500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 謎ワイン 作者:はやみかつとし

へえ、これがねえ
うーん
たしかにうまい
けれろ、これのろこがらぞらんらい
らんか、ひろくゆかいじゃらいか
もうらぞらんてろうれもかわわ



 もう寝るよ。 作者:瀬川潮♭

 返事は、ない。
〈了〉

 解説

 僕と本作著者との出会いは、「500文字の心臓」という超短編の競作をするサイトだった。
「まったく、何をしたいのか分からない」
 これが、彼の作品を一読した時の感想である。後、オフ会で対面することがあり話題にしたところ、「影絵みたいな面白さを追求したかった」という。500文字未満のその作品は、例えて広大な草原に立つ1本の木だと理解した。面白い、としみじみ感じた。
 だから、僕は今も彼の作品を読んでいるし、つたないながら超短編なるものを書いてもいる。
 一つだけ断言すると、それでもその時の作品自体はよく分からなかった。
 本作がその作品であるかどうかは、薮の——いや、夢の中である。



 笑い坊主 作者:六肢猫

 怒りん坊主の偏屈娘、そんな仇名を蹴飛ばしたかったというか、これは仇討ち。実家の寺のその横に、故意に建てたる工場の、上から見下ろす秋景色。家を出てから何年か、今日も今日とてあの父は、きっと怒っているのだろう。
「○×寺スイート侵略計画」の完遂、それは仏に唾。甘味嫌いにビスケット工場で対抗、なんて建設的。甘い香りで修行僧篭絡、高待遇で囲い込み。一人で護れる寺は無し、泣く泣く畳む無人寺。跡に建つのは菓子工場、伸び行く業績、日本一。その功績を手土産に、本社に栄転、サクセスライフ。
 寺を無人にするところまでは予定通り。と思っていた矢先に、嫌な噂を耳にした。工場が建ってからというもの、なぜか父は怒るのをやめたという。甘い排気に晒しても、修行僧がいなくなっても、近所の人から尼僧もいないのにアマデラ呼ばわりされても、人が変わったようにニコニコしているらしい。
 計画の頓挫は回避したいが、どうにもいい案が思い浮かばない。そんなときにふと、遠い昔に一度だけ見た父の笑顔がよぎる。



 名前はまだない 作者:立花腑楽

 多分、最初は、適当なのが思いつかなくて暫定的にそうしたのだと思う。
 きっとご主人さまも、ほら、その後、色々忙しくってさ、それについて考える暇が無かったのだと思う。そう信じたい。

 結局、私は勇者「ああああ」のまま、魔王を倒し、世界を救った。今は凱旋帰国の真っ最中だ。空を見上げ、私は「早く早く!」と祈りながら歩いている。

 ラスボス——魔王か。あいつが、
「汝の名前は、汝が今ここで流す血で以て、我が玉座に記してやる! かかってこい「ああああ」よっ!」
 とか言ってた時には、大笑いしてしまった。あの時も大概だったが、問題はこれからだ。

 故郷に戻った私を待ってるのは、エンディングに向けて収束する素敵でシリアスなイベントの数々である。王様に褒められたりとか、ヒロインに告白されたり。
「ああああ」のままで。
 一番の恐怖は、母親と再会した時だ。
「あああっ……私のああああよ」とか大まじめに言われたら、もうどうしてくれよう。色々と台無しだ。
 気付け、ご主人様。メニュー画面のオプションに、「名前変更」のアイコンがあるはずだ。だから……早く。早くしないと、エンディングムービーが始まったら、入力不可の状態になっちまう!



 シンクロ 作者:水上敦

「彗星サーカスって知ってる?」と彼は言って、笑顔を真顔に変化させた。
「知らないわ」と私は答える。
「人が壁をすり抜けるんだ」
「すり抜ける?」
「そう、すり抜ける」
「それじゃあ、サーカスを超えて、マジックじゃない?」
「彗星みたいなサーカスなんだ」

     ※

 こんな会話のあと、私たちは恋人になった。
 宇宙を流れ星の豪雨が襲い、太陽風が吹き荒れた。
 宇宙船のなかは一筋の流星みたいに静かだった。

     ※

「彗星サーカスって知ってる?」と彼は言って、笑顔を真顔に変化させた。
「知らないな」と私は答える。
「人が壁をすり抜けるんだ」
「すり抜ける?」
「そう、すり抜ける」
「ありえないよ。人は壁をすり抜けない」
「彗星みたいなサーカスだからね」
「でも、人は壁をすり抜けないわ」

     ※

 こんな会話のあと、私たちは恋人という関係に終止符を打った。
 宇宙を流れ星の豪雨が襲い、太陽風が吹き荒れた。
 宇宙船のなかは一筋の流星みたいに静かだった。
 地球にかかったオーロラが目に入った。

     ※

 こんな短い、重なりあった二つのストーリーが、現代生活を支える量子論の誕生となった。



 たぶん好感触 作者:アンデッド

 信徒は頭を垂れて「触っていいですか?」と主に尋ねた。
 主たる神は「す、好きにすればいいじゃない」と彼に説かれた。
 だが彼が許しを得ても、主の持つ二つの御山に触れることはなかった。主の深い慈しみを知ったからだ。

 これにより真の豊穣は訪れる。時が満ち、彼の者の手に再び神秘なる感触が甦るだろう。



  ——デレ記 三章・十五節より



 期限切れの言葉 作者:海音寺ジョー

 遅番パートのフェイが、嬉しそうにゆってきた。
 『松尾さん、新しい日本語覚えたヨ』
 フェイさんは不法入国してきた中国人娘で、最近俺の勤める相々橋筋の居酒屋にバイトで入ってきた。正規の日本語教育を受けていないよって、片言の日本語しか喋れない。
 『うん、どんな言葉ですか?』
 『イーゴ、イーチェー!』
 それは日本語なんけ?
 フェイが片言で説明を始める。
 『人はー、人にー会うときは、それっきり、一度きりにーなるかもしれない。だから、会うはー、大切なことです。という意味ネ』
 それで一期一会のことだとわかった。
 『それは、イチゴイチエって言います』
 『そうカ、イチゴーイチエだたか。日本語難しいねえ』
 フェイは照れ笑いする。
 オレはフェイには丁寧な言葉を使う。悪い言葉や卑語は、彼等はすぐに覚える。でも、接客仕事には敬語ができなあかんから、俺の言葉をフェイが真似するように、わざと丁寧な言葉を使ってるんや。
 『フェイ、フェイが日本語をちゃんと話せる、そうなったら、時給が上がる。だから頑張ってください』
 『松尾さん、前にも同じこと言ったね。前の前にもネ。ワタシ時給、まだ上がんないヨ?』
 『オレだって安月給やぜ。でも、イーゴイーチェは、よく勉強したよな、偉いなフェイ!』
 『へへへへ』
 
 あてにならない口約束で世界は満ち満ちている。ドブタメのような場末の町であくせく働きながら、生活に倦みながら、だけどイチゴイチエはいい言葉だよなーと、その時俺は思った。



 不意に、彼は神妙な面持ちで、西から昇る陽を一瞥した。けれど他の誰もがそうしたように、彼もまた、数秒と経たずバス停へ向かって歩みを速めるのであった。



 頭蓋骨を捜せ 作者:キミヒラ

この交差点でいつも見かけるご婦人がいる。何かを探しているようなのだが…。
「何をお探しですか?」
「実は3年前にここで息子を亡くしたんです。酷い事故でした。大きなトレーラーが曲り切れずに、歩道の端にいた息子を巻き込んだんです。当然、息子の遺体はめちゃくちゃでした。」
「では、息子さんの遺品を捜しに?」
「遺品と言えますかどうか…。息子が夢に出てくるんです。『母さん、頭の骨が足りないよ』って。夢を見るとつい、ここに来てしまうんですよ。」婦人は自嘲気味に言った。
「すみません。見ず知らずの人にこんな話を。なんだか知り合いのような気がしてしまって。」そう言って去っていく婦人の後ろ姿を見ながら、私はにやにやしてしまうのを止められなかった。
ポケットから、3年前に拾った小さな白いかけらを取り出す。
これは、本物だったらしい。頭蓋骨が手に入るなんて、なんてラッキーなんだろう。

そう、私は事故に関係するものを集めるマニアなのだ。



 スクリーン・ヒーロー 作者:麻埒コウ

 銀幕の世界、という言葉の意味を履き違えた右半分は壁中にアルミホイルを張りつけた。
 千人目の血を吸ったばかりの剃刀で壁にかかっていた鉈や斧や銃のふくらみを叩きながら「破壊するだけの道具は世界の外にある」とつぶやいたけれど、左半分が閉じ込められた工房への扉も幕の外。

 検索サイトのトップページに更新された突然首から血を噴き出して絶命した999人の遺体の安置所と僕が逃げ込んだ彫刻家の廃屋とを繋ぐ場所にあるはずの教理。
 近づく足音の主から隠れようと焦る僕が掴んだドアノブは回らず投擲された炬が消毒用アルコールに引火する。

 ぶら下がった千体の蝋人形は彼が今まで出会ってきた人の臍を持っていてこの中にいるはずの恋人を見つけるまで999体の頚動脈を切断した。
 揮発性の強い液体に腰まで浸かった彼を見下ろして人形は喋る。
「名前をもった登場人物が、一番多く死んだ映画になるね」
 恋人の声ではなかった。

 大爆発。
 煙が不可視に回帰すると血液の澱にバラバラの指が七本。靴が三つ。
(倫理の嘘を暴く論理が与えた逡巡)
 大爆笑。

「失くしちゃったんだ」
「なにを」
「指」
「どこに」
「アルミホイルの中」