500文字の心臓

トップ > タイトル競作 > 作品一覧 > 第151回:あたたかさ、やわらかさ、しずけさ


短さは蝶だ。短さは未来だ。

 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ1

秋のオリオンを観ている。あの頃と変わりがない。
「疲れた顔をしていたらごめん。最近はなんだろうな、世界が慌ただしいから、浮き島のような君の隣になかなか近づけなかったんだ。お互いに相変わらずだね」と老いた私は告白した。
「次郎太はどうしているか知っているかい?まだ深海を夢みているんだろうか、それとも子供の頃からの果てを探しているんだろうか・・・」
君は空を覆いコーヒーを淹れる。君のコーヒーを味わうのはこれで2度目になるけれどいつも特別だ。
この心音は私のだろうか。それとも君のだろうか。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ2

どくん、どくん、と母が脈打つ。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ3

 ディーゼルエンジンの吹き上がりが、今日のリズムを作る。弱く入れた暖房。倉庫までの短い距離だけど、コンバインへ乗るためのストレッチにはちょうどいい。
 八月の、あの台風三連発で隣町じゃ川は溢れたし、水を抜く時期の水浸しだから、途方に暮れかけた。
 何度か十字路を曲がって、エンジンを切る。ドアを開けて降りる。閉める。ようやく顔を出しはじめた朝陽は、照らすとこだけ暖める。秋の虫たちが夜の名残を奏でる。冷えた空気で肺を満たす。シャッタを開ける。
 大きな音が、夜のおわりと朝のはじまりを告げる。
 耐えられる限りの命を抱えた稲は、しっかり実った。「有り難い」という言葉の真意が身に染みる。コンバインに上り鍵を挿す。回す。大きな震えに大きな音。鼻をつく臭いは、しかし、太古の命の臭い。夜は朝になるし、静寂は破られるし、秋は冬になるし、いつか死んで、いつか生まれる。いろいろあって、こんな高い場所でハンドルを握る。
 大切な人の笑顔が、いっぱい思い浮かぶ。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ4

 彼女には三人の母がいる。ひとりは炎、ひとりは水、ひとりは風である。
 彼女はいつも炎の燃える暖路の前に陣取り、温かなお湯を入れた桶に足を浸し、編み物をする。ときどき部屋の窓を開けて新鮮な風を入れ、また編み棒を動かす。彼女は冬のあいだ、朝を、昼を、夜をそうして過ごし、満たされていた。
 ある冷たい嵐の夜、彼女はいつものように暖路に火をくべ、桶にお湯を満たした。そうして、荒れ狂う風雨を呼び込むかのように、背の高いガラス窓を大きく開いた。
 嵐は彼女の部屋に飛び込んできて、並べたてられた調度品を跡形もなく壊した。暖路の炎は部屋のなかを隈なく走り、桶に満たされたお湯も大きな波となった。
 やがて、嵐はその狂態を忘れたかのようにそよ風に変わった。彼女が編みあげたショールをその風にかぶせると、風は人型に変わり、しずかに微笑んだ。やはり同じように人型に変わった炎もあたたかな笑みを浮かべ、同様に水もやわらかな笑顔を見せた。
 彼女には三人の母がいる。母たちは冬の終わりにすべてを壊し、春の訪れとともに芽吹きの歌をうたう。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ5

あなたと私は生まれてからずっと一緒だった。どこへ行くにも同じ服を着て、同じ靴を履いて、同じ時間を過ごした。毎日へとへとになるまで遊んだ後、一つのベッドで眠りへと落ちていくとき、先に眠ったあなたの寝顔を見ることが私の幸せだった。でも、あなたは知らない。
あなたの体を通って戻ってきた血のあたたかさ、怪我をして泣きじゃくるあなたのやわらかい頬。どれも私と共にあることが不思議で仕方がなかった。私より我儘で、綺麗で、誰からも愛されるあなた。頬がこけ、醜くて、あなたの世話役の私。生まれた時からずっと不平等ね。
 でも、今日でそれも終わり。私しか生きられないってお医者様が言っていたから。私にしか体に血液を送る臓器が無いんですって。その臓器はあなたを今まで生かし続けていたけれど、早く手術しないと私まで死んでしまうんですって。理解できる?無理よね、あなたの頭では。
 私は一人になった。どこへ行くにも私だけの服を着て、私だけの靴を履いて、私だけの時間を過ごせるようになった。私だけの為に動く心臓、血のあたたかさ。綺麗で、誰からも愛される私の肌のやわらかさ。私の隣にあなたがいない、その静けさ。さようなら、もう一人の私。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ6

ここは私立早熟中学校。高校を超えたレベルまで教えてくれると噂の超進学校だ。
その早熟中学校で昨年発生した小さな事件は、とある理科の授業参観が発端だった。
『ヤング率が高くなればなるほど、硬くなる』
教師が発したこの説明に、教室の後ろに陣取る生徒の保護者達はざわついた。
「まあ、こんなところまで教えるの?」と、予想以上に大人びた授業内容に顔を赤らめる保護者もいたという。
そして決定的だったのが、次の説明だった。
『弾性係数は根本的に、熱くなればなるほど下がり、柔らかくなる』
「えっ、男性係数?」と、一時は騒然とした教室だったが、保護者の険しい表情と共に静寂に包まれたのであった。

後日、中学校には「大人びた授業を否定はしないが、間違ったことは教えないでほしい」というクレームが相次いだという。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ7

 あなたは小さい頃はほんとうにはずかしがりやさんで、親戚が集まっていても、カーテンのなかに隠れてしまってね。お顔を見せて、と言ってもくるくる、回るばっかりだったのよ。
 だからあなたのあだなは「ふくらみ」だったの。覚えてる?
 と、叔母が言った。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ8

てのひらの重さ ひたいに残り 病室のドア閉まる十六夜



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ9

木の実を口いっぱいほおばって目を上げると、くさむらをなにかが跳んだ。ぼくのしらないなにか。 追いかけようとして叱られた。
「遊んでないでしっかり食べなさい」
まわりはおいしいものでいっぱいだ。おなかいっぱい食べたのに、今日は眠くならない。ふしぎだ。
もうすぐ、みんなで眠るからね。なにかがそう言った。ぼくのしらないなにか。それならぼくは、ずっと母さんのそばにいることにする。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ10

 夜が老けた。これで小学校に行ける。まっくらだ。でも、かよいなれた校舎だ。どこに、なにがあるか、すべてわかっている。柱時計の時刻を、合わせなければならない。大きな真鍮の金色の鍵を、二つの穴に順番に入れる。左右とも、同じ回数だけ、ネジを巻く。長針と短針を、ちょうど、よいところに置く。僕は心臓のあったところに、片身の銀色の海中時計をしまってある。それと照らし合わせる。ぴったり。振り子をはじく。止まっていた時計が、鼓動をうち始める。廊下に出る。校庭が見える。火の玉の魚たちが無数に泳いでいる。鉄棒で、足のない子が、必死に懸垂をしている。音楽室に入る。女の子の十本の指が、一心腐乱に、ピアノを弾いている。猫ふんじゃった。繰り返している。しかし、完奏できない。必ず、指が、が、からむ。すべての教室を回った。仕事はすんだ。学校に残った子どもたちに、じゃまをされることはない。みんなが、ぼくを無視する。うらんでいるのだ。救うことが、でき、なかったから。それでも、僕は、明日の子どもたちのために、時間を動かさなければならない。柱時計が、いっせいに時を告げる。まもなく朝が来る。桜の燦爛の木の下に帰ろう。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ11

「募金お願いします」
 街頭で募金箱を差し出す学生がいたので小銭入れを取り出した。ちゃりん、という音にやや物足りなげに感謝の言葉を返してきたので札入れを取り出した。
「ありがとうございます」
 あたたかかった。

「募金お願いします」
 しばらく行くと募金箱を差し出す黄色いヘルメットに口元を手拭いで隠した、サングラスの男がいた。小銭入れを取り出すと以下略なので札入れを。
「ありがとうございます」
 やわらかかった。

「募金お願いします」
 まただよ。
 仕方ない、と札入れを出したが中に何もない。相手も無言。

「募金お願いします」
 そんなわけで俺も募金箱を持って街頭に立つ。
 街はしずかだ。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ12

 明るい朝の陽射しのなか、夜更けに耳にしたのと同じ曲が流れ始めたので、夜は目を覚ましてしまう。光が溢れていることだけが違って、他はすべて昨晩その曲が聞こえたときと同じ時間がそのとおりに、なぞるように繰り返される――夜に開く花が枝の上で咲き誇っている。小動物たちが注意深い眼差しで辺りを窺いながら歩き回っている。生暖かい夜気が枝々を包むように漂っている。違う光のなかで、それらは初めて見る風景のように思えて、夜はその隅々まで記憶に刻み込もうとする。
 曲が終わる。昨晩をなぞっていた時間も、唐突に終わってしまう。すべてを白く塗りつぶす眩さのなか、夜はその記憶を抱えたまま、ただ黙って物思いに耽り、そしてまた眠りにつく。昼の中心で、夜が夢をみる。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ13

よりよい眠りを求めた結果、私は胎児に戻った。
母体となる女の膣内は、羊水に浮かんでいる感覚と程良い温かさが兼ね合って、大変穏やかな環境だ。どんなに高級な寝具を用意しても、これには敵わないだろう。最初は赤黒い肉の色と生臭さに若干の嫌悪感を覚えたが、慣れれば何ということはない。もとよりほとんど目をつぶっているから、周りの様子はほぼ関係ない。排泄と食事のために目覚める必要がないというのも快適だ。その時間とエネルギーが丸々節約できる。だが酒やたばこ、高カロリー高塩分な食事を女が摂取すると、どうにも眠りの質が落ちるので、激しく暴れて止めさせた。女の内臓の音は以外にも心地良かった。もはや音というよりは振動に近く、低周波マッサージを受けているような不思議な感覚だ。不思議な感覚と言えば、女の腹が撫でられると、その温もりのようなものが私にも伝わってくることが不思議だった。直接撫でられる感覚と異なり、刺激が緩和されているので、優しく微風を仰がれているような心地よさだ。
最近女は外出を控えているらしく、動きがなくてとても静かな環境だ。安眠にますます磨きがかかる。しかし最近少しばかり寒くなってきたような気がする。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ14

 カプセルに体を閉じ込めて圧縮する手筈を整えた。実験と称した態のいい自死だ。けれどその矢先、カプセルを飲みこんでくれる予定だった母が事故死。ばたばたとした葬儀とそれに伴う作業。忙殺されることは辛さを忘れさせてくれるんだと思い出す。
 火葬場。
 待ち時間は長く、母の膣に挿入されたまま焼き上げてもらえばよかったなと思う。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ15

 同じ病室にいた私たちは、よくポイ越しに太陽を見ました。金魚すくいなどしたことのない私たちは、これは光をろ過するものだ、と言って、暑い日には太陽に、不安な夜は蛍光灯にかざして、強すぎる光をろ過したものでした。
 夏が秋に代わる一日、晴れた日。私はもう誰もいなくなったベッドに向けて、太陽の光をポイでろ過して集めます。私たちはろ過された光をひらがなでひかりと呼んでいました。はっきり確かめたことはないですが、私たちの中ではそれはひかりでした。
 夜が来て、病室は少し寒いです。ひかりを集めたベッドに移動し、枕に顔をうずめて、寝ます。ひかりの匂いを吸い込んで、寝ます。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ16

ここんとこずっと終電とかタクシーだったワケよ。ああコレ、忙しい自慢とか寝てない自慢じゃないから。昔…あ~年寄りくさっ、そう昔はよく言ったけどね。何時間しか寝てないとか、何日寝てないとか、何日帰ってないとか…。さすがにもうそれはないわー、昔ほど仕事は無いしね。つかもう無理、出来ない。そんな事やったらもうダメ。はぁ~若かったなあの頃は…。
最近は久々に忙しかったんだよ。多少は景気が回復してるってこと?ちょっと懐かしい?って感じもしたけど、う~んやっぱキッツイ。あ~歳だなぁ…なんてまあそんな風に思ってたワケよ、うん。そしたら声が聞こえた、いや聞こえたっていうより…した…って感じ?声が、頭ん中で。
「望みはあるか?」って。
えーっとナニいきなりそういうこときいてくれちゃうワケ?無理っしょ?ね?しっかも寝不足でもーろーとしてるってのに答えられないっしょ?ね?実言うともう喋るのめんどーだっての。でも頭ん中で声がしたってことは口に出す必要無いってことなんだよなぁ、結局。そう、思っただけでよかった?…のか…な?…うーんよくわかんないけど、まあいいや、もう。イイカンジに暗くもなって来たし…。
じゃ、おやすみ。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ17

 虎は己の美しさを知っている。故に独りで獲物を狩る。身重の兎がそこにうずくまっていようとも、それを腹の足しにとは考えない。兎を狙って現れる狐をこそ狩る。虎はなによりも美しい。

 けたたましく雉が鳴くのを聞いて虎はまどろみから覚めた。
 焦げくさい臭いがする。注意ぶかく臭いの先を辿ると、遠くに見慣れぬ獣の影がある。あれは誰だ。そう首をのばした瞬間、雷が虎の腹を撃ちぬいた。
 焼かれるような痛みに虎はうずくまった。獣が近づいてくる。こいつの仕業かと虎は直覚した。獣ではない、獣の手にあるこいつが己を撃ったのだと。
 爪や牙よりも鋭い雷の如き一撃。それを放った、尾よりも長く細い筒。その肢体に、痛みも忘れるほど惚れ惚れとした。虎は初めて己よりも美しいものを見た。
 だがその持ち主が浮かべた下卑た笑いは、虎をこの上なく怒らせた。
 おまえではない。
 油断して近寄ってくるその隙を虎が見逃すことはない。一気呵成に飛びかかり獣の喉笛をかき切った。
 足下に転がる筒をそっとくわえ、虎は岩山を駆け上がった。頂上に着くと、くるまるように筒を抱き、横たわった。
 月がのぼる。虎はもう目を覚まさない。月だけが見ている。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ18

日本人が地上1000メートルのガラス球で暮らすようになってなお、変わらないものがある。
「女の人ってさあ、ホントあたたかくって、やわらかくって、しずかで、しかも忍耐強いでしょ?いやあ、俺たち男にはまねできない。ソンケーするね。」
おぞましい。
憎しみに任せて、戯言を眼下の東京湾に叩き込むことができたら。気圧を下げて下げて下げて、このガラスを粉々に砕くことができたら。
氷点下の風の中、渦巻くガラス片に身を削られながら私はやっと笑えるだろう。あたたかさなんかいらない、やわらかさなんかいらない、音響を、大音響を、咆哮を。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ19

 全部おわったあと湿った肌を離さず絡めた足先が妙にひんやりとするから「冷たいね」というとあなたはもう眠っていた。
 悲しみは寂しさを伴い変形する。
 私たちのただひとり肉親といえる義妹の子どもたちは幼いわりに行儀よくしてくれるがどこか退屈そうだ。嗚呼なんて小さな手。
 授乳をしてくるといわれ独りになる。どこか責めるような目。
 あなたが焼かれているあいだ雪が降ってきた。
 幼いころ見た祖母の骨を思い出す。
 私たちの来た道が白く白く隠されていく。
 息を止める。
 腕時計が冷たい。
 あと何分待つのだったか。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ20

「あたたかくてやわらかくてしずかなものなあに?」
やばい。これは予想問題集にもなかった。
迷宮はときに探索者に話しかけてくる。この謎かけが(出現順で言う)七番迷宮の、最後の課題だった。

直接自室に実体化すると案の定、真っ昼間から彼女はすやすや眠っており、心底疲れ切っていた僕はとなりにもぐりこんだ。
「迷宮くさいままベッドに入ってくんじゃねーばかにゃりょー」寝ぼけながらのチョップは僕の胸の上にはらりと落ちて、彼女は僕に寄り添ったまま再入眠。
うーむ。けっこう危なかったのだが今回。
きゅりらきゅりらかたぴしきゅりらきゅりらかたぴし。
無数のキャタピラが上空を通過する。眠れねー。
窓辺に寄ると入り江の真ん中に突っ立った迷宮が、解呪変態を遂げつつあり禍々しさから愛嬌に推移する過程。剥離した外壁が、落下しながら目覚めはばたいて浮き上がり、七番解呪のしらせを他の迷宮に届けるために全方位にきらきら飛び去る。キャタピラみたいに鳴きながら。
解呪後の迷宮は強力な観光資源になる。かわいいから。七番迷宮は解呪順では十七番になる。手強かったのだ。そして手強いほどかわいく。
眼がちかちかしてきたので、振り返る。
僕はにんまり笑ってしまう。これで最期かな、と思ったとき思い浮かんだ答えを見て。
ベッドの上の、「眠っている恋人」を。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ21

ふくれあがる医療費抑制のために後期末期治療経済特区、別名安楽死特区が出来た。
 現行法では今も安楽死は認められていないが、積極的治療に対する不同意とい
う解釈に置き換えられ可能となった。
 安直な解決法だ、現代の姥捨て山だと糾弾する新聞もあったが、ごく少数の声
だった。
 増税に歯止めがかかるという、庶民の喜びを伝える国営放送を誰もが信じた。
 すすんで特区に入りたがる老人、病人も大勢いた。
 特区の内情は特定機密条項に抵触するため、報道管制が敷かれ公開されていな
い。
 
 ぼくの町が静かになった。
 猫がなぜか増えた。
 黒い猫が多い。
 春風が吹く。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ22

淡い感傷のもの苦しい舞いは、遠雷のように、肌を通わす。内と外の囁きに躊躇いながら、移り気な時を潤し、消えゆく色の中で、抱懐を彷徨させる。その試しのない感嘆は哀に揺れている。

あたたかさ
やわらかなりし
しずけさの
きこえしこどう
ただふれもせず

美しく嫋やかな感涙が、過ぎ行く心を留めようとする。永遠より来る奇蹟には、魂の切片だけが頼りかもしれない。去来になお夢を付け加える。優しく穏やかな時が永遠を包み隠したのだ。愛は時を待たないが、哀を谺させる。憂いのある悲しさの、哀しき咆哮が遠来より伝わる。



 あたたかさ、やわらかさ、しずけさ23

緩やかに緩み、薄くあはらかに拡がった私の輪郭が遠ざかり、まもなく地平のかなたに見えなくなる。
そして闇のように
しずけさが
おり





ぐぅうううううううう

「よかった、戻ってきたー!」
目を開けると共同開発者のMが泣き出しそうな笑顔で覗きこんでいた。
「どんな刺激を与えても起きないし、脳の活動は低下してるし、下手すれば業務上過失致死罪だって焦ったよ。」
「どれくらいの間?」
「およそ75時間、三日三晩とちょっと」
「そりゃお腹が空く。」
「すごい音だったね。空腹がきっかけになったんだとしたら、点滴とかしなくてよかったー。」
「点滴とかしてよ。」
「だって1分も実行時間ないのに、そんな心の準備無くってさ。」

こうして私達の、理想のおふとんにくるまれる体験を夢で提供するプログラム、『忙しい人のためのリラックス松〔改〕』はお蔵入りとなった。けれど私はあれ以来毎晩死んだように眠れる。