500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第86回:たぶん好感触


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 たぶん好感触1 作者:玉川ユキ

 今回の英語のテストには、確かな手応えがあった。
 といっても、決して、高得点を取ったという意味ではない。むしろ、僕のことだから今回もまた欠点ギリギリだろう。
 では、一体なんの手応えかというと、書いて字の通り、感触だ。今回のテスト用紙は、なぜだかやたらと柔らかかった。
 むにむに、むぎゅー。
 テスト用紙の端をつまんだり引っ張ったりしてみる。記入欄に書き込んだ僕の文字が、テスト用紙に合わせて伸びたり縮んだり、自由自在に変形した。楽しい。
 なぜ突然テスト用紙が柔らかくなったのかは知らないが、この不景気な時代、ちゃちな藁半紙よりも謎の素材でできた手応えのある紙の方が案外、安いのかもしれなかった。
 それにしてもこのテスト用紙、なんとも不思議な感触である。気持ち良いとも悪いとも言いがたい奇妙な手触りだが、たぶん、これは好感触に分類されるんだろうな、と思った。
 もうすぐ試験時間も終了だ。なんだか少し、別れが惜しい。



 たぶん好感触2 作者:山崎豊樹

「坊っちゃま、今日から後継の国家元首として我が国を治めていただきます」

「めんどくせえな……。なんで兄貴たちじゃないんだよ」

「兄上様たちはいろいろと問題がありまして……。父上様の御指名でありますから従わなくてはなりません」

「じゃ、俺にも親父みたいに何人も影武者ができるんだな」

「もちろんでございます。お妃様も何人いらしてもかまいません」

「じゃ、このボタンもいつ押してもいいんだよな?」

「あっ! それは!!」


 ポチッ



 たぶん好感触3 作者:六肢猫

リップクリームを封切るときのおまじない。
『コレを使い切ったとき、あたしの唇は・・・』



 たぶん好感触4 作者:武田若千

 Tシャツの首の後ろのところにあるタグに困っている様子だったから、黙ってハサミを差し出したら、右目を細めて左目を見開くという器用な表情を浮かべてキミはハサミを受け取った。返してはくれなかったけれど。
 満員電車のドアに上着の裾を挟まれて困っている様子だったから、一緒に上着の裾をドアから引っ張り出すのを手伝ったら、右眉を引き上げて左眉はぴくりとも動かさないという器用な表情を浮かべてキミは脱いだ上着を差し出して来る。渡してはくれなかったけれど。
 硬貨しか使えない自動販売機の前に、千円札を一枚持って困っている様子だったから、百円玉五枚と五百円玉一枚を千円札と両替したら、両目を見開いたままキミはコーラを二本買って、一本を差し出して来る。よく振ってからだったけれど。



 たぶん好感触5 作者:海音寺ジョー

 オーギュストロダンに会う—
 そのために高村は米国で知り合った荻原と一緒に留学中の英国から渡仏、パリ郊外のムードンの自宅まで訪ねて行った。

 玄関を開け、出迎えてくれたのはロダン夫人だった。
 「せっかく来てくれて悪いのですが‥今主人は留守にしてますの。いったんアトリエにこもったら何日も帰らない性分ですので少し遠いですが、そちらへ行って御覧なさい」
と言ってくれた。
 だが高村は、あいにく汽車の時刻が迫っておりますので、と夫人の申し出を辞退した。それは日本人特有の遠慮深さからではなく気怖じしたのだった。
 「それは残念でしたね。最近主人は年のせいか、ひどく気難しい所があるのよ。でも貴方の様な目をした人なら、きっと喜んで会ってくれるわ。またいらっしゃいな」
 
 夫人と別れてから、荻原はまだ汽車には余裕があるじゃないか、と高村に毒づいた。
 「荻原、僕はロダン先生の自宅を見ることが出来た!それで充分だ」
 「君には貪婪さが足りない、ロダンは日本の美術学校にいた頃から、俺同様ずっと憧れの頂点だったんじゃなかったのか」
 荻原守衛はすでにロダンと面識があり師事していた。新しい芸術が駘蕩するパリで、奔流するモダニズムを全身に浴び高村光太郎もまた、変わろうとしていた。

 1907年。光太郎25歳の晩秋の日の事だった。



 たぶん好感触6 作者:わんでるんぐ

 赤い満月と、蛍見になんぞ出かけるものじゃない。時間は守る堅いやつだが、会って早々お構いなしに高見へ上ってしまい、草むらに、ぽう、ぽう、とうす緑の明かりが幾つも灯るのを、
「見事じゃあ、ないかねぇー!」
 呼びかけるのにも難儀した。
 やはり連れは、地に足の着いたやつがいい。頷き帰る独り歩きへ、ふいと声が掛かった。
「なぁ」
 モクもってねぇか。
 そう続きそうな、低く短い声だった。目を凝らすと、茶虎の仮面をかぶった白猫が、ほっそりとした体に似合わない、ふくふくの、旗尾りすのような曲がり尾を、ゆさり、ゆさり、と揺すっていた。
「生憎だが」
 答えはしたが、去りがたい。このふさふさ、梅雨寒には、さぞ心地が良かろう。こいつめ、自分の取り柄を知ってやがる。
「晩飯の干物が、余っちゃいるがねぇ」
 丸まった尾の先につられて、右へ左へ目が定まらない。なんだか、ふわふわした心地になって、
「来るかい?」
 そう言ってしまった。
「なぁ」
 案内は?
 話せる人語は一つきりだが、なんとも含みのある物言いをする。仕方なく先に立つと、これ見よがしに尾を振ってついてきた。
「なぁ」
 月が拗ねてやがるぜ。
「確かに、膨れっ面だな」



 たぶん好感触7 作者:伝助

 私は雪の匂う女。幼少期より『おしくらまんじゅう』用に作り上げられた肉体を持つ。押されても泣かない。へこたれない。窓のそばに座らせてくれないけど、硬質なガラスにいつも触れていたいと願っている。
 私はカーテンを胸元まで引きあげた。夜景がとにかくちかちかするガラスのベッドに横になっている。窓のない部屋。天井にしつらえられた扉の様子を窺う。秘密の逢瀬。私と、社長。「また逢いたいな」もごもごと言った口ひげ約束に頬を寄せる。
 私は、何でもない、ただの息遣いで曇ってしまうガラスに文字を綴らない。
 ハートだって描かない。
 鞠のように弾む男はきゃっきゃっと笑い声を上げる。
 白濁したガラス面に一つの小さな指紋を見つけた。拭っても消えないのは、それがガラスの向こう側で誰かが触れた証なんだ。



 たぶん好感触8 作者:我妻俊樹

 胸まであいたいやらしい靴を履きたがる女の子と、蝿がたかったキャンディーみたいな憂鬱持ちの男の子なら、どっちが大統領にふさわしい?
 一日それで頭がいっぱいだったお蔭で何度もクラクションで起こされ、事務所に戻ると、バンパーが無疵で血痕ひとつ見あたらないのが奇妙なくらい眩暈。
 エレベーターの電源まで落とされた雑居ビルにぽっかり浮かぶ夜光性の床。たどり着く。机に籤チョコが散らばっている。いないあいだに配られたおやつを口に入れ、それにしても頭がまだぼうっとしてる。リン子は静まり返ったトイレの鏡にこうつぶやいた。鏡よ鏡、大統領はどのみち「大統領日誌」に今日の天気を書き込むくらいしか仕事がないのだし、誰がなってもいいと思わない? あたしとか。けれどチョコの精はリン子そっくりの顔、胸のぱっくりあいたいやらしい靴の女の子を微笑ませたまま。
 けたたましいクラクションで起こされ、リン子は車を急発進させた。また夢を見てた。なんだか次あたりで、大統領になれそうなお話。うっとりして、遮断機が下りているのに気づくのが遅れたらしい。虎縞の棒を弾き飛ばし、頬に迫る振動に振り返る。
 男の癖にあんな悲鳴? なんだか、本気で勝てそうな。



 たぶん好感触9 作者:黒崎

 六台目のバスがターミナルを出発していった。まだ建て直されたばかりで新しい駅舎には駅ビルがあるわけでもなく、アーケード街が整備されたわけでもなく、いまいち建て替えた意味がわからないんだけれど、駅前のロータリーには送迎用の駐車スペースが少しだけ増えていた。
 駅舎から伸びてくるエスカレーターの近くで一台分だけ空いていたところに車を止められたのはいいけれど、次々と出迎えや見送りの車がせわしなくやってきて通り過ぎていくので邪魔になっている気がしないでもない。
 まるっきり暇で仕方ないので外に出てみると、ちょうど七台目のバスが構内に入ってきて待っていた数人の客を乗せていた。ここに着くまでの間ずっと聴いていたiPodはひとつ前のバスが出たときに電池が切れてしまったし、アルフォートもこれで最後の一個、お菓子の買い置きも運悪く切らしている。誰も行きもしないような海浜公園のマスコットキャラクターや宣伝のボードを飾る余裕があるのに、駅のまわりにコンビニのひとつでもつくらないのはなんなんだろう。
 ごめん、という声に振り返ると、大荷物を持ったあいつがエスカレーターを駆け降りて最後の数段で盛大につまずいてここぞとばかりに立っている金属のポールにヘッドスライディングをかましていた。
 こっちが腹を抱えて笑っていると、あいつは少し恥ずかしそうにしながら口を尖らせて、そして放り出された大荷物のほうへ駆け戻っていった。



 たぶん好感触10 作者:ぶた仙

 同胞の存亡を一身に担って、A国との会談に臨む。
「我が国は常に君たちの味方だ」
 バーボン同様に口当たりは良いが、我々をただの金づると見ているだけ。だが背に腹は替えられない。
 次のF国とはワインをがぶ飲みして終わった。死の商人の出る幕がないせいだろう。
 幸先よいと思った瞬間、意識がすっと遠くなる。
 そうだ、今は博士の新しい催眠治療装置の試験中だった。点滴と電磁刺激の組み合わせで悪夢を快夢に変えるという画期的発明。助手の私は強制的に起こされては、状況を報告して夢に戻る。
「君たちの目的は、決議かそれとも共存か。米越が事実上和解した歴史を勉強し給え。正義を振り回すのは馬鹿のやる事だ」
 原則論のR国とも、ウォッカを十本空けた挙句に意気投合。「我が領土と権益が守られる限り静観する」との譲歩を引き出す。
 最後の強敵は鍵を握るC国。失敗続きで、諦め半分に設けた会食で大逆転した。杯を交わすごとに相手の理解度が良くなり、経済特区の要人と会う頃には大歓迎を受けた。紹興酒で乾杯し食卓につく。
「広東名物、蛇の唐揚げです」
「ぎゃあっ」
 八つの口から泡を吹いてぶっ倒れた。遠くで博士の声が聞こえる。
「こいつめ、ウワバミだったのか」



 たぶん好感触11 作者:黒衣

 こんなに空いてるのに、何でわざわざ同じボックスに座ってくるかな、このおっさん。
 「ぼうず一人旅か」とか、話しかけてくんな。僕は静かに旅情に浸りたいんだよ。しかも今時ぼうずとか。高校生だよ高校生。勝手に時刻表触るなよ! 終点? 11時55分だよ。途中から特急に乗れば13分早いけど…いちいち笑うなよ。うあ臭っ、酒臭っ! 午前中からかよ!「だから鉄旅はいいやな」じゃないよ、同意求められたって知らないよ。ほら親子連れとか乗ってきてるだろ。ワンカップ自重しろよ本当。げっぷぅ、って頼むから窓開けてやってくれよ。
 は? …そう、ここは日本最大級の鉄橋だよ。絶景だろ? だいぶ老朽化してね、いま強化工事してるんだ。新しい橋脚が見えるだろ。ま、僕に言わせりゃ景観を生かす強化が望まれる…って、え? いや、いい景色だけど泣くほど? 酔ってんじゃないの? まったく…ほら座りなよ。目立ってるだろ。なんなんだよ。…これさ、汗ふきシートだけど、とりあえず顔拭きなよ。
 …女みたいな匂いだなって、貰っておいてうるさいよ! 僕つぎの駅で乗り換えだから、じゃあね! いや行き先変更しないでいいから! ついて来るなっ!



 たぶん好感触12 作者:楠沢朱泉

 バスッ。
 白球は勢いよくグローブに吸い込まれていった。
「今から無茶するなよ」
 相方から球と共に返ってきたのは評価に加えた忠告であった。感覚を確かめるように右肩を回す。それがどんな球になるかは腕を振りかぶった瞬間にわかる。
「わかってるよ」
 いかんせんスタミナ勝負の世界。ただでさえ暑さで体力は消耗するのだ。本番前からのペース配分は重要となる。でも、確証が欲しかった。
 噴き出る汗を袖で軽く拭ってから一つ深呼吸。さっきのフォームをなぞるように振りかぶり、体重移動を行い、流れに乗って腕を振る。
 ドスッ。
「文句なしの重さだな」
 あと少しだけ投げ込んでみたいという欲望に駆られたところで、集合の合図が聞こえた。
 視線を遠くへやると、スタンドの前の方の席は埋まりつつあった。さらにその奥には、良くも悪くも白球が映える雲一つない青空。
「もう時間か」
「今日はなんとなくいける気がするぜ」
 相方のなんとなくは当たることが多い。それが自分の予感を自信へと変える。
「いや、何が何でもいこう」
 拳を軽く付き合わせてから、監督の下へ小走りする。
 俺たちの最後の夏が始まる。



 たぶん好感触13 作者:はやみかつとし

 私は指先に神経を集中させて、出だしのパッセージを爪弾いた。
 と思う。「と思う」などとは心許ない感じだが、実のところ「指先」と言っているのは、指先同様に私の意思のままに動かせるよう設計された一連の制御装置に過ぎない。もっとも、「に過ぎない」というのも実感とかけ離れ過ぎている。この機構の操作習熟は、平たく言えば指そのものの訓練と同様で、動作によって得られた結果を視覚や聴覚でフィードバックし、位置や力の加え方に微修正をかけるというプロセスの繰り返しによる。そうやって得られた操作感が、何らかのアダプタというよりは「指」そのものに近いと思えたところでさほど不思議でもない。不思議があるとすれば、そのように感じられるものが、自分の両手からコントローラやアジャスタを幾重にも隔てたその先で動いているという、その重層的な距離感だ。もっともそれを言うなら、頭から首と肩、上腕と前腕を隔てた先で指が精確に動作しているということにしても不思議には違いない。
 だから、出だしのパッセージを弾いて、これはいける、と思ったのか、これはいけると言っていいと思ったのか、これはいけると思ったのは間違いないだろうと思ったのか、それはどれでもあってどれでもなく、結局同じことのように思える。と思う。



 たぶん好感触14 作者:砂場

 私以外の皆さまは。



 たぶん好感触15 作者:空虹桜

 一行目からあなたは、文字が躍る錯覚に囚われる。印刷された活字は躍り踊りて唄う言葉となり、唄が唄を呼び物語を導く。
 二行目にしてあなたは気づく。音を楽譜に写し取るように、光に色を名付けるように、作者は物語を言葉に嵌め込み、文字で切り取ったことに。
 だからあなたは、三行目へ至る前に目を瞑る。しっかりと目を瞑る。



 たぶん好感触16 作者:東空

見てはならぬものを見ているような気がした。
太鼓の律動に合わせてくねりうねる腰つき。見たこともない鮮やかな色の衣から突き出し、また隠れる脚。かがり火に照り輝く頬。ゆらゆらと宙を蠢く腕。女は、視線を天の一点へ据えて一心に踊っている。
身を乗り出し、跪いた地面に右手をついた姿勢で見入っていた男の胸の内側は、女の手で脚で腰でぬらぬらとこねくり回された。物理的な圧迫感を伴った渇きがのどをふさぐ。
「これは見てはならぬ/何も見逃してはならぬ」
もはや太鼓の音も心臓の動きも区別できない。
女の動きが止まった。と同時に崩折れ、右足を地面の高さでばたばたさせた。昔しとめた鹿の動きに似ていた。地に突っ伏していた女の首がおかしな方向へねじ曲がり、鬼のように開かれた口から泡と共に奇声と悲鳴と異国の言葉があふれだした。
帰りの道々男は自問した。「本当に雨は降るんだろうか…」
男の表情を察して、隣を歩いていた年配の男が言った。「たぶん好感触」



 たぶん好感触17 作者:まつじ

 部屋はがちゃがちゃと散らかって、要ると思えないような物たちが重なり連なりちょっとした山脈のようでもはや床底が見えない。
 そのうえ、眠るとき以外の壁の向こうはたいがい煩く、天井からまた用途のはっきりせん物が幾つとなく降ってきたりする。
 それでも上手く出来たもの、部屋も僕も今のところ潰れずいる。
 とにかくまあ雑多としていて、その中を不の字のような虫がたまにざわざわ動き回るのを察し、厭ァな気分になる旨打ち明けるたび確たる答はなく結局は心の持ち様となる。
 それもまた然り、と思うがどうしょうもない。
 のように暮らしていたところにひょっこり現れたのか、これまで知れなかっただけなのか、他と異なる体のものがいま目の前にあって何だろうか。
 辛いに角が生えたに見えなくもない小さな影を捕まえてみてやろうな具合になるがこれがなかなか難しい、逃げては追い追っては逃げて、ようやく両手のひらに閉じ込める瞬間、これでいいのかそうでないのか疑いながら僕のいろいろはそれを止めることができない。
 前にも似たような事あったけかしら。
 まだ判別のつかないそのそれを思いのほか強く掴もうとしている。



 たぶん好感触18 作者:手本板あゆか

 嗚呼、お月様。
 なんということでしょう。
 私は恐ろしい罪を犯してしまいました。
 こうしている間にも、心の内にわいた罪の虫が胸の奥を這いまわり、私を苦しめるのです。
 いけない、いけないと思っていても、気持ちはぐんぐん進んで行き、ついには……ああ、なんといことでしょう。
 私はあなたに恋いをしてしまったのです。
 きっとあなたは、気味が悪いと嫌がるでしょうね。
 だって私は、小さな池で湿って生きる、惨めな魚なのですから。
 この大地が、豊かな想像力で美しく繊細な数多の生き物を産み落とすさなか、些細な戯れから、私が生まれたのかもしれません。
 それでも、醜く不出来な魚は、あなたを想います。
ですから、そんなに儚く悲しげに光るのは、お止めください。
 私の心が、狂ってしまうから。
 見目麗しい、清純な少女のようなあなた。
 私の気持ちを知ってもなお、その清らか姿をこの粗末な池の上に浮ばせていただけますでしょうか。
 水面に映るあなたの影に抱かれている時、私の鱗は真珠の花ビラとなって、きっとこの世のどんな生き物より、美しく輝けるのです。



 たぶん好感触19 作者:JUNC

あまりにも真っ白で美味しそうだったから、空に浮かんでいる雲を素手で掴んでワシャワシャと寄せ集めたら、ものすごくいい肌触りだった。
・・・という夢を見た話を、
「どんなにいい肌触りだったかについて」を重点的に、
友達に喫茶店で1時間かけて話し続けていた僕の、
斜め前の席の女性が、時々笑って、ずっと僕のことを見ていた。



 たぶん好感触20 作者:椰子LEE

7月25日。梅雨があけ、毎日が今年一番の暑さを記録している。今日も今年の新記録が出るらしい。
ラジオのスイッチを入れると80年代の軽快なリズムが流れ始める。
熱めのシャワーを浴び、新品のワイシャツを着た。
家を出ると太陽がジリジリ照りつけてきたが、嫌悪感を抱くほど嫌な暑さではなかった。
自然と空を見上げる。テレビゲームのボスを連想させる大きな入道雲が遠くの方に浮遊していた。雨にならない事を祈り、会社に向かった。
会社の正門を通過するのとほぼ同時に心臓がドキドキいいだした。
今日は隣の課の女の子に話しかけようと決めている。最近気になっている俺の心のマドンナだ。隣の課だし挨拶くらいなら不自然ではないだろう。
幸いな事に俺の心のマドンナの席は、俺のデスクまでの通り道にある。
俺は気持ちと呼吸を整えながら心のマドンナの横まで歩くと、できる限り自然な笑顔でスマートに発した。
「おはよう。」
心のマドンナは一瞬驚いた顔をしたが満面の笑みで返してくれた。
「おはよう。」
よし、まずは挨拶からだ。俺はいつもより少し弾んだ胸を落ち着かせ、デスクに向かった。
いつの間にか入道雲は消えていた。



 たぶん好感触21 作者:たなかなつみ

 細部まではよく覚えていないのだ。何しろ、夢だから。あれはいる。いつも、そこに。丸いもの。あるいは、無形。ぶわぶわとした、半透明の、ゲル状の。
 目覚めると、無性にさみしい。あれがいない現実のなかで、私は考える。私はあれが欲しいのか。けれども、夢のなかの私は、何もしない。いつも。
 夜になると、また夢がやってくる。あれはぶわぶわとまるで私を誘うかのように、膨張したり、収縮したり。私はあれに自分の身を埋めるところを想像してみる。包み込まれる自分を夢想してみる。あれはぬめらかだろうか。あたたかだろうか。
 触れれば、食ってくれるのか。そう考えてはじめて、私は自分の欲求に気づく。食われたいのだ。呑み込まれたいのだ。あたたたかなそれに閉じ込められてしまいたいのだ。
 もう、戻れないよ、と誰かが囁く。もう、戻りたくない、と私は思う。ぶわぶわとうごめくそれに向かって手をのばす。目覚めの朝が後ろに忍び寄っているが、わたしは振り向かない。あらがいようもなく、ただ闇雲に手をのばす。あれに手が届くまで、もうあとほんのわずかというところまで。



 たぶん好感触22 作者:松浦上総

 眠れない夜には、君の声を聞いていたい。何も見えない闇の中でも、こわくはなくなるから。
 泣き出しそうな夜には、君の目を見つめていたい。たとえ涙が流れても、君の瞳に映るから。
 道に迷ってしまった夜には、君と手をつないでいたい。二人で星を探したら、それが、きっと道になるから。
 でも、もし、本当に悲しい夜がきたら。僕たちは、どうすればいいだろう?
 そのとき君は、僕につかまっていればいい。ただ、つかまっていればいいからね。
 
「ほら、こんなふうに」



 たぶん好感触23 作者:脳内亭

 みゃーおと猫が鳴いている。もっとも「わん」と鳴かれてもびっくりするが、ともあれその猫がふいとこちらへ近づいてきて、「わん」と鳴いたから本当にびっくりしてしまった。度合いでいえば「!」が三つ分くらいのびっくりだが、まあ「!!!」と実際に声に出せるわけではないからそれはさておき、猫は得意げにまたみゃーおと鳴きながらその場で丸くなった。黒毛で、しっぽだけが白く、ぴんと威勢よく立たせている(衣をふったらカラリと揚がりそうだ、嗚呼エビフライが食べたい)。そうして小腹をすかせながら様子をうかがっていると、にわかに雲行きが怪しくなった。これはひと雨来そうだなと思ったら案の定、ふってきたのが衣だったからさあ大変。「!」が四つ分くらいのびっくりだが、まあ「!!!!」と実際に声に出せるわけではってもういいか。しかし、ずいぶん腹もすいてきたし、あとは鍋のご登場を待つだけなのだが、さて、くだんのしっぽをパクッといった場合、果たして「!」いくつ分を更新するであろうか。そんなこちらの思惑を知ってか知らずか、うみゃーおと猫が鳴いている。



 たぶん好感触24 作者:ハカウチマリ

 阿難尊者の言う通りじゃった。
 説法なさる釈尊のお姿に注意しておると、時折、上向いた足裏を、ぽりぽりっ、かりかりっ、と素早く掻いておられた。
 釈尊まで水虫じゃったとはな。しかも、そのおみ足でペタペタと歩き回られて仏法にとどまらず水虫まで広められておったとはな。
 それを視認してしもうた今は、蓮華座は病魔の巣という阿難尊者の説を信じるしかあるまい。なんとも情けない話じゃのう。
 そこでわしと阿難尊者は蓮華座を酒精で拭き倒したのじゃ。
 それで蓮華座はいいとしよう。問題は釈尊のおみ足じゃな。わしらは考えに考えたあげく、蓮華座に酒精を満たしたままにしたのじゃ。
 まあ、釈尊は気付かれたようじゃな。まあ、びちゃびちゃになるからのう。じゃが、何も仰りはせなんだ。わしらの意図を汲み取ってくださったのじゃろう。
 効果か? 
 ほれ、傍で説法を静聴しておられる観音菩薩はうっすら桃色になっておられるじゃろう。
 釈尊もなんとのう赤うおなりじゃ。
 何? 酒精で水虫が治るかとな?
 まあ、そろへんは、どうれも良いれはらいか。



 たぶん好感触25 作者:茶林小一

 トンネルを抜けるとそこは乳国だった。
 古来、女は改めて言うまでもなく肉食であった。言葉で、色香で、そして時には暴力で男から搾取し、補食する肉食動物であった。今では肉食を通り越し、野獣猛獣ダイナソーである。男にはすでに対抗し得る手段はない。
 はるばる来たぜ箱だけ。女どもに散々に奪われ、抜け殻となった身体一つで男は辿り着いた。ここ乳国では現在レッドデータアニマルズでしか見ることができない大和撫子が今だ生息しているという。大和撫子を見つけ出し、捕獲し、その遺伝子情報を持ち帰り、世界を我が物顔でのし歩いている女どもを組み替えるのだ。スゴイダイズだ。豆乳よりも爆乳。小さな頃から巨乳好きで、いつも損ばかりしている。
 大和撫子は七変化するという。時は金なり。エロスは奔った。分け入っても分け入っても白い谷、後姿の時雨てゆくか。
 ついに見つけた村の中。どっこい生きてる乳の中。早速捕まえようと手を伸ばす。けれどもはい、それまでよ。
 その柔らかな感触を得たいなら代償が必要だ。等価交換というヤツさ。
 男魂に光あれ。ソーロングだフレンズ。グッバイは言わない。
 空を駆ける一筋の流れ星。そして誰もいなくなった。



 たぶん好感触26 作者:三浦

 工務店に戴いたカレンダーの五月のページを破り捨てようと手をかけてふと、一月近く経つのだとこどもの日の赤い日付に目を留めた。
 その時がらがらと玄関の戸が開く音がし、行くと、熊のような彼が立っていた。彼が来るようになって、熊のようにでっかいということでダベアと名づけた猫が姿を見せなくなっていた。
「どうぞあがって」
 言うと、何も言わずに靴を脱いで上がり、足音も立てずに庭に面したいつもの場所へ向かう。
 声を聞いたことがない。こちらの声はちゃんと届く。いつぞは入ってくる音を聞き逃したようで、真夜中の玄関に彼を発見したことがあったっけ。
 お茶と菓子を用意して縁側の彼に差し出す。これもこちらが勧めないかぎり手をつけない。この一月動かしていない座布団の上で、でっかく正座して庭を眺めているのも変わらない。
 動かしていないもう一つの座布団の上で一方的に捲くし立てる。友達が来月結婚する。子供も来月生まれる。しかも双子! めでたい!
 父の日になって、
 ダベアが庭の真ん中で死んでいた。事故以外で見た初めての猫の死体だった。
 彼はやって来た。
 頼むと埋葬を手伝ってくれた。
 山のような盛土が、庭の景観を破壊した。



 たぶん好感触27 作者:善月朔

「んー気持ちいぃー!」
 
 とある田舎の川に、暑さで火照った足を浸している少女がいた。
「あーあ、夏休みって急に暇になるから何か退屈……」
 少女の名前は詩乃。
この田舎で生まれ育ち都会に憧れている、ごく普通の女子高生。
詩乃の姉は既に上京してしまい、今頃きっとディスコとかいう所でふぃーばーしてるに違いない。
「大体、田舎って何であるんだろ……」
 東京に行きたい衝動が遂に詩乃を原点に戻した。
「ま、いーや」
 今まで動かしていた口を閉じ、再び空を見上げる。
「……」
 目を閉じ、耳を澄ませば聞こえてくる自然の輪唱。
今まで幾度も聞いてきたこの唄も、今日は何だかいつもと違った。



 たぶん好感触28 作者:きき

今度こそ。
それはわたしたちの合言葉。絶対やってやる。そういう気合を込めて、オーディション前に、叫ぶ言葉。
ショービジネスの世界で生きていくこと。歌えて当たり前。踊れて当たり前。まではいい。だがそれだけではない。客を呼べてなんぼ。客を呼べない人間は、せっかくつかみ取ったポジションも、次回がなかったりする。
悔しい思いをしつつオーディション会場を転戦。今度こそと、互いの手を握り合うわれら。
そしてやってきた運命の日。桜散る歩道を、縁起でもないわねと笑い飛ばしつつ闊歩。ガラス張りのビルの入り口をくぐった。
待つこと一時間。ついにわたしたちの番だ。われらいつも一緒に申し込むので、順番はたいてい並ぶ。集客も何も関係ない、アメリカでのステージ。実力とオーラだけを見抜いて選び取る(と信じる)、金髪碧眼の審査員。
力一杯の動き。表現。生き生きとした表情。群舞からソロダンスの段階にきたわたしたちに、審査員の目は、さらに厳しくなる。
よし。いい。次はわたしだ。コントロール8割、無我2割。すべてをかけて
踊りきり、最後のジャンプに汗が飛ぶ。
やったぜ。力は出し切った。廊下でわれら、控えめにガッツポーズ。かっこいいウィンクはちょっと無理。



 たぶん好感触29 作者:瀬川潮♭

 見渡す限り続く広い広い畑に麦秋の風が渡る。なびく穂先は金色の海。鍵盤をなぞるようにさらさらと遠くへ、遠くへ。暮れる夕日に染まる雲が——いや、やめておこう。
 僕は愛犬を撫でながら、人生来し方を——違う、人生行く末を眺めていた。麦畑の先の山々は、かなたかなた。
 ひゅん。
 不意に風を切る音が聞こえた。
 高い音は次第に大きくなり、やがて巨大な円盤状の物体が空から下りてきた。
 おそらく空飛ぶ円盤だろう。風を切る音は自ら回転しているからか。ひゅんひゅんとゆっくり降下してくる。
 着陸はしない。
 そのかわり地表すれすれに滞空し、麦の穂先を撫でるように回転し続けている。
 やがて上昇し空に消えた。一番星が空に輝く。
「ミステリー・サークルか」
 僕はつぶやきながら愛情を込め、ペットの毛並みを撫で続ける。愛犬は気持ちよさそうにしている。
 未来が——否、まだ見えない。



 たぶん好感触30 作者:りんりん

 私が持っている色鉛筆には芯がない。

「細長いだけの木の棒で何の役にも立ちはしない」

 あなたはそんな風にいっていたけれど、これだってちゃんと絵を描ける。
 先を削って尖らせて強く強く押し当てて、押し当てる手に力を入れて、さらに強く強く……。

 ほら、こうすれば絵が描ける。

 ……そんなに声をあげないで。私はこれから絵を描くのだから、気が散ってしまうわ。
 早く仕上げないと、あなたの血が乾いてしまうでしょう?



 たぶん好感触31 作者:アンデッド

 信徒は頭を垂れて「触っていいですか?」と主に尋ねた。
 主たる神は「す、好きにすればいいじゃない」と彼に説かれた。
 だが彼が許しを得ても、主の持つ二つの御山に触れることはなかった。主の深い慈しみを知ったからだ。

 これにより真の豊穣は訪れる。時が満ち、彼の者の手に再び神秘なる感触が甦るだろう。



  ——デレ記 三章・十五節より