500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 正選王・逆選王 > 2020年度逆選王作品一覧


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 鶏が先 作者:磯村咲

 だって、テレビを点けたらたまたまバラエティ番組で、出演者がそのフレーズを使ったんだ。彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「知ってる言葉があるからって、安易に口にし過ぎでしょ。例えとして雑すぎる。」
そして続けた。
「問いに答えられないことをもって、はい論破、という輩には、それが矛盾を突くどころではなく単に意味のない問いであることが分からないんだ。その体系内で成り立たないような問いが全部無意味だということではないよ。でもそれは体系に外がある視点を持ち得る限りであって、真偽を問えるような話ではないよね。」
 止まらないねえ。ポイントの切り替えを試みる。
「あー、じゃあ問いが意味をもつように条件を加えていくのはどう?例えば親子丼ならどう?」
「そこまで限定すると狭義の経験則が適用できるけれど、当初の問いとは全く別物になったねえ。」
 狭義の経験則を適用して答えて欲しかったのに、答えへの到達を終点にしたかったのに、彼女は条件を加えるということ、条件を外すということについて話し続けている。
 言葉が先か疑問が先か、存在が先か言葉が先か。澱みない言葉の先にはあるのであろう彼女の存在が曖昧になっていく。



 パステルカラーの神様 作者:空虹桜

「八百万の国だば『クセンコムシ』おってもおがしぐねべよ」
「知らないし、ツッコミどこ多すぎるし」
 クセンコムシて。
 JKの肩乗んな。
 カメムシにしては綺麗だけど、臭いよ。カメムシ。
 肩乗んな。
「うだでうだでもだばな。一部さ切り取ったら存外うだで言っててらいねがら、白黒ハッキリささね」
「黙れ。エセ津軽弁」
 ググったらちゃんとヒットした。クセンコムシ。
 とはいえ、アイツらは全員死ねばいい。
 心底呪詛するわたしはもっと。
「『算数みたいに割り切れね』言うやずだば、『絶対安全って言い切れる?』言うはんで、だども数学だば、わがんねこと『x』にして、わがんねまま扱えるっきゃよ。箱さ入れてまえば、猫は生きてんだぴょん」
「でも、勝手にわたしの裏垢作って、ウリやってるとか言いふらすぴょん」
 誰がこんな田舎でウるか。
 ぴょん伝染った。
 で、津軽って何処?
「わば見てみ。わの色は青や黄色で作れね。いが? 色だば色相、彩度、明度。三属性あんべ」
 カメムシが賢しい。妙な説得力。
 赦せって?
 正しさより、わたしを守れよ。
「説教臭い」
「せば、クセンコムシだっきゃよ」



 パステルカラーの神様 作者:はやみかつとし

 髪を染めた。虹色に輝くだけでは少し圧が強すぎて引かれるかもと思ったから、全体に明度を上げて、彩度は気持ち下げて、軽くしてみた。勇気が足りない、って言われたし、自分でもそうかな、日和ってるかな、と少し思う。でもこんな世の中じゃ、少しでも受け入れられやすいほうから始めるしかないよね。きっと神様だってそれはわかってくれる。だから私は今日から、このふんわりした髪の色を旗印にして、でもここから一歩も退かないたたかいを生きるんだ、ずっと、ずっと。



 パステルカラーの神様 作者:永子

 長く長ァくのびるビルの影に、ぼんやりとしたシルエットだけの鴎が飛び交っていました。
 前方を見ると、淡い滝。もしかしてだまし絵の川だったのなら架空なわたしはくすくす笑うでしょうけれど、ずうっと遠ざかって見えなくならないといけない運命の流れがうっすら浮かび上がっています。日に日に近づいてきている気さえします。
 案外あたたかな三途の川を、渡らないで歩いたり本を読んだり考えたりなどしているうちに、ホームのアーク灯が、こう、ぽっぽっと点って、あの赤い珊瑚のカンザシなんかとっくに捨てたっけ。
 とぷんと飛びこみ、あやふやでやわらかに連ねる。



 川を下る 作者:

「いつか書きたいと思ってたネタなんですけど」
「とりあえず聞きましょう」
「ウチの田舎に約80kmの川があるんです。人工の」
「人工?」
「正式には『北海幹線用水路』っていうんですけど、自然流下で灌漑用水を石狩平野に流してる」
「へぇ。それで?
 なにを書くんです?」
「地の話を。北海頭首工にある北海水神宮から焼山水路橋にペンケ水路橋、光珠内調整池や市来知幹線を経由し、夕張川揚水と合流して、終点の農業用水路に接続されるまでを」
「誰が読むんですか?」
「ですよねぇ・・・『川の名前』や『サマーバケーションEP』には長すぎるし。『鉄塔 武蔵野線』ならいけるかな?
 でも、川の周りには文明があって、ミシシッピ川筆頭に音楽があるんです。『神田川』じゃないけど、たとえば三笠通るから『北海盆踊り』とか、ウチの田舎だったら『火噸節』とか」
「マイナ過ぎですよ」
「でも、地の音楽を誰かがちゃんと綴らないと」
「それは文化人類学とかの領分じゃ無いですか?」
「売り上げだけだったら『遠野物語』は同人誌ですよから」
「だいぶ上からですね」
「物書き名乗ってるんだから、恥ずかしげなんかとっくに捨ててます」



 お返事できずすみません 作者:磯村咲

 混入があったようだ。世界は変わった。ゼリーのような沼のようなである。言葉も思考も重力に関係なく全方向に沈んでいく。
 ゼリーの運動を記述できる新しい文法を作っています。そうして相殺しないと言葉を送り出すことができません。どこにも自分にさえも届かないのです。



 その瞬間 作者:なな

太陽が遠ざかった。世界は闇と氷雪に閉ざされた。一部の生命体が、精神と肉体を急激に変化させた。新たな世界の環境に耐えうるようにと。変化の過程での絶命もあった。細い細い光をつなげるように、命たちはまたたきつづけた。



 バタフライ効果 作者:雪雪

現在、あなたがこの短い一文を読んでいることは確実である。
もはやこの一文を読まなかったらたどったであろう人生に、二度と戻ることはできない。

人生は、あらゆる局面で初期値に鋭敏である。
人生には奇跡しか起こらない。

客観的な現在は存在しない。
現在は局所的である。
この文字列を読んでいるこの現在は、あなたの観測によって収縮した、あなたのプライベートな現在である。
あなたの周囲にいる人が、同じ現在を共有している必然性はない。きっとその人は、その人の人生のどこかの一瞬にいるはずだ。あなたにとっての過去か未来に。
そこにあなたがいないこともありうる。
つまりあなたがすでに死んでいる分岐も無数にあっただろうから。

しかしあなたの意識は、観測が可能な経路が存在する限りそれを観測する。あなたが生きている可能性がどんなに小さくなっても、生きている確率がある限り意識は、あなたがいる世界にいる。
ゆえに主観的にはあなたは死なない。

無数の蝶の羽ばたきの海の中を飛ぶ蝶のように、自身の観測によって現実化したひとすじの軌跡を描きながらあなたは、どこまでもどこまでも飛び続ける。
留まる花はない。