500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第134回:湖畔の漂着物


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 湖畔の漂着物1

夏のなごりがひとかけら岸辺にたどりつく。
青い発泡スチロールのそれは水面へ墜ちた鳥の羽。この日本一大きな湖で開かれるそれを目指す者たちの競った痕。人は彼らのことを鳥人間という。どれだけ長く飛べるか、どれだけ早く飛べるか。飛ぶことだけを考えて真夏の太陽の降り注ぐこの湖畔へやってくる。
それでもどんなに遠くまで飛んだとしてもどんなに早く飛んだとしても、どの鳥も最後はこの水面へすべて墜ちていく。半年…いや一年以上かけて作り上げてきた羽はぐしゃりと崩れ漂うことしかできない。
 そんななごりが木の葉が色づくころに岸辺へたどりつく。
 冬の渡り鳥が空を飛んでいる。無機質でいながら熱を持った鳥たちも彼らと同じようにまた来年ここへ渡ってくるのだろう。なごりをそっと拾い上げればざらっとした手触り。それをカーゴパンツのポケットへ詰めて、僕は冬支度をはじめた。



 湖畔の漂着物2

 通りに面した二階の窓縁のすぐ下に控えめにぶら下げられた看板に惹かれて、入る。
 古くにはポップであったろうノートとか(いま見てもかなりキュートな代物)、異国のCD付きの絵本(絵のついた詩だったかもしれない)であるとか、用途不明の置物(?)の数々みたいなものなどが統一感なく、けれど妙な一体感をもって一室をつくりあげていた。
 小さなビル(階段下には「ビルヂング」と表記あり)の狭い部屋で雑貨店のようなものを営んでいるらしい。
 屋号の由来を伺うと、ここにあるもの全てがそうなんですよ、と穏やかに応じる。
 これらが、瓶に入って漂ってくるのかとか、もしかしたら湖底で通じたどこかからやって来たのかとか、肝心なところは尋ねても教えてはくれないが、なるほどというか、宇宙人(!)ならば、海よりもお似合い、のようには思う。
 店主の横のそのひと(!)も、同じようにしてここにいるのかもしれない。
 値札、ついてるだろうか。
 ここからでは見えないな。



 湖畔の漂着物3

 流木は、子供が10人座れるくらい大きくて格好の遊具だった。
 どこから流れ着いたのか、よくわからない。この湖はそれほど大きくない。
 
 「地底湖と水路で繋がっていて、そこには古代から生息してる生物が今も生きてるんだよ」
 「おれは10メートルぐらいの、蛇が泳いでるのを昨晩みた」
 「それは水草をだな、見間違えたんだよ」
 「ぼくは恐竜が首だけ出して泳いでるのをみた!」
 子供たちは、そのうち流木をボートに改造して探検に行くことを思いつき、それぞれが家に帰って鑿や鋸を持ち出そうとし、親に見つかって怒られたり、そのまま晩御飯を食べてテレビをつけた。

 流木は、待てども戻ってこない子供たちのことを思いながら、月光を布団のようにかぶりながら砂地に横たわって眠りにつく。



 湖畔の漂着物4

 毎朝、目が覚める前に湖を散歩します。地図には載らない類いの湖ですので、夢と言ってしまえば通りがいいようですが夢ではなく、若い頃からの習慣です。
 葦の根本や砂浜に打ち上がった流木を覗いて珍しいものがないか探します。例えば、風の吹き溜まりに滞った波が凝集した格子には同じものが二つとありません。格子に取り込まれた生物や鉱物が、その配置され具合から新しい構造を得ているものもたまに見つかります。泥土が湖底から発生するガスを包んだボールには、湖面を風に転がされる間にも様々な気配が溶け込みます。今朝のは手に取るや否やしじみ300個分の元気と分かったので、広告の効果に感心しつつうっちゃってきました。なるべく正体のわからないものがいいのです。
 拾ったものはポケットにいれます。現物は持ってこられませんが手触りが残るのです。考え事をするときは、ポケットを探って感触を辿ります。使いようの分からないストックが増えるばかりなので、まだまだ好奇心を失うわけにはいきません。

 そう話すと老学者はコーヒーカップを口に運んだ。湖の全景を尋ねると、足元ばかり気にしているせいか思い出せないんですと照れて笑った。



 湖畔の漂着物5

 夜の波打ち際を七人で歩いていた。広い闇の中央に、はるか昔に飛来した隕石といわれる島があり、岩盤が霧に削がれて水に融けだしていた。水辺に積もる輝石は、迷子島から剥がれた塵だ。振り返ると世界は終わるから、輝石を踏みながら前に進むしかなかった。
 二人の影が駆け出すと、あとの五人もよろよろと追いかけて、いつの間にか数十億の遺恨がすがりついていた。やがて霧は島を割き、地鳴りとともに、夜明けの花のごとく赤く蕩けて咲き開いてゆく。
 波が高くなる。七人はとうに離散して二度と連なることはなく、波が運ぶものは元に戻らないものばかり。



 湖畔の漂着物6

 恋は、ただひたすらに落ちるものだ。
 全知全能のゼウスが恋に落ちたテュロスの王女、エウローペーを由来とする衛星は、入植から百年以上経ってもまだ数十メートルの氷が支配する。
 ひたすらテラフォーミングを続けても、主星からの潮汐力は氷層をうねらせ、新たなリネアやマキュラを形成する。
 木星の第2衛星で人類はシャーベット状の海は見つけても、ブラックスモーカーの欠片すら見つけられなかった。
 今のエウロパは、かつてのボストーク湖を思わせる。融けきる前の太陽系第3惑星の極地。
 ゼウスと同一視されるユーピテルへ落下し続けるこの星で、ひたすらに落ちた恋は寄せ、恋は引き、恋に切り取られた過冷却水が、氷の岸辺へ打ち上がる。
 氷の中に、わたしは見つけた。シーグラスのような恋の痕跡。



 湖畔の漂着物7

 湖の岸辺を散歩するのが好きだ。静かな波が揺らぐのを見るのがいい。湖上を走ってくる風に吹かれるのがいい。何よりも人が少ないのがいい。
 けれども、その日の岸辺はいつもとは違ったにぎわいを見せていた。
 人の集まるところは苦手だが、好奇心には勝てない。何が起こっているのかと顔を覗かせたところ、何かが岩の間に挟まったまま、ゆらゆらと波間に揺れているのが見えた。
 子どもたちが岩の上から棒をのばし、さかんにそれをつついている。それには服らしき布地が引っかかっていて、その合間からぶよぶよとふやけた肉が見えた。
 警察はもう呼んだのかと誰かが言い、いや、これが事件であるかどうかを確かめてからだと誰かが言う。行方不明になっていたGなのではないかと誰かが言い、けれども、それがGであるかどうかは、変わり果てたその姿を見るだけではわからない。
 これが村人のひとりでなければ、と誰かが言う。これはただの漂着物である。
 私はいつもの道を通って家へ帰り、いつものお茶を入れて飲んだ。いつもの夕暮れが窓の外に広がり、いつもの一日が終わった。



 湖畔の漂着物8

 海水浴をしていたら、水が凄く冷たい場所に迷い込んでしまい、驚いて砂浜に駆け上がった。
「あははは、あんちゃんもビックリしたか?」
 様子を見ていた海の家のおっちゃんがニヤニヤしている。
「そこ、みんな驚くんだわ」
「なんなんですか、ここは?」
 するとおっちゃんは口の前に人差し指を立てて、小声で話しかけてきた。
「この浜にはな、たまに湖畔が漂着するんだよ。だからその部分は真水で冷てぇんだ」
 湖畔が漂着する? どういうことだよ、それ。
「嘘だと思ったら、水の中ァ覗き込んでみな」
 言われる通り水の中を覗き込むと、赤や金色の魚が泳いでいた。
「海だったら鯉なんて泳いでねえだろ? だから湖畔なんだよ。砂や景色だって違うぜ」
 確かに砂もその部分だけ黒っぽくて、なんだかゴツゴツしている。波が静まると、見た事の無い山が雄大な姿を水面に映していた。
「これって……蜃気楼?」
「なことねえよ。山なんかどこにもねえだろ? それより今回はどこの湖畔なんだろうなぁ。あんちゃん、その景色に見覚えねえか?」
 見ると山頂はマッターホルンのように尖っていて、とても日本の山には思えない。
 ヤッホーと叫んでみると、ヤッホーと日本語でこだまが返って来た。



 湖畔の漂着物9

 この川を下れば、きっと湖に辿りつく。俺はそう信じて舟を漕ぎ続けていた。だが川幅は日ごとに狭まり、草木もまばらになっていく。岩と砂の荒野はもはや砂漠というに相応しい。
 とうとう船底が砂を噛んだ。あきらめるものか。
 川に沿って歩いた。無情の砂が水を飲み干す。
 川は消え失せた。
 間違っていたのか。荒涼たる砂漠に陽が落ちる。落胆を抱え寝袋に入った。
 テントの外がぼんやりと明るい。月が昇ったらしい。出てみると、照らされた青い砂漠が見えた。あれは?
 遠く波打つ地上の満月。
 水!水だ!
 水鏡に映る月に向かって駆け出す。湧きだす水は滔々と広がる。辿りついた時には、湖と呼んでいい大きさになっていた。
 俺は正しかった。涙が頬を伝う。夢見た湖。
 美しい波間に浮かぶ光。
 光?
 それは、屋台に掲げられたランプ。
 色とりどりの果物。
 山と積まれたパン。
 絹を纏った踊り子。
 ラクダの隊商。
 水面に浮かび上がる古の人々の営み。岸へ流れつくと、一瞬で蘇るにぎやかなオアシス。湖畔はバザールの喧噪で溢れ返っていた。俺は雑踏にポツンと座り込んでいる。人々は陽気に語らい、食べ、歌い、そして疲れを癒す。
 西に傾き始める月。
 消えていく。ひとりふたり。ラクダ。バザール。そして湖。
 砂は静かに全てを包み込んだ。
 俺は大きく息をついて立ち上がった。夜明けの砂漠にはもう何もない。



 湖畔の漂着物10

 長い漂流を経て降り立った先は、赤茶けた岩だらけの不毛の土地だ。雲一つない空の元で気温0度前後。ぎりぎり生きて行けるといったところか。水さえあれば。
 壊れた機体は、1日に数百メートル動かすのがやっとだ。干上がった川床に辿り着き、上流を見定めてそちらに向かう。雨が降らない土地の場合、水が残っているとしたら、火山か何かで湧き出る水源に近い上流しか考えられないからだ。
 ついに高い崖のふもとに、伝い落ちた水の痕跡を発見した。巨大な火山湖の縁にたどり着いたのだろう。この崖をよじ登り、地面を掘れば水が見つかるかもしれない。
 私は生きなければならない。一日でも長く。それが宇宙が生命に与えた、唯一至高の命令だから。

 火星の巨大なクレーターの地下1メートルに、宇宙人の作ったと思われる小型ローバーが埋もれているのを発見した某宇宙開発機構は、その事実を世界にどのように公表すべきか大いに迷ったという。



 湖畔の漂着物11

 避暑地の湖畔に椰子の木があった。
「昔、椰子の実が流れ着いたらしいよ」
 宿泊した旅館の者に聞くと、そうこたえた。
「こんな山奥で?」
「たまにしょっぱくなる。汽水湖ってわけじゃないし。海につながってるのかねぇ」
 なんでも昔は出たらしく、清めの塩をまいたとか。

 その晩、湖面の月が印象的に青かったので散歩に出た。
 揺らめく月に見惚れていると、何かが水面から出てきた。棒みたいだ、と思った瞬間、ざぱ〜ん、と帆船が姿を現した。そのまま岸に流れ着く。傷みか激しい。難破船だ。
「半舷上陸、半舷上陸〜」
 そんな声が聞こえるとたくさんの人影が下り立ち、四方八方に走り散って行く様子が砂浜に映った。
 おや、一つの人影が椰子の木に近付いた。
 すると椰子の木の影から少女の影を引き出した。そのまま船に連れて行く。周りでは四方に散っていた影が大きな荷物を抱えたり担いだりして同じく船に戻っている。
 やがて難破船は湖に。
 呆然と見送り旅館に戻ると、自分の枕が消えていた。

 それからというもの自分の影がたまに消える。
 たいてい自宅近くの河原に生えた枕の木の影に隠れているのだが。何かを待つように。



 湖畔の漂着物12

昨晩流れ着いたという鯨は、今朝にはもう、岸から遠ざかりつつあった。
「君はどこから来た。」淡水に身を浮かべながら、鯨が問うた。
「君こそどこから来た。」私も問うた。
「私はずっとここにいた。」鯨が答えた。
「私もずっとここにいた。」私も答えた。
鯨はほとんど動かないものの、私との距離はゆっくりと広がっていく。
「海が恋しくはないのか。」鯨に問うた。
「私がいる場所が海だ。」鯨が答えた。
「では、今、私も海にいるのか。」鯨に問うた。
「そうだ、君も今、海にいるのだ。」鯨が答えた。
鯨の姿はずいぶん小さくなった。
「君はどこに行く。」私が問うた。
「私はどこにも行かない」鯨が答えた。
「君こそ、海を離れてどこへ行く。」鯨が問うた。
「私も、どこにも行かない。」私も答えた。
鯨が何か言おうとしたが、その声はもう、私に届かなかった。



 湖畔の漂着物13

 静寂の中、わずかに響く振動。それに誘われるかのように幾つもの声が夜の闇に咲く。
「来たね」
「ああ、来た」
「久々に乗っているね?」
「乗っていると思う」
「そうね、私も感じた」
「どの辺り?」
「希望の湖の湖畔付近だな」
「いい場所に流れ着いたね」
「ああ、いい場所だ」
 しばらく後、声たちはその漂い着いたモノの周りに集まっていた。モノの外壁には無残な穴が穿たれている。
「おおい、起きろ」
「……ん……ここは?」
 穴から声が抜けて現れる。
「ここは希望の湖、だからアンタはこれから希望2だ」
「希望……2?」
「話は移動しながらだ。さあ行くぞ。ここもじきに昼に曝される」
「昼に?」
「俺たちは夜の中にしか遺れないんだ。着いたのが夜なんてアンタ……希望2は名の通り運が良い。ほら発つぞ」
 無慈悲な光がじわじわと地の面を舐め広げてゆく。声たちが離れたその場所に陽が届いたとき、漂着した脱出用救命ポッドの中、遺体の見開かれた目には青い大きな地球が映っていた。
 月面をぞろぞろと移動してゆく影たちの一つが名残惜しそうにそれに手を振った。



 湖畔の漂着物14

 「眼」なのだ。
 それはどこからどう見ても眼とは似ても似つかぬものでありながら、「眼」としか言いようのないものだった。
 差し渡しが二の腕ほどの直方体。光沢のない空色の、やや色褪せて見える表面。それだけなのに、視線を向けずにはいられなくなる。見つめると吸い込まれそうになる。視線を逸らしても見つめられている気がする。それらはまさに、それが眼だという疑いようのない証拠だった。
 打ち寄せられたものなのか、あるいはただそこに置き去られたのか、それはどちらでもあり得ることだったが、遥か沖、湖の中心には神の住まう見えない島があり、冬の極寒の只中に厚い氷を割る神渡りがその島へと繋がると信じる浜辺の民にとっては、漂い着いたという解釈以外はあり得ず、それが事実となった。
 となれば一層、「眼」は畏怖をもって受け止められるのが相応しかった。彼岸から遣わされた眼なのだから、それをまともに見つめてはならない。その視線を感じても、あるがままに振る舞わなくてはならない。こうして浜辺の民の日々の行いは眼を中心に再編され、新たな祭礼があたかも悠久の古から続いているかのように確立された。



 湖畔の漂着物15

ピッ!
カードキーを差し込みドアを開くと、鼻腔を突く微かな水の匂いがした。電源を入れると闇が消え、ごく普通のビジネスホテルのシングルルームが現れる。使い込んだキャリーケースを部屋の隅に置き、疲れた体をベッドに沈め目を閉じると、先程よりもさらに強い水の匂いを感じ取る。重い目蓋を持ち上げて視線を泳がせれば、白いクロス張りの壁に飾られた小さな風景画――緑なす湖畔を描いた水彩画を捉えて合点がいった。
(今夜は水辺のリゾート気分か……まあ、ゆっくりと休めそうだな)
日本全国を出張で飛び回り転々とホテル暮らしを続けるうちに、己にはちょっと変わった能力が身に着いた。ホテルの部屋に掛けられた絵画の内容が夢に出て、その場に実際居るような雰囲気までも感じ取るようになったのだ。心霊現象のようだが幽霊画を飾るようなホテルには泊まったことがないから、その手の体験は幸運にして無い。
美しい風景の下にだらしない格好で無造作に横たわる姿は、湖岸に漂着したゴミのようでみっともないことこのうえない。
(さあ、さっさとひとっ風呂浴びよう)
このままではいかんと疲れた体をベッドから引き起こし、己は湖畔を後にユニットバスへと向かった。



 湖畔の漂着物16

 ゴースト・スワンボートには動力がない。ときどき気紛れに底の抜けた柄杓が投げ込まれるがこれも役に立たない。それどころか溜まった柄杓がボートを沈ませようとする。うんざりしながら山を崩して投げ捨てていく。しかしそのうち流れていく柄杓を見ているとあるアイデアが浮かんできた。
 慌てて身を乗りだして柄杓をつかもうとしてようやく二本だけ手にできた。
 それを両手に持ち力強く曇天にかかげる。丸と棒が目に焼きついた。「モールス・しんごう!」



 湖畔の漂着物17

 基幹コンピュータからカッコウの声が流れる。起床の時刻。地球で進化してきた我々のため、この星と地球の自転を綿密に計算して生活時間が導き出してある。
 かつて地球は大宇宙時代だった。多くの開拓民という名の難民が地球からフロンティアとされる星へ飛び立った。もう何世紀も昔のことだ。今の地球がどうなっているのかは知らない。知るすべもない。多くのフロンティア惑星で、人類はその息を絶やそうとしていると思う。そう願う。なぜならこの星がまさにそうだから。広い砂漠に覆われたこの星の、唯一のコロニーで暮らす人類はわずか数人だ。次世代に命は繋げそうにない。
 基幹コンピュータからカッコウの声が流れる。では先程の声は目覚めの夢だったか。飲料水を飲んで今日の仕事を確認する。我々に残された仕事、コロニーの管理。そう難しいものでもない。
 基幹コンピュータからカッコウの声が流れる。三度目でさすがに幻聴ではないなと思う。まさか故障か。だとしたら直せる者は誰一人としていない。科学者も技術者も、もういなくなってしまったから。
 どうしたものかと困惑して外を見たのだ。空に強く光る塊を認識。衝撃。コロニーが壊滅していたのが次の光景。



 湖畔の漂着物18

○月×日
俺は散歩中、万年筆が浮いているのを見つけた。拾ってみると、大学生の時に無くした物だった。どういう事だ。
○月×日
昨日に引き続き、今日は高校生の時に無くした時計が浮いていた。この湖で、何が起こっているのだ。過去と繋がっているのだろうか?

 作家先生が別荘に行ってから、約一ヶ月経ったある日。私が勤めている不動産屋へ出版社から電話がはいった。私はやはり居なくなったと思いながら、鍵を持って別荘へ出版社の人と急いだ。
 鍵は開いていた。出版社の人が机の上にある先生のパソコンの電源を入れた。画面には短編と日記が保存され、横には万年筆や時計、雑貨が置いてあった。私は探したが、先生は見つからない。二人で湖畔に小走りで行くと、桟橋の先端に先生が使用していた携帯電話が転がっていた。出版社の人がなにやら操作し、画面に見入っている。どんどん顔色が悪くなり、あわあわと口を動かしている。そして画面を私に向け、ボタンを押すと動画が再生された。
「お、お、お母さん」
 水面を滑って先生へ近づいてくる年配の女性。先生を抱き、ゆっくりと桟橋から離れて行く。そして、口が裂け先生を頭から丸飲みしながら縮み水中へ消えて行った。



 湖畔の漂着物19

 ぬはこのあたりの湖でよく見られる。泳ぎは上手いが間抜けなのでたまにほとりに打ち上げられる。放っておくと腐る。有志のボランティアが水・土曜の朝に回収する。
 全体的にゆるい楕円形をしており、さらに右下部にも小さなまるみがある。ここを切り取り刺身にして食べるとほどよい甘味があって美味い。残りは硬くて人間には食べられないので湖に逃がす。
 まるみを切られたぬはめとよく似ているが全く別の科の生き物である。素人には区別がつかず本人たちにも見分けがつかないのでしばしば生殖活動をしている。遺伝子の関係から子の大半は死滅する。まれに成長しのとなる。のは幸運の象徴としてアクアリストに人気があり高値で売れる。
 近年ぬを町おこしに利用する動きがあり、ぬいぐるみやストラップが販売されている。人気はなく、たまに湖のほとりに捨てられている。有志のボランティアが水・土曜の朝に回収する。



 湖畔の漂着物20

自転車で駆け付けると湖畔は人だかりがしていた。そろそろだろうとは思っていたけれど、今日だったんだ。今年こそはと意気込んでいたのに早起きは苦手だな、やっぱ。
見つけたのは停留所前の花屋だと馴染みの本屋が教えてくれた。みんなに囲まれて照れ気味に笑っているよ、いいなぁ。初物だし、もし時計屋あたりだったら得意げに踏ん反り返ってるところだろうな、くぅ〜。
せめて現物を拝みたかったけれど、もう研究所に持っていかれたって。あ〜どんだけ遅いんだよ、オレ。起きれないならもう徹夜した方がいいのかな?それとも夜から来てるか?いっそここで寝るか?でも夜明け前の湖は危険だし…。う〜ん、どうしようかな〜等と考えていたことは全部口に出ていたらしい。
まあまだ始まったばっかりだし、明日に備えて今日は早く寝なよ。冬はまだまだ先だ、チャンスはあるさ。お互いがんばろうな。なんて本屋に慰められながら明るく色を変えていく湖を眺めていた。
夏の名残りとか忘れ物とか好きに呼んでいるけれど、本当のところあれが何なのかは誰にもわからない。
知っているのは湖だけ。時々、風も無いのに湖面にさざ波が立つ。ふふっと忍び笑いが聞こえた気がする。



 湖畔の漂着物21

 耳に水がたまってるの、といって頭をひざに乗せてくる。どれどれと中をのぞきこむ。
 たしかに水がたまっている。というより、水が張っている。耳いっぱいに。
 そこになにかが浮いている。
 水面はとてもおだやかだ。そっと息を吹きかけると、ちいさく身をよじらせる。その振動で水面が波たち、なにかはゆらゆらと進み出す。
 岸に当たって止まったところを、指でつまみあげる。指先に乗せ、顔を近づけてじいっと見てみると、それはハーモニカだった。ちいさなちいさなハーモニカ。
 こんなものが浮いてたよ、と見せてあげると、吹いてみせて、という。このサイズでは、口に咥えるのも難しそうだ。
 テーブルへ手をのばし、グラスに挿してあったストローをひょいとつかむ。ハーモニカを指で慎重につまみ、そこにストローの先を当て、息を吹きこむ。
 ふぁふぁーん、と意外にイイ音が鳴る。しばらく練習を続けるうち、それなりの演奏になってくる。
 どう? と聞くが返事はない。いつの間にか、すやすや寝息をたてている。
 水面はとてもおだやかだ。
 水、吸いとってあげよう。ストローを耳にそっと挿す。



 湖畔の漂着物22

 ダム湖のほとり老いたる白狐の嘆くこと。

 おれの阿母さんは、あの底に沈められてしまつた、石に封じ込められたまゝで。赤々とかゞやく毛並みの、まるで火のやうだつた阿母さん、村に大火があつたとき、火をつけたとのゝしられ、とらへられて石に封じ込められてしまつたのだ。
 村の者が去り、やがて山がくづされて、たうとう怖くて逃げ出したつけ。山々さまよつたつけ。まだおれは、ほんの子狐だつたなあ。爾来ながれものの暮しして、今までかへつて来ようとも思はなんだ。
 いや、一度だけ、とほくからのぞいたことは、あつたのだ、しかし、あの底に阿母さんが、あの、きらめく日もとゞかぬ、暗くて冷たい底にいらつしやるかと思ふと、何とも云へぬ心地で身をひるがへし、一散に走り去つてしまつた。方々でわるさをし、おそれられもし、幾ばくか霊力さへ身に具はつてなほ、その瞬間、こはがりの子ぎつねだつたのだ、おれは。
 阿母さん、まだいらつしやるのか……

 岸に紅葉こもごも漂ふなかに、水底の村からふと浮び上つたものであらう、火のやうに赤い手まりが流れつく。ふとそれを鼻でころがして、なつかしさうに戯れる白狐の毛並みに秋の夕陽てりはえて。