500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 黒い羊 作者:空虹桜

 人の顔見て「メーメー」言ってんじゃねぇーよ。どうせ二言目には「旨そう!」だろ? なんだ、お前らバカか? バカなのか? ええ? 間違って手紙喰っちゃうぐらいのバカか? って、それはヤギだってぇの! 漢字なら「山」が付くんだよ。山。ノリツッコミさせんなや。いくらIQ低くても、それぐらいわかんだよ。
 だから、人の顔見て「メーメー」言ってんじゃねぇっつーの。な後ろ回り込んで囁いても、見えてるし聞こえんだよ。ウールマークなんか付いてねぇっての! バカにすんなや。伊達や酔狂で角生やしてんじゃねぇーんだぞ。こんにゃろー。
 だ〜か〜ら〜、えっ? 「メリー」? 捻ってきやがって! ちげぇーってんだろ。「ドリー」でもねぇよ。「だっちゃ」って、わかりにくいんだってぇの。いい歳こいてラムなわけねぇーだろが。マトンだよ。マトン。マ・ト・ン! そもそもサフォークじゃねぇーし。あと群れてっからって、人のこと「ビビり」とか「厄介者」とか言うなや。これでも結構繊細にできてんだよ!
 だから「メーメー」じゃねぇっての。せめて「ベ〜」と鳴け。「ベ〜」と。ビブラート効かせてな。ベ〜



 たまねぎ 作者:峯岸

 土に頭という頭が連なって埋まっている。その筈なのだけれど今一つ判然としないのは自分の頭が土に埋まっている為だ。果たして本当に一人きりでないのかどうか。何も見えない。
 夜中ともなれば片思いの彼女ばかり頭に思い浮かぶ。頭は土に埋まっている。彼女が今この瞬間、見知らぬ誰かに抱かれているのだろうという根拠のない空想が圧倒的な確信をもって迫る。彼女は、彼女の事を何とも思っていない下らない相手に抱かれている。自ら抱かれている。しかし自分はと言えば頭が土に埋まっているのである。
 堪え切れなくなり思い切って頭を大きく引き抜く。周りには目もくれず足で自分の頭を踏み付ける。飛沫。強い薫りがするからこれは嫉妬の塊を踏み潰したと見做す。途端、足許から海が広がる。巨大な渦潮を伴いリヴァイアサンが周回している。冷たい渦に巻き込まれ自分の人生の全てが支配されてしまい以降の何もかもが決定されてしまった事を知る。リヴァイアサンの咆吼は彼女の漏らす切なげな吐息だ。
 いつまでも形の無いものを持て余ます。時おりどこかへ頭を埋めようとするものの、もう嫉妬などない筈なのだから頭を埋める必要がない。およそ頭を再び土に埋める事は決定されてはいない。胸が灼ける。やはり強い薫りがする。



 ジャングルの夜 作者:根多加良

 もう人生ダメだと思ったから身近な高層ビル、の隣の七階建てのマンションの階段を駆け上り、屋上のドア、破れろと蹴り飛ばしたら、革靴が生き返る。だって毛が生えたから。本当はただドアが毛に変わっただけ。もみくちゃにされて外に飛び出したら、空一面、毛。生えては抜けて生えては抜けて。舞い落ちる、それが口の中に入ったときに、お風呂場、と思ったから、もうこれは間違いなく毛。
 日本だから黒いし、ときどき白いのも混じる。日本はもう中年だったんだ。
 足元も編み籠みたいにていねいに織り込まれている。端まで歩いて下を見ると地面は黒々とした毛で覆われていた。赤のセダン、赤のフォード、赤いチューリップが線の中に揉まれては持ち上がる。他の色はすでに脱落したみたい。
 俺はビルから飛び降りる。でも五分前までの心境とは全く違う。
 毛に阻まれて生き残ろうとも、毛の隙間を縫うように地面に叩きつけられて死のうとも、どちらでもいい。わっさぁとした毛をみていたら、夜が産まれた、なんて思ったから。人ならその神話に向かって飛ぶよ。
 地面を蹴り破っていた。靴を超えて俺も生き返った。黄泉がえり。



 ノイズレス 作者:ぶた仙

(きゃあ、遅れる)
 私は南北問題の特別講演に滑りこんだ。

「…SN問題は」
(ふう、間に合った)
「世界的な…」
 しんとした会場では、マイクの雑音が目立つ。
「…Nの増加に対してSは対数 logN でしか増えない」
(マルサスの人口論ね。人口が爆発しても、食糧や資源はさほど増えない)
「…いかにSを…」
(さっそく本題だわ)
「…温度を下げて…」
(食糧危機って地球温暖化のせい? あっ、投機の加熱って事か。確かに冷却が必要よ)
「…フィルター…」
(投機マネーをspamとして排除する訳ね)
「…サンプルを増やして…」
(品種を増やすってこと? そもそも代替燃料のせいでの食糧危機なのに)
「…Nを減らす…」
(げ、これは思わなかった。確かに少子化は地球には優しいわ。でも途上国の口減らしとなると……)
「…閾値を高くして切る…」
(殺すって事? …とすると、わざと食料を高騰させて、飢餓や内戦を煽り……悪魔!)

 思わず席を立ち上がると、回りは理系の奴らばかりだった。 
 どうも変だと、あらためて題目を見直す。
『情報学講座 ——ネットのS/N比の改善に向けて』
 ——しまった。教室を間違えた!



 かつて一度は人間だったもの 作者:mina

契約して悪魔になったはいいけれど、いかんせん、暇。
世にあふれるは天使ばかりで、片側通行でいいかもよをそれぞれに囁くので、天使の讒言で争いは絶えることがない。
悪の道は一本道にして、いまのご時世にあっては、それはまるで6歳児用絵本。
自己啓発的新書的天使の弁舌には到底拮抗しやん。
公園では所在ない悪魔が日光浴をしている。
もっぱらの話題はストレッチとサプリメントで、寿命は果てがなく伸びる絶望。
今日も天使志願者は、資格を得ようとミサイルを落としてゆく。
またひとり、天使が増えたらしいよ。
ヒトデ、って言ったっけ、ヒドラ、って言ったっけ、とにかくそんな名前。
新歓コンパは午後6時からです。



 きみはいってしまうけれども 作者:麻埒コウ

屋敷の大広間で、五人の男女が死体を囲んでいる。死者の横に記された赤い文字を覗き込み、「このメッセージには犯人を示す意図が隠されていると考えられる」と、官能小説家の迅巌 骰涼(じんがん さいりょう)は探偵口調で言った。
「それを解くために、まず意味が多様化してしまう平仮名をこう変換する。“キミは行ってしまうけれども”。離ればなれになっていく男女の心情を表していると言えましょう。——時に霧華さん、あなたは被害者との婚約を破棄して名のある実業家に嫁ぐことになっていた。殺人は過去の清算のため……」「なっ、私じゃありませんわ!出鱈目を言わないで頂戴。この遺言はこう解釈するのが正しいはずよ。“君、歯鋳ってしまうけれども”。これが意味するものは歯の鋳造。つまり、前歯を四本も金歯にしている二階堂さん、あなたが犯人です」「待て、こじつけだ!それなら、こうも解読できる。“公は炒ってしまうけれども”。こいつの“公”は上下をわけて“ハム”と読む。さて、森さん。あなたは火を通さない食物が苦手で、引出物の生ハムすら炒めてしまうんですよぉ(笑)とおっしゃっていた。されば、犯人が誰か、もうおわかりだろう?」「いやいやいや!そんな強引な……。あっ!よく見るとこれ、“い”じゃなくて濁点じゃないでしょうか。すると、“きみばってしまうけれども”となりますね。ふっ、レベッカさん。あなたはイギリス人と日本人のハーフ
だ。コーカソイドに黄色人種の血が混ざる、要するに“黄みばってしまうけれども”となり、メッセージは貴女の犯行を告発しています!」「バ、バカなこと言わないで。そんな理論、私の美白が身の潔白を証明しているわ。私が思うに、これは一度英語に訳すべきね。“君入って”は“your come in”、“しまう”は“close”、“けれども”は“but”。これらのアルファベットをアナグラムで組み立てると、“untime”“tor”“cube”“cool”の単語が拾えるわ。untime=時期が早い・早と類義の漢字である迅、tor=岩山・岩の正字は巌、cube=サイコロ・骰、cool=涼しい・涼。これらの文字を組み合わせると、迅巌骰涼先生、あなたの名前になるのは偶然?」「あ、当たり前だ。ワシは殺しなんてしていない。君が殺ったんだろう!」「いや、あなたがやったのよ!」「断じて!犯人は貴女だ!!」「お前だぁ!」「ガヤガヤ」「ワイワイ」「……」「…」




翌日、朝刊の三面に、金銭のトラブルから殺人を犯した『キミハ・イッテシマウケ・レドモー(28)』というミャンマー人の記事が載った。



 銀天街の神様 作者:たなかなつみ

 どんよりとした重い雲で埋まる空を眺めている。もうすぐあの雲から、大粒の雨が落ちてくるだろう。そしてこの薄暗い街は、降りしきる雨音で灰色に染まるだろう。けれどもその直前、雨が落ちかけるその瞬間、曇天には全面にうっすらと水の膜が張る。その膜は銀色に光り、この地上の、なんの変哲もない街を映し出す。銀天に、街の似姿が出現する。目をこらせば、その銀色の街に立つ、自分の似姿を見つけることもできるだろう。ぼくは目をこらす。神はどこにおわすのだろう。この地上にはいない。そんなことはもうぼくはよく知っている。でなければぼくは、こんなに哀しみにうちひしがれてなんかいないはずだ。あちらの街には神がいて、ぼくの似姿は神の恩恵を受け、笑顔を見せているだろうか。
 天をにらみつけるぼくの顔の上に、雨がぽつぽつと落ち始める。雨粒は大きくなりながら、ぼくの顔を濡らし始める。天上の街は、いま溶けて流れた。ぼくはここで、ずぶ濡れになりながら、自分の足で立っている。神がいてもいなくても。ぼくは、ここに、います。
 ぼくは雨のなか、駆けだした。まだぼくには、この街でできることが残されているから。



 誰よりも速く 作者:脳内亭

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 その他多数 作者:不狼児

 しかしながら、聖霊の無選択は一人の御子のみならず多くの怪物を生んだ。忌まわしい、邪悪なものが大半だったが、中には無辜の幼児達の殺戮を逃れていたら、もしやと思わせる者がなかったわけではない。無頭症の赤子が生き残って立ち上がり、長じて稀代の車引として一生を終えたのは聖霊の種だったのかも知れぬ。
 先頃、空港でスーツケース爆弾の持込容疑で止められた男もその末裔だったのかも知れない。彼が持っていたスーツケースは核爆弾などではなく、神に愛でられなかったため、正式な種類としてはこの世に存在しない生物がいっぱいに詰まった携帯用の箱舟だった。例外と偶然が支配する聖霊の御世にこそ生きるべき彼等に、幸あれかし。空しく地に放たれし、ザーメン!