500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第121回:河童


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 河童1

 「戻すんだ」
 和尚は、干からびた物体に水をかけた。
 掘り起こした木の根にしか見えないその醜怪な塊は、河童のミイラであると言われていた。 この寺は大昔この地域にいたと言われる、河童を供養した事で有名なのだ。
 和尚は子供の頃から馬鹿にしていたが、彼の父である前和尚は河童の存在を信じていた。 父の話によれば、河童は水に遊ぶのみならず、空を飛び千里を駆け、雨を降らせ大地を実らせ命を育む、全知全能の救世主なのだと言う。
 「しかしその才能に危惧を抱いた八百万の神々によって、水分を抜かれてしもうたのです」
 客が来るたびにそう説明する父親の姿を見て、どうせ猿の干物か何かだろうに、とうんざりしたものだ。

 だが今はそんなことを言っている場合ではない。
 空を覆い隠す暗闇。 超巨大隕石が、地球に落下しようとしている。 地球最後の瞬間まであと1時間。 科学の力も及ばなかった。
 井戸の水をかけ続けていると、河童の干物が不意に膨張した。車くらいの大きさに。
 続いて家くらいに、小山くらいに、やがて河童は黒々と空を覆い尽くす。
 ぼよん、と音がして、河童は水を振り撒きながら、隕石を弾き飛ばした。 



 河童2

 頭が捩り切れるかと思ったのだが勘違いであったらしい。とはいえ、相応の痛みはある。呼吸が辛い。出来ない。苦しい。生きるのが厭んなる。厭んなるが消えることも儘ならん。角力を取れと脳の髄が囁くのだが何の為に。面白いから?と笑い声。空耳である。腐れた体が滑(ぬめ)る。それ以外は童の頃と違いがないが、にしても随分永らえた。何故か水辺を離れられない。清めたい気もあるが、根源でない。意味が判らず、厭んなる。角力をしなくては。厭んなる。厭んなるが、やらねばならん。いやあ、怪奇である。
 弱いので容易にやられる。首がもげるかと思ったが、無事ではある。とはいえ相応の痛みがある。厭んなる。それでも続ける。何する者ぞ。この小さく滑(ぬめ)る体。はっはっは。面白いか。興味深いか。そうでもねえか。ちゃんちゃら可笑しい。うける。笑える。いやはや、たいした見世物だ。
 はっは。
 我こそは、怪奇である。
 らしいよ。
 はっは。



 河童3

 ——笹舟のつくり方を教えてくれたのは、誰だっただろう?
 
 私は、小さな温泉町に一人で来ている。私の余命が数ヵ月だと分かったとき、早くに両親を亡くしている私にとってたった一人の身内である妹は、それを隠さずに話してくれた。お姉ちゃんになにかし残した後悔だけはしてほしくないからと。だからこのひと月、私はいろいろなことの整理につとめてきた。そしてその締めくくりが、この旅なのだ。
 幼い頃に家族四人で訪れた思い出の町。だれの助けも借りないで自分の意思で旅行ができるのも、たぶん、これが最後になるだろう。
 私は、町の中央を細く蛇行して流れている川につくったばかりの笹舟を浮かべた。笹舟は、最初は気持ち良さそうに夕焼けに染まった川面を走っていたけれど、やがてなにかにひっかかったのか急に動きを止めた。その刹那、川の中から緑色の小さな手が伸びて、笹舟を再び流れに乗せてくれた。脳裏に幼い日の記憶が甦る。
 
 ——ああ、そうだった。
 
 ふと気がつくと私は幼児の姿で笹舟に乗っている。笹舟はオレンジ色の川面を滑るように進んでいく。



 河童4

 春の陽気に誘われて書斎でウツラウツラしていたら、突然強烈な臭いで目が覚めた。
 腐った魚を何十匹も集めて放置した様な臭いだった。
 余りに臭いが酷いので鼻を手で覆いながら臭いのありかを探ると、机の下に何か緑色の物がうずくまっているのが見えた。
 こいつが臭いの元かと思って、机の下にグッと顔を近付けたら突然その緑色の物が動いて此方を見た。
 河童だった。幼い頃に妖怪辞典等で見た姿その物だった。
 思わずアッと叫んで後ずさろうとしたのだが、河童の方が動きが早く、口づけをされた。
 途端に今まで嗅いだ事も無い様な酷い臭いがした。糞尿地獄もかくやと思える程の臭いだ。私は悲鳴を上げながらトイレに逃げ込んで吐いた。
 一通り吐いて書斎に戻ると、生臭い残り香はするものの、河童の姿は何処にも見えなかった。
 それ以来、口臭がキュウリ臭くなってしまい皆から避けられて大変難儀をしている。



 河童5

 神妙に並んだ裁判員の一人はどうも川から来たものに見えるが、誰よりも一心不乱にメモを取っている。



 河童6

「サトちゃんのことッスか?」
「カワダテサト? うわっ、超ナツい!」
「ああ、いたいた。漢字が嫌いなヤツでしょ?」
 渾名を聞き、思い出した元クラスメイトたちにとって、カワダテの記憶は、一様に転校初日の自己紹介だった。
『カワダテサトです。漢字が嫌いなので、わたしをカタカナで呼んでください』
 小中高と一貫して繰り返された挨拶は、元クラスメイトたちに、深く、浅く、トラウマのようなものを残した。無論、掘り下げればエピソードはいくつも出てくる。遊び、恋愛、イジメ、修学旅行、エトセトラ。しかし、どのエピソードにも自己紹介は勝った。つまり、転勤族の父に連れられ、2年程度で転校を繰り返したカワダテは、元クラスメイトたちにとって自己紹介と、付随する事実でのみ記憶される存在なのだ。
 そうして積み上がったイメージが、カワダテをあのような犯罪へ走らせたと書くつもりはない。その程度の予定調和は夕刊紙で充分だ。ここで重要なのは、スタートから望んで学校教育というフレームワークを逸脱したカワダテサトが、元クラスメイトたちに、あたかも異生物のように記憶されている事実だ。事実だ。現実だ。



 河童7

 川辺を歩いていると、ずぶ濡れの子どもが立っていた。ひとりなのかと尋ねると、そうなような違うようなと言う。親とはぐれたのかと尋ねても、そうなような違うような。
 町へ戻ろうと促すと、ううん、と首を振る。そして、濡れて冷たい小さな指でわたしの手首をぎゅっと握り、そのままずんずんと歩きだした。川のほうへ、川のほうへ。
 そっちは危ないよと言うと、子どもの首がぐるりとこちらを向いた。ぐらぐら揺れる頭に、どこを見ているのかわからない瞳。しずくがぽたりぽたりともつれた髪から落ちる。
 その瞳に見覚えがある。どこへ行くにも連れてって、お風呂も寝るのも一緒だった。薄汚れたあなたが嫌になったのはいつのこと? 友達の人形は綺麗で可愛くて、お洒落なお洋服もいっぱい。わたしは癇癪を起こして、あなたの首をもいだよね? そうして、冬の川まで走った。だって、大事な人形を壊したことが知れると、お母さんに叱られるから。
 ダカラ最初カライナカッタコトニスルノ。嫌ナモノハミンナ一緒ニナイナイ。
 ごろりと落ちた首はころころ転がって川にはまって、流れにまかれて消えてった。夕暮れの川辺にはもう、だあれもいない。



 河童8

 県境付近に円神山という小高い山がある。山頂に不気味な池があって、干ばつにあっても水が枯れることはない。麓の集落で聞くと、ヌシが住んでいるおかげなんだそうだ。
 ある日、県からの調査依頼を受けて山を登る。すると、
「お前、水を汲みに来たんか?」
 いきなり老婆に話しかけられた。
「ええ、県の調査で」
「ならぬぞ。ここは神聖な場所じゃ。水を汲むことは許さん」
「それでは調査ができないんですけど」
「帰れ、お前なんぞ帰れ!」
 すごい剣幕で追い返された。
 次の日は、
「おじちゃん、祟りに遭うよ」
 と小学生。その次の日は、
「あんた、マジしつこい」
 と女子高生。
 この池には、どんなヌシが住んでいるというのだろうか。
「調査報告はまだ? お金払わないよ? これほどの干ばつでも池が枯れないなんて、ちゃんと解明してよね」
 県の担当者にも睨まれる。しかたがないので夜中にこっそり山に登ってみる——と、木々の奥になにやら人影が見えた。
「ほら、ちゃんと引っ張って」
「このホース、マジ重い」
「円神様のお皿を涸らしてはならぬぞ!」
 それは、集落総出で山頂の池に水道水を注ぐ姿だった。



 河童9



 朝がうっすらと瞼をひらくと、辺りには光がひろがった。
 光はキラキラと足どり軽く、飛びはね、渡っていくのだが、そうはいかない箇所もあった。光は乱れ、光たちとなった。とまどい、お互いに押しあい、あるものは速度をなくした。自信なげに揺らめき、一筋がそこを通る。川の流れとはまた別の水音がした。






新緑の風
黄緑
雨蛙の愛らしさ
深緑
深みに生える水草そよぐ
よりどりみどり
ぬるりとした苔の掴みどり
ビリジアン
硬く、濃い色の葉が枝から離れ
踊り
小躍り
水面に。
遠く羽ばたく大鳥
忘れ物のお皿





 速度をなくした光が目を覚ますとまるで夕刻だった。それは、うっそりとして、仄かに熱の残る、どこか他人行儀で、なおかつ親戚のような顔をした、飲み込まれてしまいそうな夕刻だった。とにかく、光は驚いた。速度をなくすのはその光にとって初めての体験だったし、こんな変てこな夕刻にしても初めてだった。けれど、朝よりも親しげな水音を聞いて、つい微笑んだのだった。すうっと溶けた。



 河童10

「そげなとこおらんと、こっち来りゃいいやん、多摩!」
「お花もよう見えんと、どうぞおいでやす」
 二人の女性に手招きされ、多摩は腰を上げて宴席を移した。
 指摘された通り、確かにこちらのほうが花が多い。天を仰ぎ、感嘆を吐く。
「黄桜、か」
「へえ、石狩はんや網走はんらをお待ちしとぉと、どうないしてもこの時期になってしまいますよって」
 簪を挿し、だらり帯を締めた娘が、多摩の頭上の皿に酌をした。
 豊潤な薫りと澄んだ味わい、良い酒だ。
「多摩が元気になって良かったとよ! 一時は本気で危なかち思たもん。ほんなこつ、人間っちどうしようもなかばい!」
「筑後、酒臭い」
 近づくな。
「そうどすなぁ、人間はんにも困ったもんどす」
「由良の言う通やん! 人柱たてんごつなったのは良かばってん、相撲の相手もしてくれんし!」
「おきゅうりはんも、滅法減りましたなぁ」
 確かにきゅうりがへったのは寂しい。
 しかし、と多摩は返した。
「我々は河と共に生きるのが運命。ならば人間の都合に振り回されることは、もはや宿命だろう」
 幸い人間たちは河を汚すまいと頑張っている。その努力がどれだけ実になるかは不明だが、受け入れる覚悟が多摩にはあった。
「由良、もう一献頼む」



 河童11

会えなくなるね、と差し出された少年の右手。少女はその手を握りしめると、ぎゅんと全速力で走り始めた。引きずられて少年も走り出し、二人に笑いがこみ上げて、涙目で大笑いしながら走り続けて、やがて大川の橋の上に来たかと思うと、欄干を乗り越えて川へドブン。水の中で抱き合い、泣きながら微笑みあって、流れていった先は大きな淵。少年は少女を岸にひきあげてぎゅっと抱きしめた。
ヒトの国で待ってるよ。
少女は怒ったような顔で少年をふりほどき、岸に生えていたシダの葉を一枚とると、ふんっと無造作に手渡した。少年はそれを大事に受け取り、その葉で自分の頭をなでると、しゅうぅと人間の男に化けた。少女は、男をもう一度ぎゅっと抱きしめると、もうふりかえらず淵へ飛び込んでいった。真新しいスーツの男はフウと息を吐くと、国道へ続く細い道をガシガシと上っていった。



 河童12

 肌も枯れ、月は古びて、甲のひびを遠くに見ながら女の顔は、うっとりと、のぼせている。しなる弓に爪を立てて。



 河童13

 川沿いの茂みの奥で二匹の河童が沿道の人だかりを見ながらボソボソと呟いていた。「おい、見ろよ、あの河童!西洋の河童だぜ。なんでも西洋からカミサマの教えとやらを伝えにきたそうだ」「ふーん。カミサマの教えねえ。西洋の河童も中々やるねえ」二匹の河童が見ていた西洋の河童。その名をザビエルと言った。



 河童14

 地球の地軸が傾き、自転の角度が変わった。南極の氷が溶けだし、海面が約六十センチ上がり、主要都市が水没した。人間は薬によって急激に進化し始めた。それは、生活圏が陸から海に移ったためだ。

 科学者は子供の頃から今も、昔の伝承や妖怪が大好きだ。そんな折、水面が上昇すると中枢部から連絡があり、人間が最速に進化する薬を開発するようにと達しがあった。科学者は真っ先に海でも平気な人間ではなく、頭頂部に皿があり手に水掻きがある河童を思い描いた。暫く経ち試作薬が出来上がり、死刑囚に実験が許された。三日に一度、薬を打ち続けた。一回目の実験からすぐに水掻きが現れ、息も続くようになり、海の中でも楽々と泳いでいられるようになった。生きた魚も、そのまま食べられるようになった。
 そして、接種から十二日目。河童のような外見になった頃、中枢部が視察に来た。人類は生き残れると、意気揚々と帰って行った。
 その後も海面が上昇し、陸地部分がどんどん減っていった。
 数年後。以前は青い地球だったが、いまや河童ひしめく緑の星となっている。



 河童15

 どくどくと心臓の鼓動のように流れる川に両足を浸けながら今夜も私と君は悲しみを分けあっている。君の頭上にのっている白くて冷たい皿には水が溢れんばかりに張っていて、そこには夜空に貼りついた金色の満月がぷかんと浮かんでいた。それが目玉焼きのようで美味しそうだったから私は我慢できずに皿にそっと唇をはさみ零さないようにとその水をちゅるちゅると飲み干す。あまりにも甘くて優しい味なものだから私の目からは卵ボーロがぽろぽろと落ちていく。君は私の頬に舌を這わせそれを一粒も無駄にしないようにと舐めつづけた。
「私たちは傷を舐めあいながらしか生きていけないの?」
 君はその質問には答えてはくれない。私の言霊を両手でつかみ大事そうに食べるだけ。ゴギュンと変な音を鳴らしながらまるでケダモノが産道を通っていくように飲みこむ。そんなふうにして君の皿には、また水が少しずつ満ちていく。
 明日もあさっても、きっとそれが初めての経験のように私たちは毎晩これを繰り返し続けるのだろう。



 河童16

頭に皿をのせて、「かっぱかっぱかっぱっぱ、 ○○ください、かっぱっぱ」と、周りに知られる感じに少し踊りながら。きゅうりマイクで大きな声で言うと、頭の皿の上に現物が現れる。…そう、願いが叶うのだ。ただし、よくばりすぎたら入りきらず、重たすぎて少々、頭が割れる場合あり。少なすぎたらたちまちに、日に照らされて蒸発してしまう。ちょうどいいくらいのちょうどいいもの…。とりあえず皿を頭にのせてあれこれ考えて。きゅうり片手に、考えながら歩いていたら。夢中になりすぎて川に入ったことにも気づかず。プカプカ浮かんで浮かびやすいように背中にも皿なんかのせて。そう信じた願掛け人が幾人か。プカプカ浮かんだのが起源とかなんとか。



 河童17

 診察室に入るや五代目は泣いた。このままでは跡継ぎが作れない。
 先生はそれをなだめて、話を聞く。
 初代の頃の祟りだと。昔まだ辺りが沼地の頃、金気を嫌う彼らを売り物の金槌で追い回したというのだ。
 その怨みで代々“立ち”が悪いのだと。確かに尻小玉を抜かれると腑抜けて立たなくなると云われる。
 心療内科よりも精神科の方がと先生は思ったが、顔にも言葉にも出さずに相槌を打った。軽い薬を、運動・栄養・休養のバランスを大切にという言葉を添えて出され、暑い中を五代目は帰った。
 店に戻ってからも五代目は上の空だ。帳場からは長い庇の向こうに入道雲が見える。傍らの金だらいには井戸水が満たされ夏の野菜が浮いている。小銭稼ぎに置いているのが今日のような日には結構な売れ行きだ。この緑の奴で今宵の妻の相手を致そうか。殴られる。
 その夕、金物屋を覗く小さな影がある。五代目が閑所に立った隙におっかなびっくり入ってくると、金だらいに半紙を一枚ひらと落とし、きゅうりを一本くすねて踵を返す。
 戻った五代目、水に浸った文を見た。
 「我ら祟らず励めよ」
 残ったきゅうりを荒ぽく取り上げばりと齧る。その宵、妻は足先まで熱くなった。



 河童18

 算数の論理に疑念を差し挟んだので放校されてしまった。とはいえ道理はこっちにあるので何ら負い目も引け目もなく、毎日牧草地や河原や小高い丘を巡りながら空に向かって話しかけていた。そうやって過ごした何年かのあいだ、見上げるといつも太陽や雲は水面のようにたゆたう界面越しにやわらかく揺らいでいた。綿毛にぶら下がって飛んでみたのは、そんなある日のことだ。界面に綿毛が触れた瞬間、そこから同心円状に波が広がって、その向こうに誰かの顔が波打って映っていた。
 ヒトだ。多分、これが噂に聞くヒトだ、と思うや否や、口を衝いて謎々が飛び出していた。もちろん、答えられなければ道連れにする気でいたのだが、奴は答えたのだーーサンカッケイノナイカクノワガ180ド二ナラナイセカイヲカテイスレバヨイノデスヨネ?ーーああそうだ、多分そのとおりだ。それからというもの、こうして時々奴と会っては代替算数の話をする。お互いに溺れたり干上がったりしないよう、界面越しに。



 河童19

「これは?」
古生物学者が、眉をひそめた。
「そんなに珍しいものではありませんが、たしかに現代社会では考えられません」
民俗学者が、ぐるりとひと周りしてため息をついた。
「・・・」
科学者は、相変わらず不機嫌だ。

「天頂部が特徴的ですな」
古生物学者が、そっと触る。
「起源は、江戸時代前期まで遡るのですが、実際見たのは初めてだ」
民俗学者も困惑しながら、興味深々といった面持ちで、顔を近づける。

ずっと怒りをこらえて体を震わせていた科学者が、2人の態度に我慢の限界がきたようで、古生物学者の手を払うと、おもむろに立ち上がり、民俗学者の顔面に頭突きを喰らわせて、叫んだ。

「やめろ! 俺の頭にペタペタ触んじゃねえ! 起源は江戸? 天頂部が特徴的? 俺は10年前からハゲはじめたんだよ! ちっくっしょー! 天頂ハゲがマシュマロヘアにしてなにが悪い!」



 河童20

プラネタリウムで、妖精が遊んでいる。
しかし、妖精の翅が放つ輝きは天蓋を覆う天の河に紛れてしまい、観客達はその存在に気が付かない。
妖精は天蓋の内側で漂い続け、そのために、時としてとんでもないものができあがる。
四連星を有するオリオン座、双頭の白鳥座、角の生えた大熊座。
そしてごくまれに、星を愛する小さな天文学者たちがその存在しない恒星を見つけ、あるはずのない星座を幻視することができる。しかし、それが妖精の仕業なのだとは、誰も思わない。
今も、一人の少年が首をかしげて天蓋を見つめている。
彼の視線の先にあるのは、双子座。
いや、三つ子座というべきか。
大神ゼウスの息子の名を冠するポルックスとカストルの間には、三番目の恒星が輝いていた。
少年がプラネタリウムから配布された天体図に目を移し、再び天街を見上げた時には、三番目の兄弟星はいなくなっていた。
そして、今度はいて座に狙われている。



 河童21

「どうだい、いいだろう。水に浮く銃だぜ」
 河童が自慢げに言うので証拠を見せろと言ってみる。
「用心金だってないから水かきの手でも引き金を引くことができるんだ。胡瓜をくれなきゃドガガだぜ」
 いいから証拠を見せろと繰り返す。
「仕方ねぇ、見てろよ。ちゃんと手を離しても……」
 流れていった。
 呆然と見送る河童に、かわいそうだからと胡瓜を一本やった。満足そうに川の底に帰って行く。
「さて」
 こちらには本部から全力出撃の命令が来た。改めて迷彩の装備を固める。
 異国の最前線の激闘は泥と血とべとつく太陽にまみれ筆舌に尽くしがたい。
 川の底が、川の流れが故郷につながっていると思いたい。
 流れに背を向け、前を見る。



 河童22

「べっぴんだあ」
 思わず足に飛びついて、川に落とす。
 飛び石投げをしていたガキ大将も、腕を掴んで引きずり込む。

 なぜか知らんけんど、ヒトを見るとむずむずしてくるだ。
 そんなおいらたちの習性について、河床の先生方の意見は分かれてる。おいらたちの進化の過程に問題があるらしいだが、そっから先の証拠がないっちゅう。おいらたちを悩ますヒトはサルが進化したものだそうだが、おいらたちの祖先はさっぱしわかんねえ。

 そんな時だったか、千年前の地層から、奇妙な化石が発見されたと。泥の堆積物の中に、ひれの骨が手や足のように伸びて、頭蓋骨の頂が皿みたいに平たい、ナマズのような生き物が、ほとんどそのまま埋もれていたっちゅう。

 オオサンショウウオのおやっさんが言うに、
「半分石化した泥の中には、半減期が1万年を越えるプルトニウムも発見された。地表に沈着した汚染物質が生体蓄積以外のメカニズムで一番濃縮されるのが泥とヘドロだ。それを主食とする動物の多くは死に至り、一部が突然変異を起こす。ゴジラがそうして生まれた」
だからおいらたちの祖先はナマズなんだと。

 なんとなく、おいらたちがヒトを水に引き込む理由が分かった気がした。