500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第17回:ことり


短さは蝶だ。短さは未来だ。

それはとても静かな朝だった。私は枕元に囁く雨音で目を覚ました。霧のような雨が降る庭先には、まだ紫陽花の顔を見かけない。もちろんカタツムリ君も。私は懐かしい旧友に会えないような寂しさを感じた。そのせいなのか、知らぬ間にラジオに手が伸びていた。

 今年は大祭のせいか国中が熱気でとても暑い。でも私の庭先はそれを感じさせない空間であった。しばらくすると、庭先に小鳥が舞い降りた。私はその小鳥達をじっと眺めていた。やがて一羽の小鳥がミミズを発見した。すると、もう一羽がそれを奪おうと嘴で巧みに攻撃する。それをフェイントでもって交わす小鳥。そして、もう一羽もう一羽と戦いに加わり、一匹のミミズを奪い合う。 私は無意識のうちに小鳥達の死闘に熱中していた。

 エースストライカーがついにミミズを捕らえ羽搏こうとした。その時、すぐ近くにいたディフェンダーが羽を銜えた。離陸に失敗したエースは見事に地面に叩き付けられた。「ピッピーッ」ラジオから反則の笛が吹かれた。『あきらかに反則だ』私は奴に向かってブーイングしてみせた。そこで試合は終了した。あれほど熱狂した私のスタジアムに、もう小鳥はいなかった。『でも、ありがとう』 私はその日、庭に米つぶを撒いた。



 手のひらでそおっと包む。丸く柔らかなぬくもり。トクトクと音をたてて。不完全な未来の設計図。生物のソフトウエア。寒いときゅーんと縮まり、温かいとのっぺり肥大する愛しい子。私の半分が隠された秘密の場所。してほしいようにしてあげる。祈りと共に手のひらで包み込む。頬ずりし、キスする。さあ飛び立つのよ。新しい宇宙に向かって!



安穏とした世界での暮らしに満足しているつもりだったのに、
私の中にはいつのまにかいろいろな感情が積もり積もって、
肩甲骨のあたりから今にも表へ噴出していきそうです。
めりめり、めきめき、べきべき。

積もり積もった感情の一つ一つは、羽毛のように小さく軽いものでしたが、
それらは体中の毛穴という毛穴からふつふつと湧き出して、
いつのまにか全身を覆っています。
肩甲骨のあたりには隠し続けてきた想いが凝り固まり、
とうとう形を成して背中の皮膚を破って姿を表してきました。
めりめり、めきめき、べきべき。

気付くと私は一羽のことりになって、空へと飛び立っていました。



子取り婆のツルさんは早速仕事に取り掛かった。新しい命を咲かすための手伝いをしているのだ。

難儀の末、穴からコトリと落ちた命は、「ピヨピヨ」と悲しい泣き声を上げた。
困ったツルさん、生まれたてのそれを口に運び、ひとかじりして飲み込んでしまう。
口の中には新鮮な味が広がった。

「ああ、私の可愛い『陰子』……」
「今度名前を付ける時には『鈴芽』にしなさいね」
そう言ってツルさんは、悲しみに暮れる母親を慰め、ついでにハサミで彼女の舌を切った。
しかしまだ、お腹の膨らみは直らない。何故なら、膨らんでいる原因は瘤だったからだ。

「あれまあ、これなら爺さんの出番だ」
今日も庭には桜の花が咲いている。



 ある夕方の空にことりが飛んでた。空の果てを目指して飛んでた。
 その姿はなんだか寂しげで、ちょっとだけ切なくなった。

 ことりが木の枝に止まってた。か細い声で鳴いてた。ひとりぼっちで、いつか迎えに来る誰かを待っているかのように、そのことりは精一杯に鳴いてた。
 また、切なくなった。

 ことりが土の上を歩いていた。ピョコピョコと飛び跳ねながら。でも、その背中はどこか哀愁を漂わせてた。
 またまた、切なくなった。

 そうだよね、こんな日は切なすぎるよね。今まで一緒にいてくれたあなたに、別れを告げられちゃったんだもん。
 ずっとずっと一緒にいたかったのに。
 だからかな? 普段は楽しげに鳴いてるかわいいことりも、今日は私を哀れな目で見ているような気がするよ。



人生に何の光明も見出せないままに、
このまま朽ち果てるのかと、
いや、そうはさせない。そのような死に方はしないぞ、
と何度もいいきかせ。
そこで出した結論が「ことり」になること。
ことり、といっても悪い事をするのではない。
子盗りでも子取りでもなく、ことりなのだ。
ことりになって社会に貢献するのだ。
ことりとは何をするか、今はいえない。
人生に確かな目標ができた。さあ、突き進むぞ。



 今、聴こえた。
きみの気持ちがうごく音。



 その時計はゼンマイ仕掛けで動く。3時ちょうどになると、カラクリ仕掛けの鳥が、顔を出す仕組みだ。
  ことり、ことり
 鳥は、歯車を回しながら、徐々に前方に押し出されてくる。少女はきりきりとネジを巻き、時計の針を3時に合わせる。
  ことりことり
 ふと少女は自分の胸に目を留める。木製の大きなネジが、ブラウスの隙間を突き破って見える。少女は両手でそのネジをぎぎと回す。
 カラクリ仕掛けで少女の頭部が開く。歯車を回しながら、徐々に前方に押し出されてくる。小さく歪み、赤く汚れたこども。誰もそれを受けとめはしない。流れるこども。
  ことり、ことり、ことり
 すべてを流しつくすと、少女の頭部は閉じ、時計の扉も閉まる。少女の頭部から流れ出たものを掃除婦が掃き清めると、お茶の時間。



カッタン トッタン アイタイ アイタイ

機織の音がやむと

ことりは今日も、子供を捜しに山からでてくる。
自分の若さを命を保つために子供が必要なのだ。
織った羽織をきて子供にちかづき攫うのだった。
そして、山に戻っては機を織る。

カッタン トッタン アイタイ アイタイ

カッタン トッタン アイタイ アイタイ



ことりいつもえだにひとり
あるひえだにめどりやどり
かなりふとりはねはみどり
ことりほれてえだにおどり
されどめどりつんときどり
ことりさらにほれておどり
されどめどりとんできえた
ことりないてないてひとり
あるひことりえだをぽとり
ことりおちたみずのほとり
めどりもどりことりみとり
ことりゆめでめどりめとり
ことりゆめでおどりおどり
ことりうたいうたうことり



 私は気くばりの男だ。年に二度ほどそう言われるのだ。そう言うのは決まって、「あの人は気くばりの人ね」と言われる人だ。気くばりの人にしかわからないさりげない気くばり、気をくばっていると凡人には気づかせぬ気くばりこそ気くばりの中の気くばりだ。通好みの気くばり。それが私だ。
 気くばりと気づかれぬ気くばりほど報われぬものはない。「ストレスたまらないでしょう」「お前は楽でいいなあ」と言われる。「気の利かない奴だ」とさえ言われる。冗談じゃあない、無駄な気をつかわせぬよう自然体でいることがどれほど内心の不自然を強いるか。無神経な凡人どもには一生理解できないだろう。疲れ果て、会社を辞めた。職を転々とし、事業を興した。インターネットでことり売買を仲介する会社だ。ぴよぴよ。



「掛けるほどの金もない。
 懸けて惜しまれるような命でもない。
 だから俺は勝負に賭けるのだ」

 "ことり"と呼ばれていた、
 部隊で一番小さな男は
 身に巻き付けた導火線に火を点け、
 20秒後、
 4135人を巻き添えにして
 闇夜への口火を切った。



 「別れる、切れるは小鳥の時にいう言葉。ことりとなった今は一生、あなた様と添い遂げとう存じます。」
「解っておくれ、人間は人間と、知性を持った鳥はやはり同じ鳥と一緒になるのが一番なんだよ。」
納得せぬままにことりは涙ぐみ、別れる時が来た。ことりは静かに出て行った。
ことりの羽根が一枚、名残惜しそうに残されていた。
「ことりよ健やかでいておくれ。」、私はただ、ことりの幸せを願うのみであった。



 あ。聞こえちゃったかな。
 ハートが落ちた音。



ひとりのさとり、
ことりをみとり、
ことばをぽつり、
そとばをごとり。

ひとりのさとり、
ひとみがきらり、
しとみがゆらり、
しげみにふらり。

ひとりのさとり、
ほとりにひとり。
ざぶりとひとつ、
かぶりをこすり。

ひとりのさとり、
ひのきをけずり、
にこりとこくり。
さとりのことり。



 ことりコトコト煮こんで食べよう。ジックリコトコト煮こんで食べよう。ことりはいい。軟らかな肉の未熟な舌触りが、わたしの胸をザワザワと擽るから。
 おおどりは駄目、全然駄目。肉は硬いし筋張ってるし、臭いも変だし食い合わせも酷い。中には食べた相手を呪い殺そうとする輩までいる。美味しい思いをしたがために呪われるというのであればまだ納得できるが、最後の晩餐を最低な肉で締め括らなければならないなんて、いくらなんでも最悪すぎないか?
 その点、ことりは安心。純真無垢なその魂には、少しの毒も含まれていない。誰かを呪うなんて発想、最初から持ち合わせていないんだ。
 元気の良さそうなところを三羽ほど選んだら、大振りの銀鍋にタップリと水を入れる。最初は弱火でゆるゆると。ピーピピーピと五月蝿いときは、談笑を交えながら気分を紛らわせてやるといい。掌を重ねて、おおどりを型作ってやってもいいだろう。ホームシック気味のやつには効果があるんじゃないか。
 湯気が見えたら頃合いだ、素早い手つきで、クビを捻る! クビを捻る! クビを捻る! 終わったら強火で一気にやっつける。味つけは塩胡椒でパッパッパッ。
 そうして出来上がったことり料理は、本来なら時間をかけてゆっくりと味わいたいところだが、ここから先は急がなければならない。骨まで残らず食べ尽くさないと、嗅ぎつけたおおどりが復讐に来るからだ。
 まあ、最後の晩餐を美味しい肉で締め括れるのであれば、それも吝かではないかな。



懐胎と堕胎を永遠近く繰り返して
カタルシスすら失った刹那に陽は
誕生落世するはずがいつの間にか
古都裏の虎囚寺に暮す琴売に成り
ララとリリなる双児神の輪に成り
幼時から親の亡い孤独な鳥に成り
あれまあ語りはをかしに届いたね
何故そう思うか?陰はもうすでに
このコトリの理のとりこであって
残り五通りにも及ぶ事繰り続けて
次は小太りの狐と狸の子捕に成る
おいおい何度もは厭だと陽は断り
此処と離れて其処に到らない様に
全よりも個と利の精神が必要だと
布留部弧斗里止布留部と言振りん



 マモルは、苦しくて苦しくてたまらない。ナナに恋いこがれていたからだ。
 酔っぱらいの亭主は、ジンボトルをテーブルに置く。
 人妻のナナは、告白を拒絶する。本心はマモルを愛していたけれど。

 銃声が響く。
 九時間経ったとき、マモルの握っていたピストルがことりと落ちる。



 闇の中、耳元で空気が切り裂かれ、警部は小さく呻くとそちらを向いた。
「あっ、現れたな!」
「こ!コミカルで」
「と!トラブルで」
「り!リーズナブルな窃盗団」
『俺たちLB is Little Birdただいま参上!』
 ちなみに、コースケ・トシヒロ・リンコの頭文字を並べると「ことり」に
なると気づいたスチャダラパーファンのリンコが、他の二人の反対を押し切っ
てこの名に決めた。
「貴様らに“ブルーバード”は渡さんぞ!」
 ことり、と音がして闇に慣れた警部の視界を白い煙が埋めていく。
「んなこと言ったってなぁ?」
「じゃーん!白鳥警部。これ、な〜んだ?」
 微かに射す月明かりが、刹那、青い光を警部に見せた。
「いくらキャリア組でも、警部一人でこんな高価な代物の警備できるわけないじゃん」
「そこに展示されてんのがレプリカだってことぐらい、とっくの昔から知ってんだって」
「ってことで、本物はもう頂いてまーす。じゃーねぇー」
 白い煙の向こうで羽を広げた小鳥は、青い鳥とともに飛び立った。



ことリをたしか、うめたのはこのへん
だったはずと、こびとAがマウンドのまわりをウロウロしはじめた。
 ちょうしんのピッチャーはきにせずなげた。1−3からの5きゅうめは、
ないやフライのはずが、グングンのびた。さらにのびた。
のびてのびてのびてのびてのびてのびてホームランとなった。
 やったぜ! あれはことりがてんごくへはこんだんだと、
スタンドでこびとBが、1るいベンチでこびとCが、
バットボーイのこびとDが、
テレビのまえのこびとE、F…が、
いっせいにかんきした! 
 ジャイアンツVSはやと。はやと、はやと、バンザイ、はやと!

…ざわざわざわざわ。いったいなんといっているのでしょうか?
こふんきゅうじょうから、このへんでさようなら。



私は今日もパンを買いにヴェロナの町を歩く。その通りには必ず目に留まる店がある。店のウィンドーにはいつも赤、黄、白、黒といったカラフルな小鳥の彫刻が、並んで窓越しに空を見上げている。(何故目に留まるのか、それは何時観ても青い小鳥の彫刻がないからだ)あれだけカラフルにある小鳥たちの中に何故青だけないのか、そう疑問に思った時から私は、その店の前を通る度に青い小鳥を探すのだった。
 青い小鳥を探してついに十年、私はやっと青い小鳥を見つける事ができた。ウィンドー越しでは物足りず、店の中にまで立ち入ってしまう。店内には黙々と作業を続ける職人らしき老人が一人、私と同じ空気を吸っていた。
「あのぅ、これなんですがぁ」私は老人に訊ねた。
「ああ、その小鳥かね。それは『ラピス・ラズリ』という原石で作った物で、それを作るまでにかなりの時を使ってしまった」老人は立ち上がり、それを丁寧に両手で持ち上げ私に託した。
「値段は?」私はどんなに高額であるかもしれないそのブルーの宝石を、手放さずにはいられなくなっていた。老人は優しくそれを取上げ大切に箱に仕舞い包装してくれた。そして最後にこう言った。
「わしがこうして青い小鳥が作れるようになったのは、すべて君のおかげだ。ありがとう」老人は満面の笑顔で私を送り出してくれた。その老人の横には仲良く寄り添った夫婦の写真が飾ってあった。後で思ったのだが、あの写真の女性は私に似ていたような気がした。



 ある街には貴族屋敷が数多く存在するが、屋敷の支柱には天使が彫られている。時期が来ると街中の大工がやってきて、天使たちをすべて解放する。天使たちは大理石や黒曜石から自由になり、バタバタと羽を動かすので、大工たちはすべての羽をもいでしまう。街中に天使の羽根が舞い、真っ白になる。次に肉屋がやってきて、天使の身体をバラバラにする。それぞれの断片がまったく同じ大きさになるように鉈をふるう。天使の赤い血が飛び散って、街は真っ赤に染まる。次に芸術家がやってきて、断片に音楽や絵画などの芸術を施す。次第に断片は、小さな鳩のような生き物に形を変える。これが《ことり》と呼ばれる生き物である。さらにしばらくすると、学者がやってきて《ことり》に数学や物理を埋め込む。《ことり》たちは飛ぶことが出来るようになる。こうなると《ことり》たちはもう誰の手にも捕まえられず、空へ羽ばたいていく。遙か海を越え、どこかの街へ舞い降りた《ことり》たちはそこで、ヒトの頭の中、夢を作るあたりに潜り込む。そして、ヒトは《ことり》によって貴族として覚醒する。ヒトは貴族屋敷を建て、その屋敷に使われる支柱には天使が必ず彫られているという。



 古びた地図と共に、一文が浮かんできた。

   おこた ここからは しまのみこ
   こなみの ことう こだいこの
   ちかこに しずむ



おとうさん、車きれいにみがいてるね。
さなえも手伝ってあげる。

ありがとうよ、さなえ。

アアッ、ことりがふんした。

なに・・・ありゃあの鳥だな・・

うん、ことりだよ。

うんことり?・・・
そういえばこの頃、見かけなくなったな。

なに、おとうさん?

畑に人糞をまく人がね、いなくなったてこと。

ふーん・・・
ことりさん畑はいいけど、お父さんの車にふんしちゃだめだよ。
ね、ことりさん。



ことり氏のライフワークは詩を作ること。
感動する詩を作ること。
生涯にたった一つの詩を作ること。
詠んだ人の人生が変わるような詩を作ること。
あらゆる詩集を読んだ。
様々な体験をした。
泣いたり笑ったり楽しんだり苦しんだり。
毎日が一つの詩を作るための日々。
十年経った。
人々に詩を見てもらった。
感動してくれた。
雑誌にも掲載された。
しかしまだ何か物足りない。
努力の日々は続いた。
やがて五十年。
この世のものとは思えないほどの詩ができた。
世界の誰もが感動した。
ある国の国歌となり、涙を流して唱われた。
国民の心が一つになり、誰もがやる気になる、誠の心で国を愛せる歌だ。



「おはよ、キューちゃん!」
返事などするはずもないとわかっているのに、今日も明美さんは私に向かって挨拶をしてくれる。どうやら、私はキューちゃんなる名前の生き物であるらしい。
 私が自我なんてものに目覚めた時には、もうすでにこのカゴの中にいた。ここから眺める人間世界というものが、私の日常そのものであり、恰好の暇つぶしとなっている。
 今日もお父さんは夜中に酔っ払って帰ってくるだろう。長男の幸雄君は昨日、髪を茶色に染めて鼻にピアスをあけた。お母さんは体重が90kgに戻ったと言って嘆いている。明美さんは私にそっと片思いの彼の名を教えてくれた。
 人間の世界は、いつも猥雑で滑稽で少し悲しい。
 そして私は今日も壊れたままになっているカゴのカギを、ぼんやりと見つめるのだ。



爆睡から目覚めた後の残り歌



 空から銀の円盤が降り立って、コトリが現れた。

 ダブルバーガーに抹茶をぶちまけたようなそいつ、一本杉を目指す。

 自分と同じ呼び名の鳥の仔に逢いに来た。べちゃべちゃべちゃん。ただ一目散だ。

べちゃべちゃべちゃん。ようやっと辿り着いた。コトリがいう。オレ、アイニキタ。

鳥たちは聞いた。げれげれげれ。葉を落とし、腐らせる声、たまらない。

鳥たちも一目散、逃げ出した。ばさばさばさっ。白い翼を羽ばたかせて、逃げた。

そして、誰もいなくなった。杉も裸になっていたし、仕方がなかった。

でも、コトリは泣いた。

毒色の液が体中から三日三晩溢れ出た。そして、ある晴れた日に死んだ。

すると、隣の樹で様子を見ていた、一羽の鳥が降りてきて、死骸を喰った。

皆、心配したがそいつは死ななかった。そのまま群れと一緒に別の土地へ飛び立った。



少しして、そいつから雛が生まれた。

小鳥になった時、そいつは緑色になったけど、誰も何も言わなかった。

そして、そいつがその後どうなったかは誰も知らない。



 心臓が逃げ出す夢から目覚めると、胸のあばらが鳥カゴになっていた。白い小鳥が一匹、中でバタバタ慌ててやがる。俺は一声鳴いて舌なめずり。うまそうだ。だが食べるには自分のあばらが邪魔だった。
 身体をいろいろ曲げてみたり転がったりしてみるが、さほどすき間は変わらない。出し入れ自在の俺の爪だが、それがついてる前肢は内に曲がるようにはできておらず、脇腹を掻くような動作をどれほどくり返しても中の小鳥には届かない。

 とりあえず諦めた。
 俺には日々の暮らしがある。

 最近は夜、俺がミャアと鳴いてそっぽを向くと、ピイと返し、安心して目をつぶるようになった。で、その寝顔がなかなか可愛いのである。美味しそう、とはなるべく考えないようにしている。だがヒゲの先がどうもチリチリしてしょうがない。俺はつぶやく、いつかこいつを。

 眠りに落ちるとまた心臓が逃げ出す夢だ。
 てめえ独りでどうにかなんのか。ちっちっ、勝手にしやがれ。



 恋人と、遠く離れることになった。
 部屋にはまだ恋人の気配が立籠めている。窓を開け、それが逃げてゆくのを確認してから、私は恋人の不在をおもう。
 胸の痛みは、油断しているといくらでも飛び去ってしまう。風通しが少しよくなって、どうにも心細い。その上、恋人からの電話に応対する自分の声が、絡みつきそうに甘ったるくて途方に暮れてしまう。それなら、と、まだ辛うじて残っている痛みを囲うことに決めた。
 怖いのは、どこも痛まなくなってしまうことだ。
 他に何もすることがないので、休日は一日じゅう布団に潜っている。どうかしているとおもうくらい、際限なく眠れる。目醒めるたびに体は重たくなり、怠けているのに疲労してゆくようだった。それでも横たわったままでいたら、気持ちだけが、はたはたと舞い立つ瞬間が生まれた。
 体は完全に、実体を喪った。もうこれで、私の心は何よりも疾く、君のところまで飛べる。



確かに、おとりに“ことり”を選んだのは間違いだったかもしれない…

6月24日 AM5:57
中村外出、尾行開始。

中村は最近足立区周辺で多発している連続通り魔事件の最重要人物としてみなされている、30才独身無職。ことりは、27才の新米刑事。本人の強い希望で今年の春から殺人課に配属。いまだ手柄無し。

真夏のような日ざしが錆びれた商店街に差し込み、八百屋の店先に並べられた特売のトマト達が悲鳴をあげはじめた頃。中村は現れた。ことりはその後を追う。

6月28日 PM3:35
中村公園、鳩にエサ。怪しい様子無。

来る日も来る日もことりは中村を追った、まるで呪われたライオンのような足取りで、異常に暑い6月を彷徨い続けた。そして6月30日、ことりは突然姿を消す。

6月30日 AM11:24
中村いつもの洋食屋。変化無。

そして7月7日、七夕の日、中村とことりは警察の死体慰安室で再会を果す。

7月7日 死亡解剖結果抜粋
この2体の死体から検出されたの胃の残留物は、洋食屋“まちだ”のチキンライスであると判明。消化の進み具合からみてほぼ同時刻に食べた模様。



ことり、ことり 押し入れから音がする。
動くはずがない。
おそらく腐敗した部分から少しずつ崩れている音だ。

ことり、ことり 押し入れから音がする。
開くはずがない。
おそらく襖をきちんと閉め忘れたんだろう。

ことり、ことり 押し入れから音がする。
見てるはずがない。
おそらく電灯が襖のふちに反射しているせいだ。
なにしろ既に瞳は溶けてるはずだ。

ことり、ことり。