500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 正選王・逆選王 > 2018年度逆選王作品一覧


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 風えらび 作者:瀬川潮♭

 大陸の端にある村には強い風が吹く。
 村で唯一の農作物はたわわに実る小麦。農家には必ず風車が一基、備えられている。
 風車がよく回るかは、その家の娘の器量による。
 一際強い西風の神の息子たちは面食いなのだ。軽薄な笑い声を伴って村中を吹き荒れ、特に気に入った娘のいる家の風車を戯れによく回す。彼らが好むのは棒きれのような肢体に細く長い金色の髪、まん丸な緑色の目。
 だから、アンヌの家の風車はそれほど回らない。
 どうしてもっと器量よしに生んでくれなかったの、と両親を問い詰めてもなんの意味もないことはもうわかっている。
 来る日も来る日も足りない風を補うためにアンヌは風車を回す。掌の皮膚は厚くなり、肩はがっちりと肉付き、より一層神に好まれる娘からは遠ざかる。しかし、それでもいいのだ。神の風が回しても、アンヌの腕が回しても、麦は挽けて、粉になり、パンになる。
 やがて大きな雷が落ちて、人と神は仲違いした。
 神の息子たちはとんと村を訪れなくなり、風はやんだ。村人は嘆き、悲しみ、大量の収穫を前に途方に暮れた。
 アンヌの家の風車だけが今日も変わらず回っている。



 エとセとラ 作者:つとむュー

鉛筆と 染筆どちらも 乱筆ね

「なかなかやるわね、江川さん」
「詠んだ内容は救い難いけどね。次は瀬川さんの番よ」
「なになに? 何やってんの?」

得たいなら 世態を気にせず 裸体よね

「やっぱり最終兵器はこれでしょ」
「まあね。次いくわよ」
「川柳大会? 仲間に入れてよ〜」

エイト付け 生徒が守った ライトゾーン

「最後が字余りね。それにエイトを付けるのはセンターではなくて?」
「そうよ。だってこれは大谷シフトを詠んだ句だもの」
「もう、無視しないでよっ!」
「では、あなたもやってみる?」
「ルールはわかってるよね?」
「なんとなく。じゃあ、いくよ!」

江川変 瀬川も変だよ 俺ラガー

「男かよっ!」
「俳句かよっ!」



 明日の猫へ 作者:麻埒コウ

 明日とは、過去だ。
 果てしなき時の果てから回想される記憶の断片だ。
 観測される総てのデータをアーカイブすることで、汎ゆる時間は過去の総体となる。

 黒猫が言った。
「not私有財産! 細胞マルキスト!」
 白猫が言った。
「もっとしようか死姦! 解剖マゾヒスト!」

 赤猫が言った。
「音楽っていうのは、時に刻む数式なんだよ」
 青猫が言った。
「じゃあ、数式は時に刻まれる音楽なの?」

 銀猫が言った。
「三千世界の主を殺し、鴉と添寝がしてみたい」

 緑猫が言った。
「毛をむしった裸の姿でも愛してくれるよ。ねえ、きっと……」

 黄猫が言った。
「一人で笑うよりは、二人で泣いたほうがいいでしょう」

 アオザイを着た鼠が集まってくる。九匹の鼠が手を上げる。
 灰猫が言った。
「三匹!」
 七匹の鼠が手を上げる。
 灰猫が言った。
「二十六匹!」


 因果は循環する。
 猫が原因となって引き起こした結果は、結果が引き起こした原因という猫になる。

 猫模様の模様の模様。
 猫関係の関係の関係。
 猫観察の観察の観察。
 猫原理の原理の原理。

 因果は循環する。
 模様は循環し、関係は循環し、観察は循環し、原理は循環する。
 明日が、過去になる。



 ぺぺぺぺぺ 作者:森野照葉

『母、危篤。ペペペペペ』
 その手紙が届いた翌日の朝、私はパパにその手紙を見せて言った。

「ぺぺぺぺぺって何?」

パパは何も言わずに私の手を引いて車に乗せた。自分は運転席に座って車を走らせ、母との思い出を語り始めた。

「母さんはパターが上手かった。穴にボールが吸い寄せられるみたいに、とても上手にパターを打った。パッティングの名手である母さんに対して僕はね、球子。ペッティングの名手と呼ばれていたんだ」
 「は?」
「まぁ、結果的に僕のアイアンが母さんのホールに吸い寄せられて、ワンしたわけなんだけど」
 「ちょっと止めてよ」と私は父の言葉を制した。「どうしてそんなことを言い出すの?」

父は真剣な表情で「ぺぺぺぺぺはね、5本のクラブと5本のゴルフボールのことさ。母さんは僕にずっと内緒にしていたんだよ」
 私は呆れて言葉も出なかった。車は名の知れない森を走っている。父は何かを悟った様子で、
「もうすぐ僕と球子も天国にホールインワンだ。その前にね、球子。君は僕の本当の娘じゃないんだ」
 ふいに体が軽くなった。車が宙を飛んでいる。
「私は何人目?」
 父は、じっと海面を見つめて、
「四人目の子だ。球子、母さん、浮気してるぞ」  ぺぺぺぺか。



 魚と眠る 作者:紙男

暑苦しい夜に、寝袋型冷凍マグロ。
今なら抱き枕型冷凍マグロもプレゼント!



 テーマは自由 作者:脳内亭(仮)

                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    
                    



 タルタルソース 作者:雪雪

文明の爛熟期においても、味をレコードすることはできなかった。サーモンは滅び、サーモンの味は復活していない。
不満足な昼食の後、研究室に戻ると机の上に調味料の瓶が立っていた。ラベルにマジックで「電報」と書いてある。かわいい字だ。
謎かけが好きな復活技師の娘から、次に誰をやるかの報せだろう。

前回ガロアをやった間宮はエルデシュを。宝井とカシュカナンは協力して、津々見が前回失敗したウィトゲンシュタインを。津々見はリベルタリアのキャプテン・ミッションをやると報告を受けていた。
瓶で報告してきた樽田は、前々回私を復活させた当人である。謎はすぐに解けた。彼か。私と噛み合わせようということか。
復活者には母語補正付きで日本語が刷り込まれる。彼と私の間には未決着の問題がいろいろあるけれど日本語で話せば、思わぬ筋道にしけこむこともできよう。

地球上に林檎の虫喰い穴のように残った、かすかな、しかし最大の文明圏である日本に、歴史上の叡智が集められている。集められた側の私が言うのは不遜だが。
ノックの音がした。
樽田は天才だ。仕事が早い。
ノックの音色だけで懐かしい彼の来訪を確信したが声を聞いて確信するのとほぼ同時だった。
「いるのか。ヴォルテール」