500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第144回:クスクスの謎


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 クスクスの謎1

微笑みながら、その夢は永遠に舞う。企みの螺旋に跳躍し、嘗てを振りほどき、やがての追っ手を躱す。全なる沈黙の、その大いなる溜息は、意味、概念を超越し、ただ時の流れを創り出す。飽きのない、深深な佇まい、色の組み合わせよりも、色の誕生へと。神は笑う。あなたは神に相対していると勘違いする。神は問う。あなたは神、神は何を求めるのか、と。「クスクス」

あまいこえ
あわいにいろの
こいときに
まじわるゆめの
ひとつにいきの

疑問は笑う。ただ躊躇いだけを残して。把握の不能に微笑む。全はその欠片を夢見たのだ。



 クスクスの謎2

 「あっ、また!」
最近よく俺の頭に書き文字のクスクスが付いているのだ。それを幼馴染のさな子が見つけては指でつまみ取る。
「髪が細くてフワフワだから、絡まって外しにくいったら」
見目形は俺の責任ではない。一応少女マンガのモテ役だ。仕方なかろう。
 「ワザとだ。誰かが先回りして置いてってるんだよ。」
さな子は面白くもなさそうにつまんだクスクスをためつすがめつしてそう言い放つ。
「根拠は?」
「クスクスを頭にくっつけてる馬鹿はあんただけ。」
「置いたところで俺が引っかからなかったら?」
「前のコマにはそれこそいっぱい残ってるのかも。」
「動機は?」
「心あたり無いの?」
「むやみに笑われる覚えは無い。」
「そうじゃなくて」
「ガギンッ!やドゴッ!が降ってくるわけでもないし、まあ大丈夫だろう。」
「そうじゃなくて!」
 ガギンッ!やドゴッ!を降らせかねないくらいに不機嫌になりつつあるさな子がうっちゃったクスクスを、隙を見て拾い上げ畳んでポケットにしまう。たかがクスクスが俄然気になってきたではないか。



 クスクスの謎3

 平家の落人の取材で訪れた中国地方のとある寒村でふと耳にした「クスクス」。こんな田舎でお洒落な食べ物ですねと相槌を打ったら妙な反応。俺はピンと来たね、ネタになる話だと。だが掘り下げようとすると誰もが口を閉ざす……逆に燃えてくるじゃねぇか。伊達に長いことライターやってはないぜ。村人の一人に無理やり金を握らせて、それを見ることが出来る所へと案内してもらった。
 山の中腹にある小さなお社。その手前の鳥居に赤いものが二つ、紐でくくりつけられていた。丸くて、そこから何かがだらりとぶら下がっ……え?
「猿だよ。皮を剥いで丸く縛ってぶら下げてな。頭と手足が垂れているだろ。あそこから毒が抜けて一週間後には内臓が立派な薬に仕上がるんだ。クスダマってのが正しい名前なんだが、雄と雌と揃いで必要だから皆クスクスって呼んでいる。祭りの時期じゃないと見れないんだぜ。あんたついてるよ」
 確かに血の匂いがするのだが、甘い匂いが混ざっているようにも感じる。奇祭? いや、オカルト系でもいけそうだ。まずは写真を撮ろうかとカメラに触れた手をグッと掴まれた。
「記事にはするなよ。昔は猿じゃなかったんだ……わかるだろ?」



 クスクスの謎4

俺にカノジョができた。小さくて可愛い。俺を見上げて、軽くにぎった手を口元にあてて笑う。笑い上戸なのか。いつも笑っている。カノジョの笑顔がそばにあるだけでシアワセだ。

私にカレができた。身長差30cm。カレを見るとつい笑ってしまう。カレ、気持ちがすぐに顔に出るから。たとえじゃなくて鼻の穴がパアッて光るの。ケーキ作ったよ!って手渡したときも鼻の穴がパアッって。爆笑しないようについ口を押さえちゃうけど、よろこんでくれたんだぁって、自分もうれしくなるんだ。

カノジョが笑うと頭のてっぺんがポオっと光る。気づいてないんだろうなぁ。そこが可愛くて、俺もまた笑う。



 クスクスの謎5

 語源はマグリブ・アラブ語だが、さらにベルベル語の「セクス」が源となっている。(1
 しかし、現在の語が指し示す料理の内いくつかは、まったく異なる料理・語だったと考えられている。
 たとえば、トウモロコシ粉による場合、「ウガリ」と呼ばれることもあったが、古代地球でも厳密には区別されておらず、同一の料理であった。(2 一方、もち米粉による場合、「シラタマ」と呼ばれ、果物や小豆を甘く煮詰めたものなどと盛り合わせ「アンミツ」として供されるデザートであった。(3
 「シラタマ」のように、古代地球での文化的背景を失い、他と混交した料理の復興運動を「ルネサンス・クック」と呼ぶ(4 が、本稿では、料理が文化的背景を失う過程について考察する。
 具体的には、様々な文化の習合と毀釈の起因となった約500年前の宇宙強制移民政策(5 について、一点目にアフリカからアラブを経由しアジアへ到るシルクロードの地域性と歴史を整理する。二点目にアラブ人と華僑の宇宙覇権争いの中、各地域に適応していた土着料理が、どのように文化的背景を失ったか? を文化の生存戦略として考察する。



 クスクスの謎6

 婆ちゃんはいつも離れでひとり縫い物をしていた。端切れが散らかっているその部屋の壁は土壁で、埃っぽいその壁に沿って、大きな茶色い木の実が所狭しと並んでいた。
 婆ちゃんの喉はいつも渇いていた。薬缶いっぱいに沸かしたお茶では足りなくて、その実を割っては泉のように溢れ出る果汁を喉を鳴らして飲んでいた。どろりとしたその液体はとてもおいしそうではなくて、わたしはいつも蔑むような目で婆ちゃんの首筋を汁が伝うのを見ていた。おまえもな、と婆ちゃんは言った。欲しがるようになる。年を重ねたらおまえにも、おれがクスクスを欲しがっていた意味がわかる、と。
 初めてその実を割って口をつけたのは、あなたが事切れてから間もなくのこと。明け方、喉が渇いてたまらなくなったわたしは庭に出て、茶色く光った大きな木の実に吸い寄せられ、むさぼるようにその汁を啜った。その甘くて冷たい汁を体内に浴びた。まだ婆ちゃんの歳には届かないので、なぜそれをそんなにまで欲しがるのかはまだわからないのだが。
 渇くのだ。体内に空洞があるのを感じるのだ。クスクスとそれが鳴るのだ。
 娘はわたしを蔑むような目で見る。



 クスクスの謎7

 理由もなくツカレを感じ寝具を使用しようと敷いたとき、両手にクスクスの袋を抱えた准教授がゆくりなく訪ねて来た。豆腐作りに欠かせないと言われる例のあれ(ニガリ?)を研究したいとの旨。それなら豆腐屋へ行けばよろしかろうと存ずるも、妙に真剣な面持ちなものだから、敷居を跨がせることにした。とりあえずお茶を出す。しかしなにしろ我が棲みかは絶叫マシン仕様だ。危うくこぼれそうになる。事実こぼれた。准教授は怒髪天を衝くがごとく「帰る!」と、ゆくりなく言い、座布団から腰を浮かし背を向ける。生真面目な人だ。よしんば壁のシミを隠すために貼ったジョニー・デップのブロマイドが気に入らないからだとしても、船頭多くして船山に登るがごとき奇矯な行動は、一市民の常識脳からして疑問の余地を残すものである。
 だが我が棲みかはフローラルな香り芳しい、まごうことなき夢の国。踵を返す准教授の如何ともし難い表情がすべからくクスクスの袋上に映るのが見てとれる。「止揚、か?」白旗を揚げるがごとくゆくりなく言い、間髪をいれず電光石火のごとく寝具を使用。なんという感触! クスクス。危うくこぼれそうになる。事実こぼれた。



 クスクスの謎8

 不穏の影から生まれるほんのり小さな粒。他生物に寄生する、耳から入って口からこぼれるそれはクスクスと呼ばれる。
 クスクスは大きく分けて七つある。F型(フライング・クスクス)、C型(クライミング・クスクス)、B型(バーニング・クスクス)、D型(ダンシング・クスクス)、G型(グラップリング・クスクス)、E型(エキサイティング・クスクス)、A型(アクセラレイティング・クスクス)である。
 クスクスに寄生されたもの同士は多くの場合で惹かれあう。険悪になる例もないではない。クスクス同士にも相性がある。
 稀に、複数のクスクスを体内に飼うものがある。他より秀でた能力を発揮することが多いが、やはりクスクス同士の相性による。
 クスクスの発見は偶然起こった。ある昼下がり、あるものが口笛を吹いていると、不意にその口笛がバチバチとスパークしながら飛んでいき、前方の壁にぶち当たった。壁は焦げつき、その焦げ跡から三つの粒と、肩を震わすようなハーモニーが転がり落ちた。C型、F型、G型のまずは発見であった。
 クスクスが離れる時、宿主はほんのり小さな笑みをこぼす。そして消息を断つ。その行方は未だに誰にもわからない。



 クスクスの謎9

(都合により削除しました)



 クスクスの謎10

マケマケ? なんやそれ、どっかの年末セールかいな。
ケレス? 聞いた事あったかも……。
冥王星! 知っとるで。
へえ、準惑星ちゅうのは5つしかあらへんのか。惑星より少ないんやな。

候補は多いけど名前がない? ええこと聞いた。1万年後なら植民しとるかもしれんからな。名付け親になったら、わいも神さんの一柱や。

インパクトのある分かりやす名前やないと、選ばれんやろから……ここは食い倒れと笑いで、タコヤキなんてどないや。
へ? 惑星以上は神話〓伝承ちゅうのがルールなんかいな? そら難しいで。

 伝承、伝承……お、インカ帝国があったで。クスコ。そしてクスクス。世界最小のパスタ。まさに惑星になりきれへんかった、独立した星にぴったりや。
 クスコに住むクスクスちゅう名前の神さんはおらんかいな? ならでっちあげりゃええ。

 あとは、わいの一発芸で、渋面のセンセー方をクスクス笑わせりゃ、最終選考もパスするわいな。
 よっしゃ、おまえ、一緒に猛特訓や。



 クスクスの謎11

「おーい、鈴木課長!」
 思わず私は部下を呼ぶ。
「どうしました? 部長」
「すまんが、ツイッターとやらを教えて欲しいんだが」
「ツ、ツイッターですか……?」
 鈴木課長の顔が青ざめたかと思うと、オフィスをキョロキョロと見回し、スマホをいじっている若者に声を掛けた。
「田中係長。休憩中にすまんが一緒に来てくれ」
 そして二人は、私が差し出すスマホを覗き込む。
 ツイート欄の一番上には、こう表示されていた。

『部長さん、先日は格好良かったです(クスクス』

「部長、これを書き込んだ『珠代』さんって、もしかしてK社の若社長の?」
「そうだよ。この間、一泊二日の接待旅行の時に、このツイッターとやらを教えてもらったんだ」
 私の話を聞いてニヤリとする田中係長。その様子を見た鈴木課長の顔が、また青ざめた。
「それで教えて欲しいんだが、なんでかっこ……」
「恰好いいです、部長は! そうだよな、田中係長」
「えっ? ええ、まあ……」
「だったらもう行くぞ。部長、これは我々部下が意見を申し上げる用件では無さそうですので、失礼いたします」
 そう言って、二人は私の元から立ち去ってしまった。
 うーん、なんで括弧が左側だけしか無いのか教えて欲しかったのだが……。



 クスクスの謎12

 ふらりとフランスへ留学した友人にクリスマスカードを送ったら、クスクスの缶詰を送ってくれた。大きい缶と小さい缶が二段重ねになっていて、大きい缶には砕いた米粒みたいな小麦粉の粒が入っており、小さい缶の中のスパイシーなミートソースみたいなのをかけて食べる。フランスのお土産がアフリカ料理だなんて妙だと思ったが、同封されていた手紙によれば、北アフリカを植民地にしていたために入ってきて定着したものだという。言われてみればというか何というか、砂漠にヤシにラクダという、ベタすぎるイメージでデザインされたラベルだった。同じ手紙で彼女は、アラブ世界研究所に通い詰めているとも書いていた。
 それが昨年のこと。おいしかったと伝えたら、今年も荷物が届いた。中身は去年と同じ円筒形の缶と、手紙。「この国の色々な謎を解くためには、旧植民地へ行かなければと思うようになりました。資料なんかを期待している訳ではないし、今は危険かも知れないけれど、ここでの不安の中にいると、片方が全てに見えてしまいそうで。折良く手筈をつけてくれる人も見つかったので、今年は早めのクリスマスプレゼントです」
 クスクスの缶は手にずっしりと重い。



 クスクスの謎13

郵便局の真ん前にある街路樹は、先日から私と同姓同名である。
自分が名乗っていた名前を、いつしか他人が名乗っていて、名前と私がまだ繋がっているために外出するたびその人に遭った。名前と私を引き寄せるはたらきがあるのだ。
あるとき名前だけ戻ってこないかと思って引っ張ってみたところゴムみたいにぱちんと戻ってきて、勢い余って私を貫通して背後にあった街路樹のポプラに貼り付いて取れなくなった。
私の名前はこのポプラの固有名になってしまったわけだが、もともとこのポプラに固有名がないため、引き替えにそっちを名乗ることができない。あるとしてもそれは空気中に発散する化学物質だから、私には名乗れない。
暫定的にポプラについたむかしの名前を借りながら、フィトンチッド発散教室に通うしかなかったのです。それで、鼻がクスクスするわけです。



 クスクスの謎14

眠れないままの朝、まだ薄暗い窓の外を見ると道路に白線が引かれていた。
いや白じゃない黄色…?ぽい。
近寄って見るとわかった。ああコレ、多分ウワサの。
写真でも見た事あるけど実物は初めて見た、そうアレだ。きっと。
どこまで続いているんだろう?
地平線までとかならカッコいいけどここにはそんなもの無いし、途中まで追いかけて面倒になってやめた。ほんと、どこまでだよ?
もうずーっと昔からあると言うかやっていると言うか。一説によると旅立つものが帰るための道標に撒いて行くとか。ほら、童話だかなんかでパン屑とか巻いたみたいに。
でも結局、鳥や動物なんかに食べられたり、掃除されたりして昼頃には無くなってしまうらしい。
ま、そりゃクスクスだもん。

そろそろ眠くなって来た、帰ろう。



 クスクスの謎15

 店の休憩室に絵葉書が一枚張り付けてある。
大学生バイトの真麻が北海道に合宿に行った土産だと、昨夜貼ってったやつだ。旭山動物園で買ったと言ってた。オランウータンが仔を背負って、縄梯子を渡ってる写真。
 中国人バイトの林海燕が、仕事上がりでタイムカードを押しに来た。事務机の前に貼ってるその写真を指さして
「シンシン!」
と言った。
「えっ?」
ぼくが戸惑っていると、海燕はメモ帳に素早く『星星』と書いた。
「シンシン?」
「そうデス。ターシンシンです」
海燕はそう言って、星星の手前に、大、と書いた。

 大星星

「じゃね、サヨナラ、オチュカレサマ!」
と言って、海燕は帰ってった。

 直後、夢枕獏の『闇狩り師』という小説を思い出して、「あっそうか、猩猩(ショウジョウ)か!猩猩を現代中国語では簡体字で星星、と書くんだ」と想到した。机のPCを立ち上げネットで調べたら、星星はゴリラのことだった。オランウータンも星星と言うのだ。
 中国では、大きいサルのことは、みんな星星というのだ。

 休憩時間が終わる。 シンシン!シンシン!と唱えながら、ぼくは仕事に戻った。



 クスクスの謎16

11月29日(日)
 先生あのな、ねえちゃんがおかしいねん。
 ちょっと前まではな、ガッハッハッハて笑ててんで。おかあちゃんが、よう「のぞのおくまで、まる見えやでぇ」てゆうてはったし。せやのに、この頃な、スマホいじりながら、ちっこい声でずうっと笑とんねん。他にもあんねんで。おでん食べてる時、よその国の食べもんのことやゆうて、ようわからんこと話したりな。いきなり「これカンガルーのしんせきやねんて!」「目ぇうるうるしてて、めっちゃかわいらしいやろ!」て、木に登っとる動物のがぞう、おしつけてきよんねん。ねえちゃんな、タロのさんぽにも行かへんぐらい、動物きらいやねんで。
 オレそのせいで、ゲームのバトル負けたし。
 ほんま、めっさ腹立つわ。
 なあ先生、タージンは芸人のおっさんで、食いもんとちゃうやんな。おっぽ寒て、しっぽにもいっぱい毛ぇはえとったし。おかしいことばっかりや。
 ほんま、ワケわからんわ、先生。



 クスクスの謎17

 穏やかではある。
 風が吹けば笑う。雲が流れても笑う。予鈴が鳴れば笑う。「起立」で笑うのに「礼」では笑わなくて、「着席」では笑う。先生に叱られることもある。当人に悪意がなくとも、快くは思われない。とても穏やかなのに。
 楠久くんは、得体が知れない。同級生たちは、渾名をつける。今日は「起立」で笑わなかった。けれど廊下で笑ってた。畏れていながら、陰で笑う。
 彼らの理由は、楠久くんに分からない。人身事故と聞けば悲しい。止まった電車のなかにいて、彼らは笑っているけれど。
 穏やかではある。
 穏やかではある。
 救急車のサイレンが鳴る。
「クスクスが出たらしいわよ」と、誰かの母たちが囁いている。
 彼らがまたちいさな声を立て笑う。
 それは物騒だ、と楠久くんは思った。