出てって 作者:脳内亭
はな唄部・くちギター課では今、ジャカジャン派とデデッデ派とによる派閥争いが激化している。すでにヨウオン氏とハツオン氏はジャカジャン派に、ソクオン氏はデデッデ派にそれぞれ取り込まれた。残るダクテン氏にとっては実に頭の痛い事態である。
ダクテン氏は「心まで濁らせず」を信条とし、元より争いは好まない。だが両派にとってダクテン氏は不可欠な存在であり何をもってしても獲得すべしと双方せめぎ合っている。己の所為であるのかとダクテン氏は思い詰めたが、そんな氏の憂鬱をなぐさめてくれる唯一の存在が、ハンダクテンの君であった。
そうしてついに、業を煮やした両派から詰め寄られ、「どちらにもつく気がないなら、即刻ここから失せろ」と罵られたダクテン氏は、翌日その言葉どおりに姿を消した。
結果、シャカシャン派もテテッテ派も気のぬけた炭酸のようにもはや争う力も格好も失い、双方ともあっけなく解散してしまった。
自らが去ることで争いを終わらせたダクテン氏であるが、今どこで何をしているのかはわからない。噂では、共に消えたハンダクテンの君と仲睦まじく、ビバップを奏でているとも、ドゥワップをくちずさんでいるとも。
百年と八日目の蝉 作者:テックスロー
お祖父さんの最期、ねえ…。あなたも知っての通り、お祖父さんはとても穏やかな人だったわ。特にお祖母さんが亡くなってからは、つらいだろうに、そんなそぶりは一つも見せないで、いつもにこにこ笑っていたわ。百歳の誕生日ね。老衰でいよいよ、と聞いて、もしもに備えてずっと布団の横にいた。お祖父さんは苦しそうな顔は全然しないで、息も乱れてなかった。ただ、股間がとても盛り上がっていたの。最初は大きいのかと思って、替えの下着を持って着替えさせたんだけど、違ったの勃起だったの。慌ててパンツを履かせようとするんだけど、もう履かせられないのね。それだけしっかり勃起していて。え? まさか。見てるだけよ。特に苦しそうでもないしね。今思えばお医者様に連絡するべきだったのだろうけど、あまりに穏やかなものだから、それもできず、一週間経ったかしら。月夜ね。カサカサする音で目が覚めると、お祖父さんの先っぽで蝉が羽化しているの。月の光で蝉が羽根を乾かしているの見て、寝ぼけながらも、ああ、お祖父さん、死んじゃうんだなって、わかったわ。朝になって蝉がおしっこしながら飛んでいくのを見て、なんか、似つかわしいな。って、思ったわ。
永遠凝視者 作者:紙男
囚人が一名脱獄した。独房の壁には大きな穴が開いており、そこから外へ逃げ出したと考えられる。
看守は頭を抱えた。「くそっ、道具もなしにどうやって……!」
「不可解な行動は何もなかったのか?」と所長。
「いいえ、特には……。あるとすれば、収容されて以来何かにとり憑かれたように、永遠とあの壁を見つめていたくらいで……」
「! ま、まさか!」
「どうしました?!」
「恐らくやつは『穴が開くほどに』永遠と壁を凝視し続けた結果、本当に視線で穴を開けたやがったんだ!」
「な、なんだってー!?」
投網観光開発 作者:空虹桜
穏やかな風が、沙漠に波のような紋を描くと、少年は、それまで立っていた丘をくだった。
沙鮫のテリトリに踏み入れる、ぎりぎり淵に立つことが少年にはできる。
背負っていた縄を地面へおろすと、少年は20mほどある縄を丹念に広げた。縄の一方には明滅する機械が、もう一方には握り手だろう輪が付けられている。
少年は、軽やかに上半身で円を描き、ストレッチをはじめる。誰もいない沙漠で。沙鮫以外誰もいない。
また風が吹き、一瞬細めた少年の目が、沙紋の中に沙鮫の背鰭を認める。
辛うじて縄が届く距離。
一瞬で判断した少年の肉体は、頭上で数度回してから縄を背鰭へと投げ放つ。明滅する機械からビームが拡散し、沙鮫を包むように広がる。
刹那。
沙鮫は沙漠へと沈み、沙漠の王と言わんばかりに飛び跳ねた。見とれてしまった少年は、しばらく手応えに気づかなかった。
遠ざかる沙鮫に気をつけつつ、少年が縄を引きあげると、凜とした微笑みをたたえた少女が、ビームに包まれていた。
「お願い。海を還して」
「・・・わかってた」
50年後、沙漠を海へ還した少年と少女は、こうして出会った。
かわき、ざわめき、まがまがし 作者:空虹桜
「今夜も『the 和 make it』! お相手はトニーと」
「アンナです。ねぇトニー。今日はどうmake itするの?」
「真窯菓子の『茶碗蒸し』で、和のPUDDINGをmake itだ」
「WAO!」
「まずは下拵えだ。材料・分量はこの通り。まず、鶏肉を小さめに切ったら、さっと熱湯をかけ、塩ひとつまみを揉み込んでくれ」
「OK。トニー。Sweetsなのにお肉を入れるのね」
「これぞ、fantastic和!他にも、椎茸と百合根、三つ葉を切って、海老を塩茹でする」
「『百合根』ってcuteね」
「THE和って感じだね。OK。次に、アンナは卵を溶いてくれ」
「どれぐらい溶けばいいの?」
「日本人の肌色ぐらいかな。ハハハ。僕は窯の火を熾して水を過沸きさせるよ。そして、冷ました出汁に醤油と塩を溶かして混ぜるんだ」
「トニー、もう疲れた。これぐらいでどう?」
「GOOD! じゃあ、僕は調味した出汁とあわせて一度漉す。アンナは茶碗に下拵えした具を盛ってくれ」
「宝物を埋めるみたい!」
「漉した卵液をそっと注いで蒸すんだけど、残念。実食は明日にお預けだ。SEE YOU!」
P 作者:瀬川潮♭
夜空の星が全て落ちてきた。
「実は宇宙は一つの大きな果樹園ですから」
天文台に問い合わせると職員はそう答えた。いまひとつ納得できなかったけど落ちてきた赤い星を一つ手にすることができたので納得しておくことにする。
それをかじると、瞬間的な華やかさが口に広がった。のち、寂しく衰退していく感覚。自然に涙が落ちるような、不思議な味だった。あるいは、慣れ親しんだ味なのかもしれない。
一方、実の落ちる季節の終わった夜空には新たな星たちが輝くようになっていた。いずれも星一つの形がPの字。だと思う。自信がないのは星が大きかったり小さかったりするから。Cの字だと視力検査ができそう。
「だからといって、太陽はじっくり見ないでくださいね」
問い合わせた天文台職員の言葉。
はっと気付いて見上げた東の山から昇った太陽は、Pだった。
まったく見たことのない光景。
新しい朝だ。
どこか心の弾む新しいPちにちが、始まる。