500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第125回:あなたと出会った場所


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 あなたと出会った場所1

俺は幻覚でも見ているのか?郊外の木立に囲まれた散歩コースで遭遇したそれ。体高1・5m、体長10mはあろう、ミミズの化け物。逃げ出そうとした瞬間、それはミミズらしくない俊敏な動きを見せ、俺の頭を飲み込み、俺は絶叫と共にそれの胃袋に収められた。胃袋には空間的余裕があったので携帯していたペンライトを点ける。するとそこに先客がいた。幼馴染で確か八年引きこもりをしている山田だ。「山田、お前も飲み込まれたんだな」「八年振りに家を出たらこの様だ。町にこんな化け物ミミズがいるとは」「俺は、リストラに遭ってな」沈黙の時間が流れる。俺は山田に一本のタバコを差し出した。「吸う?」コックリ頷き、二人でタバコを吸う。しばらくすると胃袋の上から絶叫が聞こえてきた。またミミズが人を飲み込んだようだ。この先いったい何人飲み込むのだろうか。



 あなたと出会った場所2

よくある話だが、出会いは教室だった。
上靴の中に画びょうを入れられていた。
犯人は分からなかった。
私は鋭い光を放つそれを手のひらに載せて、じっと眺めていた。それから家に持ち帰って引き出しの奥にしまった。

翌朝、学校にきてみると、また上靴に画びょうが入っていた。
やはり犯人は分からなかった。
私は買ったばかりの真新しい消しゴムにそれを突き刺して家に持ち帰った。前回と同じように引き出しの奥にしまった。

以後も、上靴に画びょうが入っている日々が続き、私はそれらを集めてはコツコツと家に持ち帰り続けた。
いつまで経っても犯人は分からない。

進学し、就職し、結婚しても、靴の中に画びょうが入っている日々は続いた。

おかげで私の引き出しは鋭く尖った光で溢れかえっている。
家族の誰もがそれを知らない。
夫も娘も孫も全然気づいていない。

私にはいつでもあなたに出会える場所がある。
引き出しの二段目、そこは私とあなたの密会所。
愛しているわ。
私だけのストーカーさん。



 あなたと出会った場所3

 此処は何処か。あなたは、誰か。温もりに満たされ、鼓動を感じ。誰かも知れぬあなたと重なり、長い、長い夢から醒めて。この、揺れる狭い袋の中で、一人……なんて。まだ、数えることさえ許されぬ、この未完成の体を、揺蕩う世界に合わせて揺らし。震わせながら、抱かれた安らぎを。安堵を。腹の底まで届く、あなたの感じた幸福を。読み取り、吸い、また、震え。
 声が響く。染み入るように、転がるように。その、言葉の意味など私には、分かりはせず。たった今生まれた、この意思、この思考。持つものなど、一つとして無く。しかし。
 あなたが投げた言葉は。他の、誰でもない。冷たい腹の外ではない。温もりに抱かれ、揺れる、この、小さな体へと向けられたもので。意味を知らない私にも、その言葉に乗せたあなたの思いが伝わるのは、あなたと私が、文字通り。繋がり、一つの体を成すからか。
 吐き出す言葉など、持ちはしない。掛けられた言葉へ返す言葉を、私はまだ、知らない。知らない、私は。
 あなたと出会った場所。この、暖かな、胎の底で。
 伝わるかどうかも分からない、弱い、弱い力で、一つ。この、優しい世界の、柔らかな壁を。あなたを、叩いた。



 あなたと出会った場所4

 恋の話をしていた。
 好きなひとがいるの、と言ってしまうと根ほり葉ほり聞かれそうなので止す。厄介なのだ。
 持ち主のいなくなった家の荷をまとめている中に、父のものだろうか、母のものだろうか、ひとつの上製本があったのである。表紙は褪せ、わたしより少しおとなに思える。 そっと、鞄にしまった。
 帰りの電車で、居間で、布団で、バスを待っている間、休憩中、文字が言葉になって流れ込んで、わたしを揺らす。そうするとまた、段段に、もっと震わされるようになる。
 あなたを「ひと」と言っていいのかは、悩ましい。出会いを尋ねられたとして、そこはかつての実家のようでもあるし、触れることのできない場所のようでもある。わたしがあなたを知ったのは、電車のボックス席で、居間で、布団で、バス停で、会社のデスクで、それから、それから、それから。
 本を閉じて、人差し指で、その背をなでる。
 ここにいるようで、ここにいないあなたをなでるように、指先で触れる。
 恋の話をしている。



 あなたと出会った場所5

「あれ、何が入ってるんだい?」
 夫が聞いてきた。
「あれって?」
「ほら、押入れの中にある馬鹿みたいに大きな段ボール箱。君はいつも中を見るなっていうけど……」
「中、見たの?」
「いや、見たってわけじゃないけど叩いたら軽そうな手応えでね。もしかして中には何も入ってないんじゃないか?」
 見たな、と思った。
「いいかげん邪魔だし、捨てたらどうかな?」
「中身はどうするのよ」
「中身も一緒に捨てればいいよ」
 ふうん、と思った。どうせ空だしと言わんばかりの夫。
「私もそろそろかなぁ、とは思ってたけど……」
「じゃあ捨てよう。次のゴミの日がいいかな」
 うきうきして夫が言う。馬鹿ね、と思わず呟いてしまう。
「ああいうのはゴミの日に捨てなくてもいいのよ」
 優しく教えてあげる。
 孤独な私が拾った時には「終生、家族の一員として可愛がってください」の張り紙がしてあったな、と思い返しながら。



 あなたと出会った場所6

職歴と共に分厚くなった『営業スマイル』を、整えてスタンバイ。
脳内お花畑の男女が本日も二組ご来館。カウンターでイチャつくお客様に、ご記入願うのは――
『お二人の最高の日をお手伝い ○○館 結婚披露宴 司会進行打ち合わせアンケート』
Q1:永遠の愛を誓うパートナーと巡り合ったのは何処ですか?
H様・K様 A:歌舞伎町 キャバ嬢スカウト→お持ち帰り/クラブオールしてたらナンパ
O様・F様 A:東京ビッグサイト コミケ撮影会場/夏コミのコスプレエリア 
愛が芽生えた思い出 の地。いまどきの若い世代にはアリだけど
親や来賓の前で公開されるとチョット恥ずかしい…。
分かります、分かります…では、このような紹介文はどうでしょう?
『新婦様が歌舞伎に縁の地を遊覧された折、行き逢った新郎様と意気投合されて…』
『東京国際展示場催事にご参加の新郎様が、皆の注目の的になる新婦様に一目惚れ…』
お気に召されましたか?ありがとうございます。
ひと目会ったその日から 恋の花咲くこともある 咲いた場所が何処であれ 世界に一つだけの花
その花を素敵なブーケに仕立てるのが、ブライダル司会者のお仕事。 
「これよりご両家の結婚披露宴を執り行います――              (リア充爆発しろ!)」



 あなたと出会った場所7

「ザクロは血の味、ってホントかな」
学校でエリに訊いてみたら、えーそんなことないよ、すっぱいだけだよ、って言う。食べたことないの。じゃあ今度うちへおいでよ。ってことでエリんちへ遊びに行った。夏の終わりの乾いた風。褪せたような薄い青空。家の裏手にひろがるトウモロコシやピーマンやキュウリの畑。すみっこにザクロの木が1本。エリのおじいちゃんが無造作に実をひとつもぎとって、両手でバクッと割ってくれた。中からルビー色のスイカの種みたいな小さな実がポロポロ。ひとつぶ口に入れると、わぁほんとにスッパイ。でもなんかクセになるね。それにこれすっごくキレイな色だね。おじいちゃんは面白そうに私たちを見てたけど、ちょっとマジメな顔になって
「お釈迦様が子供を喰う鬼にザクロをやって人肉を食べないように約束させたんじゃ」
ふうん、なんかちょっと怖いねってエリと顔を見合わせた。
あれから20年。私も人の子の親になった。カッとして子供を喰う鬼になってしまいそうになると、赤いザクロを持ったおじいちゃんが乾いた風吹く夏の畑に立っている。



 あなたと出会った場所8

「会いにきたよ」
 と、その影は言った。
 見えるでもない目を影へと向け、声にならない声で私も言った。
(どこからきたの)
 ここから、と言って影はほんのすこしゆらめいた。笑ったのかもしれない。
 それから影はゆっくり薄まっていき、やがて消えてしまったが、消える間際、こう言い残していった。
「今度はそっちからね」
 __私のいちばん古い記憶。おぼえているはずのない、ぼんやりした記憶。
 人より小さく産まれた私は、生後しばらく保育器に入っていたそうだ。

 20時15分。奇しくも私の生後体重とおなじ数字。
 白衣に抱かれたその肌は、たしかに赤かった。
 少し小さいけれど元気な赤ちゃんですよ。看護師が言う。2302グラムだって。大丈夫、私より大きいよ。
 その産声をきいた時、思い出したんだ。すべて。
 まぶたの向こう、見えるはずのないその目を見つめる。
 今こそ、はっきりこの声で、あなたに言う。
「おまたせ。会いにきたよ」



 あなたと出会った場所9

ですから、何度も言いましょう。

あなたは、オタマジャクシ。
いっぽうで、わたしはタマゴなわけです。

にもかかわらず、わたしは生まれた。
あなたと出逢ったから、わたしは産まれた。

リアリズムの追求か、イデアリズムの果てか。
ガイアが先で、ウーラノスが後か。
とりとめのない議論の中、私は埋まれた。

うん、そうだ、生まれたとき、そこで出会ったんだ。

 ですから何度も言いましょう――



 あなたと出会った場所10

 最初の出会いは覚えていないけど、二度目は高校の図書館だった。
 あなたの単調で古めかしいことばの羅列に、思わず噴き出した。つい横文字が交ざるのもウザかったけど、いつしか、それがあなたの個性だと知った。凡俗とは一味違う鋭い考察と強い喜怒哀楽のエネルギーに、私は惹かれた。全ての可能性をしらみ潰しに調べる根気。千回でも同じ事を繰り返してやるという力強い宣言。難しい数字を分かりやすく言い直してくれる優しさ。

 美術館でも、私の隣にはいつもあなたがいた。
 彫刻でも小説でも、斬新なものが古いものを駆逐する風潮の中で、時代遅れと蔑まれた時もあったあなた。連れだって回るのは恥ずかしかった。色の分析とか過去のパターンの統計的比較とか、言うことが野暮すぎて。自然と、距離を置くことになった。

 再会したのは、大学4年。
 作業中に既視感を覚えた私は、あなたを見つけた。
 簡潔な性格と回転の早さはいっそう磨きがかかっていた。時代の洗礼を受けてなお輝きを失わないあなた。やっとわかった。あなたなしに私は、もう生きる糧も得られない。

 だからこそ、いつも初心に戻って、あなたの素晴らしさを確認し続けるの。この本で。

 …「Fortran用例集:中級編」



 あなたと出会った場所11

 児童劇団に所属していました。映画やテレビに出る子もいましたが、私はもっぱら舞台ばかり。稽古場の壁は入って正面が大きな鏡になっており、それを見ながら稽古に励んでいたのです。
 鏡に映る自分が嫌いでした。演出家に指導されたようには動けないその姿を、苛立ちを感じながら見ていました。だからある日、私は水筒を力いっぱい鏡にぶつけたのです。蜘蛛の巣状のひびが入りました。モップがけの際に手が滑って割った。そう嘘をつきました。公演初日までは日がなく、鏡の修繕は間に合いませんでした。ひびが入った箇所は端役の私がちょうど映る場所。ガタガタとした姿は、けれど未熟な演技を見るよりは心穏やかでした。
 公演の間に鏡は新しくなりました。稽古場に行くと自分と目が合い、こちらを睨んでいるように見えました。稽古を始めると、ほんの少しだけ、演技が上達しているように思ったことを記憶しています。
 退団して、もうずいぶん経ちます。ふとした拍子に鏡を見てハッとするのです。その目はいつも私を監視しています。悪いこと、ずるいことをしようとすると、いつでも私を睨むのです。鏡はどこにでもあって、鏡の中の私、あなたは私の良心です。



 あなたと出会った場所12

 久しぶりの君からの手紙。同封されていた1枚のチケットは、『ロミオとジュリエット』。
 おめでとう。君は、やっと念願だったジュリエットの役を射止めたんだね。僕はうれしくて、いつか君と出会った公園のベンチで缶ビールの祝杯をあげる。
 あの日僕は、深夜に煙草を買いに出て、たまたま通りかかった公園で君を見た。君は一人で芝居の稽古をしていたね。思いきって話しかけたら、はにかんで、今度自分の所属する劇団が『ロミオとジュリエット』を上演することになって自分は名前もない侍女の役だけれど、いつかヒロインを演じられる日が来たときのためにジュリエットの台詞も練習しているのだと話してくれた。学生時代に演劇部だった僕はなりゆきで付き合うことに。 
 真夜中の滑り台の上で、月明かりのスポットライトを浴びて佇む君に、愛を誓う僕はロミオ。
 女優の卵だった少女は看板女優。僕はと云えばいつまでも作家の卵のまま。君が、せいいっぱいに背伸びをして頭上の星を掴もうとしていたあの夜。あの夜の君に乾杯。



 あなたと出会った場所13

「ここ、だったよね」
「うん、ここだ」
「ハンカチ拾ってもらって……」
「そうそう、お嬢さん、ハンカチ落としましたよって」
「呼び止められて振り返ると、なんともいえない顔してた」
「そういうお前だって、なかなかだったぞ」
「だって、ナンパみたいって思って……」
「俺もだ。お互いに爆笑こらえてたんだよな。おかしかったな」
「そうそう、しまいにこらえきれず笑いあって……意気投合したんだよね」
「……会えてよかったな」
「うん。大好きなこの場所で、大好きなあなたに出会えてよかった」
 
   
 そんな会話をいつか交わしてみたくて、今日もせっせとハンカチを落とす。



 あなたと出会った場所14

パチリ。パチリ。

街を閉じ込める音がする。改装中のコンビニ、新しいケーキ屋さん。あ、このお店閉店したんだ。私、すきだったのになぁ。

パチリ。パチリ。

心の音がする。私は寄り道をして、街中から川沿いの桜並木に出て、心の音を聞く。春風は心地よく私の心に染みわたる。あぁ、またこの季節が来たんだね。

パチリ。パチリ。

同じ場所でも違う時間に訪れたら、そこはもう違う場所だよね。また、おかしなことを考えている。
もう、間に合わないな。

パチリ。パチリ。

眼に映る風景を私に収める。空は湿っぽくて泣きそうだ。ぐるぐるした螺旋階段をくるくる登っていく。

ぐるぐる。くるくる。軽やかに。
ぐるぐる。くるくる。リズム良く。
ぐるぐる。くるくる。楽しみに。
ぐるぐる。くるくる。きっと貴方は怒っている。



 あなたと出会った場所15

あれは確か、確かじゃないけどたぶん、雨じゃなかったし。それでもとても風が強い日だったから、僕は確か帽子をかぶっていて。愛用の帽子をクリーニングに出したところだったから、随分と開けていなかった引き出しから、何年も前に買っていた黒の帽子を引っぱり出して深くかぶって家を出たんだ。髪が乱れるのが嫌だったからといって、あんなにも窮屈な黒の帽子をかぶらないでもよかったのにと、今なら普通に思うことなのだけれど、あの時は髪の1本でもムダにしたくなくて、締め付けからくるその痛みを耐えに耐え、歩いたよ。それでも強い風が吹きつけ、黒の帽子を奪おうとしてくるので、ムキになって両手でつかんでいたら、後ろから吹く強い風に押されて、こけた。それでも両手を離さなかった僕は、見事に顔から前に倒れ。あまりの痛みに、しばらくそのまま動けなかった。そんな僕に、最初に声をかけてくれたんだよね。それでさ・・・僕らがあの日、出会った場所、あれは一体どこだったのかな?あの後、そのまま病院に連れて行ってもらったから、未だにずっと、わからないのよ、僕らのスタートライン。



 あなたと出会った場所16

(なんやかやあってここを見つけたけれど、ひとまず今回は足を踏み入れないつもりだった。だってもう締め切りを三日も過ぎているし。と、思いながらも、扉を半分開けてしまう。題名が素敵だったから。もしかしたら、さみしかったから)
君に出会った場所/君に出会わなかった場所
「こんにちは。/(反響としての)こんにちは。
君は、ここにいますか。
あなたは、君ですか。

『君はなぜここにいるの?/君はなぜここにいないの?』

(隣の、誰もいない場所の中で、聞くことのできない質問がしゃがみこんでいる。その場所に扉はない。壁もない。だから本当は、隣もない)

ここに君はいますか。

(間違えたかな?)

こんにちは」



 あなたと出会った場所17

 ありとあらゆる行き違いを繰り返しながら、あなたとわたしはそのたびにどうしても出会ってしまう。こことそこで。あそことどこかで。空と海で。街と廃墟で。五線紙とレーダーチャートで。幾何学と文法論で。鮨とフェイジョアーダで。味噌蔵と沖積層で。奇蹟と遍在で。不在と自在で。
 突然降りかかる災難のように、互いに会うはずのない場所でわたしたちは思いがけず出会ってしまう。通信ではない。出会ったという束の間の直観だけが同時にふたりを貫き、そして霧散する。残り香もない。事実ではないので、事実は残らない。出会わなかったという事実すら存在し得ない。
 そんなことばかりがもうどれだけの間繰り返されたのか、数える者もない。
 そうやってわたしたちは世界のあらゆる場所で繰り返し出会いながら一度として出会ったことがないから、またあらゆる場所で出会いつづけることができる。秋と冬で。ツンドラとコーデュロイで。ミントの葉とホワイトサンズで。ボロブドゥールと多重認証で。西と東で。涯とここで。



 あなたと出会った場所18

 あなたは右で、わたしは左。わたしたちはずっとそう。出会った場所? 覚えてない。それ、なんか重要なの?
 あなたが左で、ぼくが右。そうだよね。気づいたらぼくの左側にいつもあなたがいた。
 違う。気づいたらわたしの右側にいつもあなたがいたんだよ。そこは譲れない。
 違うよ。あの立食パーティーのときもテーブルに置いたぼくの皿をあなたが左から……
 違うよ。わたしが黙々と食べてたら、あなたが、それ、ぼくの皿でしょ、って右から。
 その前にも、図書館でぼくが取ろうとした本をあなたが左から。
 違う。わたしが取ろうとした本をあなたが右から。その前も……
 それで境界を決めた。あなたが左で、ぼくが右。こっちにはもう出てこないでって。
 そう。あなたが右で、わたしが左。もうずっとそう。出会った場所なんか覚えてない。それ、なんか重要なの?
 時間切レ。現在ノ回答率ゼロパーセント。市役所トシテハ現時点デノオフタリノ御結婚ハ不適格ト判断致シマス。続行サレマスカ?



 あなたと出会った場所19

収集癖がある手元喜之助の今の興味は、「切手」である。今日も商売の合間に切手雑誌を見ていた。だが、いつも見ている色々な国の切手の紹介頁ではなく、今日は文通コーナーである。そのページは文通したい切手収集家の人達の収集歴と、どんな切手を収集しているのかが詳しく書かれている。今回は50人程、紹介されている。

 今文通している園子さんとは、そんな雑誌の文通コーナーで出会った。自己紹介から始まり、地方へ行った時には風景印を押し、手紙交換を暫く続けていた。俺はそろそろ紙の上が出会いの場所ではなく、現実にどこかの場所で会いたいと思ってきていた。しかし、何年経っても時間と場所が合わず、今でも出会いの場所は紙の上のままである。



 あなたと出会った場所20

 僕の家の塀に「あなたと出会った場所」と書いた貼り紙を貼るようにとお告げがあった。妙だし目立つし、「あなた」なんて言葉も恥ずかしいが、お告げなので、その通りにした。
 そのうち、パワースポット特集の取材や警察の聞き込みが来るようになった。例えば、殺人事件の加害者と被害者の双方が、この場所の写真を携帯に入れて持っていたことが分かったらしい。また、何組もの結婚式で、「新郎と新婦が偶然二人とも撮っていたネタ写真がキューピッドに」云々として紹介されていたらしい。
 取材に対して正直にお告げのことを話していたら、事態はなんだかますます怪しげになってきた。そしてある晩、とうとう、キツネが化けたような怪力の美女に寝込みを襲われて、僕は誘拐されてしまった。投げ込まれた車の後部座席からミラーごしに彼女にみとれていたが、そのTシャツの胸には、見慣れた写真のプリントがある。それも、貼り紙を貼った時に僕がFacebookにアップした写真(僕の手が写り込んでいる)ではないか。さてこの出会い、吉と出るか凶と出るか。



 あなたと出会った場所21

「それで、それは何処?」
「サークルの歓迎会会場だったような……」
 私は友人を一人一人尋ね、あなたの痕跡をメモに取る。
 ようやく事実を受け止めることができるようになった私。そんなささやかな行動がリハビリになると信じて。
「俺は、二次会の居酒屋だったかな」
 あなたはしっかりと、友人達の記憶の中に生きていた。
「今さらこんなことを言ってもしょうがないけど、気を落とすなよ」
 うん、私頑張る。
 うじうじしていてもしょうがないから。
 でも夜道を一人で歩いていると、つい泣きたくなってくる。
「ねえ、どうしてなの……」
 アパートの手前の線路を渡る歩道橋。ガタンゴトンと下を走る電車と冷たい夜風が、いつも私を現実に引き戻してくれる。そこはあなたと私が交差する場所。
「もう飲まないって誓ったのに」
 酔って記憶を無くして酒乱と化す自分と、いつになったら決別することができるのだろう。



 あなたと出会った場所22

「ねえ、あなた。」
「うん。」
「初めて女の子とデートをした時のこと、覚えていますか。」
「さあ、デートなんてしたことがあったかな。」
「まあ、とぼけるなんて酷い人。」
「いいや、思い出せないな。」
「あら、忘れるなんてやっぱり酷い人。」
「申し訳ないけれど、本当に僕には覚えがないんだ。」
「あら、私はちゃんと覚えていますよ。」
「そうなのかい。」
「銀杏の葉が黄色くなり始める頃に、公園の散歩道で、私と二人で肩を並べて歩いたじゃないですか。」
「僕は、君と並んで歩いたのか。」
「ええ、私と並んで歩いたのですよ。」
「ちょうど、今の僕たちのように、かい。」
「今の私たちのように、ですよ。」
「はははははは。」
「うふふふふふ。」
「ああっ。」
「どうなさいました。」
「そうだ、ようやく思い出したよ。」
「まあ、思い出しましたか。」
「君は、誰だっけ。」
「さあ、誰でしょうねえ。」
「ねえ、君はいったい誰なんだい。」
「そうおっしゃるあなたは、誰なのです。」
「そういえば、僕はいったい誰なんだろう。」
「うふふふふふふふふふふ。」
「ははははははははははは。」



 あなたと出会った場所23

「無くなっちゃえばいいのに」
 とか言ったけど、ホントに無くなるなんてズルいよ。想い出だけじゃしんどいんだ。取り消すから、ねぇ、神様。