500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 ぺぺぺぺぺ 作者:五十嵐彪太

 雪の上に、見慣れない足跡がある。いや、本当に足跡なのかどうかはわからない。しかし、ひとまず足跡と呼ぶのが適切な気がする。
 「ペ」と読める。カタカナか、ひらがなかは、わからない。
 それは等間隔で続いている。追いかけようかと思ったが、隣家の畑の上を歩くことになるのでやめた。

 夜道、後ろから聞き慣れない足音がする。「ぺたん」でも「ぺこ」でもなく、ただ「ペ」だ。
 いつかの冬、雪の上に見た足跡の主だろうと思う。この音は「ひらがなだ」と、わかる。
 振り返って姿を見てやろうと思ったが、途端、右へ曲がってしまった。隣家の畑の方角だ。矢張り、あの足跡の主だと確信する。



 魚と眠る 作者:脳内亭

 ドーナツフィッシュを飼っている。細長いからだをひたすらに旋回させてきれいな円を描く様からその名がつく。そして四方に入り組んだギザギザのひれが水を切り、回れば回るほどに豊かな旋律を響かせる。品種ごとの共通性はあれども、その音色や旋律は、一匹一匹で異なる。それ故にコレクターが世界中にいて、かつては私もその端くれだった。
 今は水槽に一匹だけが泳いでいる。アスールという種で、ブリードはさほど稀少でもないが、ワイルド種は珍しい。淡々と、物憂くも甘い旋律を水槽のなか刻みつけるこの一匹さえいれば、今の私には十分である。ナナという名をつけた。
 日に三度、ナナは回る。朝と昼とそして夜、眠る前だ。ひとしきり回り終えると、ナナは眠る。その旋律が鳴りやむのを認めて後、私も眠りにつく。
 鳴りやむ前に寝入ってしまうことも、近頃は増えてきた。昔に比べ、旋律もずいぶんとゆったりしてきたようにおもえる。ナナも私も、歳をとった。
 ベッドに横たわり、まどろみながら耳を傾ける。やがて見るのは虹の夢だ。ナナ。妻の名。おやすみ、ナナ。



 テーマは自由 作者:海音寺ジョー

全てが空振り、のような日曜日。
立ち読みするためだけに、電車に乗って町へ行く。



 タルタルソース 作者:氷砂糖

 少しだけおしゃれ。新しいニット。流行りのグレンチェックパンツは、今日着たら通学用にしようと思う。どのイヤリングを合わせようかとか、コートはこれでいいかなとか、お化粧も派手すぎないくらいに。まるでデートみたい。
 一人で来るのが夢だった洋食店。ちょっと背伸び。
「お待たせ致しました」
 目の前にお皿が置かれ、思わずスマートフォンを手に取ろうとして我に返る。そういうことをしに来たんじゃない。そういうことは似つかわしくない。
 ナイフを入れるとサクッと心地良い音がして、きつね色の厚すぎない衣の中にエビ。
 これは全部わたしのもの。この時間もわたしだけのもの。たらふく味わっていいんだ。このミックスフライセットも、これを食べる時間も。
 ナイフでタルタルソースを掬う。ゆで卵が入っていなくてラッキョウが入っているのが特徴らしい。たっぷりと擦り付ける。ほおばる。ほら、素晴らしくおいしい。さっくりした衣とぷりぷりのエビがもちろんおいしい。けれどソースがそれを引き立てる。
 一人の時間はみじん切りの自由。きっと人生はエビフライを楽しむようなこと。大人の女性になりたくて。おいしいことたくさん、夢だらけの大人に。



 タルタルソース 作者:海音寺ジョー

 タルタル島のタルタル人は世界中から愛されている。それは相槌を打つのが無双に上手だからだ。
「そうっすねー」
「そうっすかっ?」
「そうっすよねー!」
 実に的確に絶妙のタイミングで実感込めて打ってくれる。ほんとにほんとに、自分の話を聴いてくれるのは嬉しいものだ。
 相槌を打つ時の、たるっとした笑顔も魅力。