500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第25回:お城でゆでたまご


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 荘厳なる沈黙の王。口を開けば魔物が住まう。言無しの王には娘がひとり。王女は生を受けて十九年後に男児を授かった。しかし息子は災厄の始まり。それでも産声を漏らさねば生きることができたが、空気は無残に裂かれてしまう。悲しみの産声は王の耳にも届いたから、赤子を左手に抱き、二階の西の果て大きな鼎の元へ。準備万端整えて畏まっている家来は十分な別れの時間を取ってから、恭しく両手で受け取った。渡された赤子は並々注がれた湯の中へそっと沈められる。ぱしゃん。という相応の音は、くつくつ。という静かな熱色に消えてしまう。それから木杓子で王自らがかき混ぜる。やがて四肢はとろんと離れ骨を残して絶望に蕩けても、火は落とさずにすべての水が飛ぶまで王はそこから離れない。鼎が焦げ付く寸前、たらんたらんと沸き立つ蒸気にはっきりと混じる一条の薄青は王の肩の上で兄弟に巡り逢う。



お城でゆでたまごが禁止になったのにはわけがある。
庭の梅の木にうぐいすが一羽おったげな。
それを見た奥方様がうぐいすの糞をご所望になった。
うぐいすの糞は女の肌を白くするのじゃそうな。
さっそく腰元が糞を取りにつぼを持って庭にでたが、
うぐいすめ、なかなかうまいこと糞を落とさぬ。
困った腰元はこっそり鶏小屋へ行き、糞をすくって
つぼにいれておいたと。知らぬということは恐ろしい。
美しくなりたい一心で、奥方様はそれを顔に塗っておった。
夜、殿が奥方様を抱き寄せるとなにやら鶏くさい。
わけを訊ねるとうぐいすの糞だという。奥方様は
「ゆで卵のようにつるりと白くなりたいのでございます」
とさめざめ泣いた。お優しい殿は、
「わしは生たまごのほうが好きじゃ」と慰めた。
それで殿が禁止になさったんだとさ。とってんこう。



今は展示室になっている天守閣へ、彼女に逢いに行く。

いつもの場所に腰掛けて彼女は微笑む。僕も微笑む。

しばらくの間、そうしている。

やがて、彼女は膝の上の包みを開き、中のゆでたまごを剥き始める。

細かく剥かれた卵の殻があちこちにちらばる。

僕は仕方なく建築、武具、風俗とフロアを降りて箒を借りにいく。

そして直ぐに風俗、武具、建築とフロアを上って彼女の許へ戻る。

僕はフロアに客がいなかったことを思い出しながら、殻を掃く。

殻は一箇所に集まる。それでまた先ほどのようにする。

窓から射す光が柔らかくなって、彼女は腹を押さえる。

彼女は微笑んで僕の手を取り、腹に押し付ける。

僕は顔を崩して、されるがままになる。

三十月三十日経った腹は冷え切って硬く、中のものは身じろぎもしない。

光は橙になり、やがて消える。僕は腰を上げて展示室を出る。

彼女はもう少ししてから帰る。それだけは知っている。

外の空気は冷えて固まっている。

手の中のゆでたまごも同じようになっている。



 記録にも残らぬほど昔からあって、増改築を繰り返して広大な領地を覆っているお城に、ひとりの旅人が迷い込んだ。鶏小屋から失敬したたまごを握りしめて、旅人は次の日には冷たくなっている。王子様が彼の死体を中庭にある池に投げ捨てるように命令するが、家来は城の何処かにいてその命令を聞くことはない。旅人の身体はどんどん冷えていく。握りしめたたまごが微かに動く。王様が旅人を先頭から突き落とすよう命令するが、家来は駆けつける前に老人になって死んでしまう。旅人の身体は凍り付いて、握られたたまごだけが暖かい。お后様が旅人を葬るよう命令したが、家来はお后様の顔をすでに忘れてしまって、命令に従わない。旅人の身体は粉々に砕け、あとにはたまごだけが残されている。自分の部屋を探して通りがかったお姫様が、床に転がるゆでたまごを見つけて、食べてしまう。



 君とはいつもここで会う。真四角の、しんと沈んだコンクリートの箱の中だ。
 ここへ来る途中にある生みたて玉子の自販機を、君はいたく気に入って、以来いつもたまごを携えた君がドアを叩く。12個で500円。何度私が注意しても、君は白よりもさくらたまごの方が栄養がある、と信じて疑わない。
 茹であがったまだ熱いたまごを、ひとくちで口に入れながら、私に属したかのような顔をして君は、私の殻までむく。沸騰してから、きっかり3分のゆでたまごは、君に及んだ唯一であろう私の習慣だ。滑らかに濡れた表面に歯を立てると、ドロリとまだほのぬくい黄身が零れた。滴りは徐々に乾きながら、私のひじの内側を伝う。窓からの光を反射して、いつもよりしろく感じるその腕を、君に見えるように突きだした。君はひっそりと笑って、たまごの跡に唇をよせる。ちろちろとよく動く舌が、総てを残さず舐めとってゆく。
 砂時計、ちゃちなぬいぐるみ、宇宙ごま、競馬新聞。君。君の気配。この部屋の余計なものは、全部君が持ち込んだのだ。
 私がこのたまごを食べきれば、また新しいたまごがやって来る。 



 おぼえていますか? 君と僕が出会って、まだ一年も経ってなかったあの頃、僕も君も全然、お金がなかったけど、月に一度だけのお楽しみって事で、中世の城を模した安ホテルによく泊まりに行った事。僕は夜遅くにバイトを終えて、くたくたになりながらも、終電に乗って君の町まで行ってた。君は駅で待っていてくれて、僕は途方もなく疲れていたけど、君の笑顔を改札口で見つけると、そんなものいっぺんに吹き飛んでしまうんだ。本当だよ。そこから僕ら二人は手をつないでホテルへ歩くんだ。けっこうな距離があったと思うんだけど、君といるとあっという間だった。君は当時、養鶏場に勤めていて、いつも腹を空かしていた僕のために袋一杯にゆでたまごを持ってきてくれたね。本当に嬉しかったよ。ありがとう。ホテルはと言うと、お城とは名ばかりの、部屋の中はいかにもといった造りだったけど、唯一ベッドだけは体が埋まるくらいふかふかしたキングサイズの立派なものだった事を憶えている。ふかふかのベッドの上で、君と食べたゆでたまごの味、忘れた事はないよ。君は僕の好みを知っていて、半熟になるように茹でてくれて、おいしかったなあ。あの時が僕の人生の中で一番幸せな時間だったと思っている。君の笑顔とゆでたまごがあれば何もいらない、本気でそう思った。君にはもう二度と会えないけど、僕みたいな人間に、一時だけでも幸せを分け与えてくれた君にどうしてもお礼が言いたくてこの手紙を書きました。本当に今までどうもありがとう。体に気をつけて、君らしく、可愛いらしく生きてください。さようなら。 



 幾重にもロックされた部屋の奥の奥のそのまた奥の部屋に住んでいるひとりぼっちの男が、満百歳の誕生日を迎えるということを知る者はいない。ましてやそいつが赤ん坊だった頃、どんなに可愛い笑顔だったかということも。そいつは、いつものように無骨な表情で、人類家畜化計画を立てているだけだ。誰にも邪魔されずに。
 突然、そいつが恋をした。年うえ気取りだが実際はふた回り以上も年したの女に誘われる。酔ってはいないが、足がもつれて顔面をドアにぶつけそうになる。笑われる。次に会う約束ができず、別れる。
 朝焼けの帰り道。長かった人生を振り返る。タバコとテレビだけが友だちだった。それでよかったんだ。世界中の人間を意のままに動かしてきたんだ。
 部屋に落ち着き、やおら朝食を作る。冷蔵庫のたまごを、水の入った鍋に入れ火にかける。孵らないまま熱せられるたまごをじっと見つめ、溜め息をつく。オトナへの第一歩を踏めずに生きてきた。燃え広がる炎を身辺に感じ、旅立ちの準備をしなければ、とそいつは思った。



 どうして高速道路のICの近くにはラプホテルが多いんだろうね、なんて話しながら僕らは車を駐車場に停めた。
 ラブホテルって西洋風のお城ばっかだよね。日本式のお城のラブホだってあってもいいのにね、なんて腕組みながらエレベーターに乗りこむ。
 バッグの中に入っているのはたくさんのゆでたまごとオリーブオイル。
 僕らはベッドの上で裸になるんだ。そして朝になるまで殻をむき、産みあう二羽の雄鶏なのさ。
 喘ぎ声がときの声にかわるまで。



 僕は僕に歌い続ける。すると僕は空を飛んだ。
 辺りは夜。火が燃えていればたちまち判ってしまう。
 何とはなしに水を目指す。ゆらゆら。
 目の大きな金魚が僕を呼び寄せる。僕はあの大きな目で何を読んでいるのかが気になる。
 目の大きな金魚は本当に大きな目をしていて、気が付けば僕はその目の中に入れられ囹圄の人となる。でもまだ僕は飛べるのだった。
 声変わりが終わる頃には僕の体は固くなっている。飛ぶ事は疎か形を変える事もままならない。
 レイギョは(僕は悔しくて、この目の大きな金魚をそう名付けた)たまにあくびをするのだった。すると僕はびくっとする。
 不思議とお腹が空かないのでいつも僕は踊って暮らしている。くるくる回る。
 さて、レイギョには体がないという事を説明していなかったのだけれども、レイギョには体がない。というか、レイギョは僕を閉じ込めてからというもの、目とその土台という風に形を変えてしまった。
 あくびをする時なんかは開いたりするのだけれどもレイギョの口は堀に掛ける橋の様だ。今度、綺麗な旗を掲げてみようかなとちょっと思う。
 庭に大きな花が咲いている。花粉を両手いっぱいに掬うと僕の体は溶けてしまう。
 僕を吸い込んでレイギョの目玉だった部分はゆっくり固くなる気がする。もう孵る事はないだろう。



ワタシハ ニホンノコト ワカリマセン デ〜モ
オシロノ ジョーヘキヲ タマゴノカラデ
囲ウ 大変イイアイデア ネ
卵ユデル 15ミニッツ マツ アルノ
カラガ ムケル ウソジャナイヨ
(8時19分の眉毛がピクリ)
※     ※     ※
ワタシハ ゴウモンキライネ ユデ釜ノ刑
ナンデ? ニホンジン ヤバンアルノ
アメリカ バンザイネ サヨナラ ジパングネ
(10時15分の眉毛がヒリヒリ)



>本当にやるのか?
<やるさ
>お前に笠木に、あとスワンと俺で4人 だぜ
<この際人数は関係ない有志だけでやる んだからな

勢いでのってしまったが・・・どうするかなと考えつつ決行の日が来た。
とりあえずカセットコンロとナベに水と卵をリュックに入れ上田城に向かった。
スワンが見えないが二人は正門で待っていた。
俺が一番重装備でいたってノーマルか?
まぁ本丸についてからのお楽しみ。

3人が本丸に着くと「さぁー始めるか」笠木が口火を切った。
>スワンが居ないがいいのか?
<こない奴は無視
俺はカセットコンロを広げ・・・
<おいおい火はまずいよ文化財の中だ  もん
>じゃどうすんだよ
<ポットに入れてきたよ、もうそろそろ できるかな
>笠木は?
*俺は食べる為のエキストラにゃんちゃ って(笑)
「オーィ遅れって御免な」
送れてスワンがやって来た。
「ワリィー、城の動物園のダチョウの卵取ってて遅れちまった。これどうる?」



 ハンプティ・ダンプティ=ゆで=俺様は、ちょっぴり悪人気質。それは、ただのチキンなエッグではないということ。塀から飛び降りることだって意外と厭わない。なぜなら、俺様の体には拷問で焼け爛れたクソ片肺の替わりに、半人造の素敵悪燃機関が埋め込まれているからだ。体内に悪燃器官を持っていないヘタレには窺い知れない、この無純の境地。
 ここ、道を外れた裏通りは昼でも暗く、夜なお暗い。いま、唯一の光源は俺様から漏れる悪だけ。ぐちぐちと嘲うたびに、悪燃機関が作り出す青白い光が俺様の口元でばちばちと迸る。
 暗くてよく見えないが、向こうにいるのは、ジャバウォッキー。右手に慈愛を、左手に自虐を併せ持つ謎の男。誰もが恐れる。
 俺様が渡したケースから卵を取り出して、ジャバウォッキーが言う。
 「なあなあ、お城はどうした?」
 「さあ」
 殻を叩く音が響く。
 「これ、ただのゆでたまごだろ。約束と違うじゃないか」
 派手に割れろ。と俺様は願う。
 「それ、なまだよ」と俺様は言う。
 ぽしょ。べたべた。見えないけど。
 「・・・なんで、なまなんだ」
 「だって、ここも、お城じゃないから。え? 南無阿弥陀?」



中世ドイツにおいて、ゆで卵とは保存法の一つであった。 お城には、毎日卵ばかり茹でている奴隷がいたそうである。



城将は卵王。卵白のマントまとい。空は炎天。城は溶け。王はゆでたまご。と。なり。大砲の中へ。爆音とともに体はバラバラ。家来は殻殻。と。笑う。



とこしえにめぐる うるわしき王国の歴史
王さまにお妃さま たまごに目鼻とたまごに目鼻
舞踏会のステップ 巻き狩の角笛

そばかす顔のうずら姫 きまぐれついでの思いつき
貧しきやからに施しを くすくす笑いのおしのびで
誰もがすぐに見抜いてる 知らぬは姫さまばかりなり
空を切り裂き口笛が鳴る さっさとゆでて剥いちまえ
シッ!今はまだ早すぎる
不良を束ねる精悍な青年 姫は見るなりお気に召す
苦しうない申したきことあらば何なりと申すがよい
ここは煮炊きもできぬ女など要らぬ街でございます
耳まで赤いうずら姫 お城でたまごをゆでてみる
なみだぽろぽろ
しお味ほどほど
侍女よおいしく食べなさい
可哀想など愛じゃないだろ?
蓮っ葉小町に問われても にがい思いに沈む彼

みのりはみるみる呑み込まれ
のやまはちぢんで荒れはてた
しもじもはこまったふりでほくそ笑む
近いぞ近いぞ お城でゆでたまご



「ちょっと聞いてくれよ」
「なんだい」
「小説のアイデアさ。題は『お城でゆでたまご』」
「いい題だがミスマッチすぎるぞ」
「それが狙いだよ」
「で、内容は?」
「ゆでたまごの中にお城がある」
「はあ?」
「とても広いお城があって、その中で多くの人が生活している。みんなその城が世界の全てだと思っていて、外のことなど考えたこともない。でも、本当はその城があるのはゆで卵の中なんだ。そしてそのゆで卵が食べられたとたんに城は消滅して、跡形もなくなってしまう。もちろん中にいた人もね」
「不条理もいいとこだな」
「いや、もしかしたらこれは真実かもしれないぞ。だってほら、俺たちは城の中に住んでいるじゃないか」
「それはそうだが、そんな話信じられんね。ん? なんか揺れてないか?」
「殻を剥いているせいだね」
「まだ言うか」
「……止まった。地震なんてやめてほしいね、まったく。いつこの城が崩れるかわかったもんじゃない」
「なあ」
「ん? どうした? なに震えてるんだい」
「聞くが、お前、この城から出た記憶、あるか?」
「……」
「なあ、あるのか? なあ?」
「……まあ、そんなことはどうでもいいじゃないか。お、また地震だ。うわっ。こりゃ相当でか



 やっぱり和城には桜が似合う。うん。
 なんだろ?黒城にしろ白城にしろさ、絶対桜が映えるようにデザインしてんだよ。きっとね。
 問題はこの風景ぶち壊しなほど人がいるってこと。まぁ、しかたないけどさ。アタシもその一部だし。チビ太のおでん食っちゃってるし。
 誰だぁ〜?味噌田楽とか硬派に呼んじゃうヤツは。違うもんねぇーだ。そこまでこんにゃく固くないもん。笑えないぐらいゆでたまご冷たいけど。
 一応言っとくけど、今は一人だからって友達0じゃないからな。
「あっ」
 吹き上げた風でスカートがめくれ、舞い上がった桜の花片が見事に歯にくっついたりして。
「先生!」
 油断した!こんなところに現れるとは・・・やっぱ勝負パンツにしときゃ良かった。
「見たゾ見たゾ見たゾ」
「なら、お代は頂戴ね!」
 キスをした。人目さえなければ押し倒したのに。クソッ!
「先生もチビ太のおでん食べたんだね。アタシと一緒」
「こんな冷たいゆでたまご、詐欺だよな」
「口移しならあったかいよ」
「もう食った」
 先生の歯にも桜の花片がくっついてた。なんだ、変なとこまでおそろじゃん。アタシら相性ばっちしだ。
 それにしたって、和城には桜が似合うね。
 先生ほどじゃないけど。



おい与平、なんでぃ吾六。戦場で小気味良い兼ね合いが飛ぶと足軽共は林に息を潜めた。
月夜が前方に青白く城を映し出し、之から始まるであろうタマゴの争奪戦を静かに見守っていた。
しかしよ、何で殿様はあのタマゴを欲しがんだ。タマゴぐれいおいらの庭にコロコロしてんぜ。吾六は与平の背中に身を寄せ、夜の寒さとも武者震いとも分からず震えていた。
そんな吾六に与平はこう答える。
「殿様が命令ば、俺らは従うしかねぇ。何も考えちゃいけねえぞ吾六」…うん。
吾六は微かに残った唾をゆっくり飲み込んだ。
武菩菩ォォ武菩菩ォォ。真っ暗な林は一斉に炎に包まれ、怒涛の喚声と共に城が揺れた。
タマゴの周りでは命が飛び交い城の中は赤い血潮が静かにその生域を奪っていく。
紅いタマゴは命を吸い取るように手から手へと渡っていくのだ。
最後に紅いタマゴを手にした者はゆるりと頭笠に水を注ぎ火へ焼べた。
与平之を食え。肩を交ぜ織りながら二人の足軽は生きる世界へ出ると高らかに笑った。
それらは正に月にも負けぬ黄金の輝きであった。



「ご隠居、今日は。」
「はっつぁんかい。まあお入り。」
「コロンブスの卵って何処に売ってるんですか?」
「そんな物、何処にも売って無いよ。昔コロンブスと言うスペインの探検家が王様のお城に招かれた。『ゆで卵を立てて見よ』と言われて、誰も立てられなかったんだがコロンブスは卵の底をぱちっと割って立てて見せたんだ。」
「なるほどね。お城でゆで卵を立てたら『コロンブスの卵』ですか。よし、家に帰ってかかあに自慢してやろう。」

「今帰ったよ。」
「何時までぶらぶら遊んで回ってるんだい。ご飯ができてるからさっさと食べて
食器を洗っとくれ。」
「なんだい。亭主が疲れて帰ってきてるのに、鶏が水被ったみたいにけたたましい。こんな狭い家の真ん中で寝られたら俺が歩きにくいよ。しようが無い。転んだぶすをまたごう。」



 僕は毎日、お城でゆでたまごを食べています。卵はやっぱりゆでてないとおいしくない。好みとしては半熟が良い。完熟したのももちろん、おいしい。お城ではゆでたまごを売っている所もあるが、僕は無料の物だけいただく。無限に馬鹿でかいお城だから、いろんなのがそろっている。殻付きのも素敵だが、殻が付いてないのも艶めかしくておいしい。1年ほど前に、殻が付いてないのをもらいに行って失敗したことがある。1万数千円も取られてしまった。詐欺師同然の人もいるんですよ、お城の中には。それ以外は順調にもらい続けています。素敵なゆでたまごをありがとう。ゆでたまごを食べていると毎日が楽しくて。



 彼女が帰ったあとひと眠りした。
喉の乾きに目が覚めると、道に迷った旅人が深い森でようやく見つけた灯りみたいに、
僕は真夜中の冷蔵庫へ導かれる。ドアを開ける。灯りが迷い人の僕を照らす。
「僕が用があるのは缶ビールです」単刀直入にあいさつをするが、今夜の冷蔵庫では大盛りのグリーンサラダが華やかに繰り広げられていた。僕は遠い目をして「わたしも舞踏会にいきたかった」とつぶやいてみる。
(きょうは春らしくミモザサラダでーす)「ふーん。なんでもいいや」
12時の鐘が鳴り響く。彼女はムッと顔色を変え、エプロンを外して駆けだした。呆気にとられた置いてきぼりの王子は、ガラスのサラダボウルと持て余した時間にラップをかけて、深い森の奥の冷蔵庫に閉じ込めておいたんだっけ。
 そんなわけでいま僕は、真夜中の台所で開けっ放しの冷蔵庫の灯りを頼りに、卵をひとつ、ゆでる。



かたゆで好きと聞いたので 母は朝から茹でに茹で
まだ来て三月と知ったので 父はお城につれてゆき
石垣のうえ 弁当はひざ 足をぶらぶらあそばせて
ふたり この町をながめていた
ぼくの人生の これがプロローグ



都合により作品が削除されました。



暗闇に一点の光現れ美しき城が誕生した。
城には大樹が聳え立っている。大樹は城中の水分を吸収したまごを作り出していた。
たまごはやがて大樹を離れ床へと消えていく。
消えたたまごは床の中でゆっくり温められている。
温められたたまごの殆どは床から小さな芽を出し大樹へと育っていく。が、中には芽を出さずにゆでたまごになるものもある。
ゆでたまごはふわっと床へ登場し、城を飛び出していく。
そして新しい城を求めて旅に出るのだ。
今もまた新しい旅立ちが始まっている。



「やあ!よいこのみんな!卵食べてるかい?次回の甲殻無双エッグマンはとうとう最
終回!大ピンチ!ファイヤーデビルの罠!「お城でゆでたまご」をお送りするぜ!
エッグマンはロビン姫を救うことができるのか?!みんな応援してくれよな!」
(デモテープ止まる)

(画面を見つめるプロデューサーの竹内と企画の山本。)

竹内「・・・・・・」
山本「・・・あの・・・・」
竹内「なに?これ。山本ちゃん」
山本「甲殻無双エッグマンの最終回です。どうすか?なんかこう、緊迫したムードが
・・・」
竹内「ないね」
山本「ないっすよね!でもほら他局には無いオリジナリティーっつーんすか?!」
竹内「なんで”お城でゆでたまご”なの?山本ちゃん。子供達のヒーローを最期はゆ
でちゃうわけ?」
山本「ああああのですね、実は自分最近彼女ができまして、番組が成功しますよう
にって毎日自分の家でゆで卵をつくってくれるんすよ!そんでもって、胡麻で顔なん
か描いちゃったりして「ほら、エッグマンよ」なーんて、かーわいーんすよ!僕のお
城でゆでたまご、なんちって」

竹内「クビ」



朝の光が目に痛い。眠れないまま、色々なことを考え、その全てが無意味であると気付いた頃、夜が明け始めた。窓に映った顔も髪の毛も色を失っていたが、私は驚かない。
この宮殿で過ごした年月は、私にとって決して幸福なものでは無かった。権力を手に入れ、贅の限りを尽くしても満たされない心。そんな私の唯一の友は1羽の鶏だった。今朝産み落とされた卵が、ゆでられ、皿の上で待っている。私の喉を最後に通り抜ける確かな物が……。



 ぐるぐると螺旋をえがく城塞のなかの階段を、ただのぼっていかなければならない。
 3000段ごとに、小さな扉がある。扉を開けると、小さな皿のなかに、ゆでたまごがのっている。刑を受ける罪人の苦痛を、少しでも癒すためにという配慮らしい。
 罪人がゆでたまごを手にとることはない。そんなものはいいから水をくれ。
 罪人にとって何よりも許しがたいのは、ゆでたまごに剥ききれなかった殻がこびりついていることだ。聡明な罪人は、ずっと見ないふりをし続けてきた。けれどもあるときついに我慢の限界をこえ、ゆでたまごをつかんだ罪人は、息を整え慎重に、殻に指をかけた。
 かしゃりとゆでたまごが欠ける。つるりとした楕円に、戻しようのない穴があく。
 それを見た罪人は、狂ったようにゆでたまごにむしゃぶりついた。それでは、渇いた喉に、いっそうの苦しみを与えるだけだと、知っていても。
 罪人はまたのぼっていく。そして扉を開けては、やはりぶかっこうに殻をかぶったゆでたまごがあることを確認する。罪人の口腔には、もう一滴の唾液もなく、あとどれぐらい歩けば城から出られるのかもわからない。