500文字の心臓

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短さは蝶だ。短さは未来だ。

 風えらび 作者:水池亘

 夕暮れの陽の中、色とりどりの綿飴が並んでいる。黄、緑、紫……それこそ、無数に。僕はしばしあっけに取られた。お祭りってすごいなあ。感心しながら、僕は青色の綿飴を手に取った。でもお母さんが「青はやめなさい」と言う。どうして? 「青の綿飴は冷たい風で出来てるの。食べると体を悪くしてしまうわ」じゃあ赤色は? 「赤の綿飴は血の混じった風で出来てるの。食べると誰かに暴力を振るってしまうわ」そうやってお母さんは次々に綿飴を否定していった。店のおじさんは何も言わないでただぼうっと空を見つめている。じゃあ白色は? 「白の綿飴は澄み切った風で出来てるの。食べると同じ風になってしまうわ」やがて夕焼けが闇に消えてゆく。



 エとセとラ 作者:磯村咲

十二支の起源である。
その先着順が告げられていた元旦、最初に神前に立ったのはエクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングだった。たまたま近くで年越しをしており、勢いでやってきたのだ。
神様は頭を抱えた。十二支、定着せんだろ、面倒臭いのが3匹も冒頭におったら。

そこに牛がやってきた。牛の背中からぴょーんと飛び降りツーと神様の直前まで進んだ鼠が、私端からここにいましたという顔をした。
勿論鼠の詐術が通じる相手ではない。だが神様は天啓を得た。
「鼠、お前が一番乗りだな。その後ろのエクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングは鼠のようなものだ。よって最初の動物は鼠とする。2番目は牛。よいな。」

エクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングからはブーイングの嵐。
「では1番目は鼠等としよう。」
神様は譲歩した。
「等とはどういうことですか?」
3匹は首をかしげた。
エクアドルウーリーオポッサムとセネガルカミンマウスとラブラドルクビワレミングと繰り返すのが面倒な神様は言った。
「等とはエとセとラだ。」

etc.の起源である。



 明日の猫へ 作者:磯村咲

父が遺した家で伯父が遺した猫と暮らしてきた。

伯父の死去を連絡してきた弁護士から1通の指示書を受け取った。同時に相続人はあなた1人なので従おうと従うまいと遺産はあなたのものですとも言われた。
指示は猫の餌やりに関するものだった。
9つある洋間のうち8部屋が対象である。毎晩ランダムにひと部屋を選び餌と水を置く。猫が餌を食べようと食べまいと翌朝には片付ける。餌の種類は問わない。
それだけだった。
伯父が亡くなってからの数日は弁護士が代行したそうだ。そうした依頼なので。それ以上の説明はなかった。

伯父の意図は分からないもののなんだか面白くて餌やりを続けていた。4次元に属すると思われる猫と交流する感情が芽生えつつあったここにきてカザフスタンへ転勤が決まった。
家は貸すか売るか不動産屋に相談中だが猫は連れて行きたい。通常のペットと違い検疫など必要ないがそれでもいきなり外国の見知らぬ部屋に餌を食べにくるものだろうか。
今更ながらに伯父はどんな気持ちで指示書を作ったのか考えている。猫は家につくと言う。新しい住人に指示書を託す方がよいのか決めかねている。



 ぺぺぺぺぺ 作者:五十嵐彪太

 雪の上に、見慣れない足跡がある。いや、本当に足跡なのかどうかはわからない。しかし、ひとまず足跡と呼ぶのが適切な気がする。
 「ペ」と読める。カタカナか、ひらがなかは、わからない。
 それは等間隔で続いている。追いかけようかと思ったが、隣家の畑の上を歩くことになるのでやめた。

 夜道、後ろから聞き慣れない足音がする。「ぺたん」でも「ぺこ」でもなく、ただ「ペ」だ。
 いつかの冬、雪の上に見た足跡の主だろうと思う。この音は「ひらがなだ」と、わかる。
 振り返って姿を見てやろうと思ったが、途端、右へ曲がってしまった。隣家の畑の方角だ。矢張り、あの足跡の主だと確信する。



 魚と眠る 作者:脳内亭

 ドーナツフィッシュを飼っている。細長いからだをひたすらに旋回させてきれいな円を描く様からその名がつく。そして四方に入り組んだギザギザのひれが水を切り、回れば回るほどに豊かな旋律を響かせる。品種ごとの共通性はあれども、その音色や旋律は、一匹一匹で異なる。それ故にコレクターが世界中にいて、かつては私もその端くれだった。
 今は水槽に一匹だけが泳いでいる。アスールという種で、ブリードはさほど稀少でもないが、ワイルド種は珍しい。淡々と、物憂くも甘い旋律を水槽のなか刻みつけるこの一匹さえいれば、今の私には十分である。ナナという名をつけた。
 日に三度、ナナは回る。朝と昼とそして夜、眠る前だ。ひとしきり回り終えると、ナナは眠る。その旋律が鳴りやむのを認めて後、私も眠りにつく。
 鳴りやむ前に寝入ってしまうことも、近頃は増えてきた。昔に比べ、旋律もずいぶんとゆったりしてきたようにおもえる。ナナも私も、歳をとった。
 ベッドに横たわり、まどろみながら耳を傾ける。やがて見るのは虹の夢だ。ナナ。妻の名。おやすみ、ナナ。



 テーマは自由 作者:海音寺ジョー

全てが空振り、のような日曜日。
立ち読みするためだけに、電車に乗って町へ行く。



 タルタルソース 作者:氷砂糖

 少しだけおしゃれ。新しいニット。流行りのグレンチェックパンツは、今日着たら通学用にしようと思う。どのイヤリングを合わせようかとか、コートはこれでいいかなとか、お化粧も派手すぎないくらいに。まるでデートみたい。
 一人で来るのが夢だった洋食店。ちょっと背伸び。
「お待たせ致しました」
 目の前にお皿が置かれ、思わずスマートフォンを手に取ろうとして我に返る。そういうことをしに来たんじゃない。そういうことは似つかわしくない。
 ナイフを入れるとサクッと心地良い音がして、きつね色の厚すぎない衣の中にエビ。
 これは全部わたしのもの。この時間もわたしだけのもの。たらふく味わっていいんだ。このミックスフライセットも、これを食べる時間も。
 ナイフでタルタルソースを掬う。ゆで卵が入っていなくてラッキョウが入っているのが特徴らしい。たっぷりと擦り付ける。ほおばる。ほら、素晴らしくおいしい。さっくりした衣とぷりぷりのエビがもちろんおいしい。けれどソースがそれを引き立てる。
 一人の時間はみじん切りの自由。きっと人生はエビフライを楽しむようなこと。大人の女性になりたくて。おいしいことたくさん、夢だらけの大人に。



 タルタルソース 作者:海音寺ジョー

 タルタル島のタルタル人は世界中から愛されている。それは相槌を打つのが無双に上手だからだ。
「そうっすねー」
「そうっすかっ?」
「そうっすよねー!」
 実に的確に絶妙のタイミングで実感込めて打ってくれる。ほんとにほんとに、自分の話を聴いてくれるのは嬉しいものだ。
 相槌を打つ時の、たるっとした笑顔も魅力。