500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第145回:永遠の舞


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 永遠の舞1

 都市の終末は、あまりにもしめやかに、おとずれた。やさしく、しかも華麗であり、においやかだった。だれが、このような最期を予知し得たであろうか。暗黒が、空をおおった。何人かは、空が、真紅に染まるのを見た。まだ夜の照明の光が首都の街路に、ともっていたからである。光が舞った。それから、電気が消えた。あたりが、暗黒に包まれた。空気が圧迫されている。耳鳴りがした。もっとも高いビルの屋上の階から建築物が、その物体の重みにつぶれ始めた。轟音が轟いた。深紅の物体の下降は、とどまるところをしらなかった。それ自身の重みで、ビル街を次々に押しつぶしていった。通りを歩く人々をコンクリートにすりつぶした。群衆の悲鳴も、叫びも、その下に消えていった。極東の小さな島国の、それでも一千万の人口を抱えていた首都が、一夜にして滅亡した。平野が陥没した。真紅の物体は、出現したときと同様に唐突に消失した。風が動いた。大津波が来襲した。新たに三角の海が生まれた。後世はそれを三角海と呼んだ。「おかあちゃん、舞の赤のパンティ知らん?ここに干しといたんやけど」「あんた、また、盗られたんとちゃうの」



 永遠の舞2

 終わりが始まると、夜が忍び寄る。その体内から少しずつ呼気が抜けていき、それも徐々に薄く細くなっていき、やがてすべての呼気を出し尽くしたかのように、萎んで絶える。弾けるような音がするのは、排出され損ねた気泡が表面を突き破って割れているからだ。けれども、それも小さな小さな音をしか発せず。つまり。
 夜は、静かだ。
 芽生えは突如やってくる。弾けるような音がするのは、気泡が割れるときと同じだが、耳に痛いほどの噴出音によって、始まりが始まる。枯れきった体内から、それらはいきなり芽吹き、葉をしならせながら回転する。葉を震わせながら、誕生の舞を披露する。
 そこに自身の生への喜びを見出したいところではあるが、単に食欲を満たすための餌が眼前に現れた喜びの舞にも見える。それらは回転しながら捕食し合う。増殖しては食べ、増殖しては食べ、その結果として、それはやがて大きくなり、一個の大きな生物となる。
 風が葉を揺らす。鈴の音のような音がして、光が満ち溢れる。この世にひとつ生きる永遠の生として、次の夜が来るまで君臨する。



 永遠の舞3

「ねえ、秒速七・九キロメートルって知ってる?」
「さあ? なんだかすごく速そうだけど……」
「第一宇宙速度。貴方が今作ってるその金属製の折鶴は、この速度を超えないと人工衛星にはならないのよ」
「へえ、この間買ってきたドローンで大丈夫だと思ってたけど。じゃあ、気球に括り付けて飛ばしてみるか」
「そして秒速十一・二キロメートル。この速度を越えないと、他の惑星には行けないの」
「なんだ、気球じゃダメなのか。宇宙に折鶴を飛ばすのって難しいんだな」
「さらに秒速十六・七キロメートル。この速度を超えないと、太陽の周りを回るだけになっちゃうの」
「ふうん、太陽の周りをね……。ところで太陽って永遠だと思う?」
「少なくとも私達の愛よりかは永いと思うけど」
「じゃあ、それで十分だ。折鶴は気球で飛ばすよ」
「それだったら私が作ったセルロースナノファイバー製の折鶴にしない? 中が真空になってて、それだけで飛んで行くけど」
「へえ、本当だ。これってどれくらい宙に舞っていられるのかな?」
「そうね、私達の愛くらいは大丈夫かな」
「じゃあ、一緒に飛ばそうよ」
「うん、これからもよろしくね」



 永遠の舞4

 ぶくぶく沸くお湯に薄切りの人参や大根、白菜なんかが揺蕩う姿は、ちょっとした竜宮感。昆布出汁だし。しかし、大事なのはこの一枚のお肉である。潜らせる温度や速度のレクチャはあったけど、「食べたいように食べた方がウマい」と断言する店のスタンスが好ましくて、嬉しい。
「・・・しあわせだぁ」
 つい漏らしてしまった一言に、彼はにんまりと小ぶりのボトルを持ち上げる。
「こっちもどうぞ」
「じゃ、じゃあ」
 お猪口に淡い黄色の液体がとろとろ注がれる。日本酒は呑み慣れてないから警戒心を上げる。
「こんな銘柄なのに、できたばっかの酒蔵なんだよね」
 栓を閉めると、彼は現代アートっぽい地柄に墨文字が躍るラベルをこちらへ向けた。
「へぇ」
 どんな男も呑むと蘊蓄を語るが、Wikipediaを越えないので流すに限る。ただ、このラベルセンスはEDMとか好きそうだなぁと思う。
「あっ」
 口に含み、そして、鮮烈な閃き。たとえば、神との合一に捧げた液体が、一年ひととせ、生まれ呑まれゆくことで連なる歴史であり、酒蔵のはじまりは同時に断面で、平たく言えば、わたしは一口のお酒で感動できる人種ってことに、殊の外、心が踊る。



 永遠の舞5

はーじまるからおわーる
はーじまーればおわーる
くゆらくゆら
ふちっこの無い海牛が泳ぐ

満ちたり干いたり
くゆらくゆら 久揺ら 久揺ら
海馬は夢を歌にする

波に足が濡れるけれど
はて、何を聞いたらいいのでしょうか。 ここは どなた?



 永遠の舞6

禍福の玉響に、時の挨拶は淡い風を靡かせる。想いの軽重に、永遠は身繕いをし、その夢を図る。不知火の海を常闇が舞うが、顛倒した夢にはあからさまな嫉妬だった。火吹きの眩暈に、先達の煙を占う。

とおきひの
あわいかおりに
ゆめしらべ
とおるきせつに
おもいをよせて

悲哀に透る愛が、夢を謳う。歓楽に消えた不束な時を舞う。映えた魂の件に、微かに震え萌えた。斜陽におおおおしく応え、なお祈りに靜に囃す。永遠の去来が、微笑みになった。



 永遠の舞7

 母はいつも叔父の悪口をいう。30で仕事を辞めて漫画家を目指して上京した叔父は、いまだに結婚もできず家も買えず、定職にもついてないから人生の落伍者だという。 私が美術部に入ったことが気に入らなくて、絶対絵を仕事にしたらダメだと念を押す。
「いい?趣味にとどめるんだよ。兄の二の舞になっちゃだめよ」
 好きなことを続けることは、母にとってはものすごく愚かなことなのだ。二の舞でも三の舞でもいいじゃないか、と私はひそかに心の中で反論する。
 私は部屋の鍵を閉め、白い紙の上に私の世界を創る。この世界の責任をとることが、私にしか意味がない事だとしても、それは切実に自分にとって、大切な大切な黙契に思えるのです。



 永遠の舞8

 ふっと耳を澄ましたらァ、流し台にある蛇口からどうも水が漏れているようで、滴がシンクとぶつかる度、ぼつん・ぼつんと拍子を打つ。こうなると、時計の音も、やけに入って来るもんで気に障るので耳に手を当てれば、今度は血潮の流れるらしいのが絶え間なく聞こえる。

 窓の外に置いた、鉢植えの植物は何という名であったか、貰い物であるからすっかり覚えていないけれど、葉がそよいで、拍子を打つようだ。雲がゆっくりと流れお天道様が見え隠れするのを何かが反射し陽の光が瞬く向こうでは、工事中のクレーンが緩やかに同じ動作を繰り返している。

 お父さんが、繰り返し、繰り返し同じようなリズムでお墓に水を静かに浴びせて、掌を合わせる姿が瞼に残って離れませんでした。
 
病室で、誰かの母がすうっと上げた手が、何かを掴むようで心が苦しい。

 知らない赤ん坊が空に向かってじゃれているみたいで不思議に思えるネ。

 ひとひらの葉が、くるんくるんと宙を滑って揺れては落ちる。

 この目に見えねど、惑星というものは周回するという。

 何もかもが、ひとつで、廻っていくように思えたのだ。星の瞬きさえも。



 永遠の舞9

太陽が消え花が消え、花盗人も消えたあと、野生化した機械仕掛けのミツバチは緩慢に踊り続ける、体をふるわせながら。(遠いよ、遠いよ、遠いよ……)誰も飛び立たない。てんでバラバラの方角を指して、降り注ぐ放射線を羽に受けて、冷たい惑星でモゾモゾと踊り続ける。



 永遠の舞10

 あの夏の夕暮れが僕の記憶に絡み付いたまま離れない。風が強い日だった。近所の土手を歩いていた僕の顔に不意に蜘蛛の糸のようなものが絡まった。だけど手で拭ったそれは糸というよりはリボンのように幅があり、妙な温もりまであって。向こうが透けるほど薄い「それ」越しに見た景色の中に浴衣を着た女の人の笑顔が見えた。その人はゆっくりと近づいてきて僕の目の前で立ち止まり「それ」をつかんで空へふわりと放った。「それ」は風に乗ってくるくると舞い上がり空の彼方へと踊るように消えてゆく。
 不意の突風。よろめいた僕が思わず伸ばした手が、浴衣の隙間から出た彼女の膝へと触れた。
「切断した足をジュシで加工したからね、ギソクだけど本物なのよ」
 当時の僕はギソクとかジュシとかいう言葉の意味は分からなかったけれど強い秘密の匂いは感じたし、同時にあのリボンの手触りを思い出しもしていた。
「事故でね。バレリーナを目指していた娘と一緒に失くしたの。あの子、もっと踊りたいって言っていたから……」
 彼女の言葉が途切れた瞬間、思わず走り出した。

 その後、彼女が鰹節屋の女将だと知ってから、僕は鰹節を食べられなくなった。



 永遠の舞11

 風前の灯であった。生存競争に敗れて住処を失ったヒイロペンギンが、からがら南極へと到達した時、群れはもはや六羽を残すのみとなっていた。怖れる天敵の姿も見えず、平穏とおもわれた新天地も、しかし安住の地とはならなかった。あるいは代を重ねていけば、適応もして楽園となり得たのかもしれない。そんな永い時を歩むには、極寒の大地は彼らにとってあまりに厳しすぎた。
 陽が沈み、昇るまでに一羽が倒れた。次の日没までに一羽が力尽きた。流氷と共に一羽が消えた。オーロラの下で一羽が眠った。そして群れの頭であったロッソとその妻クレナが残った。
 吹雪が訪れる。クレナはぐったりしている。堪える力はもはや無い。朦朧となりながらロッソはクレナに求愛する。
 羽を広げてパタパタさせる。振り絞るように高くいななく。クレナが小さく呻く。ロッソはさらに羽を広げる。よたよた前進しては後ずさる。えっちらおっちら回る。クレナの首根をくちばしで優しくつまむ。クレナはもう動かない。ロッソはなおも羽を広げる。吹雪がすべてを呑み込んでいく。

 南極の厚い氷の中に、決して消えない炎がある。ゆらゆらゆらめく形のまま消えない炎がそこにある。



 永遠の舞12

夜の帳が下りると女たちが水底で騒ぐので一差し。
絡みつく視線をかわしながら水際を漂うと花が降り始める。
殆ど白だが遠近に色も散らして水面を埋めて行く。
あの花にだけいつも伸びる何故か見覚えのある指と爪の容。
つい触れてしまいそうになる…でもやめておこう。
さして造作も無い生業だけれどあれ以来これで凌いでいる。



 永遠の舞13

 トワサン!
 幼い声に呼ばれた気がして、永遠の神は飛び起きた。
「なんだ、童の神様のいたずらか」
 うたた寝に痺れた腕の側に、歪な折花が転がっている。お使者の代わり、童子のお供え物に起こさせたらしい。稚気に富んだ老神は、何かにつけ若い永遠の神をからかってくる。
「洟垂れさんと呼ばれるよりはいいけど……」
 そもそもお役目の最中に寝てしまうなど、言語道断なのだ。
 萎れる若神の鼻先を、びゅうと風が吹き抜ける。虫干しに戸を開け放った蔵の中、掛け連ねた永遠のお軸が大きく揺れる。
「しまった!」
 何かの拍子に結びが解けたら、人の心願が消えてしまう。代々永遠の神が貴紙へ写した、人の世の美しいのが、儚く霞へ溶けてしまう。
「わぁ!どうしよう!」
 と見る間に、目にも綾なお軸が一巻、宙へ流れた。
「待って! 待って!」

「おや、まだ気がつかないのか」
 高みの見物を決め込んだ童の神は、ふふと笑った。「自分が結んだお軸もわからんとは」
 意地悪で教えぬのではない。独り合点して御酒を呷る。
「天人を封じるとは、願った人も人なら、聞き入れた御身も粗忽だな」
 衣を翻して右往左往、齢にあったまだ幼い振舞を肴に、また盃が空いた。



 永遠の舞14

「もう何も気にしなくて動けるなんてホントにすごい」 私はスカートの裾をふわりとさせる。大量の電池衛星の打ち上げと無線給電の高度な発達で世界は広がった。「何回転でもできてしまうわ!」
 私は不要になった首裏の常時接続電源コネクタからとにかく邪魔くさかったコードを引き抜く。さっそくと思ったけど。でもお客さまたちが君は調子に乗ると土台ごと倒れてしまうから気をつけなさいねと言うのよね。ホントかしら。



 永遠の舞15

1ではなく、はじめに2と3があった。
2と3は5をつくり、
5と2は7を、5と3は8をつくり、
2×3が6をつくった。
4は、2と2で表すこともできたが、神はそれを好まなかった。
9は、3×3で表すこともできたが、神はそれを好まなかった。
2と3の和、積、差を組み合わせることで、それらは表現できた。神は満足した。

1は。
この世界をつくる最小単位であるはずの1も、2と3から再帰的に結論された。
だから、世界は一様な1の集積にはならなかった。
2と3の永久運動が産み出す多様性の爆発的な増殖こそが、世界となった。