冷気 作者:不狼児
僕と彼女と彼と彼。毛剃中学の同級生。眉毛も髪も腋も脛毛も。男女を問わずマルガリータ。急行列車が止まらない最寄り駅を見下ろす小高い丘。急勾配の坂の途中。橋の上。坊主頭を風にさらして。漣の立った川面。彼が投げた石がどこまでも水を切って跳ねてゆく。垂れてきた洟をすすって、彼女は言った。「楽しかったね」もう帰らない日々。「この冷たい手を覚えておいて」愛しい君よさようなら。バリカン戦争の余波で(鋏と剃刀しか使えなくなっていたので)学期中断のお別れパーティー。僕らは全財産をはたいて注文した大量の肉料理を食い散らかした。フォークとナイフは肉を掻き回すための道具ではない。「ねえ。知ってる?」もちろん知ってる。彼は孵化しない卵の弔辞で即席の足跡をでっちあげ、我々自身の若すぎる死を惜しんだ。彼女は尋ねる。「まだ剃るの?」たかが、授業が出来ないだけだ。(鋏と剃刀しか使えなくなっていたので)髪剃りは痛い。でも、それが毛剃魂じゃないか。
「不器用なんだから」
一本の絆を鋏でチョンと切る。手品じゃないので元には戻らない。
耳がちぎれそうだ。欄干も手も顔も(コンクリート橋桁の鉄骨遠くで駅を通過する列車も窓も)同じほど冷たく、僕らはみんな凍えていた。
夜夜中 作者:ハカウチマリ
乾三局の五巡目で、トイメンが早々とリーチをかけた。
俺はラス親だから、早く回したいところではあるので、振り込まないようにベタ降りしてもいい。
しかし、俺の手はというと、一萬の暗刻と萬子の四五六六七八九そして夜夜中という萬子がらみの混一色の一向聴だった。
まあ、ツモってから考えればいいかと無能な政治家のように問題を先送りしたのが悪かった。
夜をツモってしまったのだ。
ここで中か、六九萬を切れば三六九萬か中待ち混一色を聴牌だ。
しかし、まだ誰も中は切っていない。六九萬も安全ではない。
ここは勝負かどうか迷った。まだ五巡目なのでしばらく回し打ちで我慢してもいい。
幸い、夜は場に一枚出てはいるのだ。
中を捨てれば待ちが広いし、満貫確定なのだから魅力的だ。黙聴していれば誰かが振りそうだ。
しかし中は危ない。では夜を切るか。いや、この手は捨てがたいので中を切りたい。
五乗したら元に戻る関数のように俺の心は揺れ動いていた。
結局、俺の手の中に、夜夜中は残った。
最後までずっと残った。
化石村 作者:マンジュ
隣村は石油を掘り当てたが、こちらでは化石が出土した。十歳前後の少女ばかり何体も。状態は実に良好で、閉じた睫毛の一本々々から唇の縦皺に至るまで克明に保存されている。村の男たちは色めき立ち、今や誰もがこの化石の少女群を掘りだすことに夢中になっている。廃れた村も石油を掘り当てれば金が廻る隣村に遅れをとるなと村の会議でついこのあいだまで口角泡を飛ばし合っていたことはすでに忘れているらしい。そのあと開かれた会議では、少女群の出土は口外法度ということですんなり意見はまとまった。女たちは冷笑した。
村長などは少女群の発掘にことに熱心で、経験と熟練度を誇示して乳首と性器のまわりばかり掘りたがる。
切り崩した一部では少女が土とともに年代別の層になっているのを見ることが出来る。一人として似通った少女は居ない、けれどもどの少女も同じようにいとけない。女たちは誰もがそれを家事の傍らやはり冷ややかに眺めやりながら、いつか一人くらい少年が出土しやしないかとほんのり期待しているらしい。
グッドニュース、バッドニュース 作者:斧琴キク
ハハハカッタナ。
緑の傘 作者:てるり
「勘違い」
さぁ、集まりましょう
砂漠へ、これを持って
そうです、草の色の傘
さぁ、差しましょう
宇宙から見たときに見た誰かが
きれいな星だと勘違いするように
嘘かどうかはどうでもいいのです
見た目の問題です
ほら、こんなに美しい星です
だれか、星を交換しませんか?
富士山 作者:天原
カウボーイにくちづけられてサムライは爪先から頭頂まで桜色に染まる。くちづけたままシンボルに触れられると逞しい左腕に抱かれた背筋を電流が走った。今や真夏のごとく熱い身体のほぼ中央に位置するシンボルはもともと最も突起した場所であるが毛深い右手の愛撫を受けてますます隆起したように感じられる。カウボーイは粘っこい唇をようやく離したかと思うや否や今度はサムライのシンボルにくちづける。先端に開いた穴を舌先で刺激されサムライは身をよじって喘ぐがとうとう耐えきれずどろどろとした液体を噴出させる。全身が震えた。季節外れの大雪に見舞われたみたいに一瞬頭が真っ白になる。カウボーイが囁く。いい加減おれのものになったらどうだ。まだ熱の冷めないふとももを撫でられながらサムライはただ曖昧に微笑む。ちっ。カウボーイは舌打ちすると罵りの言葉を吐き散らしいくばくかの富をサムライから乱暴に奪って勇ましい態度で立ち去った。もはやシンボルは初冠雪に凍えるように縮んで見えサムライの心を木枯らしが吹きぬける。
眼球 作者:不狼児
彼の一方の眼玉は野球のボールだった。幼い頃、プロの選手が打ったファウルボールが当たって、眼球を押し出し、代わりに神経と癒着してしまったのだ。何も疑わず彼は野球選手になった。野球の眼玉は他には何も見えないが、野球のボールは止まって見えた。彼は右打者にもかかわらず十年連続で首位打者を獲り、四割を七度記録して、打撃の神と呼ばれた。
ボールの眼玉が取り外せるのを知った時、思わず投げ捨てたのは、自分でも本気で信じていなかったのに、それがやっぱり硬球だったからだ。飼犬が歓び勇んで拾ってくると、彼は自分の心臓を危険にさらすこの遊びに夢中になった。
試合のない日は犬を連れて、人気のない場所へ向った。眼玉を外すとノーコンになってしまったが、犬は歓んで追いかけ必ずくわえて戻ってきた。
ある日のこと。彼の投げたボールがたまたま犬の正面に飛んで、直に口で受けた犬が呑み込んでしまった。彼は試合に出られない。日常生活は片目でも不自由しないが、試合には眼球が必要だった。
数日後、ボールはかろうじて排泄されたが彼の視力はそこに留まり、元のように眼窩にはめても何も見えるものはない。彼は野球する眼を失った。でも後悔はない。
今では犬の肛門から世界が見える。
プラスティックロマンス 作者:秋山真琴
パリンパリンパリンポロッ
パリンパリンパリンポロッ
パリンパリン・・・コロッ
好きになっちゃったポロッ
☆ 作者:不狼児
「僕たちは志願するんです」
若いゾンビが言った。
「そいつはいいや」
「乾杯してくださいよ」
肌は土気色で衣服は破れ、湿っていた。においはそんなにひどくなかったが、死体置き場で香料を飲まされたからではない。活動を再開すると、彼らの組成は死体とは別のものに変わる。一般の腐ってゆくばかりの死体とは異なり鉱物的な増殖さえもするらしい。
徴兵所へ行けば一発合格はまちがいなし。なにしろ一度死んでいるので、滅多なことではくたばらない。
それであらかじめ祝杯を上げようと、まあそんなわけだった。
「どうもね。僕たちはまだ死んでから日が浅いんで、死体でいることに慣れないんです」 青黒く斑点の生じた顔に快活な笑顔をつくって一人が言うと、
「とても、じっと死んでなんかいられない」
「墓の中は退屈で」
「尻は冷たいし」
「戦争なら、なあ、そうだろ。戦争なら活動的で僕たちにぴったりだと思うんです」
「エンディミオンの軍はケープ・コッドに上陸したそうだよ」
そう告げると、カウンターで彼らは気勢を上げる。
「ウラー!」
「乾杯!」
「戦果に」
「勝利に!」
彼らが足を踏み鳴らすと、床を匍匐前進するおやじゾンビが、ゴキブリのように空中に跳ね上がる。