500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第87回:シンクロ


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 シンクロ1 作者:水上敦

「彗星サーカスって知ってる?」と彼は言って、笑顔を真顔に変化させた。
「知らないわ」と私は答える。
「人が壁をすり抜けるんだ」
「すり抜ける?」
「そう、すり抜ける」
「それじゃあ、サーカスを超えて、マジックじゃない?」
「彗星みたいなサーカスなんだ」

     ※

 こんな会話のあと、私たちは恋人になった。
 宇宙を流れ星の豪雨が襲い、太陽風が吹き荒れた。
 宇宙船のなかは一筋の流星みたいに静かだった。

     ※

「彗星サーカスって知ってる?」と彼は言って、笑顔を真顔に変化させた。
「知らないな」と私は答える。
「人が壁をすり抜けるんだ」
「すり抜ける?」
「そう、すり抜ける」
「ありえないよ。人は壁をすり抜けない」
「彗星みたいなサーカスだからね」
「でも、人は壁をすり抜けないわ」

     ※

 こんな会話のあと、私たちは恋人という関係に終止符を打った。
 宇宙を流れ星の豪雨が襲い、太陽風が吹き荒れた。
 宇宙船のなかは一筋の流星みたいに静かだった。
 地球にかかったオーロラが目に入った。

     ※

 こんな短い、重なりあった二つのストーリーが、現代生活を支える量子論の誕生となった。



 シンクロ2 作者:yasu

 競輪選手の伊藤慎九朗は、このところ絶不調であった。
 先々場所の落車による影響もあるのだけれど、ここニ場所は999、999と綺麗に9着が続いており新聞にも「伊藤慎“9”朗」「慎“苦労”」と名前を揶揄した見出しが踊っていた。そもそも慎九朗には兄弟が九人いるわけではなく、生まれたのが九月だったからという単純な由来なのだけれども、このときばかりは親の付けた名前を恨めしく思うのだった。
 そんな慎九朗には今場所は負けられない理由があった。ファンの多い地元開催ではあるけれど、何よりもこの開催中に父親になるかもしれないのだ。身重である妻の予定日はちょうど今開催中であった。欠場して妻に付き添うことも考えたのだが、ここは勝って「慎“9”朗」という汚名を返上しなくてはならない。
 競輪選手は開催中には家族であろうとも、外部との連絡は一切絶たれてしまう。もしかすると今頃妻は陣痛に苦しんでいるのかもしれない。そんなことが頭を過るのだが、レースは容赦なく近づいてくる。第9レース9番車、伊藤慎九朗。またとない舞台が揃った。
「発走します!」
 大きく深呼吸をしてハンドルを握り締める。「息子が生まれても、絶対に名前に数字は入れない」そう誓って慎九朗はペダルを踏み込んだ。



 シンクロ3 作者:りんりん

 一人の男がゴム工場の見学に来ています。 

 最初の場所で、彼は哺乳ビンの口の部分を作る機械を見せられました。機械は「シュー、ポン!」という音を立てています。 

「この”シュー”という音はゴムが鋳型に挿入されている音です」とガイドの人が説明します。
「ポンという音は哺乳ビンの口の部分に針で穴を開けている音です」 

 その後、見学のコースはコンドームを作る場所に来ました。機械は、「シュー、シュー、シュー、シュー、ポン!」 という音を立てています。 

「ちょっと待った!」と見学している男が言います。「”シュー、シュー”って音は分かるけど、たまに起きる”ポン!”って音はなんなんだ?」 

「ああ、あれは哺乳ビンの口と一緒だよ」とガイドの人が言います。「4つに1つのコンドームにああやって穴を開けているんだ」 

「それじゃ、コンドームとしては良くないじゃないか!」 

「そうだけど、哺乳ビンの口の売上にはとても良いんだよ」



 シンクロ4 作者:ハカウチマリ

 まだ人間に知られていない転写因子がその認識配列の近傍に流れてくる。転写因子のDNA結合ドメインと認識配列は相互作用を起こして結合に至る。その転写因子の転写活性化ドメインに共役因子が結合しヒストンのアセチル化が起きる。それにより解れた染色体にRNAポリメラーゼが結合し、下流遺伝子が転写されていく。
 同時刻、ヒトミの近傍を彼女とは異なるHLA組成の男性が通り過ぎる。ヒトミは無意識下にその男性に好意を持つ。ヒトミの視線に気付いた男性は彼女を誘う。ヒトミは誘いを受ける。二者間にあった緊張は解れていく。二人の間に会話が紡がれていく。
 同時刻、ある大きな存在の近傍をヒトの願いが通過する。その情報は大いなる存在には受容可能な形式だ。解読に要する作業数も比較的少ない。「存在」はその意味を理解した。「存在」とヒトの間にある障害が解れていき、「祝福」が下されていく。



 シンクロ5 作者:青島さかな

 握りこぶしほどの飴玉は透き通って、中で小さな金魚がひらひらとしているのが解る。少年たちは行儀良く並んで、順番に舐めていく。飽きたら交代。でもついつい最後尾にまた並んでしまう。ぺろりぺろり。甘い甘い。舌が舌が。青い青い。僕は僕は。赤い赤い。飴玉はげん骨大のまま、少年たちに混乱と色彩と永遠とを与え続けている。
 そこに一人の見知らぬ少年がやってきて、彼はあんぐりと大きく口を開けたかと思うと、ぱくりと飴玉を口の中に収めてしまう。何度か舌の上で転がしていたけれど、ごくりと飲み込んでしまった。喉の凹凸ではっきり体の中に落ちていくのが見て取れる。少年たちは「あーあ」と解散する。彼だけが境内から出て行かない。
 残った少年はだんだんと赤くなり、鱗が生え、尻尾が伸び、横たわってぱっくぱっくしていた。やがて完全に金魚の形になると、彼の周りが少し濁って、ぎゅうっと小さくなっていった。
 先ほどより一回り大きい飴玉の中で金魚は元気良くひらひらとしている。飴玉は次の町を目指して飛んでいく。



 シンクロ6 作者:茶林小一

 ピートと名付けられたすべての猫が夏への扉を探しているわけではないだろうけれども、僕のピートは確かに向こう側の世界を覗き込むのが好きであるようだった。
 例えばある扉を開くと、その先には緑色をした砂で一面を覆われた丘が広がっており、その中心にダイヤル式の四脚テレビが鎮座していたりする。映っているのがルイツだったり、ジョセフソン姉妹だったり、タチバナだったりとそのたび変わってはいるが、テレビ自体はいつだってその景色の中にあるのだった。そしてひとたび砂嵐が来れば、画面もまたそれに同調するのだった。
 彼は隙間を潜り抜け、砂嵐が止むのを待って、向こう側の季節が巡り、新しい世界が眼前に開かれるのを座り込んで待つ。時折長い鳴き声を上げる。そしてもう一度隙間を潜り、まだ次の季節が訪れていないのを確認するのだ。
 彼だけではない。実を言うと僕も待っている。次の季節が、新しい季節が来ることを、心のどこかで期待している。
 僕たちはいつだって、次の季節を探している。夏でなくてもいい。見知らぬ季節を求めて、彷徨っている。
 いつの時代でも。どんな場所でも。きっと、誰だって。



 シンクロ7 作者:手本板あゆか

君に笑ってほしいから
君のホクロと同じところにピアスをつける
いつか君に見つかって
「一緒だね」と笑顔してくれたらいいのに



 シンクロ8 作者:たなかなつみ

 見れば見るほど嫌な子だと思っていたの。教室の隅で薄ら笑いを浮かべて。頭悪いし、どんくさいし、着ている服だってなんだか薄汚れていて。でも、あたしはあの子に声をかけてあげるの。だって、カワイソウな子にはシンセツにしてあげなきゃいけないでしょ?
 あの子が水色のリボンをつけ始めたのはいつだったっけ。あたしのリボンに似ているよね、あれ。あたしの真似をしているつもり? 可愛いとこあるじゃない。そういえば、あのワンピースもあたしのと似ている。あの鞄のパッチワークにも見覚えがある。あの髪型、今度しようと思ってたんだよ。ねえ、それ、あたしが欲しいと思っていた靴なのに。
 いつの間にあたしと同じ笑い方をするようになったの? まるで鏡を見ているよう。
 ううん、違う。この鏡に映っているあたしが、本当のあたし。着ている服は薄汚れていて、ぼんやりとした薄ら笑いを浮かべている、どんくさそうな女の子。
 ナカマハズレはカワイソウでしょ、とあの子はあたしをかばって言った。あたしは曖昧に笑う。でも、あたしはいったいいつからカワイソウだったの? 考えてもわからないのは、あたしの頭が悪いからなのね、きっと。



 シンクロ9 作者:三里アキラ

 果てしなく続く、暴力的に波を描く線。触れてしまった僕も線になる。
 融けて一つに。
 終わりのない、たぶん始まりさえなかった線は壮大な環。



 シンクロ10 作者:ぶた仙

 潮の香りが心地よい。
 わずかに残った日輪を見上げながら、僕は隣にいる彼女の肩をきつく抱き寄せる。でも、今見ている世紀のイベントと同じく刹那的なシンクロ。天照大神と月読命が結ばれることはありえない。
 闇が訪れた。待ちに待った望遠鏡を覗くと、明るい点がコロナの近くに見えていた。望遠鏡の一点に留まるその光源は、西へ動く陰陽の重なりに呑み込まれる。静止衛星? この緯度にはないはずだが。
 UFOかと思った瞬間、頭の中にうめき声が聞こえてきた。
「く、苦しい」
 誰かの意識がどっと流入してくる。
「最高神は、わたしたちをお見捨てになったの?」
「違う! 最後まであきらめるな」
 頭がくらくらするのは酸素不足か無重力のせいか。宇宙船がトラブルを起こしているのだ。息苦しさが窮まり、意識が朦朧となった時、僕の手にはらはらと恋人の涙が落ちた。
 太陽と月と船が一直線に並び、僕と恋人は見知らぬ生命とひとつの意識で結ばれる。僕たちはいつしか唇を重ねて空気を与え合っていた。
 コロナが燃え立つ。太陽と月の許されぬ恋は引き返せない地点を越えた。

 2日遅れて家に帰ると、あれほど可愛がっていたグッピー二匹が藻だらけの水槽で重なるようにして浮いていた。



 シンクロ11 作者:影山影司

 行ったことも無い修道院を思い出す。穢れを知らない人々が納まるはずの部屋は、何故か最も穢れた犯罪人を収監する檻に良く似ている。石造りの壁、床、天井。色盲になったとてこの部屋にいる限りは分らない。石の色は薄い灰色。木造りの重い扉と、破壊不可能の錠でもあればまさしくここも檻なのだが、この部屋には出入り口が存在しない。
 天井にある明り取りの小窓は、痩せ衰えたこの身体でも通り抜けれそうに無い。『田』の字に木枠で区切られていて、それぞれ太股ひとつが通れば良いくらいか。四分割された所には液晶モニタが埋め込まれている。中途半端な大きさのモニタが唯一の光源なのだ。青っ白い電子の光が部屋に微かな光をもたらす。入力デバイスはこの部屋全体だ。平面全てが感度の乏しいタブレット。拳を叩きつけ、ささくれた爪で掻き毟るとモニタの映像が変化する。
 掠れた血の跡の残る壁。手の届かない液晶に表示される女の柔肌。瘡蓋と垢と毛髪の散らばる床。行ったことも無い修道院を思い出す。



 シンクロ12 作者:脳内亭

 川に石投げ、一、二、三、四五、と跳ね、沈んだ。  もいちど石投げ、一、二、三、四五、六、七、八、九十、を跳ねたと同時に川のなかからボ・ストーンが現れトォッ! と飛んでった、たぶんボストンまで。拍手。



 シンクロ13 作者:JUNC

僕はひとりだった。
窓際の席に座り、カタカタカタとキーボードを打つ。
夜の11時を回り、やっと目処がついて、
ふーっと深く息を吐き窓の外を見る。
ここはビルの30階。
空に近いはずなのに真っ暗で星も見えない。
そんなことを思いながら窓にへばりついていると
向かいのビルの同じ階、窓にへばりついた人がいた。
僕がそのことに気づいたと同時に向こうも気づき、
見合ったまま、しばらく動けなかった。
結構な時間が過ぎた頃、
窓にへばりついていた自分の格好がちょうど、
両手を挙げていたことに気づき、そのまま大きく振ってみた。
驚いたことに向こうもちょうど手を振ってきたので、2人で笑った。



 シンクロ14 作者:六肢猫

人生は面倒だ。
追従に次ぐ追従、それもまた面倒。
(別に偉くなんかなりたくなかったのに・・・)
残業は一向に捗らず、下らない事ばかりが脳裏をよぎる。
例えば『棺桶までのショートカット』について。
(病んでんのかな?俺・・・)
時計の針が0時を指す。
空腹を覚えて給湯室へ行くと、ポットの横にゼリーをひとつ見つけた。
(貰い物かな?まあ食べてもいいよな、立場的に)
蓋を開けてスプーンを刺そうとしたとき、何かが動いた。
慌てて電気をつけると、青いゼリーの中に一匹の赤い金魚が泳いでいた。
(???)
金魚は確かに生きている。
だが、カップを逆さにしても金魚も水も出てこない。
驚きと同時に食欲が失せた。
指で、つい、とゼリーの表面を撫ぜてみる。
金魚も、つい、と指差すほうへ泳ぐ。
逆も試してみる。
やはり指差すほうへ泳ぐ。
つい、つい、つい、つい、、、、、
(「同調」と「協調」って、似てるけど違うんだよな・・・)
不意に金魚が正面を向いた。
銀で縁取られた意思のない黒目。
(コイツなんて嫌な目をしてるんだ!)
そう思った瞬間、俺は一息にゼリーの中へ吸い込まれた。



 シンクロ15 作者:根多加良

 君が女であれば、僕は男で。君が優秀であれば、僕はグズで。君は理系で僕が文系。君沖縄出身、僕北海道出身。クラシックといえば、パンクロック。和食といえば、中華。モネと会田誠。そばといえば、うどんで。君が僕を嫌いなら、僕は君が好きで。

 数直線の両端にいるような私とあなたは、理想の恋人を原点に置いた、惑星の軌道のように、お互い点対称に円運動をし続ける。原点の姿がまぶしすぎて、あなたはまともに私の姿を観測することができず、ただ軌跡のみを追いかけて、なんとか相関性を見つけようとひとつひとつプロットしていくけど直線とは程遠い。ただ二人の距離だけがいつも最大値。
 だから単純な一行だけの数式で、私とあなたの関係は表せるんだよ、証明終わり。二度と近寄るな。のメールを僕に送って再び消えた君。
 最後に君が記した数式は君の位置が決まると、僕の位置も決まる、決して会えないようにできていた。それは通じ合っているといっていいかな、と通じない言葉を飛ばした。



 シンクロ16 作者:松浦上総

 こんな土砂降りの雨の日に、急に海が見たいだなんて、なんの気まぐれだい? 僕はハンドルを握りながら、心の中でつぶやいてみる。でも、口には出さない。映画を観るはずだった土曜日の午後。君と一緒にいられるのなら、どこだって構わないのだから。
 車の中には、君の好きなマウリツィオ・ポリーニが演奏する、ドビュッシーの「沈める寺」が流れている。窓を叩く雨の音と、和音を叩くピアノの音が、メトロノームのようなワイパーをはさんで、少しずつシンクロしていく。こんな風に僕たちの心も、シンクロできればいいのだけれど。
 最近、君のことがよくわからない。こんなに近くにいるというのに……。
 車は、海岸の駐車場に入る。雨はさらに激しさを増し、ワイパーもほとんど役に立たない。それでも、フロントガラス越しに、灰色の空の下で荒れ狂う海は見える。曲は、いつの間にか後半に差し掛かっている。
「なんか、リフレインみたいに聞こえる。さよなら、さよならって言ってるみたい」
 君は、顔を伏せる。
「ごめんなさい……」
 曲とシンクロするかのように、僕たちの物語も、フェードアウトしようとしていた。
 哀しい雨の後に残るのは、きっと、優しい潮風と、かすかな波音だけ。



 シンクロ17 作者:黒衣

 まいったなー。ひとりごちてみる。ひとりだけどそれは意外とすっきり響いた。古びた民宿の二階、開け放った窓枠には、横幅一杯の黒い海と、浜辺に沿って続く有料道路と線路が収まっている。誰にも見られたくないから灯りを消す。いま、二両編成の最終電車が右から左へちくちくと動いていく。順、順に、シグナルは青に変わっていく。
 そんな風だったらなあ。
 別に涙は出ない。明日は帰って、明後日からはいつも通りだ。
 下で、明日の朝食は洋食にするか和食にするかとおかみさんが言っている。



 シンクロ18 作者:海音寺ジョー

 ボリビアの首都・ラパスは周りを高山に囲まれてて、まるですり鉢の底にあるよう。夕闇が辺りを覆うと、山壁に建てられた町々が明かりを灯し、ラパスの全体がネオンで覆われる。視界をはるかに越える360度の外灯のきらめきが壮烈に綺麗で、高山病の吐き気の苦しさを一瞬忘れ、ぼくは絶景に心を奪われる。

 地球の裏側、日本にいる君に今この瞬間の、この無尽蔵の光のパノラマを見せたい。

 そう思ったとき中央広場(セントロ)のベンチの、ぼくの隣りに座っていた老人が手風琴を鳴らした。『コンドルは飛んでいく』という曲。そのメロディが流れるのと全く同じタイミングで停電がおき、外灯が明滅した。あまりにもリズムが合っていて、ぼくは一つの確信を得た。

 街という物語は寓意に満ちている。貧しさも内紛も軍事政権もどうでもいい。老人はぼくにウインクして、ぼくは笑みを返しチップなら弾むさ!と日本語で言った。



 シンクロ19 作者:ハコ

 私は今まで大きな病気にかかったことはないし風邪も3年前にひいたきりだ。確かに私は健康だけれど、別に珍しいことでもない。そんな人はたくさんいる。
 授業の途中で教室を出て行った彼女を目で追いながら私は思う。単位は大丈夫なのだろうか。
 彼女は虚弱だった。夏は必ず食欲をなくして体調を崩しているし、冬は冬で風邪をひいて寝込んでいた。同じ学科で同じ授業を受けて、もう3年になるけれど、彼女について知っていることといえば、すごく華奢だということと、見た目通り食が細いということだけだ。
 「体調が悪いんだって」
 授業終りに友人が言った。私は大して興味がなかったけれど、頷いた。彼女の単位の方が、私は気になった。
 「大丈夫かな」「大丈夫なんじゃない?」
 単位は危ないと思うけど。そう続けた私に、友人も渋い顔でうなずく。友人は本気で彼女を心配しているのだ。偽善的で、友人のそういう所が私は好きだ。
 「あんたもね」
 私は健康だ。この3年間風邪もひいていない。けれど学校にはあまり行かない。健康な私は、課外活動に熱心だ。
 「心配してたよ、あんたの単位を」
 「誰が?」
 「あの子が」
 納得がいかなかったが、それはお互い様だ。



 シンクロ20 作者:瀬川潮♭

 旧友がマイホームを手に入れたのであいさつに行くと、障子戸の升目すべてが破れていた。ははあ、いつのまにかおめでたでもあったのか。何年黙ったまんまだ。水臭いなぁ。
「子どもなんかいないよ。金がかかるのに産めるかよ」
 彼は目を丸くしたあと肩をすくめた。ははっ、前より太ってやがるんでユーモラスだ。
「でも、それならどうして」
 部屋の内側に障子紙がすべて破き抜かれているこの状態は何だ?
「いやあ、安かったわけだね。毎晩毎晩、これさ」
 そういってすね毛だらけの足を出す。ぴんと伸ばしたかと思うとくの字に曲げたりくねくねひねったり。
「まさか、あれ全部か?」
「息もピタリで高さもある。美脚だし、見事なもんだよ」
 ペアだそうで、隅から隅まで使うスペクタクルなところが特に良いらしい。たまに張り替えて音の臨場感も楽しんでいるのだとか。
 ははっと笑ったあと、受け皿すらないコーヒーカップを前にお互いため息をつく。



 シンクロ21 作者:アンデッド

「ねえねえ」
「なに」
「ちょっとこれ見てよ、ねえ」
「なによ」

 私は鬱陶しいと思いながらも、友子の要求に応えてそちらを見る。
 友子は自分の両目を指差していた。

「ほら見て。見てよ」
「だからなんなのよ」
「ねえ、両目が同じ動きしてるでしょ」

 確かに両目が同じ動きをしていた。それが何だというのか。
 尚も友子は続ける。

「ほら、ほら、同じ動きしてるでしょ。全く同じ動き。同じように動く」

 友子は両目を上下左右に動かしたりグルグル回したり、縦横無尽に操っていた。

「はぁ。それがどうかしたの」
「だってスゴいじゃん! 同じに動くんだよ? スゴいよコレ!」

 呆れた。私は呆れて物が言えなくなった。

「あれ……なんか怒った?」

 私は答えなかった。

「……怒ってるんだ。変なことわめいてごめん……」

 そのまましゅんとしてしまう友子。その時、友子の両目がバラバラに動き出す。余りに突然の出来事で、私は驚いて飛び上がった。

「あ! 由美も目! なってる!」
「え?」

 どうやら私も両目が同じ動きをしているらしい。
 ふーん。これがそうなんだ。バカらしいね。
 けどなんだか楽しくなったので、私は友子と一緒に大笑いした。



 シンクロ22 作者:伝助

 白い砂浜に右足の足跡だけが大量に残されるまで、まだ時間がありました。
「見せろよ」 と王子様に促がされて、人魚姫はスカートをたくし上げていきます。海岸近くの粗末な物置小屋の中は薄暗く、そこら中に雑多な道具類が転がっていて、とても豪華な宮殿とはいきませんが、それがかえって、人魚姫の露わになっていく生足の艶かしさを際立たせるのです。
 王子様は少女が自らたくし上げたスカートの裾を自らの口で咥えるというウロボロス的エロスに興奮して、人魚姫の太腿の付け根に残ったクロウロコに鼻を突っ込みます。
 人魚姫は声を押し殺します。
 人魚姫は自分の身体感覚に対して奇妙な違和感を持っていました。
 それが、王子様が人魚姫の股を割って入って来た瞬間に、爆発しました。
 こんなのは、変だ。王子様に逢いたいから『脚』を望んだのだけど、こんな風に不細工に二股にわかれていることについてはむず痒いというか、とにかく絶対に間違っているような気がする。

 時は過ぎ去って、翌々日。大臣は、蹴り殺された王子様の死体の傍に転がっていた血まみれのノコギリを手にとり、どうしてこれが凶器ではないのかと、首を捻りました。



 シンクロ23 作者:はやみかつとし

 恋は森の向うにあるので、ぼくはそこで流れる時間の測り方を想像することができない。
 恋は森の向うにある。それは恋と呼びうるものではないかもしれない。
 心の奥で刻まれるリズムに耳を澄ます。さまざまな世界に通底する一つの方程式があると信じている。でもそれはいつ更に上位の法則に覆されるとも知れず、またその瞬間のスリルと全能感には抗えないことも知っている。でも耳を澄ます。聞き取れないほどの微かなずれが場を発火させる。無から有が生じた瞬間が繰り返すのを聴く。

 *

 恋は星の向うにあるので、ぼくはそこで流れる時間の測り方を想像することができない。
 恋は星の向うにある。それは恋と呼びうるものではないかもしれない。
 闇の奥で刻まれるリズムに耳を澄ます。さまざまな宇宙に通底する一つの方程式があると信じている。でもそれはいつ更に上位の法則に覆されるとも知れず、またその瞬間のスリルと絶望感には抗えないことも知っている。でも耳を澄ます。聞き取れないほどの微かなずれが場を発狂させる。無から有が生じた空間が繰り返すのを



 シンクロ24 作者:東空

『シンクロ』

 その新月の晩の二人の邂逅が、歴史を大きく変えることになろうとは、本人たちでさえ知る由もなかった。ただ熱に浮かされるように語り合うのみであった。

 二年も前のことになる。 男Aは、狭く蒸し暑い部屋の中、妹の棺と向き合って座り至高者への問いかけを繰り返していた。
「なぜ、無実の妹は異教徒の弾丸に命を奪われねばならなかったのか」
「なぜ、至高者は異教徒どもを聖地から追い払いにならないのか」
「海を越え、災厄をまき散らす悪魔どもに、血の報いのあらんことを!」
男Bは、取り巻く群衆を前に諭していた。
「災厄の根源は、異教徒の軍隊が聖地を蹂躙していることにある。」
「至高者は、異教徒どもを聖地より追い払うことを我らに求めておられる。」
「海を越え、災厄をまき散らす悪魔どもに、血の報いのあらんことを!」

そして、二年後新月の夜がやってきた。二人は出会い、互いの瞳に吸寄せられた。
男Aは言った。「シンです」
男Bは応えた。「クロです」



 シンクロ25 作者:わんでるんぐ

 明け方、夢を見た。
 両の耳を、薄刃のナイフで、すぱり、すぱり。肌色のきくらげみたいなのを、ぐらぐら油の煮立った大鍋へ、ひょいと投げ入れる。
 じゅわじゅわじゅわじゅわじゅわじゅわじゅわじゅわ。
ーー頃合いだな。
 思ったところで、目が覚めた。
 何のことはない、庭の老いた桜で、蝉が鳴きたてていたのだった。
 それから毎日、大鍋の夢を見た。
 脳味噌、両目、両頬、鼻、口、それぞれに揚げていき、頭蓋、首、胸、腹、臓物、一物、尻……と、三週間ばかりで、残るは足の指だけになった。
ーーころころ鍋に転がり込むか。
 長い夢の、軽やかな幕引きを楽しみにしていたのだが、いつまで経っても大鍋が現れない。そのうち、ぽっかり目が開いてしまった。
ーーそうか。
 蝉時雨は、終わったのだ。
 以来、足の指の夢ばかり見る。妙に辛抱強そうなのが、目下の悩みだ。



 シンクロ26 作者:砂場

 俺は周りに合わせるのが得意なのだ。そんなこととは関係なく小さい頃は文句なく幸せだったが、成長した俺は自分の特性を最大限に活かして大学生としてだいたい上手くやっている。空を観る会というサークルに入って友人もできた。友人が怒っていれば俺は一緒に怒り出すし、恋人(も得た!)が落ち込んでいれば心から同情する。時にはそれで相手から嫌われることにもなるのだがしかし俺はそういう生き物なのだ。第一、その時には俺だって相手を嫌っているのだから結構ではないか。合う相手は生物に限らない。在籍しているのは歴史学科だが俺は自然科学の方面も好きだし成績も良い。
 が、なんとまあ俺にも合わせられないものが一つあったのだ。人間の身体というのが本来は二十五時間サイクルになっているというのは知っていた。奇遇にも俺も二十五時間だった。しかし地球は二十四時間なのだ。人間の多くが自然にやっていることが、俺にはできなかった。限界だった。そういうわけで寝不足で重たい頭を抱えつつ、二十五時間周期の我が星へと向かっているのだ。隣では地球で得た友人が一人ぐうすか寝ている。俺と似た性質を持っていると思ったのだが。まあとにかく今、外は夜だ。そして大学は夏休みだった。



 シンクロ27 作者:水池亘

 最近出版された私の著作に何やら怪しい噂があるというのでインターネットで調べてみた。曰く、316ページの文章中から「はにほへといろは」を抜き出して順に並べると一つのメロディになっているとの由。アップされていた曲を聴いた瞬間、私は唐突に思い出した。まだ赤子だった頃、子守歌代わりに母親が良く奏でてくれたピアノ。
 三月十六日は私の誕生日だ。



 シンクロ28 作者:楠沢朱美

 彼女は右手で自分の髪をなでつけた。
 わたしは彼女の動きをなぞるように左手で髪をなでつける。
 デート前のせいか先ほどから右を向いては毛先をいじり、左を向いてはピアスをさわりせわしなく動いている。わたしは左右を入れ替える以外は、寸分違わず彼女と同じ動きをする。
 それがわたしに決められたことであり、存在意義だから。
 彼女は目の前にいるわたしのことを知らない。わたしのことを彼女自身だと思い込んでいる。
 世の中で最も息の合った演技なのに。
 しかし、時々思うのだ。
 鏡の中にいるとされているわたしたちが、外の人たちに合わせているということになっているけれど、本当は逆じゃないのかと。家を出る直前にあれこれやったって大して変わらないのにと毒づきながら、実は彼女にその行動をさせているのはわたしなのではないかと。
 だって、わたしは彼女と違う動作をとることもできるんだもの。
 その証拠に、目を離した隙にわたしは彼女に向かってあっかんべーをしてやるのである。



 シンクロ29 作者:三浦

 たまに、きゅっ、ていうか、どっ、ていうか、どゅっ、かな、そういうのになる。ちいさい頃からだ。三歳のときのブランコの上が、おぼえているはじめての、どゅっ。シャックリとかクシャミのように誰にでもあるものだと思って育っていった。
 そうじゃなかったんだ、と思い知ったのが小学校四年生の夏休み。お泊りの夜、シャックリが止まらなくなった親友にどゅっ、のことを話したら、え、なにそれ、ということになって、その頃のその子は幽霊にご執心だったものだから何かがとりついてるのよ、と断言されたわたしは翌日から転がり落ちるように体調を崩していき、母親に連れられていった病院でどゅっ、について先生に告白、ご大層な検査の結果異常なしとなって、じゃあやっぱり幽霊なんだとパニックに陥ると今度は父親も一緒になって高名な霊媒師だという女の人のところへ送り込まれるという大事にまで発展。
 しかししかし中学生になるとわたしの中で幽霊騒ぎは突然なかったことになり、そしてそして自然とどゅっ、はひた隠しということになったのでした。
 で、高校生になった現在もどゅっ、とのお付き合いは継続中。初体験から一三年たっていまだ原因不明中。
 なにこれ?



 シンクロ30 作者:まつじ

「おおい」
 と呼ばれすべて合点がいくのは、ママあることであった。
 他人の心の動きを自分と重ねて感じ見も知らぬ人間につい声を掛ける、往来で突然泣き出したくなるなど、近しい人々の間では面白がられ重宝がられもするが、気味が悪いという目で見るものもいる。信九郎自身でも気の病かと思う。医者には癇癪だといわれた。
 信九郎には好きな女がいた。
 女も信九郎を慕ったが、信九郎は武家の九男、女の家にも立派な嫡子がいるとなれば嫁をとることも婿になることも出来ない。
 まあ、それでも、悪くはなかった。
 しかし、盗賊に攫われた女は今、助けに来た信九郎の前で刺され、ずんぶりと小太刀が妙にゆっくり抜ける体から流れ出た女の意識が信九郎の脳内で自分の意識と合わさりぐるぐると光速で回転し得体の知れぬ力を発し悪漢どもを打ち消したが彼らの死に際の心中まで飛び込んできていよいよ頭がおかしくなるというところに、異界の人が現われ信九郎らを救い去った。
 言葉も知らないが信九郎を必要としているのは分かる。
 部屋の外から片言で信九郎の名を呼ぶ声で用件は察せられるが、まだ二人で気持ちを重ねていたい思いがまた重なって嬉しくて信九郎と女は少しだけ互いの手を重ねた。



 シンクロ31 作者:空虹桜

 南中を照り返す海面が深紅の艫によって波立つ。鯨を追う内に流れ着いた大洋を、漕ぎ手たちは漕ぐ。
 遠く離れた海洋の島々が似たような文化を持つのは、同じような肉体が、同じような方法で、同じような理由から、海を渡るからだ。己と積み荷を運ぶために漕ぐ。生きるため命を削り漕ぐ。贈与と交換を繰り返すために漕ぐ。貨幣も物品も花嫁さえも、原始の時代から人々を漕がせてきた。
 そして、漕ぎ手たちは曝される。荒らぶる波、吹き荒ぶ風、逆らうことを許さぬ海流。だが、漕ぎ続ける人々は対する術を見出だす。巡る昼夜に、寄せては返す波に、漕ぎ続ける艫に、打ちなり続ける己の心拍に。
 漕ぎ続ける彼らは、ひとつとなった勢子舟は、深紅の艫は、今、黒潮に漕ぎ入る。



 シンクロ32 作者:sleepdog

 北方諸島の遥か先、ユーラシア大陸とアメリカ大陸が向かい合うベーリング海に、世界中のイカが集結していた。ロシア、アメリカ、カナダ、中国など生まれた海域によって群をなし、一糸乱れぬ壮麗な舞いを披露する。冷たい海の中でそれを静かに見つめる水の民。
 元よりイカに国籍はない。だが、ここに集まるイカは、それぞれが馴れ親しんだ地域風土の影響を受け、色も形も紋様も百花繚乱のさまとなり、祖国への帰還を絶たれた幾世代もの水の民を深く魅了する。
 体表にホクサイの大胆な色彩が浮かびあがった小ぶりなイカが、きびきびと長い二本の足先まで神経を張りつめて繊細優雅に舞い踊る。水泡が七色のビー玉のように煌めき、永字八法の手本のごとく、止め跳ね払いを艶やかに描きだしていく。


 海上のさらに上の空域を、超重量のイカが一糸乱れぬ統制で群れをなし、遥か地へと向かっていく。艦上でそれを静かに見送る水上の民。彼らは探知機でたまたま海中のおびただしい魚群の数に気づいたとしても、そこに繰り広げられる祖国の舞いをまだ知ることはない。



 シンクロ33 作者:きまぐれオッサンロード

潤しきピンク色に輝く唇と光源に負けないスカイブルーの瞳。
目を閉じるごとに僕の心臓が共鳴する。
ズキュン、ズキュンッ
赤い液体が僕の水に一滴一滴と加わり拡散を始めると全身が真っ赤に染まる。
ドキュン、ドキュンッ
体中に巡る回路から電流が指令を出すと、僕は捕食者に変身する。
美味そうな獲物を捕らえる瞬間が、野生の証明を呼び覚ます。
バキュン、バキュンッ
生命の絆を繋げる仕掛け時計が回想シーンをその音と共に告げる。
ゆっくりと冷えるゆでたまごを横に数字の並んだカードを外す。
もう俺にお前はウツセナイ。
もちろんお前の光線もキカナイ。
なぜなら俺たちはもうシンクロしない。