500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第124回:メビウスの帯


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 メビウスの帯1

すみません。この「白子と利尻昆布のメビウス」ってどういったお料理なんでしょうか?

こちらはですね。

羅臼産の最高級白子を荒く炙りまして、メビウスの帯状に成形し甘辛く下味をつけた利尻昆布の輪に通したものを、当店の秘伝ダレと大根おろしで召し上がって頂くといったお料理になっております。先々代が考案した大事な看板メニューです。

そうですか・・・。創業86年ですもんねぇ。分かりました。


はい。


じゃあ、この「太宰が愛した天麩羅」で。

かしこまりました。



 メビウスの帯2

 進藤 進は20歳までは、本当に良い人だった。しかし、父が自殺。すぐに借金取りが押し寄せて来た。それからは、悪と言われる事は何でもした。恐喝他、殺人。素質があったのか、すぐに腕の立つ殺し屋になった。

 俺は、ふと足を止めた。その時、遠くの屋上部分で何かがキラッと光った。俺はとっさに身を隠した。先程、俺のいた場所の後ろでガラスの割れる音がした。狙撃されたのだな、ついに。

 そして、俺は国の犯罪対策課に迂闊にも捕まってしまった。暫く経ち、更生不可の烙印を押され、実験施設に送られた。

 様々な実験をされ、最後には球体に押し込められ注射を打たれた。

 俺は目が覚め、壁を思いっきり蹴ってみると外側に開いた。そこには、懐かしい風景が広がっていた。勢いよく飛び出し、家に走って帰った。そして母に飛びついた。その時、違和感が襲った。俺自身を見ると、小さくなっている。この感じ、以前にもあったような。

 次の日の朝、見た夢を思い出していた。実験施設にいた担当のナントカが出て来て言った。
「おい、進藤。何度も間違えるものじゃない。今度こそ、まっとうな道を歩むのだぞ」

 ああ、今度こそか。



 メビウスの帯3

「ねえ、私達、何でも二つに分けましょ?」
 新婚初夜、枕元で妻がささやいた。
「離婚する時に備えてね」
 何もこんな時に、と思わなくもないが、そんなドライな彼女が好きだった。
「子供はどうする?」
「偶数にして親権を分けるのよ」
「じゃあ、今日授かるかもしれない子は俺が貰ってもいいかな? 育休は取るからさ」
「わかったわ。二人目は私ね」
 こうして俺達は何でも二つに分けた。まるで、結婚という道にセンターラインを引くように。
 やがて道は下り坂に差し掛かる。
「疲れたわ。そろそろ離婚しない?」
「ああ、いいぜ。普段から分けているから手続きは簡単だな」
「財産も相続も分けているしね。私の財産は子供一人、孫二人への相続よね」
「俺もそうだ。ん? 待てよ、息子のところってそろそろ産まれるんじゃなかったか?」
「んもう、何よ。これじゃ、離婚できないじゃないのよ」
「まあ、もうしばらく待とうぜ」
 その後もセンターラインを引く結婚生活が続いた。
「子供一人、孫三人、曾孫七人、玄孫十七人で数が揃ったわね」
「ようやく離婚できるな」
「ついにやったわね」
「そうだな、おめでとう」
 世の中にはセンターラインで切ると一つの輪になってしまう帯があるらしい。



 メビウスの帯4

 青錆びの浮いた手摺はひんやりとしていた。俺は力を込めて体を引き上げ、足を掛けた。そして、立つ。瞬間、腰の辺にぞくぞくとする波が走る。そしてその痺れの中、滲んだ視界で街を見通す。これだ。思わず歓声を上げそうになる。しかし、そんな感動の場面で、俺は足を踏み外した。原因はどこかの野郎の、やめろ、という馬鹿でかい声が降って来たからだ。あっという間に落ちていく。そして、視界一杯に地面が拡がってしまうと、俺は目を閉じた。が、恐ろしい衝撃は俺を襲わなかった。どうした事かと目を開くと、俺はまだ落ちていた。大地が見える。日本だ。俺はどういう事か空を落ちているようだった。何故だ。しかし、そうした困惑の間にも俺はどんどん落ちて行った。俺はいくつかの雲を突き抜けた。そして、高度はもう無い。俺は見慣れた街に落ちるらしい。潰れかけのデパートに、住み手のいない高層マンション、そしてあれは、俺に遺されたボロい空きビル。と、俺はその屋上に見覚えのある馬鹿な色のシャツを着た背中を見つけた。そいつは手摺に足を掛けている。
「やめろぉぉ!」
 声を張り上げた途端、あれ、と頭に疑問符がついた。目の前の俺は足を滑らせる。そしてその結果、俺は、たった今落ちた俺の後を追う形となった。俺は先に落ちるであろう俺が飛び散るのを見るのは嫌だなと思ったが、驚いた事に先の俺は地面を通り抜けて消えてしまった。そして俺は、ああ良かった、と思うと間もなく、かつてない衝撃に包まれた。



 メビウスの帯5

 デクノボー某はいわゆる迷子体質だった。三途の川の岸まで来てみたものの、どこかで道を間違えたらしく、残念ながら奪衣婆もカロンもいない。それで仕方がないので泳ぐことにした。実は泳げないのだが、今さら溺れることもないだろう。
 が、いかんせん、クロールも平泳ぎもできなければ、対岸へはたどり着けないのだった。暗い流れを流れ流れ流されて、デクノボー某はいつの間にか渋谷駅に出た。なんたることか。一度迷い込んだら、少なくとも狙った場所にだけは出られない、人生最大最難関の迷子スポットではないか。それで仕方がないので、とにかく真っ直ぐ進んだ。途中でハチ公に犬かきを教えてもらった。これはよかった。
 そのまま真っ直ぐ進む。階段の下からは暗い川のせせらぎが聞こえる。



 メビウスの帯6

愛の絡み目、ねじれて裏目。
色香売り撒く遊女が結ぶ。

切れ目も判らぬ糸と異図。
紡ぐ不可思議ぐねりとうねり。
浮かれたうたかた蛇ノ目傘。



 メビウスの帯7

7月24日(晴れ)
 猫になるつもりが、彼が願っていた食事なのだろうか、魚になっていた。この理不尽を誰に訴えて良いのか分からない。幸いにして、焼かれたり干からびたりはしていなかった。人だった頃はさらさらと流れていた河は、魚の身で近づくとごうごうと鳴っていた。水面のきらめきはきっと今の私のようなのだろう。よいせよいせと、飛び込んだ。
 河を遡り、辿り着いた場所は山の中腹だと思われた。何の感慨もないので、泣いておいた。涙は瞼のない目から流れ出て、川の水に弾かれて、雨の速さで天に昇って行った。見上げたそれは海のなり損ないで、淡く青く私を手招きしていた。いや、手を振っていただけかもしれない。瞼になり損ねたものはなんだったのか。私の、魚の、猫の瞼。まどろみになるつもりの全くない夜のおかげで私の目は閉じた。私の心になり損なった悲しみと後悔を脇に抱えて、私は帰ることにした。遠くで水がちょろちょろ流れていた。そこにはいつまでも昼がきらきらとしていて、まるで魚のようで、楽しかった。



 メビウスの帯8

 カイパーベルトを突き抜ければぼくはぼくではない何かに変わってしまうのでさようならそしてこんにちは!



 メビウスの帯9

 放置されたグラウンドは至るところに草が生え、踏みしめればざりざりと粗い小石の感触がした。誰が持ち込んだのか、校舎の瓦礫が、あちこちに小さな山を作っている。須田は板を一枚拾い上げた。板と右足を引き摺りながら、そのままゆっくりと歩きだす。
 整地の終わりにトンボで大きな無限のマークを描くのが、うちの部の伝統だった。クロスする部分は細く、両脇はたっぷりと太く。意味わからんなと言いながら、きれいに描ければ気持ちよかった。
「誰がはじめたんやろな、あれ」 
 歩みのぎこちなさのままに歪みながら、細い帯がゆるゆると伸びていく。夕暮れの湿った風が、須田の白いシャツをはたはたと揺らす。
 瓦礫を避けながら、須田は奥まで歩いていく。無限のマークにはなりそうにない。
 足元に残された帯の端をそっと踏む。同じ時刻、同じ場所。当たり前のように繰り返されていた日常。
 ボールがあればいいなと思ったが、見当たらないので板を拾う。縫い目だらけの手が不器用にそれを掴むのを、他人事のように眺める。
「難儀やな」
 板を引きずり、須田の歩いた横を辿る。薄闇の向こうで須田が足を止め俺を見た。笑ったような気がする。



 メビウスの帯10

 ごめんなさい、ちょっと捻れてしまって。遅れてやってきた恋人はそう詫びた。
 意味がわからないまま、彼女の指をいつもどおり握る。ネイルには見覚えがある。ちょっと奮発したんだけど気に入ってるの。上気した顔でぼくにそう言ったのを覚えている。
 彼女の掌から指を滑らせ、いつもどおり腕の内側をたどる。青く透ける血管もほくろの位置もいつもどおり。肩からのびる鎖骨も薄い胸もあばらが浮き出る脇腹も記憶どおり。縦長の臍、軽い膨らみをもつ腹、薄い繁み。その隙間に指を滑らせ、彼女の内側へ——
 その途端、ごめんなさい、と彼女が言った。ちょっと捻れてしまったの。
 彼女の奥に、指があった。ぼくに触れてくるその感触は、いつもどおりの彼女の指だ。その指の先にもいつもどおりの彼女の腕が肩が胸が腹があって、その薄い繁みの隙間に指を滑らせるとその奥にまた指があって、その先にはやはりぼくのよく知っている彼女の身体があって、その先にもその先にもあって。そしてぼくは彼女の内側へたどりつけない。
 ごめんなさい、ちょっと捻れてしまったんだけど気に入ってるの。呆然としているぼくに彼女は楽しそうに笑い、そして、その指を



 メビウスの帯11

「君は珍しいね」
 霊山に入った時、気になった大木の前に立っていると木の方から話し掛けてきた。
「話す木なんて初めてだ」
「木はどれでも話すさ。気にならないあんたたちは、だから木になれないんだよ」
 どっ、と背後の樹木たちがわいた。こいつら日本に生えてはいるが根っこの部分はアメリカ産に違いない。
「俺が気にしたら木になれるのか?」
「粋なジョークを気にせず流すようなら、無理だな」
 ややむっとして言う。ジョークを無視したのが気に入らないらしい。枝葉にこだわる奴らだ。
「たばこをポイ捨てしてやろうか?」
「何だ、ジョークの一つも言えるじゃないか」
 手のひらを返したように受け流しやがった。裏も表もない。
「まあ、君は我々と上手くやっていけそうだな」
「待て。いつ仲間になると言った」
「君はウドの大木だろう?」
 またもどっと背後の木々がわく。
「邪魔したな」
 もう相手してられん、と歩き出す。
 と、足が動かない。
「木は一瞬を永遠に生きる。人が木と話せないのは同じ瞬間にとどまれないから。人は有限の時に根差し無限な場所を生きる。木は有限の場所に根差し無限な一瞬を生きる。歓迎する。君はもうウドの大木だ」
 どっと仲間がわく。



 メビウスの帯12

 朝起きると君はもう着替えをすましていた。鏡の前でポニーテールにピンクのリボンを結ぶ。どこか小さく見える後姿を眺めながら僕は、君が遠くに行こうとしているんだと分かった。そしてもう二度と帰ってこないことも。
 君がどこか違う世界から来ているらしいことは知っていた。君をつなぎ止るために僕はたくさんの言葉を君に伝えた。でもたぶん、どれも正解じゃなかった。君の心には響かなかったみたいだ。だって今、君は僕をおいて出て行くんだから。
「今までありがとう。たくさん愛してくれてありがとう」
 君はさびしげな微笑みを浮かべて背中を向けた。
「待って、僕は君になんて言えば良かったの?」
 君は振り返らずにしゃんと背筋を伸ばして言った。
「ただ好きだから一緒にいてほしい。それだけで良かったのに」
 君の姿が七色の霧に包まれてかすんでいく。あわてて手をのばしたけれど触れることはできない。なんで僕は、君がいちばん言ってほしかったことを言ってあげられなかったのだろう。
 
 僕の手には、ねじれたピンクのリボンだけが残った。
 
 ずっと、ほどけないリボンだけれど、今も大切に取ってある。



 メビウスの帯13

 天帝のご子息の一人は算術に大変興味を示され、天帝自らある学者をご子息の家庭教師に指名いたしました。学者は変わった人物として里では疎まれておりましたので、この依頼を喜んで受けたと聞きます。ご子息は、学者が出題する演習を熱心に解かれたそうでございます。
 学者はある時、自身にもまだ解けていない問いを出題なさいました。お二人で唸りながら紙面を眺めておられた際、ご子息がふいに紙を歪めました。それに閃き、数式を紙面の空いた部分に夢中で書き綴る学者の姿は、天帝のご子息には印象的な出来事と記憶されたことでしょう。
 ご子息は、お父上である天帝の持ち物からこっそりと、時間をほんの僅かに細く切り出しました。その興奮を自らも得たい、好奇心旺盛な者なら誰しも持ち合わせている気持ちでございます。出来上がった昼と夜とが継ぎ目なく繰り返される立体に、ご子息は満足気な顔をなさいました。
 しかし、それは天帝の怒りに触れてしまったのでございます。学者を解雇し、ご子息と共にその立体に幽閉いたしました。立体の中の膨大な時間の中で、お二人は今も数式を書き綴っていらっしゃいます。お二人にとって、罰にはならなかったのでございます。



 メビウスの帯14

『2500年前のOBIから陽子の崩壊が検出されました』
 今日で年季が開ける。自分の力でこの町を出る。
 最後だからと、おかみさんが淹れてくれたお抹茶とお饅頭が、殊の外おいしくて泣いてしまった。
 今、身に纏うすべてが唯一わたしの財産。この体からわたしがはじまる。
 介護用のアンドロイドのクセにと笑われた。きっと、彼女たちは人を指差してはならないこと程度の常識を知らずに育ったのだろう。目出度いことだ。
 和服は背筋が伸びるから、エネルギ効率良く仕事をこなせる。昔の人の知恵は偉大だと思う。
 ずっと人を支えてきた、想いが詰まったものだから余計にだ。
 曾祖母の形見を巻く。
 記憶の中で朧な人だけれど、いつも陽の匂いを纏っていた人。
 戦果からずっと普段使いされていたから、とっくに痛んで解れたのだけれど、幼いわたしが望んだから、祖母がお直ししてくれた。
 今日という日はお日柄もよろしく。祖母がお直ししてくれた、曾祖母の形見を巻く。
『500年前、陽子崩壊を検出したOBIの陽子復元に成功しました』



 メビウスの帯15

「パラボナアンテナって良いよね?」
「うん、僕はパンドラの箱は好きだよ」

「レディーガガになっていい?」
「君ならなれるよ」
「ふーん、じゃあさ、今度スイカを頭に乗せて町を歩いていい?」
「それなら沖田総司さんに出会わないようにしなくちゃね」

「そっか、よし、今から指相撲をしない?」
「世界選手権の決勝で待ってるよ」

「うむ、そうきたか、ならば人の価値観とはなんぞや?」
「相対性理論」
「本当に?」
「そうあって欲しいだけだよ」

「そうなんだ、考えるんだけど、正義って何かな?」
「メビウスの輪」
「そうなの?いつの間にか悪になっているの?」
「正義はどこまでも正義だって事」

「ふーん、じゃあさ人を好きになるって何?」
「スーパーノバァ!!」
「きゃっ、凄い」
「うん、ただの日常だからね」

「日常か…あなたは私の事どう思っているの?」
「ピ、ピ、ピ、ボーン。時間切れです」

「えー、また?短すぎない?」
「君がそう感じてるだけだよ」

「そうかな?、それでまたその小さな鏡に帰っちゃうの?」
「うん、そこも僕の居場所だからね」

「そっか、そろそろあなたの名前を知りたいな?」

そんなのないよ、最終電車に乗り遅れただけの、ただの青い鳥なんだから…



 メビウスの帯16

目が覚めましたn。夕べは飲みすぎたの日本酒=6合;です。一人になりました。そういうこと増えました。妻はもう戻って来ないですね。ずっと。最期にそう言えば、聞きました。食べたいもの、何かないか。鯨の揚げたのがいいと言われました。鯨は英語でwhileでしたか。覚えていません。小学校の給食で食べた(nのはおいしかった <=です。妻とは幼馴染です。それから死んだ36 )歳まで腐れ縁{ですよ。結婚できたなんてもうdocument番組でしょう.生まれつき重病でした。生まれたときに彼女の寿命は定めwritelnでしょう。ああもう嫌です(n);目が覚めなかったら良いのにと思います。だからアルコールでいつも薬を多く流し込みます。妻と出会った頃に帰りたい、六歳から一歳ずつ年を重ねていきたい、また一緒に笑いたいです。だから私は目覚めて朦朧としている今またここにこの手紙を書いています。遺書です。薬じゃ駄目だったんです。解ったんです。神様なら人間が作った言語くらいお手のもの。どうか命令してください。n=n + 1;読み解いてください。あの日に戻らせてください。ほらもう終わります}



 メビウスの帯17

 その女は、何もかもに疲れた様でいて、しかし嘲りからかう様でもある。出来るものならやって御覧遊ばせ。溜め息を吐くみたいに笑う。
 屈強なる男、やがて驚き捨て台詞。
「其は何の呪いぞ」
 女、嘆き応えて曰く
「知らんがな」
 知恵なる男は、やがて泣きべそ捨て台詞。
「何これマジで意味わかんねえ。これじゃ全然ヤれねえじゃん、萎える萎える」
 女、侮蔑し叫んで曰く
「死ね痴れ者め。痴れ者め。痴れ者め」
 竹取物語みたい。違うか。と女は空想しヘコたれる。
「よいではないか、よいではないか」
 見知らぬ男が帯を引けども引っぱれど、女がくるくる回るだけで尽きることがない。何せ切れ目がなく、且つ、絶妙な加減で締められているのだからやはり着物を脱がすことは出来ず、くるくるくるくる回るだけ、女はずんぶり切ることも叶わぬ帯の呪いに呆れてせめて
「あーぁーれ、あーぁーれぇ」
 戯れに阿呆になって、くるくるくるくる、来ないかなあ素敵な王子様がとか思いながらくるくるくるくるくるりんくるくる。
 結婚したいなあ。



 メビウスの帯18

 メビウスの帯型精神進化装置。このメビウスの帯型の装置の円周は三十メートル。装置の両端にヘルメットからコードを装置に繋がれた神候補者が二名。この装置は二名の精神を装置のなかに転送させ、超高速で二名の精神を衝突、精神化合させ、その精神の化合により、成功した場合には神が生まれるという物。そして再び、神候補者の脳に化合後の神となった精神が再転送され、候補者は神となる。地球人がこの装置をPYD星人から譲り受けた。星人の星では神を生み出す事に成功したと言う。さて地球人の精神ではどうか?PYD星人の元に出来たPYD教団で初の実験が始まろうとしている、その実験はメビウスの帯のように無限に続いていくだろう。何人もの神候補生を入れ替えながら・・・。



 メビウスの帯19

昼下がり、かわいらしい天使が羽を広げて舞い戻ってくる。
「まま、みて」
腕には、くるっとひねった輪っか。
まあ、きれいね。
「まま、はさみで、じょっきんして」
天使が袖をくいくいひっぱってせがむ。

てとてとてとと、はさみを持ってくる天使。
輪っかをじょっきんすると
「ちがうの」
ほっぺたをぷくぷく、ふくらませている。
「あら。じゃあ、お願いごとかいてみる?」
帯みたいにぺろんとのびた輪っかをわたす。

保育園でもらった笹に
「さんたさんへ。にゃんこください」ですって。
あらあら、真夏のサンタさん、大慌てね。



 メビウスの帯20

 あんたの顔なんてみたくないと、ひねくれた言葉を投げつけたら背中を向けられたので、そのまま背中合わせになってみた。
 とくとくと伝わってくる鼓動が、静寂の中に時を刻んでいる。
 ぐるぐると空回りする思いは満ちて、何故かお腹の減る音になって耳に届く。
 とくとくとぐるぐるとを、きっと、ちょうど地球一周分。
 おれは顔みたいぞと、まっすぐな言葉が背中の向こうでつぶやかれた。
 そして、背中にお腹がくっついた。
 
 とくとくとがどくどくとに、速度が上がって。
 ぐるぐるとぐるぐると、地球をあっという間に一周巡る。
 けんかをしててもなかよくしてても。
 背に腹はかえられなくても。
 大好きと大嫌いはとてもよく似ていて。
 裏も表も。満ちているのか減っているのか。
 そんなこと、本当はよくわからないけれど。
 あんたの顔なんてみたくないと、もう一度いいながら、目をつぶって、お腹とお腹をくっつけた。
 そして、ひねくれた言葉とまっすぐな言葉を間に挟んだまま、ぴったりと、それなのに地球一周分遠く離れた口づけをする。



 メビウスの帯21

——禁煙してもう七ヶ月。いや、九ヶ月になるのか?ああ、吸いたい。煙が恋しい。
己が科した枷から逃げ出したくて、もがくように掴んだテレビのリモコン。
苛立たしげに電源を入れれば、数年前に少女アイドルグループを卒業した、
女性タレントの『波乱万丈』と、銘打った番組。
俺が高校生の頃、十一か十二の歳でデビューした彼女が華やかに歌い踊り、
惜しまれつつ卒業の後に結婚・出産して、現在に至る寸劇が、ものの数十秒で放映される。
少女から女性に、若くして母となった彼女の絵空事のような現実に、実感が追いつかない。
司会者に「次のお子さんは?」と、聞かれて「女の子が欲しいです」穏やかに笑う画面の彼女。
「私もそうだといいな」胡坐を掻く俺の背に寄り添う妻が、そっと両腕を首に絡める。
臨月近い妻の交差する左右の手の甲が、二の腕を食む蛇の頭——メビウスの帯に見える。
「どっちでも構わないさ」。俺はテレビを消してリモコンを床に置く。
生まれてくる子の為に誓った『禁煙』と、いう名の箍を締めなおして妻の方に首を向ける。
落ちてくる視線と唇を重ね合わせて、吸い上げる。
無限大のリアルな幸せが煙と消えてしまわないように。



 メビウスの帯22

 陽が、強く照っている。
 西の上空、空飛ぶ円盤が現れ、ひゅるひゅると飛来して私の真上で静止した。ドーナツのような形状をしている。
 視線を地面へやると、色濃く映った円盤の影が私をとり囲んでいる。やはりドーナツ型……いや。一箇所、明らかにおかしい。
 ねじれているのだ。影が。奇妙にねじれている。
 上空を見上げると、円盤はすでに消え失せていた。
 再度、地面に眼を向ける。影だけがそこに残り、私をとり囲んでいる。両腕で輪っかをつくって、地面に映してみると、ちょうど私の首のあたりでその影も、くるんっとねじれた



 メビウスの帯23

 まったく同じことを僕らが繰り返していると先生はいつも怒りだして、クラスのみんなを呼んで説教をする。
 こらっ、同じ間違いをして、こらっ。誰も見ていないだろうと思って、同じ事を繰り返してはいけません。
 いいですか先日、時計のない一日を過ごしました。あのときの一分はゆっくりと流れているようで早くもないですし、こうやって皆さんの前で話をしている一分と変わりはないのです。
 演奏をしましょう。君、オルガンを。引いたことがない。それでもいいです。白いのと黒いのがありますね。白いのをテンポよく、指で叩いてください。もっと大胆でいいですよ。そう、その調子。勇気が出てきたら他のも叩いてみなさい。
 この前、メビウスの輪の話をしましたね。家で作ってみましたか。そうですか、二人だけですか。作ることでしかわからないことがあるのです。作った後であの時の話を思い出してください。きっと違う話になっているでしょう。
 チャイムが鳴ったら、先生の話の終わりだ。みんなさっさと外に出てていく。先生は生徒ひとりひとりの名前が書いてある出席簿を開いて、僕には同じようにしかみえないチェックを繰り返し入れていく。



 メビウスの帯24

 ——帯 (obi) の機能的定義を「その面と衣を接着させることで衣を固定すること」と定めるならば、なるほどあの双子の姉妹は空間的矛盾を解決したのである。
 *
 夜明け前、娘はねっとりと絡みつく霧を掻き分け小川へ水を汲みに出ていた。木桶は娘の華奢な腕には重たすぎるようである。
 見かねた樵は娘に声を掛けた。
 これが縁となり、樵と娘は間もなく夫婦となった。
 *
 ——帯が帯であるための存在的条件とは何か。帯は帯として作られたときから帯なのか。帯として使われて初めて帯となれるのか。
 *
 夫婦が交わるとき、妻は帯を解くことを頑なに拒んだ。夫としても特に行為上の差し障りがなかったため問題とはしなかった。
 やがて年月を経て子が産まれる。しかし産まれてくるのは常に双子であった。
 *
 ——何かが捻れて見えるとき、それが捻れているのではなく、自分自身が捻れていると考えられる人は驚くほど少ない。
 *
 家を追い出された娘は、金目のものを質に入れて食いつないでいた。しかしとうとう身一つとなると、その三日後には路肩に倒れ、息絶えた。
 この種の死体はまとめて荼毘に付される。
 死体の数など誰も数えていないので、頭蓋骨が一つ増えていたことなど知る由もない。



 メビウスの帯25

 ベルヌ条約から100余年。かつて著者と読者を出版社の横暴から守った著作権は、出版社と巨大娯楽会社の利益に奉仕する。
 大流行から50余年。かつての防火材は、癌の元として駆逐された。
 計画から40年余年。木材の自給を目指した国土針葉樹化に、人々はマスクが欠かせない。
 冷戦から30年余年。かつて人権外交を展開した国々は、盟主国の政治犯を、なりふり構わずハントしている。
 大増設開始から20年。経済的と持てはやされた原発は、事故リスクの代名詞だ。

 でも薬禍のサリドマイドはいまや有用薬で、人殺しの補助道具のGPSは不可欠のものとなっている。
 表裏は世論のごとく変遷するのだ。

 だから。
 今は嫌われていても、いつかきっと。