500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第123回:青い鳥


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 青い鳥1

どうして僕がしあわせなんだろう。いつまで経っても解りそうにないな。
どうしてみんな僕に憧れるのだろう。識っているよ。誤解されていると。
こどもたちは僕を綺麗だという。大人たちもそう。
でも一部の人は違うことをおもう。ある意味理解者なんだろう。
僕は羽ばたき方をまだ知らない。明日の事なんて誰も識らない。
僕はきっと果てしなく弱くて純粋なんだろう。
だからみんな僕からはなれようとするんだろうな。
みんな僕を綺麗だとかいいながら、心の底では僕を嫌っている。
実際僕だって、自分のことをきれいだとは思えない。
でも強く思いたい。僕は弱いから。
僕は飛べない空。自由を識らない幸福。
きみのため息と同じ色。



 青い鳥2

膝を包み込むように抱えた手の中指の先が、少し沈み込んでいるのが、ちょうどピアノのキーを長押ししているピアニストのように美しかった。音はそうだな、ミかファというところか。ドやソのように安定してはいないが、シのようにどこまでもか細くも、絶妙でもない。ただ、その音は少しずつ時間を延長していき、床に落ちる彼女の影は長くなっていった。そんなとき、ふと彼女が顔を上げたので、人間に顔なんてなければいいのに、とか、彼女が逃げることなどできない深淵の中に迷い込んでしまえばいいのに、とか、いっそ自分が底抜けに明るい凡人になれればいいのに、とか心が凍り付くようなことを考えて、僕の横で膝を抱えている彼女に申し訳なく思った。「ありがとう」と彼女は真っ赤に腫れた目を細めて笑顔を作った。僕は「お礼を言われるようなことは何もしてないよ」と事実を述べた。夕暮れには単純な赤が似合った。青い鳥なんてどこにもいなかった。



 青い鳥3

 あるところに、みにくいアヒルの子がいました。
 誰にも相手にしてもらえず、いつもひとりでした。あるとき、アヒルは画家と出会いました。
 画家は、青い鳥をキャンパスの中に描いていました。絵に描かれた青い鳥は森の人気者でした。
「ねえ、この鳥はなぜ人気者なの?」
「青い鳥は幸せを運ぶからだよ」
 アヒルは画家の目を盗んで、青い絵の具を自分の身体にぬりたくり、空の色のように青く青く染めました。
 そうするとなんだか自信が出てきたアヒルは、街をどうどうと歩きました。ぼくは幸せの青い鳥だぞ。さあ見ておくれ。
 道行く人はアヒルを見ました。アヒルはすっかり得意になっていました。もちろん、画家の教えてくれた幸せの青い鳥のお話の中身なんて知りませんでしたが、それでもみんなに見てもらえたことが嬉しかったのです。
 あまりに嬉しくて、アヒルはなんだかフワフワ舞うような気持ちになってきました。すると、ふしぎなことに、飛べないはずのアヒルは空へと浮かび上がりました。
 すごいぞ! ぼくは空も飛べるようになったんだ!
 アヒルの子は高く高く舞い上がり、やがて空の青にとけて消えてなくなってしまいました。



 青い鳥4

 あなたは幸せな人生を送っている。なに不自由なく暮らし、人望はあつい。毎日が楽しく有意義でかつ刺激的だ。
 周りの人間はみな祝福する。充ち足りた人生を謳歌していると思っている。あなたにだけそれは真となり得ない。
 あなたにとってあなたの人生は幸せとはとても言い難いものだ。だからあなたは誰よりも幸せであろうとする。幸せであることの価値を何よりも追い続ける。
 あなたは自分が復讐しているだけと気付きつつある。いや、気付かない振りをしていたことに気付きつつある、という方がより正確かも知れない。あなたに福音は訪れない。
 楽しく有意義でかつ刺激的な人生に、楽しいだけの下らない人生に、あなたは呪われているのだ。



 青い鳥5

 青とはいうが本当は夜の闇に近い青で、青に近い夜の闇といった方がより正しい。
 星は星と呼ばれているが、知っているか?
 サイクロペシャという寄生猫がまどろみながら下を見ているだけだ。たまに流れるのは猫だから。
 証拠に、町では夜に南風しか吹かない。
 巨大な翼で夜のうちにどこに運ばれているかは、誰も知らない。
 少なくとも町は徐々に暖かくなり豊かになっている。これが幸せだ。
 相づちを打つように夜空のどこかでのどが鳴っている。

 ある晩、星が全て地に降り注いだ。にゃんにゃんとすぐに路地裏に隠れたらしい。
 夜の南風も山側からの北風に変わった。夜空には相変わらず星が瞬いていたが。
 町の人々はこの変化に気付かない。
 いや、肌で何となくは気付いている。僅かな体温の高まり、弾む心として。足取りもやや軽くなっている。
 そういえば青い鳥は幸せを運んでくるのだという。
 町が、ボクたちが幸せなのかどうかは分からない。
 ただ、町の北の北にある大きな大きな爪痕はもしかしたらいにしえの戦火の痕跡ではないのかもしれないと思えるようになった。
 にい、と路地から顔を出していた猫が鳴いて奥に逃げた。
 一つ目だったような気もする。



 青い鳥6

青のくれるキャラメルの味が恋しい。

刹那に影を作った鉄の赤が、嘴に咥えた未来をそっと落として。

あたしはぽかんと口を開けたまま。



 青い鳥7

「川瀬見タロウです」
 あれは一目惚れ? ううん、違う。だって野生的な眼差しに長めの嘴と橙色の腹、青い羽、私よりも細い足。まさしく鳥人間。合コンの席で、川瀬見君を見た時は私も友達もギョッとしたもの。何それ、新種のコスプレ? 手羽先を平気で食べちゃうわけ?
 でも、川瀬見君は話題が豊富で頭の回転が速くて楽しいヒト。いつの間にかこの場の中心的存在で皆が川瀬見君を好き。地味でトロい私にも絶妙なタイミングで話を振ってくれる。
 川瀬見君が席を外した。先輩が耳打ちしてくる。
「繭ちゃんって今、フリー?」
 その会話を皮切りに私たちを残し次々と帰って行く。私と川瀬見君は居酒屋を出てエレベーターでティン。屋上で酔いを醒まそうか。
 繭ちゃん、もう少しだけ時間ある? 川瀬見君はバサッと長い羽を広げて、私を背中に乗るように促す。本当に飛べるんだ。なんて感心しているうちに、大きな背中におんぶされビュッと羽ばたいて風に乗る。五月の夜風は少しばかり冷たい。町は遠く星は近い。振り落とされないように筋肉質な背中に張りつくと、川瀬見君の体温が伝わってきた。大地のような匂いもやさしい。
「オレ、繭ちゃんのこと好きなんだ」
 私は「知っていたよ」と答えた。女の勘を侮るなかれ。近い将来、私は愛の巣に卵を産み落とすだろう。



 青い鳥8

 波打ち際にふわりと舞い降りた青い小鳥は、可憐な少女に姿を変えた。淡い月の光を浴びながら、いとしい男を待つ。ずっと帰らない、おそらくは海で死んだのであろう船乗りは、何に姿を変えたのだろう。少女は知らない。帰らない男を待ちわびたまま流行り病で命を散らした少女の魂は、少女が死期を悟って空に放した青いインコに宿った。
 ふいに人の気配がして少女は波消しブロックの陰に身を潜めた。彼女のいとしい船乗りは、したたかに酒に酔い、鼻歌交じりで女の肩を抱いて現れた。少女は小鳥の姿に戻り、いとしい男の唇を目がけてまっすぐに飛んだ。最後のくちづけをするために。数日後、若い船乗りは鳥が媒介する流行り病で命を落とした。
 男の墓の前には誰が供えたものなのか、一輪の青い可憐な花が風に揺れている。



 青い鳥9

 アルキメデスなんか家に帰ってもあたたかく迎えてくれる人はいないんだ。



 青い鳥10

 かつてこの星を彩った哀しみのすべてを録り終えて、その蓄音機は、今、チリチリ唄いはじめる。

 ダカラモウ ナクンジャナイ



 青い鳥11

 今は昔、幸せを運ぶ青い鳥がいたという。
 不格好な罠を作ったのはほんの出来心だったが、羽根を傷めた白い鳥が望外にも迷い込んできてくれた。獲物は青い染料のなかへ沈め、紐で縛って玄関先へぶら下げた。
 時を経ずに帰ってきた同居人は、扉を開けると同時に青い鳥にぶつかった。同居人は眉間に皺を寄せ、苦労してぶら下げた鳥の紐をあっさり切って血抜きをし、青く染まった羽根を遠慮会釈なくむしり取り、刻んだ肉を鍋のなかへ放り入れた。出来上がったシチューはほんのり青く、実に食欲をそそらない出来映えだったが、空腹にまずいものなし。
 青い鳥は幸せを運んでくれるらしいよと、匙に薄青い肉の欠片を掬って見せると、おかげさまで旨い食事にありつけたねと言って、同居人は差し出した匙を舐めた。
 通りからは窓越しにシュプレヒコールの声が聞こえる。曰く、白い鳥は幸運のシンボルであり捕獲許すまじ。私たちは窓を閉めたまま黙々と薄青いシチューを啜り続ける。もしまだ死んでいなければ、今日もまだ生きているはずです。
 となむ語り伝えたるとや。



 青い鳥12

先生、あのね。
きのう、じんじゃにいったよ。
てきやのおっちゃんが、ひよこをうっていたよ。赤や青やピンクのいろをしていたよ。
おっちゃんは「赤いひよこ、かっこいいだろう」とじまんしたよ。ぼくは「青がいい」といって、青いひよこをかったよ。
うちへかえると、ばあちゃんが「かわいそうだ」とないたよ。かあちゃんは「ただのひよこだ」といっておこったよ。「ただじゃなかったよ」といったら、げんこつくらって、そんした気もちになったよ。
「げんかんの石のところであそびなさい」といわれたのであそんでいたら、ねえちゃんが中学からかえってきて、「それはサギよ」とわらったよ。ひよこはにわとりになるのにね。
うちの女たちはだれも「かっこいい」っていってくれないので、ぼくはあたまにきた。
ごはんもたべないで、テレビもみないで、げんかんにずっといたよ。
とおちゃんなら、男の気もちがわかってくれるとおもったのに、よっぱらってかえってきたよ。青いひよこをみせたら「おれの青いとりは、おまえたちだーー」とだきついてきて、ねちゃったよ。わけわかめだ。
うちのかぞくはだめかぞくです。
ねぇ、先生。先生は女だけど、青いひよこ、かっこいいとおもうよね。



 青い鳥13

果てしなく澄んだ空になりたかった。
どこまでも広がる海になりたかった。
しかし、私は小さく白い鳥だった。
白い私は、青い空にも青い海にも混じることができず、ただひとり空の底で漂っていた。
眼下を見れば、白く小さな点が一つ、青い海に浮かんでいた。
それは、わたしの虚像だった。
わたしはわたしの虚像とともに、偉大な二つの青の狭間でずっと漂っていた。
それから長い年月が経った。
いつしか私は青く染まっていた。
白くなくなったわたしは、空と海、ふたつの青と溶け合っていた。
しかし。
空は空であって、わたしではない。
海は海であって、わたしではない。
どれほど青くなろうとも、わたしはわたしであって他の何者でもなかった。
見下ろす海には、かつてともに漂っていた白い点はもう見えない。
わたしと、わたしではない青色の境目はもうわからない。
おのれの形すらもわからなくなって、それでもわたしはひとり漂っている。



 青い鳥14

 僅かに射す月明かりを浴びて、ぼろ雑巾のように眠る男が枕にしているのは、表紙もページの端も擦り切れてぼろぼろになった二、三冊の分厚い楽譜だ。
 聖書なのだーー男は心の底からそう思っているからこそ、これを旅の道連れとして最後まで手元に残したのだ。しかし楽譜が彼に報いることはついになかった。求めれば求めるほど深まる理解は新たな謎を呼び、解釈の統一性を内部から蝕んで瓦解させ、つまるところ音楽とは何なのか皆目分からなくなって音符の森を彷徨うことも度々であった。音楽の向こうに神などいないのかと思い、それなのにそれを聖書と呼ぶ滑稽さに自虐的な笑みを浮かべたりもした。
 疲れ果てて眠る男の夢枕に、優しくかすかにささやく声がある。それはかつて懐かしい人が、何気なく口にした一言だった。
 ーー音楽は、親しくありふれていながら、それでいていつも何かしら新しい。それは丁度、言葉がそうであるのに似てーー
 折しもそのとき、どこかのページで展開された第一主題の音列が一瞬、仄かに光を帯びたが、男は気づかずに終わりのない夢を見続けるばかりだった。



 青い鳥15

 ぴちゅちゅぴちゅちゅと赤い鳥は囀ります。軽やかな嘘で彩られた歌声は、今日も夏の森を鮮やかに染めています。誰もが赤い鳥のことを好いていました。赤い鳥は誰も傷つけることがなかったからです。
 ある日、赤い鳥は太陽へ向けて飛び立ちました。小さな翼を羽ばたかせ、雲より高くまだ遠く。森の木陰で暮らしてきた赤い鳥にはちょっとした革命でした。強い光は森の上に補色の影を作ります。限界の高さを知った赤い鳥は、ゆっくりと下降してゆきました。
 森に戻った赤い鳥は、試しに真実を歌ってみました。力強く、悲哀と重みが入り混じった囀りが森中に響きます。変則的な音階に、ある者は耳を塞ぎ、またある者は逃げ惑いました。しかし、別のある者は真剣に聴き入っていました。傷つけられたと赤い鳥のことを嫌う者が出てきましたが、それ以上に慕うものも多く現れたのです。
 それまでとは違うぴちゅちゅぴちゅちゅを歌い続ける赤い鳥に、誰かがあのときの影の色の花を贈りました。初めてのことに喜んだ赤い鳥は、花を寝床に持ち帰りました。花は毎日贈られました。毎日。花に埋め尽くされて眠る赤い鳥の体は、ゆっくりとゆっくりと花の色素に侵されてゆきました。



 青い鳥16

 青い鳥はいつでも私を見ていた。部屋のすぐ横にある林檎の木が、鳥の指定席だった。きらきらと輝く青は宝石のように美しかったが、私はその鳥がなぜだか怖くてたまらなかった。
 私だけではない。林檎が熟す時期になっても、ヒヨドリやカラスさえ、その木に近づこうとはしなかった。
 私はとうとう、その家から逃げ出した。それは愚かな失敗だった。鳥は軽々と追いついて、いつでも私を見ていた。高い木の梢から。雲の隙間から。
 青い鳥の飛ぶはしから、空はきらびやかで毒々しい青に染められた。鳥や動物は姿を消し、草木や花の色だけが不気味に鮮やかさを増していく。柔らかさを失い、しゃりしゃりと音を立てて砕ける。
 行く先々で、私たちは厄災と呼ばれた。私はなにも悪くないのに!
 けれどある時出会った老婆は私に言った。
「なにを」
 厄災を起こしているのは鳥じゃない、わたしだと。
「うそよ!」
 叫びと共に、鮮やかな世界にひびが走り、老婆の姿ごと崩れ落ちた。
 色褪せた世界の真ん中で、青い鳥がわたしを見つめている。



 青い鳥17

 「まだ誰にも見せたことがないの」
 君の手がカットソーの裾をゆっくりとめくり上げると、白い胸から腹部にかけて大きな穴が穿たれていた。 穴の中にはめ込まれた金色の籠の中では、目の覚めるようなコバルトブルーの鳥が1羽、黒真珠の瞳で僕を見ている。 思わず手を触れようとした時、鳥はえも言われぬ美しい声で歌った。

 僕は結晶化したため息をベッドの上に落とす。 こんな綺麗な声で歌われたらとても殺せないじゃないか。
 君は僕のこの困った顔を見物するために、わざわざ見せてくれたんだろうか。
 すると君は不意に涙を零して謝った。 
 「ごめんね、そんなつもりじゃなかったの。 いいのよ、ホントは覚悟をして来たのだから」
 君の零した涙と僕のため息が霧を作って、鳥は静かに籠の底に横たわる。

 決して忘れないよ。 君が僕なんかと出会わなくても充分幸せだったことを。
 たくさんのものを捨てる君を受け止める重さ、耐え兼ねて「幸せにしてやる」なんておこがましい言葉にすり替えるずるさを、今夜僕は捨てなければならない。

 そうして君は明日、僕に嫁ぐのだ。 空っぽの鳥籠と、鳥が食べ損ねた明日の青空だけを持って。 



 青い鳥18

何やらやらかしたやつがいる。
雑踏に紛れ込んでいた、
カラスと呼ばれるお掃除集団なるものが、
今日も血相を変えて通り過ぎていく。
やつらの顔はいつも必死で青い。
青い顔して一斉に走り出し、
黒いマントのようなものを羽ばたかせて、
空に消えていったら、それだ、間違いない。
「悪を正し幸せを運ぶカラス」人々は、そう噂する。
空に消えたその先を、詳しく知る者は、まだ誰もいないのだけど。



 青い鳥19

「ねえ、パパ?」
 マズい。娘がこんなに甘い声を出すのは、何かをおねだりする時だ。
「また、アレを注文してほしいんだけど……」
「アレって青い鳥か? 今年でもう三羽目じゃないか」
「だって好きなんだもん。今度はお小遣いで払うからいいでしょ?」
 今やネットで簡単に手に入る青い鳥。なんでも昔は、捕まえるのにとっても苦労したそうだ。外国の兄妹の奔走話が有名だが、そんなことを現代っ子に言っても理解してもらえそうもない。
「仕方がないな。来月のお小遣いから引いておくからな」
「やった!」
 喜ぶ娘を横目に、俺はネット通販のページを開いた。

 翌日。通販会社から大きめの段ボール箱が届く。
「ねえ、パパ。開けてもいい?」
 そわそわしながら俺を見上げる娘。
「いいんじゃねえの? お前のお小遣いなんだし」
 段ボール箱を受け取る時の満面の笑顔に俺は弱い。
「あー、箱の外からも分かるこの感覚、この匂い。やっぱり青い鳥って最高」
 娘は目を細めながら、勢いよく段ボール箱のジッパーを引いた。



 青い鳥20

『うん。僕も君が好きだった。これからもよろしくね』携帯が震えた。私の心臓も震えた。やった。届いたんだ、私の気持ち。嬉しくてベッドにダイブして、枕に顔を埋めて、 足をばたばた。幸せを噛み締めていると、また携帯が震えた。『実は今、家の前にいるんだ。ちょっとだけ顔が見たくて』家の前!うそ!一回送ってもらったきりなのに、私の家、覚えててくれたんだ!急いで窓に飛び付いて、開ける。数粒の水滴と一緒に、青い傘をさして家 の前に立つ人影が目に飛び込んできた。「森本くーん!」私の声、雨音で書き消されたみたい。もう一回。
「森本くん!」
気づいてくれた!こっちを見上げて、手を振ってる。私も身を乗り出して、笑顔で大きく手を振って、そのまま手を滑らせた。



 青い鳥21

 どこぞの猫じゃないから俺には名前がある。だが、家主の兄妹は阿呆だから、俺のことを「クロ」と呼ぶ。最初は兄妹揃って色盲を疑ったが、描いた絵は空や緑を塗り分けていた。ともかく、阿呆な兄妹は薄気味悪い婆さんに唆されて、このクソ寒い中、どこかへ行ってしまった。
 勿論、俺をおいて。
 阿呆だとわかってはいたが、大概にしろよ! と、吠えたところで、
「クッククック」
 と自分の名前しか声にできなくて嫌気が差した。
 鳥籠の鍵は開けられるし、餌の在処は把握していたが、いかんせんこの寒さはどうしようもなく、俺は飛ぶ食う寝るをひたすらループした。日付感覚が消失した頃には阿呆な兄妹への情や愛想は尽きた。むしろ、尽きない方がどうかしている。マザーテレサかお釈迦様にでもなればいい。あまつさえ、ようやく帰ってきた阿呆な兄妹は、薄気味悪い婆さんに俺をくれてやるなどと抜かしやがった。他人事なら最高の笑い話でも、当事者としては付き合いきれない。
 俺の所有権は俺にある。嬢ちゃんの療養にも飽きた。さぁ、あの雲の向こうへ!



 青い鳥22

 それはそこにあると誰しも何処か信じていたのだが、不意に空は羽ばたき去り後に残るのは

 夜、

 夜、

 夜、
 夜、

 否、もはや夜とも呼べず、

 星と月と、じくじくと燃える太陽をせめて慰みに、いなくなった思い出を描いても、白熱灯の下でくすむ。
 もうすぐ、彼女が船団と共に旅立つ。



 青い鳥23

僕は青い鳥を手にいれた。毎日毎日朝から晩までさえずり続ける青い鳥。そのさえずりを聞いていると僕はなんだか楽しくなる。ぽつりと独り言をつぶやくと返事をするように青い鳥がさえずる。僕は友達ができたような気持ちになった。ひとりぽっちじゃなくなった気がした。けれどもある時、青い鳥がすごく嫌な声で鳴いた。悪意を感じる嫌な声。それぎりもう青い鳥に話しかけるのが怖くなってしまった。とうとう僕は青い鳥を捨てた。僕はまたひとりぽっち。けれどもどうにもいたたまれなくて、窓を開けた。待ち構えていたようになだれ込む大群。悲鳴のような青いさえずり。部屋を埋め尽くす青い鳥。ついばまれて少しづつ骨になっていく僕。



 青い鳥24

 ざらざらした白い砂が、こんもりとベランダに積もっている。彼が姿を消すまで住んでいた部屋において、それだけが奇異に見える点だった。砂の中に、ちらりと青いものが。青い羽根が一枚埋まっていた。
 捜査官はその羽根をピンセットでつまみ、ビンに入れて持ち帰った。しかし翌朝、羽根は増殖し、ビンからあふれ、茨城県全域の空と地面をフワフワと青く覆っていた。
 シマウマが踏めば羽根が消えることは、失踪した彼が部屋でこっそり飼っていたシマウマが範を示してくれた。そこで、県営シマウマ牧場のシマウマが各地の羽根を踏んで駈け回ったが、とても追いつくものではない。この事態が七日七晩続いた挙げ句、八日目の朝には羽根もシマウマも消えて、白い砂があちこちに積もっていた。
 あの晩、自宅のベランダの高さを計ろうとした計測マニアは、錘のついた縄で青い鳥の飛行を妨げたのだ。青い鳥の祟りを侮ってはいけない。(なお、シマウマの黒い部分は無事アフリカに帰りました。)



 青い鳥25

 僕が住んでいる都市では、空を見上げると頻繁に青い鳥が飛んでいる。

 「はい、株式会社ブルーバードです。はい、分かりました。明日の朝一番に、飛ぶように手配致します。この度は、ありがとうございました」

 次の日の朝、予約された青い鳥が飛んだ。また一人、人が死んだ。

 僕の街では、危篤になると何故か青い鳥が親族へ知らせに行く。たまに、一命を取り留める患者がいる。そうなるとその青い鳥は、引っ張りだこになる。

 しかし、その青い鳥は、高値である。



 青い鳥26

宵闇色の空の下、浜辺に青い鳥が佇んでいる。彼は私を待っているのだ。けれど、私は行くことが出来ない。まだ。



 青い鳥27

 澄み切った空の色、吸い込んだような瞳。雲ひとつない晴れた空の色、映したような翼。重力からも放たれて軽やかにその身、高く羽ばたかせ、さえずる歌は五月の風の起こした葉擦れのよう。木漏れ日の夢の中、見あげて見つけた透明な鳥に見たもの、なあに。