み出す断片は増え続け、やがて困惑者たちは眼球のみになり、それらもついには物語に呑まれる。観察者が消えてなお、物語は生み出され続け、部屋一杯になる。すると部屋もまた静かに嘔吐を始める。ぎりぎりと引き裂かれた扉からまばゆい光の中へ、物語たちは持っていた名も想いも失って踊り出す。足元を見るがいい。物語たちは次の嘔吐を待ちながら、ゆっくりと世界を満たし始めている。

青コーナ : タカスギシンタロ

 キョ。鸚鵡は鳴き、ひとつの物語が終わる。しかしそれはすでに聞いた物語だった。キョ。鸚鵡は鳴き、ひとつの物語が始まる。しかしそれはすでに書いた物語だった。
 松本楽志は自ら物語をつむいだことはない。彼はただ、千の物語を語るという年老いた鸚鵡のことばをひたすら記録しているだけなのであった。彼はすでに九百九十九の物語を蒐集していたが、老鳥は残りのひとつをどうしても語らなかった。彼は待ち続けた。最後の物語こそが「物語の物語」であると信じていたのである。
 どうやらまた鸚鵡が口を開きそうだ。彼は耳をそばだてた。

 キョ。世界中の人びとが肩を組んで、地球を一周する輪になりました。いちにのさんでみんないっせいに両足を上げました。そしたらふわり、浮きました。キョ。

 新しい物語ではなかった。しかし彼は失望することなく、ギラギラとした目で次の物語を待ちこがれるのだった。
 残念ながら、彼が最後の物語を聞くことはないだろう。なぜなら彼自身、すでに最後の物語にすっかり取り込まれていて、しかもそのことにまったく気づいていないのだから。ゆえに「物語の物語」が書かれることは永遠にないのである。キョ。